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1

    【浅茅が原】  

 佐与は深い眠りの底から、いきなり引きずり出された。ごつごつした手が自分の口を塞いでいる。声を上げ暴れようとしたが、ごつごつした手の主が、佐与に覆い被さってきて動けない。

 「姫さまお静かに。伊右衛門でござる。」

  暗闇を通してよく見ると、確かに老臣の伊右衛門である。おとなしくなった佐与の口から手を離した伊右衛門は、ささやくように言った。

 「落ち着いてくだされ。今、この屋形に狼藉者が押し入ってござる。早く逃げねば、御身も危うい。わしについて来てくだされ。」

  家臣の中でも年配の伊右衛門は、もっぱら母である奥方さまや佐与の世話をしていた。伊右衛門の言葉に、佐与の鼓動は一気に早くなる。

 「母上は?父上はご無事なの?」

 「すでにお逃げあそばされました。姫さまも早よう。」

  伊右衛門は荒々しくシトネにしていた打掛をはぎ取ると、佐与の手を引いて部屋を飛び出した。

  佐与の部屋は、屋形の奥まったところにある。だが伊右衛門は表に向かおうとせず、さらに奥へと佐与を連れてゆく。そして下女の部屋へ引きずり込んだ。中で控えているはずの下女は一人もいなかった。

 「みんな、どこへ行ったの?」

 佐与の問いに答えようともせず、伊右衛門は床に落ちていた下女の小袖を拾って差し出した。

 「さあ、早うこれに着替えてくだされ。」

  一瞬戸惑った佐与だったが、伊右衛門の真剣なまなざしに驚いて、着替えはじめる。ようやく帯を結び終わったとき、重々しい足音が廊下に響いてきた。ガシャガシャという音は鎧を着ているからだろう。そして低く濁った声が、すぐそばで聞こえてきた。

 「まだ逃げだした奴はいないはずじゃ。江戸右京亮の一族は皆殺しにするのだ。しらみつぶしに探せ」

  佐与は自分の頭から血の気が引いてゆくのがわかった。あの声はどこかで聞いたような気がする。

 「父上!母上!」


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2

 あれは弟の三郎だ。佐与よりも三つ下で数え十三才になったばかりの少年だった。その叫びを押しつぶすように、さきほどの濁った声が響く。

 「庭先へ連れていけ。父や母の後を追わせてやるのだ。首にして駿河守さまのところへ持ってゆけ。」

  佐与は、思わず下女部屋を飛び出そうとした。だが伊右衛門に腕を引き戻されてしまった。伊右衛門をみると大きく首を横に振っている。

 (あの男は「駿河守さま」と言っていた。叔父の江戸駿河守重広に違いない。叔父が謀反を起こしたのだわ)

  男たちの足音が表に向かって去ってしまってから、佐与たちは更に奥へと向かう。佐与の目からは涙が流れ続けていた。首を切られて倒れている弟の姿が頭をかすめる。昨晩、ふざけて喧嘩をしていた弟が、今ごろは死体になっている。なんということだろう。

 (ひとりで逃げている姉を許しておくれ)

  念仏を唱えながら佐与は駆けた。屋形のあちこちで、大きな足音がしている。足音を響かせながら、走り回っているのは謀反人たちに違いない。

「まだ、姫がいるはずだ」

 「どこぞに隠れているに違いない。引きずりだせ」

  バーン

 誰かが戸板を蹴破ったような音がした。自分の横にある戸板が破れたような気がして、佐与は立ちすくんでしまった。そんな佐与を伊右衛門は黙って引っぱって行った。

  捕まったら自分たちの命もないだろう。佐与と伊右衛門は、物陰に隠れて足音をやり過ごしたり、引き返して避けたりしながら裏手の雪隠に向かった。

  雪隠の前まで来ると、大柄な男が控えている。佐与は、はっとして身構える。だが、その男は下人の権三だった。

 「権三、姫を背負ってさしあげろ。逃げるぞ」

  江戸宗家の住まいである江戸屋形は紅葉山の上にある。紅葉山は丘程度の小山であるが、事あるときは家臣とともにたてこもる城であった。外敵が侵入しにくいのと同様に、中から逃げ出すのも難しい。佐与たちは搦手にあたる乾門に出てみたが、鎧兜に身を固めた兵が集まっていた。松明が、あたりを昼のように照らしている。武装をしている者どもは、敵方の武士たちだ。


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3

「糠蔵の裏手の崖を降りましょう」

 伊右衛門は、同意を求めるように振り返った。佐与にとっては良いも悪いもない。伊右衛門にすべてを任せるしかなかった。

  紅葉山の東側は崖になっているため容易に登り降りできない。そのため見張りの櫓も少なかった。櫓からは、千鳥池がよく見える。佐与は花の咲く頃や、紅葉の季節にはよく景色を眺めていたものだ。

  当時の城には堅固な城壁などない。土塁の上に土塀がめぐらしてあるだけだ。幸い月も隠れていて、あたりは闇につつまれていた。崖を降りていっても、狼藉者たちに気づかれる懸念はない。だが、佐与にはこんな暗闇で、崖を降りる自信はなかった。伊右衛門は権三になにかささやく。権三はふところから、縄を取りだした。その縄で佐与の手首を縛る。ふたたび佐与を背負うと、縛った手を自分の首にかけさせた。こうしておけば、佐与が力尽きて手を放すことはない。

 「しばらく、ご辛抱くだせえ」

  無口な権三はそれだけ言った。あまり口をきいたことがなかった権三が、二十才すぎの若者であることを、佐与ははじめて知った。権三は佐与を背負ったまま、崖をそろりそろりと降ってゆく。思わず下を見た佐与は、背筋が寒くなるのを感じた。真下には雑木林が広がっているはずだが、真っ黒な闇に飲み込まれている。自分と権三が、その地獄のような闇に落ちてゆくような気がして、佐与は目をつぶった。

 

 そうだ、楽しいことを思い出していればいい。佐与は十日ほど前に催された連歌の会の記憶をたどってみる。あの時は父である江戸右京亮泰重をはじめ、近隣の歌自慢がそろっていた。京から高名な連歌師である心敬が、下向してきていたのだ。歌が好きな佐与も、特別に連衆として加えてもらった。佐与は古今や新古今をはじめ、有名な歌集はすべてそらんじている。

 「佐与が男であれば、知略に富んだ武将になっていたであろう。残念じゃ」

  父の右京亮などは、よくそうこぼしていたものだ。  連歌の座でも、佐与の付合は誰にもひけをとらない。しまいには点者(審判)であった心敬が感嘆した。

 「姫君にしておかれるには、惜しい方でございますなあ」


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4

 佐与はうれしくなって心敬につめよった。

 「宗匠さま、わたくしは点者になりたい。連歌の宗匠にはなれませんか?」

  この言葉に、一座の者たちは皆笑った。父の右京亮も苦笑いをして、たしなめる。

 「佐与、そなたは三月後に輿入れするのではなかったのか?あまりでしゃばると、平四郎どのに嫌われるぞ」

  そう、佐与は石浜城の若殿である高坂平四郎のもとに、輿入れすることになっていたのだ。高坂平四郎は、太い眉をした凛々しい若武者だった。挨拶をしにきた平四郎を盗み見た佐与は、あこがれていた通りの若武者に嫁ぐことを知って、幸せいっぱいだった。平四郎の姿を想い出して、佐与は真っ赤になってしまった。

  あの時は幸せに満ちていた。わずか十日で、どうしてこんなことになってしまったのだろう。気がつくと佐与は林の中にいた。佐与を背中から下ろした権三は佐与の手首の紐をほどいた。佐与は赤くなった手首をさする。続けて降りてきた伊右衛門が、申し訳なさそうに、佐与に言った。

 「石浜城(東京都台東区)の高坂さまを頼りましょう。高坂さまは、江戸家の一族でもあり大殿さまの一番の盟友じゃ。婿どのもおられる。追っ手がくる前に急ぎましょう」

  伊右衛門はふところから草鞋を取り出した。

 「姫さまは草鞋など履いたことはございませんでしょうが、怪しまれずに行くには、辛抱していただかねばなりませぬ。どこぞの家の下女のフリをするのでござる」

  そう言われて、佐与は自分が地味な小袖を着ていることに気がついた。

 「みな、伊右衛門に任せます。よろしく頼みます」

  武家の姫君である以上、万一のとき父母や兄弟の死を悲しんではいけない、と教えられてきた。覚悟だけはできているつもりだった。しかし、それが現実になってみると、狼狽えるばかりだ。平四郎さまを頼ろう。平四郎さまに、父母の仇を取っていただくのだ。佐与はすべてを高坂平四郎に任せる決意をしていた。


 関東は長い間、足利将軍家の一族である関東公方が治めていた。しかし、自


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5

分が将軍になろうという野心を持っていた関東公方は事あるごとに京の将軍に逆らってばかりだった。そんな時、関東公方をたしなめるのが、補佐役である関東管領(当時は関東執事)である。関東管領の上杉氏は、京の将軍と関東公方の間にはいって仲をとりもっていた。だが四十年ほど前に関東管領だった上杉禅秀が、関東公方に反旗をひるがえしてから、関東公方と関東管領は交戦状態にはいった。幾度か和睦が図られたが、三年前にこんどは関東公方の足利成氏が兵を挙げ、全面戦争に突入していた。

  足利成氏は古河(茨城県古河市)に本拠を構え、東関東の大豪族たちを味方にしている。それに対して、関東管領の上杉氏は利根川を挟んだ西側を支配していた。当時、板東太郎と呼ばれる利根川は、江戸の内海(現在の東京湾)に流れこんでいて、関東を東西に分断していた。この利根川を境にして、東の関東公方と西の関東管領がにらみ合っているのである。

  利根川の西側が関東管領の勢力圏であるとはいえ、すべての国人、地侍が同じではない。西側にいても、古河の関東公方に心を寄せる者も多かった。その一人が江戸の江戸右京亮泰重である。江戸右京亮は表だって関東管領に逆らっているわけではないが、いくさを止めさせようと運動していた。

  関東管領を支える柱の一つである太田道真、道灌父子は、特に江戸を危険視していた。江戸の東には、利根川の下流である隅田川が流れている。入間川、荒川、渡良瀬川もすぐそばを流れている。関東の水の半分以上が、江戸のすぐ東を流れているのだ。海のような圧倒的な水量は、渡る者を拒んでいる。水量の少ない季節でも、川を渡るのは容易ではない。そんな大河の西岸を制する江戸城である。関東公方に支配されれば重要な拠点になってしまうだろう。江戸をどちらが支配するかが、いくさの趨勢に大きな影響を及ぼす。太田父子はそう考えていた。

 「太田道灌じゃ。太田道灌の差し金にちがいない」

  伊右衛門がつぶやいた。ここは平川の河畔である。千鳥池をすぎて、ようやく平川までたどりついたものの、川を渡れずに夜明けを待っているのだ。ひと月前の増水で橋が流れてしまったため、今は徒歩で渡るか、舟を利用するしかない。そのために朝を待っている三人だった。

 「太田道灌の奴は、関東管領の威光をかさに着て『江戸を明け渡せ』と右京亮さまにせまっていたのでござる」



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