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カルテット! 人生のオペラハウス

2013年10月29日鑑賞

華麗なる音楽劇をご賞味あれ

封切りの時、見逃していた本作。神戸のパルシネマさんで鑑賞しました。 オスカー俳優、ダスティン・ホフマン、初監督作品だそうです。名優は、名監督たり得るのか? 嫌が上でも期待値は高まります。

本作は、映画館でたっぷり素敵な音楽を楽しみたいという方には、ぴったりの作品に仕上がりました。 初監督としては、妙な気負いもなく、また、自己主張が強すぎることもなく、観客へのサービス精神は抜群だと思います。 ダスティン・ホフマン監督、初回作として無難にソフトランディングしたなぁ と僕は思います。

さて、イギリスの郊外に、とある老人ホームがありました。広い庭には専用ゲートボール場、丁寧に刈り込まれた芝生に遊歩道。貴族が住んでいそうな実に豪華なつくりです。いつも思うけど、ヨーロッパのこういう貴族の館や庭の佇まい、それに内装調度品、インテリアを観ているだけで楽しいですね。

ここでまさに、悠々自適の老後を送るお年寄りたち。 彼らはかつて、世界的に名声を得た音楽家たちなのでした。 でも、老人ホームの経営は赤字続き。どうにかしないと、閉鎖の危機。そこで、昔取ったキネヅカ、と言う訳で、彼らは自主コンサートを開いて資金を集め、ホームの危機を乗り切ろうとします。

 このホームには、もちろん男性オペラ歌手も何人か入居しています。その一人、レジーのもとに、別れた妻、ジーンが新たに入居して来ることになりました。 彼女は現役の頃、正に一世を風靡したオペラ歌手なのでした。 当然のように、気位は高い訳ですね。 かつてのプリマドンナ、ジーンの入居はコンサートを企画する側に取っては、まさに願ったり叶ったり。

「ジーンを加えてカルテット(四重唱)をやろうじゃないか」

かつての大スターの饗宴!!これは客を呼べる! 目玉企画になります。

 しかし、彼女に出演を依頼しても 「私は歌いません」の一点張り。

 彼女は自分の美声に誇りがありました。だから、すでに年老いた、しゃがれた声で歌うなど、自分のプライドが許しません。そんな彼女をなだめすかして、世紀の四重唱は実現するのか?  と言うストーリーです。

本作は何より、音楽がとにかく楽しい。 ラストシーン、老人ホームのコンサートが劇中劇の形で披露されます。もう、その贅沢なこと!!

歌劇のアリア、室内楽などの名曲が聴ける他、なんとジャズまで飛び出します。 そして、念願のカルテット。 映画館のいい音響でたっぷりとお楽しみくださいませ。 音楽映画として、リラックスして楽しめる佳作と言えるでしょう。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

 物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ
監督   ダスティン�ホフマン

主演   マギー・スミス、トム・コートネイ

製作   2012年 イギリス

上映時間 99分
予告編映像はこちら
http://m.youtube.com/#/watch?v=FORQrkqy9GE


スティーブ・ジョブズ

2013年11月7日鑑賞

 「ジョブズなら言うだろう”こんなのクソだ”」

 

僕がマッキントッシュというコンピュータに出会ったのは、1994年の事だった。 その前年、念願だったパソコンをついに買った。T社のラップトップパソコンだ。「外付け」のハードディスクの容量は80メガバイト。フロッピーディスクにしておよそ80枚分である。今なら「笑えないジョークか?」と思われそうだが、当時はマジでスゴイ!!と感激したものである。費用は全部で30万円程かかった。しかし、このマシンは全く使い物にならなかった。ひとつのソフトを終了させるのに、キーボードからいちいち「EXIT」と入力しなければならないのである。既に持っていたワープロや、内蔵されていた表計算ソフトの方が、よほど親切な設計だった。 僕は30万円をドブに捨てた、その悔しさから、コンピュータに関する本を買い込んで勉強し始めた。やがて、コンピュータには、世界中を支配するWindowsと、虐げられた、Appleユーザーがいる事を知った。

当時、Appleを使う事は新興宗教に入る事と同じだった。Appleパソコンを買う前に、知人に言われた事がある。 「人間を取るか、Appleを取るか、ハッキリしろ!」 結果、僕は一時的に人間をヤメた。「Appleはハマるぞ!」 友人の忠告通り、僕の頭の中は四六時中「七色リンゴ」がグルグル巡っていた。夢遊病者のようにAppleにのめり込んで行った。 Appleには哲学といえるものがある。 「コンピュータを使えなかった全ての人のために」 そのスローガンは、使って見て始めて納得した。 まさに5歳の子供から、80歳のおばあちゃんまでが、買ったその日から使えるパソコンだったのだ。 そのAppleパソコンの生みの親、スティーブ・ジョブズを描こう、というのが本作の意図であるらしい。 ならば聞こう。 本作は、5歳の子供から80歳のおばあちゃんまで、観て楽しめるか? 答えは断固としたNO!!!である。 本作で描かれるのは、クソみたいに退屈な会議風景であり、金儲けの話であり、とどのつまりは、株価が上がって良かったね!という、とんでもないオチまでついて来る映画なのだ。 「アホちゃうか!?」 僕は我慢したが、途中で何人か退席する人を見かけた。確かに、こんなウダウダとした退屈な映画を、2時間我慢して鑑賞しろ、というのは、ほとんど苦役に近い。 ジョブズが、インドに心惹かれ、旅行したのは何故か? マッキントッシュや、その前身、「リサ」の原型となった、ゼロックスの「 アルト」との衝撃的な出会いは? 学生時代、カリグラフを学んでいた、ジョブズ。それが、フォント開発の肝になったことは? そう言った大事なことは,本作では全てすっ飛ばされている。僕はたまたま、Apple信者なので、かつてNHKで放映された「新・電子立国」という番組シリーズを全て観た。その中には、ジョブズと相棒のウォズニアック、そして、AppleやWindowsの歴史、光と影の部分が見事に描かれていた。 ジョブズが目指したもの。それは、一度使ったら、もうやめられない、COOL!!カッコイイ、イカシテる、そう言うパソコンを作ろうとしたのである。開発スタッフの中には、ジョブズの気に入らないものを作って持っていったため 「こんなものクソだ!!」と罵倒された技術者もいたらしい。 本作が、ジョブズの存命中に公開されていたら、どうなっていたか? 「こんな映画、クソだ!!」 ブーイングとともに、観客全員が親指を下に向けたことだろう。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

 物語 ☆☆

 配役 ☆☆☆☆

演出 ☆

美術 ☆☆☆

 音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆

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作品データ
監督   ジョシュア・マイケル・スターン

主演   アシュトン・カッチャー、ダーモット・マローニー

製作   2013年  アメリカ

上映時間 127分
予告編映像はこちら

 http://m.youtube.com/index?desktop_uri=%2F&gl=JP#/watch?v=lPv8Ltya0_U


アンコール!!

2013月11月21日鑑賞
*** この監督センスいいなぁ~、と言うのが第一印象。絵の切り取り方、カット割、人物の配置など、ニクいほど絵心を感じるのだ。たとえば、老人達が合唱している練習場。ここをこっそり覗く二人の子供の後ろ姿。これを遠景から引きの絵で、建物全体と共に撮ってみせる。この監督、作品に感情移入ぜず、わざとこのような突き放したカットを時折入れている。これで、作品と監督の絶妙な距離感、緊張感を保っている。これは並の監督じゃできない技だ。短編や、テレビシリーズ物を撮っている監督さんらしいが、素晴らしい手腕の持ち主であると思う。

物語は老人達の合唱団「年金ズ」の女性メンバー、マリオンにガンが再発し、楽しみにしていた合唱コンクールにでられなくなってしまうところから始まる。 マリオンの夫、アーサーは、見るからに頑固者。タバコをこよなく愛し、禁煙のマークなど糞食らえとばかりにプカプカヤっている。協調性のカケラも無い老人に見える。そんなアーサーがマリオンの代わりに合唱団に加わることになる。 この合唱団が歌うのは、まさか老人が歌うとは? と絶句する刺激的なものだ。 パンクロックやヒップホップまで、かなりぶっ飛んだ歌ばかりだ。 保守的で頑固なアーサーか見れば、 「こいつら、イかれてる」と思っても無理はない。だが、愛する妻マリオンのためだ。アーサーはそんなイかれた連中と合唱し、ソロを歌う事を決意する。 このところ数年、老人をテーマにした映画が大流行している。そのどれもが大変上質な作品ばかりだ。 何故だろうか? それは老人とは人生の経験値が明らかに高い人達であるということだ。映画界は今、その魅力に気づき始めた。これは気づかなかった新たな鉱脈の発見である。まるでゴールドラッシュの様に、皆がこぞって老人映画を撮り始め、世界的な潮流となりつつある。この先、一つの映画ジャンルとして確立するかもしれないと思える。もちろんそれは、お年寄りが安心して暮らして行ける世の中で、初めて可能になる事を忘れてはならない。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

 物語 ☆☆☆

 配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ
監督   ポール・アンドリュー・ウィリアムズ

主演   テレンス・スタンプ、ヴァネッサ・レッドグレーブ

製作   2012年 イギリス

上映時間 94分
予告編映像はこちら
http://m.youtube.com/index?desktop_uri=%2F&gl=JP#/watch?v=qyRppn74UnA


清洲会議

 2013年11月14日鑑賞

 「武将達に血の匂いは必要ないのか?」

 

これだけ豪華な俳優陣をズラリと揃えた映画は早々お目にかかれません。だけど、その豪華な俳優をどこまで活かせたのか? といえば、かなり疑問の残る作品となりました。ハッキリ言って映画レビューを書くのがしんどくなるぐらい、心に響かない作品でした。

 

僕が最も違和感のあったのは、羽柴秀吉を演じた大泉洋さん。並びに、彼を演出した三谷幸喜監督の意図が、よく見えてこなかったところにあります。

この作品の面白さはどこにあるのだろう?

コメディーをやりたかったんだろうか?

いいや、そんなはずはあるまい、と思って鑑賞をしておりますと、ふと気付いた事があります。

 「血の気配」です。

大泉洋さんを批判するつもりはないのですが、彼に決定的に欠けているものがあるのです。

それは「血の匂い」であり、「血の気配」だとおもうのです。

本作の舞台は戦国末期です。信長は本能寺の変で倒れ、羽柴秀吉が明智光秀を滅ぼした直後のお話。そこには多くの血が流れた事でしょう。

 羽柴秀吉は、戦国武将の中では珍しく「 人殺し」を嫌った、「血を嫌った」武将であったらしいのです。(この辺りは司馬遼太郎氏の「新史太閤記」「国取り物語」などの解釈によります。)

秀吉はユーモアに富み、何事も創意工夫や、企画を立てる事が大好きですし、得意であったようです。 ただ秀吉はまた、織田家の重鎮として数々の戦さに参加した事を忘れてはなりません。

彼は人の屍を乗り越え、幾多の命を殺める事に、手を貸してきた人間です。彼はそうやって成り上がり、地位を築きました。その「血塗られた地位の重さ」が本作では微塵も感じられないのです。

その点、猛将、柴田勝家を演じた、役所広司さんはすごいと思います。

既に自分の身体に血の匂いを染み込ませて、その上で撮影に臨んでいる事が、観客にも伝わる演技でした。

 

ハッキリ言って戦国武将や、その部下達は、紛れもなく武装集団であり、軍隊であり、時にはヤクザでもあり、暴力団でもあったわけです。  

 時代劇を、特に戦国ものの映画を作る時、そういった側面を決して忘れてはならないのです。

 なお、蛇足ながら、VFXによる、合成画面と、ロケ撮影の光の違いが、素人でも分ってしまいました。予算の都合上、大きな屋外のセットは組めないのは理解出来るのです。しかし、それで我慢してしまえば、そもそも時代劇を映画に撮る醍醐味は、一体どこにあるのでしょうか?

女優陣にわざわざお歯黒をさせ、公家眉を施した、せっかくの時代考証の意味も、消し飛んでしまうのではないでしょうか。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

 物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆

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作品データ
監督   三谷幸喜

 主演   大泉洋、役所広司、小日向文世

製作   2013年

上映時間 138分

予告編映像はこちら

 http://m.youtube.com/index?desktop_uri=%2F&gl=JP#/watch?v=1FzR6pKEbDk


かぐや姫の物語

2013年11月23日鑑賞
21世紀、新・かぐや姫伝説の「発生」
複雑な心境で、公開初日を迎えた。 私事で恐縮だが、今年の春に「竹取物語」や、平安時代について調べる必要に迫られた。正直なところ、逃げ出したかった。平安貴族や、源氏物語に関してなら、掃いて捨てるぐらい膨大な資料があった。私が知りたかったのは、平安時代に生きた、庶民のリアルな姿だったのだ。これが、なかなかむつかしい。 当時の庶民がどんな家にすみ、何を食べ、どんな服を来ていたのか? これを知る手がかりは、とても数少ないのである。 竹取物語において、竹取の翁と媼は、後に大金持ちに成り上がり、貴族のような生活を送る。絶世の美女と噂のかぐや姫を巡っては、貴族から次々に求婚の申し込みがあり、ついには天皇さえも彼女に注目する。そのため、止む終えず、貴族のことも調べなければならなくなった。

 たとえば、かぐや姫は何を着ていたか? それを調べるだけでも「襲の色目」(かさねのいろめ)と呼ばれる二百種類以上ある、配色の組み合わせから、選ばなければならない。その他の生活様式、例えれば、箸の上げ下ろしに至るような細かな決まり事があり(これを格式や、有職故実といいます)私の様な、生半可な覚悟では到底歯が立たない。これは痛感した。 「竹取物語」「かぐや姫」を新たな創作物に変換する作業と言うのは、まさに真正面から「平安時代」という稀有な時代と取っ組み合うことなのだ、と思い知らされたのである。 平安時代、人権や、生存権などと言う概念はまだない。民百姓は、単なる搾取の対象であった。人間が人間として生きられなかった特異な時代である。この辺りは、黒澤明監督の「羅生門」溝口健二監督の「山椒大夫」を観れば分かる。どちらも、平安時代を舞台にした傑作、名作と名高い映画作品だ。 本作はそれらの作品に果敢に挑んだ意欲作であると思う。 さて、前置きが長くなった。 新たに高畑勲監督が創作した「かぐや姫の物語」 予告編を見る限り、正直なところ、劇場に足を運ぼうとは思わなかった。 かぐや姫の疾走シーン。粗い絵のタッチが印象的だ。 高畑勲監督は、過去作品の成功に囚われない。常に新たな表現の可能性を模索している。 ある意味、「分かる人だけ分かればいい」という芸術家の一徹さを持つ。果たして、一般ピープルである我々は、ついて行けるのか? そんな想いを抱きながら映画が始まった。 冒頭、あまりの絵の美しさに引き込まれた。今まで抱いていた雑念は、何もかもが、全て吹き飛んだ。 なんという美しい風景だろう。 我々が住むニッポンという島国は、こんなにも美しかったのか。

物語が進むに連れ、私は疑問に思った。この映画は、高畑勲という稀有な才能の監督作品ではある。しかしだ。果たして、一人の映画監督の創作物と言ってしまっていいものだろうか? と思い始めたのだ。 「竹取物語」という古(いにしえ)の人びとが語り継いで来た物語。その人たちの想いが、時空を超え、高畑勲というアニメ監督とスタッフ達に憑依したのではあるまいか? いい意味でこれはある種の「物の怪」が生み出した映画ではなかろうか? 「竹取物語」は1000年もの間、人から人へ語り継がれて来た物語である。 今も、かぐや姫は日本人の意識の深い部分で生き続け、DNAに刻み込まれている。 ならば、これから先1000年も語り継がれてゆくであろう。 その永い旅の途中、ふと、かぐや姫は立ち止まった。 彼女は、地上の人間界の中で、最も自分の心を聞きたがっている、高畑勲という人物を感じ取った。 この「かぐや姫の物語」という作品は、かぐや姫本人の神秘的な意識。そして、彼女の気持ちを汲み取ろうとした1000年間の人びとの想いが凝縮されている。 この作品は、高畑勲という優れた霊媒師を通して、「21世紀の絵巻物」として偶発的に「発生」させられてしまった映画なのだ、と私は感じている。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

 物語 ☆☆☆☆

 配役 ☆☆☆☆

 演出 ☆☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ
監督   高畑勲

 主演   朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子

製作   2013年

上映時間 137分
予告編映像はこちら

 http://m.youtube.com/index?desktop_uri=%2F&gl=JP#/watch?v=ZpZQNoqf_CU



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