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岩井戸のねほだれ

12話 岩井戸のねほだれ

 

                   1

 

「な~んかだるい……」

 そんな体に太陽館の温泉のお湯が心地よかった。

 全国でもめずらしい温泉のある駅、高畠駅は平成四年山形新幹線の開通とともに改装された。

それまでは無人の糠野目駅であったが、当時の商工会青年部や町役場の有志が仙台にあるJRの東北支社にだるまリレーで停車を訴えかけ、みごと山形新幹線つばさが停車することとなった。

それに伴い特徴を出すためにとなのか温泉施設を併設し、どうも広介先生のメルヘンイメージを出したかったそうなのだが、口の悪い人がその……男女が、えーと……愛を確かめ合う宿泊休憩施設のようだというような外装の新高畠駅太陽館に改装されたのだそうだ。

 ちなみにお湯は広介記念館の隣にあるぬくもりの湯を源泉としてパイプラインを引いており、温めなおして利用されている。

 そのお湯に浮かぶ真っ赤なリンゴ。これは、常のことではない、今行われている冬咲ぼたん祭りのアトラクションの一環だ。

 わたしが紹介するのもなんだか照れくさいが、白一色に染まるこの季節、花をめでる機会を作りたいと、高畠に伝わる牡丹姫伝説にこじつけて平成の十三年ごろから始まったお祭りだ。

 1メートルほどの円錐形の「こも」の中に、施設で開花時期を調整した牡丹を入れて、夜に電灯でその姿を照らした様は実に幻想的で、これを目当てに近郊の多くのカメラマンが訪れる。

 ちなみに牡丹は島根県から取り寄せているという。

 とはいえこの牡丹、今年はなんだかいまひとつだとの声が聞こえてきている。

いやおかしいのは花だけではない、さまざまなものの生命力が失われているかのようなニュースが聞こえてきている。

原因不明の疲労感を訴えるのはわたしだけではない。

そのわりに、風邪やインフルエンザという話も聞かない。

細菌やウイルスまで元気がないのだろうか、酒、漬物、納豆などの出来もよくないらしい。

果樹園の選定作業を行ったお父さんの話では果物の新芽の付きもいまいちだという。

生命力の低下……

急激にではないがまるで岩井戸に吸い取られているかのようではないか。

この間のシンハの話だと如意宝珠のプロテクトをとくまでに2ヶ月は要すると言う話だが、いったいどうしたということなのだろう。

アレから一ヶ月。必死で捜索はしているが、岩井戸の手がかりはまったくつかめない。

「冬咲ぼたんさん……よね?」

 不意に後ろから声をかけられる。

 タオルで前を隠して、長い髪をアップにして、でもメガネをしてないので顔がよく見えない。

 眉を寄せ、目を細めながら……

「ごめんなさい、どちらさまでしたっけ?」

とたずねると、微笑むように口の端を上げ、

「一度お会いしてるんだけど、あの時は二人とも言葉を交わす余裕なんてなかったものね……」

 といって湯船へ入り、わたしのすぐ隣へと腰を下ろした。

 わたしはなんだか気味が悪いような気がしてこぶし一つほどお尻を離す。

「改めて自己紹介するわ、渡会よ、よろしくね」

「あ、どうも……」

 渡会……どこかで聞いたような……

「春からあなたの活躍を見せてもらってるわ。すごいわね」

「活躍!……って……何のことですか?……」

 まさか正体を! 何とかとぼけとおさなくちゃ……

「何のことって……あぁそう、隠してるんだっけ、あのコト」

 この人……絶対知ってる……いったいどこまで……

「そんな顔しないで、すぐに心配要らなくなるから。りんご食べる?」

 そういって差し出されたその手の上には、ウサギを模して剥かれたりんごがあった。

わたしはあわてて彼女から飛びのいた。

温かいお湯の中にいるはずなのにざわざわと悪寒が走る。

「やだ、みんなビックリして見てるわよ」

 おかしそうに笑う彼女。

「渡会……ってまさか……」

 不敵な笑みを浮かべながらザバザバとお湯を掻き分けて彼女はわたしへと近寄り、先ほどと同じようにすぐ隣に座り、

「そう、渡会岩井戸。シンハに聞いてるでしょ」

 と、ささやいた。

「……えぇ……いろいろとね……」

 精一杯の虚勢を張って、でも怖くてそれだけ言うのがやっとだった。 

 さっきのりんごはお風呂に浮いているのを風の力か何かで剥いたのだろう、それに引き換えこちらはタオル一枚。岩井戸がその気になれば……わたしの命は無い。

「そんなに怖がらなくてもいいわよ、今日はお風呂に入りに来ただけだし」

「こ、こ、こ、怖がってなんか……」

 声が裏返ってどもってしまったわたしを岩井戸は余裕の笑みで見ている。

「反魂の術もなかなか大変でね、たまには温泉にでもつからないと……」

「反魂の術が!……プロテクトは! 解除に二ヶ月はかかるハズだってシンハが!」

 わたしの声に驚いたのか岩井戸は目をきょとんとさせる。しかしすぐに怪しげな笑みを浮かべて、

「そうそう、そのことに関しては感謝してるのよ、いちばん面倒そうなことあなたがやってくれたから」

 と、言った。なんのことかわからないわたしに彼女は言葉を続ける。

「あなたもう一人の子と戦ったときトゥインクル・ファウンテンを撃ったでしょ、そのおかげでプロテクトが外れたのよ」

「ファウンテンが!」

「シンハから聞いていないかしら? 文珠と如意宝珠とファウンテンのこと……」

「……」

「そうね、文珠と如意宝珠は簡単に言うとパソコンみたいなもので、ファウンテンはそのリセットボタンだって言えばわかるかしら?」

「リセットボタン?」

「そう、文珠が空〈クウ〉からのエネルギーを蓄え、そのエネルギーを術式で具現化する。ダイレクトに空〈クウ〉にアクセスしてそのエネルギーを具現化させるのが如意宝珠……」

「じゃ、わたしのせいで……」

「本当に感謝してるわ。他人の……特にシンハの術なんて、自分の術を解除するようなわけには行かないから」

 そう言うと岩井戸は指を組んで腕を前に伸ばし、肩のコリをほぐすように首を左右に振った。それを横目で見るわたしの頭の中は混乱の最中にあった。だって、あのときのわたしのファウンテンがこの世界を破滅に導く手助けになっていたなんて……

「やだ、ちょっと泣かないでよ、なんかわたしがいじめてるみたいじゃない……」

「だって……反魂の術が成功したら地球の生き物が全部滅んじゃうんでしょ! 知らなかったとはいえその手助けをしたなんてコト知ったら……もう、何がなんだか……」

「そうならないためにも、あなたの力を貸してほしいの……」

 そう言って岩井戸はわたしの背中に手を回し、両肩に手を置いた。

「せっかく生き返らせても、何もない世界で朽ちていくほかない運命では意味がないわ。よみがえって五,六年だけど結構気に入ってるのよ、今の時代のこの国。あの子達にも体験させてあげたい……そのためにはあなたの如意宝珠が必要なのよ!」

「わたしの……如意宝珠……」

 言われて岩井戸のほうを見ると、彼女は優しげな笑みを浮かべて、

「そう、如意宝珠のデュアルコア化で効率を上げて省エネを図るのよ。今やってるテストから導き出した計算の結果だと一人生き返らせるのに人間で十五億人分で済んじゃうのよ」

「十五億!」

「ね、すごいでしょ! 二人分で三十億人! たったのそれだけで済んじゃうのよ!」

「たったそれだけって……駄目……想像できない……」

 思わず頭を抱え込むが、彼女の表情はあっけらかんとしたものだ。

「心配ないわよ、ターゲットに考えてるのは環境破壊や人口増加で問題を作ってる中国とアフリカよ。知り合いなんていないでしょ?」

「そういう問題じゃ!」

「何もあなたに手を下せって言ってるわけじゃないわ。見て見ぬ振りをして私にあなたの如意宝珠と文珠を渡してくれればいいだけよ……」

「そんなこと……そんなこと……」

 不敵な笑みを浮かべる岩井戸の顔が不意にぼやける。頭がくらくらする……。

「あらら、のぼせちゃったんじゃない? ほらもうお上がんなさい」

 岩井戸はわたしを担ぎ上げ浴槽の縁へと座らせる。右腕を支えにしてわたしは何とか上体を起こす。

「今日はもう考える余裕なんてなさそうね。そうね、じゃあ一週間考える時間を上げるわ。来週の日曜日、文化ホールまほらにいらっしゃい。そこで如意宝珠の受け渡しをすることにことにしましょ」

 そういうと彼女は立ち上がり、真っ白なお尻をくねらせ浴室から出て行った。

 わたしはというと安堵感からか、恐ろしい狂気に対するストレスとともにこみ上げてきた嫌悪感を抑えきれず、そばにあった洗面器を手繰り寄せ、その中に顔をうずめた。

 

           2

 

 指定の日、前方後円墳を模した「文化ホールまほら」は珍しく混みあっていた。

「ねほだれ大会」

 この辺の方言で「寝言」のことをさす「ねほだれ」転じてくだらない馬鹿話を意味する。

 そんな馬鹿話……というかネタや寸劇、はたまた歌謡や踊りなどをお年寄りが披露するのが毎年二月半ばにおこなわれるこの「ねほだれ大会」だ。

 お年寄りの間で人気が非常に高く、本来ならば入手困難なチケットが必要なこのイベントではあるが取材の名目で容易に入場することができた。

 二階のホワイエ。お年寄りだらけのこの場所で、若いわたしと赤木君、そして青木君に変身したシンハは目立っていた。が、演目が始まると好奇の視線を向けていたお年寄りはみなホールへと姿を消していった。

 中学校が見えるソファに腰掛け、その時を待つ。

あの日のことは全て二人に話してある。

結果導き出した結論は……

と、不意にホールの扉が開く音がする。

「面白いっていうから来てみたけど、内輪で盛り上がってるだけね……」

中から現れたのは高そうなコートに身をつつんだ岩井戸だった。

「岩井戸!」

「あら、シンハお久しぶり。ずいぶんと血相を変えて、その様子じゃ答えは……」

「決まっているッハ! そんな自己中心的な目的のために如意宝珠は渡せないッハ」

 立ち上がったシンハが岩井戸を指差しながら言い放つ。が、岩井戸は余裕の様子で、

「自己中心的だなんて、これは親の愛よ」

「親の愛?」

「そ。それに彼女にもいったけどこの世界やこの国を滅ぼすつもりじゃないのよ。この世界、この時代は私たちの生まれた時代より夢や希望に満ちている。あの子達にもこの世界を味あわせてあげたい。幼くして死んでしまったあの子に命の喜びを味あわせたいだけなのよ」

 岩井戸はうっとりした表情で腕を広げる。

「それが自己中心的だって言ってるッハ!」

 シンハの叫び声に岩井戸は眉根をひそめる。

「自己中心的だって言うのならわたしの考えているターゲットのほうに言って欲しいわ。私も勉強したのよ、この時代のこと……考えなしに繁殖し、環境のことなど配慮せず、自然を汚し尽くし、食らい尽くし……このままはびこらせていたらこの星を砂漠にしてしまうわ。私は弥彦と弥三郎をこの世に呼び戻すことによってこの星を救うのよ」

「思い上がりだッハ! まるでほかの人間に価値の無いような言い方を!」

「あら、価値は認めているわよ。かわいい弥彦と弥三郎の復活のための生け贄としてね。ねぇ?女の子っておとぎ話の中の王子様の復活とか憧れるんでしょ?その目でハッピーエンドを見てみたいと思わない、ぼたんちゃん?」

 そうわたしに同意を求める岩井戸がなんとも忌まわしい存在に思われて、

「……ねほだれ……」

 と口からこぼれ出た。

「え?」

「……もっともらしいことをいっているけど、あなたのやろうとしてるのは……ほんとに『ねほだれ』だわ……内輪受けにもならない独りよがりよ……そんなことに手を貸すなんて……絶対に出来ない……」

「そう……」

 岩井戸の目がすっと細くなる。

「シンハ!」

 掛け声とともにシンハと赤木君がわたしの前に壁を作る。と、同時に如意宝珠を受け取ったわたしは

「オン・チンターマニ・ソワカ!」

 の掛け声とともにラクシュミーへと姿を変えた。

 変身のタイミングで仕掛けてくるかと思ったが、岩井戸は予想に反して腕を組んだまま冷たい瞳でこちらを見ているだけだった。

「結局、それが答えなのね……」

「そうだッハ。お前に与えられた時間はもう終わったんだッハ」

「……よくも……あの十三の歳に終わっていたはずの私の人生を引き伸ばしておいて……よくもそんな勝手なことが言えたものだわ……」

 そういうとシンハからわたしへと視線を移し、

「ふるさとが破壊され、親が殺され、もう何もかも投げ出したいのに有り余る力を与えられて無理やりに闘わせられた私の気持ち……そんな私に出来た安らぎを、守り助ける力を奪われてしまった虚しさや悔しさ……私は安らぎを取り戻したい、ただそれだけなのに……そう、その気持ちがわかればあなたにも私の気持ちを理解してもらえるかしら……」

「なにを……?」

 と、わたしが返そうとすると、岩井戸は開いた両の手のひらを仰々しく持ち上げる。それとともに地鳴りが響く。

 わたしたちは腰を落とし攻撃に備えるが、岩井戸に特段変わった様子は見えない。

「どこを見ているの? あなたたちの相手は外にいるわよ」

 と、あごをしゃくる。

 言われて振り返ると……ホワイエを覆う一面のガラスの向こうに五メートルほどの白い雪の巨人がずらりと並んでいた。妙なことに、彼らに裏表があるのかは不明だが、どうもこちら側ではなく向こう側を向いているようなのだ……が……まさか……

「文珠!」

 の声にシンハはすぐに文珠をくれ

「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」

 を窓越しにぶっ放す。

 ファウンテンは三体ほどの巨人の上半身を薙いだものの、ほかの巨人たちはのしのしと放射状に町へと散っていった。

「まずはふるさとがめちゃくちゃにされる思いを味わいなさい」

 いつの間にか向こう側のドアのほうに移動していた岩井戸が声を上げる。

「待ちなさい!」

 と、詰め寄ろうとするが、突如ホールのドアが開き

「地震だ!地震だ!」

 と、大勢のお年寄りの波がホワイへへとあふれた。

「ま、ちょ……ンもう!」

 まさかお年寄りを突き飛ばして追いかけるわけにもいかず、先ほど破ったガラス戸から外へと躍り出る。

 巨人のスピードは意外と速い。

正面にホームセンター。

はすむかいに交番そしてスーパー(ヤマザワ)。

裏手には老人ホームに病院と役場……

岩井戸は……見失って……もう……

どこから止めたら……

「病院と老人ホーム!」

 わたしが叫ぶと赤木君が飛び出す。

 赤木君は大きくジャンプを繰り返し、わたしはその上を飛びながら一体の巨人に迫る。

 赤木君が巨人のひざの裏側めがけて強烈なキックをお見舞いする。

ひざカックンを食らった巨人が重そうな音を立てその身を横たえる。

次々たおしていかないと!即効でかたをつけるには……

「シンハ!文珠を!」

 声をかけるが今度はシンハが近くにいない。

「シンハ! シンハどこよ!」

 声を立てるが返事が無い。

そうするうちにも巨人が再びその身を起こそうと地面に腕をつく。

立ち上がろうとする巨人の腕を蹴り再度横にする赤木君のほうがよほど役に立つ。

シンハをあてにするより自分で出来ることをしないと!

わたしはトゥインクルファウンテンのための儀式の踊りを踊る。

「気力充実! ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」

 輝く噴水のような光が巨人の上半身を吹き飛ばし、下半身は力なく崩れ落ちる。

 でも待ってよ?何か物足りないような……

「後ろだ!」

 との赤木君の叫び声に驚いて振り向くと、いつの間に現れたのか雪の巨人が腕を大きく振り上げていた。

 間一髪でその攻撃を避け、赤木君のそばへと駆け寄る。

「いつのまに? あいつ……」

「ファウンテンを撃った直後、突然雪が盛り上がった」

「そういえば、いつものあの絶叫が」

「ああ、聞こえなかったな……」

「って言うことは……」

 物凄くいやな予感がする。

 不意にズゥウゥウゥゥン……と重い音が響く。

 見ると建物に雪の巨人が突っ込んでいる。

 そこから紫色の稲妻のようなモノが走ると雪の巨人の体は音を立てて崩れ落ちた。

そして、その稲妻のようなものが向かった先から雪が隆起し巨人の形を作る。

つまりは雪の体は使い捨てで、倒すにはあの本体を叩かなければならないということか……

ズゥウゥウゥゥン

 今度は病院のほうから!

 老人ホームと病院、いったいどっちを……

 とりあえず手近な老人ホームの巨人を迎撃に向かう。

 拳や蹴りを加えても、打撃面の小さなわたしの攻撃では腕や足が雪にめり込むだけだ。

 ズゥウゥウゥゥン……

 また病院のほうから破壊音が聞こえる。

 そちらに気が取られた隙をとらえて、固い氷で覆われた思いこぶしがわたしに叩きつけられた。吹っ飛ばされたわたしは停めてあったセダンのフロントガラスをぶち破る。

「律儀なものね」

ドアを開けて外に出ると上から声をかけられる。

見上げると青木君を消し去ったあの日の衣装を身にまとった岩井戸が照明灯の上に爪先立ちで立っていた。腕にはボロボロになったシンハをぶら下げている。

「シンハ!」

 呼びかけに弱弱しく視線を向けるもののろくに体が動かせないようだ。

「ねぇシンハ、最近はこんなのが流行ってるって言うじゃない?」

 そういうと岩井戸はシンハを胸の高さまで持ち上げ、緑の風につつまれた反対の腕をシンハに近づける。

「ああぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁ………」

 風をまとった手のひらがシンハの体中を這い回り、シンハの毛をまるでプードルのように刈り上げてしまった。

「ふふふ、似合うわ、かわいいわよ。ねぇそうは思わない?ぼたんちゃん」

 そういってわたしへ向かってシンハを放り投げる。

 シンハを受け止めたそのとき、今度は少し遠くから破壊音が響いてくる。

サイレンやクラクションなども聞こえてきた。

「あ、あ……」

 いったいどこから手をつければいいの?

 わたしと赤木君だけじゃ……手におえない……

「こっちを見なさい!」

 うろたえているわたしに岩井戸が声をかける。

「ふるさとがメチャメチャにされる気持ち……少しはわかってもらえたかしら?」

 左手で何かをもてあそびながら岩井戸が問いかけた。

「次に私が受けた苦痛は家族の死……確かお家、あっちのほうだったわよね?」

 そういってわたしの家のある方角を指差す。

「違う……やだ……止めて……」

 わたしの声を無視するように左手でもてあそんでいたものを右手に持ち替えて振りかぶる。その手が紫色に光る。

文珠? ダデーナーの種か!

「やめてえぇぇええぇぇぇえええぇぇぇ!」

 わたしの叫びと、岩井戸がそれを投げるのは同時だった。

 

                   3

 

 わたしは走った。

病院や老人ホームや……そんなことは頭から消えていた。

シンハを赤木君に預けてとにかく全力で家へと向かった。

家へと続く厚い雪が覆った田んぼにはさまれた少しザケた雪道を。

爆発音! きのこ雲! 間に合って!

 家へと入る小道から飛び出してくる白いミニバン。

 よかった。みんな無事みたいだ。

 後ろからのっそりと現れる三体の雪の巨人が振りかぶった。マズイ!

 巨人が車へと向けて放り投げた雪だるまの頭ほどのかたまりを、間へと割り込んでパリッチャで受け止める。直撃コースの二つは受け止めたものの、オーバー気味の一つを受け損ねる。

 あわてて振り返るとずいぶんと前に落ちそうだ。が、ミニバンは急ハンドルを切り路肩の雪に乗り上げ横転する。

「お父さん!」

 わたしはすぐに車へと走り寄り、中をうかがう。

 みんなうめき声を上げてはいるが……シートベルトのおかげか、たいした外傷があるようには見えない。

「お父さん! お母さん! おばあちゃん! お兄ちゃんも! みんなだいじょぶ?」

「ん、あぁ……だいじょ…って、お前まさか? ぼたん……なのか……?」

 まだ転倒のショックのためかはっきりしない様子だがお父さんが目を開けた。

「しっかりつかまってて、今車起こすから」

 わたしは車の屋根側に回りこんで力いっぱい持ち上げる。

車は少し跳ねたが元通りまっすぐになった。

「何でそんな格好……それに今の力……」

「詳しい説明は後よ、エンジンはかかる? 早く逃げなきゃ!」

 言われてお父さんはキーを回す。

「だいじょぶだ、お前も早く乗れ!」

「わたしは後ろからついてくわ」

「でも」

「いいから! 今はわたしを信じて、とにかく雪の無いところへ」

「だけど!」

 お父さんがそう叫んだとき不意に暗くなる。

 見上げるとまたもや大きな雪玉が!

 わたしは跳びあがり、パリッチャを開き受け流す。が、時間差でもう一発!

 しまった!この体勢からじゃ防げない!

 と、その時。後ろから飛んできた赤い影が雪のかたまりを粉々に蹴り砕いた。

「赤木君!」

 道路へと降り立った赤木君は腕に抱えたシンハをちら見して、

「すまない、走りづらくて……」

 と頭を下げた。

 わたしは赤木君からシンハを受け取ると車のまだ開くほうのドアを開け、シンハをお兄ちゃんに託してドアを閉めた。

「ぼたん……」

 お父さんはなおも心配そうな顔をしてこちらを見ているが、

「行って! 早くこの町から逃げないと殺されちゃう!」

「……わかった……」

 しばらくの沈黙の後、重々しくそう言ってお父さんは車を出した。

 赤木君に目配せし、わたしはその後を追う。赤木君も横をついてきてくれる。

 大きな通りに出た。このコースだと中街道をぬけて米沢に向かうコースか……両サイドは田んぼと豆畑だ……その上に走る紫色の稲妻! 来た!

 数十メートル先の雪が隆起し道路へと手を差し伸べる。わたしは大きく踏み込むとその腕を叩き落す。すると反対側の田んぼからも巨人が立ち上がる。それには赤木君が飛びかかって足をへし折る。

 そうやって八体の巨人から車を守りつつ農協のライスセンターの信号を越え入生田に入った。

 雪の少ない住宅地に入るまで田んぼの間を約400メートル!

 つごう四体の巨人を振り切って、たかはたファームの前にたどり着く。

 これで少し一息できるかと振り返ると思わず目を疑う光景が飛び込んできた。

 真っ黒な風の柱が紫色の雷光をまとって追いかけてきたのだ。

 あの竜巻はおそらく岩井戸。今の位置はライスセンターあたりか?見る見る迫ってくる。

前方へ向かって空をいく筋かの紫の光が走っていく。

岩井戸が文珠を集中投入してくるのか?

 再び気合を入れなおしミニバンの横を併走する。

 あぁ、すでに道路上に巨人が待ち構えているなんて……

 とにかくお父さんたちを突破させる!

 わたしはパリッチャをなるだけ大きく広げ、強く踏み込んで雪の巨人に体当たりした。

 巨人は四散。お父さんのミニバンがその雪に足をとられるも何とか態勢を立て直す。

露藤を抜ける。米沢との境目、天王川までもう少し!

橋の前に立ちふさがる二体の巨人のうちの一体に赤木君が体ごと突っ込む。

もう一体があおりを受けて道路をふさぐように倒れこむ。

突如出来た雪の壁にお父さんが急ブレーキを踏む。が、スリップして突っ込んで、くあっ!

知らないうちに体が動いて、いつしかのミレニィのように車を持ち上げて空を飛んでいた。

雪の壁となった巨人の上すれすれを越えてミニバンを橋の上へと下ろす。

高さにして2メートル。距離にして30メートルほどだがこれはきつい。わたしは安堵感からごろりと地面へ横たわる。

「ぼたん!だいじょうぶか?」

「いいから行って! 今までのこと無駄にしないで!」

 車を停め、こちらに駆け寄ろうとするお父さんに声を上げ、心配させないようにと立ち上がる。

「この橋は越えさせない! 絶対に守り通して見せる!」

 その時わたしの頭にあるアイディアがひらめいた。しかし本当に成功するだろうか?

 トゥインクルロッドを取り出し空〈クウ〉から力を呼び寄せる。

いつもならファウンテンに使うこの力をパリッチャに変える!

「ラクシュミー・グレートウォール・パリッチャ!」

 手の平から放たれた暖かな光が天王川に沿って広がっていく。

幅は見渡す限り、高さは数十メートルのまさに万里の長城だ。

 振り返るとお父さんはしばらくためらっていたが、わたしの本気を感じてくれたのか車を出して米沢のほうへと走り去った。

 巨人は壁を突破しようと試みるが、巨人が壁に触れるとピンクの火花が散って雪の体を削っていった。

 岩井戸の竜巻が迫ってきた。が、お父さんはもうだいぶ先へといっただろう。

 岩井戸の竜巻が消え彼女が地面に降り立った。

「ここから先へは通れないわよ! 家族はわたしが守って見せる!」

 岩井戸はほうけたような表情でしばらくパリッチャを眺めていた。が、にやりと笑うと、

「なるほどね。でも、押して駄目なら越えればいいんじゃない?」

 といって右手を頭上へと掲げた。すると十数体あった雪の巨人が寄り集まり、さらには周りの雪をも取り込んで、光の壁から頭ひとつ出すくらい。見上げるばかりの高さの大巨人になった。

「あーあ、これじゃちょっと越えるの無理か……でも、あそこだったら」

 そういって大巨人は腕を振りかぶる。まさか……

 わたしはパリッチャを大きくしようと気合をこめるが、今の状態が限界のようで高さの変動は感じられない。

「やめてぇええぇぇぇぇえええぇぇぇぇっ!」

 というわたしの叫び声も虚しく大巨人の腕が振りぬかれた。 

 しばらくの静寂の後、ずぅうんという地響きと急ブレーキの音に続き、ガシャーンという鈍い音が聞こえ、パーーーーーーーーーーーーーーーとクラクションの音がいつまでも響いた。

「お父さん…………お母さん………みんな………」

 なんだか急に体中の力が抜けた。立っていることができずひざを突いた。いつの間にか変身が解けてしまったようで、ネイビーブルーのピーコート越しにももの肉を強く掴んでいた。

 足音に振り向くと赤木君が仁王立ちで背を向け、わたしと岩井戸の間に立ちふさがっていた。

「意地を張らずにおとなしく渡しておけばそんな思いをしなくても良かったのにね。どうする?今なら一人100人くらいの生贄で生き返らせることができるけど」

「……いぃわぁいぃいとぉおぉ……」

 あふれる涙でぼやけるが、その分その禍々しい存在が放つオーラをより感じ取れた。

 立ち上がって掴みかかってやりたいが、わたしはというと立ち上がることすらおぼつかなくて、ふらついて再び倒れそうになったところを赤木君に支えられた。

「その目……どうやら一緒にあの世に送って欲しいって言う目ね。いいわ、その願いかなえてあげる……」

 岩井戸が手を上げると大巨人もまた腕を高々と上げた。

その腕でわたしたちを叩き潰そうとでも言うのか……

町を蹂躙され、家族まで奪われて……こんなところで終わってしまうのか……

くやしい……くやしい……

「さようなら……ぼたんちゃん……」

赤木君がわたしを強く抱きしめる。

いよいよその時が来るのか……

いやだ、終わりたくない……死にたくない……死にたくない……

その時、不意に爆発音がした。

見上げると大巨人の腕の根元辺りに煙が立ち、それが真下にいる岩井戸へ向かって落下しようとしていた。赤木君はわたしを抱いて地面に伏せる。

「ぎゃああぁあぁあぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁあぁ!」

 岩井戸の絶叫は雪のかたまりが地面に落ちて崩れる轟音にかき消された。

 風が収まり顔を上げると、片腕を失った大巨人の向こうに、緑色の平べったいヘリコプターが飛んでいた。その横っ腹についている小さなつばさが光ると煙を上げた何かが飛んできた。

「ミサイル!」

 その叫び声を聞いて赤木君が再びわたしを地面に引き倒す。

 例えがたい爆発音を響かせて対戦車ミサイルが炸裂した。

 今度の一撃は大巨人の頭部を打ち砕く。

「おのれぇ! よくも!」

 元は大巨人の腕だった雪の山の下から現れた岩井戸は戦闘ヘリに向かってほえた。

 大巨人が残った腕を戦闘ヘリに向けるとその先からキラキラ光る何かを撃ちだした。

 戦闘ヘリは回避行動をとるも後部ローターに被弾する。

 それでもヘリはふらつきながらも機銃を巨人めがけて撃ち込みはじめる。

岩井戸の目が戦闘ヘリに向いた隙をついて赤木君は立ち上がり、わたしを担ぎ上げるとその場から走り出した。向かう先はもと来た高畠町内だ。

崩れかけた大巨人と戦闘ヘリとの戦いがどんどん遠くなっていく。

と、そのときコートの中に入れてある携帯電話の着信音がなった。

この着メロ! 家族フォルダの着メロだ!

「生きてる……みんな……生きてる……」

 そのことを理解した瞬間、今までの疲労がどっと押し寄せたのか、わたしの意識は闇へと消えた。

 

                   4

 

 頭に当たるごつごつとした感覚と、体に押しかかってくる重みで目が覚めた。

 目を開けると……赤木君! 

ちょっ、腕枕! ってか抱き枕状態って、まさか!

 

……服は……着てた。

 そうよね……赤木君だし……

 っていうかここどこ?なんだか薄暗い…… 今はいつ? 

 そうだ岩井戸からお父さんたちを逃がして……

そうだ携帯! これ?……は、如意宝珠か。

あ、こっちにあった……けど……もうっ、電池切れかよぉ! 

 などとモソモソ動いていると赤木君が目を覚ました。

「あ、目が覚めたか……」

「こっちこそ起こしちゃって……ねぇ、ここはどこなの? あれからどうなったの?」

 わたしが矢継ぎ早に質問すると、赤木君はゆっくりと語りだした。

「ここはたかはたワインだ」

「たかはたワイン?」

「町の中心部がひどいことになってたんで……無事なところを探しているうちに……」

 なるほど、目が慣れてくるといつだっけかの収穫祭で連れてこられた、パネルやモニターの置いてあるたかはたワインの資料展示室の姿が見えてきた。今まで寝てたこれはビデオを見るときに座るソファか。

「町がひどいことって?」

「あの後、町のあちこちから火の手が上がって、雪の巨人に攻撃してた空飛ぶ車や普通じゃない……緑の……工事現場にあるようで、ちょっと違う車がたくさんやってきて……大きな声を出す車が、「ひじょうじたいせんげん」って言い出したら町の中心部からたくさん車が走って町の外へ向かっていった……」

「非常事態宣言……」

 空飛ぶ車はヘリコプター、工事現場のみたいなってコトは戦車……

自衛隊が出張ってきたのか……なんにせよもう少し情報が欲しい。

 立ち上がると冷えでやられたのか体がみりみりと痛む。

 入り口そばに設けられたカウンターに向かい、何がしかのスイッチを触るが電気が通っていないのか反応がない。

 出入り口の扉を開けると、冬の朝のキンとつめたい空気の中、米沢南陽道路の土手の向こうに朝焼けが広がっていた。

「一晩……経ったのね……」

 後ろから赤木君がついてきた。

駐車場に車が見える。ラジオや……それより今は暖房にあたりたい。

幸いなことに車にはキーがささりっぱなしだった。ラジオどころかカーナビもついてた。

さっそくセルを回し、カーナビのワンセグモードでニュース番組をさがす。

ニュース番組には通常の画面の外にL字型の枠がついており知った地名が流れていた。

『昨日の昼過ぎより山形県高畠町に現れた雪の巨人は、町のいたるところで破壊活動を繰り返しています。高畠町長は山形県知事に自衛隊の派遣を要請。知事はこれに応え、東根市神町駐屯地の自衛隊第六師団を派遣。同時に東南置賜一帯に非常事態宣言を発令しました。自衛隊はこの巨人と交戦を行いましたが、ヘリコプター五機、七十四年式戦車二両を失いました。乗組員の安否に関してはあきらかにされていません。雪の巨人は今現在、活動を潜めていますが、現在高畠町ならびに隣接する地区には避難勧告指示が出されており自衛隊員が警戒に当たっています。また、警察の検問が敷かれ一般住民の立ち入りが制限されています……』

 どこのニュースも繰り返し繰り返し同じような内容の報道だった。

 何よりこたえたのが報道ヘリによる上空からの撮影で、あそこも、あそこも、知っている建物が壊れたり燃えたりしているのを改めて認識すると自然と目頭が熱くなっていた。

「冬咲……」

 赤木君が優しく声をかけてくれた。

 いつしかわたしは彼の胸の中で嗚咽を漏らしていた。

「わたしね、前はこんな町はどうでもいいと思ってた……いなかでつまんないし、早く大人になって都会で暮らしたいって考えてた……でもね、ラクシュミーになって戦いを続けるうちに、っていうか、戦いが下手で当たり前にあったものがだんだん失われるのを見てたら……あぁ、かけがえのないものだったんだなぁって……あって当たり前のものがどんどんなくなっていくって言うのがすごく悲しいことなんだなぁって……」

 赤木君は何も言わずそっとその大きく温かな手の平をわたしの背中へとのせてくれていた。ただそれだけでつつみ抱かれるような安らぎをわたしは感じていた。

 くぅ……

 と、お腹がなった。こんなときにもかかわらず……

「何か食べるか……」

「そうよね……お腹空かしてたんじゃ力も出ないしね……」

 そう言って二人で売店へと向かった。とは言え……

「どうしよう……お金これしかない……」

 クッキーやケーキ、牛タンやチーズやソーセージ、ゼリーやジャム、それにお母さんに何度ねだっても買ってもらえなかった後藤屋さんのさくらんぼカレー。

実に魅力的な品が並んでいるものの、五百円ではいかんとも仕様がない。

その上何よりだいじな飲み物で、唯一のノンアルコールのぶどうジュースが一ビン千円ときたもんだ。電気が通ってないため外の自販機は使えない。いったいどれほどおいしいのだろう……空腹が金欠の虚しさを膨らませた。

 そんなふうにわたしが迷っているそのすぐ隣で赤木君がソーセージの袋を開けてかぶりついた。

「ちょっと! それ払えないよ!」

「この町を救うためのちょっとの犠牲だ。もしどうしてもというなら、借りておくだけにして、後で払いに来ればいい……」

 そういってソーセージの袋をわたしに向ける。

 

 ソーセージには勝てなかったよ……

 一度誘惑に負けてしまうと後は際限がなかった。あれも、これもと手が伸びる。

 見た目がちょっと、といって絶対買ってくれなかった念願のさくらんぼカレーを、むしったシフォンケーキにつけて口に入れる。ピンクの見た目からは想像できなかったしっかりとしたお肉のダシを感じる。スパイスも香りのものを中心に結構効いていて、下手なカレーよりもカレーな感じがした。

ぶどうジュースも濃厚で、かえってのどが渇きそうなほど。

デザートは食べるのがもったいないほどの細工がされた、たかはたファームのパーティーゼリー。北海道ローカルの深夜のバラエティー番組の全国甘いものめぐりの企画でこれの仲間が散々馬鹿にされたがとんでもない話だ。

早食いで食い散らかすようなデザートじゃない!目も舌も心も満足させる高畠のスイーツなのだよ!とヒゲのディレクターとやらに小一時間説教してやりたい。

暖めるものが無く冷たいままだったが、啓翁桜でピンクに彩られた工場見学通路の小さなベンチで寄り添って食べたそれらは今までで一番のご馳走に感じられた。

「でも……」

 最後の締めにと思って封を切ったミルクケーキの白を見て忘れていた雪の巨人を思い出す。

「どうやったら、あの巨人と岩井戸を倒せるんだろう……」

 わたしの一言に赤木君の食べる手も止まった。

「シンハも、あんなになっちゃって、ほんとにわたし達の力だけでこの世界を守れるの?」

 腹が減っては力が出ないどころか、お腹が膨れて脳に回った栄養が、岩井戸との力の差という現実を再認識させてこんなに気がめいることになるとは思わなかった。

「俺は……」

 赤木君が口を開いた。が、そこから彼は口を開けたまま二の句が継げない。

 心配になって覗き込むと彼は急にわたしの肩をつかんで、

「俺は、冬咲のためなら、この命なんて、惜しくは無いと思ってる」

 と、言った。

 真剣なまなざしで彼はこう続ける。

「後悔はしたくないから言う……俺は……俺は冬咲が……愛おしくてたまらない……」

 突然の告白に驚いて、わたしは言葉が出なかった。

「初めて会ったあの春の日からだ……冬咲の微笑みに……心が……つかまれた……」

「あ、あれは危ないトコ助けてくれたから……」

「それから……不謹慎だとは思ったが……ダデーナーを青木が呼び出すのを楽しみにしてたんだ……冬咲にまた会えると思って……」

「……」

「だけどそれが、冬咲のことを……心も、体も傷つけることになっていたことに気がついて……夏祭りのあの後、俺たち、情けなくて……惨めで……二人で泣いたんだ……」

 そういう赤木君の瞳がうるんでいた。

「でもそんな俺たちを、冬咲は許してくれた……そして憎しみに我を失った俺をいさめて……正体を知っても変わらず受け入れてくれた……」

 赤木君の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「……俺は、友達が欲しかった……だけど冬咲は……なんていうか俺の考えていた友達以上の……存在みたいで……」

「……」

「だから!」

 赤木君がわたしを抱きしめた。勢いで回転しながら赤木君に組み敷かれるように床へと倒れこんだ。その衝撃で啓翁桜がはらはらとピンクの花びらを舞わせた。

「……」

 突然のことに言葉が出せない……

 赤木君がこんな大胆なことをするまでにわたしの事を想っていてくれていただなんて……

 赤木君が震えている……

 おそらくわたしのこの胸の動悸も彼に伝わっているだろう……

 この後の戦い……結果がどうなるかなんて……決して楽観視できる状況じゃない……

 だったら

 せめてこの赤木君の想い……そしてわたしの想い……

 後悔させたくない……

 後悔なんてしたくない……

 わたしは心を決めて赤木君の背中に手を回した。

 ぬるり

 手に何か生暖かい液体の手触りがした。

 さらに手を這わせると、ひやりとした固い手触り。

「く……うぉぉおぉ……」

 赤木君がうめき声を上げる。

「赤木君!」

 赤木君の下から這い出ると、彼は背を丸め、苦しそうな声を上げていた。

 その背中にはいくつもの氷の塊が突き立っていた。

「赤木君! 赤木君!」

 声を掛けるわたしは突き飛ばされ尻餅をつく。

 しかしそのおかげで再び飛来した氷の塊に当たらずにすんだ。

 わたしは立ち上がると如意宝珠を掲げラクシュミーへと姿を変えた。

 通路の先に人のサイズの雪のダデーナー。

 三度目の氷の玉はパリッチャで弾き飛ばす。

 攻撃がやむと文珠を……いや、これは最後のひとつ。

 ファウンテンは間に合うか。

 儀式の踊りを間に合わせ、ファウンテンを放ち、雪男のダデーナーを吹き飛ばした。

 しかし悲鳴は聞こえない。

 苦しそうな声を上げる赤木君に最後の文殊で癒しを与える。

 ズウン……

 地響きがした。

 窓から見ると、雪の巨人……

 見つかってしまったのだ……

 

                5

 

 外へと出ると巨人の肩にいた岩井戸が見下ろしながら、

「こんなところに隠れてたの? のまずにはいられなかったのかしら?」

 などと小馬鹿にしたように言った。

「お酒は二十歳になってからよ。もっとも、大人になれるかしらね……」

 岩井戸が片手を挙げると巨人もそれに倣う。

万事休すか…… 

 と、その時爆音とともにヘリコプターの連隊が現れた。

「小うるさい蝿が!」

 機銃の攻撃を避け飛び降りた岩井戸は、竜巻を起こし、その上に飛び乗るとヘリコプターへむかって突進した。

 数機のヘリを撃墜したものの、今度は地上から戦車や対空機銃による攻撃を受ける。

「ええぃ! 巨人に対処が無理なら……最後を見れないのは残念だけど……せいぜい自分の選択を後悔しながら地獄に落ちなさい!」

 岩井戸の叫びとともに雪の巨人の目がビギョオォォォオンと紫色に光る。

 岩井戸を乗せた竜巻はうなりを上げながら戦車の群れへと飛び込んでいった。

 一方の巨人はゆっくりとだが確実にこちらに近づいてくる。

「あんなの……どうやって……」

「俺に……考えがある……」

 心が折れそうになるわたしに赤木君が声を掛けた。

「俺があいつの中にもぐりこんで……コントロールを乗っ取る……」

「コントロールを……」

「そうだ……あいつも俺も同じダデーナーだ……あいつの文珠を全て俺が飲み込んでやる」

「でも……」

「なあに、何とかなるさ……俺があいつの動きを止めたら……トゥインクルファウンテンで俺ごとあいつを吹き飛ばしてくれ……」

「そんなことしたら!」

「大丈夫さ、いつか俺が山で暴走しかけたとき、ちょうどいいところで止めてくれたろう……またああやって止めてくれれば、なにも問題は無いさ……」

 赤木君はやさしい目をして私の肩を抱いた。その顔がなぜだかぼやけていく。

 手を離し、振り返り巨人のほうを向いた赤木君に

「待って!」

 と声を掛けた。

 振り返った赤木君の首に手を回すと、唇を重ねていた。考えるより体が動いていた。

 いつかとは違う、その温かで力強い弾力に満ちた感触。あの冷酷で凶悪そうな雪の巨人と同じダデーナーは思えない赤木君のぬくもりが、生命が、唇を通して伝わってきた。

 ズウン……

 巨人の立てる地響きがわたしたち二人を現実に戻した。

「絶対……戻ってきて……わたし……!」

 わたしの言葉をさえぎったのは赤木君の唇だった。

 ラクシュミーの体でなければ折れてしまうのではないかという彼の力強い抱擁からは不安や恐れが伝わってきたような気がした。

 永遠にも感じられたが実際にはほんの少しの時間だったのだろう。

「必ず……戻ってくる……」

 唇を離した彼はそう言うと背中を向け、雄たけびを上げながら巨人へ向かって掛けだした。

 赤木君に向かって巨人から氷弾が放たれる。左右へとかわしながらぐんぐんと赤木君が近づいていく。

 巨人はその身をかがめると、近づいてきた赤木君に向かってゴキブリをスリッパで叩き潰すかのようにその手を叩き付けた。

 赤木君は跳び上がると、その振り下ろされた腕に飛び乗った。

 巨人は驚いたようにその身を引くが、赤木君はしっかりと足を踏み込みながら巨人の頭部へと迫る。

 巨人の口からまたも氷弾が吐き出された。かわしようが無い狭い足場。急所をかばいながら傷だらけになって二の腕へとたどり着く。

 巨人が赤木君を振り落とそうと腕を大きく上へと振るった瞬間、その勢いを利用して赤木君が跳んだ!

 気がつかない巨人は腕を振り下ろし顔を下へと向けた。その機に乗じて赤木君が巨人の首筋へと取り付いた。

 腕を首筋へとめり込ませたその時、巨人は気がついたのか立ち上がり、そのせいで赤木君が見えなくなってしまった。

 巨人は背中がかゆいかのようなジェスチャーを見せながら赤木君を払いのけようと体を動かしている。が、不意にその両腕がだらりと垂れ下がり、目からまがまがしい紫色の光が消えた。

 赤木君がコントロールを奪った!

 そう確信したわたしは覚悟を決め、トゥインクルファウンテンのために空〈クウ〉から力を吸い上げる。

 あれだけの文珠の量、そして大きさのダデーナーだ……いつもよりじっくりと、しっかりと、たっぷりと力をためる。

「……気力……充実……」

 気を抜くと体が爆発四散してしまうかのような感覚に襲われる。

集中だ、集中するんだ。

「ラクシュミー……トゥインクル……ファウンテェーーーーーーーン!!!」

 いつもよりはるかに太い光の噴水がトゥインクルロッドから噴出した。

 振動がびりびりと腕に伝わってくる。

「ダデェェエエェェエエエェェエエェェェェエェエエエエエエエェェェエェェ……」

 太く大きな絶叫が一帯に響き渡る。

 浄化に抗おうとする巨人の意思がダデーナーから伝わってくるような、その意思が重さを生みだし、光線を押し返してくるかのように感じられ、わたしはさらに腕に力をこめた。

「あああぁぁああぁぁあぁぁあああああぁぁぁぁああぁぁああああぁぁぁぁぁ…………」

 巨人から力が抜けてきたような気がする。

 背中が心なしか丸まり、膝が折れ、小刻みに震えだし、頭部を形作る顔のパーツが剥落してきた。

「あと少し!」

と、思ったその時。巨人から何か赤いものが落ちたような気がした。

 人型?

 まさか!

 赤鬼の張りぼて……

赤木君……

「いやあぁああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ!」

 あわてて落ちた赤鬼の張りぼてに駆け寄り揺すってみるが……

「嫌……嫌だよ……動いて!……動いてよ!」

不意に影が覆い暗くなる。

見上げると、雪の巨人の巨体がコントロールを失ってわたし達に向かって……

 

〈12話 岩井戸のねほだれ 了〉


あとがき

いつも見てくださってる人も初めての人も読んでくださいましてありがとうございました。

さて文中で出てきました冬咲ぼたん祭り、ぼたんちゃんのモデルでございますが、

平成26年は2月の8日(土)から11日(火)までの開催でございます。

9日の日曜日にはですね、私も商工会青年部のテントで焼き芋やらお汁粉やら販売しておりますので、

真ん丸いメガネを掛けた小太りのおっさんがおりましたら、

『ラクシュミー読みましたよ』とでも声を掛けてください。

何かかにかサービスさせていただきます。

 

さぁ、泣いても笑っても次回が最終回でございます。

最後はいったいどうなってしまうのか、引っ張ってもどうせ助かるんでしょといわず

心待ちにしていただければと思います。

 

平成26年2月6日 加藤義博

 


奥付


まほろば天女ラクシュミー 12話 「岩井戸のねほだれ」


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著者 : チョコボール加藤
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