閉じる


<<最初から読む

1 / 35ページ

試し読みできます

contents

序章 Birthday

 

第1章 ノーサイド

  1.   とまどい
  2.   限界
  3.   ためらい

第2章 消えない傷痕

  1.   心の傷
  2.   Blank
  3.   傷痕
  4.   アクシデント
  5.   決心

第3章 アンバランスハート

  1.   未来への一歩
  2.   あのひと
  3.   賭け
  4.   アンバランス 

第4章 オフサイド~歪むライン~

  1.   憎悪
  2.   嘘
  3.   誤解
  4.   幼なじみ
  5.   真実 

終章 失いたくない

  1.   告白
  2.   Depend on You
  3.   引き換えたもの
  4.   触れたい
  5.   アジアの夜
  6.   溢れるずっと 

extra collection

  •   君恋う守り人
  •   Special extra あぃらぶゆー! 

 


試し読みできます

-


試し読みできます

序章 Birthday

 

 二年と少しまえの十一月五日。

 亜夜(あや)は十六歳の誕生日を迎えた。

 葉っぱを散らして木がすかすかになりつつある季節。なんとなくさみしくさせられて、風は冷たくなっていく。ただ、この日だけは寒いということもさみしいということも忘れる。

 それなのに――。

 

 聖央(せいおう)がクラブを終えて帰宅した頃を見計らい、玄関を出て歩道に立ったとたん、亜夜はちょうどどこか出かけようとしている聖央の後ろ姿を捉(とら)えた。

 嫌な予感がする。

「セーオー、どこ行くの?」

 亜夜が急いで呼びかけると聖央は足を止め、ゆっくり振り返って息をついた。離れているのにここまで音が届いてきそうな吐息は、きっと出かけることを亜夜に悟られたくなかった証拠だ。

「ブレイズの試合を見にいく。チケットをもらったんだ」

「じゃ、あたしも行く!」

「バカ。今日は取材兼ねてってことなんだ。遊びで行くんじゃない。それに、チケットは完売してて余分にはない」

 亜夜の鼓動が一瞬だけ止まった。

「岬(みさき)さん――と?」 

 岬圭子(けいこ)は府東(ふとう)テレビ局が一押ししているスポーツキャスターで、最近になってやたらと聖央の取材に熱を入れている女性だ。

 聖央はいくつかのJリーグチームからオファを受けたなか、十月にブレイズ川口(かわぐち)と契約を交わし、来春からサッカーのプロ選手となることが決まっている。

 将来有望ということで、府東テレビ局から長期取材の申し入れがあった。それを受諾した聖央と担当になった岬は、必然的に一緒にいることが多くなっていた。ふたりとも当初は仕事に徹(てっ)しているようだったのに、最近は何かが違って見える。

 聖央がうなずいたのを見ると、亜夜は聖央のまえに立ちはだかった。子供のように手を水平に広げ、〝通せんぼ〟のポーズをとる。

「だめ。今日はあたしの誕生日なの! いままでずっとお祝いしてくれたじゃない」

「亜夜、わがまま云うな」

「だって……いままでは何があっても優先してくれてたじゃない」

「いつまでもそうできるとは限らないだろ。おれはこれから社会人になるし、今日みたいな付き合いが増えていくんだ。あとで行くから」

 聖央は亜夜に云い聞かせた。

 亜夜は突き放されたように感じた。

「セーオーは、あたしとサッカーとどっちが大事なの!?」

 聖央は近寄りがたいほどかたくなな表情になった。

「そういう質問は嫌いだ」

 そこでやめたほうがいいとわかっているのに、亜夜は止めることができない。

「あたし、あの岬って人、嫌い。だって、いつもあたしからセーオーを取りあげちゃう」

 聖央は完全に怒ったとわかるほど顔を険しくした。

「そんなことを云う亜夜は好きじゃない」

 その表情と裏腹に聖央は静かに云うと、亜夜を避けるように躰をひるがえした。

「セーオー……」

 云いすぎたと後悔した。

 けれど、〝ごめんなさい〟は声にならなかった。亜夜のなかで、岬はそれほど嫌な存在だ。

 そして、聖央は、その名を呼んだのに、亜夜の声に後悔を聞きとったはずなのに、振り向いてはくれなかった。

 


試し読みできます

-


試し読みできます

1.とまどい

 

 Jリーグディヴィジョン1(J1)の常連サッカークラブ、ブレイズ川口のホームスタジアムの入場口をくぐった。

 家からそう遠くは離れていないが、スタジアムのなかに入ったのははじめてだ。中田(なかた)亜夜は二階客席の最上階に立ったとたん、二月の冷たい風に煽(あお)られた。肩をすぼめてぷるっと身ぶるいしたが、それは寒いせいばかりではないかもしれない。

 スタジアムを見渡すと、想像していたよりもずっと広かった。グラウンドを走りまわる選手たちの姿は小さくて、有名な選手の姿でさえ見分けることが難しい。

 けれど独りだけ、どんなに遠く離れていても、顔が見えなくても、確信できる〝ひと〟がいた。

 自然と亜夜の目がそのひと――彼、を追う。

 彼のことは試合中継のテレビ画面を通して何度も見ることができた。長い間、会わなかったとはいえ、じかに彼の姿を見て特別変わったとは思わない。

 けれど、何かが違っている。

「亜夜、座ったら?」

 いつまでも立ちっぱなしの亜夜を、付き添ってきた母が気遣った。

 二重の意味でスタジアムに来ることを怖(おそ)れていたにもかかわらず、一つの怖れは気にする必要もなかった。

 もう一つは……問題だらけのまま。

「うん、さきに帰ってていいよ、独りでも大丈夫だから」

「そう? じゃあ、そうするけど。寒いし、あまり遅くならないでね」

 母はわずかに心配顔で、けれど亜夜のしっかりとした口調に安心して帰っていった。

 亜夜はグラウンドからいちばん遠い場所を選び、目立たないように小さくなって座った。

 一階には熱心なサポーターが数多く見学している。これが休日だったら、もっと見物人は増えるのかもしれない。

「弥永(やなが)! ちょっとこっち来い!」

 その大声にハッとして、亜夜は視線を彼に戻した。 

 彼の名は、弥永聖央。ブレイズ川口の、そして、日本代表チームの司令塔と異名をとる若き天才ミッドフィルダー。

 そして、亜夜の幼なじみ。 

 聖央は心持ち走って、監督のところへ近づいていった。

 高校時代までは風になびくほどさらさらだった髪が、いまは少しウエーブがかっている。見た目の変化はそれくらいしか挙げられないのに、亜夜にはなぜか見知らぬ人のように感じられた。

 何よりも好きだったサッカーなのに、いまの聖央にとっては意味をなしていない。

 もしも、聖央にとってサッカーがどうでもいいものになっているとしたら、そのうえで自分が下した強制だけが聖央をサッカーに縛りつけているのなら、それは終わりにしなければいけない。

 ずっと見てきた亜夜がそう思うほどに、聖央のサッカーは苦痛に満ちている。

 聖央の人生を無駄にするつもりなど微塵(みじん)もなかった。

 そう謝ったら、聖央は許してくれる?

 聖央は監督の話を聞いているのかいないのか、その顔は常にグラウンドを転がるボールの行方を追っている。

 感情の見えない聖央の姿が哀しい。

 それからもずっと亜夜は聖央の練習風景を見守った。解散の声があがったのは夕方。

 聖央はうつむきかげんでグラウンドをあとにする。

 亜夜はその姿も見守った――と、亜夜の視界から消える寸前、聖央は急に立ち止まった。

 熱心な視線に気づいたかのように聖央の頭が持ちあがり、亜夜のいる方向へと目線が移動する。

 ――!?

 それがピントを合わせるまえに、亜夜は慌てて身を縮めて顔を伏せた。心臓が速く、大きく脈を打つ。しばらく顔を上げることができなかった。こそこそと、ただ聖央を見るために来たわけではないのに。

 たぶん気づかなかったと思う。

 この距離で〝だれ〟かを判別することなど不可能だろうし、亜夜がここにいるとはまさか思いもしないだろう。

 二年はふたりにとって長い時間だ。

 意識して会うことを避けてきた。聖央は亜夜が髪を短くしたことを知らない。

 たぶん。

 永遠と思えるほどの五分間をすぎて、ようやく亜夜が顔を上げたとき、グラウンドにはもうどの選手の姿もなかった。

 亜夜はほっと一つため息を漏らして、座席に手をついて立ちあがった。

 寒い時期は痛めた膝に響く。横に立てかけていたステンレス製のステッキを取って左手に持つと、不自由な足を引きずってゆっくりと歩きながらスタジアムをあとにした。

 いま、再び会うことになって亜夜を目のまえにしたとき、聖央は何を思うだろう。

 受け入れてくれる?

 ――そんな戸惑いが集(つど)う。

 



読者登録

奏井れゆなさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について