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終りの物語~第99世界・世界終焉~

終りの物語~第99世界・世界終焉~     月海 創

 

 

 目がスッと開く。少年は起き上がって舌打ちをする。

「面白くねぇ」

 見慣れた何も変わらない部屋の中で一言、呟いた。窓の外を見ると、幼なじみの香子(かこ)がニコニコしながら手を振っていた。フリフリとだらしなく手を振りかえす。あぁ、今日もつまらないクラスメイトとのつまらない1日が始まる。いつもと同じ速さで起き上がり、いつもと同じ制服を着て、いつもと同じ様に学校に行く支度をして、いつもと同じ時間に家を出る。

 何の変哲も無い、いつもどおりの日常。面白味も無い、見飽きた風景。

ホントに、誰か俺を殺して、見たことのない世界を見せてくれないか。

 

 教師と呼ばれる大人は学校という箱の中でノイズを吐く。分かり切った事を話し、面白くしようと考えていない。いや、分からないことはもうないから仕方ないか。

 

「翔君、お昼ご飯一緒に食べよう」

 いいよ

「あっ、西郷だけズルいぞ。俺らも一緒に食べるからな」

「なんであんた達まで来るの?」

  喧嘩するなって

「翔君が言うなら・・・」

 

 どこかで一度やった会話。仮面を付けたような、何か隔たりを感じる会話。

 

 如何なる情報も完全に記憶し、どのような問題も一瞬で解決策を見出だす。これが、俺、西郷翔の抱える史上最悪の病気「DeadMan's Sleeping症候群」またの名を「壊限脳症候群」。通常の脳を家庭用デスクトップパソコン一台とするなら、スーパーコンピューターを100台以上接続しても足りないだろう。そう、なんらかのきっかけで脳の働きが常人を遥かに凌駕するのである。小6の時、暴走したトラックに正面衝突し、奇跡の生還の代償だ。新たにものを知る喜びが当の昔に薄れている。図書館の本は、リストと本文の再現のどちらもできる。よって、知らない事は凄い速さで減っていき、無気力になる。さらには、睡眠中は夢を見ない上、睡眠時間は八時間で、以下も、以上も無い。そんな、世界に一人だけの主人公的能力だ。だけど、やっぱりいらないのである。

 

 教室から夕日を眺めて、世界滅亡を望むのも、529回目である。夕日の光が実は世界滅亡の前兆とか望んだりして。そう憂鬱になっていた時だった。教室の扉が少女の全力をもって開けられる。

「翔!帰ろうぜい!」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 教科書を鞄に突っ込み、香子のもとへ行く。ショートヘアを揺らして飛び跳ねている少女は、何がうれしいのかニコニコしている。

「帰りに本屋に寄ってもいいか?」

 呆れた顔で幼馴染は返してくる。

「また新刊あさり?日課になってるけど…よく金が尽きないね」

 俺はニヤッと笑いながら

「運ゲーだけなら、楽しいからね。ただの思考はつまらないが、不確定要素が多ければ多いほど面白いからね。だから株はやめられない」

「ま、それで儲けてるならいいか」

 幼馴染の香子は頭の後ろに手を回して呟く。この坂本香子は幼馴染で、軽症の孤独恐怖症で、実家の武道の免許皆伝で後継者である。実際、俺が一緒にいていいような人じゃなくて、弟子を持って指導しているような人だ。因みに、いつも一緒に帰っている面子ならあと二人いる。昇降口に、本を読む男子生徒。

「おう、待っていてくれたのか?」

 こいつは宍戸計一。学年で成績一位だ。なんで俺は一位じゃ無いかって?最初の一年は学年一位を狙っていた、いや、連続していたが、中2から無気力になったのだ。故にあえて学年10位くらいを狙っている。で、こいつは眼鏡のもやしの運動オンチ。ただ、友人は絶対に裏切らない。そこがいいところだ。

「本の進み具合から見ると、ここに来てあんま経ってなさそうだな」

「そんなこといいなさんなって。何処かの誰かが『ダウト』とか言わなけりゃ、反省文もなかったんだから」

「私だって、この癖がなけりゃいいと何度思ったことか」

 これはマリー・フラウダートル。彼女いわく、母はギリシャ人とエジプト人のハーフで、父は日本人とロシア人のハーフという、なんとも国際的な少女だ。髪はフワッフワの薄いブロンドで、目は金と茶色のマッドアイだ。学内美少女ランキング一位の凄物だ。しかし、嘘に「ダウト」と反応する癖があるため損をすることが多い。計一の幼なじみだ。

そんな俺達は馬鹿話をしながら校門へ歩いた。

互いに何かをひた隠しにしながら、友情という信頼でしかなりたたないものを信じながら。

 

 

ドン

 

 実際に音が鳴ったわけじゃない。あくまでも威圧の感覚だ。すれ違った二人から感じた威圧だ。俺達は咄嗟に振り向いた。

 くたびれたような、目が半開きの男と、白いパーカーの背中にハンマーを背負った少女だった。その迫力は、校内に、いや、街に居るはずではないほどのものだった。

「この人達じゃない?」

「えっと…そうだな。よし、OKと。」

 そんなことを話して、また何処かに行ってしまった。

「なんだったんだあいつら。」

 計一は眉をひそめながら呟く。しかし俺はこの三年間の中で最高の喜びが胸を埋めていた。頭で理解出来なかった。今、全ての文献をあさったけれど、あんな迫力は普通は出せない。わからない物があったのが嬉しいのだ。

 鼻歌混じりに三人の先を行く。

「何鼻歌歌ってんの?嬉しそうな顔は久しぶりだから…何か気持ち悪いよ?」

「いやいやわからない物があったのが嬉しいのさ。俺はこいつのせいでわからないことが無かったからな」

 そう言って頭をコンコンと叩く。今少なくとも、計一はイラッときている。

「まぁなんかおごってやるから本屋行こうぜ」

 皆はいそいそとついてきた。ゲンキンな奴らめ。

 

 本屋で、雑誌を含め、今日の新刊を籠に入れていく。すぐに籠に納まりきらなくなるが、剣道で鍛えた手でなら支えられる。

「よし、一通り店内はまわったしレジに行くか」

 そこに再び威圧がかかる。振り向くと、白いパーカーの少女が入口に立っていた。

「やっぱあいつらだけなの?ここの世界の人、魔力少なすぎでしょ。魔女を名乗ってたやつも少なすぎクッソワロタwww」

 そう言って、ハンマーを背負ったまま店内に入ってきた。そのハンマーは入り口脇の壁を粉砕してきた。作用・反作用の法則を無視して、ハンマーにブレはない。そこに女性店員が駆け寄ってくる。

「お客様、店内に危険物の持ち込みはご遠慮いただきたいのですが…」

 直後、少女のまわりには瓦礫が散乱していて、壁には頭のない店員がビクビクと痙攣しながらひっついてた。ハンマーはすでに抜かれ、血が飛び散っていた。音はなく、風も衝撃もなかった。そこにあったのは、始まりと結末だけ。過程などどこにもなかった。その迫力に、翔はしりもちをついた。

「やっぱりこのハンマー、派手じゃないな。どっかに落とすか?」

 少女はハンマーを手首で回す。あの細い腕になぜあれ程の力があるのかはわからない。

だから、胸が高鳴る。体が震える。考えられるとは素晴らしい。

「…ん、あんた達、まだいたの?ここ直に溶岩で火の海になるから逃げなよ」

「わかった。それを信じて、高台に逃げさせてもらうよ」

 翔はスックと立ち上がる。そのまま、店の外に出る。外は別に普段と変わらなかった。だが、今日は何か起こりそうだ。

 

大地がゆれる。

 

高台を目指して歩く。

 

遥か遠くから爆発音が聞こえる。

 

鼻歌混じりに振り向く。

 

 灼熱の溶岩流が地面を突き破って吹き出した。

「やっぱ、最高だ。意味わかんねぇ!」

 身を翻し、俺は絶叫の渦の中を駆け抜ける。

 

 周囲は阿鼻叫喚の世界だった。吹き飛んだアスファルトの欠片に潰される者、転び、溶岩に接触する者。俺は人々の間をすり抜け、高台を目指す。香子は計一を抱えて俺の少し前を走る。マリーは野球部で鍛えた足腰で先頭を走る。要するに俺が一番やばいわけだ。笑えないな。周りを見ると、死んでいるのは、大人が多い。子供達はパニックで逃げれていない。

 そして、家の近くに来たときだった。香子が突然止まり、計一を落として、自宅の方へと歩きだした。

「おい!どこ行くんだ!」

 振り返った香子の目は虚ろだった。

「…おかあ…さん」

 翔は舌打ちをして溶岩を確認する。近付いてきているが計一でも逃げられる距離だ。

「マリー!計一を連れて高台に逃げてくれ。俺らは後から追い掛ける」

 マリーは一瞬躊躇したが、計一の手を取って走りだした。あ、計一が追い付けていない。まぁ頑張れ。俺は横道に行き、香子を追い掛ける。

 自宅に着いたとき、愕然とした。俺の家は別にいい。せいぜい、ニート夫婦がお亡くなりになられただけだ。しかし、香子の家は溶岩の吹き出す穴になっていた。どう考えても、助かっているとは思えない。香子はそこに近づこうとする。俺は咄嗟に手を伸ばして、香子を穴から引き離す。いつもとは大違いの軽い体だった。香子は軽々と投げ飛ばされ、地面に転がった。もう、ここにはいられない。香子の体を抱えて俺は走りだした。俺の足は馬力に特化しているから、いともたやすく走ることができる。大通りに着いたとき、溶岩はすぐそこまで来ていた。

「…いいねぇ。昨日は考えられなかった。やっぱ、想像の遥か上はいいね」

 と、高台に向かおうとした時

「助けてくださいまし!」

 振り向くと、そこには生徒会長の大場美咲が、車の上で溶岩に囲まれて動けずにいた。

「何やってんだ?ワンマンライブか?」

 俺は、このお嬢様が嫌いだ。

「一応だから言っとくけど、それ爆発して無いの奇跡だから」

「あなた、いつもそうですけれど、ごちゃごちゃ言わずに…」

 車は炎上し、会長は沈黙した。漂ってくる激臭に鼻をしかめ、歩き出した。なんのことはない。世界滅亡のストーリーからまた登場人物が減っただけだ。溶岩の流れは非常にゆっくりになっており、これ以上は上がらないと思われる。

「明日はどんな景色かね」

 俺は遠くに見える計一とマリーに手を振った。二人は走って近づいてくる。

「どうだった?」

 計一の質問に俺は無言で首を横に振る。計一とマリーはそれ以上何も聞かずに一緒に歩いてくれた。

 無人の高台は赤く照らされて、ホラーゲームのステージのようだった。ベンチに香子を降ろして、自分の腕時計を見る。7時、日はとっくに沈んでいるのだろうが、空は尚も赤かった。放心状態の香子にマリーが話しかけるも、一切の反応を見せない。

「ほい、おまいらを待っている間に、コンビニ漁ったら残ってた。包装が軽く融けているけど、問題は無いだろう?」

 砂を被っていて、冷えてはいるものの、パンそのものに砂はかかっていないようだ。

「飲み物もあるからな。喉に詰まらせるなよ」

 計一が放り投げたペットボトルを開け、水を喉に流し込む。……ふと思った。客や店員はどうなったんだ?

「なぁ、計一」

「コンビニの外で岩に潰されてた。揺れが収まった直後に出て、喰らったんだろ」

 それ以上は聞いたら殺すといわんばかりに、眉をしかめた。確かに、あまり思い出したくない風景だろう。完全にvisualizeする前に、パンは食べてしまおう。そう考えて、急ぎながら空を見上げる。晴天の秋空は立ち込める埃で曇天のようになっていた。遅かれ早かれ雨が降るだろう。まさに天変地異。少なくともこの地域の生存者は俺たちだけだろう。俺は横になる。様々な可能性が頭に浮かぶ。地球外生命物体の襲来から、諸外国による大実験まで。自分の考えに呆れて目を閉じる。

 横に人の気配がした。

 目を開けると、香子が横になっていた。もぞもぞと俺に引っ付いてくる。俺は溜息をついて場所を開ける。追ってくる。開ける。追ってくる。キリがない。頭の中ではわかっていた。孤独恐怖症が強くなっていることくらい。しかし、ここまで引っ付かれると辛い。

「・・・勘弁してくれ」

 小声。そう、自分でも言ったか気が付かないくらいに小さい声だった。それでも流石は武闘家。聞き取った。

「っぐ、だってぇ、っびゅ、ざみじ、っんく、だもん、うえっく」

 聞き取りにく過ぎだ。生憎、地球言語以外は専門外だ。俺はもう無視して大の字で寝た。左の二の腕に衝撃。耳に生温かい、香子の吐息が当たる。いくら脳機能が高いといえ、それでも中学生。頭が冷静でも、下が冷静じゃない。向けば、大人びてきても、いまだあどけなさを主張する顔。あ、やべぇ、我慢が利かなくなりそう。計一とマリーはこっちを見て笑っている。他人事だと思いやがって。俺はもう脳を寝かせることにした。

 

八時間後

 覚醒した目の前には、土砂降りと霧。冷えた体温、強い風。かすれた香子の声に、高温の物に水が付く「ジュウ」という音。そして荒い息。俺は体を跳ね上げ、ステップを踏んで拳を振りぬく。その人物は香子を離すと後ろに跳び下がった。香子を抱きかかえると、その首に赤い跡が付いていた。火傷である。

「おいゴラ、蒸散したかったのか?あぁん?」

 無視。香子の喉は痛みで引くついていた。

「無視してんじゃねぇよ!ドラァア!」

 奴を中心に熱風が吹く。肌から汗が吹き出し、霧は消え去る。赤や金の装飾に飾られたモヒカンのヤンキーだった。後ろの二人が異変に気づいて立ち上がるのを待つ。

「なんか用があるんだろう?」

 男の形相は鬼のようだったが、次第に冷めて普通の青年の顔になった。そして申し訳なさそうに頭を掻く。

「や、俺の上司が呼んでるってことをさ・・・。それでちょっとついて来いってこと」

「随分冷めるのな」

「熱いものは冷めやすい。さっきはそこの女の子に殴られかけたからな」

 男はビシッと親指を突き立てる。実際、サバサバしているのだろう。で、そこまでわかったところで、

「説明を」

「うちの上司から」

「謝罪を」

「はいはいどうもすみませんでした」

「ついて行ってもつまらないことはないよな?」

「うるせぇ、エビフライぶつけんぞ」

 キリがない。

「黙ってついてくればいいんだよ」

 また怒らせると厄介そうだ。というわけで着いていくことにした。

「おい、翔、着いて行って大丈夫か?」

「それは……何故人は興味を追い求めるかということでしょうか?」

「私はあなたに死を要求します」

「ったく、冗談通じねぇな、計一は」

「この状況で冗談言えるほうが凄いんじゃないかなってマリーはマリーは言ってみたり」

「ところでさお前ら」

 俺は足を止める。

「香子を背負っているせいで歩く速度を落としている俺を待ってくれたりは」

「「「しない」」」

 薄情な奴らだ。

 

 

一時間後

 

 目標点に到着。香子、回復。翔、疲労困憊。他三名、爆笑中。

「計一、あとでスープレックス食らわしてやるよ」

「いwwwやwwwだwww」

「おい、こら、計一、待てや!」

 疲労困憊の割に、随分と動ける。こんなに本気で動いたのは何時ぶりだろうか。

「お楽しみのところ、申し訳ないが、そろそろ行くぞ」

 俺が計一の首を引っ掴んだ時に止められた。畜生、結局スープレックスできなかったじゃないか。

 赤髪の男は手で宙に模様を描く。そこを中心に黒いものが広がる。遥か高き扉だった。

「武運長久を。俺はここまでしかついていけないからな」

 以後、最高の青春と最恐の不幸の始まりは、こんな扉が開いて始まった。


好きと想うと、透き通る塔と。

好きと想うと、

透き通る塔と。     佐々木 亜竜者

 

 

 ※編集注

この作品は、あまりにも長いため、別途掲載しております。筑駒文藝部公式アカウント(tkbungei)の公開中の作品『好きと想うと、透き通る塔と。』http://p.booklog.jp/book/78670をご覧ください。


赤牛

赤牛     石田

 

 

大晦日の午後から降り始めた雪は、いまだ博多の街の交通網を麻痺させている。まるで一年を締めくくるような大雪は、止む気配をいっこうに見せない。いつ到着するか予想すらできないほどの大渋滞の中、大分に向かうタクシーの窓から見える風景に、はて、これはどこかで見たような景色だと思った。

 

一〇歳の頃から、年末年始に、父は私を阿蘇山に旅行に連れて行くようになった。自然と触れ合うのが好きだった私にとって、年に一度の阿蘇旅行は特別なものだった。日常を忘れさせてくれるだけでなく、新しい年へと向かう希望にも似た気持ちを与えてくれた。

 

それなのに、私はあの日から阿蘇を避けるようになってしまった。父は何度も誘ってくれたが、私はがんとして首を縦には振らなかった。

 

三〇年前の大晦日、確かに自分の中で何かが変わってしまったのだ。

 

十五歳の私は阿蘇の山中にある休憩所で、絶景を楽しんでいた。それは休憩所といっても正式な休憩所ではなく、父のお気に入りだった土産物屋の前にある見晴らしの良い広場の事だった。くじゅう連山が一望でき、毎年違った美しさを私に見せてくれるのだった。展望台の真後ろは広い牧草地帯になっていて、これもまた筆舌しがたい風景が広がっている。普段はまるでゴッホが描きそうなのどかな風景は、降り積もる雪により一面水墨画の世界を呈していた。

 

どれ位の時間歩いたのだろう。土産物屋が五円玉の穴ほどの大きさに見えたとき、私は一頭の赤牛と出会った。体の半分ほどが雪に埋まっているせいか、その牛は全く動こうとせず、じっと私を見つめているだけであった。

 

なんと惨めな牛だろう。そして、なんと恐ろしい光景なのだろう。私はその牛と対峙したまま動けなくなった。それは決して牛が怖かったわけではなく、その牛に襲いかかる自然の厳しさに足がすくんだのだ。

大自然は、神様は、この惨めな赤牛の命を奪おうとしている。今日という一日がこの牛にとって生きている最後の日になるのだ。私は直感的にそう感じていた。そして時間が経つにつれ、なぜ自分がこの場所に居合わせなければならないのかを考えていた。

 

確かに牛は泣いていた。だがその眼に湛えられた涙は、決して溢れることなく、凍てつくばかりの冷気にわずかに粘性を帯びているようだった。そしていつまでもいつまでも私を見つめていた。

 

「私は泣いたのだ。自分を殺そうとする自然の厳しさに。

私は泣いたのだ。自分を助けようともしない人間の薄情さに。

私は泣いたのだ。人間に情をかけられる惨めさに。」

旅館で年越しそばをいただき、ゆっくりと温泉に浸かり、布団に入ってから、私は夕刻の赤牛を思い出していた。本当なら楽しい気持ちでいっぱいなはずの私に、そんな牛の声が聞こえてきた。

 

私は罪の意識にさいなまれた。

牛は生きているのだろうか。私が今こうして温かい部屋で柔らかい布団にくるまれている間に凍え死にはしないだろうか。

ただ、それは自然がそうさせているのであって、むしろ神様の意志なのではないか。そんな思いが頭の中で何度も繰り返され、結局私は一睡も出来なかった。

 

朝になるのを待って私はあの牛のところへ急いだ。急がなければならないと思った。私にできる唯一の事は、あの惨めな赤牛の亡骸を確認する事なのだと信じて疑わなかった。父は何事かとしきりに私に尋ねたが、答えられるはずもなかった。話せば今までの思いを何もかもぶちまけてしまいそうだった。

 

果てしない雪原にわずかに茶色の点が見える。もちろん見るのは怖いが見届けなくてはならないという思いが私を前へ前へと突き動かした。

 

茶色の点がだんだんと輪郭を形成し始める。昨日の牛が昨日の場所に四足で立っている。

「ああ、生きてる。」

 

赤牛は、後悔にさいなまれた私を、自然という神の意志をまだ理解できていない私をあざ笑うかの様に、雪の上でただ遠くを見つめていた。


童話集(四季)

童話集(四季)     やくると

 

 

     ◯

 

 その公園にある一本の桜の木の根元近くには、乳母車がとまっています。あたりには人っ子ひとり見当たらず、ただ陽の光が桜の木と乳母車とを包んでいるのです。

 いま、枝からはなれた桜の花びらが、かすかな風にただよいながら、地面へむかってゆっくりと舞い降りていきました。そのうちのいく枚かは、灰色をした乳母車のシートの上にひっそりととまります。そう、その乳母車のなかに子どもはいません。ただ、とてもちいさな、ボタンの目のとれかけた布人形がひとつ、よこたわっているだけです。

 かるく浮いたボタンの目と布でできた顔のすきまに、やがて落ちてきた花びらがひとひらはさまります。白い花びらのうえで、黒くたいらなボタンの傷一つない表面に、空と木と花びらとがはっきり映りこんでいます。

 その像が上空を横ぎる雲の影とともに薄れていく、それと同じころ、どこか遠くのほうから、かすかな口笛がきこえてくるでしょう。明るいような悲しいような音色です。それをききながら、布人形ははじめから終わりまで表情をかえず、ただ静かに笑っているのです。

 

     ◯

 

 窓辺に頬杖ついて外を見やれば、草木豊かな河原のむこうに中くらいなる川がある。夜であるからぼんやり見えるばかりだが、暑さにうだる我が身にはかすかな水音が心地よい。

 後ろでたあ坊が「ああアメンボだ」と声をあげたので、ふり返って「たあ坊川面がみえるのか」と応える。

「そこに光っている。ほらまた」

 光るアメンボとはなんであろう。闇に目を凝らしてまもなく、宙に描かれた光の軌跡に気がついた。「あああれか。あれは蛍だ」

「アメンボだよ」

「アメンボは水に浮いているものだし、光ったりはしない。あれは蛍という」

「アメンボだよ」

 子供の戯れであろうと聞き流す。もちろん私も子供には違いない。たかだか十年も前にはかように意味の通らぬ駄々をこねていたであろうことは想像に難くない。

 ふと首筋がひんやりした。

 妙なと思うと同時に髪がふわりと広がる感覚がある。ちゃぷんと音がしたかと思うと耳がなにかに覆われて、静かになった部屋の中で、ただ小さな低音だけがごおと続いている。身体が軽くなったような浮遊感。動作のたび受ける抵抗に動きが緩慢になる。あたりを見廻そうとして、半開きの口からまろび出る泡に気がついた。耳元でぼこりと音を立ててそのまま上へ登っていく。ここはどうやら水のなか。

 水流が乱れて何かと思えば、口から大きな泡をあげながら笑っているらしいたあ坊が、窓を指し示そうと腕をうごかしている。そちらへ向き直ってみると、当然ながら部屋の外も水中に沈んでいた。部屋とひとつながりの水のせいか、少しばかり闇が薄まったようにも感じられる。横に出てきたたあ坊はさらに上方を指さした。つられて見上げれば、わりあい近いところに水面がある。

 そのうえを発光したアメンボが泳いでいる。

 対象が小さく点のようだからこの距離でも遠目になるが、外面はたしかにアメンボである。面のうえをつういつういとやたらあちこち漂っている。発光した体の残す軌跡はさきほどの虫のものである。動き回る光点を目で追ううち、いつのまにか窓枠に足をかけ、身を乗り出した格好で片腕をのばしていた。

 あとわずかで触れる、と思ったそのとき、不意に身体の重みが戻る。水が引いた。

 服のすそを引っ張るたあ坊をしばし見つめて、それからゆっくり足を下ろした。あぐらをかいて向き直れば相手は満面の笑みを浮かべている。

「あれはアメンボだったかもしれない」

 認めた私にたあ坊はキャッキャと声をあげ、子供を侮るものではないと笑ってみせる。私も子供であるのになあと嘆息して膝にのせてやる。二人して顔を向けた窓の外には、光が線を描いている。

 

     ◯

 

 広大な森のなか、行き交う人も消えて久しい道をたどればやがて石の古城に出くわす。かつては栄華をきわめた城もいまでは蔦葛が表面を覆い、外壁には崩落した箇所も目立つ。こののち二百年の時をかけ、城はゆっくりとケヤキやブナに呑みこまれていくこととなる。

 秋の夜その城をひとりの青年が歩いていた。城内を巡りやがて庭に出た彼は、中央の礼拝堂へ向かおうとして戸口から漏れる光に足を止めた。扉に嵌め込まれた色付きの磨りガラス、その表面に茫と光が漂っている。二三数えるあいだ眉をひそめ、それから礼拝堂に入った青年は、祭壇のまえにひざまずいて頭を垂れる人影を目にした。金色の髪が祭壇の発する光に仄かに煌めいている。青年はその場に立ちすくみ、しばしの間堂内の何物も動きを見せなかった。

 やがて立ち上がって彼のほうに向きなおったのは、肩ほどの高さの少女だった。逆光を受けながら血の気がないのか顔が白く浮きあがって見える。

「あなたはここでずっと待っていたの」

「待つ気はなかったんですが」青年はかすれた声で呟いた。「ただ気づいたらずっと居ただけで」

 澄んだ笑い声が小さく響く。「そのまま百年。大したのんびり屋さん」言いながら一足一足、ゆっくりと青年の方へ進んでいく。北風に吹き溜まった落ち葉が床の上で乾いた音を立てた。「百年前もそうだった」不意に少女の背後の光が火焔のように真っ赤に膨れあがって見え、青年は目をしばたたいた。少女が首を傾げる。「ねえ、なぜ黙っているの」

「ああ」光はふたたび白く穏やかに堂内を満たしていた。「しゃべるのがひさしぶりで」

「あなた以外にはだれも残らなかったみたいだから」青年から視線を外すと、少女は壁画を見渡した。「天使もすっかり居なくなってしまった」

「ずいぶん頑張ってはいたんですが。一人ずつ消えていきました」そう答えて青年は天井を振り仰いだ。「昨日見たときはあそこに一人、残っていたのだけれど」

 少女の笑みは深くなる。

 瞬間少女が浮いた。巻き起こる風に落ち葉が舞い上がって幕となり、眩い白光に目を覆いつつ反射的に突き出された青年の右手から少女を隔てる。わずかな隙間にひらめく笑顔は舞い狂う葉に掻き消され、的を失い彷徨う腕へ葉は渦を巻いて襲い来る。腕が見えなくなると同時に、青年の頭がザアッと音を立てて枯葉となり床に落ちる。頭から足へ枯葉に変貌し刻々と散り敷いていく青年の身体のうえへ、かつて礼拝堂だった落ち葉がゆっくりと降り積もっていく。

 

     ◯

 

 魔女は夏がすきでした。わずかに木が生えているだけの荒涼とした大地も、夏のあいだは花に覆われ、ひばりがさえずります。少しばかりある美しくないものも、窓からなら目にはいりません。魔女にとって、夏のあいだ窓の外の景色を眺めるのが数少ない娯楽なのでした。

 魔女が荒野に館をかまえるのは、人々とかかわるのを避けるためでした。魔女の魔法を、人々は受け入れなかったのです。おまえのやっていることは、自然の法をねじまげることだ。人々はそういうのでした。

 魔女には人々の言っていることが分かりませんでした。自然のままの状態が一番美しいとは、魔女には思えなかったのです。だからこそ、美しくないものを覆い隠すために、魔女は魔女になったのでした。いくたびもの衝突をくりかえし、やがて人々のもとを去った魔女は、人の近づかない荒野のまんなかに館をたて、そこに住まうようになりました。

 いかな魔女といえども、館のまわりの広大な原野を魔法で覆い尽くすことはできませんから、魔女は館に閉じこもることになります。夏には窓から外を眺めるのですが、冬となると外には見向きもせず、館のすべてを美しく制御することに精力をかたむけるのでした。

 

 その年の冬は、いつもよりもさらに厳しいものでした。窓の外では寒風が吹きすさび、空にたれこめる雲のせいか、荒野は昼でも暗澹たる雰囲気におおわれています。魔女は日がな一日暖炉のそばに腰かけ、美しくおどる炎をながめるばかりでした。魔女は寒さにたいしてはいかなる感想ももちませんでしたが、たえず変化しながらも美しくあり続けるその炎は、魔女に夏の景色とはまたちがった感興を呼びおこすのです。

 ある朝魔女がめざめると、窓からあかるい光がさしていました。冬がきてからこのかた、外があかるくなったことなど一度たりとてなかったのに……魔女はいぶかりながら窓に近づき、外の世界がみえたそのとき、おもわずすべての動きをとめました。

 大地はどこまでも、どこまでも真っ白でした。

 

 魔女はとびらを開け放ちました。館に住まうようになってから、冬はもちろん、夏にだって外へでたことなどありませんでした。しかし魔女は、白のなかへその足をふみだしました。からだのなかからなにかがほとばしろうとして、熱いような苦しいような気持ちで、そうせずにはいられませんでした。

 踏み出した足のしたの地面が、かすかに音をたてました。やわらかいような、しかし硬いようにも聞こえる音でした。魔女はさらに一歩踏み出しました。ほおのうえを、冷たくそしてどこまでも純粋な透明な風が流れていきます。

 魔女はすすんでいきました。なんの跡もない平らな白のなかを、まっすぐ、朝の空気を切り裂くようにすすんでいきました。美しい直線を描くその歩調に迷いはありません。

 歩みにつれてどんどんちいさくなっていくその姿は、やがて点になり、一瞬白に滲んで、すぐに消えました。


おわりに

おわりに

 

 ぼくにとって、これが四回目の文化祭となります。ふと思いついて、手持ちの文藝部誌をとりだしてみました。

一年目:67ページ

二年目:56ページ

三年目:54ページ

 一年目が多めなのは先輩方がいらっしゃったためでしょう。昨年の部誌のページ数が最少というのは意外でした。詩作品が複数入ったため作品数に比してページ数が少なくなったのかも。そして今年は、

四年目:86ページ

なにがどうして。

 

 今年は中学部員の大幅な増加にともなって、とうとう部員数が二十の大台に乗りました。現在中学文藝部を引っぱっている65期の積極的な活動のおかげです。ほとんど部員数に変化のなかったぼくの中学三年間とはなんだったのでしょう。その意気軒昂な姿を目にし、また入学以来中学主体で活動してきたこともあって、今年の文化祭ではデコ責(参加団体の責任者)は65期に任せ、自分は部誌の編集など裏方に専念することにしました。

 集まった作品をみて、またも驚かされました。まず中学部員がほとんど提出している。また、高校からの入学者など、約十万字、原稿用紙三百枚にせまる大長編を提出してきました(第一章しか載せられなかった)。結果、部誌は過去に例をみない厚さになり、印刷費用との兼ね合いから自分の書いた読書感想文を削除するという体験までしました。読書感想文は来年に回します。……載るかなあ。来年はますます増えて載せる余地ないんじゃないかなあ。そうなれば嬉しいです。夢の見過ぎか。

 

 もちろん、量と質はかならずしも比例しません。その量に相応しい愉しみを、読者に差し出せたのか……あたう限りの力を尽くしたつもりですが、その出来は、読んでくださった皆様が決めることです。なにかひとつでも心に残るものがあればいい、そう願ってやみません。

 

 最後に、ご迷惑をおかけした顧問の先生方、他文藝部員、部外からの投稿者、印刷場所を提供してくださった方、そして本誌を手にとって下さった皆さまに深く感謝して、このあとがきを終えさせて頂きます。ありがとうございました。

 

                     やくると

 

                                2013年10月13日   

発行者・発行所 筑波大学駒場中・高等学校文藝部

印刷所   筑波大学駒場中・高等学校印刷室・他


この本の内容は以上です。


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