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夏の終わりの話

夏の終わりの話     鈴木健一郎

 

 

 その日は午前中に部活があった。午後は特に予定もなく、暇な一日になるはずだった。

 部活が終わった後、着替えながら少々雑談をする。大したことは話さない。せいぜいスマホのゲームについて喋るとか、夏休みの宿題がどこまで終わっただとか、それくらい。俺はスマホを持っていないので、スマホの話はよく分からないし、夏休みの宿題の話はとても耳が痛い。部の同期の中で、数学が終わってないの俺ぐらいだし。大体他の奴らが早すぎる。かといって家に帰ってから宿題をする気力なんてものは起こらない。宿題はしないと夏休みというものはとても暇なもので、たっぷりと無為に過ごすことが出来る。それもいいのだが、あんまり続くと退屈だ。

 だからといって、俺が、人を遊びに誘うことなんて滅多にない。それは一人でいるのが好きだからとか、そういう前向きな理由ではなく、遊びに誘うほどの度胸がないだけだ。遊びに誘って断られるのが嫌だったりとか、なんか無理矢理に付き合ってもらってるみたいな心配をしてしまうとか、そういった客観的に見ると大したことのない理由だ。といっても、勘違いしないでほしいのは、どうしても遊びに誘うことが怖いとか、それが絶対に無理だとか、そこまでコミュ障ではないということだ。別に全然問題ないけれど、ただちょっと億劫だなっていう感じなだけなんだ。これは、リアルが充実している方々にはよく分からない感覚かもしれない。でも、きっと分かってくれる人もいるだろう。そう信じたい。共感してくれる人がいるということは、俺にみたいな人間にとってとても嬉しいことだから。

 

 さて、今日はこれから何をしよう。もちろん宿題以外で。そうだ。

 この夏、映画を見ていない。

 それに気付いた瞬間

「この後、映画見に行かない?」なんて口走ってしまった。

やってしまった。何をやってしまったのかは分からない。分かりたくもない。ただ、それと同時にこの言葉が誰にも気付かれずに、スルーされることをかすかに、本当にかすかに願う。はっきりと願うほどではない。自分でも願ったかどうか分からないくらいかすかにだ。顔に出るほど動揺したわけでもない。そこまでコミュ障ではない。でも、少しでもそう思ってしまった俺はとても弱い人間だ。

 俺のかすかな願いは残念ながらかなわなかった。けれども、それが決して悪い方向に転ぶとは限らない。

「いいよ」と至極自然に、実際それはとても自然なことなのだろうが、あっさりと黒崎に言い放たれた。その言葉は、否定の「いいよ」ではない。肯定の「いいよ」だ。

「俺も午後暇だし行きたい」

「行ってもいいよー」

「◯◯行こうぜ」

「俺〇〇興味ないからパスで」

 なんて黒崎の言葉にみんなが反応する。いつの間にかノリで「〇〇」という映画に決まったようだ。やはり主体性は俺にはない。それはしょうがないことだ。そんな俺にとって、最後みたいなマイペースな反応は嫌いじゃない。むしろ好きだ。憧れと言ってもいい。俺は絶対に流れに逆らってマイペースでいることはできないから。俺みたいな他人に合わせるタイプはきっと、早死にしやすいだろう。

 結局行くことになったメンバーは、俺、矢田、黒崎、東原、山海、あと石沢だ。

 矢田がスマホを使って、上映時間を調べた。渋谷の映画館だ。どうやら一時半から上映されているらしい。昼食を食う時間は少ない。なるべく急いでいくことになった。

 

 しかし、忘れていたことがあった。部活の後片付けが完全に終わっていということだ。よって、当たり前のことだが、片付けなければいけない。しかし、矢田たちはそれを無視して下駄箱へ直行しようとする。「おいこら、お前ら待てよ」黒崎と俺の抗議の声も無視され、結果二人で片付けることになった。

「あいつらなんなんだよ、片付けもしないで。部長権限で退部させようかな」と黒崎が苦笑している。俺も同意見だ。でも、こういうことで腹が立つことは、よほどムカついていない限りありえない。なんというか、悪くないのだ。大した量でもないので、30秒で終わるからということでもあるが。

 

 片付けを終え、スポーツドリンクを飲み干した。まだ少し飲み足りない。空になった水筒をリュックに押し込み、準備を整える。黒崎を待ってから歩き出す。

 

 下駄箱にシューズと上履きを突っ込み、普通の靴に履き替えてから、近くにある給水器で水を飲んだ。今日は暑い日だ。水筒に水を入れておこうかと思ったが、やめておく。やはり、こういう日はコーラとかを飲みたい。仮にも運動部として、そういうのってどうなんだろうとは思うけど、部活ガチ勢じゃない俺にとっては、コーラを一リットル飲もうがマックでポテトLを2つたべようが関係ない、とも思う。まあ多分太るだけだし。

 

 矢田たちを追いかけて、校門を小走りで目指す。奴らは学校を出てすぐにある横断歩道の、信号待ちで止まっている。ザマアミロ。しかし、あっさり追いついたので拍子抜けだ。

「なんだよ、お前ら片付けサボりやがって」と、笑いながら黒崎が文句を言う。

「どうせすぐ終わるんだし別にいいだろ」

「いや、よくない。めんどくさい。すぐ終わるんだったらお前もやれ」

「はいはい、次からはちゃんとやりますよー」

「何様だこいつ」

「副部長様です」とか、矢田と黒崎がコントをしているうちに信号が青になった。こいつらいい馬鹿だ。

 横断歩道を横断しながら

「昼どうする?」と矢田が全員に問いかける。

「マックとかでいいんじゃない?」と適当に石沢が答えたが、スルーされた。

「時間ないしなー」

「そうだなー」

「まあ、マックか。」結局その結論に落ち着いた。石沢が不憫だ。日頃の行いがアレなのでしょうがないことではあるが。

 その後、しばらく雑談しながらあるく。一列横隊で行進しているので、他の歩行者には大変めいわくだろう。だが、男子中学二年生6名が、そんなことを気にして歩くわけがない。大体、世の中にいる9割の大人は子供の頃、横並びで歩いた経験があるだろう。いい年してそういうふうな人もいるくらいだし。しかし、俺達が現在迷惑をかけながら歩いているのも事実だ。

 この辺りの道は、いい。住宅地だが、ほどよく自然の欠片が見られる。トンボも飛んでいる。アキアカネだ。まだ、夏休みは終わらないと思っていたが、そんなことはなかったようだ。14歳の夏がもうすぐ終わろうとしている。もっと分かりやすく輝いているはずだった俺のそれは、今はあまり綺麗なものに思えない。いずれ美しいものになるのかもしれないし、ならないかもしれない。ただ俺は、現在進行形で美しさを自覚する青春など信じたくはない。

 

 くだらないことを考えているうちに、黒崎&矢田がカオスな会話を繰り広げていた。東原は石沢をいじっている。というか蹴っている。愛故の行動だろうか。蹴るものは他にあるだろう。山海はなんというか、いつも通りだ。仙人にでもなりそうなオーラを出している。なんか黙ってるのも寂しいので、声をかけるか。

「なあ」

「ん?」

「お前って何考えてるか分からない」

「俺に言うな」

 すこし間があって、山海が山海から口を開いた。

「トンボ」

「トンボ?」

「そう、トンボ」

「なんだそれ」

 意味がわからない。やっぱり山海は難しい。

「今見るとトンボってキモいよな?」

 山海が続けて言う。

「まあ、分からなくもないけど」

「昔は、そんなことなかった。トンボ好きだった。」

 まだ、中学生のくせに、昔とか口走ってやがる。こいつ本当に仙人なんじゃないか。

「お前やっぱ変だな」トンボをボーッと見てたら口を滑らせてしまった。

「お前が言うな」え?なんだその返しは。

「俺って変なやつなの?」

「もちろん」

「どこが?」

「全体的に」

 なんかこいつに変って言われるのもムカつくな。

 

 学校を出てから十分強で、マックにつく。割と空いてる。入口近くにあった席を6人分確保してから、レジに向かう。レジに行く前に席取りするのはマナー違反とか聞いたことがあるけれど、空いているので問題はないだろう。混んでいたら混んでいたで席がないと困るから、席取りをするのだけれども、まあ、その時はその時だ。

 レジに向かいながら気づいたのだが、バイトと思われる店員の一人がやけに元気がいい。言葉のイントネーションが微妙に変わっているから、ひょっとしたら留学生なのかもしれない。どちらにしても、ああいうのは見てていい気持ちになる。中学生のくせに上から目線の気がするけれど、気にしない。

 レジで、ハンバーガの種類の一つである何かと、ポテトと、ドリンクを受け取り、さきほど確保した席に戻る。席への帰還が完了し、いつでも食べられる状態なのは俺と石沢の二人だけ。こういうときって、あとの人々を待ってから食べたほうがいいんじゃないだろうか、とか変なふうに気を回してしまう。だけど、今回は、石沢がなんの躊躇もなく食べ始めていたので、バカらしくなって食べ始める。ポテト冷ましたくないし。

 特に会話もなく、もくもくと食べて、食べて、食べて、食べ終わる。食べ終わったら、みんな携帯だのスマホだのタブレットだのいじりだす。こんなんで大丈夫なのか?とも思わないわけでもない。だけど、これはこれでしょうがないことだろう。

 

 ふと、時計を見たら、だいぶ時間が迫ってきていた。映画の時間だ。急いだほうがいいかもしれない。

「もうこんな時間だよ」時計を見ながら言う。

「え?本当だ。もう出たほうがいいな」

 黒崎の言葉に、みんなが反応し、トレーを片付けてマックを出た。

 

 駅はマックのすぐそばにある。30秒もかからず、ついた。地下へ向かう、階段を通ろうとしたその時に、矢田が脇の側溝に近寄り、止まった。

「なにしてるんだ?」と黒崎が聞く。

「セミがいる」

「うわっキモ。それもう死んでるだろ」

 黒崎はセミが嫌いなようだ。

「いや、まだこいつ生きてるよ」と、矢田はおもむろにセミを掴みあげ、先ほどのマックから捨てずに持ってきていたらしい紙コップに放り込んだ。

「どうすんだよそれ」笑いながら東原が矢田に言う。

「いや、こんなところに落ちてたんじゃ可哀想だし、渋谷まで持っててやろうかと」矢田が、紙コップの上に手で蓋をしながらしゃべる。

「じゃあ、それ電車に持ち込むのかよ。やめろよ。もし電車の中で逃げ出したらどうすんだよ」黒崎ちょっとビビり過ぎじゃあないか。

「まあ大丈夫だろ。羽破れてるし。ほら」と、矢田はセミをつまみ上げ、黒崎の方に押し付けた。

「見せなくていいから」

 

 電車が来たので乗り込む。矢田は本当に渋谷までセミを持っていくようだ。キチガイだ。渋谷の汚い空気に触れさせるほうが可哀想じゃないのか、とかちょっと愉快な気分で考えた。

 確かにセミはおとなしくしているようだった。時々ガサゴソと音がする以外はセミの存在を特に感じるようなことはなかった。メスなのかもしれない。セミがどんな顔をして電車に乗っているか見てみたかったので、矢田に

「セミが見たい」と言ったが、

「逃げ出したらどうするんだよ」と黒崎に黙らされた。

 ほとんどのセミは電車にのることなんてないだろう。そんな中こいつは今まさに一生で一度の電車に乗っているわけだ。死にかけたこのセミの歴史的瞬間に立ち会っているのだと思うと、少しばかりワクワクした。変なことを考えるものだ。やっぱり俺は山海の言うとおり変人なのかもしれない。

 

 もし、電車の中にセミが大量にいたらどうなるのだろう。あんまり、いい気持ちではないことは確かだ。まず、うるさいだろう。じゃあ、セミが一匹だけ電車の中を飛んでいたら?それはそれで悪くない気がする。もちろん嫌な人は多いだろうが、俺は悪く無いと思える気がした。

 

 突然、電車が大きく揺れた。つり革に捕まっていなかった矢田は少々よろけてしまい、結果セミが逃げ出した。つまり電車の中をセミが飛んだ。あまりよくないことだ。とてもよくないことかもしれない。俺達にとっても、セミにとっても。5秒ほど電車を飛んだセミは、近くにいた黒崎の背中に止まった。よくないことだ。

 黒崎がそれに気づく前に、矢田がさっとセミを捕まえ紙コップの中に戻した。早業だ。ついつい矢田を讃えたい気持ちになったが、そもそもこういうことになった原因はヤツにあることを思い出して、やめた。その時に、視界の隅でチラッと見ることのできたセミは、思ったよりもボロボロで、飛ぶことはできるとは考えられないような、酷い有様だった。こんなセミでも電車の中を飛べるのだ。

 

 幸い他の乗客に怒られるようなこともなく、俺達は渋谷についた。矢田は、映画館の目の前にある、大きくも小さくもない街路樹にセミをとまらせてきた。やっぱりそいつの羽はぼろぼろだった。俺達が映画を見終わる頃には踏み潰されてたとしてもおかしくないと思えるほどに。そんなセミをこんなところまで運んできてよかったのだろうか、とも思った。だけどセミは木の上に向かってトコトコと登っていったから、これでよかったのかもしれない。

 

 その後、俺達は映画を見た。多分、面白かったのだと思う。


ルーレット

ルーレット     ざびえる

 

 

「ノーモアベット」

 静かな広い部屋に良く響くディーラーの声は、ルーレットの終わりを知らせる。結果に一喜一憂する者はいない。いや、いてはならないのだ。そう、ここは豪華客船ティティス号のカジノルームだ。

 この船に乗れるのはごく限られた金持ちしかいない。この船のキャプテンであり、同時にこの船を所有する長谷川英二の意向だった。ゆったりとクルーズを満喫しながら、カジノを楽しむ。そんな場を提供する英二はその方面では名の知れた者であった。

 

 英二はデッキを歩いていた。もちろん客と話すためだ。船は自動操舵システムにより安全に動いているし、優秀な乗員がたくさんいる。そしてなにより七〇歳になる英二には、船の操縦は心身ともに負担のかかるものになっていた。

「この海、この風、そしてキャプテンとのお話も、もう二度と味わえないなんてさびしいわね」

 肩までかかるきれいな黒髪をなびかせながら女性がいった。

「まあまあ、そう悲しまんでくれ。涼子さん。私だって好きでこの船を手放すわけじゃないんだ。それに、あなたにピッタリの最後のイベントも用意したんだからの」

 英二がそう言うと涼子は、それもそうねと笑った。天性の勝負強さと人を見る目と多少の強引さによって起業家を支援する会社を経営し成功してきたのが彼女だった。

「でもいいのかしら?チップにその額と同等の価値のあるダイヤを埋め込んで、最後に一番チップを持っていた人に船を譲るだなんて」

 英二の言うイベントとはこの事であった。英二は今までの恩返しの意味も込めて、客の誰かに船を譲ろうと考えた。どうせ譲るのであればカジノで決めよう。それも一番勝負強かった人にと。

 

 

 きらきらと海を光らせていた太陽も沈みはじめ、うっすらと青白く輝く満月が東の海から昇ろうとしている。参加者が集まったカジノルームの窓から紅い夕陽の光が差し込んでいた

「これより我が、いや我らがティティス号の最後を飾るイベントを開催致します。ご存じの通りルーレットにて一番勝った人にこの船をお譲りすることに決めました。今回のための特別なチップとともにこの船との別れを最後まで楽しんで頂ければ本望です」

 英二がそう締めくくると参加者からたくさんの拍手が起こった。もちろん涼子もそのうちの一人だ。

 初めのうち、涼子は氷の浮いたカクテルを飲みながら他の参加者が賭けるのを眺めていたが、二杯目を飲み終えると自分も席に着いた。

「ネクストゲーム」

 ディーラーの澄んだ声に参加者は思い思いのところへチップを置いていく。涼子も積極的に賭けていく。涼子の勝負強さは全員が知っているので涼子と同じように賭ける者もいた。

 さて、ルーレットというものは運任せに無責任なゲームに見えて実際はそうでもないものだ。ディーラーは37個あるポケットのうち狙ったところへ落とすことができるし客もそれを知っている。だからディーラーがボールを投げてからベットするのだ。さらにルーレットには特別なルールがある。緑色に塗られた0のポケットにボールが入るとディーラーの総取りになるのだ。優秀なディーラーはうまいタイミングで0へボールを落とす。

 ここ、ティティス号のルーレットのディーラーを長く務める袖山も優秀なディーラーの一人であった。だからこそ英二に気に入られずっとここで働いているのだが。

 袖山は涼子の積極的な賭けの姿勢とそれにおされる周りの参加者を見て、そろそろ0に落とそうと考えた。もちろん顔に出してはいけない。普段とは違い熱気を帯びている参加者の視線の先にあるルーレットへ、袖山は加減してボールを転がした。その瞬間、袖山はやられた!と感じた。涼子がベットしないのだ。先ほどまでの積極的な姿勢はフェイクであった。さいわい他の参加者はあまり気にしていないようだ。袖山はまたも顔に出さないように気をつける。落胆する参加者を見ながら、テーブルの上にチップをかき集めると「ネクストゲーム」と落ちついた声で言った。

「次はちゃんと参加するわ。まさか二回連続で0が出ることはないと思うからね」と言ってから少し考え

「レッド!」

と叫び、先ほどまでに増やしたチップを全て賭けてしまった。

 勢いを失い、ころころと転がるボールはやがて赤の21へ落ちた。参加者から感嘆の声が漏れる。涼子の前には二倍のきらきらと光るチップが置かれた。

「ネクストゲーム」

 優秀なディーラーである袖山は、落ち着きを失わない。他の参加者の盛り上がりをよそにゲームを続行する。

「レッド!」

 またも涼子がそう叫ぶと、周りの参加者もみなレッドに賭けていく。ころん。ボールが落ちたのは赤の14。涼子の前には最高額のチップ、一億円のダイヤが埋め込まれたチップが置かれる。参加者の盛り上がりは最高潮に達していた。

「今日はついてるわね。しかし、ルーレットは緊張するわ」そう言いながら涼子は5杯目のカクテルを飲み干した。

「ネクストゲーム」

 袖山は焦りを必死に隠そうと精一杯落ちついた声で言う。

「次もレッドよ」

 涼子はそう言うと、最高額のチップに熱いキスをして持っているチップを全て赤に賭けると6杯目のカクテルに口をつけた。英二は楽しそうに後ろからその様子を見ている。ボールは赤の7へ吸い込まれるように落ちて行った。参加者は最高に興奮している。袖山は驚きを隠せなかったが、ディーラーとして、無表情で涼子の手元へ二倍のチップを置いた。

「ネクストゲーム」

 袖山が声を響かせる。しかし涼子の反応がない。何があったのかと前を向いた袖山の目に映ったものは、先ほどまで見せていた落ちついた顔とは違い、驚きを隠せない様子の涼子だった。

「ダイヤがなくなってるわ!」

 袖山は事態を把握できず茫然と立ち尽くしてしまった。周りの参加者も唖然としている。先ほどまで輝いていたダイヤがすっぽりとなくなっているのだ。気付けば、今までの騒ぎは違った騒ぎに変わっていた。しかし選ばれたお金持ちがダイヤを盗むとは考えられない。混乱するカジノルームに、ティティス号キャプテン長谷川英二の声が響いた。

「みなさん、落ちついてください。ダイヤはなくなってなんかいませんよ。私が今からお見せしましょう」

 そう言うと英二は参加者全員のグラスの中身を、一つの大きなガラス容器に入れかき混ぜ始めた。参加者は困惑の目で英二をじっと見つめる。そして英二はその容器を天井のシャンデリアに掲げた。

 すると誰からともなく驚きの声が上がった。氷に混ざってきらきらと輝くダイヤが見つかったからだ。

「御覧の通り、無事にダイヤは見つかりました。みなさんどうぞお楽しみください」

というと英二はデッキへと出て行った。参加者は元の熱を取り戻しまたルーレットへと興味を移した。

 

 英二がデッキでくつろいでいると、涼子がカジノルームから出てきた。

「キャプテン。なぜわかったの?私がダイヤをグラスに移したこと」

「逆に私が聞きたいな。なぜ君はあんなことをしたんだい?」

 キャプテンの問いに涼子は答えた。

「決まってるじゃない。ダイヤがなくなればこのイベントが流れて、キャプテンにまだ船を動かしてもらえるかもしれないと思ったからよ」

 そんな涼子に英二はいった。

「ははは。私はそんなことになってももう船は動かすつもりはなかったよ。楽しいことは楽しいことのまま終わりたい主義なんでな。でも涼子さん。あなたのその気持ちはとてもうれしいよ」

 まだ何かを言おうとする涼子に英二は言った。

「涼子さん。あなたがこのイベントに勝ってこの船を譲り受けてくれないか?だからカジノルームに戻って、またさっきみたいに頑張ってくれ」

 昼にしゃべった時のように、涼子は、それもそうねと笑った。まるで何もなかったかのように。

 

 いつの間にか天高くあがった青白い満月は、一人デッキでたそがれる、ティティス号キャプテン長谷川英二の姿をしっとりと照らしていた。


なんとかの島のはなし

なんとかの島のはなし     てきとう

 

 

 これは、だいたい六十年くらい前、つまりきみのお父さんお母さんのそのまたお父さんお母さんがきみくらいの年ごろの少年少女だったときのお話です。

 

  ◆

 

 太平洋、もしくは大西洋の真ん中から少し東に外れたくらいのところに、その島はありました。

 その島は、ただただ美しい島でした。エメラルドグリーンの海とふみ心地の柔らかな遠浅の白浜には、小さな魚やカニ、ヤドカリの類が顔をだし、美しい釣鐘型をした立派な火山の頂上からは、あでやかな緑の芝生に映える石造りの家々と、果てしない水平線を一挙に望むことができました。

 そしてそこにはかつて王様がいました。そんな美しい島の王様など、なりたくても簡単にはなれません。彼はさぞ幸せだったことでしょう。しかしながら、彼はすぐに王様を辞めてしまいました。なぜでしょうか。その理由は今もわかっていません。なぜなら彼は王様を辞めてすぐに、おんぼろの手漕ぎ船に乗って、どこかへ行ってしまったからです。しかし少なくとも島から二百マイルまでは岩ひとつさえ顔をださない海原であることはわかっていましたし、そのころはサメも多く泳いでいましたから、最初から死んでしまう気だったのでしょう。

 その後、いくら時が過ぎても、次に王様になろうとする者は現れませんでした。

 

  ◆

 

 美しい芝生におおわれた丘の上に、一人の少女が三角座りをして海のほうをぼんやりと見つめています。

 たった今、背後から図体の大きな男がゆっくりと少女に近づいていきます。しかし、少女はそんなことなど知らずに、いまだずっと海の方を見つめています。

 そうこうしているあいだに、大男は少女のところまでたどり着いてしまいました。しかし少女はまだ気づきません。

 大男は上から少女を見下ろして、つむじのあたりをじっと見つめています。しかし少女はまだ気づきません。

 ずっと大男は見つめますが、少女は気づきません。

 ずっとずっと大男は見つめますが、少女は気づきそうにありません。

 何分経っても、少女は男に気づかず、大男は少女を見つめたままでした。

 時がたって、また時がたって、太陽が海を赤く染めはじめたころ、少女は何の前触れもなしに突然振り返りました。いや、振り返ろうとしたと言う方が正しいかもしれません。なぜなら、男は少女が振り返りきる前に右足をいきおいよく天に向かって振り上げたからです。

 少女はうつぶせに倒れてほほをさすります。

 大男は腰を落として少女を抱えようとしますが、少女は男の手からこぼれて、丘を転げ落ちてゆきます。

 少女は草を掴んで止まろうとしますが、いくら掴んでも、それらは簡単に地面を離れるか、あっけなくちぎれてしまいます。それどころか、いきおいはどんどん速くなっていきます。このままでは丘裾を流れる川に落ちて流されてしまうかもしれません。

 少女は祈ります

 しかし、だからといって止まってくれるわけもありません。もちろん少女は加速し続けます。川はもう、すぐそばです。そして少女はあきらめかけて、目をつぶろうとしたそのとき、少女の上半身はたまたまあったたんこぶのような地面のふくらみに引っかかり、体の向きが一周の半分の半分だけ回転しました。それに気づいた少女が、おもいきり足を踏ん張ると、少女の靴は激しく芝生を削り、徐々にスピードは落ちて川のそばぎりぎりのところで止まりました。

 

 少女はよろこんだことでしょう。

 

 しかしそれはまだ早かったのです。丘の上からは、大男が重力に身をまかせてものすごい勢いで駆け下りてきます。

 少女は逃げようとしますが、体中の打ち身がそうはさせません。

 少女はあきらめかけました。もうなにもかもが終わりになってもおかしくありませんでした。

 しかしそこへ運よく大荷物を抱えた女の人がやってきました。

 少女の母でした。

 母は、傷だらけの少女と駆け下りる大男の姿をみておおまかのことを察しました。そして母は左手を天に向かって振り上げました。すると、どこから来たのか突然白いジープが姿を現しました。母は荷物を積み込んだ後に少女を抱えてジープに乗りこみました。鍵を差し込んでエンジンをかけた瞬間、ジープは大きな音を鳴らしながら走り始めました。その音は、ちょうどすずめの断末魔をいっぱいに拡声したような音でした。

 丘の上の方を見ると、大男はすでにそれに気づいて、集落の方へと必死に走りはじめていました。

 少女の母はアクセルをおもいきり踏みました。ジープはどんどんと丘を登っていきます。そのあいだも、大きな音は鳴りつづけています。ジープはまたたくまに丘のてっぺんまでたどり着きました。集落の方を見下ろすと、大男が頭と足を抱えて丘を凄いスピードで転がり落ちていくのが見えます。

 母は再びアクセルをおもいきり踏みました。ジープは、丘を滑り落ちてきます。まるでジェットコースターのようです。そしてちょうど集落についたころ、ジープは大男に追いつきました。

 大きな音のせいで、ほとんどの住民たちが家から出てきていました。母はジープを降りると、わたしを担ぎ下ろして座らせた後にバックドアをひらいて鎌を取り出してきました。そしてうずくまる大男の前に立ちはだかりました。大男は母の方を見つめて、「女は台所に閉じこもってさえいればいいんだよ」と言おうとしましたが、言い切る前に母は首を掻っ切ってしまいました。

 

 大男は少女の父でした。

 

 少女は三角座りをして、右手で草をむしりながら口の中にたまった血を吐いて、母をにらんでいました。しばらくにらみ続けた後に、今度は海のほうをじっと見つめていました。しかし、そこからは海が見えることはありません。

 少女は、夜が来るのをじっと待つことにしました。

 


きっと未来は、輝くヒーロー

きっと未来は、輝くヒーロー     とやま

 

(まえがき)

僕は去年、文化祭の部誌に「きっと明日は、未来のヒーロー」という小説を書いたんですが、中途半端なところで終わりにしてしまったので、今回その設定を生かし、続編のように書いてみようと思います。まずは前作のあらすじから。

 

(あらすじ)

ヒーローになりたいという古くからの夢を叶えるべく警察にはいった坂田陽太郎(25)。しかし、彼が配属されたのは小知班、通称〝落ちこぼれ班〟。

班員は、寝てばかりの班長小知健二(?)、わりと真面目で爆弾処理班からやって来た宮崎和彦(33)、明るくうるさい三原健太(31)、異動してきたエリートの柿沼浩司(38)と様々な人。

清掃や町での人助けなど、警察としては地味な仕事内容に徐々に不満を覚えていく陽太郎。しかし、班員を減らすまいと三原と宮崎に説得される過程で、小知が犯人を殺したことがあることや、宮崎が仕事で失敗したことがあることなどを話される。

そして、ヒーローとは派手なものだけではないことを教えられ、自分の考えが間違ってたことに気づいた陽太郎は班員たちとの結束を強め、また地味な仕事につくのであった。

なお、柿沼が落ちこぼれ班に配属された理由はいまだ不明である。

 

いつものようにドアを開き、警察の入り口を通り抜ける。もうすでに見慣れた光景になりつつあった。

なぜなら、陽太郎が落ちこぼれ班に配属されて3ヶ月がたったからだ。あれから、メンバーも変わらず、仕事もいつもと変わらず清掃や巡回ばかりであった。

しかし、小知班の班員たちは皆仲良く、仕事内容にも不満を持たなくなっていた。

 

「陽ちゃーん、おーい!」

 後ろから三原のこえがする。

「あ、こんにちは!」

「陽ちゃん、今日は特別任務の日だよ!」

 聞きなれない言葉に陽太郎は首をかしげる。

「え?なんですか、特別任務って?」

「え?しらないの?まあ楽しみにしてなよ!ほら、早くいこう!」

 三原は走っていってしまった。特別任務とはなんだろうか。もしかしたら警察官になってはじめての大きな仕事かもしれない。そんなことを期待しながら、三原のあとを追う陽太郎であった。

 

「陽ちゃん宮ちゃんいつもの持ってきて!」

そろそろ〝いつもの〟ではなくホワイトボードといってほしい、などと陽太郎は思いながら、ホワイトボードを持ってくる。

「今日は半年に一度の特別任務だ! ○×ビルにいくぞ!」

 小知はホワイトボードに〝特別任務〟と書き、どこかへいってしまった。

 班員たちが一人一人動き出すなか、陽太郎だけが取り残されていた。困った陽太郎はとなりにいる三原に声をかけた。

「○×ビル?何するんですか?」

「まあ、楽しみにしてなって。ほら、いくよ!」

よくわからないが、とりあえずビルの方へむかった。

 

ようやくビルに到着した。

「こんな超高層ビルでなにするんですか?」

○×ビルは38階建ての会社のビルの名前だった。

「窓ふきだよ、窓ふき。」

「え?窓ふき?」

 特別任務は超高層ビルの窓ふきだった。あまりにもショボすぎて、意気消沈する陽太郎だったが、小知班クオリティーとしてはしょうがないし、いつもの任務よりはまだやりがいがありそうだと思うことにしたのだった。

 小知の説明によると、リフトをつかって清掃すると言う従来のやり方をするようだ。それなりに危険を伴う作業である。

 気づくと、建物のなかに入っていっている小知。みんなそれについていった。

「清掃しにきた警察ですけど、リフト動かしていいよね?」

「ああ、いいよ。ただ1つ壊れてるから4つしか動かせないけどな。」

「え、壊れてるの?」

「昨日辺りから動かなくなっちまってな。すまんな。」

 警備員のような人と話す小知。うしろで黙ってるのも嫌なので、陽太郎は三原と話すことにした。

「三原さん?」

「ん?なに?」

「あの警備員さんみたいな人ってだれですか?」

「えっ、普通の警備員さんだよ。まあもう何年もいるけどね。」

「だからなんか親しげなんですか。」

「そうだね。半年に一回の付き合いだけどね。うちの班とか警察のこともよく知ってくれてるみたいだし。」

「へぇー。ここってなんかの会社ですか?」

「えーっとね、大体電化製品メーカーの本社みたいなもんだよ、ちょっと違うけどね。」

「え、すごいところじゃないですか!」

「まあね。」

「なんでここの窓ふきを任されてるんですか?」

「え?えーっと…。」

 三原はうつむき考えたあと、一言、

「あとでね。」

とだけ言った。

 陽太郎は、その言葉の意味よりも会話が途切れてしまったことの方が気になったので、また会話をしようとすると

「宮ちゃんと陽ちゃん、2人でのってくれない?」

いつのまにか小知は振り向いていた。

 

「陽太郎くん、そっちの方拭き終わりましたか?」

「まだでーす!ちょっと待ってください!あっ、終わりました!」

「じゃあ上にあげるよ。」

「は、はい!」

 清掃服に着替えた小知班員は、さっそく窓拭きをしていた。宮崎と陽太郎は2人で半分ずつふいていた。リフトはまだ9階の辺りだが陽太郎はとても疲れていた。

「あと、29階ですよね?」

「うん、そうですね。あれ、もうばててるんですか?」

 宮崎に勘づかれてしまうほどであった。背に腹はかえられないので、隠すことはしなかった。

「はい。やすみません?」

「今休むと、次休むの大分先になるけど。」

「はい!とりあえず、休みましょう。」

リフトをあげてから2人でリフトに座る。このリフトは相当古いようで、手動で自分たちを上げるという仕組みになっていた。

「陽太郎くんってさぁ、スタミナないの?」

「ないってほどではないですけど、むしろみなさんスタミナありすぎですよ。」

「ほら、みんなあんなところにいますよ。」

 宮崎は上を指差す。大体みんな16階くらいにいるようだ。

「柿沼さんはエリートですし、他の人は慣れてるじゃないですか。」

「まあね、あんなに早くなれとは言わないけどさぁ…。」

「あの、そういえば…。」

これ以上色々言われたくなかった陽太郎は話を変えようと質問をすることにした。

「あんだけエリートなのになんで柿沼さんはこの班にきたんですか?」

「あー、確かにね。あの人は謎だね。」

「てか柿沼さんってどの部署からきたんですか?すごいところですか?」

「えーっとね、確かひとに命令出したり、情報をまとめたりする中心みたいな班で班長やってましたよ。名前なんていったかなー。」

「えっ、超エリートじゃないですか!」

 柿沼が思ってる以上に偉い人だったため、とても驚いてしまった陽太郎。

「じゃあ、なおさらなんでこの班にきたのかわかりませんね!」

「てか陽太郎くんさあ、自分がなんでこの班にきたかについては悩んでないの?」

「あ、もうそれは今の状況だけでも自明じゃないですか。」

 笑いながら陽太郎はいう。そんな陽太郎を見て、宮崎は

「まだまだ若いんだからさ、もうちょっと夢持ちなよ。」

とさとした。しかし、陽太郎は首をふって

「僕の夢はここの班の仕事をこなして、町のヒーローになることですから!」

と胸を張って言った。そしてさっき三原に聞けなかったことをふと思いだし、聞いてみた。

「そういえば、なんでこのビルの清掃をやってるんですか?」

 一瞬、宮崎の顔が曇った。

「え…、ほら、この班の仕事こなしたいんでしょ、休みすぎですよ、早く窓ふき再開するよ!」

「答えてくださいよー!」

「ほら、窓ふきに慣れたいんだったら集中してください。あとで言いますから。」

 三原と同様、宮崎もその理由については口にしなかった。陽太郎はそのことが不思議で仕方なかった。きっとなにか深い理由があるのだと思って窓ふきを再開した。

 

「遅いよー!」

「わざわざ待ってくれなくてもよかったんですけど。」

「宮ちゃんひどーい!」

 陽太郎と宮崎が屋上についたとき、三原と柿沼、小知が待っていた。

「一応、仕事完了の確認は必要だからね。」

「ほら、班長も言ってるじゃん。宮ちゃんはわからず屋なんだからー。」

「三原、うるさい。」

「この班では俺の方が先輩なんだぞー!呼び捨てしないでよー!」

まさに「喧嘩するほど仲が良い」という感じの二人だ、と陽太郎は思った。あきれた小知は二人に、

「よし、警察にもどるぞー!」

と声をかけた。

 

 屋上に鍵をかけ、エレベーターを待つ小知班の面々。しかし、高層ビルなだけあって1階からひとつのエレベーターがあがってきたもののなかなかこない。

「あ、すいません。ちょっとトイレいってくるんで、間に合わなかったら先帰っててください。」

 柿沼がトイレへ行ってしまった。しかし、よほどスピードが遅いのか、エレベーターはまだ来ない。

「あのー、ちょっと僕もトイレいってきます。」

「あ、俺もいくー!」

「あなたは来ないでください。」

「えー、宮ちゃんひどい!」

あまりにエレベーターが来ないからか三原と宮崎もトイレへといってしまった。

みんなトイレに行くなんて不自然だ。なにか理由があるのか。陽太郎はそんなことを考えていた。

もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、陽太郎と小知を二人きりにさせたいのかもしれない。でも、話すべきことなど特になにもない。

チンという音が聞こえた。ようやく、エレベーターがきた。しかし、まだ3人は帰ってこない。

「どうせ警察署でまた会うんだから先に帰ろうか。」

「そうですね。」

エレベーターの扉がしまる。

 

しばらくして、聞きたいことがひとつあったことを陽太郎は思い出した。

「あ、そういえば、なんでこの会社の窓ふきを定期的にやってるんですか?」

「ん?大人の事情ってやつだよ。」

そっけない答えが返ってきた。しかし、

「いや、教えてくださいよ。僕だって入りたてではありますけど、ちゃんとした班員なんですから!」

 今度こそは聞き出そうと言わんばかりに陽太郎は質問を続けた。

「しょうがないなあ。教えてあげるか。」

 断ってもめんどくさいことになると察したのか、苦笑いしながら応じる小知。陽太郎が小さくガッツポーズしたのを見て、その苦笑いを一層深めていた。

「俺が一回人殺した話覚えてるか?」

「あ、あの犯人を…って。」

「そう、それ。その犯人ってのがここの会社の今の社長の息子だったってだけ。」

「へ?は?え?」

 動揺を隠せない陽太郎。

「だから、ここの今の社長のプレッシャーに耐えられなかった息子が大量殺人してたのをとらえようとして、間違って殺しちゃって、取り返しのつかないことだけど、お詫びの気持ちも含めて窓ふきさせてもらってるってこと。」

「え、じゃあここの社長と仲悪いんですか?」

「いや、今はお互いに悪かったってことで仲は悪くないけど、こちらとしてはすまないよな。やっぱりさ、やっちゃいけないことだから。」

 小知は辛そうにいった。陽太郎は気まずくて下を向いた。

「警備員の渡辺くらいじゃないの?俺と仲良くしてくれてるやつ。」

「そ、そんなことはないです!小知さんは優しいですから、皆さん慕ってくれてますよ!」

「気遣うなって。」

おだやかに笑う小知を見てその優しさを感じる陽太郎。しかし、ふとあることが気になった。

「あの、警備員の渡辺さんとなんか接点あったんですか?」

「ん?なんで?」

「あ、いや、仲良くなる理由がなにかなーって思ったんで。」

「なんか同情してくれたみたいでね。警察についても詳しいみたいでうちの班の事情は把握してくれてるらしいし。そもそもここにお詫びとして窓ふきしにくるっていうのも彼のアイデアだしね。」

「へー、いい人ですね。」

「まあね。」

チンという音と共にドアがあく。鈍速エレベーターがようやく一階についたようだ。

 

「はい、屋上の鍵。」

「お、作業終わったんだね、あれ、班員は?」

「トイレいってて帰ってこないんだよね。」

「ふーん、じゃ、おつかれさま。」

 警備員の渡辺と小知が話している。まだ三原や宮崎、柿沼はやってこない。まあ、エレベーターがあれだけ鈍速なのだからやむを得ないが。

「やっぱり待ちません?」

 陽太郎は立ち止まり、小知にそう話しかけた。

「え?大丈夫、警察でまた会うんだから。」

「いや、柿沼さんここはじめてですよね?一緒に帰った方がいいと思うんですよ。」

「今時ナビもあるし大丈夫だよ。」

「帰るまでが遠足っていうじゃないですかー。」

「仕事は遠足じゃないぞ。まあわかったよ。そこですわって待とう。」

 笑いながら椅子を指さす小知。

「あのー、そういえば、リフト降ろしませんでしたけど大丈夫なんですか?」

「ああ、あれはねー、降ろさなくてもいいんだよ。むしろ降ろさない方がいいの!」

「なんでですか?」

「いや仕事やった証拠のためにって一回下げなかったことがあったんだどね、〝次の時は上から下にやるから気分転換になる〟ってここの社長が妙にこのやり方気に入っちゃってね、それからずっとやってるの。」

この班も変わってるがここの社長もなかなかの変わり者だな、などと陽太郎は思った。

「へえー。でもこういうリフトって普通は一括で下げられません?」

「なんかここのやつ古くてできないみたいでさあ。」

 小知は笑いながら話した。手で回してリフトを上げたのもそれだけリフトが古いならば納得だ。

ふと時計を見る。もう窓ふきを終えてから10分はたっていた。

「遅すぎません?」

「まったく、何やってるんだろうな?」

「あ、一応どんくらい時間かかるか聞くために電話してみますね。」

「あ、よろしくー。」

 青いスマホを取り出し、三原にかける陽太郎。

「ん?陽ちゃんなーに?」

「あ、三原さん、いまどこですか?」

「ああ、もうちょいでエレベーターがくるから乗るところだよ」

「あ、そうですか。ちなみになんでそんなに遅いんですか?」

「なんか疑ってる?トイレしてからすぐきてエレベーター待ってるよ。」

「へえ。もうみんなトイレ終わってますか?」

「俺が最後だったみたいで誰ももういなかったはず。あ、やっときたよ。」

「なんかまだまだかかりそうですね。まあなるべく早く来てくださーい。」

「そこはこのエレベーター次第でしょ。それにしても遅いな。」

とりあえず電話を切ろうとしたその時、視界がいきなり暗くなった。

「あれ?電気消えたんだけど。停電?」

そう、停電だった。まだ夕方だったため、外からの明かりがあり、陽太郎はある程度周りを見回すことができた。

「なんかちょっとパニックになりそうですねー、いま小知さんと一緒なんでちょっと配電室見てきますね。」

「お、よろしく。あれ、今一階にいるんだよな?」

「はい、そうですけど。」

「さて問題です。配電室はどこでしょうかー?」

「あのー、早く電気つけたいんで教えてください。」

「38階、最上階だよ。」

「え、えー?」

「エレベーターは僕たちと一緒に止まっちゃったから、階段使っていってね。」

「無理ですよ、死にます。」

「早く行きなよ、こういう時はパニックが起こるから階段こむよー。あ、階段1個しかないしね。」

「わかりましたー。では、切りますよー。」

「おっけー。ばいばーい。」

電話を切ると同時に陽太郎は小知に話しかける。

「ただの停電ですけど、一応行きません?」

「配電室の鍵は?あっ、警備室じゃん。」

「じゃあ僕いってきますから、先いっててください。」

「分かった。よろしくね。できたら連れてきて。」

 二人は二手に別れて走り出した。

 

 陽太郎が38階についた頃には、小知がリラックスして待っていた。どうやら、ずっと前に到着していたらしい。

しかし、陽太郎は警備員の渡辺どころか、配電室の鍵すら持っていなかった。

「お疲れー。あれ、鍵は?」

「警備員さん、いませんでした。ひるごはん、ですって。警備室に、鍵の束は、あったけど、警備室に、鍵かかってて、入れなかった。」

 息切れしながら陽太郎は報告をする。本気で走ったのに、小知に追い付かなかったのだ。おそらく年の差は20歳を越えているだろう。

「えー、わかった、俺が電話かけておく。」

「じゃあ、待ってるんですか?」

「あ、もしもしー。渡辺?俺は小知だ。今どこ?」

タイミングが悪かったとはいえ、完全に無視されてしまい、肩を落とす陽太郎。

「あ、もう帰ってくるの?今停電になっちゃったから、配電室あけたいんだけど。うん、早く来てねー。」

 小知が電話をおろす。

「あのー、小知さん、スペアキーってないんですか?」

「え、たしかなかったけど、なんで?」

「いや、誰かが停電させたとしたら、鍵持ってないといけないじゃないですか。でもスペアがないなら、それはないですよね。」

「つまり、ブレーカーが落ちたかなんかってこと?」

「まあ、渡辺さんは外にいたみたいですし、そうじゃないですか。」

 陽太郎のスマホが震え出す。三原からの電話が来たのだ。

「ねえねえ、まだ電気つかないのー?こっち真っ暗なんだけど。」

「今、警備員さん待ちです。」

「あーそうなの。あ、それより電話したのは別の理由があってさー。」

「なんですか?」

「いや、こっちやばいことになっちゃってさー、伝えとこうかなって。」

「はい?エレベーターは止まったままってだけじゃないんですか?」

「うん、ちょっとさー、時限爆弾みたいなやつが見つかっちゃって…、俺、死んじゃうかもしれない。」

「へ、じ、時限爆弾?」

 近くにいる小知もとても驚いている。ただの停電事故が生死にかかわる大事件になったのだから無理はないだろう。

「一応ね、宮ちゃんがどうにかしようとしてくれてるんだけどさー…。」

「とりあえず残り時間教えてください。」

「だいたい30分。あ、電気ついたら避難の放送かけてくれない?」

「わかりました。急ぎます。あ、そちらは慎重によろしくお願いします。」

「わかった、じゃあね。」

 珍しく静かだった三原。平静を装ってるようだが、内心かなり焦ってるのだろう。

「小知さん、やばいことになりました。」

「とりあえず今は渡辺を待つしかない。」

「そうですね。」

ただ、待つことしかできなかった。

 

五分後、渡辺が息を切らしてやってきた。

「鍵は?」

「それがさー、ないんだよー。誰かに、とられた、のかな?」

 相当まずい状況だ。あと15分しかないのに、電気がつけられない。電気がつかないと、エレベーターは止まったままだし、放送すらかけられない。

 鍵のかかったドアを開ける方法。陽太郎はヒーローになりたいと思ってみていた刑事ドラマのワンシーンを思い出した。

「あ、あの、全員で思いっきりぶつかれば、あくんじゃないですか?」

「もう今は、それしかないな。」

 3人でドアにぶつかる。ドアはびくともしない。しかし、繰り返しぶつかる。それしかできることがないから。それしか解決法が思い当たらないから。

10回程度あたったところドアが少し動いた。

「あと、もうちょいですね。」

「よし、全力込めてぶつかるぞ!」

 全力をこめてドアにぶつかる。バキッという音とともにドアが前に倒れる。陽太郎は勢い余って、ドアと一緒に倒れてしまった。

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫です!それより、小知さんと渡辺さんは電気を早く、早くつけてください!」

「もうつけたよー!」

「渡辺さん早っ!」

「なんか誰かが意図的に電気を落としたみたいになってたよ。」

 渡辺の発言から考えるに、誰かが配電室の鍵を盗んで、配電室に侵入し、意図的に電気を落としたということになる。電気が落ちれば、エレベーターも止まるので、爆弾をエレベーターに設置した犯人と同一犯の可能性が高い。

「陽太郎くん、健くんに電話しといて。渡辺は悪いけど下に戻って。」

「わかりましたー。じゃあ小知さんは放送で皆さんを避難させてください。」

「わかってるよー。陽太郎くんもなるべく下にいてね。」

「はい!避難誘導します!」

「あ、あと宮ちゃんは爆弾処理やってるんだっけ?じゃあ、健くんと柿沼くんを下に呼んでおいて。」

「わかりましたー。あのー、通報というか応援呼びますか?」

「避難優先だから厳しいかもなー。ちゃんとした警察いたらパニックになっちゃうし。」

「じゃあ近くで爆弾処理班に待機しといてもらいます。」

「オッケー。じゃあ、それぞれ行動開始!」

 小知のテキパキと指示する姿をはじめてみた陽太郎は、やっぱりこの人は頼りがいのある班長なんだな、などと思った。

「三原さん!宮崎さんに爆弾処理を任せて、柿沼さんと下まで来てください。」

「え、カッキーそっちにいるんじゃないの?」

「え?」

ピンポンパンポーンという音が聞こえた。もうすでに残り時間は20分を切っていた。

 

「はーい、ゆっくり出てくださーい、ほら、押さないで。」

 陽太郎は、一人で避難の誘導をしていた。小知が、訓練であると放送したためか、たいしたパニックはまだ起きていない。

なぜ一人で誘導をしているのかというと、三原と渡辺は監視カメラを確かめに警備室にいってしまったからである。誘導は一人でもできるし、犯人が知りたかったからだろう。

そしてもうひとつ、柿沼の行方が知りたいからでもあった。

「あ、全員避難終えましたー。爆弾処理班の方、応援頼みます!は?来てないんですか?渋滞してるんですか。あ、わかりました。あと10分ないのでこちらだけで何とかします。では。」

 小知班は最大のピンチを迎えていた。

 

「もしもし、宮崎さん、あと何分ですか?」

「あと8分…、今36階にいるけど、爆弾処理班は間に合う?」

「渋滞でこれないそうです。」

「陽太郎くん、間に合わないよ…。爆弾、爆発しちゃうよ…。」

 情けなさそうに呟く宮崎の声が聞こえてきた。

「わかりました、今から向かいます。」

「え、ダメだよ、今から来ても何にもなんないよ。みんなで避難してよ。俺は最後までやってみるけど。」

「いやです!僕も残ります!」

「逃げろって、もしもの時は俺も逃げるから死にはしないよ。ただちょっと怪我するだけ。」

「爆発したらビル壊れるかもしれないんですよ!ちょっとの怪我じゃすまないですよ!もう今向かってますから!仲間を見捨てることなんかできません!」

「爆発したら死ぬってわかってるんだったら来るなよ!まだ若いんだろ!」

「八歳しか違いません!もうこんなやり取り無駄ですからきります!」

 陽太郎は電話を切った。正直、いつまでたっても話している宮崎の様子からして爆弾の解除は期待できなかった。ただ、見捨てたくなかった。同じ警察として、同じ班員として、同じ仲間として…。

「くっさい台詞言わせてんじゃねーよ。」

 陽太郎はそう呟き全速力で向かった。

 

36階につくと宮崎が焦って走っていた。

「やばい、小知さんが…。」

「小知さんがどうしたの?」

「小知さんが時限爆弾もって上に上がっていっちゃった。」

「は?」

 宮崎とともに陽太郎は小知を追った。

 小知は時限爆弾を持ったまま、屋上へと出た。

「健くんと陽太郎くん、近寄るんじゃない!」

「どうするつもりですか!」

 陽太郎が叫ぶ。

「もう1分を切っている。だから、ここからタイミング良く上に投げる!」

「そんなの無茶です!うまくいくわけありません!」「陽太郎くんの言う通りだ!ちょっと早くても遅くても、小知さん死んじゃいますよ!」

「その覚悟はできてる!もともと俺のせいでこの会社の窓ふきをやってるんだ!全部は俺のせいだ!だから、俺がこの手でけりをつけてやる!お前ら、とりあえずもっと離れてろ!」

5…

小知はおおきく振りかぶった。

4…

そして周りを確認して…

3…

ありったけの力をこめて投げた。

2…

爆弾がどんどん上昇していく。

1…

投げたあと、なるべく離れようと小知が走り出す。

0…

 

爆音とともに上空に火の雲ができた。

 

「すみませんが、まだやることがあるので、では。」

 救急隊員に宮崎はそう伝え、ビルの中へ戻っていった。

 小知はやけどを負ったようだった。どの程度のものかは判断できなかったが。

 皆が小知と一緒に病院へ付き添うことを考えたが、小知はそれを必死に断った。

なぜなら、まだ事件は終わってないから。まだ犯人は見つかってないし、柿沼も行方不明だから。

三原が宮﨑と陽太郎のもとにやってきた。

「とりあえず、監視カメラはエレベーターの前と階段の前、社長室や副社長室の前にあるんだけど、38階と37階のカメラが全部壊れてた。社長室や副社長室の前以外は、もとから壊れてたみたいだけど。で、エレベーターと階段で37階と38階へ向かった人はいないことも確認した。だから、犯人としてあり得るのは、社長か副社長か38階でいなくなったカッキーってことになる。あ、ちなみにカッキーはどのカメラにも写ってなかったよ。」

「でもその三人にはわざわざこんな方法でこのビルを壊そうとする動機があるんですか?あと、陽太郎くんのせいで窓ふきが遅くなりましたが、私たちを待ってる間に柿沼さんがどこかへ行きましたか?」

「宮ちゃん一気に質問しないでよ。まずカッキーはおれらと一緒に宮ちゃんと陽ちゃんを待ってた。で、みんな集まったあと、トイレにいくって言っていなくなったけど、トイレには行ってなくってそのまま行方不明。」

「もしかしたら、俺らがトイレ終わってエレベーター待ってる間に爆弾仕掛けたとかですかねー?」

 柿沼が犯人であってほしくないと思いつつ疑わざるを得ない状況である。しかし、陽太郎にはどの三人も犯行ができないのではと考えていた。引っ掛かるポイントがあったのだ。

「あのー、配電室の鍵がなくなったタイミングっていつですか?」

「へ?警備員さんに聞いてみたら?」

「そうですね、でも柿沼さんにはどう考えても鍵をとるタイミングがないと思うんですよ。誰かと一緒じゃなかった時間はそのエレベーター待ちの時間だけですけど、そのときに一階の警備室にはいけないじゃないですか。」

「なるほど、じゃあ残り二人のうちどっちかかな?」

「でもそうだとすると柿沼さんはどこにいるのかって言う話ですよ。」

「たぶん37階か38階にいるんだよね?よし、いってみるか!」

「ちょっと待ってください!その前に警備員さんにいつ鍵をなくしたか聞きましょう。」

「え?なんで?」

「個人的に気になってることがあるんで。じゃあ三原さんと宮崎さんは上に探しにいってください。」

「なげやりだなぁ、わかったよ。じゃあね。」

 三原は宮崎をつれて上へと上がっていった。

「さーてと、犯人くんとご対面か。」

 陽太郎はそう呟き、歩いていった。

 

「警備員さん、あのー、聞きたいことがあるんですけど。」

「ん?」

「いつ配電室の鍵がなくなったんですか?」

「さあ、おとといにはあったんだけどねー。」

「他の鍵はあるんですか?」

「うん、他のはあるよ。」

「そうですか。」

 予想通りの答えに少しにやっとする陽太郎。ここからが本番だ。

「あと、リフトってあれいつ壊れたんですか?」

「あ、リフト?なんでいきなり。」

「朝使えなかったんですけど、正直どこが壊れてるのかわからないので。」

「前テストしてみたら変な音がなったから、念のため、万が一を考えて、使うのはやめておいたんだ。」

「乗って上には上がれますか?」

「え?やってみたことないからわからないよ。」

「じゃあやってみていいですか?」

「危ないからダメ、さっきから何がしたいの?捜査の途中でしょ?」

 渡辺は若干イラついていた。たしかに、陽太郎は捜査の間に変なことを聞いてくる頭のおかしいやつにしか見えなかった。

そんなとき、陽太郎の電話が鳴り出した。

「遅いですよー、三原さん。柿沼さんはいましたか?」

「うん、37階のトイレで気絶してた。まあ起こしたけど。」

「あのー、柿沼さんにかわってくれませんか?」

「いいよー。」

「もしもし、柿沼です。」

「あ、坂田です。あのー、柿沼さん、どうして気絶してたんですか?」

「たしか誰かから殴られて…。うーん、覚えてない。」

「他にも気になることがありますが、とりあえずあとで聞きます。では。」

いきなり陽太郎は電話を切った。そしてあきれたような顔をした渡辺を見つめた。

「仲間が待ってるんだから早く行ってやれよ。」

「いや、犯人を野放しにするわけにいかないんで。」

「は?どういうこと?」

「僕はあなたを許しません。今回の犯行はあなたにしかできなかったんです。」

「はあ?俺は外に昼飯を食いに言ったんだってば。どうやって犯行ができるっていうんだよ?」

 

「まず最初にエレベーターに爆弾を設置します。この段階では柿沼さんと違い、あなたにはチャンスがいくらでもありました。」

「まあそうだな。たしかに今日エレベーターを使ったし、それは監視カメラにも写ってるだろう。」

「まあ爆弾は元爆弾処理班の宮崎さんだってすぐには見つけられなかったことを考えると、相当分かりにくい風にあったのでしょう。なので、他の人が気づかなくても無理はありません。」

「でもそんなことは誰でもできただろ?なんで俺が犯人って決めつ…」

「まだ話は終わってません、いいわけは終わってからにしてください。」

「なんだよ、その言い方。お前、新人だろ?新人の癖に生意気なんだよ。」

 陽太郎はにやっと笑った。

「おー、僕が新人ということも知ってましたか、さすがお詳しいですね。」

「半年に一回清掃しにくるんだから、そのくらいわかるさ。」

「でもあなたは僕を新人と言い切りました。もしかしたら異動できたのかもしれません、むしろこの班はその可能性の方が高いでしょう。」

「あのなぁ、揚げ足をとるのはいい加減に…」

「脱線しすぎました。とにかく静かに聞いててください。」

 渡辺は舌打ちをした。この様子からして、渡辺はやはり犯人に違いないと陽太郎は確信した。

「そして、時限爆弾をしかけたあなたは、しばらくして、そう、僕と小知さんが屋上の鍵を返したあとに、再び動き始めた。」

「ほう。」

「最初、僕たちは社長さんと副社長さん、そして柿沼さんしか電気を落とすことはできないと思っていた。でも、それは違った。もう一人、あなたもできたんです。」

「あのさー、手短に言ってくれない?」

「エレベーターと階段でしか38階にはいけないと思ってましたが、もうひとつ方法がありました。それがあのリフトです。」

「リフトって壊れたやつ以外38階にあるだろ?」

「だから、さっき聞いたんです、壊れたリフトは動きますかって。たぶんですけど、あのリフトにのって38階まで行ったんでしょう。」

「それは、お前の妄想にすぎない!あのリフトは壊れてて乗れないんだぞ?」

「はい、あくまでこれは想像です。ただ、リフトが壊れてるといったのはあなたですから、嘘をついて壊れたことにして、ひとつだけリフトを下に残しておいたと考えることもできるのです。」

「証拠がないじゃないか!あくまでそれは想像にすぎないだろ!!」

 焦ってる渡辺の姿を見てさらににやにやする陽太郎。

「証拠ならいくらでもあります。」

「は?」

「まず、柿沼さんは38階で何かしらをしていたときに、この一連の事件の犯人に殴られて気絶したと思われますが、なぜ殴られたのでしょう?」

「犯人の顔をみたからじゃないか?」

「彼は〝誰かから殴られて〟と言いました。犯人の顔を見ていた場合、殴られる前の記憶はあるでしょうから、思い出すことは難しくないでしょう。」

「だからなんでそれが証拠なんだよ。」

「僕たちは清掃員の格好をしてここに来ました。だから僕たちは警察官だとわかるのは、それこそあなたぐらいです。社長と小知さんは面識があるとはいえ、柿沼さんはありません。そして、清掃員がたまたまいたとして殴る必要もないと思うんです。ここであなたが犯人だったとするとうまくいくんです。だって、あなたは僕たちを警察官だと知っているわけですから。もし警察官が近くにいるとしたら、停電を起こした際にばれやすくなってしまう。」

「それも可能性の話じゃないか。もっとしっかりした証拠はないのか?」

「僕の話を聞いてましたか?これ以外にも証拠はあります。ただ、この考えがもとで僕はあなたが犯人だと思ったと言いたかっただけです。」

「まわりくどいんだよ、早く言えよ、証拠ってなんだ?ないんだろ?」

「あなたねー、昼飯いってないでしょ?僕たちが鍵を渡してから停電になるまで時間なかったから。昼飯はどこ行ったんですか?あと、何のためにエレベーターを使ったかもどう考えても不透明です。しっかり調べればいくらでも証拠は出るんです、とりあえず昼飯のことについてからですかね?」

 渡辺は険しい顔をして一言、

「ばれちまったか。」

と呟いた。

「あなたは僕たちを証人として利用しようとしました。まあ、もともと全員降りてるはずでしたからね。ただ、柿沼さんに会ってからあなたの予定が狂った。」

「そうだよ。あいつにさえ会わなければ、俺の計画は完璧だった。もともとこの会社に恨みがあるから、復讐のためだけに勤めていた。爆弾が爆発すれば、上のほうにいる社長や副社長、さらにこの会社も潰すことができる。計画も入念に練って、証人として都合のよいように、落ちこぼれ警察も定期的に呼んだ。すべては…すべては完璧だったのに。」

〝落ちこぼれ警察〟という言葉が陽太郎の頭にやきつく。怒りともなんとも言えない気持ちがわき、気づいたら陽太郎は渡辺の胸ぐらをつかんでいた。

「小知さんは、お前のこと仲が良いって言ってたんだぞ!それなのに、お前は、お前は裏切ったんだ!個人的な復讐に人を巻き込んで、たくさんの人が死ぬような真似をして、それで嘘をついて切り抜けようとするお前の態度が僕はゆるせない!どんなに辛いことがあったとしても復讐に他人を巻き込むんじゃねえ!お前は、お前はクズだ!」

「なんとでも言え。警察にでもぶちこめ。」

「その態度が気に食わねえんだよ!反省してくださいよ!いろんな人を巻き込んだんだよ!小知さんは、この会社を守りたくて必死だったんだぞ!お前の復讐は、関係ない人を巻き込んでまでするべきものなのか?」

「新人の癖に生意気だな。何がお前だよ。」

 今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気のなか、後ろから聞きなれた声が聞こえてくる。

「陽ちゃーん。」

「陽太郎くーん。」

 3人が後ろから来ていたのだ。

「すいません、渡辺さんを警察へ、早くつれていってください!」

「陽ちゃん何怒ってるの?」

「すいません。こいつが許せないんで。とりあえず今回の犯人はこいつで決定ですから。」

「そうだ。俺がやったんだよ。早く逮捕しろ。」

 陽太郎は言い返したい気分になったが、とりあえず必死におさえた。

「陽ちゃん、ところで右腕大丈夫?」

「へ?大丈夫?あ…。」

 

三日後

「お、陽ちゃん久しぶり!」

「お久しぶりです!わざわざお見舞いに来てもらうなんて、なんかすいません。」

 あれから、陽太郎は一か月入院せざるをえなくなった。どうやら、配電室を開けた際に強打した腕と足を骨折してしまっていたらしい。まあ、そんなことにも気づかないくらい、陽太郎は必死だったのだが。

「小知さんが帰ってくるまで、俺がリーダーなんだぞ。すごいだろー。」

「三原、リーダーじゃなくて班長ですよ。」

「だから呼び捨てやめろって、今はもう班長なんだから。」

「いや、正しくは班長代理ですから。あくまで代理です。」

三原と宮崎が仲良く話している、これでこそ小知班だ。

「ところで、小知さんはいつ退院になったんですか?」

「あれ、陽ちゃん聞いてないの?陽ちゃんと同じ一か月後だよ。」

 小知も、思ったより軽めのやけどですんだ。それこそ、タイミングを一秒でも間違えてたら、死んでいたかもしれないが。

「じゃあ、一か月後まで、小知班の活動はお預けですね。班長もいませんし。」

「だーかーらー、班長はいちばんこの班で先輩の三原君がやるの!」

「だから活動はお預けなんです。」

「陽ちゃん、どういう意味かな?」

 小知班の良さをかみしめたあと、陽太郎は一つだけ気になっていることを聞いてみることにした。

「あのー、あの停電のとき、柿沼さん何やってたんですか?」

「あ、それ聞いちゃうの?じゃあ、カッキー説明よろしく。」

「あの時ね、警察署長と電話をしてたんだよ、仕事の進捗状況とか班に慣れたかとか…。ほんとに最悪のタイミングだったけどね。」

「なにそれ、父ちゃんみたいじゃん。」

陽太郎は笑い出した。しかし、柿沼は真剣な顔をして、

「そう、俺、署長の息子なんだ。」

とつぶやいた。陽太郎は最初冗談だと思い、笑い続けていたが、柿沼が真面目に言っているという雰囲気を察したのか、

「え、まじ?嘘ですよね?」

驚きを隠せないでいた。

「だから、俺、エリートだったんだよ。もともと小知さんしか知らなかったんだけどね。だから、エリート街道まっしぐらだったんだけど、俺、仕事こなせないから、うまくできないから、あまりにあきれられて、とりあえず小知班に入れられたってわけ。黙っててすまなかった。」

「あ、だから犯人に気絶させられたんですね。でも清掃は早かったじゃないですか、この班的には柿沼さんはエリートですよ。」

陽太郎は精いっぱい柿沼を励まそうとした。

「まあ、とりあえず小知班再出発までには一か月かかりますね。とりあえず仕事あるんでそろそろ帰りますね。ゆっくり直すんですよー。」

宮崎が一言言って、全員を連れて行った。その後ろ姿を見て、陽太郎はなぜか少し涙ぐんでしまった。

 

一か月後

そこには、小知班の5人がいた。無茶なことをしたことを怒られたようだが、事件解決に大きく貢献したとして、珍しく表彰された。そのことがとてもうれしかったのか、小知班全員で祝賀会を行った。

そして次の日、すでに五人は仕事モードになっていた。もちろん、仕事といってもいつもと変わらず、清掃やら、町の巡回やらであるが。今回の事件を通して、一層深めたのか、仕事は以前より、スムーズに進むようになった。

傍から見たら何も変わっていないように見える小知班だったが、確実に何かがこの班では変わっていた。もしかしたら、彼らが街の、みんなのヒーローになるのも近いかもしれない。

 

Fin

 

 

 

(あとがき)

前回の続きといいつつ、前回とは全く違う事件編となった今回。

なんか会話文が多くなってしまいました。あと、状況説明が多すぎて、事件がおこるまでに時間がかかってしまいました。そこは僕の力量不足ですね。

ただ、一応ある程度の形にはできたのでよかったと思います。

なお、今回の話は実在するものとは何のかかわりもありませんので、ご了承ください。

 

 


頂上

頂上     気ままなたけのこ

 

 

Ⅰ 出会い

 僕の名前は相川秀一。今から五年前、僕は父親の転勤があって小田急線の厚木駅から十分ほどのところにある石上町に家族全員で引っ越してきた。ここは夜になると昼間の暑さが嘘のように涼しくなる。いいところだ。ここは都会ではないからネオンのような明かりはない。コンビニから少し離れて空を見上げてみれば、きれいな星空が見える。そして僕は地元の小学校に転校し、小学校、中学校と無難な生徒として過ごしていた。そして無事に僕は石上高等学校に入学した。いわゆる石高校ってところだ。僕はA組1番だったから、入学式で新入生代表として挨拶することになった。僕は、

「これから始まる高校校生活、勉強では得意な歴史を特にがんばり、部活も一生懸命がんばりたいと思います。また、学校行事でも手を抜かず、一生懸命取り組みたいと思います。」

 などと無難な挨拶をした。それがまさか今のような生活を送っているとはもちろん全く想像せずに。

「やあ、相川君。僕は石田航平。よろしく」

入学式の直後のHRの時間、たまたま隣になった航平が僕に声をかけてきた。僕も

「よろしく。お互いがんばっていこう。」

と返した。これが航平との出会いであった。彼と席が隣でなければ、僕は今の生活を送っていないであろう。

 翌日のオリエンテーションでは生徒部の先生からのお話と校内探検と委員会決めだった。校舎は迷路みたいに複雑で、校内探検で校内を走り回った僕はへとへとになった。そして委員会決めでは保健委員になった。そしてオリエンテーション一日目があっという間に過ぎた。

 二日目のオリエンテーションはHRと部活紹介だった。HRでは旅行でどこに行って何をしたいのか話し合い、その後部活紹介を聞いた。部活紹介ではタッチフット部、ラグビー部、ボート部、水球部、柔道部、アルティメット部などいろいろあったが、僕の気を引いたのは陸上部だった。

 昼休み、僕は航平に話しかけた。

「何部に入ろうと思っているの?」

「走ることが好きだから陸上部入ろうかなって思っているんだけど、相川は何をやるのかな」

「うーん、迷っているのだけど、陸上部がおもしろそうだなって思ったところ。」

「じゃあせっかくだし陸上やりなよ。練習すればとてもうまくなれるよ」

「でもなーうまくなれるかな」

「やりたいと思って練習すればただ練習するより遥かにうまくなれるよ」

僕は陸上競技をやってみたくなった。その日の放課後、僕は航平とともに陸上部を見学しに行くことにした。

 放課後、航平とともに体育館に行くと、すでに先輩らしき人たちが練習を始めていた。その熱気に僕と航平は圧倒されたが、逆にその雰囲気が二人の迷いを一瞬のうちに消し去った。陸上部に入部したのだ。

 

 Ⅱ 初めての大会

 それから二ヶ月ぐらいは学校生活について行くことだけに必死だった。授業、部活、行事…僕たちはとても忙しかった。

 入学してから二ヶ月が経って、僕はだいぶ学校生活に慣れた。陸上部の練習にも本腰が入り、先輩たちの大会を見に行くようになった。初めて僕が見に行った大会は、都大会予選であった。

 都大会といえば区の大会を勝ち抜いてきたすごい人が集まるところだ。正直周りの雰囲気に僕は圧倒されてしまった。

 まずは第一戦。八百メートル×十人リレーはしっかり僕のチームが一位をとり、次の試合に進めた。次の試合も僕の学校のチームは圧勝だった。

 しかし次の第三戦が問題だった。相手は去年の都大会優勝校、A高校だった。ここで一位にならないと次の試合に進めない。それは敗退を意味する。

 僕たちは緊張しながら試合を見守っていた。そして僕の学校の代表がスタートの位置についた。そして

「よーい、パーン」

という合図とともに走り出した。

初めのほうは順調だった。しかしだんだんA高校に差を縮められていった。必死に振り切ろうとするものの、最後の最後で抜かれてしまい、惜しくも敗北してしまった。去年はA高校と決勝まで当たらなかったから、決勝で勝とうが負けようが関東の大会に出られたそうだ。しかし今回はそうはならず、この試合をもって高校三年生の人たちは引退となった。

 この時僕は敗北の怖さを知った。もちろん僕はまだ二回この大会に出ることができる機会がある。しかし一回負けてしまえばもうその大会は負けた側にとっては終わってしまうのだ。この時僕は、一生懸命練習して強くなって、高二でレギュラーの座を手に入れて、さらにその大会で絶対負けないようになろうと強く決意したのだった。

 

 Ⅲ 速く走りたい!

 その後の練習は今では考えられないほど自分を追い込んでいった。自分に常にプレッシャーをかけ続け、激しい練習をこなしていった。たとえば一日十キロメートル走ったり、フォームの改善をしたり、五十メートルを五秒台で走れるように走り込みをしたり筋トレをしたり…

一か月たつとさっそく成果が表れてきた。まず四百メートル走のタイムが三秒縮まった。そして五キロメートルマラソンを十六分で走れるようになった。そしてほとんどを高二が占めるレギュラーメンバー入りを、同じ高一のメンバーである航平と修治の二人とともに果たした。

その後も努力を続け、八か月後には僕は高一の中で一番足が速くなり、また高二のレギュラーの七人のうち四人は足の速さで抜いた。

しかし、ある日のことだった。僕は十キロメートルを航平とともに走っていたが、急に足に違和感を覚えて失速した。航平も

「どうしたんだ、体調でも悪いの?」

と心配してくれたが、僕は

「大丈夫さ。ちょっと疲れがたまっているだけさ」

と返した。事実、最初のうちは疲れがたまっていたのだろう、すぐに治るだろうと高をくくっていたのだが、走っていくとだんだんと足が痛くなっていって、途中で我慢が出来なくなってとうとう止まってしまった。一体自分の足に何が起こってしまったのだろうか、と僕は心配になった。

 

Ⅳ 怪我、そして大会不参加

急いで病院に行ったところ、レントゲン検査となった。検査が終わり、その結果を見た医師の口から出て来たのは、

「運動しすぎて骨に異常が出てしまったみたいだから、しばらく走るのはやめなさい。だいたい六か月ぐらいになるでしょう」

という言葉だった。僕はそのことにひどく衝撃を受けた。今年の夏の大会はあと四か月。夏の大会に出られないのはもちろん、その後二か月も練習できないのだ。僕はとても悔しかった。いや、悔しいという気持ちでは簡単に表せないようなつらい気持ちだった。これまで自分が積み重ねてきた練習はなんだったのか、六か月間自分は何をすればいいのか、そして六か月後に果たして今まで通り走ることができるのだろうか、そういった心配が頭をよぎった。

そこから三か月は本当に退屈だった。練習に行っても走ることができないから、ただ見ているだけだった。今までの積極性がどこかへ飛んで行ってしまったようだった。それほど心に穴が開いたみたいだった。本当につらい時期だった。もう陸上なんてやめたい、なんて思うこともあった。そうやって三か月間は本当に何もやらずに過ごした。そして三か月後、大会まであと一か月というところまで迫って来ていた。

三か月後、つまり大会まであと一か月になった七月のある日、陸上部内で四百メートル走をやった。足がはやい上位十名を選び、大会に出るリレーの選抜メンバーを決定するためだった。結果は一位から八位が高二の八人、そして九位が高一の航平、十位が高一の修治であった。つまり高一は二人が選抜メンバーに選ばれたのだった。

そこから一か月間、僕は練習がつまらないなどという気持ちは捨て、彼らの大会に向けた準備を全力で支えた。いままでだらだらと練習を見ていただけだった反省、つまらないと思うだけでは何も始まらないから何かやってみたいという気持ちもあったし、今回リレーに出られないだけで彼らを支えるという別の方法でチームに貢献することができると思ったからだった。練習フォームの撮影、タイムの測定、練習メニューの改善など、けがをした自分にできることはすべてやったつもりだ。そして次第に選抜メンバーの記録も伸びていった。その後一か月が経ち、とうとう大会の前日になっていた。

 

Ⅴ 二回目の大会

去年はこの競技場に立つ!と意気込んでいたのだったが、去年の段階では想像していなかったような形で大会に臨むこととなった。つまりは試合に出ずに応援をするという形で臨むってことだ。僕は走れなくて悔しいと思う気持ちもあったが、それよりも一か月間支えてきた仲間に頑張ってほしいと思っていた。そしてとうとう第一回戦が近づいていた。そして

「よーい、パーン」

というピストルの音とともに最初のリレーが始まった。

最初のリレーは圧勝であった。ほかの学校を余裕で引き離し、一位でゴールした。その後もどんどん勝ち進み、ついに決勝に進出した。ただ、その決勝の相手の高校のなかにはA高校、去年は三回戦でわが石高校を破り、その後も勝ち進んで都大会で優勝したあの高校もいた。

 リレーのメンバーは緊張していただろう。ただ僕は内心いけるんじゃないか?と思っていた。確かにいままで選抜メンバーを一か月支えてきた立場としては勝ってほしいと思っていた部分もあっただろう。でもそれ以上にメンバーたちの雰囲気が、僕に勝利を確信させてくれたのだった。

「よーい、パーン」

いよいよ対決が始まった。第一走者は航平。決勝には八つの高校がいたが、その中で唯一の高校二年生であった。でもそれを見せつけないような速さでほかの走者を退けていったように見えた。しかしA高校の走者だけは航平のほぼ後ろについていた。かろうじて一位のまま第二走者の修治にバトンを渡した。

 修治も粘ったが、四百メートルほど行ったところでA高校の走者に抜かれてしまった。ただその後もA高校に抜かしかえしたり抜かれたりの繰り返しだった。

 そしてA高校が先頭でアンカーにバトンを渡した。A高校も石高校も学校一を誇る走者だ。小競り合いが続いていたが、最後、横に並んだ。そして、ゴールした。どっちが勝ったかわからなかった。審判が議論しても結論が出なかったから、ビデオ判定になった。ゴールの横にあるビデオを見て、どちらのアンカーが先に線を越えたかを見るのだ。

 審判団がビデオ判定をすると言ってからなかなか結論が出なかった。どうしたものかと思っていると、二十分待たされてやっと審判団から案内があった。

「ただいまの結果は、ビデオでもどちらがはやかったかの判定ができなかったため、引き分け、引き分けです。A高校と石高校のみ再試合を三日後に行い、優勝者を決定します。それ以外は今回の順位に基づいて五位までの入賞校が決定となります。」

―ということは、また走るの?今日で決定しないの?

ただ、会場を借りている関係もあってこれ以上今日は試合を続行することは無理なんだと思い、三日後の再試合に向けえて準備をすることにした。

三日間はもちろん練習の手伝いもしたけれど、選抜メンバーはできるだけ休むようにしていた。今まで十分練習していたし、これ以上練習するとばててしまって再試合で全力を出せなくなってしまったら困るからだ。

 

Ⅵ 再試合

そしてとうとう再試合の日がやってきた。天気は曇り。暑すぎず、ちょうど良い天気だ。

開始は十時だったが、僕は張り切って八時に部員用の応援席につき座っていた。部員用の席だからもちろん遅く着いたって席が埋まっているわけはないのだが、メンバーでもないのに僕はたいそう緊張していた。

八時半になるとメンバーがやってきて準備体操を始めた。そして一回リレーの練習もした。今までで最高のタイムだったからいける、僕はそう確信していた。

とうとう十時になった。第一走者がスタートの位置についた。僕も固唾をのんで見守る。

そして

「よーい、パーン」

この音とともに、航平とA高校の第一走者は走り出した。

 

―続く

――――――あとがき――――――

初めに、この小説を読んでくださりありがとうございます。

このような長い(まだこの話は続きます!) 小説を考え、書いたのは初めてですが、意外とすらすら書くことができてほっとしています。ちょっとくどかったり、逆に単調だったりする部分があるかと思います。自分の文章力のなさを実感しました。(今後は頑張らねばと思います。)

さて突然ですが、この話の続きを紹介します。このリレーが終わり、(結果は次回までのお楽しみということで伏せさせていただきます) また相川(この話の中の語り手、つまり「僕」として出てきている人です) もけがから復活して、今度は全国大会優勝を狙います。そこにはたくさんの壁がありますが、それを見事に乗り越えていく、そういう話です。ぜひ次回作にもご期待ください!

 

気ままなたけのこ



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