目次
大事なお話
鏡の法則
男と女
男と女 ここがちがう
究極の浮気防止法
エッチの回数
ブスの25箇条
夫を早死にさせる10か条
お笑い
オチが秀逸なお話
幸福のメール(お笑い編)
大人の会話 
心理テスト『窓』
心理テスト『森と林』
読み物日記
占いで運勢が悪いといわれて落ち込んでる人へ
クリスマスの思い出
かっこいいオッちゃん
落としたサイフが戻ってくる確率を5倍も高める方法
四次元の世界
新しい使い方を提案
最後の授業
藤田隆志さんの講演会
カジノはv( ̄ー ̄)v
仁義
雲の消し方
心が温かくなるお話
赤ちゃんの詩
この気持ち伝えたい
子犬と男の子
子供を教える真の教師
喜ばれるお金の使い方
1番大切な10円玉
りんごの木と男の子の物語
天国からのビデオレター
『詐欺』『金庫破り』『暖かいスープ』
新しいウサギとカメの物語
二人の天使
自分らしく生きるために
イチローの作文
イチローの姿勢
イチロー名言集
マジックジョンソンの言葉
メキシコのジョーク(夢の先取り)
勝者と敗者
答えは全て自分の中にある
勝利者は常に諦めない
もう一度人生をやりなおせるのなら
極楽と地獄の岐れ路
自分の意志で選択した人生
お勧めの本
イヌが教えるお金持ちになるための知恵
マーフィーの黄金律
楽しく生きよう♪笑顔が一番
天使の指輪
奥付
奥付

閉じる


<<最初から読む

31 / 49ページ

『詐欺』『金庫破り』『暖かいスープ』


『詐欺』『金庫破り』『暖かいスープ』


3つの素敵なお話をシェアします。

 

 

「詐欺」

 

アルゼンチンのプロゴルファー、ロベルト・デ・ビンセンツォはあるトーナメントで優勝し、
賞金の小切手を受け取って帰る準備をしていた。
彼が一人で駐車場に向かっていると、一人の女性が彼に話しかけてきた。
彼女は彼の勝利をたたえた後、
自分の子供は重い病気にかかって死に掛けているが
お金がないために、医者に見せることもできないのだ
と彼に伝えた。
それを聞いて哀れに思ったビンセンツォは
「これが子供のために役立てば良いのだけど」といって、
獲得したばかりの賞金の小切手を彼女に握らせた。
 翌週、彼がカントリークラブで食事をしていると
テーブルにゴルフ協会の職員がやって来た。
「先週、駐車場にいたやつらが、君がトーナメントで勝った後、
そこで若い女性に会っていたといっていたが・・・」
ビンセンツォはうなずいた。
「実は」と職員は続けた。
「彼女は詐欺師なんだ。病気の赤ん坊なんていないんだ。
結婚すらしていないんだよ。君はだまされたんだ」
「すると、死に掛けている赤ん坊なんていないのか?」
「そのとおりだ」
すると、ビンセンツォは笑いながらこう言った。
「そうか。そいつは今週で一番の良い知らせだ」と。

 

 

 

「金庫破り」

 

あるところに、開けられない金庫はないと言われる金庫破りがいた。
男の仕事はすばやく、都会の金持ちや警察に噂される人間だった。
男の名前はジミーバレンタイン。
 ある日、ジミーは田舎へ仕事に出かけた。それとなく街の様子を伺
いながら、銀行へ立ち寄ったとき、彼は出てきた女性に目を奪われた。
彼女は銀行の経営者の娘だった。
 その美しさに見せられたが最後、彼は仕事をすっぱり辞めた。
街の靴屋になった彼は、周囲にラルフ・スペンサーと名乗ることにした。
1年後、ラルフは彼女と婚約し、前途ある美しいカップルとして羨ましが
られた。
 結婚が迫ったある日、彼女の銀行に最新式の金庫が届けられた。
それを見に集まった人の後ろに、笑みを浮かべた一人の男が立っていた。
ジミーを追い、彼を捜し続けた探偵だった。
その時事件は起こった。
 大人達が金庫の前でナンヤカンヤと話している隙に、少女が金庫の中に
閉じこめられてしまったのだ。
泣き叫ぶ子供の声が響き、パニックになる母親。
「隣町まで行かないと、カギは開かない」
「その間にこの子は窒息してしまうわ!」
その時、若く美しい婚約者が彼をじっと見つめた。どうにかならないの?
その瞬間、彼の心は決まった。
彼は彼女の髪につけられていた薔薇のピンと取ると、友人に渡すはずだった
七つ道具のアタッシュケースを開けた。
唖然としてる周りを無視して、彼はいつものように金庫に向かい始めた。
5分ほどすると、金庫はいとも簡単に開いて、ドアが開いた。
歓喜の声が上がる中、彼はそっと銀行を出た…
その後ろ姿に探偵が声をかけた。
「どちらへ行かれるんです」
「やあ…あなたでしたか。丁度警察へ行こうと思っていたんですよ」
「…何のことを言っているんですか?末永くお幸せに、ラルフ・スペンサーさん」

 

 

 

「暖かいスープ」

 

フランスに、一人の日本の留学生がいた。
彼が渡仏したのは、第二次世界大戦が終結して間もなく、日本がオリンピックに
参加することもままならなかった頃のこと。
 彼が最初に訪れた下宿先では、彼が日本人と分かるや否や断られた。
「夫の弟がベトナムで日本人に虐殺された。あなたには何の恨みもないが
この家に日本人をいれたくないのです」
 その後住居は定まったが、貧しい学生生活を送ることになった。
彼は大学から少し離れたレストランで毎週土曜は夕食をとった。
そこは若い娘と母親が営む小さな店で、パリの雰囲気を漂わせていた。
彼は「今日は食欲がないから」などと言いながら、いつも一番安いオムレツを注文
した。
 ある夜のこと。通い慣れたそのレストランで、娘さんが黙ってパンを二つ出した。
パンは安いので、会計の時にそのまま支払うことにした。食事がすみ、レジの前で二
つ分のパンの料金を払おうとすると、他の客に分からないように人差し指を口にあて、
目で笑いながら静かに首を振り、一人分の料金しか受け取らなかった。彼は、かすれ
た声で「ありがとう」と言った。それ以降、いつも半額の二人前のパンが出た。
 何ヶ月か経った冬の寒いある晩。彼は無理に明るく笑いながら、オムレツだけ
注文した。店には他に二組客がいたが、どちらも暖かそうな肉料理を食べていた。
その時、店のお母さんの方が湯気の立つスープを持って近寄ってきて、
震える声でそれを差し出し、小声でこう言った。
「お客様の注文を取り間違えて、余ってしまいました。よろしかったら
召し上がってください」
小さい店だから、注文を取り間違えたのではないことくらい、よく分かる。
目の前に置かれたどっしりとしたオニオンスープは、ひもじい彼にとって
どんなにありがたかったことか。涙がスープに落ちるのを気づかれぬよう、
彼は一さじ一さじ噛むようにして味わった。

仏でも辛い目に遭ったことはあるが、この人たちのさりげない親切ゆえに、
私が仏を嫌いになることはないだろう。いや、そればかりではない。
人類に絶望することはないと思う。

 

 


エンジェルカズキは3つ目のお話のような出来事を、昔、リアルで体験しました。
このお話をよんで当時の記憶がよみがえってきました。
自分がしてもらったように、さりげない親切を人に、
たとえ見ず知らずの人にでも、これからしていきたいです。
そうすることが、自分がしてもらった親切にたいする、1番の恩返しだと今おもいました。
このことを、これからの生きる指針にしていきます。

 

 


新しいウサギとカメの物語


小林正観さんの本の中からお気に入りの物語を載せさせていただきます。


『 ウサギとカメ  』

 

もしもしカメよカメさんよ
世界のうちでおまえほど
あゆみののろいものはない
どうしてそんなにのろいのか

という歌詞で始まるウサギとカメの物語があります。


カメはこう答えました。

なんとおっしゃるウサギさん
そんんあらお前と駆けくらべ
むこうのお山のふもとまで
どちらが先に行き着くか

ウサギはこう考えます。

どんなにカメが急いでも
どうせ晩までかかるだろう
ここらでちょっとひと眠り
グー グー グー グー
グー グー グー

と、ウサギさんは寝込んでしまうのです。


その結果として、

これは寝すぎた しくじった
ピョン ピョン ピョン ピョン 
ピョン ピョン ピョン 

と追いかけて行ったのですが、すでにカメさんはゴールインしていました。

 

あんまり遅いウサギさん
さっきの自慢はどうしたの

と言ってカメはニッコリ笑うのです。

 

カメはウサギと駆けくらべをして勝利者となったのでした。


これがウサギとカメの物語です。
ここまでは良く知られた話。
ここから先は小林正観さんの創作話。

 

さて、月曜日にその競走をしたウサギとカメなのですが、
ウサギが「火曜日にもう一度競争をし直そう」と提案します。
カメさんは「ああ、いいよ」と言って、翌日また同じスタートラインに立つことになりました。
ウサギさんは、「よーい、ドン」の掛け声とともに
「今度は絶対に寝ないぞ」と覚悟を決めて、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン、
全く寝ないでまさにあっという間にゴールインしてしまいました。
カメはゆっくりと、でも一生懸命走り、ウサギのあとに何時間もたってからやっとゴールインしました。
ウサギは「どんなもんだ。まともに走ればやっぱり俺の方が速いだろう」と自慢します。
カメは頭をかきながら「やっぱりウサギさんにはかなわないね。」と、こちらも微笑み返しました。

 

この物語はこれでは終わりません。

 

今度は、負けたカメがこういう提案をするのです。
「明日もう一回走らないか」
絶対に負けることがないであろうと完全に自信を取り戻した
ウサギさんは、
「いいよ、何回でも何十回でも挑戦を受けてやる」
といって、水曜日に3回目の競争にのぞむことになりました。
水曜日、2人は「よーいドン」でスタートします。
気を抜かないでちゃんと走ったウサギさんは、やはりあっという間にゴールインしました。
カメさんはそれから何時間もかかって、やっとゴールインするのです。
ところが、昨日は少しガッカリしたような顔をしていたカメさんが、
なぜかとても嬉しそうに、楽しそうにゴールインするではありませんか。
何時間も待ちくたびれていたウサギさんでしたが、
カメさんのこの上機嫌な顔を見てとても不思議に思いました。
そして聞くのです。
「なんで君は昨日に比べてそんなに楽しそうな顔をしているんだ」
カメは答えます。
「いやあ、昨日走った時間よりも、今日のほうがずっと速く走ることができたんだ。
 自己の最高記録を更新したと言うことなんだ。」
ウサギさんはこの言葉に衝撃を受けました。
そして、勝った方でありながら、ウサギさんは「明日の木曜日、もう1回走ろう」と提案するのです。
カメさんは快く引き受け、4回目の競争が木曜日に行われることになりました。
「よーいドン」
ウサギさんは、ただひたすら走り続けました。
カメさんはまただいぶ遅くなったのですが、ウサギさんはとても満足そうに、
ニコニコしてゴールのところで待っていました。
カメさんが汗をかきながら(カメが実際に汗をかくかは定かでありませんが)たどり着くと、
ウサギさんはニコニコしていて上機嫌な様子です。カメさんが聞きました。
「今日はずいぶん機嫌が良いのだね。なんでそんなに楽しそうなんだい」
ウサギはこう答えました。
「うん、昨日君に教えてもらったように、今日ぼくは一生懸命走って自己記録を更新したのさ。
 今まで出一番速くこの距離を走ることができたよ。ありがとう。」
「ああ、それはよかったね。」
と、この日は2人ともいい笑顔で終わりました。
さらにカメさんは、「明日も走らないか」と提案するのです。
「きっとカメさんは何か考えているのだろう」と思い、ウサギさんも快く承諾し、
またまた金曜日に2人で走ることになりました。
金曜日、スタートラインに立とうとしたウサギさんは見張りました。
カメさんが仲間をたくさん連れてスタートラインに並んでいたのです。
「みんなで楽しく走ろうと思ってね。ウサギさんといくら争っても勝てるわけはないから、
 ぼくの仲間を呼んできて、みんなで走ろうと思ったんだ。」とカメさんは言いました。
「ああ、それは面白い考えだ」とウサギさんは思いました。
もちろんウサギさんは全力疾走をして先にゴールしたのですが
一人で先に待っているウサギさんは、寂しさを感じずにいられませんでした。
それから何時間もたって、多くのカメさんたちがぞろぞろとゴールインしてきたのです。
みんな笑顔でおしゃべりをしながら、とても楽しそうに、ゆっくりゆっくりとゴールインしてきました。
 同じ競争をするのでも、こんなに楽しい競争の仕方があるのだ。
同じような仲間と走ったら楽しいのではないか?ウサギさんはそう考え、今度はカメさんにこう提案します。
「明日も、もう1回走ってくれないかい」
カメさんはもちろん「いいよ」と答えました。
そして土曜日。6回目のかけっこになります。
なんとこの日はウサギさんが仲間をたくさん連れてきました。
カメさんも仲間をたくさん連れてきたので、
二つのグループがそれぞれのグループで楽しみながら走ることになりました。
ウサギさんたちも速いのは速いのですが、全力疾走ではなく、
ジョギング程度の速さで、皆で談笑しながら走るのです。
もちろんカメさんたちも、話をしながら、途中で景色を見たり、
お弁当を食べたりしながら、ゆっくりと走り続けたのでした。
土曜日の夕方、レースが終わってウサギさんとカメさんはこう言うのです。
「明日の日曜日、もう一回みんなで集まらないかい」
「うん、ぼくもそう考えていたところだ。明日もう一度集まろう」
日曜日がやってきました。いよいよ7回目のレースです。
朝、顔を合わせた2人は、全く同じことを言い出しました。それはこういうことでした。
「よく考えてみたら、競い合って、比べあって、争いあって走り続けるのって、意味がないのではないか?
 ウサギはウサギ同士で、カメはカメ同士で楽しく走ると言うことに喜びや幸せを感じてしまったのだけれども、
 そういうふうにみんなが集まって楽しい時間を過ごすためには、
 何も競争というかたちを取らなくてもいいような気がする。
 みんなでお弁当を食べたり、景色を楽しんだり、咲いている花を愛でて、
 楽しい会話をし、助け合いながら何かをする。
 そういう時間がとても楽しいのではないだろうか?競争することに何か意味があるのだろうか」
結局2人はそういうことに気が付いたのでした。
「確かに僕たちは、最初に競争して走るということをしなければ、このことに気づかなかったかもしれない。
 でも、毎日競争しているうちに、こんな簡単なことに気が付いたのだね。」
そしてウサギさんとカメさんはニッコリと笑い、お互いに固くがっちりと握手をして別れたのでした。

 

新しいウサギとカメの物語が、21世紀初頭のこれから、始まるのです。


二人の天使

二人の天使

ステキなお話しがありましたのでシェアしたいと思います。
 
 
みんながちょっと動けば・・・大きく変わる!!
みんなを動かす、その最初の一歩は
一人のちょっとした行動からなんだと思いました。
 
このお話しを読んだあと、
自分の背中に翼があることに気づける人でありたいです。
 
 
 
--------------------------------------
 
 
 
「無力と微力の二人の天使」
 
 
 

その街に二人の天使が舞い降りた。
 
その街に降りてから天使は十月十日眠り続けた。
 
目を覚ますと、天使は自分が天使であることを忘れていた。
 
天使が舞い降りたその街はゴミだらけの街だった。
 
あまりにものゴミの多さや、人の心に天使は悲しくなった。
 
 
 
 
 
一人の天使は自分を「無力」と呼び始めた。
 
一人の天使は自分を「微力」と呼び始めた。
 
 
 
 
 
無力の天使の口癖は
 
「私だけがゴミを拾ってもしょうがない」
 
微力の天使の口癖は
 
「私は私が出来ることをやってみるわ」
 
 
 
 
 
無力の天使はゴミだらけの街を見て絶望を感じて
 
街から目をそらして、毎日空をながめていた。
 
微力の天使は一度は絶望を感じたものの
 
一日一個、ゴミを拾い始めた。
 
 
 
 
 
一年後、無力の天使は空の素晴らしさをいっぱい知った。
 
朝日の美しさ、夕日の美しさ、虹がかかった時の素晴らしさ。
 
一年後、微力の天使は微笑んだ。
 
街から365個のゴミが無くなった。
 
 
 
 
 
それから一年、
 
さらに無力の天使は空の素晴らしさをいっぱい知った。
 
空や雲の変化を面白いなと見つめていた。
 
その頃、微力の天使は
 
毎日「ありがとう」って言いながら毎日を過ごしていた。
 
 
 
 
 
それは、微力の仲間がいっぱい増えたから。
 
「一緒に拾うよ、私の力も微力だけど」
 
10人の微力達が一緒に拾った。
 
一年たったら3650個のゴミが無くなった。
 
 
 
 
 
それから、一年、無力の天使は空の美しさだけでなく、
 
街の美しさにも気づき始めた。
 
街がピカピカになっていた。
 
なんと、街では1000人がゴミを拾っていて、
 
一年間で365000個のゴミが無くなって
 
大変の意味が変わっていたのです。
 
 
 
 
 
微力の天使は言いました。
 
「始めはゴミを拾うのは大変でした。」
 
「でも、今は拾うゴミを見つけるのが大変です。」
 
この街はある日から、ゴミを拾う人も増えたけど、
 
ゴミを捨てない人も増えたのです。
 
 
 
 
 
あの人が拾っているゴミは私が捨てたゴミ。
 
私はゴミを拾うことは出来ないけれど、
 
ゴミを捨てるのをやめよう。
 
微力の天使は誰も否定をしませんでした。
 
微力の天使は自分が出来ることをやっただけなのです。
 
 
 
 
 
無力の天使の心に変化が生まれました。
 
無力の天使の心から絶望が消えていったのです。
 
そして、無力の天使も「ありがとう」を言いました。
 
ゴミを拾ってくれてありがとう。
 
お礼に無力の天使は
 
微力の天使に空の美しさを教えてあげました。
 
 
 
 
 
次の日、二人の天使はゴミを拾いました。
 
正式には、ゴミを探すために歩きました。
 
しかし、ゴミは見つかりませんでした。
 
夕方になると、空がピンク色になりました。
 
素敵な空を見ながら、二人の天使は幸せを感じました。
 
 
 
 
 
ぴかぴかの街と、美しい空を見ながら
 
二人の天使は二つのことを学びました。
 
自分を無力という天使は言いました。
 
「あなたが動いてくれたから、この街は天国になったんだ
 
 天国は動いたら創れるんだね」
 
 
 
 
 
自分を微力という天使も言いました。
 
「私は下ばかり見ていたから空の美しさを知らなかった。
 
 でもあなたが空の美しさを教えてくれたから
 
 気づけたことがあるよ。
 
 それはすでにここは天国だということ」
 
 
 
 
 
今はすでに天国
 
そして、動けばさらに天国が増える。
 
二人の天使は少しだけ
 
自分の背中に翼があることに気づけました。
 
あなたは天使だよ。
 
あなたこそ天使だよ。
 
みんな天使だね。
 
この言葉を読んでいるあなたも天使。
 
そう、みんな天使。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
読んでいただいて、ありがとうございます♪
 
ステキな日本にしたいですね☆
 

※この詩は著者のてんつくまんさんから
 自由に転載引用してもらってもいいと許可をもらっていますので
 あなたの素敵な仲間にも広げていってください。
 
 

イチローの作文

 

僕 の 夢
 
                      愛知県西春日井郡とよなり小学校
                             6年2組  鈴木一朗
 
 僕の夢は、一流のプロ野球選手になることです。
 そのためには、中学、高校と全国大会に出て、活躍しなければなりません。
 活躍できるようになるためには、練習が必要です。
 
 僕は3才の時から練習を始めています。
 3才から7才までは半年くらいやっていましたが、3年生の時から今までは、
 365日中、360日は激しい練習をやっています。
 だから、1週間中で友達と遊べる時間は、5~6時間です。
 そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。
 
 そして、中学、高校と活躍して、高校を卒業してからプロに入団するつもりです。
 そして、その球団は、中日ドラゴンズか西武ライオンズです。
 ドラフト入団で、契約金は1億円以上が目標です。僕が自信のあるのは、投手か打撃です。
 
 去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。
 そして、ほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会NO1選手と確信でき、
 打撃では、県大会4試合のうち、ホームラン3本を打ちました。
 そして、全体を通した打率は5割8分3厘でした。
 このように、自分でも納得のいく成績でした。
 
 そして、僕たちは、1年間負け知らずで野球ができました。
 だから、この調子でこれからも頑張ります。
 
 そして、僕が一流の選手なって試合に出られるようになったら、
 お世話になった人に招待券を配って、応援してもらうのも夢の一つです。
 とにかく、一番大きな夢は、プロ野球の選手になることです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「とにかく、一番大きな夢は、プロ野球の選手になることです」

 

小学6年生にして、はっきり自分の夢や目標を明確にして、
日々それに向けてぶれることなく行動しているのが凄いです。

イチローは自分が一流の選手になって試合にでている姿や、
お世話になった人に招待券を配って、応援してもらっている場面なども
小学6年生の時点で具体的にイメージングできていたんですね。


エンジェルカズキが思うイチローの本当の凄さは

「そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います」

「必ずプロ野球の選手になれると思います」この言葉が出るまで練習をしていることです。

やる気がその気に変わるまで、練習や準備をとことんする。

エンジェルカズキはイチローが大好きです☆

 


イチローの姿勢


イチローは野球選手ですが、イチローの考え方や行動(姿勢)は、
あらゆる分野での模範になるなると思います。


そんなイチローの姿勢を象徴するエピソードを紹介します。

人間力.com より転載します。

 

中村豪(愛工大名電、豊田大谷高校野球部硬式野球部元監督)

の話した言葉です。


 

■高校時代のイチロー
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 愛知工業大学名電高校、豊田大谷高校で
 野球部監督を務めた31年間、
 部員たちに口酸っぱく言ってきた言葉がある。

 


「やらされている百発より、やる気の一発――」

 


 いくら指導者が熱を入れても、選手側が
 「やらされている」という意識で
 ダラダラ練習をしていたのでは何の進歩もない。

 


 やる気の一発は、やらされてすることの百発にも勝る。

 


 そのことを誰に言われずとも実践し、
 自らの道を開拓していったのが高校時代のイチローだった。

 


 彼と初めて出会ったのは昭和63年、私が46歳の時である。


「監督さん、すげーのがおるぞ」というОBからの
 紹介を受けた私の元へ、父親とやってきたその若者は、
 170センチ、55キロというヒョロヒョロの体格をしていた。


 こんな体で厳しい練習についてこられるのか、
 と感じたのが第一印象だった。

 


 私の顔を真剣に見つめながら

 


「目標は甲子園出場ではありません。
 僕をプロ野球選手にしてください」

 


 と言う彼に、こちらも「任せておけ」とはったりを噛ました。


 700人以上いる教え子のうち、14人がプロ入りを果たしたが、
 自分からそう訴えてきたのは彼一人だけだった。

 


 愛知には三強といわれる野球伝統校があるが、
 彼が選んだのは当時、新興チームだった我々の愛知名電高である。

 


 監督の私が型にはめない指導をすること。
 プロ入りした選手の数が全国随一だったこと。
 実家とグラウンドの距離が近かったこと。
 3年間寮生活をすることで、自立心を養い、
 縦社会の厳しさを学ぶこと。

 


 すべてあの父子の、熟考を重ねた末の選択であった気がする。

 


■グラウンドに幽霊が出る?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 鳴り物入りで入部したイチローは、
 新人離れしたミートの巧さ、スイングの鋭さを見せた。

 


 走らせても速く、投げては130キロ近い球を放る。


 1年秋にはレギュラーの座を獲得し、
 2年後にはどんな選手になるだろう、と期待を抱かせた。

 


 一方、彼の父親は毎日午後3時半になると
 必ずグラウンドへ駆けつけ息子を見守った。


 打撃練習ではネット裏を、投球練習ではブルペンを陣取り、
 逐一メモを取っている。

 

 まるで、監督の監督をされているようで
 あまり気分のいいものではなかった。

 


 非凡な野球センスを持っていたイチローだが、
 練習は皆と同じメニューをこなしていた。

 

 別段、他の選手に比べて熱心に打ち込んでいる様子もなく、
 これが天性のセンスというものか、と私は考えていた。

 

 

 

 そんなある日、グラウンドの片隅に幽霊が出るとの噂が流れた。

 


 深夜になり私が恐る恐る足を運んでみると、
 暗がりの中で黙々と素振りに励むイチローの姿があった。

 

 結局、人にやらされてすることを好まず、
 自らが求めて行動する、という意識が抜群に強かったのだろう。

 


 その姿勢は日常生活の中でも貫かれており、
 彼は人の話はよく聴くものの、それを取り入れるべきか、
 弾いてしまうべきかについての判断を非常に厳しく行っていた。

 


 友達同士で話していても、自分の関心のないことに話題が及ぶと、
 ふいとどこかへ消えてしまう。

 

 

 そんな、わがままとも、一本筋が通っているともいえる
 「選択の鋭さ」が彼には備わっていたのだ。

 


「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」といわれるが、
 スポーツはただ練習量をこなせば上達していくものではない。

 

 監督の役割はチームを束ねることだけで、
 本人が真に成長するポイントは教えて教えられるものではないのだ。


 自分自身との日々の戦いの中で、
 本人が掴んでいくより他、仕様がないのである。

 

 


「センター前ヒットならいつだって打ちますよ」
 と豪語していた。

 

 

 

■金字塔の陰にあるもの
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 プロ入り後の活躍は皆さんもご承知のとおりだが、
 入団1年目に彼は首脳陣からバッティングフォームを
 変えるようにと指示を受けたらしい。

 

「フォームを変えるか、そのまま二軍へ落ちるか」


 と厳しい選択を迫られた彼は、フォームの修正を拒否し、
 自ら二軍落ちの道を選ぶ。そしてその苦境の中から
 あの振り子打法を完成させるのである。

 


 その後も評論家からは「あんなフォームで打てる訳がない」
 などと酷評されたが、結局彼は自分の信念を押し通し、
 球界に数々の金字塔を打ち立てた。


 その根っこには、人並み外れた彼の頑固さと、
 野球に対する一徹な姿勢があるのだと思う。

 

 

 

 高校時代のイチローを思い出す時、必ず浮かんでくる場面がある。
 彼にとって高校生活最後の県大会。

 

 決勝戦で敗れ、惜しくも甲子園行きを逃したナインは
 試合後、抱き合いながら号泣していた。

 

 

 イチローはうな垂れる選手たちを尻目に応援団席に歩み寄り、
 ユニフォームを着れなかったたった一人の同級生に
「ごめんな」と声をかけていた。

 


 涙一つ見せず、その表情は実にさばさばとしたもの。
 あの時、イチローの目はすでに、
 プロという次なる目標を見据えていたのだろう。

 

 

 

 今年、イチローは大リーグで日米通算3,000本安打という
 偉業を達成したが、これも彼にとっては
 単なる通過点にしかすぎないのだと思う。

 


 いまや世界のスーパースターになったにも関わらず、
 彼は毎年正月になると私の元を訪ねてくる。


 その姿勢はどこまでも謙虚で少しも驕るところがない。

 


 私がイチローを育てたと言われることがあるが、
 私は彼のことをただ見守ったにすぎない。
 私のほうが逆に、彼に教えられたことばかりである。

 



読者登録

エンジェルカズキさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について