閉じる


自分が親だったら、できない気がする。

わたしは、甘えん坊

 

いつも、母親のそばにいます。

 

人見知りで内向的。

 

人が多いところは、大嫌い。

 

学校行っても、いつも泣いて帰ってくる。

 

スポーツできても、勉強できない。

 

 

 

だから、

 

 

「学校行きたくない」、って、

 

 

よく言う。

 

 

温かい日差しが降り注ぐ、

 

 

小学2年の5月。

 

 

今日は、何だか

 

 

「学校に行きたくない。」

 

朝から、泣きちらして、

 

母に訴える。

 

 

母も負けじと、学校に行かせようと

 

無理やり着替えをさせようとする。

 

 

だが、その日の私は、一味違っていた。

 

 

脳は、身体の安全のため、最大でも、

 

力の80%しか出せないように

 

制御しているらしい。

 

 

しかし、そのときの私は、

 

100%の力で抵抗していた。

 

 

さすがに母も諦めた。

 

 

平日ですが、

 

 

学校に行かないことが

 

 

決定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

朝の激しい攻防も落ち着き、

 

昼頃になると、

 

 

母が突然、、

 

 

 

「公園に行こう」

 

 

と、言い出しました。

 

 

見ると、そこには、

 

銀紙に包まれた、

 

できたてのおにぎりと水筒が

 

置いてありました。

 

 

 

 

「うん!!」

 

 

 

わたしは、喜んでうなずきました。

 

 

 

普段遊んでいる公園よりも、遠く、

 

今までに行ったことのない、

 

大きな公園でした。

 

 

母に連れられて向かった場所は、

 

整ったキレイな芝生と、湧水が流れる広場でした。

 

 

 

「おにぎり食べよっか!」

 

 

 

母に差し出されたおにぎりを

 

猛烈な勢いで食べる。

 

 

お腹が満たされたところで、

 

 

 

「なぜ、今日学校に行きたくなかったのか」、

 

 

母に尋ねられる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そこにあるのは、

 

温かい日差しと、

 

きれいな湧水に足をつっこむ、

 

お腹が満たされた状態の

 

母と子。

 

 

何をするでもなく、

 

何をいうでもなく、

 

 

平日の真昼間に

 

 

 

ボッーーーーーと空を眺める

 

 

母と子。

 

 

 

学校に行く気力がなくなっていたわたしが、

 

 

 

 

もっとも欲しかった時間

 

 

 

 

それを与えてくれた

 

 

 

 

すごい母親

 

 

 

なんです。

 


その道を通る確率20%

今日の天気予報

 

 

くもり

 

 

降水確率

 

 

50%

 

 

「雨降るかも知れないから、傘持ってきなさい」

 

 

「大丈夫。今降ってないから」

 

 

 

こんな成立していない会話は当たり前だった、

 

 

小学3年生の冬。

 

 

その日のわたしは、

 

降水確率50%という微妙な空模様でも、

 

なぜか、雨が降らないと自信をもっていた。

 

 

学校に着き、午前中の授業が始まる。

 

雨は降っていない。

 

このままいけば、わたしの勝ちだ。

 

天気と勝負を挑む小3の冬。

 

授業が終わり、下校する頃には、

 

わたしの負けが決まっていた。

 

 

 

まぁまぁの雨量。

 

 

 

傘もってない。

 

 

 

人に借りるなんて、夢のようなことは、

 

考えてもいなかった。

 

内向的な人間が次に取る行動は、

 

決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにわたしの家と学校までの距離は、

 

学年で1番遠かった。

 

 

「そのため、帰り道のルートはたくさんあった。」

 

走ることには、自信があったが、

 

志半ばで、バテる。

 

 

 

そこからは、何の抵抗もせず、

 

 

 

ただただ、雨水にボコボコにされる。

 

 

心が冷え切っているとき、数十メートル先に、

 

車が見えた。

 

そのときは、行く手を阻む障害物にしか見えなかったが、

 

近づいていくにつれ、見慣れた車であることに気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うちのくるま?

 

 

 

 

いやいや、そんなはずはない。

 

 

 

 

わたしが今日、この帰り道を選んで、

 

下校することは知らないはず。

 

先回りなんて、できるわけがない。

 

 

 

疑いに満ち溢れた表情で、

 

もう一度、注意深く車をみる

 

 

 

 

 

 

運転席に

 

 

 

 

 

母が座っている。

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

嬉しくなって、急いで車のドアを開ける。

 

 

 

「寒かったでしょ。早く乗りなさい。」

 

 

 

その言葉と同時に暖めてあった、

 

ホッカイロを手渡される。

 

 

嬉しくて嬉しくて、どうすればいいかわからない。

 

 

「ありがとう」の一言が

 

恥ずかしくて、いえない。

 

 

わたしができることは、

 

母の隣で、無邪気に喜ぶだけ。

 

 

 

 

そしてこの日以降、

 

雨の日に母が迎えにくることはなかった。

 

 

それでもわたしは、

 

 

雨が降ると決まって、

 

 

母が迎えにきてくれたルートを選んで

 

 

帰るのでした。

 


なぜ、自分の思い通りになると思ったのだろう。

計算が苦手で、

 

体育が得意だった、

 

わたし。

 

 

計算が苦手で、

 

音楽が得意だった、

 

はは。

 

 

ある種の遺伝を感じた

 

小5の秋。

 

 

家庭訪問で、うちに先生が来ていた。

 

 

わたしは外で、友達と遊んでいた。

 

先生が帰り、母に何を話していたのか、

 

聞いてみた。

 

 

 

 

 

「お母さん、音楽の先生になるんだよ」

 

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

わたしの母は、昔、音大に通っていて、

 

ある程度のことは、教えることができる。

 

そのことを聞いた担任が、秋に行われる

 

合唱際の特別講師として、

 

我がクラスの合唱指導をしてもらえないかと、

 

お願いしたのである。

 

 

小さい頃から、音楽の先生になりたかった、

 

母にとって、願ってもないチャンスだった。

 

 

 

何も考えず、二つ返事をした母だったが、

 

反抗期を迎え出したわたしの心は、

 

複雑な思いを抱えていた。

 

 

しばらくすると、本格的な練習が始まり、

 

母が学校にやってきた。

 

音楽室に移動し、早速、合唱の指導を始める。

 

和気あいあいとした雰囲気で、指導が始まり、

 

無事に終わる。

 

そして、その後、驚くべきことが起こった。

 

 

クラス中から母が称賛されたのである。

 

 

仲の良い友達から、あまり話したことのない子まで。

 

 

 

 

母の子どもの扱いのうまさには

 

脱の帽のすけである。

 

 

 

めったに起きない出来事に、

 

「いやいや、全然良い母親じゃないよ」、と

 

嬉しさを隠しながら言う、わたし。

 

 

 

 

これぞ、

 

 

 

 

THE思春期。

 

 

 

 

そして、この思春期が災いをもたらすことになる。

 

 

 

合唱の練習が進み、順調に進めば進むほど、

 

母の評価が、うなぎのぼりになる。

 

 

 

わたしは段々と、

 

母が学校にくることに、

 

抵抗を感じるようになる。

 

 

 

母親が褒められる気恥ずかしさに

 

耐えられなくなってきたのである。

 

 

 

そして、底なしのように上がっていく、

 

母の評価を自分がわがままになることで、

 

落とそうとしたのである。

 

 

 

 

その具体的な方法とは・・・

 

 

 

 

 

 

合唱際不参加。

 

 

 

 

 

自分で言うのもアレですが、

 

 

 

 

 

スケールが小さい。

 

 

 

 

 

それでも、クラス全員絶対参加の行事を

 

何の理由もなく休むわけなので、

 

度胸と根性がいる行動である。

 

 

 

合唱際当日。

 

 

予告通り、わたしは行事を休み、

 

家でゲーム三昧。

 

 

母は、テープレコーダーを持って、

 

合唱際が行われるホールへ。

 

 

翌日、わたしは何事もなかったように、

 

教室へ入る。

 

 

 

予想通り、非難を浴びる。

 

 

 

小5が負うリスクにしては、

 

いささかハードなものではあったが、

 

母の評価が下がる、という

 

リターンは得られた

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

実際は、わたしが非難を浴びた分だけ、

 

相対的に母の評価が上がり、

 

その日、合唱際が終わったにも関わらず、

 

 

 

 

母の人気はピークを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 


片付けられない主婦

あれ?

 

うちって・・・

 

汚い?

 

と感じた中2の冬。

 

 

その日のわたしは、

 

 

やる気に満ち溢れていた。

 

 

なぜなら、自分の部屋以外の場所に、

 

掃除機をかけていたのである。

 

 

まさに、おとなの階段を上り始めていた。

 

 

わたしの家では、母が滅多に掃除をしないため、

 

 

不衛生な状態が当たり前であった。

 

 

 

 

 

洗濯機も、週1しか働かない。

 

 

贅沢な洗濯機である。

 

 

 

 

そんな家庭なので、掃除機をかけるのにも、

 

一苦労。

 

 

まず、床に母の私物が溢れていて、

 

掃除機がかけられない。

 

 

物をどかせばいいと考える。

 

 

物をどかしてみる。

 

 

 

 

 

「母がキレる」

 

 

 

 

もはや、キレるのは若者だけではない。

 

 

家を清潔に、キレイにしようとしている人間に、

 

 

 

「キレる」

 

 

さすがの理不尽さに私も言葉を返す。

 

 

 

結果的に、

 

 

 

「勝手に、掃除を始めた私が悪い」、

 

 

ということになった。

 

 

 

自分の家を掃除するのに、

 

予約が必要となる、

 

稀なケースである。

 

 

その日の掃除は、断念することとなったが、

 

 

翌日の朝、母は少し反省していたようであった。

 

 

それは、わたしが掃除機をかけようとしていた部分に、

 

スペースができていたからである。

 

ただ、物が捨てられて、スペースができていたわけではない。

 

 

 

 

母は、激安の殿堂

 

 

 

ドンキホーテが採用している、

 

 

 

圧縮陳列を行っていたのである。

 

 

 


高校中退物語1

将来の夢は、何ですか?

 

 

「サッカー選手です!!」

 

そう答えていたことを思い出した、

 

中3の1学期。

 

 

いよいよ、義務教育を終える時期が来てしまいました。

 

 

わたしの成績は、相変わらずのオール2・・・

 

 

 

 

 

すいません。

 

 

 

 

 

見栄を張ってしまいました。

 

 

 

数学と理科と英語は、

 

 

 

1です。

 

 

 

ただ、体育だけは、

 

ほぼ実技のみの得点で、

 

3を取っていました。

 

 

唯一の自慢です。

 

 

この頃になると、周りの友達も、

 

受験を控え、忙しくなる。

 

 

わたしは、遊び相手が減る分、暇になる。

 

 

そんな状況が変わらないまま、

 

受験を向かえ、

 

わたしは、願書を出せば、

 

誰でも受かれると噂の定時制高校に

 

入学した。

 

 

 

 

入学式当日。

 

 

 

 

下駄箱で、上履きに履きかえようとしていたとき、

 

斜め後ろから、聞き慣れない声がした。

 

 

 

「うぃっすーよろしくな~」

 

 

 

今日から、同じ学年として、

 

定時制に通う、同級生の声だった。

 

 

 

慌てて、うしろを振り返ると、

 

 

 

 

27、8歳の肌が黒く焼けた、

 

葉加瀬太郎似の人がこっちを向いていた。

 

 

 

 

※わたしは、当時15歳です。

 

 

 

 

定時制に通う気力が20%ほどあったが、

 

 

 

それが、0%になった瞬間であった。

 

 

 

 

 



読者登録

vlidgeさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について