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自然再生論(前編)

 

十二月の巻

45. 自然再生論(前編)


 十二月というのは何も予定を入れないくらいが丁度いい、とは云うものの、これをやらないと年を越せない、ということもある。河川事務所か、はたまた其処(そこ)の一課長か、どこの発案かはいざ知らず、ヨシ原や干潟の保全のためとやらの再生工事の話が持ち上がって以来、どうにも落ち着かない日々が続いていた訳だが、今日は一つの決着を付ける待望の一日。センターの御三方は朝からせわしなく、昼食もそこそこに切り上げる状態。会議スペースや受付の準備をしていると、助っ人スタッフとして、先週決まったばかりの新たな理事候補男女一名ずつ、それに前々からの役員さんで、例の課題論文「流域考察」で合格を得た理事候補がやって来た。この方、ご年配ながらフットワークは良く、地域事情通、そしてちょっとした女流作家だったりする。論文が通らない道理がない。

 「あ、玉野井のおば様、いらっしゃい」

 「先生はまだ?」

 文花と一言二言交わし始めた矢先、当の先生がゆっくりと現われた。今日から師走なれど、走るほどいそがしくはない先生である。

 「よぉ、緑のおばさん、しさしぶりだなぁ」

 「ホホ、先週はごめんなさいね。三連休だったから、つい遠出しちゃってね」

 おばさんと言われても別に気を悪くすることなく、この通り余裕の返答ぶり。緑のおばさんてのが引っかかるが、何を隠そう、お名前が緑さんだからである。特にペンネームはないので、何かを書き著す時は、そのまま「玉野井 緑」で出している。同年代、かつ物書き同士、てことで、掃部のおじさんとは話が合うようだ。時は十三時、話を聞く会開会まではまだ三十分ある。

 理事候補の顔ぶれが固まってきたところで、櫻も徐々に打ち解けてきた。新しい候補二人と、受付のセッティングなどを今はしている。千歳は先週同様、プロジェクタ関係の調整に励む。河川事務所からは石島課長と、随行が一名いらっしゃるそうで、発表用資料はPCに入れ込んで来る旨、聞いている。配付用資料も当日持参だとかで、即ち事前には何の情報もない、ということ。何らかの予備知識があった方が進行上は円滑なのだが、出たとこ勝負というのも大いに臨むところである。コーディネーター役を仰せつかった千歳は、柄にもなく武者震いしている様子。スクリーンに映し出すPCデスクトップ画面のピントがさっきから合いそうで合っていないのですぐわかる。

 受付客第一号は、弟子のお嬢さんである。本日の役回りは言わずもがな、先生のアシストだが、少々気負いが見受けられる。受付表に名前を大きく書き過ぎて、

 「あらら、小松 南になっちゃった」

 「実が落ちちゃったって」

 「十二月ですもんね、いろいろ落ちる... って櫻さん、何よぉ」

 「エへへ、改めまして南実さん。あの私、何て言うか、お詫びしたいことがあって...」

 「あ、だったら、私も」

 受付でのほんの一コマなどと言っては不可(いけ)ない。実に実のある、奥深いやりとりなのである。だが、この続きは何だかんだで明日に繰り越されることになる。今日の会はそれだけ大波小波の何とやらだったのだ。

 開会十五分前、聴講者がポツポツ来るのに混ざって、河川事務所の二人が現われた。資料をギリギリまで仕込んだ甲斐があったか、これでバッチリ然とした堂々たる登場ぶりである。

 「やぁやぁ、掃部先生、今日はお手柔らかに頼みますよ」

 「ま、ちゃんと出てきたんだから、感心感心。来たからには、いい話聞かせてくれる、ってことだよな?」

 「今日の資料はちょっとした自信作でございます」

 いつもなら平身低頭になるところ、今回は屹然(きつぜん)と応じている。お付きの人物は、受付に配付用資料などをセットしつつ、配り始めた。千歳は預かったPCをプロジェクタにつないで試験投影中。舞台は整いつつある。

 この後、運営委員候補の男女二人、チーム冬木からも男女二人、十月の回の参加者なども集まり、開会定刻にはすでに三十余名に達していた。つまり会場はほぼ満席。


 「皆さんこんにちは。今日から十二月。歳末ご多用のところ多くの方々にお越しいただき、ありがとうございます。」

 司会進行役は、櫻が務める。いつもなら気の利いたフレーズの一つや二つも出るんだが、会の性格上、粛々とやっている。否、素顔の櫻に注ぐ会場の視線が妙に熱いもんだから、不覚にも硬直してしまった、ということらしい。こういう時はさっさと開会挨拶に振ってしまった方がいい。

 「...行政担当者から直接お話を聞く機会というのもそうそうないと思います。今日はまずお話を伺って、その是非を皆さんで考えてもらいながら、よりよい案などを見つけていければ、というのが趣旨です。単に『反対』とか『中止』とかじゃなくて、対案なり協働プランなりを出していただく、といった感じになりますかね。当センターとしては、ちょっと硬派な催しですが、議論を通じて、体を温めてもらおうというのもございます。室温は予め低めにしてありますので、どうぞお気兼ねなく...」

 文花も随分と挨拶慣れしたものである。室温設定について文句を言う客もこれなら出るまい。沸く客席に一礼して着席すると、櫻とアイコンタクト。

 「あ、それでは早速、本日のお話『干潟とヨシ原の保全に向けた試み』について。石島課長、お願いします」 文花まで変な視線を送るもんだから、課長のプロフィール紹介がすっ飛んでしまった。ま、石島を知る人は、全体の三分の一はいるので、さしたる支障はなかろう。

 櫻が司会席に戻りかけた時、見慣れた青年が受付でウロウロしているのが目に入る。

 「八宝さん、いらっしゃい」

 「ヘヘ、毎度の遅刻、すんません」

 「今ちょうど説明会が始まったとこ。でも、席がねぇ... あ、受付に座っててもらえばいいんだ。二十分ばかりお願いしていい?」

 櫻は先週と同じようにカウンターから会場とスクリーンを眺めることにした。時折、配付資料に目を落としては、静かに溜息。対照的に課長の方は息巻きながら熱弁している。


 話の流れは概ね、一、荒川下流における自然再生の現況、二、その再生を妨げるゴミの実情、三、再生効果を上げつつある消波用造作物の紹介、そして、

 「今、当の干潟と同じような箇所を調査しているところです。調査のモデルとして最初に指定させていただいたため、一部に人手が入ってしまいましたが、まだ工事が本決まりになった訳ではありません」

 と弁解しながらも強気なことを仰る。「決まった訳ではないが、進める前提...」そんな言葉のウラが読み取れる。油断ならない。

 今のところ機材係の千歳は、スクリーンを監視しながらも、配付資料に入念に赤入れしている。さらにその傍らでは普段は円卓にあるおなじみのノートPCを起動させ、議論になりそうなポイントを打ち込んだりしている。いつでも投影できるようにプレゼンソフトを使うあたりはさすがである。それにしても、立場上、中立じゃなきゃいけないってのが悩ましい。頭の中では、言いたいことが漂流・漂着し出している。

 「で、今回の再生、つまり消波実験の要点は、次の三点にまとめられます」

 1.波からヨシ原を守る 2.干潟の安全性を確保する 3.ゴミの漂着をできるだけ遮断する これらが箇条書きでスクリーンに映し出される。千歳はすかさずそれらを打ち直して、唸る。「漂着を遮断?」


 単に話を聞くだけなら、ここで質疑応答が入って、おしまいになってしまうところだが、今回は違う。櫻があわてて駆け込んでくる。

 「は、失礼しました。石島課長、どうもありがとうございました。では一旦休憩に入ります。14:10からは対話の時間、進行役は当センターの情報担当 隅田に代わります。よろしくお願いします」


 プロジェクタをつなぎ替え、ワイヤレスマイクを点検し、赤入れ資料を読み返す。こういう状況だと、櫻も近寄り難いようで、何となく距離を置いている。南実としては話しかけに行くチャンスではあるが、やはり緊張感を保つように先生の隣でスタンバイモード。八広は何とか席を見つけて腰を下ろす。程なく会場は静まり、第二幕「対話」が始まる。

 「この時が来るのを心待ちにされていた方も多いと聞きます。ここからは、対案・対話タイムです。私、隅田が進めさせていただきます」

 特にツカミをどうこうするでもなく、千歳も無難な感じで切り出す。だが、期するものがあったようで、次に面白いことを持ちかけた。

 「早速ですが、現時点での意識調査をさせていただきます。工事の是非はヌキにして、『消波』そのものの必要性を問いたいと思います。必要だと思われる方は、石島さんのいらっしゃる側へ、必要でないと思われる方は、その逆側へ。どっちとも言えない、という方は様子を見ながら両者の中間あたりに、それぞれお席を移動してもらえるでしょうか」

 スクリーンには、要と否とで矢印を振り分けた図が大写しになっている。なかなか手筈がいい。

 「ご面倒かけました。ご意見を整理していく上で、目に見える形にしておこうと思いまして... 今のところ必要派の方が多いようですね。では、不要派の方からご質問なり対案を、と思いますが、一応、ポイントに沿って、ということでお願いしましょうかね」

 第一幕で提示された三つのポイントが再度スクリーンに現われる。対案が出たところで、ここに書きなぞらえようという設定である。まずは、1.波からヨシ原を守る について、不要派の挙手を求める。手が一斉に挙がるようなことがあればヒヤヒヤものだろうが、こういう時はえてして静かなものなので、多数派の石島課長は悠然と見守っている。

 「では、ここは代表して、掃部さんにお願いしてよろしいでしょうか」

 小さく手を挙げてはいたので、指名しやすかったのは確か。コーディネーター席の隣、スクリーンの直下に座ってもらい、一席持ってもらうことにした。

 「結論から申しまして、1.については『波が来ても平気』、2.については『し潟は安全を確保するためにある訳ではない』、ということです。3.はまた後で議論するとして、とにかく消波するには及ばない、というのが当方の見解であります」

 対立構図を作るつもりはなかったが、乗っけから単純論法で「反対」が示されたようなものである。歩み寄りを促すつもりはないが、溝を埋めていく必要はある。コーディネーターの腕の見せ所だろう。千歳はひとまずスクリーン上に先生の言い分を書き足していく。

 「で、石島さんにお尋ねしたいのは、法的根拠でございます。察するに自然再生推進法ってとこだとは思いますが」

 まだまだ余裕の石島氏は軽く一言、「左様でございます」

 「皆さん、ここで『推進法』てのがクセ者な訳です。再生を推進てのはどういうことか。工事の上塗りを推し進めるような名称だったのがそもそもの間違い。自然を生かした川づくりと言いながら、コンクリの廃材を再利用したコンクリでもって、新たに護岸を作っちまったなんて笑えない話もある。廃材利用=環境配慮って勘違いがまかり通って、自然再生が自然再破壊になっちゃった。そんな不自然な例が後を絶たないんだそうです。とにかく新しく何かを造るっていう発想をどうにかしてほしい、ってのがあります」

 ここで課長が挙手、千歳は前方に来るよう勧める。

 「不適切例は重々承知しております。今回の実験は、あくまで多自然型のアプローチです。流域の粗朶(そだ)や石を使って沈床を設け、それ自体が自然の一部になるように配慮しています。ヨシ原、干潟、消波ブロックが一帯となって、多様性を醸成することを目指そうと...」

 「いやいや、それでも人工物には変わりはないさ。だいたい何であそこに設ける、し、必要があるのかが不透明。理由が後付けな感じがしてよ。つうか、場当たり的なんだよ。ま、バチ当たりと紙しと重(え)ってとこだな」

 「対応が後手になったらなったで、いろいろ仰るでしょ。早めに手を打つ、ってのもあるんですよ」

 「今まで知らなかったんだろ。急に何だよって話さ」

 段々ヒートアップしてきて、これはこれで観衆としては見応えがあっていいのだが、調整役としては看過できない。

 「ちょっと本旨から反れてきたようなので、1.2.について整理します。自然志向の造作物であることはわかりました。ただ、それが本当に自然にとっていいものなのかどうか、そこを突き詰める必要がある、そんなとこでしょうか」

 「これは小生の持論でありますが、基本的には自然に対しては余計なことはしない。するなら最低限の手助け程度でいい。そして新たに何かを造ったり加えたりというのは避け、あるがまま、本来のままを活かす。そういうことだと思います」

 「本来の」は、十一月の回で画家の蒼葉からも出たフレーズ。そこをどう論破するかがポイントだったが、わかっていた割には詰めが甘かった課長である。反証する前に、千歳にひと区切り付けられてしまった。

 「自然再生の本来的意義についての議論を深めたいと思います。ここらで質問などありましたら、お願いします」

 こういう展開だと、手も挙がりやすくなってくる。必要派からは、人が介在するレベルはどう見極めるのか、不要派からは、人為的に造った自然地もこの際見直した方がいいんじゃないか、両派からそれぞれ含蓄ある質疑が出された。千歳はそれらをさっさと打ち込んで、スクリーンに投じる。

 「河川事務所としては、市民・住民の皆さんの声によって動くことが多(おお)ございます。要望にお応えしていくのが優先なので、レベル等は設けておりません」

 「そこだよ、お役所が何でも言うこと聞いてたら、御用聞きと同じじゃないか。これは要望を出す側にも問題があんのかも知れないが、何らかの原則を設けてそれに照らして対応するのが筋だと思う。小生の原則論は、あくまで自然の都合優先。人間のご都合で自然に手を出すってのは邪道な訳さ。どっかでしっぺ返しを喰うのがオチよ。レベルってことなら、自然が自力で回復するための最低線だろな。外来種をどかしたり、下草刈りしたり、そうそうゴミの除去もな」

 一気呵成に畳み掛ける。だが、その次の問いについては、鷹揚(おうよう)な答えが返ってきた。

 「ま、造っちまったもんは仕方ない、という見方もあります。人為であっても自然は自然。長年経過すれば一定のシステムが出来上がってるでしょうから、それをわざわざ壊すこともない。要するにそれを以って反省材料とするか、懲りずに続けるか、そこが分かれ目な訳ですわ」

 課長は青白い顔になっていたが、これで少し回復した。メリハリの利いたトークは掃部節の真骨頂。だが、フンフンと頷く向きが多いと見るや、ここでズバッと持論の最たる部分を持って来る。

 「造っては壊し、壊しては造り、そういう時代ではありません。自然再生を進めるのであれば、むしろ壊し放しでいい。人工物がなくなれば自然てのは勝手に再生するもんです。再生の名を借りた新たな施しは無用。自然の声に耳を、自然の都合に目を、です。これは地域・流域の皆さんにも言えることですがね」

 早くもまとめのような話が出てしまった。ここで要否について意識調査をすると、要らない派があっさり増勢することだろう。あまりにも自明なので、千歳はあえてポイントの三つ目に話を向けることにした。

 「さて、自然再生に際して障害になる漂流・漂着ゴミですが、消波ブロックがそれを防ぐというのはちょっとどうかな、とも思います。進行役という立場上、意見を申し上げるのは憚られるのですが、再生工事を進めるためにゴミを引き合いに出しているような印象は否めません。自然再生論とはまた違った視点で、要否を問う必要を感じます。いかがでしょう?」

 ここは先に石島課長が陳述を始める。

 「先ほどの掃部さんの話を継ぐとすると、ゴミもあるがままでいいってことになろうかと。最低線ということで人が除去する必要は説かれてましたが、漂着するものの中には流木や枯れ枝なんかもあります。人工物と自然物を選別する手間は馬鹿にならないでしょう。ならばいっそ、となる訳です。ゴミの流れ着く量が抑えられれば、干潟やヨシ原に棲む生き物にとっても快適でしょうし」

 説得力があるような、そうでないような。だが、元来そういう役割のためのブロックでないことは明らか。後付け観が拭えない。

 先生も大いに一言あるのだが、弟子がいち早く手を挙げた。

 「それは異議アリです。漂流・漂着は自然の摂理。ゴミもこの際、流れ着いてもらっていいんです。あるがままとは言っても、拾わなくていいとは言っていない。人が出したものは人が片付ける。それが最低ラインの手助けです。そもそも、目立つゴミが防げればそれでいいってことはありません。粒々、いや細かいプラスチックゴミなんかはブロックしきれないでしょう。生き物にとって特に脅威になるのはそうした細かいゴミの方です。ブロックできないなら尚のこと要りません」

 その道の研究員に実証的な発言をされては元も子もない。要る派にも援軍がいればいいのだが、これで益々分が悪くなって来た。

 「な、石島さんよ、要は生き物全体の為にはどっちがいいかってことよ。し潟に到達する量は確かに減るだろうよ。でも、流した先はどうなのさ。東京湾、太平洋、ってどんどんゴミは流れてっちゃう。一部はどっかの海辺に流れ着くだろうけど、それならできるだけ発生源に近いところで回収した方がいい、って。違うかい?」

 分が悪いことは承知しているので、ここはなだめるような口調で言って聞かせる。だが、それでは解決にならない。対案が求められる。

 「対案ということではどうでしょう? 流すのはNG、回収するのは大変、となると、どうすればゴミそのものを減らせるか、って話になりそうですが」

 クリーンアップの発起人とリーダーはこの催しの主催者側スタッフなので、ここぞというところでの発言ができないのが何とももどかしい。千歳としては「回収するのは大変だけど、慣れてしまえば...」というのが正直なところ。文花も現場で鍛えている以上、説得力ある発言は十分可能だろう。だが、やはり口を挟めない。

 どっちつかずの席にいた緑のおば様の手が挙がった。これには千歳も意表を衝かれた。

 「ちょっと話が変わっちゃうかも知れないけど、ゴミが流れてると魚なんかも迷惑よね。ホラ、六月の講座で先生教えてくれたじゃない。ソウギョだっけ? あれが干潟に打ち上がっちゃうのも、実はゴミが原因だったりするんじゃ?」

 先生はちゃんとその時と同じフリップを持って来ていたが、それは南実の隣に置いてある。気付いた弟子がパラパラめくって、その一枚を会場に示して見せる。照明をやや落としてあるのでハッキリは見えないが、文花もしかと凝視している。

 「死因は水関係だとは思いますけど、解剖してみないとわかりません。中から微細ゴミが見つかったら... あ、ところでブロックがあると、大魚が打ち上がるのも止めちゃいますね。そしたら、鳥がついばみに来られない、かも」

 「し潟は、食物連鎖の舞台だからなぁ。不本意な死に方でも、それならまだ浮かばれるってもんよ。ま、魚なんかの為を思って、水の良し悪しにも神経尖らしてる国交省さんなんだから、やっぱゴミを流して済ますてのは理屈に合わんわな。あの溶ける燈籠だって、水質汚染になるからってんで回収することにしてんだろ?」

 「あ、ハイハイ。仰せの通りでございます。そこまで言われちゃ、しがたないです」

 いつもの平謝り調になってきた石島のトーチャンである。「しがたない」と茶化すのが精一杯。

 一家言を有する八広がここでようやく口を開いた。千歳としては、待ってました、である。

 「ゴミを減らす、つまり発生抑制策については、やはり河川事務所としても打つ手はあると思います。いわゆる美化清掃ってことではずっと続いてますし、ボランタリーな活動で拾い集めたものについてのサポートもある。でも、それはあくまで対症療法。もっと踏み込んで、もっと遡って、出させないところに力を入れてほしいです。抑制というか予防スね」

 「省庁横断型とか、自治体連携型とか、そういうのって難しいものなんでしょうか。海のゴミは基本法とかで動きが出てきましたけど、河川の方は今ひとつ見えない。水面や川底の清掃、不法投棄物の処理、そうした大規模な作業は勿論評価できるんですが、あくまで管轄する河川において、管轄者として、ですよね。それと並行、いや予防の方により重点を置けば、そうした作業も減らせる。そのためには、いろんな省庁や団体や市民と組んで、かと」 南実がフォローする。さすが、higata@メンバーである。

 「皆さん、ありがとうございます。ゴミを減らす話については、実際にどんなゴミがどれくらい、というのをお見せしながら改めて。より具体的に解決策を探る場を別途設けたいと思います。ということで、今回の実験の是非に話を戻します。今聞いていて思ったのは、こんなところです。どうでしょうね」

 スクリーンには、木・林・森、それになぞらえる形で、干潟・川・海、と文字が並んでいる。「つまり、一部だけではなく全体、全体だけではなく一部。双方向から見る目が大事なのではないか、と。川も一つのシステムとして捉えると、どこか一部だけ良くしても効果が上がらないのは明白でしょう。ゴミの対策も部分的にではなく、全体で。自然再生についても然り。総合的な視点で考えた時、今回の消波実験はどういう意味を持つのか... その辺の説明はいかがでしょうか、石島さん?」

 「場当たり、思いつき、そんな風に思われても仕方ないですね。システム論はごもっともです。その観点、確かに欠落しておりました」

 少々酷ではあるが、ここで改めて聴衆の意識を探ることにした。だが、休憩を挟みながら、とすることで、場の空気を緩めてみる。スクリーンには「15:15 再開」と投影された。

 

【参考情報】 不自然な川づくり


自然再生論(後編)

45. 自然再生論(後編)


 第二幕、いやここからは第三幕である。予定では、十六時終了が目標。何らかの結論、落としどころを示すための大事な幕。大方の予想はついている。それでも、全員が納得の行く合意が得られることが肝要。対立の構図を残さず、うまく幕引きできればいいのだが...。

 「さて、どうやら要らない派の方が増えた気も致しますが、要る派の方もいらっしゃいます。これまでの議論を踏まえて、ご意見なりコメントなり、いかがでしょうか。ではまず、要る、の方」

 要る派の意見として出たのは、遊び場や憩う場とするなら安全面は確保すべき、との積極的理由と、あって悪いものじゃないから、といった消極的理由。要らない派についてはあえて聞くまでもないところだったが、特に強く主張されたのは「進め方が良くない」という点だった。プロセスマネジメント的にも、今回の実験話は問題ありと見ていた千歳だったが、同じように見る向きは来場者にもあった訳だ。心動かされるも、心境は複雑。こうなると、自然再生論やシステム論をいくら積んでも、河川事務所の所為(せい)や作為を根本的に変えるには至らない可能性が出てきた。ここは結論を急がない方がいいかも知れない。

 中間派の席は会場中央にはなく、第二幕開始時とは逆方向に大きく傾いていて、八広も緑も依然そこに居る。代表して八広が云うには、「とにかく皆で現場検証してから、じゃないスか?」 緑のおば様も小首を振っている。

 明日はその検証日に当たる訳だが、方向性は決めておいてから臨みたい。検証結果によっては変更あり、としながらも、この時点での暫定合意案としては、

1.ヨシ原の一部は復元する(崖崩れを修復することで、干潟の安全を保つ)

2.干潟は原則ノータッチ(本来の姿を尊重する)

3.漂着ゴミは受け容れる(とにかく回収・分別等を続ける、抑制・予防も考える)

 となり、消波実験はひとまず凍結することとなった。これで一件落着には違いないのだが、この合意形成の過程で、思いがけず新たな論点が浮き上がる。プロセスの読み違え?と言ってはマネージャーに気の毒だ。こうした対話の場においては、むしろ必然。それだけ議論が活発になっている、ということである。①消波以前に増水時の対策が先ではないか、②引き波禁止の指定はできないのか、③干潟に通じる道を整備する(クリーンアップをしやすくする一助)のは、やはり人間都合になるのか...


 何とかコーディネーターっぽくまとめてきた千歳だったが、こうも話が分岐してくると、さすがに収拾がつけにくい。スクリーン上には辛うじてその三点が表示されているが、解決案を書き足す予定の右向き矢印が付されたところで膠着している。一つ一つディスカッションしていくか。

 「これらの論議は、消波実験の要否とは切り分けて、河川事務所としての見解をまず伺う、ということで、よろしいでしょうか、ね」

 ご来館当初の威勢の良さが失せて、ローテンションなトーチャンである。是非は問わないので、ただ思うところを述べてほしいだけ。だが、萎縮してしまうと口も開けにくくなるもの。「そう、ですね。今夏のような増水があると、消波も何もないですね。正に水系全体で考えないといけません。いわゆる治水に関しては公共事業が欠かせない訳ですが、自然再生と対立する面が出てくるので、なかなか... 今はわざと氾濫させるのも治水のうち、という考え方も出ていますが、現実問題、『あるがまま』ってことでは通用しないもんですから」

 このくらい弱気な方が同情も得られるというものである。先生はこの答弁を受けて、

 「いや、川ってのは生き物なんだから、そういうリスクはつきものさ。昔からそこに住んでる人間だったら、それは当たり前として受け止める。人がいい気になって、川をコントロールしようとするから役所も苦労するんだ。川の動きに合わせて人も動けばいい。ま、氾濫しやすい場所をわざと造る手もあるけどな」 穏便に返すのであった。

 引き波禁止については、他の箇所も含め、再度検討すると言う。干潟へのアクセスについては、明日実地を見てから、と相成った。冬場はヨシも減退しているから、あえて整備するでもなかろう、というのが大筋の見方ではある。

 終了予定時刻まで、あと十分余り。通常ならこの辺りでまとめに入れば丁度いいのだが、「進め方が良くない」の件が引っかかっていた千歳は、まとめ代わりに新たな問題提起を試みる。

 「さて、本来でしたら結論の確認に入るところですが、少々お時間をいただいて、違う角度から今回の実験話の背景を探ってみようと思います。お題はちょっとシビアかも知れませんが、こんな感じで」

 大写しになったのは、何と『なぜ、役所が良かれと思ってすることは、理解が得られにくいのか』。これには石島氏も付き人も苦笑せずにはいられない。第二幕から第三幕の間に退席した客は数人いたが、この場ではそれはなし。会場はどこからともなくどよめきが起きている。

 同情ついで、という訳ではないが、この際、石島課長の気が済むように、もっと突っ込んで話を聞こう、という千歳ならではの配慮である。こうした探りはインタビュアー経験が生きるようだ。早々に切り出してみる。

 「進め方についてのご苦言がありました。私見を述べさせてもらうなら、プロセスが示されないうちに、既成事実のように進めてしまう、それが一因ではないか、と。体質的な要素も大きいように思います。どうでしょう?」

 「まぁ、予算枠にちょっとした空きがございまして、それなら、という感じでした。下半期に入ってましたので、今年度中となると急がないといけません。拙速ってヤツですね」

 自戒気味に答える課長である。肩の力が抜けている分、今は滑舌である。

 「あのぉ、例えば新しいものを造る方が手っ取り早いとか、点数を稼ぎやすいとか、そういうのってどうなんスか?」 八広がさらに突っ込む。記者会見のようなノリになってきた。

 「そういう連中もいるにはいます。でも、小職の場合はちょっと動機が異なりまして、そのぉ...」 再び言い淀んでしまった。

 「お差し支えなければ、教えていただけませんか。記憶には残るでしょうけど、記録には残しませんから」 会場は心なしか和んでいる。話をしやすい空気を作るのもインタビュアーのお役目である。

 「公務員の分際で誠に面目ないのですが、これでも娘が二人おりまして、姉妹そろって当の干潟を大いに気に入っておるんです。長女は干潟の話題をきっかけに会話してくれるようになりましたし、次女も原体験が良かったのか、元気を取り戻しました。それで、娘たちがもっと安全かつ快適に過ごしてもらうにはどうしたらいいだろう、って、ま、勝手な親心なんですが、ね」

 私情を挟みたくても挟めない、公務員の悲哀を感じさせるエピソードである。千歳はまさかこんな裏話があろうとは予想もつかなかったので、ちょっとしたお手柄ながら、拍子抜け。清と緑がパチパチと手を打つと、拍手は会場全体に広がった。インタビュアーに向けられた分もあるだろうが、娘を想うトーチャンへの賞賛が主であることは疑いない。

 「何だよ、いいとこあんじゃんか。それを先に言ってくれなくちゃ、な」

 櫻も思わず声を上げる。

 「石島さん、姉妹には伝えたんですか?」

 「まさか。親の情はさりげなく、です。ダメですかね?」

 「じゃ私がいずれ。明日ご一家でお越しになれば話は早い気もしますが。あ、お姉さんは受験勉強中でしたね」

 「ハハ、勘弁してください。今回は凍結になっちゃった訳だし、お恥ずかしい限り」

 「いいんですよ。その気持ちが大事。確かにお伝えします。トーチャンの話、良かったよって」


 前の席にいた石島課長と掃部先生は、プロジェクタの光を受けながら、握手を交わす。どこまでどう合意形成が図れたのかよくわからなかったが、終わりよければ何とやら。千歳は最後に、「長々とありがとうございました。もう一度、よき父、石島湊さんに大きな拍手を」と締めることで、まとめとした。河川行政がこれで変わるかどうかは定かではないが、担当者の話を掘り下げて聞くことの重要性が認識できたのは大きい。


 「という訳で、明日も今日と同じ一時半から、場所はその干潟になりますが、続きを行いたいと思います。検証が済んだら、実態調査を兼ねたクリーンアップをします。軍手、レジ袋をお持ちの上、濡れても平気な靴でいらしてください。石島姉妹は来られないかも知れませんが、二人のためにも安全・快適な環境にしていこうと思います。ちなみに隅田氏はクリーンアップの発起人、私、千住はリーダー役をしております。今日は仲介役という立場上、二人とも発言を控えておりましたが、明日はしっかり議論に加わろうと思いますので。よろしくお願いします!」

 南実の潮時情報により、十二月のクリーンアップは午後開催というのが前々から流れていた。小梅は塾のため参加見送り。トーチャンズの試合予定はないので、父君は出て来れる見込み。ま、とにかく明日、である。

 予定よりオーバーしているが、十六時十五分を回ったところで、文花事務局長より事務連絡が入る。センターの活動をサポートしてもらうための会員募集(仮入会)の件、ついでに創設準備中の運営団体名(NPO法人正式名称)募集の件、環境ナビゲーションサイト「KanNa」のPR、そして、

 「今日の討議で話がありました、ゴミを減らす協議については、来年一月十二日午後の開催を予定しております。その後も地域課題解決イベントのようなものを毎月第二土曜日に定期開催していくつもりです。皆さんどうぞよろしく」

 「って文花さん、いつの間に?」

 「今、思いついたの」

 「あのぉ、プロセスが不透明なんですけど」

 「ま、皆さん、こういうことがないように、って。悪いお手本でした。失礼」

 「せっかく温まったのに、今のでヒヤっとしてしまいました。おっと、おあとがよろしいようで」

 いつもの掛け合いを以って、無事終了。拍手はしばらく続く。起立して頭を下げていた千歳はそのまま動けずにいた。

 湊、文花が握手を求めて近づいてくる。ちょっといいシーンである。


 閉館まではまだ時間があるので、理事と運営委員の新候補各位、清、緑、八広、文花が議論の続きをしている。特に新理事のお二人は質疑で活躍したこともあり、言動に注目が集まる。今は脱ハコモノ論に興じているようだ。

 「議論を現場に引き継ぐってのは、何かこう突き抜けた感じでいいスね」 八広が寸評を入れると、

 「必ずしもハコがなくても、ってこと。人が集まればそこで何かが生まれる、それも現場。で、現場を焚き付けることで地域が元気に、かな?」 文花が軽くまとめる。

 「でも、おふみさんはハコ入りなんだろ。ハコがないと困るんでないの?」 先生がからかうも、

 「いえ、ハコは卒業です。これからは私も外に出ます」 見事な宣誓で答えてみせた。事務局長にこう言われては、他の面々も動かない訳には行くまい。在来の、あるがままの環境を守る、サポートは最低限、これは川に限らず、どんな自然環境に対しても当て嵌まりそうなこと。明日はひとまず身近な干潟でそれを確かめることになる。


 という訳で、会議スペースでは八人が雑談中。南実は一人円卓で、Comeonブログを見ながら議論のおさらいなどをしていたが、未だコメント投稿機能が付いていないため、もどかしさが募るばかり。論文ネタを探すことを思いつくと、下の図書館へ。センター閉館まで文花を待つことにした。カウンターにはいつもの二人。一応、明日の段取りなんかを打合せしているのだが、

 「やぁやぁ、隅田クン、今日はご苦労でした」

 「ハハ、まとめが今ひとつ、でしたが」

 「いやいや、立派なもんですよ。さすがはマネージャー殿って感じ。惚れ直しましたワ」

 脱線しているような、そうでないような... 千歳は温まるどころか熱くなっている。櫻は顔が火照っている。勤務時間中というのが悩ましい、いや恨めしいお二人さんなのであった。


検証

46. 検証


 そして日は変わり、気だるい朝を迎える。クリーンアップに取り組み始めてから初、午後からの開催というのはどうも調子が出ない。リーダー、発起人ともに何とも間延びしたような感覚に包まれていて、いつになくノロノロしている。蒼葉はまたさっさと弥生と出かけてしまったので、櫻は一人遅い朝食(または早い昼食)をとっている。千歳はと言えば、目をパチクリやりながら今日の開始時刻をモノログ上の特設掲示板に一応入れ込んでいる。昨日の今頃は、バタバタやっていた最中なので、余計に変。だが、ノロノロとは正反対な人達もいる。文花宅で一泊した南実は、十月の回よりもゆっくりでいいだろうとタカを括っていたのだが...

 「初めて行くところが二箇所あんのよ。早くしないとマズイわぁ」

 「だからカーナビ付ければ、って言ったのに」

 「それとこれとは別。あってもなくても、とにかく余裕持って行かないと何が起こるかわかんないから...」

 「多少遅れてっても本多さん怒んないでしょ?」

 「待たせても悪いでしょ」

 落ち着かないながらも気合いは入っている。クルマを出す旨、自ら持ちかけてしまった手前、ここは確実に行きたい。先輩の律儀なところはわかっているが、どうもそれだけではなさそう。いつも以上にフェミニンにおめかししているところからして見え見えである。

 業平の自宅兼オフィス到着予定時刻は十一時。そこから例の金森氏の小工場はそう遠くはないが、十一時半には経由することになっている。商業施設に寄って三人で昼をとって、それから干潟に乗り付ける、そんな段取りである。強行スケジュールな観は否めない。助手がいるからいいようなものである。

 「私には時々厳しいこと言うのに、自分には甘いんだからぁ」

 「まぁまぁ。一泊二食付きで、さらにお昼もご馳走してあげようってんだから。大目に、ね?」

 ついつい後輩に頼ってしまう憎めない先輩なのであった。


 昨日のうちにお詫びメールが入っていたのはいいとしても、論客の八クンが現場検証に来られないのはちと痛い。higata@連絡メールはチェックしていた筈なのだが、てっきりいつも通り午前中開催と思い込んでいたばかりに、そうと知った時は後の祭り。午後はルフロンとデートである。(そのルフロン嬢もhigata@メンバーなのだが、どうしたことだろう? この理由についてはまた改めて)


 ペースは狂うも、寒さをあまり感じなくて済むのが午後スタートのメリットだろうか。ゆっくり河川敷を散策できるのもありがたい。

 花見に興じた河原の桜は、今や落葉の最中。それでも枝にはまだ多くの葉を残している。その色は橙とも朱ともとれる実に鮮やかな彩り。河川敷の斜面には落ち葉の絨毯ができていて、やはり同じ色合い。花見とはまた違う風趣を堪能する千歳だったが、桜と来ればこの女性が来ない訳がない。いつもながら絶妙のタイミングである。自転車を押しながらそろそろと近寄る。

 「千歳さん? どしたの?」

 「あ、櫻さん。桜の木の下で櫻さん登場、さすがだねぇ」

 「フフ、それにしても綺麗ね」

 「櫻さんもね」

 時刻は十三時過ぎ。優雅なお二人とは対照的に、軽自動車三人組はドタバタ。桜並木の下あたりに来て、ブレーキ?

 「おふみさん、装置倒れちゃいますよ」

 「ごめんごめん。徐行してたのにね。私、つい強く踏んじゃうもんで」

 「あ、あれ、おば様?」

 曲がるところを間違えかけて停車したところ、助手席にいた南実が偶然目にしたのは、緑色のセミロングを羽織ったご婦人。クルマを降りて、声をかけに行った。

 「あら、貴女は... 先生のお弟子さん?」

 「えぇ、昨日はどうも」

 てなことで、正真正銘、緑のおばさんが当地にやって来たのであった。

 「乗せてくださるの? 悪いわね」

 業平の隣にちゃっかり腰を下ろすと、早速ペチャクチャやり始める。

 「あなた、ゴーヘイさんて仰るの? カモンさんといい、面白いわねぇ」

 業平は言葉を返すも何もあったものでない。徐行運転とはいえ、現地はすぐそこ。「あ、先客がいらっしゃいますよ」と言うのがやっとである。


 今日の一番乗りは、そのカモンさんであった。

 「おぉ、おたまさん、お迎え付きとはいいご身分だぁな。さすが作家先生は違うわ」

 「ホホ、時には楽させてもらわなきゃ」

 「立ちっぱなしで旗振ってりゃ、疲れるもんな」

 「そういうカモン公は釣竿振りでございますか」

 太公望の先生は、片手に竿、もう片方の手には、十月の拾い物、疑似餌をいくつか乗せている。

 「この時期はもともと少ないからな。何試しても食いつかねぇわな。ま、春先でも、いいのが釣れたらセンターに持ってくさ。そしてら、その場で料理教室。な、おふみさん、いいだろ?」

 「へ? 魚のですか?」

 「そういうこと。それまでに少しでも慣れといてもらわねぇと」


 業平はバックドアを開けてもらうと、本日の機材三点セットの点検を始める。当初予定では、簡易発電機と掃除機だけのつもりだったが、金森工場への取材に立ち会ってから、事情が変わっていた。その一大装置を表に出すか出さないか躊躇(ためら)っていると、千歳と櫻、それと詰所の辺りで合流した理事・運営委員の新候補数名とが寄ってきた。挨拶もそこそこに、千歳が冷やかす。

 「これのことですかい? また随分と大げさな」

 「あぁ、これは例の情報誌の一件でさ。行って来たんだ金森さんとこ。その日にいろいろと話が弾んじゃって。で、これは今日貸してもらった一品。もっと大型なのかと思ったら、コンパクトなのが出てんだね」

 清と緑も何事かと近づいてくる。

 「...てな訳でその取材成果は、早ければ明日にでも出回ると思います。情報誌サイトにも部分的に載るでしょう」

 「その後、そんな話になってたとはな。紹介した甲斐があったってもんだ。しかし、あのぶっきらぼうな金森氏が...」

 信じられんと言った顔の清だが、技術者どうしというのはちょっとでも通じるものがあれば多くを語る必要はないのだろう。この装置、ちょっとした高額品なのだが、コンパクトなのには理由がある。現場で稼動させることの意義をわかっているからこそ貸与してくれた、ということらしい。

 「クルマに何かあると大変だから、一旦降ろしましょう。あれ、南実ちゃんは?」

 強肩の助手は独りで干潟の偵察に行ってしまったので、ここは業平と千歳と新顔男性の三人でどっこらしょ。廃プラを詰め込むタンクと抽出した油を貯めるタンクの二頭立て。これが噂の「油化装置」である。

 原料となる廃プラは現地調達である。プラスチックゴミがそこにあるから、との期待は不謹慎ではあるが、幸か不幸か今回も袋ゴミはそれなりに散らばっていて、事欠かない。

ご「予め充電しといたんで、すぐにでも動くんだけど、その油が出てくるまで一時間くらいかかるんだって。なもんで、先にプラ関係集めてもらっていいかなぁ?」

さ「プラなら何でもいいの?」

ご「PP、PE、PS、何でもOK。でも純度を保つ意味では、識別しやすくて洗いやすいのがいいかな」

ち「そっか、洗う手間、か」

ご「不純物が混ざってても平気なのもあるみたいなんだけど、これは簡易式だから。借り物でもあるし、より丁寧にやった方がいいだろね」

 という訳で、容器包装系プラを中心に、汚れが少ないものを拾い集める、これが最優先事項となった。バーコードが付いているものは、可能な限りスキャン。データを蓄積してから油化するんだとか。現場でのネタが増えると、段取りも多段階になってくる。時すでに十三時半。戻って来た南実を含め、higata@メンバー中心に干潟端会議を始める。


 本日のプログラムは、①まずは現場の写真撮影、②全員で干潟表面に散らばるプラを集める、③業平は識別しながらスキャンとか洗浄とか、④乾いたら油化装置へ、⑤装置稼動中に、消波実験絡みの現場視察など、⑥干潟がゴミを集めるメカニズムや受容能力を検証、⑦十月実施時の手順に沿って、表層ゴミの撮影→大物回収→小物回収、⑧表層分の分別とカウント、⑨その間、ヨシ束の除去→埋没ゴミの回収、⑩油が抽出できたら、発電機を動かし、掃除機スイッチオン(微細ゴミの回収なるか?)、⑪可燃・不燃等、再分別→袋詰め、⑫記念撮影後、解散...といった流れ。一般参加型クリーンアップの際も段階豊富だったが、それに匹敵、いやそれ以上に盛り沢山である。

 これら十二の手順はリーダーの櫻から訥々(とつとつ)と説明された。新顔さんはこれですでにいっぱいいっぱいになっていたので、現場を見たら悲鳴を上げそうである。櫻も千歳も、今日はまだ干潟にお目にかかっていない。二人はおそるおそる皆を率いて新ルートへ。

 「きゃあ!」 かつてない声を上げてしまったのは古参の方だった。櫻はすっかり「あ」の状態で口を開けたまま。二の句が出ない。今やヨシの群生の大半は朽ちている。そのため、崖地が露わになっていて、これまで以上にゴミが漂着しやすくなっていたのである。

 「ハハ、リセットして、再リセットして、そんでもってまた今日もやるとなると、再、々...」 千歳もすっかり動顚している。おちゃのこ再々という訳にはいかぬ。再にも程があるというもんだ。

 一団を見かけて、他にも何人か集まってきた。理事・運営委員の新人候補は男女二名ずつがこの時点で揃った。昨日の聴講者もチラホラ来ているようだ。

 「あ、失礼しました。改めまして、ここがその現場でございます。ゴミを集める干潟のパワー、これでよくおわかりかと...」 櫻はこう言いながらも、呆れ顔。

 「暫定とは云え、つい受け容れOKとか決めちゃったけど、こんなだと確かにねぇ」 南実も自嘲気味になっている。

 初めて当地を見る人達は、むしろその現実をしかと受け止めているようで、さほど驚いてもいないようだ。緑のおば様に至っては、泰然かつ自若。

 「これがありのまま、ってやつでしょ。とにかくやるしかなさそうね」

 「それにしても、石島のトーチャン、遅いな」

 清が気付くまで、誰一人、肝心の人物が不在であることに思い至らなかった。娘達への並々ならぬ思いを吐露してまで事情を打ち明けたのに、これでは報われないというもの。

 トーチャンの代理人が現われたのはこの時である。九月の登場時よりはラフな出で立ちながら、やはり貴婦人風。顔見知りを何人か見つけると、

 「あ、皆さん、すみません。遅くなりまして」

 「京(みやこ)さん、どうして?」

 南実がいち早く応対する。文花は初対面ながら、親近感を持ったようで、すぐに自己紹介を始める。

 「初音嬢、小梅嬢のお母様ですか。姉妹が麗しいのは母譲りってことですネ」

 「いえいえ、似てるのはじゃじゃ馬なところでしょう」

 姉妹の話は承知しているので、その母親ということで周囲の目は温かい。あのお騒がせ課長の妻という見方はこの際なし。

 「今後は事前に説明会を開くなり、とにかく素直に話をすることを心がけたい、と申しておりました。皆様にはよろしく、と」

 「了解しました。報告の中にはその旨記載して、聴講された方々はじめ、広く伝えるようにします」

 昨日のまとめがようやく出た感じだが、まだまだこれから。実地見聞をしないことには結論が固まらない。

 「それにしても、旦那(ダンナ)は何だ、ってんだよな」

 「当人がいないことには、ねぇ?」

 明らかに自分よりも年配の男女がいることにやっと気付き、細君は一寸焦る。

 「ご挨拶が遅れまして。石島京と申します。いつも主人が...」

 旦那が駄目な時こそ、妻の出番。一段と柔らかい物腰で以ってフォローする。京を代わりによこしたという点では失点を取り返して余りある。これも策のうちか。

 「ま、本人も反省してるんだろうけど、とどのつまり、話の進め方の問題だった、ってことさ」

 「いいことをしたつもりでも、手続きがダメだとアウトですよね」

 手続き関係は元来役所の得意技の筈なのだが、時と場合によるらしい。だが、この話、石島家でも通用するのではないか?

 「てことは、お嬢ちゃん達にも何かと誤解されてんじゃない?」

 「それよりも何よりも、主人は放ったらかしのことが多いですから。良かれと思うことを理由ともども話して聞かせなきゃいけないのはむしろ、わたくしの方でしょうね」

 干潟端会議はいつしか家族のお悩み相談会のようになっていた。緑は京にとっていい相談相手になりそうだ。


 そうこうしているうちに現場に集う人数は増え、総勢二十名弱になっている。晴天、微風、午後の陽射し... 好条件はそろってはいるが、十二月の川辺行事でこれだけ集まることもなかなかないだろう。文花が思い描く現場、ここに在り。ハコはなくとも場があれば、である。

 千歳がデジカメを取り出すのに呼応するように、櫻は昨日の受付名簿を引っ張り出す。「えっと、玉野井 緑さん、はい...」 上から氏名を読み上げていく。このように点呼をとることで、お互い何となく和むものである。自己紹介は割愛可。だが、

 「そうだ、皆さん、ボランティア保険とかは?」

 参加者の半数はボランティア保険には加入していないことが判明。ただし、今回の視察(+クリーンアップ)は前々から予定されていたことなので、行事保険は掛けてあった。堀之内先生の助言が役に立っている。

 「じゃ皆さん、十分気を付けて」 と文花が会場責任者らしく声をかける。が、

 「魚が苦手な方は特に。出てきてビックリ!で転んだりなさらぬよう」 櫻がおどかすもんだから、斜面で滑りかけてしまう責任者さんなのであった。

 「櫻さん、覚えてらっしゃい!」

 「おぉ、こわ」

 一行は注意を払いながらもクスクスやっている。ゴムボートが作った草分け道は、さらに幅を広げ、人々を緩やかに導く。干潟に通じるアクセスは、今のところ整備無用であることがまず立証される。だが、これは季節限定。夏場になれば背高草などで茫々となるのは経験者なら承知済みである。だからと言ってスロープだとか階段状の工作物を設けるのはどうかと思う。あくまであるがまま、でいいのである。

 その新ルートだが、斯様(かよう)にオープンになったおかげで、ゴミの流入アクセスも良くなってしまったようである。それは今までは見られなかった怒涛の漂着とでも呼ぶべき現象。六月がいればきっとこう言うだろう。「ゴミも上陸したいのさ」 こうなると否が応にも注意力が高められる。ペットボトルを除け損ねたり、スプレー缶を踏み外したりしたら、即、転倒である。弁えある視察団一行は、隊列を作り、全員無事、下り立つことができた。が、漂着物で溢れている上にこの人数。舞台は満員御礼となるも、どうにも窮屈だ。


 崖地の崩落具合は二班に分かれて見に行くことになった。ガラクタを踏みつけないよう、かつヨシの枯れ枝が成すマットを踏みしめつつ、先発隊は下流側へ歩を進める。後発隊は干潟の中央部にて、長い枝が折れて干潟に刺さる図や、その周りに打ち上がった丸太、角材、板など木々のコレクションを鑑賞している。今のところは鑑賞レベルで構わないが、この後は力仕事が待っている。興々にして恐々、そんな観念だろうか。

 先発隊は崩れた崖が新たな地形を形成していることに息を呑んでいた。その変化を知る者、初めて見る者、両者ともにインパクトを受けている。それはまるで切り立った入り江の如く。ポケット、隠れ処、兎(と)も角(かく)ここに一度嵌ったら、出たくなくなるような空間が出来上がっていて、すでに飲料容器等、漂着先を見つけたゴミのいくつかが安住するようにスッポリと収まっている。

 自然の作用を目の当たりにした上、ゴミの抜け目のなさを認識することになる。これはどうしたらいいものか。合意案に従えば、補強なり補修ということになるが...

 「自然の働きを学ぶってことじゃ、このまま放っておいて観察するのも悪くないわな」

 「でもセンセ、ゴミも溜まっちゃうとなると自然作用が巧く働くかどうか...」

 「わざと回収させるんだったら、この地形、面白いんじゃなくて?」

 「ゴミを取ろうとして崩れてきちゃったら、と思うとちょっと」

 公募以前に理事候補として名を連ねていた四人が議論を交わす。他の先発隊諸氏は四人を取り巻きながら、頷いたり、発言したり、まちまち。埒が明かない感じなので、櫻、南実、京はじめ、後発隊も集まってきた。

 「今日ゴミを取り除いて、安全性を確かめてみて、崩れそうならやっぱり固めてもらう、ってことでどうでしょう?」 南実のこの発案を受けて、

 「その後は経過観察して、また入り江になっちゃったら、それはそれで新名所ってことにすれば」 櫻がまとめる。

 何となく案が固まったところで、先発隊の一部はプラを集めながら業平のもとへ。彼は一人、干潟中央に散らばる袋類、特に[プラ]の識別表示が付いてそうなのを重点的に集めていたが、これは段取り違い。プログラムの②は全員で、の予定だった。現場特有の何かが一行の動きを急かしている。プログラム①の方も怪しい。現場検証が先んじて、撮影係はその役を果たしていないように見受ける。

 「いけね、廃プラ回収前ってのを撮ってないかも」

 「私を置いてこっちに来ちゃうからよ。せいぜい、入り江のプラを撮っておくのね」

 干潟に立つ前に何枚かは撮影しておいたから良かったものの、スローな彼にしてはあるまじき失態。しかも彼女の機嫌まで損ねてしまってはもう...である。穴があれば入りたい心境の千歳の足元には、夏場よりも大きくなっている巣穴がチラホラ。入れりゃ苦労はしない。

 

 

 大人数に反応したか、枯れたヨシ群の間から何とヤブ蚊が出てきた。夏には見かけなかった筈だが...

 「な、なんで?」

 「私達、何か悪いことしたかしら」

 「あの辺に殺虫剤のスプレー缶が転がっていたような...」

 「いくら何でもそりゃ顰蹙(ひんしゅく)でしょう」

 「はいはい、お二人さん、ここはひとまず退散退散」

 文花に追い立てられるような形で千歳と櫻は入り江を離れる。蚊の発生も自然の摂理となると、受け容れざるを得ないところだが、人によってはいっそヤブ地を消滅すべしと訴える向きもあるだろう。だが、十二月初旬にしては陽気な気候がもたらすのだとしたら、蚊の住処をどうこうしたところで効果は薄い。発生源を抑えるという意味で対症療法ではないかも知れないが、より根本的な策が求められることは判然としている。これは漂流・漂着ゴミについても同じ。

 本日のプログラム⑤のうち、アクセス通路の整備、崖崩れの修復、この二つの要否については一応検証が済んだ。あとは実際に波が来た時の状況考察を残すのみ。順序は前後してしまったが、③と④については、参加者の数人を交えて業平が進めているところである。となると、今は⑥か。干潟のメカニズムとは言うけれど、根源に遡った抑制策についても討究したいところである。

 「どうでしょうね、皆さん。これを片付けるのは人の使命ってのは実感していただけると思うんですけど、果たして干潟に甘えてしまっていいものか、ということなんです」

 「今あるゴミを何とかする、ってのと、出るであろうゴミをいかに防ぐか、その両面てことですね」

 櫻と南実、いつしかいいコンビになっている。higata@メンバーで論議していってもいいのだが、折角の機会である。櫻は再び名簿を出して、指名作戦に打って出る。現場にいるからこそ成り立つディスカッションがある。それをわかる者でなければこうした采配はできない。

 「そうそう、さすが櫻さん」 文花は満足そうである。

 廃プラを片付ける中で思い至ったらしく、「生分解性プラの普及を」とか「容器や袋はデポジット化すれば」とか「捨てるのがもったいないと感じるような容器・包装にしたら」といった声が出たのには、文花・櫻・千歳もビックリだった。南実先生は、

 「生分解にバイオマス、今は総称でバイオプラスチックって言いますけど、これを普及させることは次善の策でしょうね。そうしないよりはした方がって、ことです。そもそもプラスチックじゃなきゃいけないのかって、買う前に考える方が先決。ね、櫻さん?」

 「え、あ、そうですね。思いつきで恐縮ですけど、プラスチック依存度チェックとかってゲームソフトか何かあると、予防につながるかもって思います。どうでしょ」

 一団はどっとなっている。勢い話はさらに深まって、買う時に購入者登録とかをして、購入量に応じた自動課金をしてはどうかなんてアイデアまで出てきた。それにヒントを得たかどうかはいざ知らず、いい加減な捨て方をした奴を洗い出せばいい、てなことを仰る方が現われた。緑のおば様である。

 「探偵ごっこじゃないけどね、これを使えば何かわかるんでないの?」

 作家は作家でもミステリー作家だったりするもんだから、小道具がまた凝っている。年季の入った虫眼鏡を出すや否や、置き去りになっていた釣り餌袋をつまんで眺めてみる。と、次には指紋を採取して照合するシステムがあれば犯人捜しもできるだろう、なんて話に。

 「おたまさんよ、そりゃ面白ぇけどよ、処罰とかしようがねぇだろ、それじゃ」

 「自動で課金するってのは?」

 「ま、じっくり考えて新作のネタにするんですな」

 「ま、処罰どうこうはいいとして、漂着ゴミで以って何か一本書けそうね。ゴミのミステリーで『ゴミステリー』って、どう?」

 「何だい、ただのゴミかと思ったら実は凶器だったとか? ハッハ」

 「先生は犯人役で出したげる。ヨシヨシ」

 ちっともヨシヨシじゃないのだが、ご年配コンビの小噺で場はすっかり盛り上がっている。プログラム的には脱線してしまった観はあるが、ゴミについての関心を高めてもらえたのなら結果オーライだろう。干潟がいかにゴミをキャッチするか、これは時間をかけて定点観察しないことにはどうにも明解にはならない。ただ、水位の高低差、つまり満潮時に漂着したものが干潮時に取り残される、という仮説は大いに説得力がある。消波ブロックで漂着が遮断されるというのはもっともな理屈である。

 「下手に遮られちゃゴミステリー書けなくなっちゃうワ」

 干潟にはお気の毒だが、こういうニーズもあるので引き続き受け容れてもらうとしよう。


 議論は再び対策面に移る。参考意見として拝聴したいとの石島夫人の申し出もあったので、ざっくばらんに並べ立ててみる。

ち「例のバーベキュー広場にリサイクルステーションを常設しちゃうとか」

ふ「いっそ、油化装置をゴミ捨て場に併設して各自試してもらったら」

さ「それは漂流・漂着前の対策でしょ。やっぱりもっと遡った対策も考えないと。ホラ、割れ窓の話じゃないけど、窓を割られる前にできること、って何かあると思うんだけど」

み「櫻さん、データカード使って調べるのって、正にそれですよ。世界全体で対策考えようって、ね?」

さ「あ、そうだった...」

き「ま、あとはミステリーでも何でも、作家先生にさ、時代に警鐘鳴らす一品書いてもらうってのも結構イイと思うよ。俺のはどっちかっつぅと専門書だけど、緑さんのは大衆向き。な?」

 その作家先生は、今度は厚手の手帳を手にしている。早速何かを書き留め始めているようだ。「そういう手もあったか」 higata@メンバーは一様に得心した面持ちで手を打っている。

 一方の緑はデータカードの話を聞いてキョトンとしている。

 「あら、ちゃんと調べることになってたの?」

 「いえいえ、銘柄とか具体的な品目までは調べないので。引用できそうなゴミはしっかりメモしてもらった方が」 千歳がフォローするも、

 「バーコードが付いてるのは、Mr. Go Heyが読み込んでくれますから、メモしなくても平気ですよ、多分」 文花がチャチャを入れる。


 こういう日に限って船とか水上スキーとかが来ない。波の件はひとまずお預けとして、KanNaの特設掲示板にご意見などを書き込んでもらうことにした。管理者曰く、

 「念のため書き込み用のIDを設定します。ご面倒かけますが、パスワードの代わりとしてhigataと打ってアクセスしてください。お名前は実名でなくても構いません。夕方にはわかるようにしておきますので、よろしくお願いします」 さすがは情報担当である。

 緑は作品中の人物(女探偵?)さながら。虫眼鏡、手帳に続いて取り出したるは懐中時計。十四時を過ぎ、短針と長針が重なる時分になっている。それを見てリーダーが声をかける。

 「では皆さん、ここで第一部はお開きとします。第二部、クリーンアップは今から十分後、二時二十二分になったら始めようと思います。お荷物はクルマのトランクへ」


 十四時を過ぎたくらいから、グランドでは社会人野球チームが練習を始めていた。少年野球ならあまり心配は要らないんだろうけど、社会人となると気がかりなことがある。そう、自分でもかっ飛ばした特大ホームランである。試合が始まる前に、油の抽出を終えられればいいのだが、取っ掛かりが遅れた分、微妙である。文花のクルマが盾にはなっているとは云え、リスクにさらす状態で実機を稼動させるというのは、業平にとっては不本意極まりなかった。が、それ以上に本意でないのは、クルマはどうでもいいのか、と誰かさんに責められることだろう。グランドの様子を気にしつつも、然るべく手を打つことにした業平は、クリーンアップ開始前にそそくさとヨシの枝を集め出す。


 「業平君、どしたん? 段取りではまず大物ゴミが先で、枯れ枝は後じゃ...」

 「いやいや、おふみさんの愛車にさ、ボールが飛んで来たらヤバイっしょ。取り急ぎボンネットとフロントガラスをカバーできればいっかな、って思った訳」

 「あぁ、試合始まるのかぁ」

 三十男の動きがあわただしいので、ひと休みしていた参加者各位もザワザワし始めた。手順を再確認していたリーダーは「何事?」となる。女性研究員は「あぁ粒々が」と気が気でない。

 視察団の数名が退場したのと入れ替わるように、やって来たのはチーム冬木の二名。当人と若手女性の組合せなので、思わず「ご関係は?」とツッコミを入れたくもなるが、そうは言っていられない。

 「本多さん、先月はどうもお世話様でした。おかげ様で...」

 「ちょうど良かった。榎戸さんもお願いします」

 「?」

 乾いていて、夾雑物が少なそうな枝を選びながら、フロントガラスに並べて行く千歳。それを見て冬木は合点が行ったようだ。クルマの持ち主も遅れ馳せながら現われて、ザワザワの発端を了知する。

 「あらあら、中古なんだから別にいいのに」

 「いえ、何かあってクルマ動かなくなっちゃうと大変なんで」

 つい自己都合な本音が出てしまった業平だが、文花は意に介さない。

 「ま、ただ片付けられちゃうよりは、ヨシも本望でしょう。ヨシヨシ...」

 バックドアを開け放って屋根代わりとし、油化装置はその下に持ってくることで、とりあえずの安全策も講じた。屋根の上にも枯れ枝を並べて万全を期す。三人の男手があれば、造作なく済んでしまうものである。

 PM 2:22になった。第二部のスタートである。

 

【参考情報】 廃プラをその場で油化する / 十二月の蚊


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47. re-re-reset


 結構な人数に残ってもらっているため、分担を決めた方がいいのだが、プログラムの⑦よりも⑨が部分的に先行してしまったこともあり、まずは段取りの組み直しから始める。着手前の撮影は済ませてあったので、A.男衆中心に大物ゴミの除去、B.並行して表層ゴミの回収、C.表層分の分別とカウント、D.スクープ系などの撮影、ゴミステリー用の記録、E.残る漂着ヨシの撤収→埋没ゴミの回収、F.微細ゴミは掃除機に任せてみる、あとは当初プログラムの⑩以降に同じ、ということで落着。

 「途中、波が来たら手を休めて、皆さんで検証を...」

 櫻がこう言い出したところで、待望の波が来ることになる。下流から上流に向かって程よい速さでプレジャーボートが過ぎて行った。退潮が進んでいたので、干潟面は広く、装置担当 兼 荷物番の業平を除く全員、至近距離で波を検証する恰好となる。当地特有の小刻みな断続波は、皆々の緊張感と照応する。うねりはやがて幾重もの波を起こし、干潟に到達し始めた。

 「キター!!」

 「は、激しい」

 新任理事候補の男女もさすがにたまげていたが、程なく出たご感想は、「波も余興のうちでは?」とか「わざわざブロックする程でもないような」と至って冷静。初めての体験者の声によりけり、ということからすれば、やはり消波実験は無用になろう。京は他の面々の分も含め、ひたすらメモをとる。千歳はデジカメをずっと構えていて、動画モードで撮っていた。動いている波=動かぬ証拠、である。

 十四時半、やっとこさ段取りAがスタートする。清と緑のご年配コンビは別行動。女性陣は、各自持参のレジ袋にペットボトルなど目に付く容器類を放り込んでいるが、そのあまりの量に袋が追いつかず効率がよろしくない。中程度の袋を手にしていた文花は、取っ手の付いたプラカゴを見つけると、方針転換。これも現場力のうちか、漂着物を見事、クリーンアップ用具に仕立ててみせる。手当たり次第にポイポイとカゴに入れていたらすぐに満杯に。

 「文花さん、カッコイイ!」

 「この冬流行のマイバスケットよ」

 「じゃ、あとはお任せしちゃおっかな」

 「次は櫻さんの番。残念でした」

 冗談はさておき、実用性が高いバスケット作戦。大量であっても軽量な物であれば、こういう形でドシドシ運んでしまえばいいのである。文花と櫻が何度か往復するうちに、流木類など大物も大方片付いていた。この時点ですでに見違えるようにはなっている。再々リセットの目処が立ってきた。

 表層になお散らばるは、殺虫剤などの各種スプレー缶、栄養補給系ドリンクの瓶類、喘息用か何かの吸入器、そして化粧品やら日用品やら... 毎度、ドラッグストア並みの品揃えである。

 

 

 今回の特徴は、とにかく飲料・食品関係が全体的に多いこと。ペットボトルを筆頭に、缶飲料もパック飲料も数十単位。食品缶とそれに対応する金属フタもあれば、卵のパック、果物を包むネット、大小ストロー、納豆のお一人様用容器、さらにはクイックメニュー店のテイクアウト用味噌汁カップまである。これらは一同手持ちのレジ袋に挙(こぞ)って集められていった。

 サッパリした新名所、入り江の辺りを歩いていた清と緑は、段取りBの様子を眺めながらも、目の前の屈曲した枯れヨシの合間を覗き込んでいた。

 「ありゃりゃ、あんなところにも何かの袋が」

 緑が指差す先に釣竿を差し入れる清。枯れてはいても、手を伸ばして掻き分けて、というのはちと厳しい。竿の先に刺さったのは、

 「ハハ、ぼた餅だとよ」

 「崖からボタもち、と」 手帳に綴る。

 「何だよ、それじゃダジャレじゃねぇか」

 「もし毒が入ってたら? ただの餅じゃ済まないわよ。被害者は正に崖っぷちだった訳。ダイイングメッセージになるように、崖に置いて流されないようにした。スリリングでしょ?」

 「先が思いやられるわ...」

 「何ですって!」

 「おぉおぉ、これだからシ、ヒステリー作家は困るんだ、シシ」

 作家先生が杖でも持ってたら、ビシビシやられそうな一幕である。

 さて、段取りDの記録の片方はこんな調子なので、ここは古参の撮影係がしっかりしないといけない。だが、回を重ねて見慣れてしまっているせいか、スクープ系と言ってもピンと来なくなっている。ある程度個別には押さえてあるが、モノログに掲載するレベルとなるとどうだろう。物流用木製パレット、ブラウン管テレビ、カーテン状の繊維製品、今日はそんなところで落ち着きそうである。


 業平の隣で、南実による即席分別講座が開かれる。

 「データカードの見本をご覧いただくとわかる通り、何が発生源か、というのは概ね見当つくと思います。でも分けやすいのは可燃か不燃か、とか、プラか金属か紙か、といった素材別、でしょうね。今日は試しに素材で分類しましょうか」

 主だった廃プラはさっさと集めてカウント済み。油に変身中のもの以外は一所(ひとところ)に固めてあって、細々したゴミについてはあえて現場に残してある。今、平地に拡げてあるのは、割と手に取りやすく、識別もしやすいものばかり。種々雑多ではあるが、皆さん分別盛り。テンポよく撰(え)り分けられていくのであった。それにしてもペットボトルをこうして集めてみると、その量の異常さがよくわかる。畳二つ分くらいにはなりそうだ。


 小型ゴミや埋没ゴミを除き、この時点で暫定カウントを行う。今日はカウンタ要らずのルフロンさんがいないので、センター備品の手動カウンタを使って主だった品目を数え上げる。結果は次の通り。

 ワースト1(3):ペットボトル/百二十三、ワースト2(5):食品の包装・容器類/六十二、ワースト3(2):プラスチックの袋・破片/五十五、ワースト4(1):発泡スチロール破片/四十八、ワースト5(4):フタ・キャップ/三十七(*カッコ内は、十一月の回の順位)。順位に変動はあれど、上位品目は不動である。後続は二十から三十ほどの品目が肩を並べる。ボトル缶を含む空き缶類、スプレー缶、紙パック類、個別包装類、レジ袋、硬いプラスチック破片などなど。漂着硬球、日用雑貨、ストローが十前後と続く。

 データ入力画面は、更なるversion upが施され、南実の言っていた素材別での入力もできるようになっていた。文花はケータイを取り出すと、画面にアクセスし、その新しいテンプレートを呼び出す。発表のあった分を入力し終わると、あとは目に付く塊を数えながら、ピピとやっている。現場での操作性は確立できてきた。あとは、協賛金を頂戴できるレベルに仕上げつつ、PC版のリリースを待つばかり。


 十五時を回った。ここからは段取りのEに移るところだが、Fの方も準備が整ったようだ。装置稼動からすでに一時間以上が経っている。発電機を動かすに足るだけの油が採取できたかどうか、注目が集まる。

 「おぉ、いい色だ」

 淡い黄色の液体を取り出すことに成功。五百mlばかりあるので、全く動かせないということはなさそうだ。簡易発電機に注入し、エンジンを動かし、干潟へ持って行く。粒々が多く散らばってそうなところに設置したら、お次は廃品掃除機の出番となる。プラグを発電機につないだらスイッチオン! ノズルの先には大きな漏斗状の特殊吸引装置付き。

 「金森さんに相談したら、業務用の漏斗に格子網の円盤を取り付けてくれたんだ。これなら間違えてカニとかに当てても吸い込まないだろうって。小型の袋は難しいけど、概ね三立方糎(せんち)未満のものならこれでOK、かな?」

 人手では拾いにくい発泡スチロールの断片、プラスチックが微細化したもの、そして勿論粒々も。吸殻も小さいものなら吸引することがわかった。努力した甲斐あって、発電機が止まることも掃除機が故障することもなく、まずはめでたく実機試験終了。吸引の音が止まると、どこからともなく拍手が沸き起こる。だが、

 「ねぇ、Go Heyさん、この掃除機を充電式にすれば何もこんな大がかりなことしなくてもいいんじゃないの?」 文花が軽くツッコミを入れる。

 「ま、いい感じだけど、水にも強くないとね。あとは吸った粒々を自動で選別してくれる装置があるとありがたいんだけど」 先輩に釣られて後輩も続く。

 「油化装置も不思議よね。自分で出した油を自分が動くのに使えないのって何か変じゃない?」 櫻もなかなか手厳しい。

 ある意味、モテモテな業平だが、こうも立て続けに来られちゃたまらない。しかもどの声もごもっともだから余計にツライところ。

 「いやぁ、これはこれで立派なソーシャルビジネスモデルでしょう。充電し損なうことだってあるだろうし、現地で油が調達できるってのはとにかく素晴らしい!」 冬木が助け舟を出す。油化装置が充電式ってのがまた微妙ではあるが、その場で役立つ実機モデル、という点では合格だろう。


 業平と南実は吸い上げた粒々関係をバケツ水に浮かべて、あぁだこうだとやっている。他のメンバーは、段取りEを行うも、今までと違うのは枝を持ち上げてそのままバサバサやってから陸へ持ち運ぶスタイルになっていることだろう。埋没ゴミは思ったほど出てこなかったので、漂着ヨシを退(ど)かしたところで再び掃除機を稼動させる。消波実験は不評不発だったが、こうした家電製品を使った実験は好まれるようで、発電機が止まるまでとは言わないが、皆で代わる代わる試している。今となっては貴重な油だが、こういう使われ方は許されよう。微細ゴミは一朝一夕では吸引しきれないのである。

 厄介モノのペットボトルについては、半分程度は再資源化可能と見た。別働隊が洗い上げて、十五時半には半乾きになる。その傍らでは、可燃・不燃等の再分別が進行中。木製パレットは足場か何かに使えそうとのことで現場放置。ブラウン管テレビは金森工場行き。その他の再資源化関係も今回はクルマで運ばれることになった。可燃少々・不燃多々の袋詰めが終わり、千歳がステッカーを貼る。プログラムはこれにてほぼ終了。あとは再々リセット(=re-re-reset)後の干潟にて記念撮影となる。

 撮影係は、新ルートの入口から見下ろすような感じでデジカメを構える。早くも沈みかかっている夕日が干潟から川面にかけて残照を落とす。その紅がやけに眩しくて、シャッターを押す手が震える千歳だった。(「夕日が目に沁みる」アゲイン?) その後は冬木が情報誌用に撮る、何人かのケータイ所有者も入れ替わり立ち代わり、と続く。流域の人気スポットである何よりの証左である。

さ「今日は皆さん、長々とありがとうございました。ご意見ご感想は例のKanNa掲示板の方にぜひ」

ち「合言葉は『干潟』。半角小文字・ローマ字です。書き込み、お待ちしています」

 毎回恒例、一同礼&拍手を以って散会。社会人野球の試合も丁度終わる頃合いになっていた。


 結局、ホームランボールが直撃することはなかったが、クルマまであと十メートルというところに一球転がっているのを見てhigata@各位はザワザワ。引き揚げる選手めがけて、南実が遠投で返す。今は本塁側がザワついている。

 「ちょっとヒヤヒヤものでしたね」

 「ガードしといたに越したことないって、よくわかったわ。サンキュです」

 業平と文花が微笑み交わす脇では、クルマから降ろした枝を結束機で縛る先生と、それを見守る女探偵が居る。千歳と櫻も何となく一緒。つまりクルマの周りには都合三組の男女がいて、ちょっとイイ感じという次第。離れたところでなお残っているのは、冬木、京、南実の三人。

 「それにしてもジャンバーとか衣類も流れ着くなんて」

 「河川敷生活者が着てたものかも知れませんね。あの状態だとさすがにリサイクルには向かないんでしょうけど... あ、京さんが勤めてたスーパーって自社ブランドの衣料品、回収してるんですよね?」

 「えぇ。でも自社品だからって、漂着衣料ってのはやっぱりねぇ。漂白ならまだしも。ホホ」

 冬木がここで冴えたことを云う。

 「自社ブランドの食品とか飲料とか、そういうのの容器包装類ってのはどうですか? 洗って乾かして持ってけば引き取る、そんなサービス」

 「特定できればそれは... あぁ、いわゆる事業者責任ってやつ?」

 「抑制策の一つにはなるでしょうね。売ったらそれでおしまい、じゃなくて再資源化できるものはしっかり回収して次に活かす。CSR以前の話。社会的責任として当然と言えなくもない、かな」

 冬木としては情報誌ネタ、南実としては企業へのアプローチネタ。京は元勤務先の話ということであれば取り次ぐのは十分可能。夫君の名誉挽回の心算(つもり)はないが、今日の第一部での談議がしっかり頭に残っている以上、何らかの貢献はしたいと思う。いや、少しでも役に立てるなら願ってもないこと。CSRつながりで言うなら、冬木はそのスーパー本部の担当者とはすぐにでも話はできる。

 かくして、干潟端での何気ない雑談は「三方好し」に通じる要談となり、新たな展開への布石が打たれることになる。三人から七人に増えたところで、まとめとしてはこうなった。文花曰く、

 「じゃあ、京さんから店長に話をしてもらって、うまく行けば本部のCSR担当にも同席してもらう、と」

 南実が継ぐ。「榎戸さんと私とで話を聞いてきます。本当は漂流漂着の話もしたいけど、まずは事業者責任に沿った取り組みを伺おうという趣旨で」

 ここで業平が一石を投じる。

 「今日スキャンした中に実はさ、そこの自社ブランド品も混ざってたんだ。それって何か使える?」

 「現物があればよかったけど、原料に戻しちゃいましたよね」

 「あ...」

 「いいですよ。次回、一月もやりますよね。その時にしっかり証拠を押さえれば。もし見つからなくても、今回の読み込みデータがあればないよりはいいでしょうし。となると、話が大きくなるから...」

 これで同席者を増やす必要が出てきた。業平はPC持参で必須、それと現場に詳しい人物が要る。千歳か櫻か両方か。対談形式とすると人数バランスを考慮しないといけないから悩ましい。それでもhigata@にこの話題を振ってみて、出れる人には出てもらおう。先方とは年内に日程調整して、年明けどこかで一度、と相成った。


 十六時ともなると段々暗くなってくる。清と緑の著述家コンビは、日が沈みきるまでは散歩するんだとかで、仲良く去って行った。今日はスクーターではなくバス+徒歩で来た京はクルマに便乗して、早速店長に会いに行くと言う。南実も同じく商業施設までは同乗。文花は運転席、助手席には業平。クルマ組はこの四人というのが決まったところで、取り残された観のある冬木がポツリ。

 「皆さん、忘年会とかは?」

 「ハハ、そう来ましたか。メーリングリストでもそういう話なかったから何とも。でもホラ、音合わせ会はしますよ。年の瀬の祝日だけど。それが代わりですね」

 「櫻さん、それって僕もいいんですか?」

 「あの楽曲データ聴いてピンと来るようでしたらぜひ。ねぇ、ソングエンジニアのお二人さん?」

 文花はカラオケ会には居合わせなかったので、音楽的傾向どうこうというのは定かではないが、この音合わせ会には参加する意向を固めている。これに冬木が加わるとなれば、higata@メンバー十人全員が揃うということになる。

 「そうそう、見てて思ったんだけど、あの発電機ってアンプスピーカーもOKだよね」

 「燃料をしっかり充填すればね」

 「てことは、ここでも演奏会できる訳だ。まぁ小規模だろうけど」

 「ははぁ、千ちゃんの考えてることわかってきたぞ。音楽を通じた訴え。違う?」

 「大衆小説の話がヒント。ゴミについて考えてもらう曲ってのもアリかなぁって。荒川とか干潟とかは想定してたけどさ、メッセージソング風も一つ」

 と、主にエンジニアのお二人で音楽放談中。同じ頃、気になるリズムセクションの二人はと言うと、何と都内某所のスタジオでドタスカやっていた。こちら、弥生に斡旋してもらったとのことで、なかなか要領がいい。だが、

 「これハチ、そこ早い!」

 「こういう曲あんまし叩いたことないから」

 千歳原曲、業平編曲のダンサブルナンバーがモニタースピーカーから小出しで流れている。間奏に差し掛かったところで待ったがかかった、という一幕である。

 「こっから舞恵のコンガが入るんだからさ、ドラムがうまく橋渡ししてくれないと」

 「コンガらがっちゃうってか?」

 舞恵はその辺にあったカウベルのバチで一発。ハチ君、とんだトバッチリ?

 音合わせ会に先立って、ということではあるが、千歳と業平の知らない間に話が進んでいる。今日は全部で四曲、音、いやリズム合わせをする予定というから見上げたものだ。


 クルマは詰所脇で停まり、ステッカーを貼った袋が冬木と業平とでせっせと下ろされる。クルマが戻ってくるまでの間、干潟端では、京と千歳、南実と櫻、という組合せで何やら話をしている。

 「昨日は結局お話できなくて... 南実さん、何て言うか、勘違いしてたみたいね、私」

 「いいえ、私こそ紛らわしい真似して。自分でもよくわかんなかったんだけど、そう、兄を彼女にとられちゃう妹の気持ち、ってとこだったみたい。ま、兄と妹の組み合わせだと、妹の方はなんてゆーか、こう張り合おうとするでしょ? どうもそういうのが抜けてなくて。勝手に櫻さんをライバル視してたってゆーか。やーね」

 南実はまた涙目になってきた。櫻はレンズを落とさないためにも、ここはぐっとこらえる。

 「小松、いや南実さんでいいのよね。今後もどうぞよしなに。お願いします」

 櫻が手を差し伸べると、南実は両手で受け止めた。

 「兄、いや千さんをお願いしますね。櫻姉」

 「姉ってか。あんまり変わんないのに、何か変」

 「学年は一つ違うでしょ? 十分お姉さんよ」

 京とCSRの話なんぞを真面目にしていた千歳だったが、笑い声を聞いて新姉妹のところにノコノコやって来た。

 「あ、千歳さん、いいとこに来た。南実さんの隣に並んでみ?」

 「は、はい」

 「ウーン、そうだなぁ、確かにどっか似てるような... 特に目、かな?」

 「ヤダな、櫻さん。思い出し泣きさせる気?」

 今更ではあるが、千歳は南実を見入ってみる。

 「千さんまで、そんな。見つめないで」

 南実が千歳に寄せる感情は恋愛のそれとは違うことはわかった。だが、その逆は? 櫻はふとこんなことを考える。「もし、私より先に南実さんと出会ってたら、どうなってたんだろう?」 千歳も正直わからない。顔がどこかしら似ていれば親しみを覚える、情も移る。これは自然な流れだろうけど...。

 笑顔も似ている気がするが、決定的に違うのは、えくぼが有るか無いか。これまでも少しは気付いていたが間近に見たのは初めての千歳。南実のえくぼは魅力的である。その近く、頬を伝うのは涙の細い線。心動かされない訳にはいかない。

 「こ、小松さん?」

 「あ、平気平気。夏女は冬に弱いの。寒風がね、目にしみるというか」

 「・・・」


 四人を乗せたクルマが発った頃、西の方角では深い青が拡がって来ていた。千歳はまだボーッとしている。

 「今日は廃プラも消化しちゃったし。手ぶらで帰るのって初めてネ。千歳さん、聞いてる?」

 「あ、えぇ。それはそれでいいんだけど、今日って櫻さん恒例、いいもの、やったっけ?」

 「ハハ、玉野井のおば様があれこれ出すもんだから、圧倒されちゃって、その」

 初姉のはデジタルだが、櫻が持って来ていたのはアナログの温湿度計。

 「安物だからあんまり正確じゃないけど、片手で持てるのがポイント。ちなみに今は... 十℃? 湿度は四十%。この時期にしては、寒くないし、乾いてもない、か」

 「櫻さんといると、暖かいし、潤うし、へへ」

 「何だかなぁ。熱でもあんじゃないの? これで計って差し上げましょうか?」

 十六時半である。冬至に向けて日脚はどんどん短くなっていて、夕闇が包み始める。別れ際にこういうセリフが出るのも無理はない。

 「暗いなぁ、怖いなぁ。一人で帰るの、ヤダなぁ」

 「妹さんに迎えに来てもらったら?」

 「へぇ、そういうこと言うんだ。やっぱ、どっかおかしいんじゃない?」

 「へへ、冗談冗談。まずは拙宅でひと休みして行ってくださいな。で、お帰りの際はちゃんと自転車でお供します。OK?」

 「そう来なくちゃ♪」


 一方、クルマ組の四人は、商業施設に到着したところである。

 「あ、京さん、レジンペレット、また使います?」

 掃除機で集めたペレットは選別され、ジッパー袋に入れてある。色とりどりなので見ているだけでも楽しい。

 「実は以前いただいたペレットで試してみたんですけどね。隙間ができないように無理やり伸ばしてたら何だかただの円盤みたいになっちゃって」

 「型抜きは何を?」

 「ハートだったんだけど」

 「それが円形に?」

 前の席の文花も業平もこれを聞いて大笑い。

 「初音さんも丸いの好きですもんね。夫婦円満てのもありますし。よろしいんじゃないでしょか」

 「ホホ、じゃあまたトライしてみます」

 そんなやりとりを残して、後部座席の二人は下車した。南実の両手には袋いっぱいのペットボトル等々。不審な感じがしなくもないが、元店員が付いていてくれるので、何とかなるだろう。


 運転手は文花、助手は南実ではなく業平。川沿いの道路をしばらく走って、最初の赤信号で停まったところで、ようやく運転手の口から言葉が出る。

 「Go Heyさん、十二月二十四日ってどういう日?」

 「はぁ、今年は振替休日だなぁってくらいですね」

 「じゃお休み?」

 「昼間は人と会う約束があるんですが、その後は別に」

 「そう...」

 何ともまどろこしい会話だが、ズバッと聞けない・言えない、そんな事情が互いにあるようで。


 リズムセクションの二人をスタジオに案内した後は、まったりと青山通りを散策しながら表参道界隈へ。優雅な午後のひとときを過ごして、今は某シアトル系カフェで熱めのコーヒーを啜(すす)りながら語らう。弥生と蒼葉である。

 「で、二十四日空いてるっていうから、早めにお昼ご馳走してもらって、その後はスタジオで特訓しようってことになったの」

 「まさかそういう展開になるとはねぇ」

 「本多さんの音の創り方って何かイイのよ。八十年代風なんだけど、重くてグルーヴがある感じ。でも、あたし所々いじっちゃったもんだから。とにかく一度スタジオで鳴らしてみて、その場で補整する。この際だからベースも生で、て訳」

 蒼葉はカップを手にしたまま、こんなことを呟く。

 「実は私、ちょっと気になってたんだ。でも、弥生ちゃんがイイ感じそうだから」

 「エ?」

 「いいの。これで決まり。やっぱり今年は彼に逢いに行く。メールがダメなら直接行動よ。ついでにセーヌ河の漂流ゴミなんかも見てくる」

 「何か、スケール大きいし」

 「ま、も一つのきっかけは姉さんね。去年までは一人で過ごさせるの可哀想だったから、気が紛れるように付き合って差し上げたけど、今年のクリスマスはおかげ様で見通し立ったから」

 「そっかぁ。でも、お二人さん、どこまでいい関係になったんだろ?」

 「こないだ、私じゃましちゃったみたいなのよね。その後、どうなってるかは不明。遅咲きでいい、みたいなこと言ってたから、まだまだ、と思われる...」

 「櫻姉のことだから、ちゃんと仕掛けるわよ。何かがあるとしたら、二十四日、でしょうね」

 フムフムと頷き合う応援団シスターズなのであった。コーヒーはようやく程よい温度になってきたが、この手の恋愛談話はそうそう冷めない。青山の空も濃い青から今はすっかり黒に変わっている。

 

【参考情報】 2007.12.2の漂着ゴミ / 前向きな事業者責任


スローダウンな師走

十二月の巻(おまけ)

47. スローダウンな師走


 櫻が千歳宅に来る時は何かひと仕事、というのが定着したようで、ひと休みでは済まなかった。二部構成(現場視察~リセットクリーンアップ)だったこともあり、一人でダラダラと書くのはしんどい。二人で意見を交わしながら記事にした方が、単調にならないし、立体感も出てくる。漂着物の物に引っかけてのモノログだったが、対話の中から書かれたとなると、ダイアログである。ブログタイトルについては、正に「物議」を醸しそうだが、十二月最初の漂着モノログは、かくして二日の夜のうちに更新される。共同執筆による今回の一件は、higata@でも忽ち話題を呼び、それに釣られてか、メンバー個々のやりとりも活発になっていった。

 櫻ó南実、文花ó業平の二組は、二日の展開からして何となくわかるが、弥生ó舞恵、業平ó八広といった音楽つながりの組合せもあって、目が離せない。冬木の情報誌は予定よりも遅れたものの、週明けには間に合い、サイトの方も無事更新。higata@には更新御礼の一文とともに、次号予定として、データ入力画面を紹介する件のお伺いが流れる。一月号と言っても年内には発行手配をかけないといけないため、切迫している。だが、開発者や管理者の方は先行して動いていたので飄々たるもの。ほぼ同じタイミングでポンと返事を打つ。「ケータイ版の新規利用者登録、いつでも受付OK」「PC版、案内画面は八日にセンターでお披露目予定」だそうな。お披露目の際の反応をもとに、入力画面(PC版)の仕様をまた考えて、その翌週にでも弥生に作業してもらおう、というのが千歳マネージャーの手筈である。


 KanNaの特設掲示板の方もそこそこ賑やか。現場に湊が現われなかったこともあってか、言いたい放題な向きも認められる。管理人としては悩ましいところだが、どれもごもっともではあるので、特に削除するでもなく静観の構え。「良かれと思って、というのはわかったが、まずは話を聞かなくては」「対症療法の繰り返しは傷を深めるだけ」「本来の姿を考えるための教材だと思えばいい。自然のことは自然に委ねたい」 ここまででも十分と言えるが、さらには「ゴミは来ないに越したことはないが、来るものは拒まずでもある。干潟での回収、大歓迎」という書き込みまで。初日の討議、二日目の視察、プログラムとして一体感を持たせた成果があったと言うべきか。辛辣ではあるが、勇気づけられるメッセージ。それらはそのまま八日の理事候補会合でも取り上げられ、一文書として練られていくことになる。

 ご夫人からも報告はあっただろうが、仲介団体からの一筆というのはまた重みがある。河川事務所宛に消波実験に対する見解書が送られたのは、課長から話を聞く会の十日後のこと。課題解決アプローチとしては適度な速さと言えよう。

 設立準備中ながら、法人としての形が整いつつあるのは事実。それは一つの強みになる。そして、役員連名でこうした書面が出せた、ということが何よりも励みになる。ちょっとした事件があると、時に地域力・現場力が高まる、という話を一部の面子は聞いていたが、それを図らずも実感できたという訳である。回答書の内容によりけりではあるが、石島課長にはひとまず感謝しないといけないかも知れない。

 七人全員が揃った八日の会合では、この他に、①設立総会の詳細、開会までの工程決め、②総会までの間の仮入会の促進(総会後に会員として移行してもらうためのルール決め)、③総会議案、特に定款案の早期決定、④部会行事をどうするか(有力案は、一月のゴミ減らし協議を皮切りに三月まで三回、部会設定を模索しながらお試し講座を開くというもの)、⑤公募中の法人名称案の中間発表を受けて(決定は一月の講座終了時を予定)、等々が付議された。これらに加えて千歳からは、例のデータ入力画面(PC版)の説明と紹介がなされ、概ね高評を得る。情報誌で先行案内するも、PC版実演は一月の講座で行えば集客にもつながるだろう、という話でまとまった。ニーズを探る上でもデモは重要。当日の反応次第では、サービスの有料化なんかも視野に入って来そうだ。すると今度は、法人の収益基盤、監査体制、運営業務委託時の備え等の話に膨らむ。途中、休憩を挟みはしたが、そんなこんなでぶっ通し状態。十三時に始まり、延々五時間。閉会と閉館はほぼ同時刻となった。

 盛り上がるのはいいとして、その分、議事録をまとめるのは大変になる。議題ごとにメインとサブを交代しながらPC速記をしていた千歳と櫻だったが、さすがにヘトヘト。議長の文花もマーカー片手に青息吐息。速記官を置くか、センター休館日に行うか、何らかの工夫が今後は必要になりそうだ。


 センターの関係各位にとっては、前半の方があわただしい師走となった。歳末にかけてドタバタするのが世間だとすると、こっちはその逆。後半はむしろスローダウンとなる。今日はその境目となる第三土曜日だが、早くもそのスロー加減を象徴するような事態に。お留守番の二人の会話もこうなる。

 「じゃ、矢ノ倉さん、今日はビッグサイトに直行ってこと?」

 「業平さんにいろいろと教えてもらいながら見学するんだそうで」

 「土曜日の『エコプロダクツ』って、それなりに人出があるだろうからなぁ。お目当ての展示を見て回れるかどうか」

 「文花さんの狙いは、ちょっと違うと思うな。教えてもらうってのは口実よ。デートしたいだけじゃない?」

 マスクをしてない文花さんのこと。きっとクシャミに苛(さいな)まれてることだろう。


 議事録署名人の玉野井のおば様、代表理事候補の掃部のおじ様のチェックを経て、議事録がようやくまとまったのはこの日の夕方。元気印の文花が帰って来た。

 「どうでした?エコプロ」

 「えぇ、楽しかったわよ。ハイ、お土産!」

 「楽しくて当然。デートだもん」

 「あくまで環境市場調査でございます。誰かさんの七夕デートとは違うんだから」

 なんて言いながらも、大きめのマイバッグから愉快そうに収集品を取り出す文花。カレンダー、エコバッグ、各種ノベルティ文具、ケータイストラップ、その他試供品の数々。

ふ「どれでもお好きなのどうぞ。って言っても、お二人さんの場合はどれも共有か」

ち「あれ? これって生分解性?」

ふ「あぁ、そのゴミ袋ね、バイオマスマーク付きのサンプル。そんでもってこっちの手提げ袋はバイオプラマーク付き。農林水産系と経済産業系でそれぞれ協会があって、似たようなものなんだけどマークが異なる、つまりタテ割りね」

さ「どっちにしてもこれが普及すれば環境負荷は減る?」

ふ「消費者にとってはわかりにくいけど、結果オーライかしら。でも、一緒に取り組むことが何よりの負荷削減じゃない?」

 ただのデートではなかったことは、集めてきた資料の量からもよくわかった。商品パンフレットの一例で言うなら、

さ「それにしても、バイオマスCDにバイオマスシューズって。DVDとか運動靴が漂着するくらいだから、これってアリかも知れないけど、新商品開発競争に歯止めをかける方が先のような...」

ち「これは? 水溶性ファスナー? 溶かせば済むってか」

ふ「まぁまぁ。私としては、この簡易式の緑化システムがイチ押しね。野菜用のキットもあるみたいだし。センターで地場野菜、どう?」

 来月の講座ネタとしても使えそうな最新の情報が今ここにある。商品の開発競争の見本のような観もなくはないが、ゴミを抑制するための解決策も少なからず含まれている筈。情報源人物、矢ノ倉文花の本分を見た思いの二人は、改めて敬意を表することにした。

ち「おそれいりました。事務局長殿」

さ「デートしながらもここまで抜かりなく、とは」

ふ「だから、デートじゃなくて...」

さ「はいはい、調査でしょ。二人の距離の」

ふ「もおっ! カレンダー没収!」

さ「それは彼の、カレンダー♪」

 千歳が止めない限り、ずっと続きそうなこの漫談。観客としてはさらにけしかけたいところだが、あいにくお開き、いや閉館の時間になってしまった。外は真っ暗。来週まで、つまり冬至まではただひたすら日没が早まっていく。

 日脚が反転するのが待ち遠しい。だが、待ち遠しいのはその翌日のメンバー集合会か? いやいや、さらにその翌日が本命だろう。三者三様なれど、想うところは同じ。素適な聖夜が待っている。

 

【参考情報】 「エコプロダクツ2007」と2つのバイオ某



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