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祝 × 4

二月の巻(おまけ)

62. 祝 × 4


 そして、待ちに待った十六日。一昨夜から昨朝にかけて何かがあった割には、全く普段通りのアラサー二人は、表情とは裏腹に体の方はせかせかと動いている。あわただしいのは、昨日半日櫻が不在だったためではない。前夜に朗報が飛び込んだからである。

 「お祝い用のデコレーションて、難しいわぁ」

 片面使用済みの色紙に、おなじみのスマイルマークをプリントアウトしたものをあちこちに貼ってみるが、どうもピンと来ない櫻である。

 「万国旗とかあれば違うのかな」

 「国際交流の場だったらまだしも、内輪の会だから。ま、あとはデコレーター次第かな」

 内輪向けイベントと言い切ってしまうと、公共施設だけに憚られるところ。キャンドルナイトの時と同様、扉には「開館中 *ただし、祝賀会実施中」との貼り紙。これなら許される?

 文花は取り急ぎ、得意の野菜スティックなどを作っているが、今日は持ち込み式なので、それほど周到ではない。会議スペースのテーブルをくっつけて、食器を並べれば大方OK。一輪挿しを配する余裕さえ見せる。


 弥生&六月に続き、デコレーターさんも到着。開会三十分前である。

 「ハハ、スマイル♪」

 弥生は満更でもなさそうだが、舞恵は早速ダメ出し。

 「ウーン、何かパッとしないなぁ。そのスマイル君さ、丸坊主だからつまんないんよ。舞恵みたいにクルクル髪でも描いてみたら?」

 「そうか、ボサボサ」

 「たく、そのセミロング、ボッサボサにしたろか」

 この様子を見ていた六月は、さながら眼鏡をかけたスマイル君といったところだろうか。呆れながらも薄ら笑い。


 祝賀会場には些かファンキーなスマイル君で満たされることになる。だが、まだ物足りない。

 「やっぱチカチカするのとか欲しいかな」

 「あ、そうそう、六月!」

 少年が持ち込んだ紙袋の中には、クルクルというか、グルグル巻きの物体が入っていた。

 「バイト先の倉庫に転がってたから、持ってきちゃった」

 クリスマス時期にはエントランスなんかを煌かせていた。シーズンオフに入ったと思ったら、この通り起こされてしまった次第。LED式イルミネーションケーブルである。

 「でかした!」

 デコレーターは、すっかりスマイル顔。ホワイトボードに引っかけ始める。肝心のボードメッセージがないが、そこはチカチカの具合を見ながら、書き足すことになる。


 「へへ、舞恵はこいつを持って来たさ」

 ルフロンも大小の紙袋を持っていた。突飛なことをしでかすのは、今も昔も変わらない。手荷物検査したっていいくらいである。とりあえず小さい方を覗き込んで櫻は一言。

 「ハハ、そう来たか」

 「くす玉とかないんでしょ? 本人が来たら、皆でね。景気付け♪」

 「って、これが差し入れ?」

 「んな訳ないじゃん。あとでちゃんと八クンがね」


 朗報の多寡にかかわらず、もともと予告はしてあったので、メンバーの集まりは頗(すこぶ)る良かった。気合いの情報誌の追い込みで、あいにく冬木は不参加だったが、蒼葉、南実、八広、そして第三の男、業平も相次いで現れる。higata@の十人中、九人がセンターに集結。櫻がボードに向かっている間、舞恵は景気付けグッズを銘々に配る。出迎えの準備は整った。そして、

 十五時ちょうど、お祝い対象の本人が母、妹とともに晴れ晴れと参上。

 「皆さん、こんにち... わぁ!」

 「ウヒャー!!」

 姉妹ともどもびっくり仰天。エントランスからカウンターにかけての数メートルの間に、十人十発のクラッカーが浴びせられたとあれば、普段はあまり動じない二人も大声を上げざるを得ない。ビックリくりくりさんの演出、大成功である。


 「おめでとっ! 初姉」

 今日もくりくりなルフロンさんのご発声に続き、一同からは拍手喝采。

 「まさか、こんな... あ、ありがとうございますっ!」

 このお嬢さん、これまで不機嫌顔か笑顔かのどっちかしか見せなかった気がするが、この瞬間を以って新たな表情が解禁されることになる。

 「あーぁ、お姉ちゃん...」

 妹が寄り添い、その周りに輪ができる。クラッカーに腰が引けていた母はセンターに入りかけたところでその様子を見守る。姉妹同様、涙目である。


 時間が止まったようなスローモーションな時が流れる。が、それも束の間。

 「何だ何だ、ここは今頃春節かいな。爆竹でも鳴らしたか?」

 「あら、先生...」

 京の潤んだ眼差しに清はイチコロ。

 「ハハ、呑んでねぇのに酔っちまうわな」

 とか言いながら手土産はちゃっかり流域の地酒だったりする。そりゃ誰かしらは呑むだろうけど、

 「センセ、今日はどっちかというとお茶会よ。まぁどうしてもってことなら、私、お相手しますけど」

 「そっか、その手があったか。でも、これ辛口だぜ」

 「私、こう見えても強いんですのよ」

 勤務時間中のところ、代表と事務局長がこうである。だが、そこは矢ノ倉事務局長。

 「今週は定休日が祝日だったから、今日は私としては代休です」

 「ヨシヨシ、じゃまぁパァッとやるか」

 二月十一日は固定だから致し方ないが、月曜定休の施設はハッピーマンデーで割を食うのが相場。代休を設けるか、それとも定休日を変更するか、どっちにしろ法人として独立した暁には、そうした運営細則も自主的に決めていくことになる。先送りになっていた理事会だが、議題の方はこうした例にあるようにしっかり蓄えられ、追ってくる。ま、今日のところは英気を養っておくのが一番だろう。


 初音を囲んでいた輪は何となく広がって、お祝いボードを取り囲む形になっている。ここで、板書した当人がその箇条書き一行目を読み上げる。

 「では、改めまして、こちら。祝・石島初音さま、第一志望校、合格! ですね」

 「ハイ! おかげ様で。第二・第三の方が怪しかったりしますが、第一が通ればこっちのもんです」

 舞恵は手を叩きながら二言三言。

 「何かいいなぁ、青春真っ盛りってゆーか、合格決まって入学までの間とかって、やりたいこと一気にできるって感じしてさ」

 「えぇ、やりたいことはもちろんいろいろ。でも、それよりもここ数ヶ月の念願があって」

 言い出しにくそうにしていたら、今度は南実が一言。

 「念願? 志望校合格じゃなくて?」

 「こうやって、笑顔で皆さんとお会いする、ってことです。そのために頑張って来れたようなもんかも。だから今、それが叶ったのがすっごく嬉しくって、う...」

 笑顔でと言っていた矢先にこの通り。これには男性諸氏も目頭を熱くせざるを得ない。

 「二カ月前くらいでしたかね。櫻さん発、弥生さん経由で、親父の話、聞きました。それも励みになったかな」

 「あぁ、トーチャンの泣かせる話かぁ」

 その場に居なかったメンバーがチラホラいるので、しばし、その時のレビュー話で盛り上がる。が、

 盛り上がってる場合ではなかった。

 「いけね、これ出すの忘れてた。冷めちゃったかなぁ...」

 大ぶりのランチボックスを開けると辛うじて蒸気が出てきた。今となっては懐かしい、ニコニコ...パンケーキである。

 「ニコニコじゃ済まないわねぇ。十、十一...」

 「とりあえず二十二枚、いつもより大きめに作ってきました」

 一人二枚とは行かない計算だが、ニコニコものであることに変わりはない。

 「そしたら、こっちも。蒼葉ぁ、Tu es prêt?」

 「ハイハイ。Bon anniversaireネ。小梅ちゃん!」

 「え?」

 景気(ケーキ)付けに始まり、パンケーキが出てきて、お次はバースデーケーキである。

 「一日遅れだけど、これはシスターズからのお祝い。お誕生日おめでとっ!」

 「櫻さん、皆さん...」

 箇条書き二つ目以降は、クイズでおなじみの紙隠しがしてあった。二行目はズバリ「祝・石島小梅さま Happy Birthday!」 ボードの周りのチカチカが小梅の瞳に程よく反射していて、少女漫画のヒロインのよう。そんな目の輝きは涙で倍加することも考えられるが、とにかくキラキラしているうちがチャンス。先にセレモニーをやってしまおうということで、そのクリームたっぷりのホールケーキにはキャンドルが立てられ、火が点される。

 キャンドルの本数と同じ人数が円卓を中心に集まっている。楽器があればバンドの生演奏つきでお誕生日ソングを歌ってもよかったのだが、ここはアカペラでお祝い。

 六月は火を吹き消す小梅を見ながら、

 「火は消えちゃったけど、オイラ的には萌えー... 何ちって」

 シスターズが勢ぞろいした今だからこそ、逆に確信するものがある。彼の意中は一人に絞られていた。春一番はまだ吹かずとも、心の中はとっくに旋風(つむじかぜ)状態。人はこれを思春期と呼ぶ。


 拍手の余韻が残る中、板書担当が声をかける。

 「こういうお祝いは、続けて行っちゃいましょう。三つめは、プライベートのようなそうでないようなですが、蒼葉さん、どうぞ」

 「え、これ私が外すの?」

 両端のテープを剥がすと、今度は「祝・千住蒼葉さま 準大賞ご入選!」

 「アハハ、櫻姉、ありがと」

 サプライズネタの筈だったが、小梅→六月→弥生→業平といった連絡網で周知されていたようで、インパクトは弱め。当該作品を披露できればまた違ったのかも知れないが...

 「あぁ、そうそう持って来たよ。気が利くっしょ」

 舞恵の怪しげ紙袋、そのでかい方には拝借していた蒼葉ブルーの佳品が忍ばせてあった。

 「おぉ...」

 一同、特に男性諸氏は揃って嘆声を漏らす。

 「って、これとは違うんだよね」

 「連作って考えれば、これも賞モノ、かな?」

 「とにかくさ、アトリエで眠ってるのも持ち込んでさ、センターで個展なさいよ。舞恵、画伯の絵、好きよ」

 「が、画伯てか。そりゃどうも。じゃ漂流・漂着をテーマに、ってことで」

 センターの新たな活用策が導かれることになる。そんなこんなも含め、祝賀会らしく再び拍手が広がった。

 「ルフロンさ、詞の方は? 画からインスパイアされてどうこうって」

 「あぁ、この後、八クンと練れば完成。あとは曲だけど...」

 ノリを求めるなら業平だが、しっとり聴かせる曲を、ということなら千歳か。ソングエンジニアの二人は、その絵を観ながらすでにディスカッションしている。この際、合作というのもいいかも知れない。


 「で、四つめはお祝いって程じゃないかも知れないけど、この通り。祝・季刊誌、無事発行!でございます」

 「ま、ブログで蓄積があったとはいえ、ここんとこのイベントラッシュなんかもよくまとまってたし。いいんじゃない」

 文花は手を叩きながら、軽く賛辞を送る。

 「ついでに申し添えますと、二月の定期クリーンアップの方も無事済みましたこと、改めてご報告...」

 言い終わらぬうちに、ブーイングが飛ぶ。

 「それはね、抜け駆けっていうのよ。二人だけでズルイっ!て正直思った」

 「そうよ、あたし達だって、楽しみにしてんだから」

 蒼葉と弥生である。彼女らなりの社会科学的アプローチを以って、しっかり卒論はクリアした。今となってはデータの分析も何も、差し迫った用件はない。さらなる向学心ゆえの発言ともとれるが、からかい半分、憤懣半分、といったところだろう。

 「まぁまぁ、もとはお二人で始めた取り組みなんだから、たまにはいいじゃない、ねぇ?」

 文花が取り持ったところでどうにかなるもんでもない。

 「二人の愛は、この蒼より出でて...」

 「川の青、空の青よりも深し、か」

 絵画を前に、なかなかの詩人ぶりを見せる妹分二人である。櫻は真っ青、否、真っ赤になって喝。

 「もうっ! さっさと移動!」


 円卓に丸いケーキがいくつも並ぶというのも悪くはなかったが、お茶会会場はあくまで会議スペースである。珈琲は人数限定ながら、お茶の方はポットサービススタイルでいくらでも。とにかく準備は整っている。

 パンケーキが冷めてしまってはいけないので、挨拶は至って手短。

 「皆さん、いつもありがとうございまーす。で、この度はいろいろとおめでとうございます、です。とにかく乾杯!」

 まだ呑んでいないのだが、文花はすっかりご機嫌である。仕切り役がこの調子なので、あとはご自由にご歓談...とはならなかった。始まったのは独占会見である。


 「舞恵としては試験の出来が気になる訳さ。特に英語、どだった?」

 「えぇ、自分で喋る訓練した甲斐あって、聞き取るのも楽でした。ヒアリングはバッチリ。訛(ナマ)ってなかったけど。ヘヘ」

 「Oh-oh, Good grief!」

 「え?」

 「ヤレヤレ、とか、あきれた、って意味よ。悪かったわね、ブロークンで」

 「感謝してます。Great Teacher Okumiyaさん」

 略すと、どっかの破天荒教師になりそうだが、ま、いいか。

 「小論文ってあったの?」

 こういう質問をするのは、最近まで論文に追われてた女性しかいない。

 「えぇ、人間環境学に関係してか、お題の一つにボランティア論があったんで、それで。自分で実際にやってみて思ったことを率直に、あとは弥生さんとやりとりした中で感じたこととか...」

 社会奉仕という観念だと、きっかけにはなるが自発性に欠ける。ボランティアは文字通り自発性が求められるが、その自発の根源にあるものが利己か利他かで分かれる可能性がある。自己満足や功名心と表裏一体な面があるのは織り込み済み。だが、そういうのが見え隠れしないボランティア活動を求める人もいる。それをより明確に定義するとしたら?

 「で、これからは課題解決型市民によるソリューション行動が欠かせないのではないか、といったまとめ... ちと大げさでしたかね?」

 弥生も同じようなことをぶち上げて、一大宣言してしまったのは記憶に新しい。だが、ケータイメール程度でそこまで省察が及ぶものなのか。いや、現場体験から導かれる実学の力が大きかったことは言うまでもない。そして何より干潟に集う人達が、当の課題解決型市民(根底にあるのは蒼氓の精神)だからこそ実感を以って書き得たのである。

 あまりに立派な御説だったので、掃部先生も地酒そっちのけで割って入る。

 「いやぁ大したもんだ。親父さんにも聞かせてやりてぇや。役所ってのは課題解決どころか、時に課題を増やしちまうからな」

 「でもセンセ、役所がしっかりし過ぎちゃうと、市民の出番がなくなってしまうんじゃ」

 「ま、何事も程々ってことですな。ワッハッハ」

 お酒も程々に、と文花が返したかどうかはいざ知らず、である。

 会見はまだまだ続く。

 「とすると、初音嬢としてはどんなソリューションをお考えで?」

 業平が起業家らしいことを訊く。

 「マッピングとか、流域予報とか、何かこう分析系に基づいたお役立ちネタを。あ、クリーンアップの調査結果もほしいです」

 「そしたら、こないだの分も合わせた集計表、送りますワ。アドレスは?」

 こうなると、かねてからのお約束を思い出さない訳にはいかない。

 「そうだ、メーリングリスト! 入れてください」

 「おぉ、そうでした。では、担当の隅田クン、よろしく」


 円卓には再びPCが戻る。千歳はブラウザで管理画面を開くと、初音にアドレスの入力を促す。

 「ケータイ用じゃなくてPC用ですよね。だったら、ohatsu@...と」

 「え? 初姉さん。おはつって、あだ名?」

 「何か変スか?」

 「おふみ、おすみと同じシリーズだなぁって思ってさ」

 higata@への仲間入りを果たしつつあった初姉だが、それを祝す向きばかりではないことを知る。卓の脇にはいつしか小梅が立っていて、

 「お姉ちゃんいいなぁ、ってゆーか、小梅、仲間はずれみたいな感じ...」

 実に淋しそうにしている。まさかメーリスが姉妹を分かつことになってしまうとは。管理人としてはそれは不本意というものなので、一つ策を打って出る。

 「小梅さま、自宅PCは何台?」

 「二台あります。でも、お姉ちゃん専用が一台、小梅のは...」

 三人共通のデスクトップがあるらしい。それでもアカウントは分けてあるようなので、メールの設定は大丈夫。あとはサーバ保存日数を間違えなければ、共有可能である。

 「じゃ今から姉妹共通のアドレスを作ります。この通り設定すれば、どっちも受信できるし、どっちからも発信できるよ」

 「今から、ってのがスゴイし」

 「さすが、千兄!」

 十代の女性二人からこのように激賞されるのは何とも言えない気分である。テレを隠すように、設定メモをちょちょっと直してプリントアウト。その間、姉妹はアドレスを決める。

 「ははぁ、sisters@って... そのままじゃん!」

 「そりゃ、仲良し姉妹だもん。ね、小梅?」

 「じゃあ、自己紹介メールとか、第一報は姉妹で一緒にってことで、よろしくね」

 会場のスマイルマークが奏功したか、いやいや、初音はとうに表情の作り方を会得している。そして何かを伝える時は、表情を伴わせることで、より力強さが増すことも体得済み。姉は実にイイ笑顔で妹に優しく語りかける。

 「小梅、今までほんとゴメン。ツライ思いさせちゃって...」

 仲良し姉妹云々のくだりですでに半泣きになっていた小梅は返す言葉もなく、ただ頻りに頷くばかり。千歳も同じように首をタテに振ってみる。記念すべき場面に立ち会えたことが何よりも嬉しい。sistersと打つ手が震えて仕方ない。

 と、いつしかSistersが増えていて、何やら騒々しい。

 「いやぁ、千住姉妹もイイ味出してっけど、石島姉妹もいいねぇ。泣かせるワ」 ルフロンが口火を切る。

 「櫻姉も見習ったら?」 蒼葉はまだ姉に絡んでいる。

 「ま、とにかくめでたいめでたい。ハハ...」

 櫻はバースデイケーキのホイップを付けたまま、おどけてみせる。

 「晴れてhigata@に入ったことだし、社会勉強から何から。天気もかな。でもって、家族も友達も、とにかくいろんな意味で環境を学んでいこうと思いますっ!」

 またしても結構なお話が出るも、

 「でもさ、初姉。これからはやっぱ恋でしょ、恋」

 「ルフロンたら何言ってんの。初姉のことなんだから、ちゃんと彼氏...いるでしょ?」

 櫻が妙なことを言うもんだから、千歳は思わず息を呑む。大いに気になるところではあるが...。

 「お姉ちゃん、学校ではハード系でモテてるらしいんだけど、怖くて近寄れない男子が多いのも事実だそうで。ヘヘ」

 姉の顔色を窺うことなく、妹は堂々と言ってのける。この小梅情報に一同納得も、ついついニヤリ。想像に難くない逸話である。

 「なーに、これからこれから。higataブラザーズ見て学習したし。もっとステキな人見つけちゃうんだ」

 初音の社会勉強の範疇は広かった。誰とどう比較したのかは不明だが、本日ここにいる三人の兄さんが含まれていることは確実。

 「ま、恋の悩みがあったら、舞恵姉さんにネ。パンケーキLサイズで相談のったげるし」

 「あーら、ルフロンがお悩み相談? 悩んだ経験があるようには見えないんですけど?」

 「櫻姉と違って、こっちはアップダウンが激しかったんざんす。ベー」

 「あーぁ、また始まった(Good grief?)」

 小梅はお手上げ、千歳は沈黙。初音は大笑いである。泣いたり笑ったりでおいそがしいが、外は彼女の泣き笑いに関係なくずっといいお天気。自然とスマイルも広がる。

 

【参考情報】 ハッピー?マンデー / Good grief!


魔女の箇条書き

63. 魔女の箇条書き


 離れたところで様子を見ていたのは弥生と京。メイン会場では、清と南実が問答してたり、それを肴に文花が一人で酌をしてたり。業平、六月、八広はパンケーキを頬張りながら、よもやま話。そろそろ中押しというか、何か一席入りそうな時間帯ではあるが...。

 十六時近く。一応開館中のセンターに客が尋ねてきた。ここは接客係の出る幕ながら、

 「おっ、来ましたね」

 ひょっこり顔を出した初老の男性に応対したのはルフロンである。

 「やぁ、奥様。久しぶり」

 「奥様?」

 祝賀会場は俄かに騒然。あの舞恵さんを奥様と呼ぶあたり只者ではない。千歳はどこかで見覚えがあるようなないようなだが、果たして何者なんだろう。

 「皆さん、ご紹介しますワ。監事筆頭候補、入船寿(いりふね・ひさし)さんでございます」

 同年代と見受けるや、すかさずカモンのおじさんがチャチャを入れる。

 「し、しさし、さんかい」

 「寿と書いて、ひ・さ・し、です。生粋の江戸っ子ですが、掃部先生と違って、ちゃんと発音できますから」

 「そいつは、ひつれいしやした」

 「?」

 事前に関係人物情報を得ていたらしく、お互いを紹介し合うのにそれほど時間はかからなかった。千歳のことも寿氏はちゃんと憶えていて、

 「あぁ、隅田さん。その節はどうも」

 「いやはやまさか、あの時の方だったとは。洒落じゃないですけど、本当にひさしぶりですね」

 「もうすぐ退職って時に、善意ある方に接することができて、何よりでした」

 「あの日はね、入口の入船、奥には奥宮、のパターンだったんよ。いい時にご来店くださって」

 「奥には奥宮...そっか、それで奥様かぁ!」

 千歳はえらくウケているが、他の面々はその日の出来事がいま一つつかめていないので、疑問符が宙を舞っているような状態。八広の爆走、櫻を襲ったアクシデント、縁結び、この際まとめて披露した方が良さそうだ。

 祝賀会に打ってつけの一席はこうして仕立てられ、否応なく盛り上がることになる。が、そんな奇遇だけで監事に推したり、逆に名乗り出たりするものだろうか。実はこんなエピソードもあってのことだったのである。

 「で、娘が子ども連れて十月のクリーンアップに出かけたんですがね、その子、あぁボクにとっちゃ孫ですが、何でも転んじまったそうで。でも、優しいお姉さんとお兄さんが助けてくれて、って聞きまして。他にもその日あった話ってのが良くてね。奥様はその場に居なかったから詳しいことはわからんて云うんだけど、とにかくその干潟の人達とNPO法人の件がつながってる、ってのはわかったんで...」

 「そのお姉さんとお兄さんて、もしかして」

 「初姉と千兄だよ、きっと」

 本人達を差し置いて、櫻と小梅がタネ明かししてしまうのであった。ま、何はともあれ、あのハプニングは注射器を発見するためだけに起こった訳ではない、ということがこれで明らかになる。

 「娘や孫とはその後、そっちの干潟に時々行ってたんです。下流の方だったから、これまでは皆さんとはお会いできませんでしたがね。今度は皆さんとこ行きますよ」

 「ね、待った甲斐、あったっしょ?」

 「さっすが奥様!」 文花は絶賛するも、

 「魔女だけのことはある」 櫻は毎度この調子。

 どうやら雨も嵐も、その魅力ならぬ魔力によって連れてこられてくるようだ。

 「そういうのは、気象予報士の担当外、だと思う...」

 初音の言い分、ごもっともである。


 棒状のものを持たせると、通常はつい彼氏を叩いちゃったりするが、魔女ともなれば然るべき使い方がある。クルクルやれば何かが起こる? 今はマーカーを手にしている魔女さんは、

 「へへ、まだ早いけど、ほぼ決まりネ」

 電飾を外し、会場に運び込まれたホワイトボード。その前に立つや、サラサラと走らせる。五行目には「祝・監事決定! パチパチ」と書き足された。


 奥様の走り書きに気を良くしたか、寿氏は監事就任にあたっての前振りのような講話を始める。アルコールが入っても従容(しょうよう)としたもの。さすがである。

 「巷じゃ2007年問題だとか言って、定年退職者を地域でどう迎え入れるべきか、なんて話も出てましたよね。先生はどう思われます?」

 「まぁ、余計なお世話っつうか。シマを持て余すくらいなら、しっかりお役に立ってもらおうてのはわかるけど、そっとしておくのが一番じゃねぇかな」

 「かと思えば、NPO法人作るんだとか何とか、旗を揚げたがるのも出てくる。何かチグハグな感じがしてね」

 こういう話になると黙ってられない論客が居る。若手先鋒と言えば、勿論この人。

 「いわゆる団塊の皆さんが何かやろうとする時って、必ずと云っていい程『立ち上げる』って言い方しますよね。すでに先行例があったとしても目を向けない。自分達がやらなきゃってのが前面なんスよね。チグハグなのはそれも一因じゃないでしょうかね」

 「立ち上げる、か。何か今まで倒れてたみたいで失礼ね。確かに」

 程々に酔いは回っているが、文花は今のところ正気。

 「他の退職者連中には、いますよ。立ち上げどうこうとかやってた輩が。ま、第二の人生、地域なり何なりで頑張ろうってのはわかるけど、それじゃ勤めてた頃と行動原理が同じだろって。ボクはそういうのとは一線を画したかった。出しゃばらず、されどできることは力を尽くす、だから人材バンクの話はありがたかったなぁ。市民社会への側面支援、これだ!ってね」

 初音が小論文で一説投じたところと相通じるものがある。それは己を利するよりも他者を利するの精神論。こういう人物ならまずは安心、いやそれ以上か。

 「オレがオレが、みたいな人が入ってくると面倒でしょ。人の出入りって言うか関わり方なんかもしっかり監査させていただくつもりですから。ひとつ、よろしく」

 監事殿は浅めの会釈。対するご一同は深々と頭を下げる。

 「そうそう、法人の口座の件なんですけど、ここはやはり入船さんにご相談するのが早道ですかね」

 「法人用ってのは何かとお手間を煩わせたりしますから。当行をご用命いただけるんでしたら喜んで開設等、お手伝い差し上げますが」

 「よかったぁ。ちなみに法人名は...」

 事務局長は、ここぞの達筆で前半九文字、後半八文字の長々しい名称をボードに記す。

 「あぁ、金融業界ってのは融の字が付く割には融通利かないもんでして、特定非営利活動法人の略称ってまだ用意してないんじゃ... とにかく貴団体名がしっかり表示なり印字なりされるよう合わせて手続きしますよ」

 そんなこんなの細かい話はまた追い追い。本来なら法人理事&運営委員用のメーリングリストでもあれば、より円滑に進められそうなところ。ネックとなっているのは、おじさんブロガーである。

 「んまぁ、監事さんも決まることだし、俺が何とかすりゃいいだけってことなら。緑のおばさんもEメールやってるつぅしな」

 と来れば、千は急げである。

 「じゃ、清さん、設定しましょう。手引書もすぐ出せますし」

 かくしてComeonシリーズ第二弾、comeon/に次ぐ、comeon@がデビューすることになる。

 本日のお祝いネタに加えても良さそうな一大事ではあったが、祝う気になれない女性が一人いた。

 「なぁんだ、せっかくコメント機能が付いたと思ったら」

 「いやぁ、コメント返してくのも何つぅかまどろこしいっちゅうか。まぁ、こまっつぁんとは直接やりとりしたいな、俺は」

 「先生...」

 グッと来た南実だったが、すぐさま切り返す。

 「わかりました。退屈しないようにマメにメールしますから、覚悟しといてくださいね」

 どんなキャッチボールが交わされることになるのか、お互い今から楽しみである。


 顔見せ程度のつもりが、何となく長居してしまった。

 「では、また来週お目にかかります。ごきげんよう」

 入口の入船さんは、出入口へ向かう。行員時代の名残か、そのスッとした去り方はなかなかのインパクトがあった。どこかのおじさんの蟹股歩きも強烈ではあるが...。

 まだまだ明るいので、宴も易々とは終わらない。メンバーは思い思いの時を過ごす。


[魔女 vs 小悪魔]


 準大賞紹介の際、これといったインタビューをしそびれてしまったものだから、副賞の話がすっ飛んでいた。櫻としては好都合だったが、舞恵は思い出したように食い下がる。

 「へぇ、姉様と兄様にディナー&ご宿泊をプレゼントってか。やるなぁ、画伯」

 「自分の分はちゃんととってあって、教室を開く時の投資に回すとか何とか」

 「フーン、でも舞恵が気になんのは、そのご宿泊の方かなぁ」

 野菜スティックを手に小さくクルクル。これは秘め事を聞き出す時のプチ魔法。櫻はつい乗せられてしまうも、時すでに遅し。

 「ナヌ? 曲かけて横になってたら寝ちゃってた、だぁ?」

 「シーッ!」

 しばしの沈黙の後、魔女さんが溜息まじりに問うてみる。

 「咲くloveとか言ってる割にはどうなってんのぉ?」

 「私が何か仕掛けると、千歳さん倒れちゃうから。でもね、あんな感じの豪華ディナーって二人では初めてだったから、それだけでまず満足。で、デザートでチョコレートケーキが出てきて、すっかり甘ーい感じになっちゃって、ヘヘ。だから、お泊まりはオマケなの」

 小悪魔アプローチを封印したとは到底思えないのだが、聞いてどうなるものでもない。舞恵は手にしていたスティックを口に放り込む。

 「そっかそっか、多様でいいんだもんね。愛の形も人それぞれ」

 「あとは、春になってからのお楽しみ♪」

 「て、もう立春過ぎてるしぃ」

 持ち込みワインのせいだか、少々絡みがち。だが、至って爽やかである。

 「そんで、そのカラオケデータ、今日はないの?」

 千歳からもらったCDを櫻は常時持ち歩いている。媒体があれば、あとは装置。十月のクリーンアップで活躍したアンプスピーカーとPCをラインでつないでみる。程なく会場にはBGMが流れ始めた。メンバーにはおなじみ『届けたい・・・』である。

 「あ、ルフロン、まだ聴いてなかったわよね」

 CDには練習済みの五曲に加え、ボーナストラックだとかで、ルフロンと櫻の新曲のデモversionが入っていた。櫻は持ち歌をスキップして六曲目をダブルクリックする。

 「ハハ、こんな感じになるんだ。ボサノヴァチックでいいわぁ」

 今のところ小品だが、緩やかな波を連想させて実に心地良い。聴いてりゃつい寝入ってしまうのも無理はなかろう。


[おはつ&ハチ]


 「へぇ、あれルフロンさん作曲、で、編曲が千兄さん?」

 「詞はまだ途中なんだな」

 「あのままとりあえずお店で流したい、かも」

 「だって、ヒーリング系とかイージーリスニング専門じゃ...」

 「野菜とかと同じスよ。地元ミュージシャンの旬モノを流さなきゃ、ね」

 とか話してたら、音合わせ会の話題になり、それならぜひ、となる。週末名物ニコニコパンケーキが再開されるのはしばらく先になりそうである。


[トライアングル]


 CDはランダムモードでかかっているので、何が飛び出すかわからない。弥生担当のハッピーな一曲が今は流れているのだが、それが裏目に出たか、トライアングルお三方が何やらもめている。

 「何かとウワサは絶えないけど、私、これでもステディ路線よ」

 「チョコとか渡してないんでしょ? あたしならちゃんと。ねぇ、Goさん?」

 「それは得意の弥生流ソリューションでしょ。何でもズバッとやりゃいいってもんでもないワ」

 正直なところ、ひょっとしてひょっとすると、という期待が高まっていた業平は文花の思いがけない肩透かしバレンタインに、かえってドキドキ感を募らせていた。弥生のアタックが実を結ばなかったのは、そんな大人の女の策が的中したため。駆け引きが高じれば三角形も安定感を欠いてくる。

 いつかはこうなるとわかってはいたが、いざ本番を迎えると、全く手の打ちようがない。ビジネスモデルとはてんで勝手が違うのである。

 「そりゃ焦っちゃダメなのはわかってるけど、この恋NGだったら、また引きこもりになっちゃうもん。やっぱ譲れない!」

 「なーに、若いんだから大丈夫よ。弥生嬢ならすぐにいい人見つかるって」

 地酒が利いてきたか、やたら陽気かつ攻撃的な文花である。業平は思う。そう言えば、聖しこの夜の時も笑い上戸が過ぎて大変だったっけか。そんなとこがまたいいんだけど...。

 ボーッとなっている場合ではない。今まさにこの時をどう乗り切るか、ある意味これも課題解決型市民の宿命である。

 「てゆーか、Goさんがハッキリしないからダメなんじゃん!」

 「いやぁ、どっちもいいなぁって...」

 ドラマだと張り手を食らいそうな展開だが、元来淑やかなお嬢二人はそこまでは熱くない。

 「ま、今日は祝賀会デーなんだし。ひとまず休戦ネ」

 「当面は良きライバルってことで」

 業平はへなへなになりながら、地酒の残りをグイ。途端にヘロヘロになっている。と、

 「おや? また新曲?」

 切ない曲が流れてきて、今度はそのまましんみり。彼のこういうところが女心をくすぐる、らしい。


[ブロガー 管理人 コメンター]


 晩夏の思いが込められたその曲がかかる中である。その作曲者に何らかの動機を与えた女性が今またちょこっとしたアクションを起こしていた。

 「はい、これは先生に。直接お渡ししたくて」

 「ハハ、何年ぶり、何十年ぶりだろな。ありがとさん」

 「で、こっちはお千さんに」

 「おせんにキャラメル、だったりして」

 南実と接する時は、何かと用心を要する。こうでも言っておけば、場面がシリアスになるのを緩和できる?という一策である。

 「まさか。私は先輩と違って、王道ですから。でも、何チョコって言えばいいんだろ?」

 気持ちの整理はついているものの、パターン的に適当な表現が見当たらない。慕ってはいるが恋じゃない、兄に似てるけど兄じゃない、正に義理某と言いたいところだが、世間では違う使い方がされているし。

 「何チョコでも別に。ありがたく頂戴します。あ、お返ししなきゃね。粒チョコとかどう?」

 「嬉しいけど、櫻姉さんに怒られちゃいますよ。それよりまたどっかでお茶でも。お話ししたいことがあって...」

 今となってはドキリとすることもないのだが、どうにも意味深に聞こえてしまうからこまってしまう。清がいたから助かったようなものである。

 「ツブって言やぁさ、例のブツはどうだった?」

 さりげなくシャレを入れつつ、話を転じてくれた。

 「幸か不幸か、見つかりませんでした。大きな魚じゃないと捕食しないのかも知れませんね」

 要するに自らの手で解剖した、ということである。文花が聞いたら卒倒しそう。千歳もさすがに言葉に詰まる。話を再度転じた方が良さそうだ。

 「それはそうと、これ、開けてもいいかな?」

 「えぇ、それもある種、臓物ですけどね、ちゃんと食べられますから」

 「?!」

 ドキドキしながら開けると、ハート型のチョコが出てきた。ま、確かに臓の仲間ではあるけれど...。

 ニヤリとする南実の頬には、えくぼ。やはり胸が高鳴ってしまう千歳であった。


[セレブな二人(蒼葉と京)]


 こちらもハートの話で持ちきりだった。

 「へぇ、ハートの型抜きで」

 「やっと納得行くのができたって感じね」

 「この何となく弾力のあるところがプラスチックらしいというか」

 「でもって、何となく脆そうなとこがハート向き」

 「京さん、その感性、さすがですね。姉妹はそのあたりを受け継いだようで」

 「ホホ、蒼葉さんにはかないませんてば」

 お茶会らしい優雅な会話が交わされている。

 「でも、それ用途としては?」

 「気持ちを伝えるのに使うんですって」

 母は次女にそのペレットハートを渡しに行った。


[若い二人(六月と小梅)]


 曲は変わって再び『届けたい・・・』である。折りよく京から小梅に届け物がされた時、六月はノートPCを操作中。インターネットで時刻表を再点検しているってんだから、達者なものである。来月十五日からはダイヤが改正されるので、より入念。

 「姉御、時刻表、調べたよ。アキバ集合でいいよね。木更津には...」

 それほど凝ったルートではないので、聞いてるだけでも構わないのだが、小梅の耳にはあまり入ってない様子。というよりも何かを躊躇っているような、そんな感じ。

 「六月クン、二日遅れだけど、これとこれ...」

 リボンつきの小箱、プラスチックハート添え、である。

 「おぉ感激。って本命?」

 「ヘヘ、それは君次第」

 「え?」

 「ルフロンさんだって、八兄さんよりお姉さんだしね。でも背が追いつくまでは何とも言えない、かな。今日のところは切符の御礼ってことで」

 恋の何とか切符というのを聞いたことはあるが、現物主義の彼にとっては関心外。だが、目に見えない特別な切符というのは存在する。今、確かにその一枚を手にしたような、そんな気がした。

 「入学したら、とりあえず先輩って呼びます。いろいろ教えてください」

 心の中で発車のベルが鳴る。あとは列車が動き出すのを待つばかり。


* * * * *


 祝賀会はひとまず幕引きとなり、概ね片付いたところで清と石島家三人はご退場。六月は一人図書館へ。となれば残るはhigata@の九人衆。干潟端ではないが、メンバー恒例のディスカッションに興じているところである。

 舞恵は、残り少ないボードの余白にマーカーを滑らせる。どうやら一つの結論を得たようだ。

 「よござんすか? 蒼葉嬢のA、櫻姉のS。男性は苗字を使う。隅田さん、ま、千さんでも同じだけどS、エド氏も一応メンバーなんで、Eをいただく。で、こまっつぁんは南実でM、トリは弥生嬢のY」

 「ASSEMY?」

 弥生はまだピピと来ていない。

 「あわてちゃいけない、お嬢さん。ここからが正に組み立て。宝木氏は八(ba)クンだからB、そしてこの舞恵さん、我らがLe FrontさんのLを足してみよう。あーら不思議」

 スティック、いやマーカーが綴ったスペルは、そう、

 「ASSEMBLY!」

 である。これぞ魔女っ娘ルフロンの本領発揮?と仮にしておこう。

 「ま、私は一リスナーとして応援しますワ」

 「先輩も何か楽器とかできればねぇ」

 「人前でそんな。トライアングルがいいとこね」

 ということで、文花のFはひとまず除外。しかし、もっと大事な人物を忘れてはいないか。

 忘れられてる当人は、「ト、トライアングル、う...」とすっかり固まってしまってるので、放っておいてもいいのかも知れないが、そうはさせじと、BGMが響いてくる。ズバリ『私達』である。

 「作・編曲者、というよりバンマスなんだから、ねぇ」

 旧友の千歳がちゃんとフォローする。だが、

 「Goさんなんて知らない。入れなくていいし」

 ここぞとばかり、毒づく乙女もいる。

 「しゃあないなぁ。じゃこれでどうだ!」

 ASSの上に小さく、敬愛すべきマスターの名が付け加えられる。即ち、

 「Go Hey with ASSEMBLY いいんじゃん?」

 こうして若干一名を除く、私達一同の同意は取れた。さまざまなプロセスを経て、ここまで組み上がってきた彼らの取り組みを象徴するようなネーミング。E氏も文句は言わないだろう。

 箇条書きの末尾に「祝・バンド名決定!」が加わった。一本締めとかはないけれど、拍手は起こる。そして止む。CDもちょうど、止まった。これもマジックのうち? だとしたら、心憎いばかりの演出である。

 外を見遣れば、夜の帳(とばり)。漸(ようよ)う暗くなってきた。

 

【参考情報】 略称は(トクヒ)?


三寒四温七日

64. 三寒四温七日


 二月最後の土曜日に、大詰め理事会は予定通り行われた。春一番吹き荒れる中だったが、疾風に議事が飛ばされるようなハプニングもなく、また一歩前進。入船氏の監事就任とともにメーリングリストも動き出すことになる。そして、その翌日は、寒さ逆戻り&再強風。天候に連動するかのように、怒涛のセッションが繰り広げられる。

ち「七曲全部仕上がれば、格好はつきそうだけど...」

ご「本番まであと六週間? ギリギリかな」

ま「何を仰るバンマスさん。あと、じゃなくて、まだ、よ」

 順調に仕上がっては来ているのだが、本気でライブを演(や)るには、もうひと押し欲しいと考えているメンバーである。仮に十曲そろえば、アンコールの設定もできるし、何を隠そうフルアルバムだって夢じゃなくなってくる。千歳のメッセージソングはまだ音合わせしていないが、詞ができればいつでも。

 詞が先行しているのもある。舞恵の原詩に曲が付けば九曲、つまりあと一曲となる。まだ六週間あると思えば、実現可能性は低くはない。

 メンバーが集結しているのはいいとしても、全員が全員、本調子という訳でもなく、季節の変わり目のお疲れなんかもあって、「きまった!」っていうのが出ないのがもどかしい限り。だが、スペシャルゲストは至って満足そう。彼女の笑顔に助けられ、本日のセッションは成り立っていると言っていい。来てもらって本当に良かった。おまけに手土産までいただいて。

 アツアツではないが、パンケーキは元気の素である。

 「よし、初姉のお祝いの続き。気合い入れて行こう!」

 マスターのかけ声で、難曲『Re-naturation』の再演が始まる。リードボーカルは蒼葉。

 「蒼葉さん、カッコイイなぁ。でも、南実さんもステキ。入学祝いに買ってもらおっかな」

 両親は運動オンチではないので、二人の娘もその気になればイイ線行く筈である。長女に限って言えば、これまでは親に反発していたので、スポーツの類もあえて避けていたフシはある。だが、晴れて進路が拓けたことで、それも解けてきていて、親譲りのいいところを見直す段階に入っていた。腕力と肺活量を鍛えればとりあえずいける。ことサックスに関しては、音の良し悪しは温度と湿度見合いなので、その辺もバッチリ。あとは表現力、そして指の細かな動きといったところか。

 南実の巧みな指遣いを見て、それが粒々を撰(え)り分けるのと無縁ではないことを知る初音である。すっかり魅了されてしまったようだ。


* * * * *


 三寒四温を繰り返し、春は着実に近づいてくる。スギ花粉が本格的に飛散するシーズンも容赦なく迫ってくる。花粉症に悩まされる前に何とか一曲。これが千歳の当面の目標である。花粉に追われる曲作りというのは、何ともやりきれない面もあるが、発奮するには好材料と前向きに捉えることとし、在宅作業の合間を縫っては、DTM(desk top music)に明け暮れている。演奏順を想定すると、アンコール二曲目か。つまり締めくくりに相応しい曲...。

 「石島姉妹、小松さん、奥様、そして姫様...」

 女性ばっかしというのが気になるが、とにかく皆の笑顔を思い出しながら、リセット直後の情景なんかを重ね合わせている。

 この新曲のおかげで、姫様とお会いするのもお預け中。今月は二十九日まであってちょっと得した気分に浸るも、その一日が逆にネックとなる。とにかくこのおまけの一日をフルに活用して仕上げてしまおう。そして出来たてを一番にお聴かせしよう。翌日の話だと言うのに、三月がやたら待ち遠しい。

 南からの暖かな風が余計にソワソワさせてくれる。


[漂着モノログ  第四章  秋] 終わり → [漂着モノログ  第五章  ふたたび、春] に続く


あらすじ

 河原の桜を見に行った千歳は、いつしか川辺にたどり着く。水際には干潟、そして多量のゴミ... その場で捨てられたものとは思えない。そう、それらは漂流・漂着ゴミだった。そこで偶然拾った一枚のキャッシュカードから、物語は動き始める。

 四月一日、キャッシュカードの主、櫻が登場。千歳と櫻の二人は初対面ながら意気投合し、クリーンアップを開始。千歳はその時の記録をブログを新設して掲載する。その名は「漂着モノログ」。

 五月六日、クリーンアップは二人から四人に。櫻はお約束の「いいもの」を持ってやって来る。調べ上げられたゴミの数々... それらは静かに、そして雄弁に何かを語りかけてくる。

 六月三日、2回目の調査型クリーンアップ。五月の回の三人のもとに、女性研究員が現われ、より充実した実地見聞が展開される。六月は環境月間。折々のイベントは出会いの場となっていく。

 七月一日、クリーンアップ参加者の年令層は広がり、干潟は「場」としての力を増していく。集う人々が互いに触発されていく流れは、夏休みの自由研究へとつながり、そこからまた新たな出会いやドラマが生まれていく。千歳と櫻の想いが形になっていくのもこの月から。

 八月五日、リーダー不在ながら、新メンバーの加勢もあり、何とかクリーンアップは終了。だが、櫻の不参加は波紋を呼び、それぞれの想いが動き出すことになる。川、干潟、ゴミへの想い、そして互いを想う気持ち。夏は長く、暑い...

 九月二日、干潟に集う人はさらに増え、経験知も増していく。巡視船ツアーや下見をはじめ、メーリングリストでの議論も活発になり、来る一般参加型クリーンアップに向け、準備は進む。さまざまなプロセス(過程、作用)が動き出す、そんな秋の始まり。

 十月七日、待望の一般参加型クリーンアップイベントが開催される。現場力が試されながらも、無事終了し、メンバーの結束は強まっていく。千歳と櫻の二人も新展開へ。確かなプロセスを経て、深まるは充実の秋、恋愛の秋...

 そして、十一月、十二月、一月... ゴミが流れれば、季節も流れる。だが、時は漫然と過ぎて行く訳ではない。春に向け、さまざまな要素が実を結んでいくのである。

 

彼らにとってゴミとは何だったのか、それは「第5章 ふたたび、春」でのお楽しみ。


登場人物

*登場順

 

隅田 千歳 (すみだ・ちとせ)

電機メーカーに勤めていたが、理由あって離職。webデザインの仕事を軸に独立。専ら市民系ニュース会社からの業務を請け負う。インタビュー記事など連載ネタも抱えるも、その内容はあくまで実直。ジャーナリスト志向はあるが、冒険はしない。(最近は足で稼ぐ部分はアシスタント任せ) 自分でドメインを持ち、メールの設定なども手馴れてはいるが、自作のwebサイトは仕事の記録程度。ブロガーデビューは「漂着モノログ」が最初。スローライフが信条なだけに鈍いところもあるが、PCに向かうとスピーディーになる。プロセス主義者(段取り屋)でもある。

 

ワンポイント:女性経験はなくはないようだが、交際は苦手。櫻との接し方も手探り状態。だが、少しずつ確実に変化が...

 

千住 櫻 (せんじゅ・さくら)

公務員だが、公設の環境情報センターに出向中。地域ネタが得意分野。直情型で一途なのがとりえだが、三十前後にして慎重に(?)。機転が利くのも長所だが、日常会話でもそれが頻発するため、相手は時についていけなくなることも。場を盛り立てるのが上手。理由あって、眼鏡を着用。

 

ワンポイント:浮き沈みはあるが、基本的にはお茶目。千歳に対しても、徐々に茶目っ気モードに。そして...

 

矢ノ倉 文花 (やのくら・ふみか)

研究機関の主任研究員だったが、思うところあって転職を決意。公募で環境情報センターに。センター運営団体のNPO法人化に向け、チーフとして切り盛りする。理系だが、事務・実務には強い。トークは不得手だったが、櫻と会話しているうちに上達していく。頼りになる情報源人物。地場野菜を育てるのが趣味。虫は平気だが、魚はダメ。

 

ワンポイント:さりげなくお節介、という評も。

 

千住 蒼葉 (せんじゅ・あおば)

櫻の妹。姉の浮き沈みなどに翻弄されるも、常に姉想い。フランス留学後、社会科学系の大学に。通販カタログのモデルの他、画業も。才色兼備。姉妹二人暮らし。

 

ワンポイント:基本的にはクールだが、時に日本人離れした大胆な行動に出ることも。

 

本多 業平 (ほんだ・ごうへい)

千歳とは同期入社の間柄。独立時期も同じ。会社を離れてからは音信不通だったが、「漂着モノログ」がきっかけで千歳との再会を果たす。お調子者だが、憎めない人物。ベンチャーの共同代表を務める。IT系よりも実機が専門分野。

 

ワンポイント:好奇心旺盛ゆえ、女性にも目がない?

 

桑川 弥生 (くわかわ・やよい)

専門学校でプログラミングを習得後、大学に中途編入。社会的にプログラミングを実践できる場を探しつつ、学業に励む。蒼葉より年下だが、大学では同学年。才気煥発なのはいいが、勢い余って毒舌になるのがチャームポイント(?)。どこへ行ってもツッコミ担当。

 

ワンポイント:姓・名をそのままイニシャルにすると、K.Y.になる。アンテナは高いが、空気の読みは...?

 

掃部 清澄 (かもん・きよすみ)

本名は、掃部 清。清澄はペンネーム。荒川下流をフィールドとする市民学者。著述家でもある。河川行政の監視役を買って出て、日々巡回する。五つの「カン」と在来の自然再生がテーマ。トーク(掃部節)には定評がある。

 

ワンポイント:「ひ」がうまく発音できないことから、周囲を惑わすも、お構いなし。

 

小松 南実 (こまつ・みなみ)

研究機関勤務。文花の後輩。専門は海洋環境関係。微細ゴミの発生源を探るべく、干潟に現われる。現場第一主義につき、駆け回るのに電動アシスト自転車が欠かせない。アスリートタイプ。強肩の持ち主。花言葉は「燃える想い」。

 

ワンポイント:一見淑やかだが、激情的な面も。孤高、かつ、どことなく翳があるのも魅力のうち?

 

須崎 辰巳 (すざき・たつみ)

地域振興関係部署の課長。櫻の元上司に当たる。櫻を気遣い、センターへの出向を勧めたのもこの人。清澄を師と仰ぐ。

 

ワンポイント:長身で紳士然としているが未婚。縁談もなくはなかったようだが...

 

宝木 八広 (たからぎ・やつひろ)

市民系ニュース会社で千歳と知り合う。アシスタント的に動いているが、実はちょっとした文筆家。フットワークの良さが持ち味。環境情報センターにも出没する。職業を聞かれれば、あえてフリーターと答える。しかして、その理由とは? 舞恵とは恋仲だが、小突かれること多し。

 

ワンポイント:あわてんぼうな一面も。風貌は中国人風だとか。

 

石島 小梅 (いしじま・こうめ)

自宅は環境情報センター側、週末に通う塾は橋を渡った先。塾の行き帰り、干潟に集う人々を橋から見かけたのがクリーンアップ参加のきっかけとなる。小学校高学年の頃から学校嫌いになり、中学に入ってからは姉の顔色をうかがう日々。だが、勇気を出して干潟に足を運んだことが転機となり、本来の快活さを取り戻していく。生き物への慈しみは強く、それらを観察し、イラスト化するのが得意。達筆でもある。ようやく背が伸び始めた中学二年生。

 

ワンポイント:お姉さんお兄さん達からは期待のニューフェースとして厚遇を受ける。

 

石島 初音 (いしじま・はつね)

小梅の実姉。高校三年生、つまり受験生。主に週末にプチ商店街のカフェめし店でバイト勤務。自覚はないもののお天気屋。そのせいか、天候の読みはピカ一。雨天時は機嫌が悪く、店の客にも時にとばっちりが行く。

 

ワンポイント:本当は妹思いなのだが、感情表現がうまく行かず、伝わらない。だが、年上の女性達と交流する中で、術を得ていく。

 

桑川 六月 (くわかわ・むつき)

小学六年生。弥生は年の離れた姉。実姉はさておき、大人の女性への憧憬は尽きず、蒼葉お姉さんが大のお気に入り。記憶力が良く、特に駅・路線関係は強い。種別があるものを調べるのがお得意。

 

ワンポイント:物怖じしない物言いは、姉譲り。大人がハッとするようなことを軽々と言ってのけるのも変わり者ゆえか?

 

石島 湊 (いしじま・みなと)

平日は河川事務所で課長職。週末は少年野球チームを率いる監督さん。野球第一、家族は二の次。試合のある日は、干潟近傍のグランドに現われるが、干潟には関心があるようなないような...

 

ワンポイント:掃部先生には頭が上がらない。長女にも手を焼いている。

 

奥宮 舞恵 (おくみや・まえ)

某銀行行員。八広の一応彼女。彼氏といる時はデレデレ、普段は無愛想でツンツン。週末はチャラチャラと装飾するのがお好き。叩いて音を出す系アーティストでもある。自称雨女。愛称はルフロン。

 

ワンポイント:とらえどころがないのが特徴。

 

石島 京 (いしじま・みやこ)

湊の妻。初音、小梅の母。一見セレブチックだが、アスリートっぽい一面も。かつては複合商業施設の衣料品部門で働いていた。

 

ワンポイント:夫への心配りもさることながら、何よりも心配なのは娘たち。

 

榎戸 冬木 (えど・ふゆき)

中堅広告代理店勤務。他社のCSRをサポートする部署から、社会的起業に携わる部署へ異動。現場を知る必要上、干潟に顔を出すようになったが、それはアフィリエイト関係で業平と接点ができたことがきっかけ。主な仕事は流域におけるソーシャルビジネスモデルの模索と情報誌の発行。仕事柄か、Edyと自称するため、気障に見受けられることも。

 

ワンポイント:業界人らしく、プロモーションは得意。だが、時に曲者と見られてしまう。これも業界人の為せる業?

 

堀之内 永代 (ほりのうち・ひさよ)

六月の現担任。小梅の元担任。文花の学友でもある。辰巳とも旧知のようだが、その間柄は謎。送迎バスに乗って、商業施設でお買い物、が趣味。装い同様、性格もサッパリしているが、喜怒哀楽は激しい。

 

ワンポイント:魚は平気だが、爬虫類がダメ。

 

*「十一月の巻」以降、実名登場分

 

金森 旭 (かなもり・あきら)

かつて清とは仕事仲間。リストラに遭い、一時は野宿生活に甘んじるも、廃材・廃品を元手にモノも自身も再生させることに成功。家内製静脈産業の一工場主となった。業平のよき指導者でもある。

 

玉野井 緑 (たまのい・みどり)

ミステリー専門ゆえ、どこか謎が多い女性作家。社会派小説も手がけることから、清と相通ずる部分もあるが、何かと絡みがち。探りを入れるのが得意で、探偵さながらの小道具の持ち主でもある。センターの世話人歴は長く、櫻と辰巳とは旧知。辰巳の縁談が関心事の一つ。

 

入船 寿 (いりふね・ひさし)

舞恵と同じ支店に勤めていたが、4月に定年退職。「入口の入船、奥には奥宮」の組合せの日に千歳が来店していたことから、ご縁が深まる。江戸っ子だが、"ひ"の発音はバッチリ。



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