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雪中動静

二月の巻

58. 雪中動静


 季節の分かれ目というのは、期せずして象徴的な出来事があったりする。予測が立っている分、まだいいのかも知れないが、今度のクリーンアップ予定日は、週間予報では「雪」。前日になって、その気配は益々濃厚となる。耐寒だ体感だ、などと暢気なことを言ってられなくなってきた。

 センターの三人は、ランチタイムミーティングを経て、それぞれのツールで明日の案内業務にとりかかる。漂着モノログの掲示板には、「降雪時は、クリーンアップは見合わせ、下見は決行」の旨、掲載され、KanNaのセンター主催行事コーナーにも、同様のおことわり文が一筆付け足される。文花がコツコツと作り上げてきた想定会員向けメールサービスでも、明日から来週にかけての行事案内などが、寒中見舞いを兼ねる形で配信された。商業施設ご関係者には、雪予報が出た時点で冬木から連絡してもらっていたので、失礼がない状態にはなっている(と思われる)。延期の場合の日時について予告しておくのも手だったが、九日の講座参加者の希望や都合に応じて決めた方がよかろう、ということで今回は見送り。あとはとにかく明日になってからである。

 空模様を案じつつも、データカードなどの持ち物を点検する櫻。文花はそれを見て、あるいいものを手渡す。これも明日に備えて、ということらしい。

 「これってやっぱり自家製、ですか?」

 「町内会で準備してたのをおすそ分けしてもらったの。明日は私行けないから、ご挨拶代わりってことで」

 「かしこまりました。でも、屋外でやる分には、ウチもソトもないですねぇ」

 二人が談笑するのを何とはなしに聞いていた千歳だったが、「そうか、節分と言えば...」 こちらも何か思いついたようである。


 そして翌朝は、まさかの大雪!である。堤防上や河川敷は除雪されることはないので、降ったら降っただけ積もる。少なからず歩行者やランナーはいるので、何となく雪分け道のようなものができてはいるが、足取りは重い。河原桜近くに来たところで、不覚にも定刻の十時を回ってしまった。

 千歳がもたついている間に、櫻は一足先に現地に到着。しかし、すでに先客がいたもんだから、姉ながらビックリとなる。

 「な、なんで? 起きたらいないから何処行っちゃったかと思ってたら」

 「雪が降ったら集合、ってことにしといたんだ。ね、小梅ちゃん?」

 「エヘヘ、早起きは何とやら。蒼葉さんに手ほどきを受けたくて。あ、そうそう、いい知らせがあるって話...」

 ケータイつながりではないながら、約束を交わし合って、しっかり実行しているこの二人。微笑ましくていいのだが、そのいい知らせというのが引っかかる。小梅には先に予告が届いていて、姉が蚊帳の外、というのはどういうつもりなんだろか。

 「そうねぇ、教えたいのはヤマヤマだけど、櫻姉が来ちゃったから...」

 「あら、失礼しちゃうわ。いいわよ、一人で下見してっから」

 櫻はブツブツ言いながら、その場を離れる。干潟アクセス通路の方へ行ったのを見届けると、蒼葉は小梅にヒソヒソ話。

 「エーッ! 入選? しかも準大賞...」

 「シー!」

 と、そこへノロノロと千兄さんがやって来た。

 「あれ? お二人だけ?」

 「千兄さま、ちょうどいいところへ」

 今度は小梅をその場に残し、蒼葉は千歳を引っ張り出す。

 「姉さんのことだから、どうせちゃんと決めてないですよね。十四日って、お約束してます?」

 「空けてはあるけど、これと言ってまだ...」

 「やっぱりね。ちなみに十五日のご予定は?」

 「突発的な時事ネタが来なければ、在宅勤務かな」

 「了解。その日も何となく空けておいてもらえるといいことあるかも、です」

 思わせぶりな蒼葉の発言に、久々にソワソワ感が高まる千歳である。小刻みに吐いた息が白く漂うも、そこにセリフはない。音のないスピーチバルーンが浮かぶ図とはこのことだろう。と、そのバルーンを破るように雪球が飛んできた。

 「うひゃ!」

 遠くから誰かさんの笑い声が聞こえる。

 「あらら、蒼葉にぶつけようと思ったのに。それ!」

 次は見事、妹に命中。

 「やったなぁ!」

 描きかけのパステル画を枯れヨシの陰に隠すと、小梅とチームを組んで、蒼葉は逆襲に転じる。下見どころではない。雪合戦の始まりである。

 「キャー! 二人でなんてズルイ!」

 「姉さんにはダーリンがいるでしょ」

 「ダメよ、千歳さんスローだから」

 これを聞いたからには、参戦しない訳にはいかない。

 「こうなったら、誰でもいいや。それっ!」

 不用意に放った一球は、事もあろうに櫻を直撃。

 「ひどーい! 護衛になってないじゃん!」

 これで女性を敵に回すことになった千歳は、三姉妹から総攻撃を受けることになる。

 この時、一人の少年が大きな雪玉を転がしながら、合戦場に近づいていた。逃げ惑う三十男を見つけると、大きなのは放置して、小さいのを拵(こしら)え始める。そして出陣。

 「千さん、ダイジョブ?」

 「おぉ、これは六さん。あ、やべ...」

 息つく暇もありゃしない。千歳はとうに反撃を諦めていたようで、とにかく退散。少年は持ち玉で抵抗を試みるも、呆気なく敗退。

さ「何か、張り合いないし」

あ「姉さん、やり過ぎ」

さ「人のこと言えないっしょ?」

こ「あれ? 先生だ」

 残された大玉の傍には、堀之内先生がいらっしゃった。玉転がしを続けながら、ようやく彼女達のもとにやって来て、

 「まぁまぁ、女性陣が強いのか、男性陣が弱いのか、見てて楽しいけど、とにかく休戦ネ」

 今のところ六人。それぞれ挨拶を交わしてはいるが、手持ち無沙汰でもある。まだ誰か来そうではあるので、揃うまでも一つ余興でも、となる。大玉の上に小玉が乗ったら、

 「顔なしダルマだぁ」

 じゃ済まないので、パーツを探しに行くことに。だが、

 「ちょっと待って六月君。もうちょっとで仕上がるから」

 と画家さんに止められては、仕方ない。立ち往生する少年の隣で、千歳はやっとこさ、雪干潟との対面を果たす。

 「って、漂着? 目立ってるし...」

 

 

 降り積もってはいるが、その量の前にはさすがの雪も無力であった。これらを覆い隠すには、さらなる降雪が必要になる、ということか。

 「私もね、ビックリしちゃって。真っ白って訳に行かないのねぇ」

 グランドは辺り一面、白である。それとは対照的な光景が二人の前に広がっている。白が抜けているところは、流木だったり、クーラーボックスだったり。あとは細々した突起物なんかが着雪を拒んでいるのがわかる。マダラ干潟とでも呼ぶべき、不思議な世界。崖地では朽ちたヨシが、なお直立し、侘びの風景を醸し出している。ヨシが目立つこともあって、一望する限りは残念ながら銀世界とは言い難いのである。

 蒼葉はそれでもパステルを走らせていた。白一色なら手間も省けるというものだが、そうなっていないことがかえって刺戟になったようで、むしろ雑多に描こうと努めているように見受ける。小梅は固唾(かたず)を呑んでその描写を見守る。そして、六月はそんな二人の女性を見ているような見ていないような... ドキドキする対象が変移していることがわかってきただけに、余計に胸が高鳴っている。その背後で永代は空気を読んでみる。「そうかそうか、彼もそういう年頃になった訳か」 干潟見物か、単なる雪見か、本日の目的は定かならずも、先生たる者、何よりの目的は教え子の成長を現場で知る、これに限るだろう。つい嬉しくなって、顔なしダルマに向かって話しかけちゃうところが、チャーミングだったりする。


 蒼葉のデッサンはひとまず終了。千歳も記録写真を撮り終えた。

 「じゃ、六さん、気ぃ付けてね」

 待ってましたとばかり、だったが、ここで勢いよく動いてはいけない。聡明な少年はソロソロと旧道を下り始める。残る五人は彼の動きを注視しながらも、同じ方向を見遣っている。と、下流側の崖地に、数羽のカラスが丸くなって留まっているのが発見された。バックが白くない場所にいるのは、バレないようにということだったか。人がガヤガヤいる割には、随分と悠長に構えているものである。

 「彼が近づいても動じないわねぇ」

 「寒くて動けないだけじゃないの?」

 「じゃ試しに雪玉投げてみましょっか?」

 櫻が仕込みを始めたその時である。そのカラスの方向目がけて、白い玉が飛んで行った。

 「ナヌ?」

 二人同時に振り返ると、完全防寒スタイルのルフロン嬢がケラケラやっている。しかも彼女の隣には八広ではなく、冬木。相変わらず人をおどかすのがお上手である。が、驚いている場合ではない。

 この一球で、カラスは退却するも、その啼き声がいけなかった。アーだかカーだかの直後に、

 「キャー!」

 六月を追うように狭いスロープを下りようとしていた小梅は、思わず足を滑らせてしまうことになる。カラスが啼くとろくなことがないのは承知しているが、

 「テヘヘ、すべっ... いけね」

 実姉がここにいないとは云え、禁句を口にしてしまってはそっちの方が禍(わざわい)のもとである。

 「初姉には内緒ね」

 「それより大丈夫?」

 しばらく起き上がれなかった小梅だが、姉様方が手を差し伸べるのを待っていた訳ではない。こういう時は弟分に助けてもらいたかったりするものである。

 「姉御、ホラ」

 「ありがと」

 と、何ともホットな場面を一同は見下ろすことになる。舞恵は頭を掻く仕草をするも、

 「まー、えぇんでないの?」

 シャレで誤魔化すおつもりらしい。だが、

 「ほんと、ビックリくりくり、ルフロンさんなんだから」

 櫻にこう切り返されてはシャレも何もない。


 見下ろす=下見という見方もあるが、やはり現地を踏査しないことには確たるものは得られない。そういう意味で若い二人は実に頼もしい。雪ダルマ用の品を調達しに行っているとは言え、手際は鮮やか。永代は改めて二人の成長ぶりに目を細める。

ひ「で、あのお二人さんはいつもあんな感じ?」

さ「えぇ、自分なりの役割ってのを認識して、自発的に動いてますね」

ち「六月君には教わること多いし、小梅嬢にはとにかく頭が上がらないって言うか...」

さ「千歳さんはいじられてるだけでしょ?」

ひ「まぁ何はともあれ、皆さんのおかげでしょうね。アタシからも感謝申し上げますワ」

 六月はカサの柄、小梅はゴム手袋をそれぞれ発掘して組み合わせたりしている。目鼻は各種フタやキャップで事足りる。ミニバケツが出てきたかと思えば、さらには「ヘヘ、炭だぁ!」

 苦笑する千歳を櫻はつついてみる。

 「ホラ、隅田!って、お呼びですわよ」

 「ハイハイ、六さん、呼んだ?」

 いつしか、冬木も舞恵もマダラ干潟をうろついていて、その斑具合が深化していた。

 「なぁんだ、おすみさん、下りてきちゃったの?」

 「そりゃね、下見に来たんだから」

 「下... そうそう、下見りゃいろいろ出てくるさ。それなんかヘビかと思ったら、ベルトだし」

 「何が隠れてるかわかんないから、スリリングではあるねぇ」

 「エド氏なんざ、栄養ドリンクのビン踏んづけて転びそうになったんよ」

 「やっぱ漂着物は除去しとかないとね」

 「隠しちゃマズイってか」


 蒼葉は上流側で、トレイ状の容器を物色中。冬木は若い二人から心得だか講釈だかを受けている最中である。陸に残るは、三十代の女性二人。

 「ところで櫻さん、隅田さんとはいい線行ってるの?」

 「ヤダなぁ、堀之内先生ったら」

 「矢ノ倉ったら、なかなか教えてくんないのよ」

 「その矢ノ倉さんの方がネタとしては面白いと思いますよ。お話聞いてませんか?」

 うっかり口を滑らせてしまう櫻であった。弥生と文花、どっちを応援したらいいのか決めかねていただけに、これじゃ一方に助け舟を出すようなものか。

 「彼女はお節介をするのは好きでも、されるのは嫌がるだろうから、ま、それとなく聞いてみるワ。それより貴女(アナタ)ンとこよ」

 話を逸らし損なって、さらに答えに窮する櫻である。この手の質問だといつもの機転も利かせようがない。「まぁ、三分(さんぶ)、いや五分(ごぶ)... とにかく春になれば、ハハ」


 クリーンアップはお預けながら、雪ダルマを仕上げる材料はそろう。こうも都合よく現地調達できるとなれば、漂着も悪くない? いやいや今日のところは偶々(たまたま)いいのが見つかったからそう思うだけで、雪を掘ればおそらくいつものゴミ箱状態であろうことは想像に難くない。雪中に埋もれているであろう多くの包装類やプラスチック片は、おそらくパリパリ、ということも十分想起し得る。それらは劣化が進めば、さらに微細化して手で拾い集めるのは至難となろう。クリーンアップすべきは、むしろこういう時!なのかも知れない。悪条件を逆手にとって、そのパリパリごと雪で固めて陸揚げさせてしまう、という手もある。

 千歳はまだ斑になっていない辺りを踏み固め、ブロック状にしたものを枯れ枝ごと持ち上げてみる。「お、いけそう?」 だが、合戦後の軍手はまだ水分を含んでいる故、その上に雪の塊が来れば、冷たいのは当たり前。予備の軍手に替えたところで、結果は目に見えている。あえなく、ひとかたまりを引き揚げたところで断念。彼に追随する者もなし。

 「千歳さんたら、しょうがないわね。暖めて差し上げたいけど、私の手も冷たいからなぁ...」

 よくよく見れば、櫻は撥水素材の手袋をしている。雪球を量産するには都合は良いが、冷たいことには変わらない。こすり合わせながら、息を吐きかけている。本人は寒いんだろうけど、隣人はそうでもない。櫻のそんな仕草に温もりを感じ、つい見入ってしまう千歳であった。

さ「ん?」

ち「やっぱ、体動かさないと寒いなぁって思って」

さ「二人きりならよかったのにね。そしたら...」

 とか言いながら、櫻はおもむろに温湿度計を取り出す。見れば、気温四℃、湿度は何と七十%と来た。乾燥していないのがわかったのはいいとしても、その温度の低さに思わず身震いしてしまう二人である。

 「雪とか、白いのとか、好きなんだけど、寒いのはねぇ... あら、霰(あられ)?」

 現在時刻、十時四十五分。この刻(とき)まで、何とか小降りを維持していた粉雪は、何やら大きさを増しつつ、水気が多い物質に変化して来た。一同、傘はなくとも帽子なりフードなりで辛うじて濡れずに済んではいるが...。


 蒼葉は、パステルで下書きした上に水彩を施すべく、拾ったトレイにチューブを垂らしてみたり、筆をといてみたりしていたが、どうもしっくり行っていないようだった。そこへこの天からの配剤である。本来なら筆を止めそうなところだが、逆に喜々としているから侮れない。

 「ね、小梅ちゃん、こうやって青とか白とか走らせてみて、そこにこの霙(みぞれ)、かな? ま、空から降ってきたのをそのままなじませると、何か幻想的な感じに...どう?」

 「わぁ... でも、普通ならフニャフニャになりそうだけど、この紙、平気なんですね」

 「ま、雪仕様っていうか、雪景色描く用だから」

 「で、極意はやはり臨場感ですか?」

 「そうね。実際に体感した温度を絵に写すっていうか、空気を閉じ込めるっていうか」

 小梅は、その上物の筆先を見つめる。水分が紙に広がるのが何となくわかるから不思議である。その広がりが止まった瞬間、空気は貼り付く。それと同時に張り詰めた空気が紙面に漲(みなぎ)るのであった。

 そんな空気を察したか、蟹股ながら忍び足で、筆の元の持ち主が現われた。K.K.のおじさんである。

 「おぅ、これは画家のお嬢さん、この天気でご精が出ることで」

 「あ、せ、先生、いつの間に?」

 どうやら気付いていなかったのは、絵描きシスターズだけだった。この雪道をバイクでカタカタ来た訳だが、その音すら耳に入らない没頭ぶりだったのである。

 「てっきり中止だとばかり思ってたら、皆がいたからさ。ほほぉ、白のし潟、いや、そうでもない、か」

 画にインパクトを受けたらしく、釘付けになるも、現実の干潟も似たような色が散らばっているもんだから、言葉を失うしかない。しばらく、遠近を見比べながら唸っていた清だが、ふとあるものが目に留まる。

 「ところで、その盛ってあるのは何だい? お清めかい?」

 「いえ、雪で筆をとくとまた違うんじゃないかと思って」

 「ははぁ、どうりで寒々した色が出てる訳だ。筆にとっちゃ寒稽古ってとこかな」

 「あ、ごめんなさい。大事にしなきゃいけないのに」

 「なんのなんの。春先には生え変わるさ、ハッハッハ」

 小梅も釣られて笑っていたが、末尾が違っていた。「ハッ、クシュン!」


 この間、他の四人は雪ダルマにかかりきり。炭やキャップで顔をアレンジしたり、ストラップバンド片で飾り付けを試みたり、三十代半ばの男女もすっかり童心に帰って、完全な球体に近づけるべく、そこかしことなでまわしている。小梅のクシャミでバケツがずれたが、ともかく完成。ここで、遅まきながらアラサーの二人がやって来た。

 「じゃ、記念に撮りますか」

 「そしたら、あっちの三人も呼ばなくちゃ。おーい!」

 漂着物の中から這い出してきたようなダルマを真ん中にして、八人が並ぶ。最初の撮影係は千歳。次は十月の回同様、永代先生が買って出る。「今回はbeautifulぅ、というよりはwonderful!かしらン」 霙は激しくなっているが、ドラマチックな写真を撮る上では、ここは我慢。

 「ダルマさんも笑ってますからねー。皆さんもマネしてネ。ハイ!」

 ワンダフルでスマイルフルな一枚がまた増える。蛇足ながら、そのスマイルのU字を形作っているのは、どっかの手提げ袋に付属していたと思しきプラスチックの取っ手である。とってもいいアイデア、と誰かさんが云ったかどうかは知らない。

 

【参考情報】 降雪後干潟 / 2月3日は4℃


降りつもる、降りしきる

59. 降りつもる、降りしきる


 集合時刻から一時間超が経っている。この天候からしてとっととお開きにしてもいいのだが、そうならないのが、この衆のいつものパターンである。

 「ところで櫻姉、今日はどうしちゃったのよ。いつから雪女になったん?」

 「てゆーか、ルフロンが来ちゃったからでしょ?」

 「舞恵は雨と嵐担当。雪とか霙(みぞれ)は連れてこないさ」

 「ま、これで櫻さんのクリーンアップ降水ゼロ記録もストップね」

 「来週は? リベンジ?」

 「今度の土曜の講座で希望を聞いてみてから、ってことにしてあるけど、間隔空けない方がいいでしょうね。三連休の中日だけど」

 「また雪だったら?」

 「そしたら干潟で雪玉転がしてゴミダルマでも作るワ。それを運び出せば片付く...んな訳ないか」

 マダラ干潟は、霙が降り注ぐうちに半透明ながらも白さを取り戻しつつあった。突起物が隠れるくらいになれば、玉転がしは可能。櫻の作戦、ひょっとするとうまく行くかも知れない。だが、何につけ、晴れてもらうに超したことはない。小春日和となればなおのこと佳い。

 暦の上では春を迎える。耐寒だろうが何だろうが、近づく次の季節の足音を聴きながらのクリーンアップは、きっと清々しいに違いない。凍てつく光景を前にしながらも、顔がほころぶリーダーである。


 こちらはさすがに顔が強張ってきている。カモンのおじさんは、呂律(ろれつ)が回らないながらも、千歳にブログの相談を持ちかける。

 「で、隅田君さ、おかげで、し、ひ、日々の由(よし)無し事を綴ってたら、それなりにたまってきた訳さ。ところが、こまっつぁんがおふみさん経由で言うには、コメントだか感想だかをそろそろ受け付けるようにした方がいいんじゃないか、とか、緑のおばさんもさ、カモンとか言ってる割には、見た目、読み手が入りにくい感じねぇ、とか...」

 「ははぁ、読者からいろいろとご要望が寄せられるようになったってことですね」

 「本と違って、中味どうこうよりも機能とかデザインとかの話なもんだからさ。面食らっちまって」

 「次の土曜日、いらっしゃいますよね? その時にでも」

 「よろひく頼んます」

 「よろひ?」

 「ハハ、寒い方がちゃんと発音できるってのはどういう塩梅だろな。えー、やしろ、しきふね...やっぱダメだぁな」


 掃部先生に言わせると、しさよ先生になってしまうんだろうか。その永代(ひさよ)さんは、元教え子と語らいの時を過ごしている。

 「石島さん、もうすっかりお姉さんていうか。色っぽくなった、って言った方がいいかな?」

 「ヘヘ、そりゃ、あのお姉様方と接してれば。実の姉以上に刺激受けますからネ」

 「なーんか全然、ハキハキしちゃってるし。ほんと、よくぞここまで成長したって感じ」

 「先生は? 最近はどうなんですか? 六月クンの話だと、喜怒哀楽がどうとかって。相変わらず、泣かされてるとか?」

 「アハ、今はね、すっかり健全になったのよ。荒れる子がいたら、まずはちゃんと話を聞くように、それを学校挙げて取り組んでみたの。そしたら、家庭とかその子の住む地域環境とかにも原因があることがわかって。で、ご近所の底力じゃないけど、とにかくお節介だろうが何だろうが、周りでその子に声かけしたり、家族みんなで参加しやすい行事をやってもらったり、あとは地域ぐるみで巡回したり地図作りしたりね。そしたらだんだん...」

 「へぇ、地図?」

 「環境版はグリーンマップって言うんでしょ? こっちは安全安心用。色で例えるならオレンジマップってとこかな。一人で歩くと危なそうなところをチェックしたり、逆に子どもたちがのびのび遊べる場所を強調したり、ってね」

 小梅が筆を振るってきたのは、この接点のためにあったようなものかも知れない。その観察眼、端的な描写力は素質のうちだが、蒼葉直伝の体感アプローチが加わったとなれば怖いものはない。堂々と地域デビューできる筈である。何色のマップでも構わない。彼女の目や表現力がかつての学区で求められようとしているのである。

 「そっかぁ、手伝ってもらえばいいンだ。なんか先生、うれし...」

 「なぁんだ、先生のって喜怒哀楽ってゆーか、泣くネタが変わったってことじゃん?」

 永代の目がうるうるしているのは、霙が目に入ったからとかの外的要因ではない。つまり、ちょっとしたお涙シーンな訳である。が、

 「オイラ、よく怒られるけど...」

 六月が割り込んでくるもんだから、穏やかではない。

 「ホレ、またそうやってぇ!」

 「おぉコワ。鬼の堀之内ナノだ」

 鬼だけどウチ? いや、今はすでに外に居るから... とにかく鬼の件はまた別途。


 先刻から耳をそばだてていた冬木と蒼葉が近づいてくる。三人は幾分見上げるような感じになるが、永代は小梅の顔の上げ方が自分と同じくらいということにふと気付く。

 「ここなら平坦かしら。石島さん、ちょっとアタシと並んでみてくれる?」

 「あ、ハイ...」

 「まぁ、同じくらいじゃないでしょか」

 蒼葉の目測では、二人の背丈は一線。永代は小柄な方なので、中学二年の小梅に追いつかれてもおかしくはなかった。

 「ここ一年、特に夏頃からまた伸び出して... エヘヘ」

 快活さを取り戻したのに合わせるように、背も伸びたということになる。逆を言うと、それまでは伸長を妨げる事情があった、ということか。

 「てことは、小学校の頃の背の順は?」

 「小梅、小っちゃかったんです。前から二番とか三番とか。しかも弱虫だったから、今思うと、イジメに近いことされてたな。だから、高学年の頃は、あんましいい思い出ってないの」

 どの程度、荒(すさ)んでいたかは推測しかねるが、永代も一緒に泣いていた、というくらいだから、いわゆる学級崩壊のような現象に見舞われていた可能性は高い。

 「あん時はアタシも挫けちゃってね。力になれなくて、本当ゴメン...」

 「いえいえ、そんな。当時はそれでも先生が頼り。いろいろとありがとうございました」

 「え? 初姉さんとか、支えてくれなかったの?」

 蒼葉は専らインタビュアーである。

 「お姉ちゃんはただ怖い存在でした。ピリピリしてて近寄りがたくって。だから、あとは中学に入るまで我慢我慢、って感じ。でも、期待してた割にはそんなに変わらなかった、な...」

 こうなってくると相槌は無用。とにかく話したいように話してもらえば、それでいい。

 「塾は好きだったんです。で、そのおかげでここに来れて、皆さんと出会って...」

 いつしか、櫻、舞恵、千歳、清の四人も集まっていて、かつての弱虫さんを優しく囲んでいる。

 「今では学校でも怖いもんなし。クラスでも姉御って言われてます。ヘヘ」

 いつしか霙は弱まり、再び軽やかな粉雪に戻っている。そして音を立てずに積もっていく。それは彼女の痛々しい過去を癒すように、そっと、そっと...


 感極まった永代は、幾条(いくすじ)も涙を流しながら、ただただ頷く。千住姉妹はもらい泣き。ルフロンも目頭を押さえている。千歳はやはりこみ上げる何かを感じていたが、それは感情的なものよりも、観念的なものだった。「荒れるのは子どもたちだけじゃない。大人だって、社会だって。そんな心の荒れがゴミの投棄や散乱を招くんだとしたら...」

 その延長で思い出すは、五月に櫻と話したこと。「自分さえよければの成れの果て、って櫻さん言ってたっけ」 初心忘るべからず、と肝に銘じる発起人であった。

 学級が立ち直ったのは、地域の眼差しやつながりのおかげ。とすると、散乱・漂流・漂着ゴミについても、同じことが言えるのではなかろうか。センターでの月例講座、クリーンアップ&グリーンマップは、順序はさておき、やはり大いに連係されるべきテーマであることを千歳は確信する。地域の関わりが何よりの抑制策になるであろうこと、その関わりを取り持つのがマップなら、関わりを実感するのが現地行動、つまり調査型クリーンアップ、ということ。櫻はグリーンマップを思いついた時からこれと同じような着想を得ていたが、As-Isレベルで良しとしていたため、それ以上の策は練っていなかった。先月の協議でTo-Beの話が出て、ようやく積極策(または抑制策)につながる活用法を見出した段である。

 来る講座では、環境行動の一手法としてのクリーンアップを話すつもりでいた櫻だが、翌月のマップ講座と関連付けて、地域行動の側面も打ち出すことを思い至る。仮に探訪部会のテーマとして「地域再発見」を標榜するのであれば、地域の良さを見つけるということ以上に、地域と自身の関わりを発見してもらうことに重きを置くのもいいだろう。その関わりこそが何よりの予防につながり得る。法人名の略称「イイカンケイ」、そのものである。永代と小梅の語らいは、今後の取り組みの主題を導くこととなった。この貢献度は決して小さくない。

 まだ涙目ではあったが、千歳と熱い視線を交わし合っているのは、恋心というよりも、いつもの以心伝心が働いているため、である。声にはしなくとも、相通ずるものを感じる。これをいい関係と言わずして何と云おう。


 清、冬木、舞恵は何やら立ち話をしている。かつての喫煙者、現役喫煙者、年改まってから禁煙を始めた女性という組合せなので、タバコ談議をしていてもおかしくはない。目に見える煙は立っていないが、その是非を巡って結構な口論が展開されていて、今にも煙が立ちそうなほど。一方、他の六人は一斉に息を吐くと、そこに煙霧が立ち込めるが如く白々とした中にいるが、煙たい話は一切なし。話題は春の房総の旅について、である。

さ「卒業式後、春休みの平日ってなると、二十四日ってことになりますか」

む「オイラ、イベント列車に乗りたかったけど、工場が休みじゃ意味ないんだよね」

あ「なら、六月君は泊りがけにしたら? 土曜日曜だったら乗れるんでしょ?」

む「二十二日に快速列車が。でも、全車指定だし、朝早いし... だいたい、一人で土日泊まり?」

ひ「お兄さんがいるじゃない?」

あ「っても、千兄さんは櫻姉さんと一緒だから」

 千歳、櫻ともに、「ハハ...」 って泊まりで出かけるつもりだったのか?

さ「せっかくだから、東京湾の外側の海辺を見に行けたらなぁってのはある。どう?」

ち「外湾ってこと?」

さ「確か富津岬を越えた辺りの最初の... 六月君、知ってる?」

む「東京近郊はだいたい頭に入ってるけど、近郊の先はちと怪しかったりする」

こ「上総湊とか浜金谷とかは家族で何年か前に行ったけど... そっち方面?」

 上総湊とはまた渋いところに出かけたものである。湊のトーチャンが名前つながりで寄り道した、とも考えられるが、外湾に出やすい駅の一つであることも事実。

む「オイラ、調べてみる。その岬から南で、海の近くの駅だよね」

さ「よろしくネ。じゃあ二十四日を第一候補にして、メーリスでまた呼びかけるとしますか。小松さんにも来てほしいし」

 春の内房、花と海... 想像するだけで暖かくなってくる。束の間ながら、寒さ和らぐひとときを得る六人。ただ、千歳にとっては花粉症に悩まされる時節というのがお気の毒様である。

 「マスク着用で、春の海辺か。冴えないなぁ...」

 漂着ゴミの調査ということであれば、その方が調査員ぽくていいとは思うが、どうなんだろう。


 マスクが呼び水になったか、調査員モードの千歳はいつものようにガサゴソやり出すと、マイカップならぬ「マイ枡」を取り出した。

 「拾い物じゃございませんよ。ちょっとした縁起物です」

 「て、隅田さん、雪見酒でもやるつもり?」 永代先生が軽くツッコミを入れると、

 「そっかぁ、こういう時は熱燗(アツカン)って手があったなぁ」 もう一人の先生がトボけたことを云う。

 「いえいえ、櫻さんがね、いいものを持って来てるはずなんで」

 「あ、そうだ。忘れてた」

 文花から頂戴した福豆を、そのやや大きめの枡に注ぐ。

 「ま、これで鬼ごっこすればあったまるでしょ? ネ、千歳さん?」

 「?」

 用具を提供したのに、再び追われる立場になってしまう千歳である。

 「櫻姉、ズルイ! 私も」

 枡は一つしかないが、入れ物ならいくらでもある。蒼葉は雪を盛っていたトレイに今度は豆を載せ、参戦。小梅も撒く側に加わる。舞恵は半ば呆れつつも、

 「ホラ、エド氏もよ。煙を出す人は撒かれてらっしゃい」

 いつの間にやら、六月も豆を分けてもらっていて、すかさず担任にぶつける。

 「鬼は外! 堀之内!」

 「やったなぁ!」

 「うへぇ、これじゃいつもとおんなじだ」

 何故か退治される方が退治する方を追っかける展開になる。だが、これは学級で繰り広げられているのと同じ光景のようである。

 おじさん先生の方は、そんな鬼ごっこを悠然と見物していたが、舞恵と一言二言話していたら、不覚にも流れ豆の洗礼を受けてしまった。

 「ハハ、カモンのおじさん、大丈夫?」

 「ま、鬼みたいなところはあっかも知んねぇけどよ、年寄りはいたわってもらわねぇとな」

 とか言いながら、雪球を一つ二つ作って早くも応戦。気が付けば、豆だ雪だで大騒ぎ。何となく紅白戦のような陣形になっているからまた可笑しい。こう見えても平和主義者のルフロンは、雪ダルマの陰に隠れて、愛想が良いようなそうでないような顔をしながら観戦している。

 「たく、滑って転んでも知らんぞい。ねぇダルマさん? っとと」

 豆が転がってた訳ではなさそうだが、思わず足を取られるルフロン嬢。ダルマさんが転んだら、それこそシャレにならない。


 ゴミを散らかしてしまうのは、悪い鬼に憑かれているからだと考えると、この豆まきで少しはお祓い、つまり予防になるやも知れぬ。

 「いい運動になったし、スッキリしたワ。これでゴミも減ってくれれば言うことなし!」

 「櫻さんにはかないません」

 「ホホホ。では皆さん、またセンターでお会いしましょう!」

 十一時半を回り、本日の下見、いや節分会、いやいや合戦? 何はともあれ、干潟での行事はこれにて終了。


 永代先生は教え子達を連れ、駅方面に向かった。掃部先生は、再び雪面ライダーに変身して、颯爽と、いや怱々(そうそう)と、ま、とにかく走り去って行った。

 冬木は雪景色を記録するんだとかで何となく残っている。今日はここまで珍しく口数が少なかったが、ようやくいつもの調子で話しかけてきた。

 「ところで今日、彼、宝木さんは?」

 「あれでも夏男なんで、寒いのが苦手なんスよ。雪が降ったらパス、って予告してましたし」

 「そっかぁ、彼にちょっと話したいことがあったんだけど...」

 「ま、この舞恵さんでよければ、承りますことよ。八クンのマネージャー、いや、世話人て自認してますから」

 来場時もご一緒だったが、ここへ来てまた二人して... 千歳と千住姉妹は、ヤレヤレといった面持ちながら、気を遣って距離を置いてみる。

 「はぁ、八クンを。それって、ハンティングみたいなもんスかね」

 「えぇ、彼にその気があれば、ですが」

 春に向け、ちょっとした動きがまた一つ。チームを率いるだけのことあって、実は面倒見のいい人物だったりするのである。そんな冬木はさらなる申し入れを試みるべく歩み寄る。

 「で、これは櫻さんにお尋ねなんですが、今度の土曜日、取材を兼ねて講座に出させてもらえたら、と。構いませんか?」

 「来月の情報誌ネタってことですね。載る前にチェックさせていただけるなら」

 面倒見がいいのは、勿論自分自身も含めて、である。そうした抜け目なさは、櫻も重々承知しているので、断るには及ばない。だが、昨年来、ゴミにまつわる記事の比重が高くなっているような気がするが、それでいいのだろうか。

 「春先からは、エンタメ系とかファッションとかも採り入れる予定なんで。ま、引き続き皆さんにはお世話になると思いますが」

 少々含みのあるご発言だが、期待しないで(?)待つとしよう。ソーシャル某とどう結びつけるのか、その辺も見所である。


 合戦場(かっせんば)に散りばめられた足跡を埋めるように、強めの雪が降りてくる。干潟も銀世界と化した時には、もう誰も居ない。

 そして路線バスの車内には、車線を挟んだ先、干潟を見つけようと目を凝らす四人が居る。漂着物も何もあったものではない。ただ、雪に霞む真っ白な川景色が広がるばかり。さっきまでその白の中にいたことがどうにも信じ難い。急に肌寒くなってきた。

 「この雪じゃ豆まき行事もお預けかしらん?」

 「何よ、ルフロン、豆まきしたかったの? 言ってくれれば...」

 「ウンニャ、撒く方じゃなくて、キャッチする方をネ。ま、そうは言っても行員となると、協賛品を撒く側だから、まずありつけないんだけどぉ」

 「ま、いいじゃない、今日はおとなしく、音楽会♪」

 「おとなし? それじゃ音楽会にならんさ」

 いったいどんな会になるのやら?


 かくして千住宅に新たなゲストが招かれ、昼食もそこそこに、午後は別棟(はなれ)でセッションが繰り広げられる。舞恵のハミングを櫻がピアノで拾う。千歳はそれを聴きながら、ドラム、ベース、ギターと頭の中で重ねてみる。音世界が拡がり、やがて波や潮の動きが感じられるようになってきた。SE(sound effect)で実際の音を入れるのも悪くなさそうだ。だが、何よりもピッタリ来るのはパーカッション。舞恵の意図は正にそこにある。

 「どう? ボサノヴァ調にできればなおいいなって」

 「へ? ボサボサ調?」

 「櫻姉ったらぁ。舞恵の自信作なんよ」

 「ゴメンゴメン。で、タイトルは?」

 「そうねぇ、新作だからヌーヴォーってのを入れたいとこだけど、ボサノヴァでフランス語って変よね?」

 外は雪だが、中では温暖な水辺が再現されている。水辺、川辺、いやその心は、

 「八クンとも相談するけど、やっぱ何とかビーチかな?」

 「干潟もビーチのうち、だもんね。つまりhigata@のテーマ曲? じゃ、歌も皆で?」

 「それもアリだけど、メインはお二人さん。デュエットなさいな」

 「ルフロン...」

 舞恵はアーティストではあるが、なかなかの役者でもある。縁結び役という意味では、二人の方が謝意を示さなければならないところだが、彼女に言わせると、

 「舞恵からの気持ち。二人のおかげでいいこといろいろあったんでネ」

 そういうことなら、余計にしっかり歌のレッスンに励まねば。だが、詞がないことには仕方がない。とりあえずハミングしながらの音合わせとなる。

 受け持つパートについて二人がどうこうやり出したので、自称アーティストさんは、アトリエをブラブラ。暗がりで立てかけたままになっている油絵が何枚もあることにふと気付く。

 「ひょえー、これって...」

 蒼葉画伯の作品に目をパチクリ。その一枚は、かつての漂着静物画をモチーフに、油彩で描き起こしたものだった。そのインディゴのようなラピスラズリのような深い青に深く溜息。アーティストならではの感性が働いたか、画からはメッセージめいたものが聴こえてきて、止まない。同じ水辺でも、視点が違うと訴えるものも変わってくる。それにしても...。

 舞恵はこの日、この一品を拝借し、静々と帰って行った。受けたメッセージに対する答えは、いずれ何らかの形で披露されることになる。


 アトリエでは、引き続きピアノが清らかに流れていた。およそ半年前、櫻が八月病を患っていた頃から暖めてきた「新曲」である。

 「何だか泣けてくるねぇ」

 「千さんだけに、センチになっちゃった?」

 だからと云って、曲名がセンチな某になることはない。作曲者は当時を想って「晩夏」の二字を入れる一存だそうな。詞の方もその線で練っている最中だと言う。冬から春にかけた時節に、夏から秋に得た情感を歌にするというのは難しそうではあるが、逆に想像力をかき立てられるので好都合。そして晩夏に深めたその想いを分かち合いたい人が今、傍にいる。これ以上ないシチュエーションで、櫻は新曲の完成度を高めていくこととなる。

 雪は止んだが、二人の心にはどこか雪のような、純粋で軽やかな何かが舞い、降り頻(しき)っていた。

 

【参考情報】 春の行楽列車~内房線の場合


蒼氓(前編)

60. 蒼氓(前編)


 そして、九日。立春の週最後の日だと言うのに、雪もちらつく冬日である。外での実演となると、鍛錬や修養には適うかも知れないが、持続可能性という観点では疑問符が付く。が、今回の講座は幸い屋内。リアリティに欠けるきらいはあるが、寒さを気にせず、のびのびできる。ある意味、サスティナブルである。

 漂流・漂着ゴミの実態やクリーンアップの意義といった概論に当たる部分は、先月の協議第一幕で触れてあったので、その続きとなる本講座では軽くおさらいする程度。櫻が特に力を入れたかったのは、そのHOW-TO つまり、具体的な実践に関して、である。

 「何と言っても下見に次ぐ下見に尽きると思います。あとは大まかに段取りを決め、それを目に見える形、フローチャートでもいいですね。とにかく共有しやすく...」

 発起人とリーダーとで考え合わせてきた要領を集成したような説明が続く。センターお勤めの三人を除くhigata@のメンバーでは、八広と冬木が顔を出しているが、特に口を挟むでもなく、首を前後に振るか、メモを取るか、のどっちか。とにかくおとなしくしている。

 何となく座学スタイルになっているので致し方ないのだが、全体的にやはり静か。今のところは座学生、いや受講者と呼ぶしかないだろう。その受講生の数、実に二十余名。あいにくの天気にしては、よく集まった方なので、まずはよしとせねばなるまい。

 モノログから拾ってきたスクープ画像などを編集して、漂着物の取扱注意など、安全面の話題もちりばめたりしているが、現場にいないことにはどうにも臨場感が沸かない。会場のリアクションもいま一つと読んだ櫻は、

 「じゃ、実際に拾って調べて、というのをやってみましょうかね。どなたかケータイをお持ちの方はぜひデータ入力を」

 と、動きを伴う講習に早々と切り替える。拾うからには、そこに現物がなければならないが、ここは記録係 兼 アシスタントの腕の見せ所。隅田氏がちゃんと用意することになっていた。

 「普段は拾うのが専門の彼ですが、今日は事もあろうに逆のことをしています。慣れないことして腰を痛めないようにしてくださいね」

 先月、見本として持ち込んだ元漂着ゴミは、今は原形をとどめたまま「再使用」されている。ゴミとして処分される前にこうして役に立つのなら、これらをゴミと言っては失礼だろう。会場からは笑い声が聞こえるが、それは櫻の常套トークに対してであって、腰を屈める千歳の不格好を笑うものでないのはわかっている。それでも、どうにも居たたまれない。捨てる側に回るのは到底ムリ、というのを図らずも認識するアシスタント氏である。

 見本はあくまで見本。数的には不足感もある。だが、拾う、分ける、数える、入力する、という一連の動作を体験してもらう上では、必要十分な数だった。文花も八広も前に出てきて、ワイワイガヤガヤ。果たして座学の場は模擬現場へと一変した。

 清と緑が連れ立って現われた頃には、DUOの実演も済んでいて、今は市区によって異なる分別ルールの話になっている。

 「...なので回収スポットがどこにあるかがわかっていれば、自治体のルールを超えて、自分で持ち運ぶというのもアリな訳です。皆さんご存じのショッピングセンターでは、近々廃プラの回収を新たに始め、油に戻すデモなんかも時々やる予定だとか。詳しくは、フリーマガジンの二月号に、あ、エドさん、よければご紹介を」


 「そっか、そのマガジン? 情報誌だっけ。まだ見てなかったワ」

 「とりあえずそこでの取り組みは、全社の何とかレポートに載るから、そっから認知されるだろう、みたいなことが出てたな」

 「へぇ、あの若い皆さんが調べたことが、そうやって広まって...」

 「ただのゴミしろいじゃないってのはそういうことさ」

 「ゴミしろいとはまた、面白いことおっしゃるわねぇ」

 「ヘン、余計なお世話だ」

 後ろの男女が何やら騒々しいので、せっかくのPRタイムが宙ぶらりんになってしまった。

 「ま、いいや。三月号もどうぞよろしく。今日のお話も載りま... あ、そうだ写真!」

 ICレコーダーの方はぬかりなかったが、画像の方がうっかりだった冬木である。そんなこんなで後ほど、記録写真の受け渡しを含め、掲載記事の相談会が開かれることとなる。


 「流域各所で同じような取り組みが為されてますが、手付かずのエリアもまだございます。実演を経て、コツをつかんでもらえれば、新しい会場を受け持つことも可能です。センター近隣でしたら、何かしらのサポートもできますし、ぜひ... で、その実演、つまり現場での講座を本当なら明日にでも、と思ったのですが」

 窓の外を見遣れば、先週に続く週末雪。どこまで降り積もるかが決行/中止の境目となるが、大事をとって見合わせる、そんな早めの判断も現場力のうちと言えなくもない。表向きの見合わせ理由は、この降雪、されどもう一つ理由はある。クリーンアップ~グリーンマップにつながるテーマについて、部会との兼ね合いで再検討する必要が実は生じていたのである。ある意味、雪のおかげでそんな内情を明かさずに済んだ訳だが、雪に甘んじてばかりもいられない。その分しっかり詰めて、明快なコンセプトのもと、プログラムを提供しようではないか。センターの、そして新法人の、今後の取り組みをより磐石(ばんじゃく)にするための試金石と考えればいい。

 文花と軽く打ち合わせてから櫻はこう切り出す。

 「クリーンアップ実践編については、寒さ和らいでから、というのもありますので、ここは一つ三月二日、潮はやや高めですが、午前十時か午後一時の集合、を考えております。詳しくはまた追い追い...」 

 質疑応答などを含めてもこの日の講座は、さらりと一時間半ほど。二日連続の講座ということであれば、それなりのボリュームになるのだが、間隔が空くことが決まった以上、これは単発プログラム。櫻としては不本意さもあったが、こうしたプロセスの間断もNPOならでは、である。


 冬木はひとまずレコーダー起こしをするんだとかで、そのまま会議スペースにこもっている。緑は図書館へ。清は千歳の席で、Comeonブログの機能強化に乗り出す。

 「ははぁ、そのコメントなんかも一覧で表示されるってか。これなら見落とすこともなさそうだ」

 「念のため、怪しいのが来ないようにブロックしておきます。その方が確実に見ていただけるでしょう」

 「ま、別に来る者は拒まずだけどよ。漂着大歓迎、だろ?」

 「いや、やっぱいかに予防するか、でしょう」

 干潟でもインターネットの世界でも、ゴミ対策は共通のようである。但し、ブロックと言っている限りは例の消波工事と次元としては変わらない。より遡った抑制策がスパムにも必要なのだ。


 本日の受講者の何人かは、なおセンター内に残っているが、特に接客対応は要さない。という訳で、文花と櫻は円卓に居て、八広を加えた三人で話し合いを始めている。

 「とりあえずね、講座を開くことに関しては理事会で決まってるからいいのよ。連続性を持たせるってのもごもっとも。ただ、ホラ、秋にお月見しながら話したでしょ。調査研究と情報提供を進めることで普及啓発、って件。仮に探訪部会と現場部会ってのをそのまま立てるとなると、どっちも調査研究色が強いから、何かバランス的にどうかなって。部会行事って点でもOKなんだけど、そこをね、もうちょっと詰めながら講座テーマを決められたら。それが一つ...」

 と、これは事務局長らしいご見解である。

 「もう一つ、あるってことですか?」

 「まぁ、も一つは私見もあるから、あとでカウンターの二人も交えてゆっくりネ。まずはそのバランスに関して」

 すでに十六時近くになっているが、日が伸びてきたこともあって、長丁場を厭(いと)わない構えを見せる文花。ただ、雪は幾らか多めに、かつ重くなっているので、外はまだまだ明るい、とは言えない状態。八広はそんな高密度な雪模様を見ながら、

 「定款上、その三つの柱については明記するとしても、組み合わせとか優先順位までは書かないですよね。とにかく試行してみてから、でいいんじゃないスか?」

 重い、でも軽やか、そんなご提議が突いて出る。

 「でもね、そろそろデザインしとかないと、って思って。NPOでも法人ともなれば模式図みたいのって要るでしょ。だから...」

 「バランス重視ってことなら、調査研究も情報提供も一部会ずつになりますよね」

 「じゃ、最初は探訪と現場は一緒、ってのはどうスか?」

 「それだと部会の世話役が大変じゃない?」 文花は櫻に視線を送る。

 「ハハ、また過剰何とか...。それはどうも、おそれいります」 本人もよくわかっている。

八「情報系って部会活動というよりは、事務局機能に近いから。いや待てよ、季刊誌?の編集チームを部会にすれば...」

さ「それなら、kanNaの新着情報もね」

ふ「取材がメインってことかしら? となると、探訪も現場も同じよね」

 ホワイトボードは近くにあるものの、いつものようにマーカーを走らせる気にならない。ボード同様、頭の中も真っ白? 文花は窓の外がホワイトボードのようになっているのを見て、さらにトーンダウンしてしまった。

 「掛け持ちが増えるのはいいような、そうでないような、ですね」 櫻もつい同調して嘆息モード。誰彼さんとの過ごし方に関わる話でもあるのがまた悩みどころである。

 「ま、ここは一つ編集チームの二人にも来てもらいましょう」 見かねた八広はフットワーク良くカウンターに向かう。と、ちょうど一段落ついた清と千歳が呑気にやって来る。

 「どしたい、おふみさん。顔が白いぜ」

 「もともと色白、ですから...」

 いつもなら、「あら」とか「ホホ」とかが付くのだが、それがない。さすがのセンセも硬直せざるを得なくなる。不覚にも自分の顔が白くなってしまうのだが、これを面白いと言ってはいけない。

 「じゃあ、その雪合戦の前だか後だかにお二人さんが思いついたテーマとやらをもいっぺんお聞かせ願うとしますか。おすみさん、どうぞ」

 今日の午前中にも話をしたのだが、思っていた程、文花が乗ってこなかったので、不可解に感じていた千歳である。その心を聞き出したいところだったが、こう来られては逆に従うしかない。

 櫻が頷くのを確かめながら、千歳は思うところを語る。そして、文花が引き取る。

 「そのぉ、地域が関わるってのをどう表現するか、なのよ。地域振興ならともかく、一応環境系なんでね、ひと工夫ほしいなって」

 「地域と自身の関わりを見つめて、意識してもらう、その連鎖で予防につなげる、その辺の概念はいいんですよね?」 千歳はまだ釈然としていない。

 「えぇ、もちろん。ただ、地域、関わり、ってなるとどうしても人つながりとか、交流要素とかがね...」

 櫻は薄々感づいてはいたが、まだ口にはしない。文花と初めて顔を合わせた時、本人が俯きながら話していたことが思い出される。

 「人あっての環境、いろいろな関係あっての地域、それはわかってるつもり。私が言いたいのはね、『人』を前面に出すと、入りにくくなっちゃう人もいるんじゃないかってことなの。交流好きな人が寄って集まっての地域活動、ってそれでもいいんだろうけど、反面、本来の取り組みがおろそかになる? そんな話も聞く。だからできるだけそうならないように、こっちは人選も含めて考えてきたつもり。僭越ではありますが...」

 ここまでの積み上げや自負があるからこそ、言い切れることがある。higata@の面子にしたって、集まればワイワイとなるにはなるが、そのワイワイを楽しむのを前提に干潟に来る訳ではないのである。お互いのペースなり都合を尊重できているからこそ、顔を出す出さないでどうこう言い合うこともない。それぞれのスタンスで環境貢献する場、というのが共通認識になっている。交流主体ではないのである。

 「事務局長のお話、わかります。定款には例の特定非営利活動の分野を選んで載せますけど、交流ってのは特にない。全分野共通の要素と言えなくもないですが、まずはその特定の活動ありき、そう言いたいんでしょうね。だから、交流を前面に出す必要はないし、割り切るところは割り切っていいと思います。同感ス」

 「交流交流で気疲れしちゃ、何のための活動だかわからなくなっちゃいますもんね」

 前職での経験からもっと突っ込んだ話をしても良さそうなところだが、櫻としてはこの一言でまずは十分。だが、経験談ということなら、この女性も同じ。再び文花が語り始める。

 「交流好きな人達の中に、さぁこれからって人が入れるか。交流を求めてくる人なら問題はないでしょう。でも、そうじゃない人は? 多分疎外感ていうか、それは違うって思うはず。人付き合いが苦手で、環境分野に入ってくる人もいるのよ。個人的な意見かも知れないけど、一人でもできるのが環境活動。つながれば確かに大きいけど、それは派生的なものじゃないか、ってね」

 これまで黙って聞いていた清がここでゆっくりと話しかける。

 「蒼茫って知ってるかい? 名のない草でも、しっかり根を張って、滔々(とうとう)と広がっていくことで力を増すってこと。人間も同じ。無名な市民が寄り添って支え合って、地域や社会を形成する。それには個々の黙々とした取り組みが第一。名誉とか勲章とかは要らない。しとり静かに、さ。な?」

 「ありがと、センセ。でもそのソウボウって、漢字は?」

 清はマーカーを手に力強くしたためる。

 「蒼茫、または蒼氓。こっちの民の字が入ってる方がしっくり来るかな。この蒼は、画家のお嬢さんの名前と同じ、だったよな」

 「えぇ、くさかんむり、です」

 青葉でも碧葉でもなく、櫻の愛妹は蒼葉である。誇らしいやら羨ましいやら、櫻は軽く応答する。

 「そんな氓、というか市民一人一人を応援する、そういうスタンスってことですか」 千歳も漸く文花の云わんとすることがわかってきた。初めて干潟に立った時のことが思い出される。一人ででも何とかしたい、その時はそう思っていた。それがいつしか結構な人数が関わるようになり、行政や企業への働きかけにもつながるようになっている。これといったお題目はなくとも、こうして続いているのは何故か。人どうしのつながりもあるが、各人が環境に寄せる思いがまずあって、その思いが逆に人をつないでいるから、ではないのか。はじめに人ありきだったら、こうはならなかったかも知れない。

 「なんて言うか、ステップみたいのってあるのよ。それはおすみさんだってご承知の通りでしょ。純粋に環境に対して何かしたいって人が少しずつ自分で関わりとかを見出していく、そんなイメージ、かしら」

 「市民団体の中には、いかに会員や関係者との間で交流を促すかに力を注いでるとこもありますけど、かえって持続しないというか。緊張感もなくなってきますしね。だから、対人(ヒト)じゃなくて対環境ってことが明確になってるのはいいと思いま、スよ」

 部会のバランスをどうするか、というのがまだ詰め切れていないが、持論を受け止めてもらえたことで、いつもの顔色に戻って来た文花である。だが、

 「そうそう、文花さんと初めてお会いした時は、本当に箱入りな感じで、奥ゆかしかったですもんね。で、当時仰ってたのが、人と人よりもまずは人と環境、って」

 てなことを櫻が言うもんだから、ちょっと冷や汗。

 「まあね。でもここに来て、でもって皆さんと接するようになって、その両方が大事って思うようになった。だから余計ね、緩やかなのがいいなって。皆さんがイケイケで、交わるのが第一とかそんな感じだったら、ひいてたかも」

 自身の成長過程がわかるからこそ、こうした発言も出るのだろう。文花の変化はここにいる四人もわかっているつもり。言葉の余韻に浸りつつ、まったりとしている。が、長くは続かない。

 「文花さん、そう言う割にはよくちょっかい出して、人を翻弄してるじゃないですかぁ。何か矛盾してるんですけど」

 「元研究員ですからね。試すの好きなのよ。悪うございましたね。ホホ」

 櫻がけしかけ、いつもの漫談が始まる。

 「ま、人がつながるにはお節介がなくちゃな。おふみさんはその点バッチリ。シシ」

 「だから、私のはあくまでさりげなく、ですってば。大事なのはそう、ステディ感よ、ね? お二人さん?」

 「って急に振られても...」 千歳は当惑気味。

 「とにかく、入りやすい表現って何かあるでしょ? スローで着実な関わり方ってのをこう...」 楽しくもあり、もどかしくもあり、の文花。少々間が空くも、

 「いい意味で緩やか、だから続く活動、てことスかね」 八広が継ぐと、

 「スロー、緩やか大歓迎。あなたの環境計画、応援します。とかってどう?」 櫻がいつもの機転でズバッとまとめる。

 主役はあくまで個人。自身のペースで現場へ行くなり探訪するなりして、環境や地域との関わりを見出す。そのプロセスを計画と言い表せば、ステディな感じも印象付けられる。そんな趣旨だそうな。

 「部会共通のテーマってことね。何かいいかも」

 ホワイトボードに大書して、復唱する。すっかり満足げな事務局長である。かくして、探訪・現場は統合せずにそれぞれ試行、編集チームについては、会を重ねる中で緩やかに部会化していく、ということが決まる。

 今後の取り組みの主題、そしてその伝え方が固まってきた。あとは、点を面に広げる、クリーンアップで言うなら、いつもの干潟以外のスポットへの展開、がある。今日の講座ではそのプランの一端が紹介された訳だが、拙速だった観はある。そう、あわててはいけない。先刻決まったようなテーマで以ってじっくりと、明快な動機とともに取り組んでもらうのが何よりである。

 リセットの繰り返しはまだまだ続くだろう。そのためにはいかに気力を保つかがカギとなる。スローで緩やかはその極意とも言える。

ふ「じゃあ、あとは理事会でまた... って次回、いつだっけ?」

き「定例ってことにしてなかったんだな。でも、監事さんが来る日に合わせるとかって言ってなかったか?」

ふ「先月、ルフロン来なかったから、日程調整しそびれちゃって。総会の議案も作んなきゃいけないのに。どうしましょ?」

さ「今からだったら、二週間後でいいんじゃないですか? ルフロン、その日は来ることになってるし」

 と、この反省を受け、総会までの理事会日程と作業の段取りの両案が、この後、事務局長から発信されることになる。

 

【参考情報】 コメントスパムをどこで抑えるか / 特定非営利活動の種類 / "氓"という字


蒼氓(後編)

60. 蒼氓(後編)


 何かとグレード感ある持ち物が多い冬木は、最新式のポータブルPCを今日は持って来ていて、記録した音声を拾いながら、記事を打っていた。講座終了から一時間超が経過。大まかな記事が上がったところで、円卓にのこのこやって来る。

 「えっと、隅田さん、写真の件ですが、今よろしいですか?」

 「あ、これで見ますか? それとも...」

 メモリをどっちに挿し込むかが分かれ目。

 「って、櫻さんが情報誌に載っちゃう、ってことですよね」

 「まぁ、ご本人次第でもありますが...」

 「櫻さん、どう?」

 「私の肖像権については、マネージャーに任せてありますから。何ちゃって」

 その記録媒体を手にマネージャーは悩んでいる。ここで冬木に画像ファイルごと渡してしまっていいものか。交換条件という訳ではないが、ここらで一つその情報誌の意義などを再度確認させてもらって、納得が行ったら渡す、そうしよう、と思った。

 清は図書館へ、文花はカウンターでカタカタやっている。都合、円卓には四人。会談が再び始まる。

 「で、榎戸さん、その読者層とか、反響とか、その辺を一度お伺いしたかったんですけど、よければ教えてもらえませんか?」

 「はぁ、そう来ましたか」

 こういう問いが来るのは織り込み済みではあったが、ちょっと面食らった恰好の冬木。だが、悪い気はしない。

 「ま、大人のための、ってことで始めたんですけど、おかげで硬派な感じになってきたもんで、ご年配とか、熱心な学生さんとか、あとは流域在住の会社員、そんな方々に多く読まれてるようですね。反響としてはまあまあなんですが、駅や街頭で配られてるのと比較すると、それほど盛り上がってるとも言えなくて」

 「同じフリーマガジンでも、そこは性格が違う訳ですから。ターゲットにしっかり届いていれば、それでいいように思いますけど...」

 「いえね、そこが無料配布ゆえの難しさなんですよ。レスポンスがあったとしても、それだけじゃ費用対効果みたいのがちょっとね。媒体の認知度を調べるだけじゃ物足りないし。どれだけ流域の役に立ってるか、それが指標化できればいいんだけど」

 徐々に熱くなってきているのが自他共にわかる。千歳としては聞き役に徹した方がいいのは承知しているのだが、ことメディアの話となると思うところが多々あるので、そういう訳にも行かない。と、そうした空気を察してか、八広がひと捻(ひね)り入れてきた。

 「誰でも手にできる媒体ってのもクセモノで、あんまりそれが流行っちゃうと、持ってる情報がステレオタイプになる惧(おそ)れってありますよね。公共性が高いネタならまだしも、そうでもないようなのが感覚的に常識化してしまうのってコワイ気がします。その点、エリア限定、かつ一定の社会性がある情報誌だったら、それがご当地の力になる、って違いますか?」

 「えぇ、まぁそれが狙いではあるんですが...」

 煙をくゆらせてないと落ち着かないようで、誰に向かって喋ってるんだかわからないような態度になっている。それでもそこは一介の編輯(しゅう)者。然るべき所志は持ち合わせているものである。落ち着きを取り戻すように、その心を述べ始めた。

 「隅田さん、宝木さんもそうでしょうけど、マスメディアに対する反骨心みたいのが僕にもあってね。特にどうかと思うのは、編集権だなんだを盾に情報操作みたいなことするケースかな。マスならマスの社会的責任みたいのってあるでしょ。どうもそれが曲解されて驕りにつながってる気がするんだ。だから、こっちはそういうことがないようにできるだけ現場に忠実に、小部数でもいいから、とにかくSocial Responsibilityに適う媒体をってね」

 驕りとは言わないまでも、突っ走る傾向がある点では、冬木だって人のことは言えない。その辺りを指摘したい気もなくはなかったが、そんな気概の裏返しと考えれば許せなくもない。千歳は、これまでの冬木のお騒がせ、つまり、ある時はフライング、またある時は自己本位取材、はたまた...と一連の出来事を思い返しつつも、どこか内面的に通底するものを感じ、今は穏やかに耳を傾けている。

 「まぁ、現場もそうだし、higata@の皆さんからも。とにかく学ぶところが多々あって、自分なりに姿勢を正してきたつもりです。なんで、ここんとこ行き過ぎ!とかってないですよね」

 カウンターに目を転じたら、図らずも文花と視線が合ってしまった。話がどこまで聞こえていたかは不明だが、首を何となく傾げているところを見ると、少なからず耳に入っていたようだ。だが、顔は怒っていない。冬木はホッと息を吐(つ)く。

 「ところで、さっきの反骨の話ですけど、榎戸さんのブログってやっぱそうした精神論みたいのがあって、あんな硬めな感じなんスか?」

 「秋頃見た時は、グッズ紹介とか、それこそモノログ風で、アフィリエイト向きだなぁって思ったけど、今は違うんで?」

 「業界人ぽい路線て言うか、ツボみたいのがあるんだよね。最初はその辺を狙ってたから、割とウケてたんだけど、情報誌を担当するようになってから、そんなんでいいのかって、気が変わってきた。本多さんとこもそうだけど、漂着~とか、咲くlove~とかを見つけて、ちゃんとしたメッセージを発信してる人が流域にいるんだってことがわかってね。情報誌は情報誌で一石を投じるつもりでやってるけど、自分自身が発信源になるってのも試してみたくなったんだ。隅田さんが見たのは、きっと気が変わりだした頃くらいのじゃないかな」

 咲くloveの櫻さんは、途中まで話を聞いていたが、ジャーナリスト鼎談(ていだん)になってきたところで中座。とりあえず五人分のコーヒーを淹(い)れている最中である。

 「でもって、漂着の現物見てたら、モノの運命ってのは果かないもんだ...そう思うようになって、無常かつ無情とでも言うか、三十路半ばの境地と言うべきか。最近は例のフローチャートも参考にしながら、ここをこう変えれば、もっと有意義な製品になるんじゃないかって、提言型が中心かな。今は単なるモノ紹介じゃないですよ」

 鼎談というよりも、ブロガー冬木のトークイベントのようになってきた。

 「今月号のCSR記事と、オーバーラップするとこもありそうですね」

 フローチャートの話が出たことで、千歳にはピンと来るものがあった。自分で掘り下げてもよかったのだが、ここは記事担当者自ら語ってもらうとしよう。

 「スーパーの場合、売り手っていう意識が強い分、自社ブランド品を扱ってても作り手って意識は弱い。だから、モノ全体の流れとか、モノの末路とか、それを現物でしっかり示す必要があったんです。そういう意味で、先月のは上出来でした。CSRを担当してた時分は、どっか空虚っていうか、パフォーマンスチックだなぁとか思いながら、お相手してたんだけど、この間のは違ってた。市民と一緒に社会的責任を果たしていこうってのが感じられた。何かこう、つかえてたのが取れた、そんな気がしましたね」

 「提言ベースで臨んだのが良かったのかも知れないスね。ま、こっちとしてはステイクホルダーとしての言い分を伝えたまでですが」

 「おかげで、今後の見通しとかもしっかり引き出せたし。あれを読んで、流域企業も捨てたもんじゃないな、って思ってもらえれば...」

 「なーるほど」 千歳は大いに納得する。


 櫻は文花にコーヒーを供しつつ、カウンターで愚図っていた。

 「ねぇ、文花さん、彼氏が同じ職場ってやっぱ歯がゆいってゆーか、何か考えちゃうんですけど」

 「あら、そう? 一緒に語り合ってればいいのに」

 「編集者としてこっちも思うところがあるから、かえって入りにくくて...」

 「じゃ、私がお相手、いや、たまには相談に乗ってもらおうかしら」

 「?」

 十四日が近いだけに、どうやらその手の件らしいのだが...。


 「さらに現場に足を運んでもらえれば言うことなかったんですが、あいにくの雪続きじゃね。その三月二日に来てもらうってんでよければ、また声かけしますけど」

 「あ、聞いてきますね」

 千歳がカウンターに向かったところで、冬木は八広に相談話を持ちかける。

 「宝木さん、彼女からその、何かいいお話とか聞いてませんか?」

 「いい話? これと言って特に。あ、でもバレンタインデーに『もしかすると朗報があるかもぉ』とかって言ってたような」

 「OK。じゃ、奥宮さんからまずお耳に入れてください」

 「はぁ...」


 一方、カウンターでは

 「今、女どうしのお話中なのよねぇ。あとでネ、千歳さん」

 「そりゃ失礼...」

 「あ、これ持ってって。ちょっと冷めちゃったかも知れないけど」

 浮かぬ顔でトレーを運ぶ千歳。待たされてる訳ではないのだが、すっかりウエーター(waiter)である。


 「一つお聞きしたいんですが、今手伝ってる市民メディアって、その張り合いとかって点でどうですか?」

 「載せてもらわないことには原稿料とか入りませんからね。励みにはなりますが、緊張感もあります。正に張り合いスね。ただ、バイトと掛け持ちですから、時間的な制約とか、いろいろと」

 千歳はコーヒーを置きつつ、会話に加わる。

 「まぁ、市民メディアとて万能じゃないですからね。有望な人は自分のブログで発信すれば済むってんで転出しちゃうもんだから、逆にRSSで取り込み直したり。ステップアップの場として考えてもらってもいいんですけどね。放っておくと、そう空洞化現象、みたいな」

 「宝木さんはそんな有望な一人?」

 「そうですね。だからいつでもブログ作るよって、進言はしてるんですが」

 「ま、その有用性ってのはわかるんですけど、何とも捉えどころがないってのと、ケータイで手軽にできちゃうってのが逆に引っかかってて。やってみないことには何とも言えないスけど、情報消費者のターゲットにはなりたくないってのもありますね」

 「そうだね。消費されるだけの情報ってのはヤだね。確かに」

 「近年のヒットチャートじゃないですけど、一時的に盛り上がって、すぐしぼんじゃう、そういうのは御免だな、と」

 フムフムと冬木はただ頷いている。どうやら見込んだ通り、ということらしい。


 千歳としても、冬木の心意気は十分わかったので、櫻の肖像権がどうこうと意地悪を云う心算は毛頭ない。相応の志に則(のっと)った記事になることがわかれば、多言は要さないのである。

 「予定稿はきっちりメーリスに流しますから」

 「それはいいですね」

 千歳はここでやっとマイカップに注いでもらったコーヒーを一口含む。

 「あ、甘っ」

 「え、隅田さんのブラックじゃなかったんスか?」

 「櫻さんの仕業だ、うぅ」

 加糖コーヒーは飲めない口ではなかったが、久々のドッキリネタにしてやられて、開いた口が塞がらない彼氏。そこへ彼女がすまし顔で問いかける。

 「千歳さん、どう?」

 「どう?って、あのねぇ」

 「別に飴を溶かして入れた訳じゃないんだし。ちょっとね、今日は甘味が足りないんじゃないか、って思ったから。フフ」

 二口三口と試す。渋面ながらも、そのシロップの甘さで思わず頬が緩んでしまう千歳であった。

 「ハハ、二人見てるといいですねぇ。記事にはツーショットで出しますか?」

 「いや、今回の講座はリーダーにスポットを当てていただいて」

 「あら、千歳さん、いいんですの? また櫻さんのファン、増えちゃうわよ」

 「ちょっとした有名人の彼氏ってことで、こっちも誇らしいってもんですよ」


 とまぁ、ホットな議論にホットな掛け合いがなされてる訳だが、雪はあくまでクールに降り続く。とうに暗くなっておかしくない時間帯なのだが、その雪の白が反射するのか、窓の外は不思議な明るさを保っている。雪が弱まるまでは帰れない、というのもあるが、まだ明るいからいいや、というのもあって、冬木も八広も残っている。

 ブログを見ながらコーヒーブレイクというのは、当センターらしい活用法ではある。円卓のPCでは話題のEdy’s社会派ブログや、新装なったComeonブログが展開され、即席コメントが交わされる。

 「で、先生のブログは今日めでたく、一般的なスタイルに変えたところです。コメントとかあったら、ぜひ」

 「これでやりとりできますかね」

 「やってできなくはないと思いますけど...」

 「では、早速」


 講座はコンパクトだったが、その先が長かった。何だかんだで十七時半まで談議は続き、その一連が講座のような態となる、それでも誰かさんに言わせると、緩やかかつスローなんだそうだ。いやはや。

 この日この後、higata@には、次回クリーンアップの予定、情報誌来月号の予定稿PDF、そしてComeonブログの紹介が流れることになる。コメント機能については、南実の申し出による故、本来なら彼女が第一報を打つべきところ、開けてみた時はすでに遅し。

 「ちっ、榎戸さんに先を越されるとは...」

 ようやっと論文の補整が終わり、安穏としていたところである。どうせなら仕上がる前に用意してほしかった、というのもあるが、Comeonブログ管理人からの今回の案内を見た上でコメントを入れ始めるのが筋だろう、と思う。すっかり憤慨モードになってしまった南実は、

 「またしてもフライング? 頭来た。私も打とっ!」

 鬱憤を晴らすように、立て続けにコメントしちゃうお弟子さんなのであった。


耐寒と体感の間で

61. 耐寒と体感の間で


 そんなことになってるとは知るべくもない掃部先生は、翌朝になってやっとブログを開けている。が、新着欄を見て、目が点。早々とコメントが、しかも何本も。

 「そっか、小松のお嬢さん、書き上げたか。ま、俺の指導があったところで、どうこうなるもんでもねぇだろし。しかしなぁ...」

 どことなく恨み節な一文が見受けられ、さすがの先生もたじろがざるを得ない。コメントスパムは除外できても、文章の調子を見分けてブロックするなんてのは不可能である。どう返事したらいいものか悩んでいる間に、空はすっかり晴れ上がる。雪解けのスピードも速まっていた。


 十日の干潮は昼過ぎの予想。昨日の雪が午後早々になくなっていれば、クリーンアップは実施できた可能性がある。もともとこの日は空けてあった訳だから、何もしないよりは出かけた方がいい。千歳は最低限のグッズを持って、干潟に向かうことにした。

 グランドコンディションはいいとは言えないが、思っていた程グジャグジャということもなく、脇道についても同じ。見た目は明らかな泥道なのだが、足を取られることもさほどなく、その適度なぬかるみが心地良いくらいである。

 最高気温は十度。実に昨日の倍だとか。そのせいか、干潟一面にすでに雪はなく、奥まったところに若干の残雪を見るばかり。雪がないということはこれ即ち、

 「ハハ、どうしたものか...」

 となるのも無理はない状態。先週、下見というか予備調査はしてあるので、覚悟はできていたつもりだが、現物を目の当たりにすると、少なからず萎(な)えてしまうものである。

 「一人静かに、か...」 清の格言を思い起こしつつ、千歳は気持ちを入れ直す。そして一歩一歩、慎重に斜面を下っていく。何はともあれ、お天気だし、小春日和といってもいいくらいである。返す返すも、順延にしてしまったことが惜しまれるが、今日のところは原点回帰と思えばいい。まずは目に付く大物から、いやたまにはペットボトルをポイポイやるのもいいだろう。いやいや、あの袋ゴミが邪魔だ... 着手してるんだかそうでないんだか、とにかく腰を屈めたその時である。後方から聞き覚えのある声がした。

 「あわわ...」

 「?」

 振り返れば、辛うじて着地に成功した女性が一人立っている。

 「千歳さん、こんちはっ!」

 「って、櫻さん、どうして?」

 「それはこっちのセリフ。昨日、長丁場だったんだから、ゆっくり休んでればいいのに」

 「本当は櫻さんとデートしたかったけど、お疲れだろうな、って遠慮してたんだ。ま、とりあえず、こっち来て正解」

 「はいはい、そりゃどうも。それにしても、二月だってのに相変わらずね」


 かくして四月以来となる「千と櫻のゴミ調べ」が、執り行われることとなる。一人より二人とはよく言ったもので、千歳は俄然ペースが良くなる。ひととおりの撮影を終えると、まずは障害物の除去から取り掛かる。何故かバスケットボール大のブイの如き一物が転がっていたが、とっとと陸方向にシュート。あとはシート類から板材から、じゃまっけなのをテキパキと運び出す。櫻は、いつものようにポイポイ作戦を始めるが、干潟面に放るのは止め、河川事務所が切り拓いたルートの上方に放り上げている。この時期、ヨシが陸地を塞ぐこともないので、最初から陸揚げが可能なのである。千歳はその手際の良さに感心しつつも、手を止めることはしない。当地常設となったプラスチックカゴの中に、放り投げるのに向かない容器包装系なんかを次々と収容しては、陸地でガサガサ。十二月の回で文花が始めて、先月は蒼葉が引き継いだ。そして今回は千歳。プラカゴは見事にリユースされている。

 

 

 体が温まってきたところで、小休止。干潟奥の残雪ももう判別つかなくなっている。

 「まだ雪って残ってるんじゃないかって思ったのに...」

 「午前中は潮が満ちてたはずだから、川の水で解けちゃったんだよ、きっと」

 「そっかぁ。でももし満潮時に氷点下になったら、どうなっちゃうんだろ?」

 「ゴミごと氷結?」

 「そしたら、一気に運べちゃうかも」

 「まさか。全部が全部氷漬けにはならないでしょ」

 「ハハ、せっかく暖かくなったのに。何だか寒くなってきちゃった」

 干潟deデートというのはアリかも知れないが、さすがにこのタイミングで体を寄せ合って、なんてことはしない。

 「一応、耐寒クリーンアップですもんね。我慢しなきゃ」

 千歳としては、体感の方を取りたかったようではあるが、さ、続き続き!

 

 

 雪に埋もれていたせいか、硬めのプラスチック片は何となく脆(もろ)くなっていて、容器包装プラに至っては、ゴワゴワである。二人が合流して三十分ほどが経ち、今は品評しながらカウント作業に入ったところ。言うまでもなく、ケータイを持っていないのはお互い様なので、櫻が念のため用意してきたデータカードに手書きしていくことになる。思えば、五月はこのスタイルだった。

 「全然出番がなかった訳じゃないけど、何か懐かしい感じ」

 「櫻さんのいいものシリーズ第一弾だもんね」

 「いいもの、か...あっ、そうだ思い出した!」

 急遽、作業は中断。彼女は彼氏に小声で話しかける。

 「蒼葉が言うには、ちゃんと千歳さんには伝えてあるからって、そのぉ...」

 「あ、そうそう蒼葉さんから。えぇ何でも十五日は空けとくように、って」

 「十四日から十五日にかけて、ってことなんだけど、いいかなぁ?」

 「とりあえず、櫻さんにお任せします」

 「よかった。ちなみに十四日は、ちょっと加算して二十万点記念日ってことにしてありますんで。いいもの、もあるし。フフ」

 櫻の一日一千がまだまだ続いていたことが、千歳にはビックリだった。だが、それ以上のビックリがその日には仕組まれている。


 「えっと、硬いプラスチックが十九、プラスチック・袋片が六十八、これが今日のワーストかぁ。小っちゃい袋が三十四、容器包装系が二十一、フタ・キャップは三十... あれ、インク切れ?」

 再生プラ製のボールペンは、決して粗悪品ではないのだが、それなりに使い込んでいたらしく、インクの出が悪くなっていた。相方は、軍手、ゴミ袋、デジカメは持って来ていたが、筆記具は不所持。

 「漂着ボールペンって、なかったっけ?」

 「書ければいいけど」

 思わぬアクシデントには、思わぬ客人というのがつきもののようである。川伝いに現われたのは、この女性。

 「あーら、お二人さん、今日も仲良くゴミ調べ?」

 「あ、おば様。ちょうどよかった、何か書くものお持ちですか?」

 「えぇ、先月頂戴したのが...」

 懐中時計ならぬ、懐中ボールペンが出てきたが、どこかで見覚えのある一品だったりする。

 「緑さん、それってもしかして」

 「貴方、持ってっていいって仰ったから。なかなか書き心地よくてよ」

 「ハハ、そりゃよかった。いえ、昨日も見本品広げて見せたんですけど、ボールペンなかったから、あれ?って」

 「これで続きが書けます。ありがとうございます」

 「て、御礼云われてもねぇ。ま、漂着物も捨てたもんじゃないってことね」


 残る集計結果は、発泡スチロール片/二十九、ペットボトル/四十五、ビン/十九、吸殻/十六、漂着ライター/十二、木片/十一など。十に満たない細々した品目も多岐に亘り、何と先月よりも総数は多いことがわかってしまった。

 

 

 「これであの枯れ枝をどかしたら、もっととんでもないことになる?」

 「そうだね、残念ながらリセットとは行かなかったけど、今日はちょっとね」

 仕分けされたゴミだけですでに手一杯。これらをとにかく袋詰めしないといけない訳だが、その前に再資源化系の処置が立ちはだかる。

 「で、今日はどうなさるの?」

 「洗って乾かしてって、冬場だとツライですよね。どうしよ...」

 「じゃ、これを使いなさいな」

 緑は、現場検証シーンとかで出てきそうなフィット感のあるゴム手袋を取り出す。

 「素手じゃ拾えないものもいろいろあってね」

 「現物を手にとって、それを作品にってことですか?」 千歳はわかったようなそうでないような聞き方をする。

 「軍手だと感触が得にくいもんで。ま、仕事柄って言うか、しっかり描写しないといけないから。オホホ」

 櫻が洗い場に向かったところで、緑は補足説明する。

 「例えば、鳥の骨格とか、こないだなんかオトナのオモチャが落ちてたわ。素手じゃ何ざましょ?」

 「それをあの手袋で?」

 「ホホ、内緒内緒」

 オトナのオモチャっていったい? モノによっちゃ、あらぬものが付着してたりするんじゃないのか。

 「河原で何やってんだかって思ったけど、作品のインスピレーションとしては良かったワ。一人か二人か、はたまた...」

 これ以上はやめておいた方が良さそうだ。千歳は絶句したまま、である。


 「今日はハレ女の面目躍如。あとはお天道様に任せて、と」

 「じゃあ、おばさんはまた探検に出るとするわね」

 「ほんと、助かりました。あ、ボールペンも」

 緑は半乾きのゴム手袋をはめると、引き続き川伝いに歩いて行った。今度は何を手に取るおつもりだろうか。女流作家の後姿を見送りつつ、千歳は唸る。「作家さん自身がミステリー? ムム」


 食品トレイ数点、ペットボトル十数本、そして新たに取り扱いを始めた廃プラを三十枚前後、これらを二人して商業施設の回収スポットに持って行くことが決まる。ビンと缶については可燃や不燃ともども、ひとまず詰所脇に置き、別途、千歳が持ち帰るということにした。二月のクリーンアップは、これにて終了? いや、今回の調査結果をhigata@で共有しないことには終われない。

 「ケータイ版DUOのありがたさ、か」

 「PC版だってあるじゃない?」

 「ハハ、そうでした」

 「立ち会っちゃおっかな...」

 ティータイムも何もあったものではない。商業施設からはトンボ帰り。三時には送迎バスに揺られる二人である。ビンと缶は小春の陽射しを浴びていたまではよかったが、引き取り手が現われないとなれば事態は暗転。薄暗い中、寒風にさらされることになる。


 やりとりが一段落した頃、文花から「Happy Valentine!」メールが発信された。櫻に相談した結果かどうかはいざ知らず、この一件には義理も本命もなく、バレンタインギフト用の代金をチャリティーに回す云々とのおことわりが述べられていた。higata@にわざわざ書いてよこすものでもない気はするが、これは彼女なりに気を遣ってのこと。かくして業平は拍子抜け。弥生は嬉々となる。

 バレンタインデー当夜、直接行動に出ている弥生にアドバンテージが付されそうだが、どうなんだろう? 否、文花は南実以上に策士であることを忘れてはいけない。週末、何かが起こりそうな予感...。

 

【参考情報】 2008年2月上旬の漂着ゴミ(その1) / 2008年2月上旬の漂着ゴミ(その2)



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