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それぞれのHoliday

50. それぞれのHoliday


 無粋な言い方をすれば振替休日だが、特別な意味を持つ人達にとってはただの休日に非ず。一人よりは二人で過ごしたいと思うのが自然だろう。今回のコース設定は、櫻主導ではあるが、止せばいいのに千歳がひと捻(ひね)り挟んだものだから、何とも不思議なスケジュールになっている。ディナーは早めということなので、それぞれブランチなどを摂ってから集合、で、十三時半の待ち合わせとな。櫻はダテ眼鏡なるものを着用し、彼氏を待つ。

 此処は品川駅西口の某商業施設屋外にあるフリーのテーブル席。彼女の視線の先は駅方面。定刻をちょっと過ぎた頃、幾分見映えのするロングコートをなびかせて、待ち人が視界に入って来た。だが、いつもながら鈍い彼氏はすぐには気付いてくれなかったりする。

 「ん? 櫻、さん?」

 「何だかなぁ。至近距離にならないとわからないのかね? 隅田クンは」

 「どしてまた、眼鏡?」

 「美女が一人でポーッとしてると、目立つし何かと面倒でしょ。顔隠しです」

 「神隠しならぬ顔隠し?」

 「千歳さん来たからもういいんだ。外します」

 先月のお上がりファッションの上にファー付きのセミロングコートという出で立ち。眼鏡を取って立ち上がると、女優級の優美さが放たれる。「おぉ...」 彼を感嘆させる作戦、まずは成功したようだ。「ほんと素直なことで、フフ」

 ホテル併設の建物のエスカレーターに乗っかるも、映画や水族館がお目当てではない。高輪方面に通じる坂道の中腹まで運んでもらうため、というからちゃっかりしている。その先はなだらかな坂。上がりきって左に行くとユニセフハウスが見えてくる。

 「あら、やってるかと思ったら、お休みなんだ。クリスマスカード買いに来るお客さんとか少なくないと思うんだけど」

 「ある意味、書き入れ時なのにね」

 「ま、当センターも休みだから人のこと言えないけど」

 子どもたちのためにサンタ役を買って出るスタッフもいるから休館なんだろう、とか勝手な推量をしながら、御殿山方面へ歩き進んでいく。途中、櫻は小粋な感じの脇道を見つけると、

 「こっちこっち。予め調べといたんだ」

 緩やかなカーブ、風情ある階段道、ちょっとした見晴らし。まち探検が得意な櫻らしい選択である。直線距離では四百メートルはある筈だが、品川イーストのビル群がここからだと近くに見える。

 

 

 「グリーンマップ的には[すばらしい眺め]、かな」

 「でも、あのビル、海風をブロックしちゃうんでしょ。[考えさせられる眺め]ってとこね」

 今度は唸ってしまった彼氏を引っ張って、いいものならぬ、いいとこに櫻は向かう。段々を下り、右折してしばらく歩くと、瀟洒な一角に辿(たど)り着いた。ここだけは別世界。ヨーロピアンな街路と建物で構成されている。そして建物の一つはクリスマス専門店。

 

 「聞いたことはあるけど、住宅街の一隅にこんな」

 「通年やってるんですけど、やっぱクリスマス時期じゃないとネ」

 店内はカップルの姿が目に付く。同じようにゆっくりしていてもいい筈だが、長居はしない。電車やバスの時間を逆算して動いていることもあり、雰囲気を少々楽しめればそれでいいんだとか。

 「では、プレゼント協定に基づき、ここはお互い低予算で」

 気障(キザ)な演出等は無用。大層な品を交換し合って、重い思いして歩き回るのもナンセンス。ここはあえて、ワンコインでお釣りが来るくらいの簡素な一品をその場で買って交換しよう、ということにしてあった。これが彼等なりの協定である。

 「じゃ櫻さんは、これ。でも、本当にいいの?こんなプチギフトで」

 「非常用、いやキャンドルナイトで確実に使うでしょうから、ありがたいです。んで、千歳さんは縁起物で、と」

 お互いに中味は承知の上。包装を簡略化していることもあり、クリスマスプレゼントと称するには違和感もあるが、食事の席で手渡すとなれば、それ相応、となる。


 店を出たら児童遊園を経由する。坂上に通じる階段を遊具の一種と見間違うのも無理はない。とにかく上って下りて、また上り、である。効率的にはどうかと思うが、探訪が共通趣味のお二人には、こういうのがたまらない。目的地どうこうではなく、道程そのものが目的だとすると、これでいいことになる。

 御殿山に通じる道を再び漫歩する千歳と櫻。時折風が強く吹き付けるも、街並家並に気を取られているので、正にどこ吹く風の何とやら。時計は二時を回ったところで長針短針が重なろうとしている。ここで大通り、即ち八ツ山通りに出た。

 「左手のイチョウ並木の先は八ツ山橋、直進すると原美術館とかかな。どうします?」

 「信号ちょうど青だから、直進」

 「Let’s Go!」


 Goと来れば、気になるのがGo Hey君。今はお約束通り、弥生嬢とスタジオでセッションを始めたところである。

 「ねぇ、Goさん、昨日できなかった五曲目、先にしましょうよ」

 「へ? だって昨日の練習の続きが先じゃ...」

 「あたしが一番いじっちゃった曲だもん。直すんだったら、早めが良くない?」

 「いやぁ、あんな感じでいいと思うよ。ただ、アイドルポップ調だから、歌い手がね。櫻さん向きじゃない気が...」

 一寸(ちょっと)間を置いて、弥生が切り出す。そう、彼女はガールポップシンガーである。

 「歌い手さんなら、ここにいるじゃないですか。千住姉妹が歌って、あたしが歌わないってこともないでしょ?」

 「そう来たか。いいかもね。でもベース弾きながらって...」

 「ハハ、そこまでは考えてなかった」

 ここはとりあえず二時間の予定。番狂わせがなければ、文花との待合せ、新宿十七時は楽々のはず。はてさて?


 ちょっとしたお屋敷が連なるのは、さすがは御殿山というだけのことはある。しかし、十二月二十四日にありきたりでないところを巡るという点で、お二人も御殿山に負けず劣らず流石である。丁字(ていじ)に行き当たったところで左折。ここからは御殿山通りとなる。やがて桜並木が現われ、JRを跨ぐ橋が見えて来た。

 「ここの桜ってどうなんだろ?」

 「花見の時期にまた来ますか?」

 「そうねぇ... ま、花見もいいけど、千歳さんとはもっともっといろんなとこ行きたいな」

 腕を組まれて、やや硬直するも、会話の方は至って滑らか。

 「そりゃどうも。こっちは櫻さんと居る時はいつもお花見気分だけどね」

 「まぁ、おめでたい人(ウフフ)」


 六月君が見たら大喜びしそうなトレインビュースポットに到着。山手線から新幹線まで実に十の線路が横並び。時間が許せば、ひととおり眺めていたい気もするが、そうも行かない。程なく、右端、下りの新幹線車両が徐々に加速しながら通り抜けて行った。のぞみ35号である。見送りながら、櫻は小声で、

 「ルフロンたら、今日から泊りがけでどこそこって言ってたなぁ...」

 目が合い、ギクとする千歳。ここは話題を切り替えねば。

 「ハハ、さすがは先行カップル。でも奥宮さん、この年末に休みって取れるものなの?」

 「何だか企画書が通ったとかで、ひと区切り付いたからいいんだって。でも、どこ行くんだろ。クリスマスに温泉てこともないだろし。西か南か」

 「案外、今の列車に乗ってたりして」

 「こういう時、GPSとかあると面白いのにね」

 

 

 自分達の真上でまさかそんな話が交わされていようとは、である。

 「ハ、クション!」

 「だいじょぶ、ルフロン?」

 「もう花粉て飛んでんだっけ? 流行に敏感なのも困るわぁ」

 千歳の勘は冴えていた。八広と舞恵はその車内に居た。

 「ま、新神戸まで時間あるから。これで昨日の続きでも、どう?」

 「そうそう、詞、付けなきゃ」

 メモリオーディオを彼氏に渡すと、彼女は大きくリクライニングをかける。

 「煙草吸えないし、舞恵は寝てるさ。富士山が見えてきたら起こしてちょ」

 「寝たまま富士山通過すると、きっと夢に出てくるよ。その方がいいんじゃん?」

 「イブなんだからさ、富士を肴にホワイトクリスマス、ってのもいいっしょ。乾杯用のワイン缶もあるんだし」

 「聞いたことないし」

 肘で突きながらも、頭を彼の肩に乗せてみるルフロンさんであった。


 御殿山通りは下り坂。下りきって突き当たるは第一京浜である。ここからは平地。京浜急行沿いにさらに南へ歩く歩く。

 「それにしても京急って、いろんな車両が走ってるのねぇ」

 「六さんに聞きゃ、どれがどこ行きとかすぐわかるんだろね」

 「動体視力働かせりゃ私だって。あら、佐倉行き?」

 高架を快走する快速特急。その行先は確かに京成佐倉である。奇遇というか、おめでたいというか。

 「櫻を佐倉に連れてってー、何てネ」

 今日も絶好調なサクラさんである。


 そうこうしているうちに、新馬場(しんばんば)駅に着いた。だが、目標時刻ギリギリ。ホームに着くや、すぐに新浦賀行きが入って来た。

 「で、大森海岸まで行って、バスですか」

 「そのバス、本数が少ないから」

 「それをクリアすれば、あとはゆったり、か...」

 予定駅で降り、しばらく待つ。大森駅を出たバスがソロソロと入ってくる。ここからバスに揺られること約二十分。目指すは、東京港を臨む一端、東京湾西岸で最も突き出た地である。

 「千歳さんも面白いとこ、ご存じねぇ」

 「そこと空港の間に京浜島てのがあって、そこも飛行機ビュースポットなんだけど、季節によって使う滑走路が変わるみたいでね。冬場はそれほど見映えがしないんだって。ただ岸壁を見下ろすとテトラポッドとかに漂着ゴミが溜って凄いことになってるんだとか。つまり空は冴えないけど、海の方は見応えがあるって訳。調査に行く分には有意義なんだけど、今日はね、そういう日じゃないから...」

 「で、城南島かぁ。あっ早速、飛行機!」

 十五時二十分、二人はその人工島の浜辺を歩き出す。川における人工的な波には慣れ親しんでいるが、自然作用による本場の波を二人して楽しむのは今日が初めて。東京湾と聞くとパッとしないが、ここは一応海である。

 「てことは、この打ち寄せてるのって、海ゴミになる訳、か。でも、枝とか藻みたいのはゴミじゃないわよね」

 「一見したところ、人工物とかなさそうだけど、よくよく調べると粒々とか出てくるんだろね」

 「粒々か。南実さん、今日どうしてるかな?」

 羽田を発つ飛行機は結構頻繁。蛇足ながら、只今上空を目指している一機は小松行きである。

 「飛行機で小松方面とか? なーんてね」

 「そしたら、千歳さんも北海道行かなきゃ」

 次に飛び立つは、正に千歳行き。離陸シーンがよく見えるだけでも十分なのだが、ついでに何処(どこ)其処(そこ)行きというのがわかるようになっているとより楽しめそうだ。


 当の小松さんはと言うと、あいにく機中の人ではなく、河畔の人だった。楽曲データをCDにコピーし、それをCDラジカセから流す。寒風に負けないよう、いや風を吹き飛ばすかの勢いでサックスを鳴らしている。昨日は叶わなかったセッション二曲目、その間奏部分を念入りに練習中。南実の居宅近くには造成干潟があって、そこを望む場所に今は居る。最下流に当たるため、正にDown Streamを実感しながらの演奏である。揚々とやっているようだが、目にはうっすらと光るものが。誰かに届けたいこの音色。風に乗り、東京港を超え、城南島に届くか。聖夜の日だけに何が起きてもおかしくはなさそうだが...。

 

 

 「何か風の音が心地いいというか...」

 「千さんも詩人ね。大丈夫?」

 ありきたりを意識的に回避しただけのことはあって、今、城南島のつばさ浜には、カップル一組のみ。他に誰もいないんだから、はしゃぎ回ってたりしても良さそうだが、やっぱり違う。打ち上がった固まりを屈んで解きほぐしているではないか。

 「あら、紙コップ。はい、千歳さん、プ...」

 「出たぁ、得意のしりとりだ。プ、おっとプルタブ」

 ケータイもないし、データカードもないから、調査はお預け。代わりに、手と頭を使った遊びに興じる二人。

 「ブルーベリージャムの、パックね。はい次」

 「黒、の鉛筆かな? これって」

 「へへ、爪楊枝、発見」

 「じ、かぁ...」

 いいタイミングでジで始まる物体が離陸する。目に入るものだったら、何でもいいモードになっている。

 「城南島、でもいいけど、ここはジェット機、かな」

 千歳は立ち上がって、銀色の機体を見送る。櫻も腰を上げ、彼に寄り添いながら、同じ方向を見つめる。

 「き、キ...」

 機転、だと終わってしまうが、その機転を利かせる櫻。眼を閉じると、

 「kissかなぁ」

 ジェットの音でよく聞き取れなかったが、千歳は轟音の勢いに乗じ、千載一遇を実践する。


 「ぁ...」

 機体が上昇するに伴い、轟音はエコーを残しながら小さくなる。代わりに聴こえて来るのは、そう「Soar Away」である。二人、動きは止まったままだが、心は宙を舞う、いや舞い上がっている。互いの温度を確かめ合うように離れない。

 十と数秒が経つ。再び見つめ合い、そして俯き合う。波の音が帰って来る。

 「千歳さん、私...」

 言葉が出ない千歳は、ただ黙って彼女を抱き寄せるしかない。冷たい海風のせいもあるだろうけど、足が震えている。口を開いたのは次の轟音が去ってからのこと。

 「やっぱりここじゃ寒かった、ね」

 「私は平気。でも、しばらくこのまま、が、いい...」

 お次のバスまでまだ三十分近くある。このままでもいいのかも知れないが、千歳は熱があるような気がしたので、そっと櫻の手を引き、陸側へ引き返す。足元にはしりとりし損なった、割り箸、輪ゴム、ストローなんかが転がっている。平時なら拾って帰りそうなところ、今回はそのまま。二人ともすっかりのぼせている。

 ベンチに腰掛け、海と飛行機をぼんやり眺めているうちに、正気が戻って来た。

 「ス、よ。千歳さん。続き続き」

 「隅田、千歳です。はい、どうぞ」

 「せ、千住、櫻と申します。フフフ」


 ジェットがしばし遮った後、

 「ら、ですか。1. 2. ラ、ラー♪」

 やっぱり熱がある千歳は、セッション二曲目を徐(おもむろ)に口ずさみ始める。

 「千歳さんたらぁ」とか言いながら、櫻も何となく声を合わせる。南実のサックスがこれに重なったら、川と海とのセッションか。

 Down Streamから流れ出た漂流物は海を彷徨(さまよ)う。ことゴミに関しては川から海へ連鎖するのは望ましくないとされる。だが、音や歌の流れ、つながりが川と海とであったとしたら? その広がりはきっと無限大。


 城南島循環バスに再度乗り込む二人。フワフワ感が残っているので、終点まで乗って行ってしまいそうな心配もあったが、そこはリーダーとマネージャーの組み合わせ。

 「えっと、野鳥公園を過ぎたから...」

 「じゃ、押しますね」


 降車ボタンが連動したのかどうかはいざ知らず、山手線の某駅では弥生のスイッチが入ったところである。

 「ねぇねぇGoさん、何かこう引き止めたりとかって、あっても良さそうなんだけど」

 「ごめん、どうしても行かなきゃいけなくて。てゆうか、弥生嬢、今夜空いてるの?」

 「え? まぁ、その...」

 「ツッコミたいとこだけど、どうしよっかな」

 最近毒気を見せない弥生がちょっと気がかりな業平である。こう云えば食いついてきそうなところだが、あれれ?

 「SNSで知り合った人とか、楽器屋で働いてた人とか、何となくお付き合いしてたりはしますけど、特別な夜を過ごすって程じゃなくて」

 「そ、そうなんだ... そやつら、何を考えてんだか」

 「あたし、Goさんと過ごしたかったけど、先約があったんじゃしょうがないネ。でもその女性って本命?」

 あせる業平。女性と過ごすとは言ってないのだが、つい口が滑る。

 「いや、本命ってゆうか、その、ハハ」

 弥生のツッコミのこれは変形、いや進化形か。

 「やっぱ、ある女性と一緒ってか。ま、いいや今日は家族とイブします。でも...」

 「でも?」

 業平は珍しくドキドキして来た。こんな風に割って入るのは急いてる証拠。

 「起業とか特許とか、相談したいんだな。時々デートしてほしいかも」

 そんなことを言われて見送られちゃ、改札をスイスイ通れる筈がない。ICカードがピピと行かず、引っかかっている。

 「面白いなぁ、Goさんは」

 弥生はピピ、いや今日のところは、ビビである。電撃作戦、うまく行ったらご喝采!


 さて、流通センターで降車した千歳と櫻は、モノレールに乗って、空港へ行く途中である。エアポートでクリスマスイブとはまたいいことを考え付いたものだ。

 「毎度お手軽ですけど、一応予約は入れたので」

 「ま、今夜は割り勘だね」

 窓の外では離発着シーンが展開されている。昨日から昼間の時間が少し長くなっているので、気分的にまだ明るい印象を受ける。尾翼に西日が煌き、その反射がグラスにも映る。白ワインに紅が差し込んだら、「乾杯!」 だが、櫻は一瞬、グラスに口を付けるのを躊躇(ためら)い、指を唇に当てる。その仕草に千歳はメロメロ。やはり手が止まったまま。が、そのおかげで彼女の唇に薄く紅が注してあることに気付く。

 「どしたの、千歳さん? 白ワイン、お嫌い?」

 「何かグラスに口付けるのもったいなくて、ね」

 「そっか、姫様の唇、奪っちゃったんだもんね。そりゃそうだ」

 櫻はニコニコしながら、ワインを含む。千歳は姫の唇とワイングラスとを見比べるばかり。紅が濃いのはどちらでもない。彼の頬が何よりも紅くなっている。

 

【参考情報】 高輪四丁目アップダウン / トレインビュー@北品川 / 城南島にて


微熱? それとも…

51. 微熱? それとも…


 心なしか赤い顔で誰彼を待つフェミニンさん(X’mas version)が、新宿駅のサザンテラス口に佇(たたず)んでいる。代々木駅方面にある社屋タワーの大時計は、その長針を水平に倒そうとしていた。

 「Go Heyって名前の割には、遅いわねぇ...」

 自動改札では、ピピではなく、ピピピピとか余計に鳴らしてまたしても引っかかっている誰彼さん。文花はピピと来たようで、様子を見に来たところである。

 「あ、おふみさん」

 「まぁ、そんなとこで遊んで。遅い訳だ」

 思いがけない引き止め工作にはあったものの、何とか待ち合わせはうまく行った。

 「たく、ケータイかけたのに出ないしさ」

 「車内では常時OFFにしてるんで」

 「ま、いっか。お誘いしたの私、だし」

 業平は、文花のX’masおめかしに内心「萌えー」の念。チャーミングと言えば、弥生を想起することが多かったが、女性はいくつになってもチャーミングになり得るんだなぁと、ふと溜息。

 「文花さん、何かいいかも」

 「そりゃ、センター三人娘の一人ですからね。ファンクラブ、入る?」

 「会費は?」

 「Go Heyさんなら安くしとわよ。でも遅れて来たからなぁ...」

 イイ感じである。

 イルミネーション見物はあとでいいんだとかで、連絡ブリッジを通って、南口~西口のデパート内を突き進む。目指すはカジュアルなパスタ店。

 「LLサイズでも値段同じなんですよ。ワインも飲めるし」

 「文花さんてお嬢だから、もっとスゴイ店がお好みかと思いきや」

 「お嬢様ってのはね、店を問わないものよ。誰とどう過ごすかの方が大事。ま、気の持ちようよね?」

 お一人様、ワンコインでいただけるミニボトルワインをお互いに注ぎ合いながら、まずは乾杯。リーズナブル志向の客は少なくなく、店内は満員。注文したLLパスタが運ばれて来たのはそれでも十五分後のことである。

 しばらくはおとなしくクルクルやっていたご両人だったが、

 「Go Heyさん、海の幸、お好き?」

 「文花さんのは、野菜たっぷりですか」

 「とっかえよっか」

 「あれ? だって魚介ってダメなんじゃ」

 「生きて動いてるのがね。食材になってる分には大歓迎」

 カップルが多い同店だが、大皿を交換し合ってるなんてのは案外少ない。傍目(はため)にはラブラブ? ともあれ業平はトマトソースが意外と辛かったらしく「萌え」ならぬ「燃え」状態。笑いを抑えつつも、そんな彼をついつい見入ってしまう文花である。今日のところは、仕事の話はなし。

 「ところで、おタバコは? ここ全面禁煙だけど」

 「おかげ様で禁煙継続中ですから。ま、タバスコで我慢、て手もありますけど」

 「じゃ、かけて差し上げましょうか?」

 「ハハ、これ以上、熱くなっちゃかなわんです」

 彼の中では確かに熱くなっているものがあった。弥生のことも気になるが、やはり...

 「南実ちゃんとかタイプだった?」

 いつものように唸っていた業平だったが、この突飛な質問には吹き出さざるを得なかった。帰ってきた魚介系のうち、ホタテなんかが滑って、思わずヨコになっている。

 「ハハ、言われてみれば、ですね。でも、打ち返して吹っ切りましたから」

 「あぁ、十月のあの時ネ。あれはよかった」

 「そういう、おふみさんは?」

 「そうねぇ、掃部(カモン)センセのお相手しなくて済んできたし、気になってた人は櫻ファンだったことが先月わかったし」

 「へ? それって?」

 「あぁ、おすみさんじゃないわよ。オホホ」


 「ハックション! うぅ...」

 「あら、大きなクシャミして。だいじょぶ?」

 「また誰かが噂、それとも...」

 「風邪でもひいた?」

 ワインが回って熱くなってるんだろうくらいにしか考えていない呑気な彼氏である。こっちはプチプレゼントの交換を終え、メインディッシュが下がったところ。デザートのワッフルはじき現われる。

 「ホイップ増量とか、ムリかなぁ...」

 「ハハ、下手に増やすとまた櫻さんのドッキリが」

 「ま、お口の周りに付いちゃったら、今日はそのまま、ネ」

 またしてもメロメロになってしまう千歳。対照的にシャキっとしているのは、いただいた縁起物、金色のブタコインである。ブタの鼻を突(つつ)きながら、不敵な笑みを見せる櫻。小作戦はまだまだ続きそうだ。


 さてさて、十七時過ぎに新神戸に着いた舞恵と八広は、地下鉄なんかを乗り継いでイルミネーション眩い港町に来ていた。ガス燈が名物だが、この通りはケヤキの並木道でもある。ケヤキの身になれば必ずしも有難いとは言えないだろうが、その白を基調とした電飾にその女性(ヒト)はすっかり酔っている。ちょっぴりアルコールが入っているせいもあるが、こちらは彼女の方がメロメロ。

 「八(ba)クン、どうよ。散文とか、抒情詩とか」

 「その煌びやかで柔らかな光のもと、笑みを交わしながら、人は行き交う。そして静かに想う。陽は沈み、魂は鎮まり――」

 ルフロンの目はウルウル。作詞家のやることは実に心憎い。


 とうに十八時を過ぎた。二人は飛行機を間近に見物できるデッキに来る。滑走路のLEDもウルウル系なのだが、どちらかと言うと上空が気になる。聖なる夜に向けて拡がるは夕闇、明滅を始めるは星々。惹き込まれるように眺めている。

 城南島と違い、他にもカップルなぞがチラホラいるが、櫻は構わない。流れ星を合図に作戦開始。

 「さくらのラは、ラブのラですよ、千歳さん」

 「そっか、『咲くLove...』か。って、しりとりの続き?」

 「フフ、続きも何も。もう咲き過ぎちゃって、どうしていいか、わかんないの」

 彼の唇には仄(ほの)かにクリームが残っていたようで、重ねてみたら甘い感じがした。それが程よい刺激となり、ついつい長く熱くなってしまう。千歳はいろいろな意味でフラフラだったが、もう倒れることはない。ただ、飛行機の行ったり来たりが、どこか遠くに感じられてならない。


 空港快速は疾(はや)く、乗り心地もなかなか。これに居心地の良さが加われば、もう言うことはない。それでも甘え足りない彼女は、彼の手をとり、囁く。

 「千歳さん、恋から愛って、やっぱりプロセスネタ?」

 「櫻さん...」

 右に埠頭公園、左は競馬場... なんて歌が聴こえてきそうなロケーション。二人が座しているのはその競馬場側である。車窓からは都市(まち)の灯りが入ってくる。だが、鮮明に見えたり、ボンヤリしたり。

 千歳は瞬きしながら答えを考える。京浜運河の上を滑走するモノレール。加速するのに合わせて、彼は彼女の手を握る。

 「振り返った時、こういう過程を経たんだなぁ、ってのがお互いに共有できてればいいと思う」

 「てことはぁ... 加速しちゃっても別にいいって、ことかな?」

 快走していたモノレールだが、天王洲アイル近くに来ると、速度を落とし始める。

 「僕は相変わらずスローなまま、かも」

 高輪の脇道から見渡した品川イーストが、ここからはウエストの位置に見える。ビル群が眩い、という訳ではないが、今度は櫻が頻りに瞬きする。

 「そっかぁ。やっぱクールなのね。でもいい。いいんだ。それが千歳さん、だもん...」

 「あ、いや、努力は、します」

 そう言いつつも、どうも声の通りが良くない。クールというのは合っている。だが、微熱があるとしたら? クールじゃ済まないのは本人が一番よく知っている。


* * * * *


 微熱という意味では、櫻も同じか。クリスマスの当日は、朝からボーっとなっていていけない。どこまで進展があったのかは不明だが、文花がえらくシャキシャキしているので、実に対照的である。

 「あらあら櫻さん、まるで恋わずらいみたいじゃない。隅田さんと何かあった?」

 「え? 何かって... そりゃあもう」

 「あ、聞いた私がおバカでした。聖しこの夜で、よしよしってね」

 「清? はぁ、掃部先生がどうかしまして?」

 「ダメだ、こりゃ」

 櫻は唇をかんだり、口に手を当てたりを繰り返す。どうにも動作が緩慢なので、冬木の流域情報誌サイトが先行更新された件を確認するにも、手間取っている。

 「あ、データ入力画面、出てる...」

 PC版も何とか形が整い、協賛金の受払についても話がついた。情報誌一月号の小特集に、今般めでたく例のシステムが紹介された、という訳である。ただ、当法人名同様、これといった名称が決まっていなかったのが泣き所。カウント画面だったり、ケータイ入力画面だったり、その場でお世話になるのは画面が中心なので、これまではその程度の呼び方で済んでいた。対外的に公開した際のことは、higata@の人々は正直深く考えてなかったのである。櫻はようやくハッとなる。

 「えっと、エドさんから来たクリスマスメールに、Returnでいっか」

 余談だが、サイト更新の案内はクリスマスカード代わりに送られたものだった。特集掲載はプレゼント、ということらしい。この辺のセンス、さすがはMr. Edyである。

 程なく櫻発higata@宛、「システム名称どうしましょ?」メールが発信される。その文末には、特に管理者、開発者、仲介者のご意見を伺いたい、と添えてある。

 「千歳さん、これ見て来てくれればなぁ。逢いたい...」

 小梅が描いた2D(平面)ツリーを見ていたら、思わず泣けてきた。ツリーはグリーン、されど心はブルー、そんな櫻のクリスマスである。


 午後早々には、弥生と業平から同報返信が入ってきた。

 「弥生ちゃんが『数えてGo・送って Go』、んでもってそのGoさんが『弥生集計』って。この二人、どうなってんの?」

 文花は苦笑しながらもご機嫌斜め。櫻は憂い顔で千歳からの返信をただ待っている。


 閉館時間を過ぎてなお、第一指名の彼からのメールは来ずじまい。この時期になると、差し迫った業務もないので、文花はさっさと帰宅してしまった。

 「どっかに出かけてるとも思えないしな...」

 あわただしく施錠し、自転車に飛び乗る櫻。寒いとか何とか言ってはいられない。風を切るように橋を渡り、早々と対岸にこぎ着けた。

 息を切らしながら、部屋番号を押す。ガランとしたエントランスに、呼び出し音が空しく鳴り続ける。応答があったのは、彼女が解除ボタンを押そうとした、その時である。

 「あ、ハイ。どちら様?」

 明らかに声が嗄(か)れている。

 「私、櫻です」

 「おぉ...」

 扉が開くと、櫻は一目散。宅の前に着くと、呼鈴を押すよりも何よりも、玄関扉を叩く叩く。

 「千歳さん、大丈夫? じゃないか...」

 「あ、今は何とか動けますから。でもうつしちゃうとマズイよね」

 普段着に着替えてあるも、マスクをしている。可笑(おか)しくもあったが、ちょっぴり泣ける。逢えてうれしや、されどお風邪の兆候に気付かず情けなや、そんな心情か。

 「メール来ないからさ、飛び出して来たんだ。でも、まさかね。お熱は?」

 「櫻さんに来られちゃ、また上がっちゃうかも」

 「はいはい、そりゃどうも。どれどれ?」

 風に吹かれて来ただけあって、櫻の手は温かくはなかった。だが、その冷や冷やした感じが千歳には心地良かった。こりゃ微熱じゃ済まないのでは?

 「寒かった、ってことですね」

 「いやぁ城南島は僕の発案だから。ただ、バスの間隔が一時間てのはやっぱり長かった、てことかな。それより櫻さんは?」

 「昨日はポカポカだったから。特にここが」

 彼女は口唇を示しながら、微笑む。ただでさえ熱があるのに、こう来られては倒れてしまう。「ハハ、ま、横になっててくださいな。何か買ってきますから」


 日中は冴えないクリスマスだったが、櫻サンタさんの来訪で途端に晴れ晴れ。千歳はようやくメールをチェックし、システム名称の一件を知る。「数えて、入れる、サポートシステム、だとすると...」 ある単語のおかげで、急に元気になってくる。だが、今日のところはお預けだろう。


* * * * *


 二十八日はセンターも仕事納め。前日までに資料類の棚卸は終えていたので、今日は専ら大掃除である。午後からは頼りになる(?)男性が来る予定。櫻はさっきから落ち着かない。

 「櫻さん、エプロン、裏返しじゃない?」

 「あら、私としたことが。ホホ」

 「ま、そういうのもチャーミングのうち、かもね」

 今週の文花は、櫻が見てもどこか可愛らしい印象を受ける。イブにきっといいことがあったに違いない、と確信しているが、下手に聞き出してノロけられたら大掃除にならないので、あえて聞かないようにしている。逆に文花は話したくて仕方がないのだが、相手が相手だけに、ぐっと我慢。ここだけの話、という訳にはいかないことは重々承知している。

 「あ、千歳さま。いらっしゃい♪」

 「こんにちは、姫様。あ、おふみさんも、どうもです」

 最終日だから今日は許そう、と思っている事務局長だが、我慢を重ねるにも限度はある。

 「いいなぁ、何かラブラブで。私も呼んじゃおっかな...」

 「誰を?」

 カウンターで対面している二人は声を揃えて問う。

 「え、いえ別に。さ、掃除掃除!」

 動揺を隠すようにマスクを着ける文花。表向きはホコリ除けだが、話したい衝動を抑えるためでもある。

 「文花さん、マスク... それって裏じゃ?」

 「あらら」

 この場合、あまりチャーミングとは言えなかったりする。


 千歳もマスクをしているが、こっちはあくまでお掃除シフト。お風邪の方は、彼女の一夜の看護のおかげもあり、すっかり快復した。櫻はカウンターやデスク周り、千歳は窓際、少々距離はあるが、話し声はヒソヒソ調。

 「ところで千歳さん、例の名称、本気で『KISS』を推す気?」

 「いやぁ、あの時は熱があったから。何か違うの考えないとね」

 「私だったら、『DIO』とか。Data Input & Output... どう?」

 二人で操作すればDUOか。千歳はそこから単語を捻(ひね)り出す。

 「ちょっと変えて、Data Upload system On-site... 略して『DUO』ってのは?」

 DUO(二人)で考えた、というのがまた好い。手を休めつつ、櫻のPCから出来立ての案をhigata@に発信する。文花はブラインドを拭きつつも、

 「恋人どうしってのは、あぁいう風に見えるのね。私もいずれ...」

 片方の手はブラブラ。誰かさんが来たからではないだろうけど、三人の大掃除は、至ってスローである。

 

【参考情報】 京浜運河と東京モノレール


クリーンアップ初め

一月の巻

52. クリーンアップ初め


 仕事納めはしたものの「干潟納め」は叶わなかった。一年の締めくくりとして歳末リセットクリーンアップを実行する手もあったが、不慮の風邪で作業スケジュールが狂ってしまったこともあり、見送り。センター大掃除は予定内だったが、本年最後の土日の過ごし方がいけなかった。彼女と過ごす時間も作れず、サーバのメンテやらバックアップやらに追われることになる。晦日中に何とか仕事納めとなり、大晦日の約束に間に合わせることはできたものの、じっくりスローに過ごせなかったのがどうにも居たたまれない。

 毎日でも彼に逢いたい彼女、そんな気持ちに応えたいのはやまやまな彼。千歳としては、仕事の性格上、自由が利きそうで案外そうでもないという事情あってのスローラブなのだが、やはりプロセス主義者としての何かが邪魔をして、櫻の加速を抑えてしまっているようである。

 本日一番乗りの発起人は、寒々とした干潟を観望しつつ、自身の置かれた複数のプロセスを展望している。一年の計を巡らすには恰好の場であるが、相も変わらぬ漂着ぶりを見ていると、頭は冷静でも心はざわついてくる。おそらくはこのまま年を越してしまったのだろう。一人でも片付けに来るんだった、と悔悟するばかり。だが、年始早々溜息を吐く訳には行かない。またここから、このゴミから何かが始まるのである。

 higata@では賀詞を交歓し合ったりしていたが、実際にメンバー間で顔を合わせるのは今日が最初。それぞれ楽しみにしている筈だが、定刻の十時にやってきたのは、この二人くらいである。

 「おーい、Goさーん、STOP!!」

 「弥生嬢じゃございませんか。Goと呼んでStopって、それシャレ?」

 何故かぬかるみが目立つグランド脇道。ノロノロのRSB(リバーサイドバイク)を停車させるのは訳なかった。

 「あけおめ、でございます。今年もよろしくネ」

 ツッコミを期待していた業平だったが、こう来られては調子も狂う。つい深々とお辞儀してしまうのであった。「苦しうない、面(おもて)を上げぃ、アハハ」 仲良く干潟入りとなる。


 三人で会釈し合っている間、冴えない顔した姉君と上機嫌の妹君は、バスを下車したところである。午後以降の予定を考慮して、今日は自転車ではない。姉妹でゆったり会話するには適したシチュエーションなのだが、

 「年越しは一緒に過ごせたんでしょ。私、ちゃんとその辺も考えて...」

 「まぁね。宅にお招きして、一緒にカウントダウンもできたし、終夜電車に乗って初詣にも行かせていただきましたし。おかげ様で」

 「上出来じゃない」

 「なのにさ、その後はセンター開館日までパッタリよ。昨日だって、文花さん休みで、せっかく二人きりだったのに、何かパッとしないってゆーか...」

 「姉さん、ピッチ上げ過ぎてない?」

 「上げられないから、どうしたもんかってなるのよ。蒼葉はいいわよ、情熱系だから。ちょぴうらやましいかも」

 「あら、私だって。アラサーのゆっくりラブ、いいなぁって。櫻姉見てたら、うらやましくなっちゃったから、それでわざわざ渡仏したのよ」

 姉妹喧嘩ではないのでいいのだが、お互いに刺戟し合っていることは明らか。どちらからともなく足を止める姉妹。上出来の妹はなだめるように言って聞かせる。

 「まぁ、いずれ一緒になるんだろうから、今はそのヤキモキ感を楽しめばいいのよ。今のうちよ、そういうのって。あとは二月十四日が来るまで待つ。その日になったら、一気に仕掛けちゃえ。ネ?」

 「蒼葉...」

 河原の桜はすっかり葉を落とし、寒々しく見えるが、内に秘めたる何とやら、である。春に向け、開花に備え、着実にエネルギーを蓄えている。櫻はそんな木々を見上げながら、再び想いを充填していく。「想い? じゃ済まない?」 晩夏は想いだったが、今となっては愛慕の念だろうか。それは密かに、そして確かに募っていく感情。唇に指を当てる仕草が増えた姉を見ながら、妹も同じように感情の変化を感じ取る。「そういうのもC’est la vie.かな」


 新年挨拶方々、欠席連絡を入れていたのは、南実、文花、冬木の三人。となると、あとはこのカップルが来ないと始まらないことになる。こっちは自転車並走かつ爆走中。

 「八クン、もっと早く起こしてくんなきゃー」

 「まさか、そこまで支度に時間がかかるとは思わなんだから」

 「クルクルルフロンさんで通ってんだから、しっかりウエーブ入れないとダメなんよ」

 「こうやって風切って走ってるうちに、ちゃんとクルクルになるっしょ。これぞナチュラルウェーブ。へへ」

 いつもならバシっとやるところ、さすがに走行中は難しい。

 「んなこと言うから何か無造作風になってきちゃったしぃ」

 「ラブリーな感じでいいと思うよ」

 どこか危なげな二台の自転車だが、グランド脇道に入ると、益々ヨロヨロになっている。誰もいないのをいいことに、堂々とグランドを横切っていた姉妹は、離れたところを抜き去っていくその頼りない二台を見つけ、クスクスやっている。ハンドル操作に集中しているカップルはそれどころではない。当然、姉妹にも気付かない。


 カップルとは言えないかも知れないが、仲良しであることは相違ない。より若い二人組が、後続のバスで到着した。千住姉妹に遅れること十数分。

 「六月クン、干潟来んの久しぶりじゃない?」

 「姉ちゃんと同じ。十月以来だったりする」

 「じゃ崖崩れ現場のその後ってまだ見てないのかぁ」

 「う、崖、崩れ...」

 足取りが重くなってしまった小六男子である。中二女子は笑いをこらえるように先を急ぐ。

 「ほら、早くしないと崩れちゃうかも」

 「あ、姉御ー」

 冬休みラストデーにして、干潟参り初日である。絵日記でもあれば締めくくりのネタとしてはバッチリだろう。だが、二人にとっては宿題も何もない。あるのは宿題を超越した何か、である。


 かくして、十時十五分を回り、メンバーが揃う。

 「では改めまして、皆様あけましておめでとうございます。今日は干潟初め。干潟の方もあけまして、ですね」

 一同恭しく頭を下げ合っているが、櫻のおなじみの弁舌に苦笑いが浮かぶ。嗚呼、越年漂着...とさっきから沈痛な面持ちを引きずっていた千歳だが、これで表情がリセットされる。「よし、干潟もリセットだぁ!」 声には出さずとも、意気は揚々。干潟の方もキラキラし始めた。

 「あーぁ、年が変わっても、櫻姉効果は健在か。すっかり晴れちゃったじゃん」

 「何よルフロン、そんなに雨が好きなの?」

 「この時季はやっぱ雪でしょ。雪が降りゃあさ、ゴミも隠れちゃうから、楽々...」

 周囲は何となく白々としているが、舞恵はハイテンション。クルクルが高じてバサバサになっているもんだから、余計に可笑(おか)しい。

 「私も雪は好きだけど、それって何か違うなぁ。神隠しならぬゴミ隠し?」

 「あぁ、いざって時はハチが居ますから。雪の中を駆け回って、ここ掘れってやってくれるよ、ネ?」

 「ウー・・・」

 ハレ女さんも雨女さんも大笑い。その傍らで蒼葉はふと考える。「白い干潟かぁ。積もったら来てみるか」

 次の画題を得たようである。


 日射に応じて、気温も上がって来た。櫻は前回出し損なったアナログ温湿度計を手にすると、

 「さ、気温は二桁。湿度は五十パー。クリーンアップ日和ですワ。始めましょっ」

 千歳を目で追う櫻。目線が合うとウインクして返す。今更ながら、バキューンである。

 「千兄、大丈夫?」

 「あ、姉御...て、何かまた背伸びた?」

 「伸び盛り、育ち盛り、ですから。ついでにお色気の方も、どう?」

 もう少女とは呼べなくなっているのは事実。ウインクして魅せる小梅にちょっぴりキュンとなる千兄であった。大丈夫とはとても言えない。


 崖の修復に着手し始めたらしく、例の拡幅ルートの方は一時的に通行を止めるための小フェンスが設置されている。下手に崖上を歩かれて崩落するようなことがあっては河川行政の名が廃(すた)るというもの。沽券に関わるから、という理由かも知れないが、やらないよりはいい。応急的ながら、まぁ評価ができる策である。ヨシはすっかり枯れ、くすんだ色を辺り一面に拡げる。夏場のあの勢いは何処へやらだが、これも木々と同じ。次のシーズンを待ち侘びるの図、といったところだろうか。そんな枯れヨシを払いながら、九名はかつてのルート、脇の細径からソロソロと下りて行く。

 「ま、吹き溜まり、あ、潮溜まり?は散々だけど、水際はそれほどでもないスね」

 「でも、流木が邪魔だぁね。大雨って降ったっけか?」

 八広と業平がブツクサやっていると、弥生が割って入ってきた。

 「そう言えば、Goさん。ご自慢の機材は? 吸引機見たかったのにぃ」

 「あれは微細ゴミ担当の小松さん向けだったから。それに論文まとめるのに必要なデータは揃ったとかで、何かもういいみたいな? そんな感じ」

 「小松さんどうこうじゃなくて、むしろ居ない時こそ使わなきゃ。てゆうか、その話、メーリスに流れてないし。何でGoさん知ってんの?」

 「ふ、文花さんから聞いたんだ」

 「何だかなぁ...」

 毒気モードではあるが、やはりちょっと違う感じの弥生嬢である。仮に今日、文花がクルマで機材ともども乗り付けて来たりでもしたらどうなっていたか。ヒヤヒヤが続く業平である。

 そんな二人を余所(よそ)に、クリーンアップ初めはすでに始まっている。居ても立ってもという程ではないにしろ、ここに来ると体が勝手に動いてしまうらしい。まずは大物、というのも習慣化しているせいか、男衆二人は古木の根っこを手始めに、木枠やら角材など木関係を担ぎ出す。業平が加わった後は、より重たい部類、大型シート、ウォーターサーバ、そして、

 「ハハァ、久々登場だねぇ。バッテリー。しかも三つ、いやあっちにもあるから四つか」

 「こいつぁ明らかに不法投棄スね。漂流したらご喝采」

 「これ使えればな。そしたら油化装置とか発電機とかも要らないだろうに...」

 まだ修復前なので、えぐれた崖地が隠れ蓑のようになっていて、ここぞとばかりに置き去られているのである。男性三氏は、処遇に窮しつつも、どこか楽しげに談議している。

 「やっぱりホイッスルとか吹いてタイムキープしないとダメかしら」

 「まぁまぁ。軽はずみに持ち上げると腰に来るぞい、とか打合せしてるんよ、きっと」

 「Goさん、おっちょこちょいだからなぁ。心配...」

 三氏に対応するように、三人の女性達は手を休めつつも、本日の厄介エリア、干潟中央から水際に向けペットボトルなんかを放っている。大物除去後の干潟面は広さを増し、余程の大波が来ない限りは大丈夫との判断でとにかくポイポイ。こっちも何だかんだで楽しそうである。

 期せずしてお相手不在になっている蒼葉は、上流側に漂着していた(いや放置か?)取っ手付きのプラカゴを活用し、拾ってはポイ、というのを繰り返している。誰が云ったか、干潟をうろつく女というだけのことはある。隈(くま)なく周回し、テキパキと、やはり愉快そうに片付けていく。その所作、その足取り、そして表情。何につけ画(え)になるのがモデルさんである。

 バッテリートリオよりも下流側では、例の新名所、入り江の辺りを少年がポイポイやっている。ここまで深々となってしまったのは、自然の作用・摂理ゆえ、六月が負うものでは毛頭ないのだが、きっかけを与えてしまったことを自責しているらしく、やたら寡黙に一つまた一つ... 見かねた小梅が優しく声をかけてくる。

 「六月クンたら、そんな顔しちゃってぇ。スマイル、スマイル...」

 「だって、まさかこんなことになってるなんて。オイラのせいだ」

 「トーチャンに頼んであるからさ。そのうち元通りになると思う。ダイジョブ」

 「それって、グッジョブ?」

 六月のいつものスマイルが少し戻ってひと安心。

 「積石んとこに引っかかってたんだ。これに入れちゃお」

 紙燈籠を回収した時と同じような発泡スチロール箱を小梅は手にしている。六月は何となく懐かしげにそれを見遣ると、我れ先にとトレイやら小型ペットボトルやらを突っ込み始めた。

 「あ、ズルイ。小梅も!」

 てな感じで箱入れ競争をしていると、二人で同時に手にするものも出てくる。それは当所では常連の配管被覆。

 「何かリレーしてるみたいだ」

 「でも、ヘニャヘニャ」

 形状は兎も角として、バトンを受け渡す、そんな仲というのがよくわかる。これって友達以上?


 今回は誰が何、というのはない。気分次第、手当たり次第、である。それでも各自要領は弁えているので、目に見えてリセットは進んで行く。が、如何(いかん)せん手許が覚束ない。好天かつ適温につき、悴(かじか)んだりすることはないのだが、軍手を外せない以上、ポイポイにも限度が生じてくるのである。中央を覆う漂着ヨシにはなお、フタの類、吸殻、個別包装、小ストローなんかが絡んでいるが、軍手越しではつかみにくい。さらば枝を鷲づかみにしてバサバサやればよかろうとなるも、これが存外にも湿気を含んでいて、軽々とはいかない。何回かに分けてバサつかせるのも手だが、その回数たるや、である。

 さらに良からぬは、服装か。男性陣は示し合わせたように汚れても良さそうなジャンパーだかジージャンだかをヒラつかせているのでまだしも、年改まって最初の顔見世ということもあって、女性陣は相応のファッションに身を包んでいたりする。クリーンアップスタイルにはなっているものの、舞恵はフード付きのブルゾン、弥生はミリタリー系ロングコート、千住姉妹は色違いだが、同型のカジュアルトレンチコート、小梅嬢はボアブルゾンである。

 「初姉のこっそり借りて来ちゃったんだ」

 「多少大きい、っていうくらいね。よくお似合いで」

 「エへへ、櫻さんのも着てみたい、な」

 「ハハ、おませさんネ」

 時節柄、軽装という訳には行かないが、脱いだり着たりが易々とできないというのは考え物。男性諸氏よりも力が入っていた上、気温上昇も手伝って、すっかりポカポカしているシスターズである。動きにキレがなくなってきたとこへ、残ったのは拾いにくい表層ゴミ、というのがここまでの運び。ひとつ衣装替えでもして、ひと息入れるのが良さそうだ。


 スクープ系を追っていた千歳だったが、かくして被写体の変更を迫られることになる。干潟はさながらファッションショーの舞台。

 「千歳さん、どう?」

 小寒だけに、あまり寒くもないため、総員とっかえひっかえで外套の試着に夢中になる。

 「千さんたら、櫻姉ばっか撮って。私も」

 千住姉妹は、タイプの異なるブルゾンを着用中。カメラマンはポーズを指示するでもなく、ただポーとした感じで、シャッターを押している。姉妹の間に、ロングコートの小梅が入り込んでも、これといった反応がない。

 「何か千兄、おかしくない?」

 「まだお熱があるみたいネ」

 「おかしいなぁ。風邪は治ったはずなのに...」

 千歳は、「はい、ポー...」と言いかけて、そのまま停止。ズが出るまでに時間がかかったため、ずっこけ写真になってしまうのであった。

 そんなずっこけ組を他所に、揃いのトレンチコートの二人は、ヒソヒソ話に興じている。

 「いいな、その髪の感じ。あたしも無造作路線で行こっかな」

 「だからさ、これはその、風のイタズラで」

 弥生は、見た目ざっくばらん but 内面ナイーブの舞恵に、ちょっとしたヒントを得たところである。

 「ねぇルフロンさん、意中の人を射止めるのって、ボサボサとかデレデレとか、そんな要素がカギだったりする?」

 「ナヌ? 何か聞き捨てならんなぁ。でも、それって当たってるかも。Bossa de レレとでもしとくか」

 「あ、でもなぁ、キャラ変えるのって、ちょっとなぁ」

 「舞恵のはあんまし参考にならんさ。櫻姉のホラ、咲くlove系がオススメ。秘めた想いを少しずつつーか、ステディ感が大事よね、やっぱ」

 「櫻さんのは相思相愛だもん」

 「いや、そうは言っても、何らかのアクションがないとさ」

 「下手に仕掛けてNGってのはイヤ。また引きこもりになっちゃう」

 「弥生ちゃん...」

 空気の読める(?)カメラマン千歳は、この二人については遠くからシャッターを押すにとどめた。


 業平、八広、六月の各年代トリオは、千歳を羨ましく見ながらも、せっせと漂着ヨシと向き合っている。蒼葉ご用達のカゴを空にして、その上でバサバサ。目立つゴミが引っかかっているのを中心に振り落としている。六月は、カゴに入り損なったのを拾いながら、ファッションショーに視線を転じる。蒼葉に対する萌えモードは封印。年の近い姉御が今は気になる。「何なんだろ、この感じ」 兄貴分は近くに一応いるものの、この手の相談に乗ってもらうにはイマ一つ。

 「あちゃー、これってチャッカ何とかスか?」

 「火が点いたら、燃えーだね。な、六月氏」

 「ハ、ハハ...(やっぱダメだ)」


 とまぁこんな具合でヨシをどかしていたら、冒頭で話題になった雪が出てきた。

 「ハハァ、こりゃまたよく溜まったもんで」

 「飛び散るのをヨシが塞いでたってことスか」

 試着と撮影を終えた一団がゾロゾロと集まって来る。

 「あら、粉雪じゃん」 舞恵は楽しげ。

 「は、早く集めないと」 櫻は物憂げ。

 「いっそ、パーっとやっちゃえば?」

 「ルフロン、あなたねぇ」

 「やべ、ウソウソ」

 「これでゴミ隠しだ、デコレーションだ、て言いたいのはわかるけど、そういうのはね、文字通り『粉飾』なんよ。わかった?」

 一同苦笑気味なれど呆然。愛妹の出番ではあるが、

 「櫻姉ったらぁ...。うまいけど、干潟三周ね」 さすがにフォローしようがなく、指令を出すのが精一杯。ピューとかなったら、それこそパーである。

 今日の課題は、微細ゴミとどこまで対峙するか、である。発泡スチロール粉雪は何とか回収できたが、この調子だとまだまだ発掘されそうな予感。ヨシ束ごと袋詰めするというのもアリだが、袋が足りない。

 「Goさん、やっぱ要るじゃん。掃除機」

 「充電式、早期開発します。でも開発費がなぁ」

 弥生のツッコミが今となっては快い。だが、余裕がないのは事実。舞恵はこれを聞いてポンと手を打つ。「二人とも応援したげるさ。フフ」


 蒼葉の指示通り、干潟を周回していた櫻がここで一旦仕切りを入れる。

 「ま、今日のところは、細々したのは目をつぶるということで。あとで束を奥に押しやるってんでいかがでしょ? 今はまず散らかしちゃったのを拾いましょう。何か水位上がって来たみたいだし」

 千歳は率先して、ポイポイ品を収集しにジメジメ観のある地点に足を向ける。だが、水気をたっぷり含んだ水際は、歩く者の足を捕捉するようにできていた。「な、なんと...」

 集合時刻前後は、むしろ退潮していたように感じていた弥生は、ケータイを取り出すと潮汐情報を探し始める。

 「あぁ、千さん、今日は十時前が干潮ピークだったみたい。つまり退きたて、てこと」

 「ハハ、珈琲は挽き立てが良いけど、干潟はそういう訳にはいかないってか」

 ペットボトル等々をカゴに入れて戻って来たのはいいとしても、泥靴ってのが冴えない。おまけにこの駄弁と来た。

 「違いがわかる男、か。フフフ」 櫻はウケているが、

 「千兄も櫻姉もしょうがないなぁ」 小梅は半ば呆れている。

 「じゃ仲良く周ってらっしゃい」 蒼葉は毎度この調子。


 可能な限りのリセットを終え、結果がまとまったのはメンバー集合から実に一時間余り後。ショーとかシャレとかで休み休みだったことを考えれば、ペースとしてはまぁまぁか。

 「ではでは、モバイルDUO、行きまーす!」

 「頑張ってね」

 「二人でやるのよ、Goさん♪」

 名称が決まったことで、その意義もより明確になった。一人が読み上げ、一人が入力する、二人でDUO。こうした地域貢献活動に華を添えるシステム、と言ったら言い過ぎか。ともあれ、設計者と開発者は、今度はそんな華の部分を自ら検証するように、あぁだこうだやりながらも和やかにピピとやっている。

 「そっかぁ、数が多い品目が上に来るようにねぇ。さすがだね」

 「オホホ、まだまだ進化させますわよ」

 

 

 新年初入力&初送信された内容(抜粋)は次の通り。

 ワースト1(1):ペットボトル/四十、ワースト2(3):プラスチックの袋・破片/三十五、ワースト3(2):食品の包装・容器類/三十三、ワースト4(4):発泡スチロール破片/二十四、ワースト5(-):タバコの吸殻・フィルター/二十二(*カッコ内は、十二月の回の順位)。前回ワースト5だったフタ・キャップは、一つ順位を下げ、十七。ワースト1のペットボトルにはフタが付いた状態のものが多いため、外して数え直せば、間違いなくワースト5内に入るだろう。ただし、世界共通の調査では、あるがままの状態が優先されるため、外した分が上乗せされることはない。その辺は六月も十分承知している。

 加算しようがしまいがフタはフタである。アフターケアが欠かせない。少年は千歳のバケツを拝借し、フタを外しては洗って、というのを繰り返している。

 「堀之内センセと相談したら、とにかく再生工場に持って行こうって話になったノダ」

 「へぇ、わざわざ?」 蒼葉が尋ねる。

 「春休みのどこかで、場所は木更津。小児料金狙いならホリデーパスだけど、平日に行くとなると18きっぷかなぁ。あ、ぶんかさんも一緒に行くことになるかも。そしたらクルマ」

 「何かのついでならいいけど。そっか、電車乗るのがメインか」

 「小梅もついてこっかな」 蒼葉を制するように姉御がしゃしゃり出る。

 「小梅ちゃんが付き添ってくれるんなら、あたしはいいか。でも春の房総方面ていいかもね」

 実の姉も乗り気になっている。どうやらこの話、ちょっと大きくなりそうである。

 

【参考情報】 越年投棄品 / 2008.1.6の漂着ゴミ


CとSのR

53. CとSのR


 忠実なハチ君がここ掘れ云々とかやると、まだまだ出てきそうではあったが、今日のところは正におあずけ。リーダーの一計で、手が回らない分は干潟奥に退避させるなどしてあるが、収集数量が前月よりも減じたのはまぁよしとしたい。十から二十の間のゴミは、大小スプレー缶、各種ストロー、個別包装類(小袋)、紙パック類、食品用途外の容器&袋類といったところ。白物のプラ容器は、用途の別が付けにくいものもあるが、明らかなのは納豆、豆腐、そして、

 「何で茶碗蒸しの容器が棄ててあんだか」

 「え、それってお茶碗じゃないでしょ。正しくはプラ容器蒸し」

 「じゃプラ容器蒸しの容器? って、櫻さん、あのねぇ」

 「どうも千歳さんと喋ってると茶番になっちゃうから困るのよねぇ」

 茶碗と来れば茶番で返すのが櫻流。二十代女性陣はこの際無視!の構えだが、小梅は一人でクスクスやっている。六月はそんな小梅を見て、満面のスマイル。茶番も捨てたものではない。

 袋詰めはまだ仕掛(しかかり)中。千歳はプラ容器をひとまず置いて、スクープネタを撮り蒐(あつ)めることにした。バッテリーなど序盤の重量系は現場で押さえたので、今はその他の袋入り前の品々が中心。ペットフードの缶、クリアファイルとバインダーのセット、ヘルメット... 折り畳んだブルーシートに至ってはまだ使えそうな品である。

 「あ、隅田さん、こいつも」

 八広が手にしているのは赤い筒。

 「て、これもまだ使える系?」

 以前ほどデレデレした観はないが、彼氏にしっかり寄り添っているルフロン嬢がチャチャを入れる。

 「あん? 発煙筒でござんすか。煙が出たらお立会いーってね」

 そう言えばこのお嬢さん、煙とご縁のある女性だった。

 「ルフロン、今日は大丈夫? 煙と来りゃ... あ、業平さんもだ」

 話し振りこそ普通だが、目線は厳しい櫻である。

 「文花さんにもクギ刺されてるし、ここ数カ月は禁煙キープしてるから」

 「あーら、舞恵もよ。今年に入ってからはずっとリフレッシュ中。新ルフロン、いやいや蒼葉ちゃん、新しいってフランス語で何だったっけ?」

 「nouveauネ。ホラ新酒のこと、ボジョレ...」

 「そうだそうだ、ルフロンヌーヴォー。これで決まり。皆さんヨロシクです」

 と、ここで拍手でもして旨く盛り上げておけばいいものを彼氏はついつまらないことを口走ってしまう。

 「ヌーっと現われて、怒るとヴォー、ヘヘ」

 「このぉ、ハチ!」

 仰せの通り、怒ると怖いヌーヴォーさんである。こうなると、発煙じゃ済まない。

 「ハハ、発火しちゃったい」

 六月が見事盛り上げる。だが、弟のそんな絶妙ギャグも姉の耳には届かない。弥生は業平の口から文花の名前が出てくるのがどうにも気になっていて表情が硬くなっている。

 「そっか、イブの先約ってもしかすると...」

 久々にピピっと来たらしく、今度は口許から表情が緩んできた。だが、胸の内は赤い筒状態。我ながら燻(くすぶ)るものを感じずにはいられない弥生嬢であった。


 何はともあれ賑やかにやっている面々だが、発起人はモードが変わってきた。週末のセンター行事、ゴミ減らし協議の件で頭がいっぱいになって来たのである。まずは今回のデータを加算して、現状を整理して、そんでもって現実的な解決策をいかにして導き出すか。そのためにはあと何が必要か。

 「千歳さん、今日は何か変よ。大丈夫?」

 「今度の協議の場でね、話し合いに必要な題材をどう出そうかな、って」

 「今日のを含めて、今までの集計についてはご心配なく。早めにまとめて送りますから」

 「先週もプレゼン用のをあれこれ作ってたんだけど、やっぱ集計次第だね。助かります」

 櫻は一瞬息を止め、真顔で聞き返す。

 「先週って? 正月二日とか三日とか、ってこと?」

 「櫻さんとデートしたかったけど、そんなこんなで連絡しそびれちゃって。失礼しました」

 「なぁんだ。それならそうと」

 一人でヤキモキしていたのが情けないやら、それがまた面白おかしいやら、急に力が抜けたようになってしまう彼女である。だが、すぐにシャキっと背筋を伸ばすと、

 「千歳さん、何て言うかこう理想像みたいのってあるでしょ? それを一例としてプレゼンして、会場からも『こうありたい』って声を集めると、具体策が見えて来ませんこと?」

 「あ、業務プロセス改革でもそういうのあったっけ。As IsとTo Beだ。そうだそうだ」

 櫻の機転に救われる千歳であった。理想像とは言い得ないが、かねてから思料していたことはある。その一つは、上流側、特にバーベキュー広場を発生源とするゴミを抑止したい、である。三月の衝撃、つまりその系統の漂着ゴミが彼を駆り立て、輪を広げつつ、様々なプロセスを派生させつつ、今日の回まで至っていることを考えると、まずはその点を特化させて悪いことはない。勿論、より根源的に、ゴミにならないような商品とは、ゴミを出させないようにするためのサービスとは、といった討議もあって然るべきではある。だが、まずは身近なところから、取り組みやすいところから、であろう。飛躍し過ぎないTo Be(飛べと読めるがそうではない)をプレゼンターがまず示せばいい訳だ。頻りに頷く千歳を見て、櫻はもうひと声かけてみる。

 「週明けには河川事務所からの回答書も来るでしょうから、それを見ながら協議して、また要望出してみるってのもいいかも。いざという時は、愛娘(まなむすめ)作戦?もあることだし」

 「櫻さん、ありがとっ!」

 気が付くと、両手で思いきり握手している。櫻は心の中でこう呟く。「そうそう、その勢い。加速よ加速。フフ」


 真面目なお二人さんが事前協議をしている間に、再資源化系の濯(すす)ぎ、可燃・不燃の仕分けと袋詰め等々は進んでいた。各員は今、思い思いの時を過ごしている。

 フタの収集を終えた六月は、業平の[プラ]チェックを見学しつつ、袋に印字された銘柄を目で追ったりしている。スキャナで読み込めば、メーカー名や品名は蓄積されるものの、感触とか質感といった感覚的な情報は不可能。ところが、この少年の目と手に掛かれば、総合的に記憶されてしまうから空恐ろしい。

 「何つうか、人間スキャナだねぇ。六月氏は」

 「へへ。でも[プラ]の表示んとこに、PPとかPEてのまで打ってあるてのは知らなんだ」

 「その辺も記憶しちゃうってか?」

 「いやぁ、さすがにメモしないと。でもそのうち見るか触るかすれば違いがわかるようになるかも、です」

 「自動分別人間かぁ?」

 「人間だったら手動っしょ?」

 ごもっとも、である。


 新年初リセットを終えた干潟は、幾分水嵩が増したとはいえ、すっかり広々となっている。この清々しさを満喫しない手はなかろう、ということで、女性が二人、さっきから行ったり来たりしている。

 「ねぇ、蒼葉さん、油絵ってその後どうなったんですか?」

 「今月中には審査結果が来ることにはなってる。ま、結果はどうあれ、新作をね、早速描こうとは思ってんだ」

 「今度はしっかり見学したいな」

 「じゃ、塾がお休みの日にでも。晴れた日の午後とか。または雪の日。雨はツライけど、雪なら何とか」

 画家たる者、明確なモチーフがある限り、コンディションを問うたりはしない。そんな態度は、自然と歩く姿勢にも表れている。早くも見習うべきものを見出した小梅はいま一度背筋を伸ばすと、蒼葉を追うようにシャキシャキ歩き出した。


 [プラ]ブラザーズの様子を眺めていた千歳だが、触発されるものがあったか、袋を閉じようとしていた手を止め、俄かに手動分別を始めた。汚れが少なそうなのを選び出しているようだが、何でまた?

 「ちょいちょい、隅田のお兄さん、お探し物か何かですかい? さては、宝探し?」

 弥生ではなく、舞恵がツッコミを入れてくれる。

 「ハハ、たまには見本でも、と思って」

 「そうか、今度の土曜日、それを出そうってか」

 早々とタネ明かしするのは櫻。

 「画像を映し出すつもりだったけど、よりリアリティがあった方が議論しやすいかな、と思って」

 「漂着初物(ハツモノ)ってことでも、とっとくといいことあるかも、スね」

 「さすがはお宝の八っつぁん。初物って言われりゃ、ゴミも捨てたもんじゃないって、そう思えるさ」

 珍しく彼氏を持ち上げるルフロンである。話はここから、一月の予定等々に。

 「で、エドさんの情報誌スケジュールを逆算して、一月の第三週、多分ギリギリで金曜日になりそうなのよ、例の商業施設訪問」

 「あぁ、CSRインタビューの件スか」

 「あれって九月だったかな。エド氏と石島母が話し込んでてさ。CSRがどうのって確かに言ってた気がする。ちゃんとそういう話に発展してたとは...」

 弥生はイマイチ呑み込めていないようである。

 「そのぉ、CSRって何ですかぁ?」

 こう来ると、ついからかいたくなるのが櫻の性分である。

 「Cは、Chitoseさん、SはSakuraさん。RはrelationのR。二人はどうなってんの?ってことよ。ネ、Chitoseさん♪」

 「Rはresearchかな。二人で仲良くゴミ調べ」

 その益々困惑した顔を舞恵に向けてみるも、答えは出ない。

 「おぉおぉ、CさんもSさんも息合わせちゃって。せっかく学生さんが真面目に質問してんのにねぇ。で、何の略だっけ? 八クン」

 「企業の社会的責任。金融機関も例外じゃないよ。ルフロンさん」

 「ホーイ。ま、舞恵はちゃんと考えてるさ。本業優先だろうけど、社会貢献活動だってCSRざんしょ? 支店の皆さんに声かけてクリーンアップってのも良さげだし」

 髪型については何ともいえないが、言動は頼もしい限りの今日のルフロンさんである。


 高度は低いが太陽は南中状態に近づいている。袋を閉じたら、お開き!と行きたいところだが、そうならないのがこの人達のいいところ。雑談はまだまだ続く。

 「それより音楽会さ、次はいつ?」

 「今ここにいる皆さんのご都合次第。決まったらすぐにでも押さえます」

 「皆さんてゆーか、Goさんしょ、まずは」

 「てへへ」

 これには、千歳も櫻も「へ? だ、ったの?」となる。自分達のことで頭がいっぱいだったか、すっかり感度が鈍っていたようだ。

 若い二人が話し込んでいる間、higata@の七人は集い、予定の協議を続ける。

 「んじゃ、多少怪しいけど一月二十日で仮押さえネ」 ルフロンはすっかりその気。

 「Goさんは必須。あとは、あたし、それとリズム隊のお二人が練習量を増やせば、格好はつくと思う」 弥生は誰かさんと一緒ならばそれでいいみたいな口ぶり。

 「何かこうなってくると、どっかで発表会とか。どうスか、Cさん、Sさん?」 Y氏が尋ねる。

 「例の発電機で以って、どこまで音が出せるかがポイント、かな」

 「って、千歳さん、本気でここで演(や)るつもり?」

 この件の言いだしっぺ、舞恵が口を挟む。

 「ま、メーリスに話振ってみるに限るさ。お騒がせエドさんとか、知恵貸してくれっかもよ」

 音楽会にしろ、発表会にしろ、彼女がハマっているのには、明快な理由があった。「自作をどっかで形にしてもらいたいし、流木アート楽器も試したいし、オホホ」

 この調子だと、一月もあわただしくなりそうである。


 六月はいつになくオドオド。対照的に小梅はチャキチャキ。二人の干潟デビュー当時は、これが逆だったような気がするが、いつの間にひっくり返ったのやら?

 「で、姉御の姉御、えっとつまり...」

 「初姉がどしたの?」

 「試験てこれから?」

 「そ、もう家ん中、大変よ。でもね、試験日=誕生日なんだって。だから変に張り切っちゃって。そんでもって合格発表日は小梅の誕生日。何としても受かってもらわないと...」

 七人はいつしか二人を囲むようにブラついている。六月はそんな衆人に気を取られることなく、堂々とあるものを差し出す。

 「勝田とか勝田台は遠いし、御徒(カチ)町ってのも何だし。『信じ行く』で新宿ってのも考えたけど、ちょっとね。そんで思いついたのがこれ。大姉御の合格祈願」

 それは、京成押上線、押上ó八広と印字された切符だった。これを見て駅名の当人が黙っていよう筈はない。

 「おぉ、そう来たか。でも押上ってのはまた...」

 「押して上げて、末広がりー。いいっしょ」

 「六月クン、ありがと。でも小梅の分は?」

 ちゃんともう一枚持っているから心憎い。

 「いいなぁそういうの。でも、合格祈願の定番は、やっぱ櫻さんに因んだ駅名じゃない? ホラ、京成佐倉とか」

 「ヘヘ、その佐倉って、勝田台より遠いじゃないですか。だから...」

 「青葉もいいと思うんだけどなぁ。そうだ、六月君。桜新町とさ青葉台を結ぶ切符ってのもあるよね。それって何か良くない?」

 「ウーン、桜と青葉の間って、あんまし」

 「あ、そうか...」

 日は照ってるし、無風なのだが、どこかでピューとなるのを感じる一同だった。受験生本人が今ここに居ないからいいようなものの、禁句は禁句。想起するのさえ憚られる。

 「ちなみに、東北新幹線あおば号は1997年10月に、寝台特急さくらは2005年3月に、残念ながら廃止ー、だそうです。ネ、六月?」

 弥生の毒がここへ来て炸裂。だが、毒の情報源は何を隠そう六月君である。

 「あー、それ禁句だったのに」

 「フン、実の姉に縁起物よこさないからよ。バツじゃ」

 千住姉妹は、苦りきった顔でお互いを見る。

 「どっちも廃止てか」

 「ま、痛み分けってことね。お姉様」

 これにて一件落着。ようやくお開きとなった。


 徒歩組は袋を受け持ち、荷台付き自転車を押す二人は、バッテリーを運ぶ。業平はRSBのため、どっちつかずではあったが、いつもの通り再資源化系を担ぎ出す。今回は軽めなのだが思うように進まず往路同様ノロノロ。まだ乾ききっていないグランドには、こうして様々な線と足跡が残ることになる。辺りの空気は暖かながらも小寒らしい凛とした感じを含む。グランドを縦断するのは気分がいいものだが、そんな空気を深呼吸しながらとあらば、さらに爽快、これぞリフレッシュ!である。


 「ではでは、今度は土曜日。新年会もあるし。来られる方はぜひ!」

 「これまでの集計結果の発表もあります。ね、櫻さん?」

 「え、私が発表? 千歳さんでしょ?」

 こんな譲り合いはこの二人だからこそ。舞恵は「またかいな」という顔をしつつも、

 「まぁまぁ。二人でおやんなさいよ。CSRなんでしょ」

 かくして、ゴミ減らし協議の行方はCとSの二人に委ねられることになる。

 バッテリーを降ろすと、舞恵と八広はひと走り。新たに見つけたランチ店へ急ぐ。小梅と六月は、業平&弥生のおじゃま、いやお供をするとかで、一緒にノロノロと商業施設方面へ向かって行った。残るは、千がつく三人。初音がいなくともカフェめし店、という選択肢もあるのだが、姉妹はズバリ千歳宅を指定。

 「何か調達してからだったらいいでしょ。ネ?」

 「ハハ、すっかり休憩場所になってるような。ま、大歓迎ですが」

 「私、千さんとこ初めてね。こんな風にお二人の邪魔するのも初めて?」

 「あーら、少なくとも一回、十一月にあったでしょ。忘れたの?」

 「だって、もうちゃんとキ...」

 お淑(しと)やかな姉は、おてんばな妹の口の前で手を翳し、続きを遮る。

 「やぁね、恥ずかしい...」

 「何それ? 毎日でもどうこうって言ってたじゃん」

 「蒼葉!」

 「あ、そっかそっか。私、川の方、向いてますから。どうぞ、ご遠慮なく」

 妹はどこまでも姉想い、加えて兄(?)想いでもある。今は何分咲きかに進展している二人だが、三十路の恋はつつましくありたいとどこかで思っているのだろう。蒼葉の言葉に甘えるフリして、腕を組んで歩くにとどめている。

 「お互いにペースを尊重し合ってる、そんな感じ... いいなぁ」

 蒼葉は少し距離を置きながら、二人のペースを推し量りながら、でもって、シャキシャキと歩くのだった。


 キ、と来れば忘れちゃいけないのが清さんである。干潟詣でに行くつもりではあったが、途中で「道草」状態。

 「ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ...」

 

 

 いずれは喰うことになるのだが、今日のところは同じ道草でも捜索・採集どまり。荒川の河川敷においては限定的ではあるが、先生にかかればこの通り、三種は見つかることになる。そう、明日は七草である。

 「ま、何も明日じゃなくてもな。土曜に振る舞うさ」

 鏡開きの翌日だけに、新年会はモチネタ中心かと思いきや、粥が出てくることがまず確定的になった。だが、掃部(カモン)公の差し入れはそんなもんじゃ済まない。本日午後はひたすら何かに興じるおつもりである。

 「おふみさんをビックリさせてやらねぇと」 乞うご期待?!

 

【参考情報】 赤い筒にはご用心 / 仮想縁起切符 / 荒川土手と七草


アプローチ、ソリューション

一月の巻(おまけ)

54. アプローチ、ソリューション


 決して気が急いていた訳ではないのだが、本日午後の協議の切り盛り役、Cさん、Sさんはともに早めのセンターご到着。図書館の前でバッタリ出くわして、思わず「へ?」と顔を見合わせる始末。本来は「おはよう」状態なのだが、挨拶し損なっている。

 「千歳さん、カギ持ってないのに。どして?」

 「待ち伏せして、おどかしちゃおっかな、ってね」

 「まぁ、誰かさんの真似? 今頃仕返ししようったってそうはさせないんだから」

 正直なことを言えば、早く支度して午後に備えたい、ということなのだが、千歳も随分と茶目っ気が出てきたものである。櫻も本当のところはわかっているつもりなので、ここは緊張を紛らわす上で、違う話題を振ってみる。

 「何かルフロンからメールが来てね。音を拾ってくれとかって」

 「彼女も曲作るってこと?」

 「廃品で拵(こしら)えた楽器叩いてたら思いついたんだって。で、テーマは波、だとか」

 「そういや、ウエーブがどうのって言ってたね。ま、一度拙宅に来てもらうか、それとも千住邸の別宅か... 口ずさんでもらってその場で曲にできる環境があれば、ってことかな」

 higata@メンバー間で交流が進むのは喜ばしい。だが、舞恵が彼氏宅に来ちゃうというのはちょっと違う気がする。彼女とはちょっとイイ仲ではあるので、別に悪い気はしないのだが、千歳が平気でそういうことを口走るようになったのが意想外。妹が千歳宅に、というのは想定内だったが、それでもヤキモキさせられたくらいである。余計な話をしてしまったものだと櫻は思う。

 「私もね、新曲作ったの。ま、新曲って言っても、八月から九月にかけてだけど。でもね、待ちぼうけしてた二日と三日に練習して、格好はつきました。だから、それと合わせてウチで。ネ?」

 「待ちぼうけ... そっかぁ。じゃ、お詫び方々、お伺いするってことで。機材はヌキ、かな」

 新曲のどうこうは二の次である。回避策を打ち出せて、少しホッとする櫻であった。


 KanNaに載っている各団体の基礎情報は、定期的に更新してもらう必要がある。そのための案内は、先週の出勤日に千歳に発信してもらった。年始のご挨拶(&新年会のお誘い)付きだったのが良かったようで、返礼を兼ねた返信が早々と届いていて、今朝もそれらのチェックに余念がない櫻である。千歳の方は協議スペースの一角で見本用のゴミを拡げて再点検。十時前だと言うのに、二人してお仕事モード。暖房をONにするのも失念している。

 「おぉ寒ぅ... 中は暖かいと思ってたのに」

 「あ、文花さん、おはようございます」

 「あれ、ダーリンは?」

 「だから、その呼び方は...」

 「あ、あっちか。おすみさん、おはよっ! じゃないや、あけまして...」

 千歳がノコノコ現われる。「おめでとうございます、ですね」

 「今年もよろしくね。今日も早速お世話になります」

 櫻は何となく赤ら顔になったまま。八日に出てきて以来、今週はずっとテンションが高い文花は、千歳との年初挨拶もそこそこに、

 「櫻さんたら、やっぱアツアツなのねぇ。暖房入れなくて済むってのは立派な省エネ。でも私はダメ」

 「文花さんたらぁ...」

 櫻が切り返せない程、とにかく冗舌な訳である。


 満載の野菜バスケットだけでも絶賛モノだが、鏡餅がおまけに付いてくる辺りがさすが。

 「ま、これは新年会が始まってからのお楽しみ。アルコール類とかはまたあとで」

 世話を焼くのがお好きな事務局長としては、その手の催しを優先したいところではあるが、ゴミ減らし協議の下打合せをしないことには始まらない。

 「前回と違ってお気楽な感じでいいと思うけど、どう?」

 「櫻さんから送ってもらった集計見てたら、いろいろと思うところが出てきちゃいまして。自分でどこまで論点を絞るか、って感じです」

 「そっか、文花さん、今日の資料まだお見せしてませんでしたね。今持って来ます」

 干潟でのこれまでの集計結果、国内の海洋ゴミ調査概況との比較、論点整理案、ゴミ減らしにつなげるためのフロー案、あとは参加者自らが解決策を書き込めるブランクシートなどがセットされている。

 「お二人の合作ってとこかしらね。本番が楽しみですワ。ま、あと付け足すなら、河川事務所と商業施設に物申すシートとか、かな」

 「その場で書いてもらって、ってことですね」

 「ちょっとシャクだけど、Edyさん流儀ってゆーか。その方が言いやすいし、集めやすいでしょ?」

 「じゃ、あとは段取り通り。司会しながらそのまま、まず私が発表しますね」


 土曜のランチタイムは三人で、というのが定着しつつある。一月クリーンアップの振り返りなどをしているが、話は少々脱線気味。

 「弥生ちゃんたら、GoさんGoさんて。いつからそんな呼び方するようになったんだか」

 「でもって、ツッコミのパターンが変わってきてるんですよ。何か気があるんじゃないって」

 文花と業平がそれなりに親しくなっているのは承知しているが、どこまでどう、というのは本人じゃないとわからない。それを探ってやろうという心算(つもり)はないのだが、あわよくば、というのは有り得る。

 「そ、そうなんだ。ホホホ」

 自称、恋多き女であればいくらでも交わしようがある筈だが、二人してお節介情報を提供されてはたまらない。笑って誤魔化すのが精一杯である。


 開会は十四時なので、まだ客は来ない時分なのだが、熱心な女性が早々にやって来た。

 「こないだはどうもです。文花さんはあけおめ、ですね」

 「あら、噂をすれば... どうも、今年もよろしゅうに」

 内心かなり焦ってはいるが、大人の女性の面目を保っている文花である。櫻と千歳は配付資料をホチキス留めしながら、何となく様子を見守る。

 「ねぇ、文花さん、クリスマスイブって、どなたと過ごされたんですか?」

 「何よいきなり。いいじゃない、誰とだって」

 強力な鋭気を放つ弥生に、文花はたじろぐ。隙アリと見るや、さらなるツッコミを入れる。

 「あたしも知ってる人ですよね?」

 「さぁ、どうかしら?」

 「ま、いいや。文花さんがライバルってことなら、こっちも張り合う甲斐がありますワ。どうぞお手柔らかに」

 「・・・」

 弥生にとっては、協議も新年会もあったものではない。真相を確かめるために乗り込んできたというのが正しい。

 こういう状況において止めるべきは、ホチキスではなく、二人の女性のやりとり?と一寸悩んでいるご両人である。午前中は心なしか暖かだったが、ここへ来て急遽ヒヤヒヤ。

 「あら、千歳さん、その資料、留まってないんじゃ?」

 「ハハ、針切れでした。て、櫻さんだって、それ綴じ方おかしくない?」

 「あ、逆だ」

 無理もなかろう。


 お人好しがアダとなり、期せずして三角形を担うことになっている当の業平氏は、この事態を知ってか知らずかご欠席。「Goさん、今日来ないのかぁ...」 弥生はピピならぬ、ピリピリモードながら、時に浮かない顔で受付にいる。

 「弥生姉さん? 大丈夫?」

 「あ、小梅嬢。いらっしゃい」

 「お手伝いしましょうか?」

 とまぁこんな具合である。

 案内メールの他に、KanNaのイベント情報掲示が効いたか、寒々した小雨日にしては程々の集客である。清や八広のほか、理事や運営委員の何人かも駆けつけ、開会時刻までに三十名近くが会場を埋める。いつでも開会OKである。


 「皆さん、こんにちは。あいにくのお天気ですが、大勢の方にお集まりいただき、ありがたく存じます。本日の催しはご案内の通りですが、今回のような形で定期的にイベントを設ける予定です。本年も引き続き、当センターをご愛顧ご活用いただきますよう、年始のご挨拶を兼ね、まずはお願い申し上げます」

 櫻にしてはえらく粛々とした挨拶で始まったので、何となく静まり返っているが、拍手もチラホラ。出だしは抑えめ、徐々に加速、ということらしい。プロジェクタ操作は千歳に任せ、早速これまでの経緯と集計結果の話に移る。

 「十月の一斉クリーンアップの時は、クイズ形式で発表したりしましたが、今回はそのままズバリご紹介します。五月から先だっての一月の回まで九回分、あくまで定点調査としての集計です。次点、生活雑貨で九十一、一例はここに映っている通りです。ワースト十位:配管被覆九十八、九位:紙パックが百ちょうど...」 配付資料の方には、集計表の抜粋を入れ込んであるが、プロジェクタで映し出す分は、品目ごとに一枚一枚という設定。カウントダウン式にスライドショーが展開され、収集数と写真が大きく投影されていく。八位:飲料缶/百二十七、七位:袋類/百四十三、六位:タバコの吸殻/百四十六、ここまで順当な感じか。

 「さて、ここからは数が増えてまいります。二百台はなく一気に三百台に突入です。五位は、発泡スチロール破片、といってもある程度の大きさのものを数えました。三百二十九です。粉々になってしまったものも勿論あります。メンバーの中には粉雪だぁとか言って、はしゃぐのもいますが、とんでもございません。そのままにはしておけないので、できるだけ回収するようにはしています。さすがに数えてはいませんけど」 櫻のペースになってきて、会場の反応も上向いてきた。四位:フタ・キャップ/三百六十八、三位:飲料用プラボトル(ペットボトル)/四百三十八、と数が増すのに応じて、今度はどよめきが起こる。待ってましたとばかりに、発表者は畳み掛ける。

 「ワーストの二位と一位は、正直申し上げて区別がしにくいところなんですが、形状がハッキリしているものは包装・容器とし、それ以外は破片として数えました。お菓子の個別包装、小さい袋については途中から分けましたが、それも足すと全部で千二百くらいになります。ちなみに二位は破片の方で五百三十四、堂々の一位は包装・容器で五百六十九。小型袋は七十八です。あと、カップめんの容器、食品トレイも別カウントでしたね。とにかくこの手のプラスチック、発泡スチレン関係なんです、特に多いのは。漂流・漂着しやすい、だから拾いやすい、という点ではまだいいと言えますが、それにしても、でしょ?」

 千歳は一応、隠れたワースト1、「レジンペレット」のスライドも複数枚用意しておいた。次にクリックすると出てくる手前で待機しているが、はてどうしたものか。ワースト一~十一のおさらいを映し出されたところで今は止まっている。

 「あ、ちょうどよかった。たった今、研究者が到着しました。小松さーん!」

 「え? あ、すみません。遅くなりまして...」

 「み」で始まるお名前のお三方がゾロゾロと頭を下げつつやって来る。南実に緑、そして湊である。

 「はぁ、これがこれまでの... そうそう、海洋ゴミの直近の概況ってどうしました?」

 「あ、これからです。あぁ、あれって情報源は、そっかぁ」

 「もしよければ、代わりましょうか」

 「皆さん、失礼しました。では、ここからは小松南実先生に交代します」

 これといった打合せをした訳ではないのだが、何故か阿吽(あうん)の呼吸になっている。千歳はすでにクリックした後。南実に画面を見るよう促す。

 「ハハ、隠れ一位かぁ。皆さん、改めまして、粒々担当の小松でございます。これが私の主な研究品目でして...」

 数分間のレジンペレット講義が始まる。得意満面、実に生き生きと話す南実。櫻はにこやかに聞いているが、それ以上に千歳がニコニコ、いや惚れ惚れした感じで聞き入っているのを見つけると忽ち曇り顔に。「千歳さんたら、ブツブツ...」


 「という訳で、ご当地で集めて数えた結果は、六百超でした。数回抜けてはいるんですが、やはり多かった。確かに隠れワーストですね」

 一人でコツコツと調べていたことがわかり、今ここにいるhigata@各位はただただ敬服するばかり。櫻もハッとなり、思わず拍手を送る。そしてそれは会場全体に伝わり、大きな喝采となって響く。

 「いやぁ、参ったなぁ。あ、ありがとうございます」

 こうなると、調子が上がらない訳にはいかない。お次のスライドはこれまた得意の海ゴミネタである。咳払い一つ、そして、

 「国内各地の海岸での調査結果、最新の概況がこちらになります。川ゴミは除いてありますが、河口部分は含まれます。海辺に漂着するのは、やはり発泡スチロールであり、プラスチックであり、荒川の一会場での結果と重なるものがあります。違いとして大きいのは、タバコの吸殻が多いこと、そして、特に瀬戸内海に面した海岸での話ですが、カキの養殖に使うパイプが多く見つかること、でしょうね。広島では万単位で出てくることもあるそうで、全体でも上位になってます」

 百五十ほどの海岸での集計というだけあって、とにかく桁が違う。ワースト上位三品目についてはいずれも五~六万に上り、十位前後まではとにかく五桁。いつもの干潟でコツコツ調べた結果の合計が四千前後というのを考えると、やはりスケールが大きい。だが、彼らの取り組みも決して小さい訳ではない。川ゴミを含めた総計では、九月と十月の分がこれに加算されることになり、統計の一角を占めることになる。千歳は改めて思う。川ゴミも海ゴミもつながっていて、どこも深刻である、ということを。

 その黒い長筒の画像が映し出されると、小梅は思わず声が出かかる。「て、もしかして、あの棒?」 八月に二見近くの海で確かに同じようなものを見つけ、手にしていたのは紛れもなく当のパイプだったのである。ようやく謎が解けて、ゆっくり頷いてはみるものの、まだまだ解せないことがある。「どうやって使うの? どうして流れて来るの? ムム」 自発的環境教育に終わりはないようだ。

 その隣で、手元の集計表に目を落として唸っているのは八広氏。「須磨で見かけたのは、吸殻がダントツであとは破片だったかな。ルフロンが来たら、もいっぺん照合してみよ」 こちらもなかなか熱心である。


 「という訳で、流れ着いたからには、ゴミを救出する、そして調べる、これが人々の役目です。ご当地の干潟も同じ。漂着、回収、集計、これを繰り返すことがゴミ減らしの第一歩だと思います」

 まとめのような話が出たところで、櫻が引き取る。

 「質問はまた後ほどということで。小松先生に皆さんもう一度、拍手を」

 これでは千歳もやりにくかろう。だが、そこはマネージャー。流れを活かすのはお手の物。

 「では、ここからはディスカッションに移りたいと思います。が、その前に...」

 過去の漂着状況を写した画は、配付資料にも何枚か入れておいたが、メインはプロジェクタでの大写し。ざっと顔ぶれを見る限り、客の半分程度は現地を知っている。それでも、こういうのが出てくれば改めて衝撃も走るようで、何となくザワザワしている。モノログでおなじみのスクープ系の数々。だが、所詮は2D。客席の様子を窺いながら、千歳は用意していた3D品を並べ始める。こういう時は何につけ実物に限る。その方が論議もしやすいだろう。

 「これは全て、先だって現場で拾い集めた現物です。今日のために見本として持って参りました。欲しい方がいらっしゃったら、手を挙げてくださいね。へへ」

 今日はどんな仕切りを見せてくれるのか、櫻は司会席からその辺を楽しみながら見ていたが、俄かアシスタントに指名され、どこかの通販番組のような状況に立たされる。

 「ハハァ、まだ使えそうなのも確かにありますが、どうなんでしょ? あ、これなんかいいかも知れませんね。センタクバサミ。あとは...」

 ここは一つ櫻に任せるとするか。だが、しかし、

 「ライターですね。ライターと言えば書くのが仕事ですから、ボールペン。ボールつながりでゴルフボール。あ、傘の柄です。ゴルフのスイングか何かしてこれだけ残っちゃった、て訳ではないと思いますが...」

 番組でもアシスタントが暴走するのが一つの見所だったりするが、ここではどうなんだろう。とりあえず違う意味で会場はざわついている。文花が云っていたお気楽な感じで、という点で忠実ではあるが、はて?

 「で、櫻さん、今ご紹介いただいたのは何かの拍子でうっかり、って感じのものだったと思うんですが、こっちはどうでしょうね?」

 長机に置かれた見本品はどうやら一定のグルーピングが為されているようだった。千歳が示したのは、ファストフード系紙コップとストロー、クイックメニュー系弁当容器、お豆腐容器、ペットボトル、食品缶、袋類いろいろ。

 「そうですね。一過性って言うか、使い捨て関係ですかね」

 「ですね。意図的にポイ捨てしたと思われるものばかり。微力ではありますが、一応、ペットボトル、ビン、缶、食品トレイ、プラスチック容器包装類については、支障がなさそうなのを選んでリサイクルに出してはいるんですけどね。さて、その隣ですが...」

 洗面器の破片、発泡スチロールブロック、そして、

 「ははぁ、これが細かくなって、こうなるって」

 「ちょっとお見せしにくいので、休憩時間にでもじっくりご覧ください。粉雪もどきのスチレン粒、そしてレジンペレット以外の微細プラスチックなどなどです。放っておくと、どんどん細かくなってしまうってことで。芝の欠片(かけら)はもともとですが...」

 笑い声とか溜息とか、いろいろと交錯する中、一人ミステリー作家さんは、頻りにメモをとっていた。「洗面器で殴ったら、割れて破片が散らばった。だが、自然作用で砕ける可能性もあるから、凶器とは断定できない。トリックとして使える?」 洗面器何とか事件てのはあまり聞いたことがないような...

 水道水で洗って乾燥させたことになっているが、素手で触れるには抵抗がなくもない。ここまでは平然とこなしていた櫻だったが、さすがにこれには手が止まる。

 「ハハハ、一足でもサンダル、でございますか」

 「あ、ここはうっかり系でもありますが、何となくミステリー関係です。これ失くしちゃった人、どうやって帰ったのかが気になります」

 「で、ミステリー? 何だかなぁ」

 緑は引き続きメモをとる。ミステリー云々とやられちゃ放っておけない。「まさか何かのトラブルに巻き込まれて、サンダルだけ漂着?」 そのまま悲鳴が上がりそうな場面だったが、隣の清と目が合って、思わずゴクリ。

 「大丈夫かぁ? 青白い顔して。緑色ならまだわかるが」

 「いや、大丈夫じゃないわね。カモンさん、ホラあれ」

 今度は清が蒼白気味。目線の先には銃口が。

 「おもちゃの銃ですね。これは何ゴミなんでしょ?」

 「ま、見かけ上は危険ゴミですね。これが本物だったらとんでもないですが、違法性や事件性を感じさせる物品は実際にあります。不法投棄されたと思われるテレビやバッテリー、何故か財布、個人情報が入ったバインダー、あと、キャッシュカードも、ね?」

 櫻はよっぽど小突いてやろうかと思ったが、場が場なので控えている。だが、「おっと、この管は何でしょう? 相方をひっぱたく用でしょうか」とか言いながら、早速、隣人をバシ! 「あ、普段は配管被覆って言ってます。まとまって見つかることが多いので、投棄品だろうと。(いてて)」

 「カキのパイプは見つかりませんが、代わりに川ではこういうのが出てくる、ということですね。(ベー)」

 パイプでやられてたら、「いてて」じゃ済まなかっただろう。


 小芝居に引っ張られて、本題を失念するところだった。腕をさすりながら、千歳は再度プレゼンター席へ。開会からすでに三十分近く経っているが、時間配分としてはこんなところだろう。ここからは二時間。休憩時間がどこかに入るにしても協議するには申し分ない大枠である。

 「一会場での例ではありますが、縮図という見方もできます。で、ご覧いただいたようにいくつかパターンがある訳です。傾向と対策というのも何ですが、ちょっと整理してみたのがこれです」

 資料の方には「論点整理」との標題と、ブランクの三つの枠が書かれた一枚がある。手抜きともとれるが、これはちょっとした演出。ここまでの報告と演習から見えてきた論点をその場で書き込んでもらおうということらしい。とは言っても、プロジェクタの方にはすでに「大量」「厄介」「不法」のカテゴリーが例示されている。

 「他にもいろいろ見方は出てくると思うんですが、これまでの九回分のまとめを見て、こういうことかな、と。このうち、議論の中心としてはやはり量が多いものになろうかと思うんですが、いかがでしょう?」

 higata@メンバーから異論が出なければ、このまま行けるだろう。こうした分析や考察もメーリングリスト上で多少は交わしているので、思うところは同じなのである。ひとしきり見渡してからひと息入れる。思いの丈を一つ披瀝(ひれき)させてもらおう、今、正にその時。

 「理想は漂着ゼロですが、そうは言っても...というのが実状です。ならば、せめて海に流れ行かないように、正しく『水際』で拾って、止めようって話です。この水際作戦だけを考えれば、漂着はむしろ大歓迎。でも同時に、元から減らすことも考えたい。そのために今すぐにできること、時間をかければできるであろうこと、いろいろあると思います」

 挙手一番手は、南実だった。

 「そのぉ何て言うか、水を注(さ)すようですが、再資源化系とそうでない系って分け方はどうなんでしょ?」

 「拾ってみたら分けられた、って感じじゃないでしょうかね。つまり、結果論かなぁって。ごもっともではあるんですが」

 「再資源化を促す仕掛けをしっかりさせれば減らせる、ってのはあると思いますよ」

 こういうやりとりが生じることはある程度想定していたが、ちょっと早かったか。千歳は正月休み返上で練っていた図式をここで投影することにした。

 「ポイントはどこで減らすか、だと思います。お手許の資料、またはスライドをご覧ください」

 それはモノの流れを一般化したフローチャートである。

(マーケティング→商品企画→)原材料の栽培・採取→調達(輸出入・運搬)→加工・製造→検査・梱包・出荷→物流→販売→購入・使用・消費→ と続く。

 「これらの過程で発生する廃棄物も多々ありますが、世間でゴミと呼ばれるものは、この消費の次に来るものです。で、ここからが運命の岐(わか)れ路。①できるだけ元々の形で使い回すリユース、それがNGならリサイクル、リサイクル材料は、再び原材料のところに戻ると仮定します。そして、②自治体の手による廃棄・焼却・埋立処分。焼却の中にはプラスチックを燃やした熱を発電などに回すことでリサイクルと称するケースも増えてますが、そのリサイクルは①とは別枠と考えます。この②をできるだけ減らす、または①に回す、というのが望ましいんでしょうけど、それどころじゃないのがある訳です。それが、③散乱、漂流、漂着、埋没のゴミ達でしょう。②の全体量からすれば多くないかも知れませんが、放置しておいていい筈はありません。小松さんのご意見はこの③を①にするか、②にするか、ってこと...」 当人に視線を送ると、ちょっと首を傾げているが、とりあえず、続ける。

 「と思い、このフローを出したのですが... 兎も角、これを引用するなら、どうもそればかりじゃなさそうだ、じゃどこからどうゴミを抑えるべきか、ってのがまた見えてくるんじゃないかと」

 櫻はちょっと身を引く感じで聴講していたが、「そうか、生産プロセスセクションどうこうってのは、これだったのかぁ。プロセスマネジメント...」と五月に聞いた話なんかを思い起こしてみるのであった。前職では憂き目を見たが、その手法を市民活動にあえて応用することで、何かが報われる気がしていたマネージャーである。その甲斐あったか、効果は早くも表れる。南実は首を垂直に戻すと、まるで開眼したかの如く瞳(め)を光らせる。十月に続いてのお目覚め(?)である。

 「何だか私ったら、現場主義が高じて、現象に捉われちゃってたかも。発生源対策ってことでは、上流フローも含めて考えないと。まだまだだわ」

 フロー、つまり、流れ。レジンペレットについては、正しく川の上流や支流からも流れ込んでくる可能性はある訳だが、その現実的なフローはまだしも、生産プロセスにおけるフローの押さえ方が甘かったと、研究員は自省する。粒々の組成や量を調べるに至ったのは、もともとは「どうしてこんなものが? いったいどこから?」だった。だが、究明に腐心する余り、研究の本分がおろそかになっていたのである。流出したとしても環境負荷を減じる方法があるのではないか、そもそもプラスチックの需要を減らすところから考究しないといけないのではないか、そう、研究とは発生抑制なり予防なりに向けられてこそ、より意義も高まるのである。

 南実が千歳を見る目が、これでまた変わることになる。そんな目線に気付いたか否か、「つまり、予防の方の比重を高めていくと、全体的な負担は減っていくだろう、という想定です」 今思っていたことがそのままプレゼンターの口から出てきた。首を大きく縦に振ってみる南実。だが、「てことは、論文の方も修正しないと... ハハ」 首を前に振った状態でうなだれてしまった。このガックリの理由を知る者は、この場にはおそらく、いない。


 受付係をさっさと切り上げてどうしていたかと言うと、進んで記録係を引き受けていた弥生である。後方にテーブル席を設け、カタカタと早打ちを続けていたが、その速度とは裏腹に、自分の言葉にならない、議論が消化できない、そんなもどかしさを覚えていた。

 「これも学問のうち、か。しかし千さんのアプローチって、システマチックなのかそうでないのか...」 ゴミの捉え方と議論すべき対象範囲は見えているのだが、何らかの解が示されないことには、動かされるものがない。彼女の専攻からすると、社会科学的ソリューションということになるだろう。解決策ありき、協議はそれから、というのが弥生流アプローチのようである。

 南実に続いて、新理事や新運営委員あたりからも意見が出て、今のところは特に製造と販売に焦点が当たる格好になっている。大量に出るということは、それだけ売れている証し。その理由は扱いやすい、便利、楽、いろいろ考えられるが、九月の回のランチタイムで話し合った点にズバリ符合する。そう「安易なモノは、安易に捨てられる」である。作り手、売り手の姿勢に安易さはないか、そうしたチェックであれば市民の日常生活の延長でできなくもない。消費者側の自戒を含め、声を上げる、届ける... こうした行動原点を確認するところまで話は進んだ。但し、メーカーや事業者への働きかけ、というのは市民運動として脈々と続いていること。より具体的・直接的な提言がここらでほしい。

 「干潟などでの漂着物の実態、ゴミが発生するフロー、抑制策の力点、その辺りは共有できたかと思います。メーカー側の事情をしっかりヒアリングする必要はありますが、ここまでがいわゆる現状認識(As-Is)ということで一旦区切りたいと思います。で、皆さんにはここで、じゃあこうしたらいいんじゃないか、という観点で『物申すシート』に一筆いただければ、と。河川事務所向け、商業施設向け、と分かれているのはそれぞれに意見を伝える場が用意されているためです。詳しくは後ほどお話ししますが、今は思ったこと、というより、前向きな提案を一つお願いします」

 十五時十五分、休憩時間に入る。ここまで、中学生の小梅にはちょっと難しかったかも知れないが、隣でトーチャンが役人なりにわかる部分を解説してくれたりしたので、何とか持ち応えた。だが、本当のところはちょっと違う。普段はからかって愉しませてもらっている千兄が、こういう場になると全くの別人になることがわかり、面映いやら後ろめたいやら、ちょっとドキドキもしたりして、気付いたら前半終了、だったのだ。


 南実は千歳に言い寄ろうとしていたが、質問者に遮られて断念。さらには駆けつけたばかりの蒼葉に先を越されてしまった。

 「千兄さん、これどうぞ。ノド渇くでしょ?」

 使い回しペットボトルにミネラルウォーターを入れて来たんだとか。これぞ、リサイクル以前に優先されるべきリユース(再使用)である。だが、そんなことに感心している場合ではない。

 「て、蒼葉さん、今、僕のこと...」

 「いずれはそう呼ばせてもらうことになるでしょうから、今から盛り上げておこうと思って。ダメ?」

 協議後半に向け、気合いを入れ直していた千歳だったが、これですっかり気抜け状態。いただいたのは発泡水ではなかったが、仮に発泡していても、やはり気抜け水のような感覚になってしまっただろう。そこへパチパチと発泡、いや面前で手を叩かれて、ハッ!となる。

 「千さん、あたしも前に来ていい? 進み方によっちゃツッコミ入れたいし、そのぉ...」

 「発言を記録してもらいながら、でよければ。そのまま、プロジェクタで映し出す用だけど」

 「はぁ、ま、やってみます」

 十五時半、再開間際。ここで遅れ馳せながら、冬木がご到着。だが、目が合っても会釈してるようなそうでないようなコソコソした感じで、席を見つけるや否や素早く腰掛ける。横には見慣れない人物がいたが、話し込んでいるところを見ると、はて? チームの一員か、それとも... メンバーと接触、というのがピッタリ来る図である。櫻はそれを見逃さなかった。出端からツッコミを入れてみる。

 「では、物申すシート、集めさせていただきます。まだの方はまた後ほど。で、商業施設向けの件について、先にご説明します。干潟から比較的近い場所に複合型のショッピングセンターがありまして、そちらにゴミ対策などの話を伺いに行く予定がございます。来週金曜日の午後です。傍聴もできるよう調整してもらっていたんですが、榎戸さん、どうでしょ?」

 相変わらず、話をあまり聞いてなかったようだが、「あっ、はい。よろしくお願いします。集合場所は...」 隣人と確認をとるようにして、詳細を告げる。

 「てな訳で、いただいたご提案をここで共有して、当日問いかけてみよう、という趣旨でした。付け加えたいことが出てきたら、随時お受けします。ね、隅田さん?」

 「あ、ありがとうございます。で、早速、桑川さんにシートの内容を速記してもらっているところです。先に商業施設の方って出ますかね?」

 容器包装類もスーパー店頭で回収する、さらには油化も、とか、プラスチックは生分解性への転換を速やかに、とか、いっそのこと、生き物が食べたくなる素材で作ってはどうか、なんてのまで出ている。容器包装メーカー社員も巻き込んで、皆で調査型クリーンアップに参加してもらっては、というのはありきたりのようだが、最も即効性がありそうな一案。ただのクリーンアップ行事ではなく、調査も、というところがカギである。漂着・散乱の実状をデータを介してより深く知ってもらうことで、より負荷の少ない商品が開発されることになるなら、この上ないだろう。ちなみに文花がエコプロでゲットしたバイオマス某の資料は休憩時間中に回覧済み。少なからずヒントにはなったようだが、決定打とはならなかった。

 「おかげ様で何となく策が見えてきた気がします。提案された方で、補足とかはございませんか?」

 こんな感じで、プレゼンターと会場とでいくつかのやりとりが繰り広げられ、To-Beの方も輪郭がハッキリしてきた。櫻はヒントを提供した覚えはあっても、こういう形で昇華されるとは思ってもみなかったので、呆気に取られるやら、誇らしいやら。論点整理は前半のうちに済んでいたものの、今となっては自身の心境の整理が必要なように感じていた。「千歳さんにカウンセリングしてもらったりして。フフ」

 As-IsとTo-Beは対比することで、より明確になる。弥生には手を休めてもらって、ここからは得意の打ち込み&投影で、千歳が仕切る。

 「進め方が前後してしまいましたが、ここで『こうなっている』と『こうしたい』を並べてみようと思います」

 箇条書きで記されていくのは、

・漂着は続く → 漂着を少しでも抑える → 素材レベルでの対策など

・今は拾うしかない → 量が減ればその負担は減る → その分、新たな策に手が回せる

・実態が知られていない → 知ってもらう努力をしつつ、関係企業などの参加を促す → 本業に活かしてもらう(商品企画段階からの抑制策など)

 など。解を見つけたらしい弥生がここぞとばかりに手を挙げる。

 「その、知ってもらうってことでは、調べた結果をより速く広く伝えるのも大事ですよね。隅田さんのブログには一部出てますが、センターや流域情報誌のサイトとかでも速報を載せられればいいんじゃないでしょうか? システムを改造すれば、リアルタイムでも行けそう...」

 「システム開発者がこう云うんですから、これはぜひやってもらいましょう。とっかかりは荒川下流でしょうけど、もしかするとあちこちで、ってなるかも知れないし」

 「ハ、ハハ...」

 ツールではあるが、立派なソリューションである。ただ、応用範囲について本人はあまり考えていなかった。あくまでコミュニティビジネスレベルだったのである。弥生はプログラムを卒論ネタに、卒業後は見習い起業、という方向性を固めつつあったが、これで発展的見直しを迫られることになる。

 

【参考情報】 2007年5月から2008年1月にかけての月例調査まとめ(→参考PDF) / 日本における国際海岸クリーンアップ(ICC)2007年秋のワースト10 / モノづくりの流れと循環(例)



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