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くりすます近づく

49. くりすます近づく


 冬至当日。巷では三連休の初日だが、センターは開館日。天気が今ひとつパッとしないのは、この姉さんの仕業だろうか。午後三時、階下からザワザワと声が聞こえてくる。

 「ちわっス! 皆、元気ぃ?」

 「いらっしゃい。雨女さん、と八宝さん。あ、小梅さん...」

 「ヘヘ、今日から冬休み。塾お休みだし、遊びに、いや勉強しに。そしたら、偶然お二人と」

 「勉強? 冬休みの宿題とか?」

 「それは明日から。今日はマップ関係の情報を、と思って」

 「それはそれは。じゃ、情報担当の隅田クン、お願い」

 「はい、先輩。ではお嬢様、こちらへ」

 千歳は小梅を円卓に案内すると、いきなりweb講習スタイルに持ち込む。グリーンマップ関係の情報は紙媒体もなくはないが、全国や各国での実例をすぐに呼び出すにはやはりインターネットに限る。しかし、どうも様子がおかしい。

 「ところで小梅さま、僕のどこがいいって、櫻さんから聞いた話、まだ覚えてる?」

 「エ? まだ聞いてなかったんですかぁ? 本当にスローだ」

 「一つは聞いたけど、あとはお得意の笑顔で誤魔化されちゃって」

 「そのスローなところと、一緒に居ると和むところ... あ、言っちゃった」

 検索サイトをパタパタやっていた千歳の早手が止まる。小梅は舌を出しつつ、カウンターを見遣る。当の櫻さんはにこやかながらも、クリスマスの飾り付けがどうのこうのと舞恵と議論しているところ。

 「そっかぁ、そしたら和ませて差し上げないと...」

 「大丈夫ですよ。そのままで。櫻さん、千兄さんと居る時、いつも楽しそうだもん」

 「クーッ、グッと来るねぇ」

 今日のこの「クーッ」は過去二回のとは違う。兎にも角にも、小梅にはやられ放しの千兄であることには変わりない。

 「あ、スローマップだって。いつの間に作ったんですか?」

 「はぁ、函館かぁ。僕にピッタリ?」

 PCに向かってるのにスローな千歳というのも珍しい。


 ハコダテが出てきたところで、ハコモノ論好きなハコ入り娘さんと八クンはと言うと、

 「で、法人名はどんな感じになりそうスか?」

 「何となく絞ってはみてるんだけどね...」

 文花は得意のマーカーでボードに候補名を書き並べていく。いきいき地域、エコミュニケーション、環境ソリューション、地域元気、さらには、Area Social Responsibilityなんてのまで出てきた。

 「これと組み合わせる下の名称は、協会、ネットワーク、プラットフォーム、あとプランニングとか」

 「プランニング... 計画にしちゃってもいいんじゃないスか。例えば、地域元気計画、略称は『地元』」

 「NPO法人 地元? ちょっとなぁ。ちなみにセンセは『NPO法人 五カン』なんてどうだ、とか仰ってたけど、それもねぇ」

 「自分だったら、やっぱ『現場』とか『場力(ばぢから)』とか入れちゃうかも、です」

 「『場』と来たか。ルフロンにbaクンて云われてるだけのことはあるわ」

 「baは八なんスけどね、そう言われてみると確かに相通じるものが」

 こんな状況なので、年内の決定は難しそうだ。どっちにしても名称募集は仕事納めの日まで。正式決定は次回の理事会で、となる。


 「で、監事の件なんですけどね」

 舞恵は早速、候補者リストを持って来ていた。都合三名。

 「どの方もいつでもOKって感じなの?」

 「別に非常勤とかで入ってもらう訳じゃないですよね。監査とか会合とかに出てくる分にはどなたも平気でしょう」

 「すると、後は地元通とか、市民活動に理解があるとか、かぁ」

 「会ってお話されますよね。年明けたら都合に応じて連れてくるようにしますワ」

 銀行としても社会貢献に力を入れつつある分、話が通りやすくなっているようだ。舞恵の一存でそこまで可能というのが俄かには信じ難い事務局長。だが、それにはちょっとした裏話があったりする。一つお楽しみである。


 帰り際、ルフロンは再び櫻に絡んでいる。

 「だから、エコなX’masてのをここで提案すりゃいいんよ」

 「図書館てゆーか、当建物を代表して一階のロビーにツリーがちゃんとあったでしょ。センターはいいのよ。LEDだってチカチカやればそれだけ電気も食うんだし」

 「ブログに出てたじゃん。その何とか装置で油取って、発電すりゃあさ」

 やっぱりお飾りが好きなルフロンは、このシーズンを措(お)いて他にいつ当所をデコるのか、という論調。対する櫻は、エコを発信する施設だからこそあえてシンプルに、という路線を譲らない。エコとデコ、果たして調和し得るのか。

 「まぁまぁ、二人とも。お客さんが笑ってるわよ」

 円卓脇では八兄と千兄が明後日の予定だか何だかを話し合っているが、それはスルー。カウンターでの応酬に聞き耳を立てていた小梅は、検索を中断してクスクスやっている。

 「しょうがないなぁ。これならいいでしょ」

 ボードを反転させると、カラーマーカーで以って器用に一本の小振りな木を描き出す。都合よく赤・青・橙・緑・黒と各色揃っているので、デコも容易。大きめの赤リボンが利いている。ツリーを中心にクリスマス装飾風のイラストが散りばめられると、忽ちそれらしいムードになるから不思議だ。立体ではないが、これは快作。

 「あとはアルファベットを並べれば完成です。じゃ、さっきモメてたお姉さん達、どーぞ」

 櫻がMERRYと書いたまでは良かったが、舞恵は何を思ったか、

 「くりすます、と」

 「ちょっと、アルファベットって、イラストレーターさんご指定だったのに」

 「この方がカワイイじゃん」

 「それじゃ何か、クリがおすまししてるみたい」

 仲直りになったんだか、そうでないんだかよくわからないが、即席イラストのおかげで場が和んだことには違いない。小梅は「くり」のところに、すまし顔の栗を付け足して、さらなる笑いを誘う。

 一年で最も短い日が沈みつつあったが、雨雲に隠れていてはわからない。ただ、日没時刻になったことは認識できたので、三時からの来客の動きがあわただしくなる。

 「んじゃ、初姉んとこ行って来るし」

 「あ、よろしくお伝えくださいまし。小梅さんは、どちらへ?」

 「一緒に行きます。英会話、面白そうだし」

 「そっか。でもその先生が『くりすます』なんて書いてんだから、思いやられるワ」

 「フン。ほんとはHappy Holidayでいいんよ。櫻姉が先にMERRYなんて書いちゃうから」

 「Holiday? そりゃ当館は明日から休みだけど。クリスマス当日はホリデーじゃないもん。おあいにく様」

 「ま、いいや。続きはまた明日ネ」

 「はいはい。クルクルくりくりルフロンさん」

 漫談になりそうでならないのがこの二人の掛け合いの特徴。仲が良いことの裏返しであることは皆わかっているので、誰も止めたりはしない。それにしても、クルクルにくりくりとはまた言ってくれたものである。これでリズム合わせ中に、ビックリはまだしもギックリとかがあったら笑えないが。


* * * * *


 日頃の行いが善いせいか、午後になったら晴れてきた。だが、せっかくの好天もスタジオ入りしてる間は関係なし。十四時から十七時までの三時間で、四曲は最低通してみよう、というから欲張りなようなそうでないような。取り急ぎ、まずは楽曲データを流してみる。ここでの仕切りは勿論、Mr. Go Hey!!

 「一、二曲目は千ちゃん作曲、三、四曲目は不肖業平の作です。全面的に編曲などもしてますが、業平作については弥生嬢のアレンジが一部入っております」

 「へへ、恥ずかしながら。すでにお聴きいただいてるとは思いますが」

 「まずは音がちゃんと出ないことには...」

 いつもなら、ここらでツッコミが入るところだが、今日は控えめな弥生嬢である。

 タイトルが決まっているのは一曲目の『届けたい・・・』のみ。二曲目は八広の詞が付いたところまでは行ったが無題。業平作曲分は、一応流域環境なんかをモチーフにはしているが、詞も題もまだ。てな訳でとにかく音合わせが優先ということになり、今日の日を迎えた十人である。楽器を持って来ているのは、千歳(G(guitar))、弥生(B(bass))、舞恵(一部軽量のPerc(パーカッション))程度。小道具関係で言えば、八広のスティック、業平のハイスペックノートPCといったところ。冬木はピック、南実はリードを隠し持ってたりするが、どうやら必要に応じて、ということらしい。鍵盤楽器はスタジオ常設なので、櫻はその手の持ち物はなし。蒼葉と文花はオーディエンス役ということになる。

 櫻はすぐにでも合わせられるのだが、やはりおとなしく口ずさむ程度。リズムセクションの二人も空打ちこそしているが、肩を揺らすにとどめている。作曲者の千歳は、アンプからの音像が鑑賞に堪え得るかどうかをチェックしている様子。


 「八十年代アイドル歌謡曲に通じるものを感じるわぁ。いいかも」

 最初は音響にビビっていた文花だったが、自身のカラオケレパートリーと通じるものを感じたようで、好感触。これに実際の歌が乗ると、どうなるか。聴衆の反応がすぐに得られるのはライブセッションのいいところである。

 「じゃ一曲ずつ演(や)ってくとしますかね。各員、配置にどうぞ。ベースは抜いちゃいます。リズム隊は、クリック音だけでいい? 櫻さんは、と...」

 「鍵盤の練習、先にします。OFFでお願いします」

 「了解。で、千ちゃんは?」

 「鍵盤とぶつかっちゃうかも知れないから、今は聴き役に回ります」

 男性二名と女性三名、この組合せが楽器側と聴衆側それぞれにできる。按分としては良好である。各奏者からスタンバイOKの合図が出る。八広はヘッドホンを付け、カウントを打つ。業平が難なく同期させて一曲目スタート。弥生のベースが少々危なっかしかったが、影の練習の成果あって、無難に間奏のとこまでは行った。

 「この曲、ソロって何が入るんだっけ、千歳さん」

 「ギターソロは想定してないから、櫻さんがシンセで。または、サックス?」

 南実は自分に向けて指差すと、「え? そうなんだ」

 弥生が気を利かせて、「あ、デモ用があるから。今、持って来ます。でも、リード...」

 「実は持って来たんだ。本体だけ貸してもらえれば」

 「やったぁ、サックス。いいぞ、こまっつぁん!」

 何故かルフロンが大喜び。デモで仮想管楽器ソロは聴いていたが、楽曲が陽気な割にはインパクト不足と感じていた。やはり生に限る、ということらしい。

 リードは多少使い込んであるものの、別の管に馴染ませるのには時間もかかる。吹き込んで暖める必要もあるのでそれは尚更。南実がウォーミングアップしている間、歌姫は徐々に鍵盤とヴォーカルの同時進行を始めていた。ソロが入らない状態で間奏も流し、「届けたい・・・」 一つの形を見るに至る。


 サックス奏者を交えての通しに入ったのは、スタジオ入りしてから四十分後のこと。仮に一曲五十分で音合わせができたとしても、やはり三時間ではキツイということになる。まして聴き慣れた一曲目でこれだけ時間がかかるとなると...

 だが、ここぞで何かをやってくれる南実嬢は、しばらく吹いていないとか言ってた割には、仮ソロの進行に近い形であっさりと吹きこなして魅せる。孤高さが売りでもある人物ゆえ正にソロ向き。ソロはソリチュードに通じ、時に翳を伴うものではあるが、ここでは逆。脚光を浴びるため、と言っていい。その力強い演奏は、強肩・豪腕に加え、彼女の肺活量が並みでないことをも証明した。

 という訳で、割とすんなり一曲目は音合わせができた次第。十五時になる手前である。この後は一曲四十分ペースで行けば、予定通りこなせることになる。果たして?


 二曲目は櫻が当初手こずっていたダンサブルナンバー。コード進行をピアノ主体に変えるversionにアレンジし直したため、今の櫻にはどうということはない。より重く響くピアノ音を選んで、ベースに重ねる。

 出だし順調、かに見えるも、業平が調子に乗ってイントロを長めにしたもんだから、リハーサルはイントロ部分で一旦ブレイクとなる。弥生は手を休め、まずは内蔵音源のベースを流すことに。かくして楽器側には、業平、櫻、八広、舞恵、そして千歳が回る。

 元々はカッティング調のギターを鳴らしながら歌う想定で作った曲だったが、そのギタリスト氏は自前のギターを冬木に預けて、リードボーカルに専念することにした。もう一度イントロから。千歳は深呼吸してから最初の歌詞をマイクに乗せる。初めて彼の歌声を聴く文花の顔と言ったら、そりゃもう、である。千歳は一寸(ちょっと)笑みを浮かべるも、そのまま歌世界へ。ドラムを叩いている詩人さんが書いた詞だが、流域を訪ね回っている際に得た情感を散りばめているとかで、歌ってみると実にしっくり来る。歌詞カードを見ながらではあるが、とにかく歌唱に集中できているので、時に情景を思い描くこともできる。

 歌を介して詞が視覚化されたならしめたもの。蒼葉嬢はずっと目を閉じて聴き入っている。が、心の中で画が浮かんでいるのかどうなのか。一つ画家さんにも感想を聴いてみたいものである。

 テンポが速い分、サックスで即興、というのはさすがに難しい。となると、今度はこの人の出番である。

 「一応、ピックは持って来たんで、ちょっとやってみましょっか」

 「普段はコード進行専用で使ってるんで、弦がビックリしちゃうかも知れませんね」

 アンプに通さない状態で何となくシャカシャカ弾いていた冬木だったが、間奏のとこでギターソロを入れようじゃないか、という提案を出してきた。干潟では何かとお騒がせな彼のこと、一部のメンバーはどうせフライングとか我が道系とか、とあまり期待してなかったのだが...。

 曲者というのはやはり一味違うものである。エフェクタを使っていないせいもあるが、抑えが利いていてなかなかの好演ではないか。ルフロンはコンガを叩くのを止めている。決してこんがらがっている訳ではない。

 弥生が入ったり、八広が抜けたり、何回か通しで演ってみた。画家さんは云う。「何か川の流れが見えた気がした...」 この蒼葉の一言により、曲名が決まる。名作(?)『Down Stream』の誕生である。


 三曲目はミディアムスローながら重厚な一曲、四曲目は弥生アレンジにより多少メロディアスになったが、やはりドラムとベースが要になるダンスチューン。詞がまだなので、歌い手も決まっていないが、今日のところは、ギターとベースがどこまで対応できるかが見所。千歳と弥生はヘロヘロになっているが、リズム隊はてんで元気。八広は勢い余ってクリック音を飛ばすくらいのノリである。極秘特訓した甲斐はあった。ルフロンも余裕たっぷり。蒼葉にウィンドベルをいじってもらったり、文花にはカウベルを叩かせたり、メンバー総出のセッションを仕立てるのに一役買う。

 難度の高い曲ながら、二曲とも一応の音合わせはできた。閉場時間まで残り少々。詰め切れてない部分を話し合う面々である。三曲目はグランドピアノ系のおまけを足し、間奏にはサックス、歌は千歳に頑張ってもらおう、ということで仮決定。四曲目は、千歳はギター専門というのはすんなり決まるも、ボーカルをどうするか、で引っかかる。本来なら櫻で行くところ、鍵盤は欲しい、されど歌いながらはちと困難、ということで難航しているのである。だが、曲調が些か艶(なまめ)かしいこともあって、この女性にお願いすることにした。

 「そうねぇ、『キャットウォーク』に似た感じあるし、歌えるかも」

 「んじゃ、蒼葉さん想定で詞、書きます!」

 八広は毎度の如くデレっとしながらも威勢がいい。舞恵は珍しくノーリアクション。「ま、えーわ」だそうな。洒落で済ませられるくらい、今の彼女にはゆとりがあるということである。

 最年長の女性が一言。「それにしても皆、達者ねぇ。特に楽曲データよね。あそこまでいつの間に仕込んだんだか」

 「昔、作っておいたのを復刻したようなもんなんで。一からだったら、とてもとても」

 「隅田さん作も?」

 「業平君ほど持ち合わせはないですが、やっぱりストックしてあるのを加工して、再生した次第です」

 「再生か。そうよ、再生。いいじゃない。無題の曲は一つそれをテーマにしたら?」

 聴衆の声は貴重である。ニーズに応えてこそ、詞も生きるというもの。八広は舞恵に早速尋ねてみる。

 「reviveって再生?」

 「そりゃ、蘇生だワ。自然再生ってことなら、renaturationなんてどう?」


 楽器や機材を片付けるメンバーを横目に、モデルさんがガタガタと動き出す。こっちはこっちで大荷物である。

 「蒼葉さん、そのスーツケース。これからどちらへ?」

 事情を知らない業平が引き止めるように訊ねる。

 「あ、半蔵門線で押上まで出て、そっから京成線で...」

 ルートを訊いている訳ではなかったのだが、いきなりパリとは言えないから説明が長くなる。

 「えっ、エールフランス? 今から?」

 「フライトは十時前なんだけど、クリスマス時期ですからね。早めに出ます。皆さん、よい年末年始を。櫻姉は留守番よろしくネ。Salut!」

 「はいはい。Bon voyage!」


 「やっぱモデルさんは違うわ」 八広がまたトボけたことを言うので、今度ばかりはルフロンも黙っちゃいない。

 「ったく。明日、覚えてらっしゃい!」 手持ちのマラカスで彼氏の腰の辺りをひっぱたく。これぞくりくりルフロンのギックリ攻撃である。思いがけず強力な一撃だったので、八クン、ビックリ!となる。


 弥生と文花が同じ場に居る手前、業平としては下手に明日の話はできない。ここへ来てモテモテなのはいいが、トライアングルの当事者になってしまった、というのはいただけない。そんなことなど知る由もない年長さんと年少さんは今は仲良く談笑中。

 「そっか、おふみさん、明晩はちゃんと予定入ってるんだ」

 「そういう弥生嬢は?」

 「明日になったら... ま、成り行き次第じゃないでしょか」

 傍らで聞き耳を立てていた業平は、自分の名前が出なくてひとまずホッとしていたが、成り行き云々というのを聞いて、目を白黒させている。こうした駆け引きはノリでは対処できない。どうする? どうなる?


それぞれのHoliday

50. それぞれのHoliday


 無粋な言い方をすれば振替休日だが、特別な意味を持つ人達にとってはただの休日に非ず。一人よりは二人で過ごしたいと思うのが自然だろう。今回のコース設定は、櫻主導ではあるが、止せばいいのに千歳がひと捻(ひね)り挟んだものだから、何とも不思議なスケジュールになっている。ディナーは早めということなので、それぞれブランチなどを摂ってから集合、で、十三時半の待ち合わせとな。櫻はダテ眼鏡なるものを着用し、彼氏を待つ。

 此処は品川駅西口の某商業施設屋外にあるフリーのテーブル席。彼女の視線の先は駅方面。定刻をちょっと過ぎた頃、幾分見映えのするロングコートをなびかせて、待ち人が視界に入って来た。だが、いつもながら鈍い彼氏はすぐには気付いてくれなかったりする。

 「ん? 櫻、さん?」

 「何だかなぁ。至近距離にならないとわからないのかね? 隅田クンは」

 「どしてまた、眼鏡?」

 「美女が一人でポーッとしてると、目立つし何かと面倒でしょ。顔隠しです」

 「神隠しならぬ顔隠し?」

 「千歳さん来たからもういいんだ。外します」

 先月のお上がりファッションの上にファー付きのセミロングコートという出で立ち。眼鏡を取って立ち上がると、女優級の優美さが放たれる。「おぉ...」 彼を感嘆させる作戦、まずは成功したようだ。「ほんと素直なことで、フフ」

 ホテル併設の建物のエスカレーターに乗っかるも、映画や水族館がお目当てではない。高輪方面に通じる坂道の中腹まで運んでもらうため、というからちゃっかりしている。その先はなだらかな坂。上がりきって左に行くとユニセフハウスが見えてくる。

 「あら、やってるかと思ったら、お休みなんだ。クリスマスカード買いに来るお客さんとか少なくないと思うんだけど」

 「ある意味、書き入れ時なのにね」

 「ま、当センターも休みだから人のこと言えないけど」

 子どもたちのためにサンタ役を買って出るスタッフもいるから休館なんだろう、とか勝手な推量をしながら、御殿山方面へ歩き進んでいく。途中、櫻は小粋な感じの脇道を見つけると、

 「こっちこっち。予め調べといたんだ」

 緩やかなカーブ、風情ある階段道、ちょっとした見晴らし。まち探検が得意な櫻らしい選択である。直線距離では四百メートルはある筈だが、品川イーストのビル群がここからだと近くに見える。

 

 

 「グリーンマップ的には[すばらしい眺め]、かな」

 「でも、あのビル、海風をブロックしちゃうんでしょ。[考えさせられる眺め]ってとこね」

 今度は唸ってしまった彼氏を引っ張って、いいものならぬ、いいとこに櫻は向かう。段々を下り、右折してしばらく歩くと、瀟洒な一角に辿(たど)り着いた。ここだけは別世界。ヨーロピアンな街路と建物で構成されている。そして建物の一つはクリスマス専門店。

 

 「聞いたことはあるけど、住宅街の一隅にこんな」

 「通年やってるんですけど、やっぱクリスマス時期じゃないとネ」

 店内はカップルの姿が目に付く。同じようにゆっくりしていてもいい筈だが、長居はしない。電車やバスの時間を逆算して動いていることもあり、雰囲気を少々楽しめればそれでいいんだとか。

 「では、プレゼント協定に基づき、ここはお互い低予算で」

 気障(キザ)な演出等は無用。大層な品を交換し合って、重い思いして歩き回るのもナンセンス。ここはあえて、ワンコインでお釣りが来るくらいの簡素な一品をその場で買って交換しよう、ということにしてあった。これが彼等なりの協定である。

 「じゃ櫻さんは、これ。でも、本当にいいの?こんなプチギフトで」

 「非常用、いやキャンドルナイトで確実に使うでしょうから、ありがたいです。んで、千歳さんは縁起物で、と」

 お互いに中味は承知の上。包装を簡略化していることもあり、クリスマスプレゼントと称するには違和感もあるが、食事の席で手渡すとなれば、それ相応、となる。


 店を出たら児童遊園を経由する。坂上に通じる階段を遊具の一種と見間違うのも無理はない。とにかく上って下りて、また上り、である。効率的にはどうかと思うが、探訪が共通趣味のお二人には、こういうのがたまらない。目的地どうこうではなく、道程そのものが目的だとすると、これでいいことになる。

 御殿山に通じる道を再び漫歩する千歳と櫻。時折風が強く吹き付けるも、街並家並に気を取られているので、正にどこ吹く風の何とやら。時計は二時を回ったところで長針短針が重なろうとしている。ここで大通り、即ち八ツ山通りに出た。

 「左手のイチョウ並木の先は八ツ山橋、直進すると原美術館とかかな。どうします?」

 「信号ちょうど青だから、直進」

 「Let’s Go!」


 Goと来れば、気になるのがGo Hey君。今はお約束通り、弥生嬢とスタジオでセッションを始めたところである。

 「ねぇ、Goさん、昨日できなかった五曲目、先にしましょうよ」

 「へ? だって昨日の練習の続きが先じゃ...」

 「あたしが一番いじっちゃった曲だもん。直すんだったら、早めが良くない?」

 「いやぁ、あんな感じでいいと思うよ。ただ、アイドルポップ調だから、歌い手がね。櫻さん向きじゃない気が...」

 一寸(ちょっと)間を置いて、弥生が切り出す。そう、彼女はガールポップシンガーである。

 「歌い手さんなら、ここにいるじゃないですか。千住姉妹が歌って、あたしが歌わないってこともないでしょ?」

 「そう来たか。いいかもね。でもベース弾きながらって...」

 「ハハ、そこまでは考えてなかった」

 ここはとりあえず二時間の予定。番狂わせがなければ、文花との待合せ、新宿十七時は楽々のはず。はてさて?


 ちょっとしたお屋敷が連なるのは、さすがは御殿山というだけのことはある。しかし、十二月二十四日にありきたりでないところを巡るという点で、お二人も御殿山に負けず劣らず流石である。丁字(ていじ)に行き当たったところで左折。ここからは御殿山通りとなる。やがて桜並木が現われ、JRを跨ぐ橋が見えて来た。

 「ここの桜ってどうなんだろ?」

 「花見の時期にまた来ますか?」

 「そうねぇ... ま、花見もいいけど、千歳さんとはもっともっといろんなとこ行きたいな」

 腕を組まれて、やや硬直するも、会話の方は至って滑らか。

 「そりゃどうも。こっちは櫻さんと居る時はいつもお花見気分だけどね」

 「まぁ、おめでたい人(ウフフ)」


 六月君が見たら大喜びしそうなトレインビュースポットに到着。山手線から新幹線まで実に十の線路が横並び。時間が許せば、ひととおり眺めていたい気もするが、そうも行かない。程なく、右端、下りの新幹線車両が徐々に加速しながら通り抜けて行った。のぞみ35号である。見送りながら、櫻は小声で、

 「ルフロンたら、今日から泊りがけでどこそこって言ってたなぁ...」

 目が合い、ギクとする千歳。ここは話題を切り替えねば。

 「ハハ、さすがは先行カップル。でも奥宮さん、この年末に休みって取れるものなの?」

 「何だか企画書が通ったとかで、ひと区切り付いたからいいんだって。でも、どこ行くんだろ。クリスマスに温泉てこともないだろし。西か南か」

 「案外、今の列車に乗ってたりして」

 「こういう時、GPSとかあると面白いのにね」

 

 

 自分達の真上でまさかそんな話が交わされていようとは、である。

 「ハ、クション!」

 「だいじょぶ、ルフロン?」

 「もう花粉て飛んでんだっけ? 流行に敏感なのも困るわぁ」

 千歳の勘は冴えていた。八広と舞恵はその車内に居た。

 「ま、新神戸まで時間あるから。これで昨日の続きでも、どう?」

 「そうそう、詞、付けなきゃ」

 メモリオーディオを彼氏に渡すと、彼女は大きくリクライニングをかける。

 「煙草吸えないし、舞恵は寝てるさ。富士山が見えてきたら起こしてちょ」

 「寝たまま富士山通過すると、きっと夢に出てくるよ。その方がいいんじゃん?」

 「イブなんだからさ、富士を肴にホワイトクリスマス、ってのもいいっしょ。乾杯用のワイン缶もあるんだし」

 「聞いたことないし」

 肘で突きながらも、頭を彼の肩に乗せてみるルフロンさんであった。


 御殿山通りは下り坂。下りきって突き当たるは第一京浜である。ここからは平地。京浜急行沿いにさらに南へ歩く歩く。

 「それにしても京急って、いろんな車両が走ってるのねぇ」

 「六さんに聞きゃ、どれがどこ行きとかすぐわかるんだろね」

 「動体視力働かせりゃ私だって。あら、佐倉行き?」

 高架を快走する快速特急。その行先は確かに京成佐倉である。奇遇というか、おめでたいというか。

 「櫻を佐倉に連れてってー、何てネ」

 今日も絶好調なサクラさんである。


 そうこうしているうちに、新馬場(しんばんば)駅に着いた。だが、目標時刻ギリギリ。ホームに着くや、すぐに新浦賀行きが入って来た。

 「で、大森海岸まで行って、バスですか」

 「そのバス、本数が少ないから」

 「それをクリアすれば、あとはゆったり、か...」

 予定駅で降り、しばらく待つ。大森駅を出たバスがソロソロと入ってくる。ここからバスに揺られること約二十分。目指すは、東京港を臨む一端、東京湾西岸で最も突き出た地である。

 「千歳さんも面白いとこ、ご存じねぇ」

 「そこと空港の間に京浜島てのがあって、そこも飛行機ビュースポットなんだけど、季節によって使う滑走路が変わるみたいでね。冬場はそれほど見映えがしないんだって。ただ岸壁を見下ろすとテトラポッドとかに漂着ゴミが溜って凄いことになってるんだとか。つまり空は冴えないけど、海の方は見応えがあるって訳。調査に行く分には有意義なんだけど、今日はね、そういう日じゃないから...」

 「で、城南島かぁ。あっ早速、飛行機!」

 十五時二十分、二人はその人工島の浜辺を歩き出す。川における人工的な波には慣れ親しんでいるが、自然作用による本場の波を二人して楽しむのは今日が初めて。東京湾と聞くとパッとしないが、ここは一応海である。

 「てことは、この打ち寄せてるのって、海ゴミになる訳、か。でも、枝とか藻みたいのはゴミじゃないわよね」

 「一見したところ、人工物とかなさそうだけど、よくよく調べると粒々とか出てくるんだろね」

 「粒々か。南実さん、今日どうしてるかな?」

 羽田を発つ飛行機は結構頻繁。蛇足ながら、只今上空を目指している一機は小松行きである。

 「飛行機で小松方面とか? なーんてね」

 「そしたら、千歳さんも北海道行かなきゃ」

 次に飛び立つは、正に千歳行き。離陸シーンがよく見えるだけでも十分なのだが、ついでに何処(どこ)其処(そこ)行きというのがわかるようになっているとより楽しめそうだ。


 当の小松さんはと言うと、あいにく機中の人ではなく、河畔の人だった。楽曲データをCDにコピーし、それをCDラジカセから流す。寒風に負けないよう、いや風を吹き飛ばすかの勢いでサックスを鳴らしている。昨日は叶わなかったセッション二曲目、その間奏部分を念入りに練習中。南実の居宅近くには造成干潟があって、そこを望む場所に今は居る。最下流に当たるため、正にDown Streamを実感しながらの演奏である。揚々とやっているようだが、目にはうっすらと光るものが。誰かに届けたいこの音色。風に乗り、東京港を超え、城南島に届くか。聖夜の日だけに何が起きてもおかしくはなさそうだが...。

 

 

 「何か風の音が心地いいというか...」

 「千さんも詩人ね。大丈夫?」

 ありきたりを意識的に回避しただけのことはあって、今、城南島のつばさ浜には、カップル一組のみ。他に誰もいないんだから、はしゃぎ回ってたりしても良さそうだが、やっぱり違う。打ち上がった固まりを屈んで解きほぐしているではないか。

 「あら、紙コップ。はい、千歳さん、プ...」

 「出たぁ、得意のしりとりだ。プ、おっとプルタブ」

 ケータイもないし、データカードもないから、調査はお預け。代わりに、手と頭を使った遊びに興じる二人。

 「ブルーベリージャムの、パックね。はい次」

 「黒、の鉛筆かな? これって」

 「へへ、爪楊枝、発見」

 「じ、かぁ...」

 いいタイミングでジで始まる物体が離陸する。目に入るものだったら、何でもいいモードになっている。

 「城南島、でもいいけど、ここはジェット機、かな」

 千歳は立ち上がって、銀色の機体を見送る。櫻も腰を上げ、彼に寄り添いながら、同じ方向を見つめる。

 「き、キ...」

 機転、だと終わってしまうが、その機転を利かせる櫻。眼を閉じると、

 「kissかなぁ」

 ジェットの音でよく聞き取れなかったが、千歳は轟音の勢いに乗じ、千載一遇を実践する。


 「ぁ...」

 機体が上昇するに伴い、轟音はエコーを残しながら小さくなる。代わりに聴こえて来るのは、そう「Soar Away」である。二人、動きは止まったままだが、心は宙を舞う、いや舞い上がっている。互いの温度を確かめ合うように離れない。

 十と数秒が経つ。再び見つめ合い、そして俯き合う。波の音が帰って来る。

 「千歳さん、私...」

 言葉が出ない千歳は、ただ黙って彼女を抱き寄せるしかない。冷たい海風のせいもあるだろうけど、足が震えている。口を開いたのは次の轟音が去ってからのこと。

 「やっぱりここじゃ寒かった、ね」

 「私は平気。でも、しばらくこのまま、が、いい...」

 お次のバスまでまだ三十分近くある。このままでもいいのかも知れないが、千歳は熱があるような気がしたので、そっと櫻の手を引き、陸側へ引き返す。足元にはしりとりし損なった、割り箸、輪ゴム、ストローなんかが転がっている。平時なら拾って帰りそうなところ、今回はそのまま。二人ともすっかりのぼせている。

 ベンチに腰掛け、海と飛行機をぼんやり眺めているうちに、正気が戻って来た。

 「ス、よ。千歳さん。続き続き」

 「隅田、千歳です。はい、どうぞ」

 「せ、千住、櫻と申します。フフフ」


 ジェットがしばし遮った後、

 「ら、ですか。1. 2. ラ、ラー♪」

 やっぱり熱がある千歳は、セッション二曲目を徐(おもむろ)に口ずさみ始める。

 「千歳さんたらぁ」とか言いながら、櫻も何となく声を合わせる。南実のサックスがこれに重なったら、川と海とのセッションか。

 Down Streamから流れ出た漂流物は海を彷徨(さまよ)う。ことゴミに関しては川から海へ連鎖するのは望ましくないとされる。だが、音や歌の流れ、つながりが川と海とであったとしたら? その広がりはきっと無限大。


 城南島循環バスに再度乗り込む二人。フワフワ感が残っているので、終点まで乗って行ってしまいそうな心配もあったが、そこはリーダーとマネージャーの組み合わせ。

 「えっと、野鳥公園を過ぎたから...」

 「じゃ、押しますね」


 降車ボタンが連動したのかどうかはいざ知らず、山手線の某駅では弥生のスイッチが入ったところである。

 「ねぇねぇGoさん、何かこう引き止めたりとかって、あっても良さそうなんだけど」

 「ごめん、どうしても行かなきゃいけなくて。てゆうか、弥生嬢、今夜空いてるの?」

 「え? まぁ、その...」

 「ツッコミたいとこだけど、どうしよっかな」

 最近毒気を見せない弥生がちょっと気がかりな業平である。こう云えば食いついてきそうなところだが、あれれ?

 「SNSで知り合った人とか、楽器屋で働いてた人とか、何となくお付き合いしてたりはしますけど、特別な夜を過ごすって程じゃなくて」

 「そ、そうなんだ... そやつら、何を考えてんだか」

 「あたし、Goさんと過ごしたかったけど、先約があったんじゃしょうがないネ。でもその女性って本命?」

 あせる業平。女性と過ごすとは言ってないのだが、つい口が滑る。

 「いや、本命ってゆうか、その、ハハ」

 弥生のツッコミのこれは変形、いや進化形か。

 「やっぱ、ある女性と一緒ってか。ま、いいや今日は家族とイブします。でも...」

 「でも?」

 業平は珍しくドキドキして来た。こんな風に割って入るのは急いてる証拠。

 「起業とか特許とか、相談したいんだな。時々デートしてほしいかも」

 そんなことを言われて見送られちゃ、改札をスイスイ通れる筈がない。ICカードがピピと行かず、引っかかっている。

 「面白いなぁ、Goさんは」

 弥生はピピ、いや今日のところは、ビビである。電撃作戦、うまく行ったらご喝采!


 さて、流通センターで降車した千歳と櫻は、モノレールに乗って、空港へ行く途中である。エアポートでクリスマスイブとはまたいいことを考え付いたものだ。

 「毎度お手軽ですけど、一応予約は入れたので」

 「ま、今夜は割り勘だね」

 窓の外では離発着シーンが展開されている。昨日から昼間の時間が少し長くなっているので、気分的にまだ明るい印象を受ける。尾翼に西日が煌き、その反射がグラスにも映る。白ワインに紅が差し込んだら、「乾杯!」 だが、櫻は一瞬、グラスに口を付けるのを躊躇(ためら)い、指を唇に当てる。その仕草に千歳はメロメロ。やはり手が止まったまま。が、そのおかげで彼女の唇に薄く紅が注してあることに気付く。

 「どしたの、千歳さん? 白ワイン、お嫌い?」

 「何かグラスに口付けるのもったいなくて、ね」

 「そっか、姫様の唇、奪っちゃったんだもんね。そりゃそうだ」

 櫻はニコニコしながら、ワインを含む。千歳は姫の唇とワイングラスとを見比べるばかり。紅が濃いのはどちらでもない。彼の頬が何よりも紅くなっている。

 

【参考情報】 高輪四丁目アップダウン / トレインビュー@北品川 / 城南島にて


微熱? それとも…

51. 微熱? それとも…


 心なしか赤い顔で誰彼を待つフェミニンさん(X’mas version)が、新宿駅のサザンテラス口に佇(たたず)んでいる。代々木駅方面にある社屋タワーの大時計は、その長針を水平に倒そうとしていた。

 「Go Heyって名前の割には、遅いわねぇ...」

 自動改札では、ピピではなく、ピピピピとか余計に鳴らしてまたしても引っかかっている誰彼さん。文花はピピと来たようで、様子を見に来たところである。

 「あ、おふみさん」

 「まぁ、そんなとこで遊んで。遅い訳だ」

 思いがけない引き止め工作にはあったものの、何とか待ち合わせはうまく行った。

 「たく、ケータイかけたのに出ないしさ」

 「車内では常時OFFにしてるんで」

 「ま、いっか。お誘いしたの私、だし」

 業平は、文花のX’masおめかしに内心「萌えー」の念。チャーミングと言えば、弥生を想起することが多かったが、女性はいくつになってもチャーミングになり得るんだなぁと、ふと溜息。

 「文花さん、何かいいかも」

 「そりゃ、センター三人娘の一人ですからね。ファンクラブ、入る?」

 「会費は?」

 「Go Heyさんなら安くしとわよ。でも遅れて来たからなぁ...」

 イイ感じである。

 イルミネーション見物はあとでいいんだとかで、連絡ブリッジを通って、南口~西口のデパート内を突き進む。目指すはカジュアルなパスタ店。

 「LLサイズでも値段同じなんですよ。ワインも飲めるし」

 「文花さんてお嬢だから、もっとスゴイ店がお好みかと思いきや」

 「お嬢様ってのはね、店を問わないものよ。誰とどう過ごすかの方が大事。ま、気の持ちようよね?」

 お一人様、ワンコインでいただけるミニボトルワインをお互いに注ぎ合いながら、まずは乾杯。リーズナブル志向の客は少なくなく、店内は満員。注文したLLパスタが運ばれて来たのはそれでも十五分後のことである。

 しばらくはおとなしくクルクルやっていたご両人だったが、

 「Go Heyさん、海の幸、お好き?」

 「文花さんのは、野菜たっぷりですか」

 「とっかえよっか」

 「あれ? だって魚介ってダメなんじゃ」

 「生きて動いてるのがね。食材になってる分には大歓迎」

 カップルが多い同店だが、大皿を交換し合ってるなんてのは案外少ない。傍目(はため)にはラブラブ? ともあれ業平はトマトソースが意外と辛かったらしく「萌え」ならぬ「燃え」状態。笑いを抑えつつも、そんな彼をついつい見入ってしまう文花である。今日のところは、仕事の話はなし。

 「ところで、おタバコは? ここ全面禁煙だけど」

 「おかげ様で禁煙継続中ですから。ま、タバスコで我慢、て手もありますけど」

 「じゃ、かけて差し上げましょうか?」

 「ハハ、これ以上、熱くなっちゃかなわんです」

 彼の中では確かに熱くなっているものがあった。弥生のことも気になるが、やはり...

 「南実ちゃんとかタイプだった?」

 いつものように唸っていた業平だったが、この突飛な質問には吹き出さざるを得なかった。帰ってきた魚介系のうち、ホタテなんかが滑って、思わずヨコになっている。

 「ハハ、言われてみれば、ですね。でも、打ち返して吹っ切りましたから」

 「あぁ、十月のあの時ネ。あれはよかった」

 「そういう、おふみさんは?」

 「そうねぇ、掃部(カモン)センセのお相手しなくて済んできたし、気になってた人は櫻ファンだったことが先月わかったし」

 「へ? それって?」

 「あぁ、おすみさんじゃないわよ。オホホ」


 「ハックション! うぅ...」

 「あら、大きなクシャミして。だいじょぶ?」

 「また誰かが噂、それとも...」

 「風邪でもひいた?」

 ワインが回って熱くなってるんだろうくらいにしか考えていない呑気な彼氏である。こっちはプチプレゼントの交換を終え、メインディッシュが下がったところ。デザートのワッフルはじき現われる。

 「ホイップ増量とか、ムリかなぁ...」

 「ハハ、下手に増やすとまた櫻さんのドッキリが」

 「ま、お口の周りに付いちゃったら、今日はそのまま、ネ」

 またしてもメロメロになってしまう千歳。対照的にシャキっとしているのは、いただいた縁起物、金色のブタコインである。ブタの鼻を突(つつ)きながら、不敵な笑みを見せる櫻。小作戦はまだまだ続きそうだ。


 さてさて、十七時過ぎに新神戸に着いた舞恵と八広は、地下鉄なんかを乗り継いでイルミネーション眩い港町に来ていた。ガス燈が名物だが、この通りはケヤキの並木道でもある。ケヤキの身になれば必ずしも有難いとは言えないだろうが、その白を基調とした電飾にその女性(ヒト)はすっかり酔っている。ちょっぴりアルコールが入っているせいもあるが、こちらは彼女の方がメロメロ。

 「八(ba)クン、どうよ。散文とか、抒情詩とか」

 「その煌びやかで柔らかな光のもと、笑みを交わしながら、人は行き交う。そして静かに想う。陽は沈み、魂は鎮まり――」

 ルフロンの目はウルウル。作詞家のやることは実に心憎い。


 とうに十八時を過ぎた。二人は飛行機を間近に見物できるデッキに来る。滑走路のLEDもウルウル系なのだが、どちらかと言うと上空が気になる。聖なる夜に向けて拡がるは夕闇、明滅を始めるは星々。惹き込まれるように眺めている。

 城南島と違い、他にもカップルなぞがチラホラいるが、櫻は構わない。流れ星を合図に作戦開始。

 「さくらのラは、ラブのラですよ、千歳さん」

 「そっか、『咲くLove...』か。って、しりとりの続き?」

 「フフ、続きも何も。もう咲き過ぎちゃって、どうしていいか、わかんないの」

 彼の唇には仄(ほの)かにクリームが残っていたようで、重ねてみたら甘い感じがした。それが程よい刺激となり、ついつい長く熱くなってしまう。千歳はいろいろな意味でフラフラだったが、もう倒れることはない。ただ、飛行機の行ったり来たりが、どこか遠くに感じられてならない。


 空港快速は疾(はや)く、乗り心地もなかなか。これに居心地の良さが加われば、もう言うことはない。それでも甘え足りない彼女は、彼の手をとり、囁く。

 「千歳さん、恋から愛って、やっぱりプロセスネタ?」

 「櫻さん...」

 右に埠頭公園、左は競馬場... なんて歌が聴こえてきそうなロケーション。二人が座しているのはその競馬場側である。車窓からは都市(まち)の灯りが入ってくる。だが、鮮明に見えたり、ボンヤリしたり。

 千歳は瞬きしながら答えを考える。京浜運河の上を滑走するモノレール。加速するのに合わせて、彼は彼女の手を握る。

 「振り返った時、こういう過程を経たんだなぁ、ってのがお互いに共有できてればいいと思う」

 「てことはぁ... 加速しちゃっても別にいいって、ことかな?」

 快走していたモノレールだが、天王洲アイル近くに来ると、速度を落とし始める。

 「僕は相変わらずスローなまま、かも」

 高輪の脇道から見渡した品川イーストが、ここからはウエストの位置に見える。ビル群が眩い、という訳ではないが、今度は櫻が頻りに瞬きする。

 「そっかぁ。やっぱクールなのね。でもいい。いいんだ。それが千歳さん、だもん...」

 「あ、いや、努力は、します」

 そう言いつつも、どうも声の通りが良くない。クールというのは合っている。だが、微熱があるとしたら? クールじゃ済まないのは本人が一番よく知っている。


* * * * *


 微熱という意味では、櫻も同じか。クリスマスの当日は、朝からボーっとなっていていけない。どこまで進展があったのかは不明だが、文花がえらくシャキシャキしているので、実に対照的である。

 「あらあら櫻さん、まるで恋わずらいみたいじゃない。隅田さんと何かあった?」

 「え? 何かって... そりゃあもう」

 「あ、聞いた私がおバカでした。聖しこの夜で、よしよしってね」

 「清? はぁ、掃部先生がどうかしまして?」

 「ダメだ、こりゃ」

 櫻は唇をかんだり、口に手を当てたりを繰り返す。どうにも動作が緩慢なので、冬木の流域情報誌サイトが先行更新された件を確認するにも、手間取っている。

 「あ、データ入力画面、出てる...」

 PC版も何とか形が整い、協賛金の受払についても話がついた。情報誌一月号の小特集に、今般めでたく例のシステムが紹介された、という訳である。ただ、当法人名同様、これといった名称が決まっていなかったのが泣き所。カウント画面だったり、ケータイ入力画面だったり、その場でお世話になるのは画面が中心なので、これまではその程度の呼び方で済んでいた。対外的に公開した際のことは、higata@の人々は正直深く考えてなかったのである。櫻はようやくハッとなる。

 「えっと、エドさんから来たクリスマスメールに、Returnでいっか」

 余談だが、サイト更新の案内はクリスマスカード代わりに送られたものだった。特集掲載はプレゼント、ということらしい。この辺のセンス、さすがはMr. Edyである。

 程なく櫻発higata@宛、「システム名称どうしましょ?」メールが発信される。その文末には、特に管理者、開発者、仲介者のご意見を伺いたい、と添えてある。

 「千歳さん、これ見て来てくれればなぁ。逢いたい...」

 小梅が描いた2D(平面)ツリーを見ていたら、思わず泣けてきた。ツリーはグリーン、されど心はブルー、そんな櫻のクリスマスである。


 午後早々には、弥生と業平から同報返信が入ってきた。

 「弥生ちゃんが『数えてGo・送って Go』、んでもってそのGoさんが『弥生集計』って。この二人、どうなってんの?」

 文花は苦笑しながらもご機嫌斜め。櫻は憂い顔で千歳からの返信をただ待っている。


 閉館時間を過ぎてなお、第一指名の彼からのメールは来ずじまい。この時期になると、差し迫った業務もないので、文花はさっさと帰宅してしまった。

 「どっかに出かけてるとも思えないしな...」

 あわただしく施錠し、自転車に飛び乗る櫻。寒いとか何とか言ってはいられない。風を切るように橋を渡り、早々と対岸にこぎ着けた。

 息を切らしながら、部屋番号を押す。ガランとしたエントランスに、呼び出し音が空しく鳴り続ける。応答があったのは、彼女が解除ボタンを押そうとした、その時である。

 「あ、ハイ。どちら様?」

 明らかに声が嗄(か)れている。

 「私、櫻です」

 「おぉ...」

 扉が開くと、櫻は一目散。宅の前に着くと、呼鈴を押すよりも何よりも、玄関扉を叩く叩く。

 「千歳さん、大丈夫? じゃないか...」

 「あ、今は何とか動けますから。でもうつしちゃうとマズイよね」

 普段着に着替えてあるも、マスクをしている。可笑(おか)しくもあったが、ちょっぴり泣ける。逢えてうれしや、されどお風邪の兆候に気付かず情けなや、そんな心情か。

 「メール来ないからさ、飛び出して来たんだ。でも、まさかね。お熱は?」

 「櫻さんに来られちゃ、また上がっちゃうかも」

 「はいはい、そりゃどうも。どれどれ?」

 風に吹かれて来ただけあって、櫻の手は温かくはなかった。だが、その冷や冷やした感じが千歳には心地良かった。こりゃ微熱じゃ済まないのでは?

 「寒かった、ってことですね」

 「いやぁ城南島は僕の発案だから。ただ、バスの間隔が一時間てのはやっぱり長かった、てことかな。それより櫻さんは?」

 「昨日はポカポカだったから。特にここが」

 彼女は口唇を示しながら、微笑む。ただでさえ熱があるのに、こう来られては倒れてしまう。「ハハ、ま、横になっててくださいな。何か買ってきますから」


 日中は冴えないクリスマスだったが、櫻サンタさんの来訪で途端に晴れ晴れ。千歳はようやくメールをチェックし、システム名称の一件を知る。「数えて、入れる、サポートシステム、だとすると...」 ある単語のおかげで、急に元気になってくる。だが、今日のところはお預けだろう。


* * * * *


 二十八日はセンターも仕事納め。前日までに資料類の棚卸は終えていたので、今日は専ら大掃除である。午後からは頼りになる(?)男性が来る予定。櫻はさっきから落ち着かない。

 「櫻さん、エプロン、裏返しじゃない?」

 「あら、私としたことが。ホホ」

 「ま、そういうのもチャーミングのうち、かもね」

 今週の文花は、櫻が見てもどこか可愛らしい印象を受ける。イブにきっといいことがあったに違いない、と確信しているが、下手に聞き出してノロけられたら大掃除にならないので、あえて聞かないようにしている。逆に文花は話したくて仕方がないのだが、相手が相手だけに、ぐっと我慢。ここだけの話、という訳にはいかないことは重々承知している。

 「あ、千歳さま。いらっしゃい♪」

 「こんにちは、姫様。あ、おふみさんも、どうもです」

 最終日だから今日は許そう、と思っている事務局長だが、我慢を重ねるにも限度はある。

 「いいなぁ、何かラブラブで。私も呼んじゃおっかな...」

 「誰を?」

 カウンターで対面している二人は声を揃えて問う。

 「え、いえ別に。さ、掃除掃除!」

 動揺を隠すようにマスクを着ける文花。表向きはホコリ除けだが、話したい衝動を抑えるためでもある。

 「文花さん、マスク... それって裏じゃ?」

 「あらら」

 この場合、あまりチャーミングとは言えなかったりする。


 千歳もマスクをしているが、こっちはあくまでお掃除シフト。お風邪の方は、彼女の一夜の看護のおかげもあり、すっかり快復した。櫻はカウンターやデスク周り、千歳は窓際、少々距離はあるが、話し声はヒソヒソ調。

 「ところで千歳さん、例の名称、本気で『KISS』を推す気?」

 「いやぁ、あの時は熱があったから。何か違うの考えないとね」

 「私だったら、『DIO』とか。Data Input & Output... どう?」

 二人で操作すればDUOか。千歳はそこから単語を捻(ひね)り出す。

 「ちょっと変えて、Data Upload system On-site... 略して『DUO』ってのは?」

 DUO(二人)で考えた、というのがまた好い。手を休めつつ、櫻のPCから出来立ての案をhigata@に発信する。文花はブラインドを拭きつつも、

 「恋人どうしってのは、あぁいう風に見えるのね。私もいずれ...」

 片方の手はブラブラ。誰かさんが来たからではないだろうけど、三人の大掃除は、至ってスローである。

 

【参考情報】 京浜運河と東京モノレール


クリーンアップ初め

一月の巻

52. クリーンアップ初め


 仕事納めはしたものの「干潟納め」は叶わなかった。一年の締めくくりとして歳末リセットクリーンアップを実行する手もあったが、不慮の風邪で作業スケジュールが狂ってしまったこともあり、見送り。センター大掃除は予定内だったが、本年最後の土日の過ごし方がいけなかった。彼女と過ごす時間も作れず、サーバのメンテやらバックアップやらに追われることになる。晦日中に何とか仕事納めとなり、大晦日の約束に間に合わせることはできたものの、じっくりスローに過ごせなかったのがどうにも居たたまれない。

 毎日でも彼に逢いたい彼女、そんな気持ちに応えたいのはやまやまな彼。千歳としては、仕事の性格上、自由が利きそうで案外そうでもないという事情あってのスローラブなのだが、やはりプロセス主義者としての何かが邪魔をして、櫻の加速を抑えてしまっているようである。

 本日一番乗りの発起人は、寒々とした干潟を観望しつつ、自身の置かれた複数のプロセスを展望している。一年の計を巡らすには恰好の場であるが、相も変わらぬ漂着ぶりを見ていると、頭は冷静でも心はざわついてくる。おそらくはこのまま年を越してしまったのだろう。一人でも片付けに来るんだった、と悔悟するばかり。だが、年始早々溜息を吐く訳には行かない。またここから、このゴミから何かが始まるのである。

 higata@では賀詞を交歓し合ったりしていたが、実際にメンバー間で顔を合わせるのは今日が最初。それぞれ楽しみにしている筈だが、定刻の十時にやってきたのは、この二人くらいである。

 「おーい、Goさーん、STOP!!」

 「弥生嬢じゃございませんか。Goと呼んでStopって、それシャレ?」

 何故かぬかるみが目立つグランド脇道。ノロノロのRSB(リバーサイドバイク)を停車させるのは訳なかった。

 「あけおめ、でございます。今年もよろしくネ」

 ツッコミを期待していた業平だったが、こう来られては調子も狂う。つい深々とお辞儀してしまうのであった。「苦しうない、面(おもて)を上げぃ、アハハ」 仲良く干潟入りとなる。


 三人で会釈し合っている間、冴えない顔した姉君と上機嫌の妹君は、バスを下車したところである。午後以降の予定を考慮して、今日は自転車ではない。姉妹でゆったり会話するには適したシチュエーションなのだが、

 「年越しは一緒に過ごせたんでしょ。私、ちゃんとその辺も考えて...」

 「まぁね。宅にお招きして、一緒にカウントダウンもできたし、終夜電車に乗って初詣にも行かせていただきましたし。おかげ様で」

 「上出来じゃない」

 「なのにさ、その後はセンター開館日までパッタリよ。昨日だって、文花さん休みで、せっかく二人きりだったのに、何かパッとしないってゆーか...」

 「姉さん、ピッチ上げ過ぎてない?」

 「上げられないから、どうしたもんかってなるのよ。蒼葉はいいわよ、情熱系だから。ちょぴうらやましいかも」

 「あら、私だって。アラサーのゆっくりラブ、いいなぁって。櫻姉見てたら、うらやましくなっちゃったから、それでわざわざ渡仏したのよ」

 姉妹喧嘩ではないのでいいのだが、お互いに刺戟し合っていることは明らか。どちらからともなく足を止める姉妹。上出来の妹はなだめるように言って聞かせる。

 「まぁ、いずれ一緒になるんだろうから、今はそのヤキモキ感を楽しめばいいのよ。今のうちよ、そういうのって。あとは二月十四日が来るまで待つ。その日になったら、一気に仕掛けちゃえ。ネ?」

 「蒼葉...」

 河原の桜はすっかり葉を落とし、寒々しく見えるが、内に秘めたる何とやら、である。春に向け、開花に備え、着実にエネルギーを蓄えている。櫻はそんな木々を見上げながら、再び想いを充填していく。「想い? じゃ済まない?」 晩夏は想いだったが、今となっては愛慕の念だろうか。それは密かに、そして確かに募っていく感情。唇に指を当てる仕草が増えた姉を見ながら、妹も同じように感情の変化を感じ取る。「そういうのもC’est la vie.かな」


 新年挨拶方々、欠席連絡を入れていたのは、南実、文花、冬木の三人。となると、あとはこのカップルが来ないと始まらないことになる。こっちは自転車並走かつ爆走中。

 「八クン、もっと早く起こしてくんなきゃー」

 「まさか、そこまで支度に時間がかかるとは思わなんだから」

 「クルクルルフロンさんで通ってんだから、しっかりウエーブ入れないとダメなんよ」

 「こうやって風切って走ってるうちに、ちゃんとクルクルになるっしょ。これぞナチュラルウェーブ。へへ」

 いつもならバシっとやるところ、さすがに走行中は難しい。

 「んなこと言うから何か無造作風になってきちゃったしぃ」

 「ラブリーな感じでいいと思うよ」

 どこか危なげな二台の自転車だが、グランド脇道に入ると、益々ヨロヨロになっている。誰もいないのをいいことに、堂々とグランドを横切っていた姉妹は、離れたところを抜き去っていくその頼りない二台を見つけ、クスクスやっている。ハンドル操作に集中しているカップルはそれどころではない。当然、姉妹にも気付かない。


 カップルとは言えないかも知れないが、仲良しであることは相違ない。より若い二人組が、後続のバスで到着した。千住姉妹に遅れること十数分。

 「六月クン、干潟来んの久しぶりじゃない?」

 「姉ちゃんと同じ。十月以来だったりする」

 「じゃ崖崩れ現場のその後ってまだ見てないのかぁ」

 「う、崖、崩れ...」

 足取りが重くなってしまった小六男子である。中二女子は笑いをこらえるように先を急ぐ。

 「ほら、早くしないと崩れちゃうかも」

 「あ、姉御ー」

 冬休みラストデーにして、干潟参り初日である。絵日記でもあれば締めくくりのネタとしてはバッチリだろう。だが、二人にとっては宿題も何もない。あるのは宿題を超越した何か、である。


 かくして、十時十五分を回り、メンバーが揃う。

 「では改めまして、皆様あけましておめでとうございます。今日は干潟初め。干潟の方もあけまして、ですね」

 一同恭しく頭を下げ合っているが、櫻のおなじみの弁舌に苦笑いが浮かぶ。嗚呼、越年漂着...とさっきから沈痛な面持ちを引きずっていた千歳だが、これで表情がリセットされる。「よし、干潟もリセットだぁ!」 声には出さずとも、意気は揚々。干潟の方もキラキラし始めた。

 「あーぁ、年が変わっても、櫻姉効果は健在か。すっかり晴れちゃったじゃん」

 「何よルフロン、そんなに雨が好きなの?」

 「この時季はやっぱ雪でしょ。雪が降りゃあさ、ゴミも隠れちゃうから、楽々...」

 周囲は何となく白々としているが、舞恵はハイテンション。クルクルが高じてバサバサになっているもんだから、余計に可笑(おか)しい。

 「私も雪は好きだけど、それって何か違うなぁ。神隠しならぬゴミ隠し?」

 「あぁ、いざって時はハチが居ますから。雪の中を駆け回って、ここ掘れってやってくれるよ、ネ?」

 「ウー・・・」

 ハレ女さんも雨女さんも大笑い。その傍らで蒼葉はふと考える。「白い干潟かぁ。積もったら来てみるか」

 次の画題を得たようである。


 日射に応じて、気温も上がって来た。櫻は前回出し損なったアナログ温湿度計を手にすると、

 「さ、気温は二桁。湿度は五十パー。クリーンアップ日和ですワ。始めましょっ」

 千歳を目で追う櫻。目線が合うとウインクして返す。今更ながら、バキューンである。

 「千兄、大丈夫?」

 「あ、姉御...て、何かまた背伸びた?」

 「伸び盛り、育ち盛り、ですから。ついでにお色気の方も、どう?」

 もう少女とは呼べなくなっているのは事実。ウインクして魅せる小梅にちょっぴりキュンとなる千兄であった。大丈夫とはとても言えない。


 崖の修復に着手し始めたらしく、例の拡幅ルートの方は一時的に通行を止めるための小フェンスが設置されている。下手に崖上を歩かれて崩落するようなことがあっては河川行政の名が廃(すた)るというもの。沽券に関わるから、という理由かも知れないが、やらないよりはいい。応急的ながら、まぁ評価ができる策である。ヨシはすっかり枯れ、くすんだ色を辺り一面に拡げる。夏場のあの勢いは何処へやらだが、これも木々と同じ。次のシーズンを待ち侘びるの図、といったところだろうか。そんな枯れヨシを払いながら、九名はかつてのルート、脇の細径からソロソロと下りて行く。

 「ま、吹き溜まり、あ、潮溜まり?は散々だけど、水際はそれほどでもないスね」

 「でも、流木が邪魔だぁね。大雨って降ったっけか?」

 八広と業平がブツクサやっていると、弥生が割って入ってきた。

 「そう言えば、Goさん。ご自慢の機材は? 吸引機見たかったのにぃ」

 「あれは微細ゴミ担当の小松さん向けだったから。それに論文まとめるのに必要なデータは揃ったとかで、何かもういいみたいな? そんな感じ」

 「小松さんどうこうじゃなくて、むしろ居ない時こそ使わなきゃ。てゆうか、その話、メーリスに流れてないし。何でGoさん知ってんの?」

 「ふ、文花さんから聞いたんだ」

 「何だかなぁ...」

 毒気モードではあるが、やはりちょっと違う感じの弥生嬢である。仮に今日、文花がクルマで機材ともども乗り付けて来たりでもしたらどうなっていたか。ヒヤヒヤが続く業平である。

 そんな二人を余所(よそ)に、クリーンアップ初めはすでに始まっている。居ても立ってもという程ではないにしろ、ここに来ると体が勝手に動いてしまうらしい。まずは大物、というのも習慣化しているせいか、男衆二人は古木の根っこを手始めに、木枠やら角材など木関係を担ぎ出す。業平が加わった後は、より重たい部類、大型シート、ウォーターサーバ、そして、

 「ハハァ、久々登場だねぇ。バッテリー。しかも三つ、いやあっちにもあるから四つか」

 「こいつぁ明らかに不法投棄スね。漂流したらご喝采」

 「これ使えればな。そしたら油化装置とか発電機とかも要らないだろうに...」

 まだ修復前なので、えぐれた崖地が隠れ蓑のようになっていて、ここぞとばかりに置き去られているのである。男性三氏は、処遇に窮しつつも、どこか楽しげに談議している。

 「やっぱりホイッスルとか吹いてタイムキープしないとダメかしら」

 「まぁまぁ。軽はずみに持ち上げると腰に来るぞい、とか打合せしてるんよ、きっと」

 「Goさん、おっちょこちょいだからなぁ。心配...」

 三氏に対応するように、三人の女性達は手を休めつつも、本日の厄介エリア、干潟中央から水際に向けペットボトルなんかを放っている。大物除去後の干潟面は広さを増し、余程の大波が来ない限りは大丈夫との判断でとにかくポイポイ。こっちも何だかんだで楽しそうである。

 期せずしてお相手不在になっている蒼葉は、上流側に漂着していた(いや放置か?)取っ手付きのプラカゴを活用し、拾ってはポイ、というのを繰り返している。誰が云ったか、干潟をうろつく女というだけのことはある。隈(くま)なく周回し、テキパキと、やはり愉快そうに片付けていく。その所作、その足取り、そして表情。何につけ画(え)になるのがモデルさんである。

 バッテリートリオよりも下流側では、例の新名所、入り江の辺りを少年がポイポイやっている。ここまで深々となってしまったのは、自然の作用・摂理ゆえ、六月が負うものでは毛頭ないのだが、きっかけを与えてしまったことを自責しているらしく、やたら寡黙に一つまた一つ... 見かねた小梅が優しく声をかけてくる。

 「六月クンたら、そんな顔しちゃってぇ。スマイル、スマイル...」

 「だって、まさかこんなことになってるなんて。オイラのせいだ」

 「トーチャンに頼んであるからさ。そのうち元通りになると思う。ダイジョブ」

 「それって、グッジョブ?」

 六月のいつものスマイルが少し戻ってひと安心。

 「積石んとこに引っかかってたんだ。これに入れちゃお」

 紙燈籠を回収した時と同じような発泡スチロール箱を小梅は手にしている。六月は何となく懐かしげにそれを見遣ると、我れ先にとトレイやら小型ペットボトルやらを突っ込み始めた。

 「あ、ズルイ。小梅も!」

 てな感じで箱入れ競争をしていると、二人で同時に手にするものも出てくる。それは当所では常連の配管被覆。

 「何かリレーしてるみたいだ」

 「でも、ヘニャヘニャ」

 形状は兎も角として、バトンを受け渡す、そんな仲というのがよくわかる。これって友達以上?


 今回は誰が何、というのはない。気分次第、手当たり次第、である。それでも各自要領は弁えているので、目に見えてリセットは進んで行く。が、如何(いかん)せん手許が覚束ない。好天かつ適温につき、悴(かじか)んだりすることはないのだが、軍手を外せない以上、ポイポイにも限度が生じてくるのである。中央を覆う漂着ヨシにはなお、フタの類、吸殻、個別包装、小ストローなんかが絡んでいるが、軍手越しではつかみにくい。さらば枝を鷲づかみにしてバサバサやればよかろうとなるも、これが存外にも湿気を含んでいて、軽々とはいかない。何回かに分けてバサつかせるのも手だが、その回数たるや、である。

 さらに良からぬは、服装か。男性陣は示し合わせたように汚れても良さそうなジャンパーだかジージャンだかをヒラつかせているのでまだしも、年改まって最初の顔見世ということもあって、女性陣は相応のファッションに身を包んでいたりする。クリーンアップスタイルにはなっているものの、舞恵はフード付きのブルゾン、弥生はミリタリー系ロングコート、千住姉妹は色違いだが、同型のカジュアルトレンチコート、小梅嬢はボアブルゾンである。

 「初姉のこっそり借りて来ちゃったんだ」

 「多少大きい、っていうくらいね。よくお似合いで」

 「エへへ、櫻さんのも着てみたい、な」

 「ハハ、おませさんネ」

 時節柄、軽装という訳には行かないが、脱いだり着たりが易々とできないというのは考え物。男性諸氏よりも力が入っていた上、気温上昇も手伝って、すっかりポカポカしているシスターズである。動きにキレがなくなってきたとこへ、残ったのは拾いにくい表層ゴミ、というのがここまでの運び。ひとつ衣装替えでもして、ひと息入れるのが良さそうだ。


 スクープ系を追っていた千歳だったが、かくして被写体の変更を迫られることになる。干潟はさながらファッションショーの舞台。

 「千歳さん、どう?」

 小寒だけに、あまり寒くもないため、総員とっかえひっかえで外套の試着に夢中になる。

 「千さんたら、櫻姉ばっか撮って。私も」

 千住姉妹は、タイプの異なるブルゾンを着用中。カメラマンはポーズを指示するでもなく、ただポーとした感じで、シャッターを押している。姉妹の間に、ロングコートの小梅が入り込んでも、これといった反応がない。

 「何か千兄、おかしくない?」

 「まだお熱があるみたいネ」

 「おかしいなぁ。風邪は治ったはずなのに...」

 千歳は、「はい、ポー...」と言いかけて、そのまま停止。ズが出るまでに時間がかかったため、ずっこけ写真になってしまうのであった。

 そんなずっこけ組を他所に、揃いのトレンチコートの二人は、ヒソヒソ話に興じている。

 「いいな、その髪の感じ。あたしも無造作路線で行こっかな」

 「だからさ、これはその、風のイタズラで」

 弥生は、見た目ざっくばらん but 内面ナイーブの舞恵に、ちょっとしたヒントを得たところである。

 「ねぇルフロンさん、意中の人を射止めるのって、ボサボサとかデレデレとか、そんな要素がカギだったりする?」

 「ナヌ? 何か聞き捨てならんなぁ。でも、それって当たってるかも。Bossa de レレとでもしとくか」

 「あ、でもなぁ、キャラ変えるのって、ちょっとなぁ」

 「舞恵のはあんまし参考にならんさ。櫻姉のホラ、咲くlove系がオススメ。秘めた想いを少しずつつーか、ステディ感が大事よね、やっぱ」

 「櫻さんのは相思相愛だもん」

 「いや、そうは言っても、何らかのアクションがないとさ」

 「下手に仕掛けてNGってのはイヤ。また引きこもりになっちゃう」

 「弥生ちゃん...」

 空気の読める(?)カメラマン千歳は、この二人については遠くからシャッターを押すにとどめた。


 業平、八広、六月の各年代トリオは、千歳を羨ましく見ながらも、せっせと漂着ヨシと向き合っている。蒼葉ご用達のカゴを空にして、その上でバサバサ。目立つゴミが引っかかっているのを中心に振り落としている。六月は、カゴに入り損なったのを拾いながら、ファッションショーに視線を転じる。蒼葉に対する萌えモードは封印。年の近い姉御が今は気になる。「何なんだろ、この感じ」 兄貴分は近くに一応いるものの、この手の相談に乗ってもらうにはイマ一つ。

 「あちゃー、これってチャッカ何とかスか?」

 「火が点いたら、燃えーだね。な、六月氏」

 「ハ、ハハ...(やっぱダメだ)」


 とまぁこんな具合でヨシをどかしていたら、冒頭で話題になった雪が出てきた。

 「ハハァ、こりゃまたよく溜まったもんで」

 「飛び散るのをヨシが塞いでたってことスか」

 試着と撮影を終えた一団がゾロゾロと集まって来る。

 「あら、粉雪じゃん」 舞恵は楽しげ。

 「は、早く集めないと」 櫻は物憂げ。

 「いっそ、パーっとやっちゃえば?」

 「ルフロン、あなたねぇ」

 「やべ、ウソウソ」

 「これでゴミ隠しだ、デコレーションだ、て言いたいのはわかるけど、そういうのはね、文字通り『粉飾』なんよ。わかった?」

 一同苦笑気味なれど呆然。愛妹の出番ではあるが、

 「櫻姉ったらぁ...。うまいけど、干潟三周ね」 さすがにフォローしようがなく、指令を出すのが精一杯。ピューとかなったら、それこそパーである。

 今日の課題は、微細ゴミとどこまで対峙するか、である。発泡スチロール粉雪は何とか回収できたが、この調子だとまだまだ発掘されそうな予感。ヨシ束ごと袋詰めするというのもアリだが、袋が足りない。

 「Goさん、やっぱ要るじゃん。掃除機」

 「充電式、早期開発します。でも開発費がなぁ」

 弥生のツッコミが今となっては快い。だが、余裕がないのは事実。舞恵はこれを聞いてポンと手を打つ。「二人とも応援したげるさ。フフ」


 蒼葉の指示通り、干潟を周回していた櫻がここで一旦仕切りを入れる。

 「ま、今日のところは、細々したのは目をつぶるということで。あとで束を奥に押しやるってんでいかがでしょ? 今はまず散らかしちゃったのを拾いましょう。何か水位上がって来たみたいだし」

 千歳は率先して、ポイポイ品を収集しにジメジメ観のある地点に足を向ける。だが、水気をたっぷり含んだ水際は、歩く者の足を捕捉するようにできていた。「な、なんと...」

 集合時刻前後は、むしろ退潮していたように感じていた弥生は、ケータイを取り出すと潮汐情報を探し始める。

 「あぁ、千さん、今日は十時前が干潮ピークだったみたい。つまり退きたて、てこと」

 「ハハ、珈琲は挽き立てが良いけど、干潟はそういう訳にはいかないってか」

 ペットボトル等々をカゴに入れて戻って来たのはいいとしても、泥靴ってのが冴えない。おまけにこの駄弁と来た。

 「違いがわかる男、か。フフフ」 櫻はウケているが、

 「千兄も櫻姉もしょうがないなぁ」 小梅は半ば呆れている。

 「じゃ仲良く周ってらっしゃい」 蒼葉は毎度この調子。


 可能な限りのリセットを終え、結果がまとまったのはメンバー集合から実に一時間余り後。ショーとかシャレとかで休み休みだったことを考えれば、ペースとしてはまぁまぁか。

 「ではでは、モバイルDUO、行きまーす!」

 「頑張ってね」

 「二人でやるのよ、Goさん♪」

 名称が決まったことで、その意義もより明確になった。一人が読み上げ、一人が入力する、二人でDUO。こうした地域貢献活動に華を添えるシステム、と言ったら言い過ぎか。ともあれ、設計者と開発者は、今度はそんな華の部分を自ら検証するように、あぁだこうだやりながらも和やかにピピとやっている。

 「そっかぁ、数が多い品目が上に来るようにねぇ。さすがだね」

 「オホホ、まだまだ進化させますわよ」

 

 

 新年初入力&初送信された内容(抜粋)は次の通り。

 ワースト1(1):ペットボトル/四十、ワースト2(3):プラスチックの袋・破片/三十五、ワースト3(2):食品の包装・容器類/三十三、ワースト4(4):発泡スチロール破片/二十四、ワースト5(-):タバコの吸殻・フィルター/二十二(*カッコ内は、十二月の回の順位)。前回ワースト5だったフタ・キャップは、一つ順位を下げ、十七。ワースト1のペットボトルにはフタが付いた状態のものが多いため、外して数え直せば、間違いなくワースト5内に入るだろう。ただし、世界共通の調査では、あるがままの状態が優先されるため、外した分が上乗せされることはない。その辺は六月も十分承知している。

 加算しようがしまいがフタはフタである。アフターケアが欠かせない。少年は千歳のバケツを拝借し、フタを外しては洗って、というのを繰り返している。

 「堀之内センセと相談したら、とにかく再生工場に持って行こうって話になったノダ」

 「へぇ、わざわざ?」 蒼葉が尋ねる。

 「春休みのどこかで、場所は木更津。小児料金狙いならホリデーパスだけど、平日に行くとなると18きっぷかなぁ。あ、ぶんかさんも一緒に行くことになるかも。そしたらクルマ」

 「何かのついでならいいけど。そっか、電車乗るのがメインか」

 「小梅もついてこっかな」 蒼葉を制するように姉御がしゃしゃり出る。

 「小梅ちゃんが付き添ってくれるんなら、あたしはいいか。でも春の房総方面ていいかもね」

 実の姉も乗り気になっている。どうやらこの話、ちょっと大きくなりそうである。

 

【参考情報】 越年投棄品 / 2008.1.6の漂着ゴミ


CとSのR

53. CとSのR


 忠実なハチ君がここ掘れ云々とかやると、まだまだ出てきそうではあったが、今日のところは正におあずけ。リーダーの一計で、手が回らない分は干潟奥に退避させるなどしてあるが、収集数量が前月よりも減じたのはまぁよしとしたい。十から二十の間のゴミは、大小スプレー缶、各種ストロー、個別包装類(小袋)、紙パック類、食品用途外の容器&袋類といったところ。白物のプラ容器は、用途の別が付けにくいものもあるが、明らかなのは納豆、豆腐、そして、

 「何で茶碗蒸しの容器が棄ててあんだか」

 「え、それってお茶碗じゃないでしょ。正しくはプラ容器蒸し」

 「じゃプラ容器蒸しの容器? って、櫻さん、あのねぇ」

 「どうも千歳さんと喋ってると茶番になっちゃうから困るのよねぇ」

 茶碗と来れば茶番で返すのが櫻流。二十代女性陣はこの際無視!の構えだが、小梅は一人でクスクスやっている。六月はそんな小梅を見て、満面のスマイル。茶番も捨てたものではない。

 袋詰めはまだ仕掛(しかかり)中。千歳はプラ容器をひとまず置いて、スクープネタを撮り蒐(あつ)めることにした。バッテリーなど序盤の重量系は現場で押さえたので、今はその他の袋入り前の品々が中心。ペットフードの缶、クリアファイルとバインダーのセット、ヘルメット... 折り畳んだブルーシートに至ってはまだ使えそうな品である。

 「あ、隅田さん、こいつも」

 八広が手にしているのは赤い筒。

 「て、これもまだ使える系?」

 以前ほどデレデレした観はないが、彼氏にしっかり寄り添っているルフロン嬢がチャチャを入れる。

 「あん? 発煙筒でござんすか。煙が出たらお立会いーってね」

 そう言えばこのお嬢さん、煙とご縁のある女性だった。

 「ルフロン、今日は大丈夫? 煙と来りゃ... あ、業平さんもだ」

 話し振りこそ普通だが、目線は厳しい櫻である。

 「文花さんにもクギ刺されてるし、ここ数カ月は禁煙キープしてるから」

 「あーら、舞恵もよ。今年に入ってからはずっとリフレッシュ中。新ルフロン、いやいや蒼葉ちゃん、新しいってフランス語で何だったっけ?」

 「nouveauネ。ホラ新酒のこと、ボジョレ...」

 「そうだそうだ、ルフロンヌーヴォー。これで決まり。皆さんヨロシクです」

 と、ここで拍手でもして旨く盛り上げておけばいいものを彼氏はついつまらないことを口走ってしまう。

 「ヌーっと現われて、怒るとヴォー、ヘヘ」

 「このぉ、ハチ!」

 仰せの通り、怒ると怖いヌーヴォーさんである。こうなると、発煙じゃ済まない。

 「ハハ、発火しちゃったい」

 六月が見事盛り上げる。だが、弟のそんな絶妙ギャグも姉の耳には届かない。弥生は業平の口から文花の名前が出てくるのがどうにも気になっていて表情が硬くなっている。

 「そっか、イブの先約ってもしかすると...」

 久々にピピっと来たらしく、今度は口許から表情が緩んできた。だが、胸の内は赤い筒状態。我ながら燻(くすぶ)るものを感じずにはいられない弥生嬢であった。


 何はともあれ賑やかにやっている面々だが、発起人はモードが変わってきた。週末のセンター行事、ゴミ減らし協議の件で頭がいっぱいになって来たのである。まずは今回のデータを加算して、現状を整理して、そんでもって現実的な解決策をいかにして導き出すか。そのためにはあと何が必要か。

 「千歳さん、今日は何か変よ。大丈夫?」

 「今度の協議の場でね、話し合いに必要な題材をどう出そうかな、って」

 「今日のを含めて、今までの集計についてはご心配なく。早めにまとめて送りますから」

 「先週もプレゼン用のをあれこれ作ってたんだけど、やっぱ集計次第だね。助かります」

 櫻は一瞬息を止め、真顔で聞き返す。

 「先週って? 正月二日とか三日とか、ってこと?」

 「櫻さんとデートしたかったけど、そんなこんなで連絡しそびれちゃって。失礼しました」

 「なぁんだ。それならそうと」

 一人でヤキモキしていたのが情けないやら、それがまた面白おかしいやら、急に力が抜けたようになってしまう彼女である。だが、すぐにシャキっと背筋を伸ばすと、

 「千歳さん、何て言うかこう理想像みたいのってあるでしょ? それを一例としてプレゼンして、会場からも『こうありたい』って声を集めると、具体策が見えて来ませんこと?」

 「あ、業務プロセス改革でもそういうのあったっけ。As IsとTo Beだ。そうだそうだ」

 櫻の機転に救われる千歳であった。理想像とは言い得ないが、かねてから思料していたことはある。その一つは、上流側、特にバーベキュー広場を発生源とするゴミを抑止したい、である。三月の衝撃、つまりその系統の漂着ゴミが彼を駆り立て、輪を広げつつ、様々なプロセスを派生させつつ、今日の回まで至っていることを考えると、まずはその点を特化させて悪いことはない。勿論、より根源的に、ゴミにならないような商品とは、ゴミを出させないようにするためのサービスとは、といった討議もあって然るべきではある。だが、まずは身近なところから、取り組みやすいところから、であろう。飛躍し過ぎないTo Be(飛べと読めるがそうではない)をプレゼンターがまず示せばいい訳だ。頻りに頷く千歳を見て、櫻はもうひと声かけてみる。

 「週明けには河川事務所からの回答書も来るでしょうから、それを見ながら協議して、また要望出してみるってのもいいかも。いざという時は、愛娘(まなむすめ)作戦?もあることだし」

 「櫻さん、ありがとっ!」

 気が付くと、両手で思いきり握手している。櫻は心の中でこう呟く。「そうそう、その勢い。加速よ加速。フフ」


 真面目なお二人さんが事前協議をしている間に、再資源化系の濯(すす)ぎ、可燃・不燃の仕分けと袋詰め等々は進んでいた。各員は今、思い思いの時を過ごしている。

 フタの収集を終えた六月は、業平の[プラ]チェックを見学しつつ、袋に印字された銘柄を目で追ったりしている。スキャナで読み込めば、メーカー名や品名は蓄積されるものの、感触とか質感といった感覚的な情報は不可能。ところが、この少年の目と手に掛かれば、総合的に記憶されてしまうから空恐ろしい。

 「何つうか、人間スキャナだねぇ。六月氏は」

 「へへ。でも[プラ]の表示んとこに、PPとかPEてのまで打ってあるてのは知らなんだ」

 「その辺も記憶しちゃうってか?」

 「いやぁ、さすがにメモしないと。でもそのうち見るか触るかすれば違いがわかるようになるかも、です」

 「自動分別人間かぁ?」

 「人間だったら手動っしょ?」

 ごもっとも、である。


 新年初リセットを終えた干潟は、幾分水嵩が増したとはいえ、すっかり広々となっている。この清々しさを満喫しない手はなかろう、ということで、女性が二人、さっきから行ったり来たりしている。

 「ねぇ、蒼葉さん、油絵ってその後どうなったんですか?」

 「今月中には審査結果が来ることにはなってる。ま、結果はどうあれ、新作をね、早速描こうとは思ってんだ」

 「今度はしっかり見学したいな」

 「じゃ、塾がお休みの日にでも。晴れた日の午後とか。または雪の日。雨はツライけど、雪なら何とか」

 画家たる者、明確なモチーフがある限り、コンディションを問うたりはしない。そんな態度は、自然と歩く姿勢にも表れている。早くも見習うべきものを見出した小梅はいま一度背筋を伸ばすと、蒼葉を追うようにシャキシャキ歩き出した。


 [プラ]ブラザーズの様子を眺めていた千歳だが、触発されるものがあったか、袋を閉じようとしていた手を止め、俄かに手動分別を始めた。汚れが少なそうなのを選び出しているようだが、何でまた?

 「ちょいちょい、隅田のお兄さん、お探し物か何かですかい? さては、宝探し?」

 弥生ではなく、舞恵がツッコミを入れてくれる。

 「ハハ、たまには見本でも、と思って」

 「そうか、今度の土曜日、それを出そうってか」

 早々とタネ明かしするのは櫻。

 「画像を映し出すつもりだったけど、よりリアリティがあった方が議論しやすいかな、と思って」

 「漂着初物(ハツモノ)ってことでも、とっとくといいことあるかも、スね」

 「さすがはお宝の八っつぁん。初物って言われりゃ、ゴミも捨てたもんじゃないって、そう思えるさ」

 珍しく彼氏を持ち上げるルフロンである。話はここから、一月の予定等々に。

 「で、エドさんの情報誌スケジュールを逆算して、一月の第三週、多分ギリギリで金曜日になりそうなのよ、例の商業施設訪問」

 「あぁ、CSRインタビューの件スか」

 「あれって九月だったかな。エド氏と石島母が話し込んでてさ。CSRがどうのって確かに言ってた気がする。ちゃんとそういう話に発展してたとは...」

 弥生はイマイチ呑み込めていないようである。

 「そのぉ、CSRって何ですかぁ?」

 こう来ると、ついからかいたくなるのが櫻の性分である。

 「Cは、Chitoseさん、SはSakuraさん。RはrelationのR。二人はどうなってんの?ってことよ。ネ、Chitoseさん♪」

 「Rはresearchかな。二人で仲良くゴミ調べ」

 その益々困惑した顔を舞恵に向けてみるも、答えは出ない。

 「おぉおぉ、CさんもSさんも息合わせちゃって。せっかく学生さんが真面目に質問してんのにねぇ。で、何の略だっけ? 八クン」

 「企業の社会的責任。金融機関も例外じゃないよ。ルフロンさん」

 「ホーイ。ま、舞恵はちゃんと考えてるさ。本業優先だろうけど、社会貢献活動だってCSRざんしょ? 支店の皆さんに声かけてクリーンアップってのも良さげだし」

 髪型については何ともいえないが、言動は頼もしい限りの今日のルフロンさんである。


 高度は低いが太陽は南中状態に近づいている。袋を閉じたら、お開き!と行きたいところだが、そうならないのがこの人達のいいところ。雑談はまだまだ続く。

 「それより音楽会さ、次はいつ?」

 「今ここにいる皆さんのご都合次第。決まったらすぐにでも押さえます」

 「皆さんてゆーか、Goさんしょ、まずは」

 「てへへ」

 これには、千歳も櫻も「へ? だ、ったの?」となる。自分達のことで頭がいっぱいだったか、すっかり感度が鈍っていたようだ。

 若い二人が話し込んでいる間、higata@の七人は集い、予定の協議を続ける。

 「んじゃ、多少怪しいけど一月二十日で仮押さえネ」 ルフロンはすっかりその気。

 「Goさんは必須。あとは、あたし、それとリズム隊のお二人が練習量を増やせば、格好はつくと思う」 弥生は誰かさんと一緒ならばそれでいいみたいな口ぶり。

 「何かこうなってくると、どっかで発表会とか。どうスか、Cさん、Sさん?」 Y氏が尋ねる。

 「例の発電機で以って、どこまで音が出せるかがポイント、かな」

 「って、千歳さん、本気でここで演(や)るつもり?」

 この件の言いだしっぺ、舞恵が口を挟む。

 「ま、メーリスに話振ってみるに限るさ。お騒がせエドさんとか、知恵貸してくれっかもよ」

 音楽会にしろ、発表会にしろ、彼女がハマっているのには、明快な理由があった。「自作をどっかで形にしてもらいたいし、流木アート楽器も試したいし、オホホ」

 この調子だと、一月もあわただしくなりそうである。


 六月はいつになくオドオド。対照的に小梅はチャキチャキ。二人の干潟デビュー当時は、これが逆だったような気がするが、いつの間にひっくり返ったのやら?

 「で、姉御の姉御、えっとつまり...」

 「初姉がどしたの?」

 「試験てこれから?」

 「そ、もう家ん中、大変よ。でもね、試験日=誕生日なんだって。だから変に張り切っちゃって。そんでもって合格発表日は小梅の誕生日。何としても受かってもらわないと...」

 七人はいつしか二人を囲むようにブラついている。六月はそんな衆人に気を取られることなく、堂々とあるものを差し出す。

 「勝田とか勝田台は遠いし、御徒(カチ)町ってのも何だし。『信じ行く』で新宿ってのも考えたけど、ちょっとね。そんで思いついたのがこれ。大姉御の合格祈願」

 それは、京成押上線、押上ó八広と印字された切符だった。これを見て駅名の当人が黙っていよう筈はない。

 「おぉ、そう来たか。でも押上ってのはまた...」

 「押して上げて、末広がりー。いいっしょ」

 「六月クン、ありがと。でも小梅の分は?」

 ちゃんともう一枚持っているから心憎い。

 「いいなぁそういうの。でも、合格祈願の定番は、やっぱ櫻さんに因んだ駅名じゃない? ホラ、京成佐倉とか」

 「ヘヘ、その佐倉って、勝田台より遠いじゃないですか。だから...」

 「青葉もいいと思うんだけどなぁ。そうだ、六月君。桜新町とさ青葉台を結ぶ切符ってのもあるよね。それって何か良くない?」

 「ウーン、桜と青葉の間って、あんまし」

 「あ、そうか...」

 日は照ってるし、無風なのだが、どこかでピューとなるのを感じる一同だった。受験生本人が今ここに居ないからいいようなものの、禁句は禁句。想起するのさえ憚られる。

 「ちなみに、東北新幹線あおば号は1997年10月に、寝台特急さくらは2005年3月に、残念ながら廃止ー、だそうです。ネ、六月?」

 弥生の毒がここへ来て炸裂。だが、毒の情報源は何を隠そう六月君である。

 「あー、それ禁句だったのに」

 「フン、実の姉に縁起物よこさないからよ。バツじゃ」

 千住姉妹は、苦りきった顔でお互いを見る。

 「どっちも廃止てか」

 「ま、痛み分けってことね。お姉様」

 これにて一件落着。ようやくお開きとなった。


 徒歩組は袋を受け持ち、荷台付き自転車を押す二人は、バッテリーを運ぶ。業平はRSBのため、どっちつかずではあったが、いつもの通り再資源化系を担ぎ出す。今回は軽めなのだが思うように進まず往路同様ノロノロ。まだ乾ききっていないグランドには、こうして様々な線と足跡が残ることになる。辺りの空気は暖かながらも小寒らしい凛とした感じを含む。グランドを縦断するのは気分がいいものだが、そんな空気を深呼吸しながらとあらば、さらに爽快、これぞリフレッシュ!である。


 「ではでは、今度は土曜日。新年会もあるし。来られる方はぜひ!」

 「これまでの集計結果の発表もあります。ね、櫻さん?」

 「え、私が発表? 千歳さんでしょ?」

 こんな譲り合いはこの二人だからこそ。舞恵は「またかいな」という顔をしつつも、

 「まぁまぁ。二人でおやんなさいよ。CSRなんでしょ」

 かくして、ゴミ減らし協議の行方はCとSの二人に委ねられることになる。

 バッテリーを降ろすと、舞恵と八広はひと走り。新たに見つけたランチ店へ急ぐ。小梅と六月は、業平&弥生のおじゃま、いやお供をするとかで、一緒にノロノロと商業施設方面へ向かって行った。残るは、千がつく三人。初音がいなくともカフェめし店、という選択肢もあるのだが、姉妹はズバリ千歳宅を指定。

 「何か調達してからだったらいいでしょ。ネ?」

 「ハハ、すっかり休憩場所になってるような。ま、大歓迎ですが」

 「私、千さんとこ初めてね。こんな風にお二人の邪魔するのも初めて?」

 「あーら、少なくとも一回、十一月にあったでしょ。忘れたの?」

 「だって、もうちゃんとキ...」

 お淑(しと)やかな姉は、おてんばな妹の口の前で手を翳し、続きを遮る。

 「やぁね、恥ずかしい...」

 「何それ? 毎日でもどうこうって言ってたじゃん」

 「蒼葉!」

 「あ、そっかそっか。私、川の方、向いてますから。どうぞ、ご遠慮なく」

 妹はどこまでも姉想い、加えて兄(?)想いでもある。今は何分咲きかに進展している二人だが、三十路の恋はつつましくありたいとどこかで思っているのだろう。蒼葉の言葉に甘えるフリして、腕を組んで歩くにとどめている。

 「お互いにペースを尊重し合ってる、そんな感じ... いいなぁ」

 蒼葉は少し距離を置きながら、二人のペースを推し量りながら、でもって、シャキシャキと歩くのだった。


 キ、と来れば忘れちゃいけないのが清さんである。干潟詣でに行くつもりではあったが、途中で「道草」状態。

 「ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ...」

 

 

 いずれは喰うことになるのだが、今日のところは同じ道草でも捜索・採集どまり。荒川の河川敷においては限定的ではあるが、先生にかかればこの通り、三種は見つかることになる。そう、明日は七草である。

 「ま、何も明日じゃなくてもな。土曜に振る舞うさ」

 鏡開きの翌日だけに、新年会はモチネタ中心かと思いきや、粥が出てくることがまず確定的になった。だが、掃部(カモン)公の差し入れはそんなもんじゃ済まない。本日午後はひたすら何かに興じるおつもりである。

 「おふみさんをビックリさせてやらねぇと」 乞うご期待?!

 

【参考情報】 赤い筒にはご用心 / 仮想縁起切符 / 荒川土手と七草



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