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re-re-reset

47. re-re-reset


 結構な人数に残ってもらっているため、分担を決めた方がいいのだが、プログラムの⑦よりも⑨が部分的に先行してしまったこともあり、まずは段取りの組み直しから始める。着手前の撮影は済ませてあったので、A.男衆中心に大物ゴミの除去、B.並行して表層ゴミの回収、C.表層分の分別とカウント、D.スクープ系などの撮影、ゴミステリー用の記録、E.残る漂着ヨシの撤収→埋没ゴミの回収、F.微細ゴミは掃除機に任せてみる、あとは当初プログラムの⑩以降に同じ、ということで落着。

 「途中、波が来たら手を休めて、皆さんで検証を...」

 櫻がこう言い出したところで、待望の波が来ることになる。下流から上流に向かって程よい速さでプレジャーボートが過ぎて行った。退潮が進んでいたので、干潟面は広く、装置担当 兼 荷物番の業平を除く全員、至近距離で波を検証する恰好となる。当地特有の小刻みな断続波は、皆々の緊張感と照応する。うねりはやがて幾重もの波を起こし、干潟に到達し始めた。

 「キター!!」

 「は、激しい」

 新任理事候補の男女もさすがにたまげていたが、程なく出たご感想は、「波も余興のうちでは?」とか「わざわざブロックする程でもないような」と至って冷静。初めての体験者の声によりけり、ということからすれば、やはり消波実験は無用になろう。京は他の面々の分も含め、ひたすらメモをとる。千歳はデジカメをずっと構えていて、動画モードで撮っていた。動いている波=動かぬ証拠、である。

 十四時半、やっとこさ段取りAがスタートする。清と緑のご年配コンビは別行動。女性陣は、各自持参のレジ袋にペットボトルなど目に付く容器類を放り込んでいるが、そのあまりの量に袋が追いつかず効率がよろしくない。中程度の袋を手にしていた文花は、取っ手の付いたプラカゴを見つけると、方針転換。これも現場力のうちか、漂着物を見事、クリーンアップ用具に仕立ててみせる。手当たり次第にポイポイとカゴに入れていたらすぐに満杯に。

 「文花さん、カッコイイ!」

 「この冬流行のマイバスケットよ」

 「じゃ、あとはお任せしちゃおっかな」

 「次は櫻さんの番。残念でした」

 冗談はさておき、実用性が高いバスケット作戦。大量であっても軽量な物であれば、こういう形でドシドシ運んでしまえばいいのである。文花と櫻が何度か往復するうちに、流木類など大物も大方片付いていた。この時点ですでに見違えるようにはなっている。再々リセットの目処が立ってきた。

 表層になお散らばるは、殺虫剤などの各種スプレー缶、栄養補給系ドリンクの瓶類、喘息用か何かの吸入器、そして化粧品やら日用品やら... 毎度、ドラッグストア並みの品揃えである。

 

 

 今回の特徴は、とにかく飲料・食品関係が全体的に多いこと。ペットボトルを筆頭に、缶飲料もパック飲料も数十単位。食品缶とそれに対応する金属フタもあれば、卵のパック、果物を包むネット、大小ストロー、納豆のお一人様用容器、さらにはクイックメニュー店のテイクアウト用味噌汁カップまである。これらは一同手持ちのレジ袋に挙(こぞ)って集められていった。

 サッパリした新名所、入り江の辺りを歩いていた清と緑は、段取りBの様子を眺めながらも、目の前の屈曲した枯れヨシの合間を覗き込んでいた。

 「ありゃりゃ、あんなところにも何かの袋が」

 緑が指差す先に釣竿を差し入れる清。枯れてはいても、手を伸ばして掻き分けて、というのはちと厳しい。竿の先に刺さったのは、

 「ハハ、ぼた餅だとよ」

 「崖からボタもち、と」 手帳に綴る。

 「何だよ、それじゃダジャレじゃねぇか」

 「もし毒が入ってたら? ただの餅じゃ済まないわよ。被害者は正に崖っぷちだった訳。ダイイングメッセージになるように、崖に置いて流されないようにした。スリリングでしょ?」

 「先が思いやられるわ...」

 「何ですって!」

 「おぉおぉ、これだからシ、ヒステリー作家は困るんだ、シシ」

 作家先生が杖でも持ってたら、ビシビシやられそうな一幕である。

 さて、段取りDの記録の片方はこんな調子なので、ここは古参の撮影係がしっかりしないといけない。だが、回を重ねて見慣れてしまっているせいか、スクープ系と言ってもピンと来なくなっている。ある程度個別には押さえてあるが、モノログに掲載するレベルとなるとどうだろう。物流用木製パレット、ブラウン管テレビ、カーテン状の繊維製品、今日はそんなところで落ち着きそうである。


 業平の隣で、南実による即席分別講座が開かれる。

 「データカードの見本をご覧いただくとわかる通り、何が発生源か、というのは概ね見当つくと思います。でも分けやすいのは可燃か不燃か、とか、プラか金属か紙か、といった素材別、でしょうね。今日は試しに素材で分類しましょうか」

 主だった廃プラはさっさと集めてカウント済み。油に変身中のもの以外は一所(ひとところ)に固めてあって、細々したゴミについてはあえて現場に残してある。今、平地に拡げてあるのは、割と手に取りやすく、識別もしやすいものばかり。種々雑多ではあるが、皆さん分別盛り。テンポよく撰(え)り分けられていくのであった。それにしてもペットボトルをこうして集めてみると、その量の異常さがよくわかる。畳二つ分くらいにはなりそうだ。


 小型ゴミや埋没ゴミを除き、この時点で暫定カウントを行う。今日はカウンタ要らずのルフロンさんがいないので、センター備品の手動カウンタを使って主だった品目を数え上げる。結果は次の通り。

 ワースト1(3):ペットボトル/百二十三、ワースト2(5):食品の包装・容器類/六十二、ワースト3(2):プラスチックの袋・破片/五十五、ワースト4(1):発泡スチロール破片/四十八、ワースト5(4):フタ・キャップ/三十七(*カッコ内は、十一月の回の順位)。順位に変動はあれど、上位品目は不動である。後続は二十から三十ほどの品目が肩を並べる。ボトル缶を含む空き缶類、スプレー缶、紙パック類、個別包装類、レジ袋、硬いプラスチック破片などなど。漂着硬球、日用雑貨、ストローが十前後と続く。

 データ入力画面は、更なるversion upが施され、南実の言っていた素材別での入力もできるようになっていた。文花はケータイを取り出すと、画面にアクセスし、その新しいテンプレートを呼び出す。発表のあった分を入力し終わると、あとは目に付く塊を数えながら、ピピとやっている。現場での操作性は確立できてきた。あとは、協賛金を頂戴できるレベルに仕上げつつ、PC版のリリースを待つばかり。


 十五時を回った。ここからは段取りのEに移るところだが、Fの方も準備が整ったようだ。装置稼動からすでに一時間以上が経っている。発電機を動かすに足るだけの油が採取できたかどうか、注目が集まる。

 「おぉ、いい色だ」

 淡い黄色の液体を取り出すことに成功。五百mlばかりあるので、全く動かせないということはなさそうだ。簡易発電機に注入し、エンジンを動かし、干潟へ持って行く。粒々が多く散らばってそうなところに設置したら、お次は廃品掃除機の出番となる。プラグを発電機につないだらスイッチオン! ノズルの先には大きな漏斗状の特殊吸引装置付き。

 「金森さんに相談したら、業務用の漏斗に格子網の円盤を取り付けてくれたんだ。これなら間違えてカニとかに当てても吸い込まないだろうって。小型の袋は難しいけど、概ね三立方糎(せんち)未満のものならこれでOK、かな?」

 人手では拾いにくい発泡スチロールの断片、プラスチックが微細化したもの、そして勿論粒々も。吸殻も小さいものなら吸引することがわかった。努力した甲斐あって、発電機が止まることも掃除機が故障することもなく、まずはめでたく実機試験終了。吸引の音が止まると、どこからともなく拍手が沸き起こる。だが、

 「ねぇ、Go Heyさん、この掃除機を充電式にすれば何もこんな大がかりなことしなくてもいいんじゃないの?」 文花が軽くツッコミを入れる。

 「ま、いい感じだけど、水にも強くないとね。あとは吸った粒々を自動で選別してくれる装置があるとありがたいんだけど」 先輩に釣られて後輩も続く。

 「油化装置も不思議よね。自分で出した油を自分が動くのに使えないのって何か変じゃない?」 櫻もなかなか手厳しい。

 ある意味、モテモテな業平だが、こうも立て続けに来られちゃたまらない。しかもどの声もごもっともだから余計にツライところ。

 「いやぁ、これはこれで立派なソーシャルビジネスモデルでしょう。充電し損なうことだってあるだろうし、現地で油が調達できるってのはとにかく素晴らしい!」 冬木が助け舟を出す。油化装置が充電式ってのがまた微妙ではあるが、その場で役立つ実機モデル、という点では合格だろう。


 業平と南実は吸い上げた粒々関係をバケツ水に浮かべて、あぁだこうだとやっている。他のメンバーは、段取りEを行うも、今までと違うのは枝を持ち上げてそのままバサバサやってから陸へ持ち運ぶスタイルになっていることだろう。埋没ゴミは思ったほど出てこなかったので、漂着ヨシを退(ど)かしたところで再び掃除機を稼動させる。消波実験は不評不発だったが、こうした家電製品を使った実験は好まれるようで、発電機が止まるまでとは言わないが、皆で代わる代わる試している。今となっては貴重な油だが、こういう使われ方は許されよう。微細ゴミは一朝一夕では吸引しきれないのである。

 厄介モノのペットボトルについては、半分程度は再資源化可能と見た。別働隊が洗い上げて、十五時半には半乾きになる。その傍らでは、可燃・不燃等の再分別が進行中。木製パレットは足場か何かに使えそうとのことで現場放置。ブラウン管テレビは金森工場行き。その他の再資源化関係も今回はクルマで運ばれることになった。可燃少々・不燃多々の袋詰めが終わり、千歳がステッカーを貼る。プログラムはこれにてほぼ終了。あとは再々リセット(=re-re-reset)後の干潟にて記念撮影となる。

 撮影係は、新ルートの入口から見下ろすような感じでデジカメを構える。早くも沈みかかっている夕日が干潟から川面にかけて残照を落とす。その紅がやけに眩しくて、シャッターを押す手が震える千歳だった。(「夕日が目に沁みる」アゲイン?) その後は冬木が情報誌用に撮る、何人かのケータイ所有者も入れ替わり立ち代わり、と続く。流域の人気スポットである何よりの証左である。

さ「今日は皆さん、長々とありがとうございました。ご意見ご感想は例のKanNa掲示板の方にぜひ」

ち「合言葉は『干潟』。半角小文字・ローマ字です。書き込み、お待ちしています」

 毎回恒例、一同礼&拍手を以って散会。社会人野球の試合も丁度終わる頃合いになっていた。


 結局、ホームランボールが直撃することはなかったが、クルマまであと十メートルというところに一球転がっているのを見てhigata@各位はザワザワ。引き揚げる選手めがけて、南実が遠投で返す。今は本塁側がザワついている。

 「ちょっとヒヤヒヤものでしたね」

 「ガードしといたに越したことないって、よくわかったわ。サンキュです」

 業平と文花が微笑み交わす脇では、クルマから降ろした枝を結束機で縛る先生と、それを見守る女探偵が居る。千歳と櫻も何となく一緒。つまりクルマの周りには都合三組の男女がいて、ちょっとイイ感じという次第。離れたところでなお残っているのは、冬木、京、南実の三人。

 「それにしてもジャンバーとか衣類も流れ着くなんて」

 「河川敷生活者が着てたものかも知れませんね。あの状態だとさすがにリサイクルには向かないんでしょうけど... あ、京さんが勤めてたスーパーって自社ブランドの衣料品、回収してるんですよね?」

 「えぇ。でも自社品だからって、漂着衣料ってのはやっぱりねぇ。漂白ならまだしも。ホホ」

 冬木がここで冴えたことを云う。

 「自社ブランドの食品とか飲料とか、そういうのの容器包装類ってのはどうですか? 洗って乾かして持ってけば引き取る、そんなサービス」

 「特定できればそれは... あぁ、いわゆる事業者責任ってやつ?」

 「抑制策の一つにはなるでしょうね。売ったらそれでおしまい、じゃなくて再資源化できるものはしっかり回収して次に活かす。CSR以前の話。社会的責任として当然と言えなくもない、かな」

 冬木としては情報誌ネタ、南実としては企業へのアプローチネタ。京は元勤務先の話ということであれば取り次ぐのは十分可能。夫君の名誉挽回の心算(つもり)はないが、今日の第一部での談議がしっかり頭に残っている以上、何らかの貢献はしたいと思う。いや、少しでも役に立てるなら願ってもないこと。CSRつながりで言うなら、冬木はそのスーパー本部の担当者とはすぐにでも話はできる。

 かくして、干潟端での何気ない雑談は「三方好し」に通じる要談となり、新たな展開への布石が打たれることになる。三人から七人に増えたところで、まとめとしてはこうなった。文花曰く、

 「じゃあ、京さんから店長に話をしてもらって、うまく行けば本部のCSR担当にも同席してもらう、と」

 南実が継ぐ。「榎戸さんと私とで話を聞いてきます。本当は漂流漂着の話もしたいけど、まずは事業者責任に沿った取り組みを伺おうという趣旨で」

 ここで業平が一石を投じる。

 「今日スキャンした中に実はさ、そこの自社ブランド品も混ざってたんだ。それって何か使える?」

 「現物があればよかったけど、原料に戻しちゃいましたよね」

 「あ...」

 「いいですよ。次回、一月もやりますよね。その時にしっかり証拠を押さえれば。もし見つからなくても、今回の読み込みデータがあればないよりはいいでしょうし。となると、話が大きくなるから...」

 これで同席者を増やす必要が出てきた。業平はPC持参で必須、それと現場に詳しい人物が要る。千歳か櫻か両方か。対談形式とすると人数バランスを考慮しないといけないから悩ましい。それでもhigata@にこの話題を振ってみて、出れる人には出てもらおう。先方とは年内に日程調整して、年明けどこかで一度、と相成った。


 十六時ともなると段々暗くなってくる。清と緑の著述家コンビは、日が沈みきるまでは散歩するんだとかで、仲良く去って行った。今日はスクーターではなくバス+徒歩で来た京はクルマに便乗して、早速店長に会いに行くと言う。南実も同じく商業施設までは同乗。文花は運転席、助手席には業平。クルマ組はこの四人というのが決まったところで、取り残された観のある冬木がポツリ。

 「皆さん、忘年会とかは?」

 「ハハ、そう来ましたか。メーリングリストでもそういう話なかったから何とも。でもホラ、音合わせ会はしますよ。年の瀬の祝日だけど。それが代わりですね」

 「櫻さん、それって僕もいいんですか?」

 「あの楽曲データ聴いてピンと来るようでしたらぜひ。ねぇ、ソングエンジニアのお二人さん?」

 文花はカラオケ会には居合わせなかったので、音楽的傾向どうこうというのは定かではないが、この音合わせ会には参加する意向を固めている。これに冬木が加わるとなれば、higata@メンバー十人全員が揃うということになる。

 「そうそう、見てて思ったんだけど、あの発電機ってアンプスピーカーもOKだよね」

 「燃料をしっかり充填すればね」

 「てことは、ここでも演奏会できる訳だ。まぁ小規模だろうけど」

 「ははぁ、千ちゃんの考えてることわかってきたぞ。音楽を通じた訴え。違う?」

 「大衆小説の話がヒント。ゴミについて考えてもらう曲ってのもアリかなぁって。荒川とか干潟とかは想定してたけどさ、メッセージソング風も一つ」

 と、主にエンジニアのお二人で音楽放談中。同じ頃、気になるリズムセクションの二人はと言うと、何と都内某所のスタジオでドタスカやっていた。こちら、弥生に斡旋してもらったとのことで、なかなか要領がいい。だが、

 「これハチ、そこ早い!」

 「こういう曲あんまし叩いたことないから」

 千歳原曲、業平編曲のダンサブルナンバーがモニタースピーカーから小出しで流れている。間奏に差し掛かったところで待ったがかかった、という一幕である。

 「こっから舞恵のコンガが入るんだからさ、ドラムがうまく橋渡ししてくれないと」

 「コンガらがっちゃうってか?」

 舞恵はその辺にあったカウベルのバチで一発。ハチ君、とんだトバッチリ?

 音合わせ会に先立って、ということではあるが、千歳と業平の知らない間に話が進んでいる。今日は全部で四曲、音、いやリズム合わせをする予定というから見上げたものだ。


 クルマは詰所脇で停まり、ステッカーを貼った袋が冬木と業平とでせっせと下ろされる。クルマが戻ってくるまでの間、干潟端では、京と千歳、南実と櫻、という組合せで何やら話をしている。

 「昨日は結局お話できなくて... 南実さん、何て言うか、勘違いしてたみたいね、私」

 「いいえ、私こそ紛らわしい真似して。自分でもよくわかんなかったんだけど、そう、兄を彼女にとられちゃう妹の気持ち、ってとこだったみたい。ま、兄と妹の組み合わせだと、妹の方はなんてゆーか、こう張り合おうとするでしょ? どうもそういうのが抜けてなくて。勝手に櫻さんをライバル視してたってゆーか。やーね」

 南実はまた涙目になってきた。櫻はレンズを落とさないためにも、ここはぐっとこらえる。

 「小松、いや南実さんでいいのよね。今後もどうぞよしなに。お願いします」

 櫻が手を差し伸べると、南実は両手で受け止めた。

 「兄、いや千さんをお願いしますね。櫻姉」

 「姉ってか。あんまり変わんないのに、何か変」

 「学年は一つ違うでしょ? 十分お姉さんよ」

 京とCSRの話なんぞを真面目にしていた千歳だったが、笑い声を聞いて新姉妹のところにノコノコやって来た。

 「あ、千歳さん、いいとこに来た。南実さんの隣に並んでみ?」

 「は、はい」

 「ウーン、そうだなぁ、確かにどっか似てるような... 特に目、かな?」

 「ヤダな、櫻さん。思い出し泣きさせる気?」

 今更ではあるが、千歳は南実を見入ってみる。

 「千さんまで、そんな。見つめないで」

 南実が千歳に寄せる感情は恋愛のそれとは違うことはわかった。だが、その逆は? 櫻はふとこんなことを考える。「もし、私より先に南実さんと出会ってたら、どうなってたんだろう?」 千歳も正直わからない。顔がどこかしら似ていれば親しみを覚える、情も移る。これは自然な流れだろうけど...。

 笑顔も似ている気がするが、決定的に違うのは、えくぼが有るか無いか。これまでも少しは気付いていたが間近に見たのは初めての千歳。南実のえくぼは魅力的である。その近く、頬を伝うのは涙の細い線。心動かされない訳にはいかない。

 「こ、小松さん?」

 「あ、平気平気。夏女は冬に弱いの。寒風がね、目にしみるというか」

 「・・・」


 四人を乗せたクルマが発った頃、西の方角では深い青が拡がって来ていた。千歳はまだボーッとしている。

 「今日は廃プラも消化しちゃったし。手ぶらで帰るのって初めてネ。千歳さん、聞いてる?」

 「あ、えぇ。それはそれでいいんだけど、今日って櫻さん恒例、いいもの、やったっけ?」

 「ハハ、玉野井のおば様があれこれ出すもんだから、圧倒されちゃって、その」

 初姉のはデジタルだが、櫻が持って来ていたのはアナログの温湿度計。

 「安物だからあんまり正確じゃないけど、片手で持てるのがポイント。ちなみに今は... 十℃? 湿度は四十%。この時期にしては、寒くないし、乾いてもない、か」

 「櫻さんといると、暖かいし、潤うし、へへ」

 「何だかなぁ。熱でもあんじゃないの? これで計って差し上げましょうか?」

 十六時半である。冬至に向けて日脚はどんどん短くなっていて、夕闇が包み始める。別れ際にこういうセリフが出るのも無理はない。

 「暗いなぁ、怖いなぁ。一人で帰るの、ヤダなぁ」

 「妹さんに迎えに来てもらったら?」

 「へぇ、そういうこと言うんだ。やっぱ、どっかおかしいんじゃない?」

 「へへ、冗談冗談。まずは拙宅でひと休みして行ってくださいな。で、お帰りの際はちゃんと自転車でお供します。OK?」

 「そう来なくちゃ♪」


 一方、クルマ組の四人は、商業施設に到着したところである。

 「あ、京さん、レジンペレット、また使います?」

 掃除機で集めたペレットは選別され、ジッパー袋に入れてある。色とりどりなので見ているだけでも楽しい。

 「実は以前いただいたペレットで試してみたんですけどね。隙間ができないように無理やり伸ばしてたら何だかただの円盤みたいになっちゃって」

 「型抜きは何を?」

 「ハートだったんだけど」

 「それが円形に?」

 前の席の文花も業平もこれを聞いて大笑い。

 「初音さんも丸いの好きですもんね。夫婦円満てのもありますし。よろしいんじゃないでしょか」

 「ホホ、じゃあまたトライしてみます」

 そんなやりとりを残して、後部座席の二人は下車した。南実の両手には袋いっぱいのペットボトル等々。不審な感じがしなくもないが、元店員が付いていてくれるので、何とかなるだろう。


 運転手は文花、助手は南実ではなく業平。川沿いの道路をしばらく走って、最初の赤信号で停まったところで、ようやく運転手の口から言葉が出る。

 「Go Heyさん、十二月二十四日ってどういう日?」

 「はぁ、今年は振替休日だなぁってくらいですね」

 「じゃお休み?」

 「昼間は人と会う約束があるんですが、その後は別に」

 「そう...」

 何ともまどろこしい会話だが、ズバッと聞けない・言えない、そんな事情が互いにあるようで。


 リズムセクションの二人をスタジオに案内した後は、まったりと青山通りを散策しながら表参道界隈へ。優雅な午後のひとときを過ごして、今は某シアトル系カフェで熱めのコーヒーを啜(すす)りながら語らう。弥生と蒼葉である。

 「で、二十四日空いてるっていうから、早めにお昼ご馳走してもらって、その後はスタジオで特訓しようってことになったの」

 「まさかそういう展開になるとはねぇ」

 「本多さんの音の創り方って何かイイのよ。八十年代風なんだけど、重くてグルーヴがある感じ。でも、あたし所々いじっちゃったもんだから。とにかく一度スタジオで鳴らしてみて、その場で補整する。この際だからベースも生で、て訳」

 蒼葉はカップを手にしたまま、こんなことを呟く。

 「実は私、ちょっと気になってたんだ。でも、弥生ちゃんがイイ感じそうだから」

 「エ?」

 「いいの。これで決まり。やっぱり今年は彼に逢いに行く。メールがダメなら直接行動よ。ついでにセーヌ河の漂流ゴミなんかも見てくる」

 「何か、スケール大きいし」

 「ま、も一つのきっかけは姉さんね。去年までは一人で過ごさせるの可哀想だったから、気が紛れるように付き合って差し上げたけど、今年のクリスマスはおかげ様で見通し立ったから」

 「そっかぁ。でも、お二人さん、どこまでいい関係になったんだろ?」

 「こないだ、私じゃましちゃったみたいなのよね。その後、どうなってるかは不明。遅咲きでいい、みたいなこと言ってたから、まだまだ、と思われる...」

 「櫻姉のことだから、ちゃんと仕掛けるわよ。何かがあるとしたら、二十四日、でしょうね」

 フムフムと頷き合う応援団シスターズなのであった。コーヒーはようやく程よい温度になってきたが、この手の恋愛談話はそうそう冷めない。青山の空も濃い青から今はすっかり黒に変わっている。

 

【参考情報】 2007.12.2の漂着ゴミ / 前向きな事業者責任


スローダウンな師走

十二月の巻(おまけ)

47. スローダウンな師走


 櫻が千歳宅に来る時は何かひと仕事、というのが定着したようで、ひと休みでは済まなかった。二部構成(現場視察~リセットクリーンアップ)だったこともあり、一人でダラダラと書くのはしんどい。二人で意見を交わしながら記事にした方が、単調にならないし、立体感も出てくる。漂着物の物に引っかけてのモノログだったが、対話の中から書かれたとなると、ダイアログである。ブログタイトルについては、正に「物議」を醸しそうだが、十二月最初の漂着モノログは、かくして二日の夜のうちに更新される。共同執筆による今回の一件は、higata@でも忽ち話題を呼び、それに釣られてか、メンバー個々のやりとりも活発になっていった。

 櫻ó南実、文花ó業平の二組は、二日の展開からして何となくわかるが、弥生ó舞恵、業平ó八広といった音楽つながりの組合せもあって、目が離せない。冬木の情報誌は予定よりも遅れたものの、週明けには間に合い、サイトの方も無事更新。higata@には更新御礼の一文とともに、次号予定として、データ入力画面を紹介する件のお伺いが流れる。一月号と言っても年内には発行手配をかけないといけないため、切迫している。だが、開発者や管理者の方は先行して動いていたので飄々たるもの。ほぼ同じタイミングでポンと返事を打つ。「ケータイ版の新規利用者登録、いつでも受付OK」「PC版、案内画面は八日にセンターでお披露目予定」だそうな。お披露目の際の反応をもとに、入力画面(PC版)の仕様をまた考えて、その翌週にでも弥生に作業してもらおう、というのが千歳マネージャーの手筈である。


 KanNaの特設掲示板の方もそこそこ賑やか。現場に湊が現われなかったこともあってか、言いたい放題な向きも認められる。管理人としては悩ましいところだが、どれもごもっともではあるので、特に削除するでもなく静観の構え。「良かれと思って、というのはわかったが、まずは話を聞かなくては」「対症療法の繰り返しは傷を深めるだけ」「本来の姿を考えるための教材だと思えばいい。自然のことは自然に委ねたい」 ここまででも十分と言えるが、さらには「ゴミは来ないに越したことはないが、来るものは拒まずでもある。干潟での回収、大歓迎」という書き込みまで。初日の討議、二日目の視察、プログラムとして一体感を持たせた成果があったと言うべきか。辛辣ではあるが、勇気づけられるメッセージ。それらはそのまま八日の理事候補会合でも取り上げられ、一文書として練られていくことになる。

 ご夫人からも報告はあっただろうが、仲介団体からの一筆というのはまた重みがある。河川事務所宛に消波実験に対する見解書が送られたのは、課長から話を聞く会の十日後のこと。課題解決アプローチとしては適度な速さと言えよう。

 設立準備中ながら、法人としての形が整いつつあるのは事実。それは一つの強みになる。そして、役員連名でこうした書面が出せた、ということが何よりも励みになる。ちょっとした事件があると、時に地域力・現場力が高まる、という話を一部の面子は聞いていたが、それを図らずも実感できたという訳である。回答書の内容によりけりではあるが、石島課長にはひとまず感謝しないといけないかも知れない。

 七人全員が揃った八日の会合では、この他に、①設立総会の詳細、開会までの工程決め、②総会までの間の仮入会の促進(総会後に会員として移行してもらうためのルール決め)、③総会議案、特に定款案の早期決定、④部会行事をどうするか(有力案は、一月のゴミ減らし協議を皮切りに三月まで三回、部会設定を模索しながらお試し講座を開くというもの)、⑤公募中の法人名称案の中間発表を受けて(決定は一月の講座終了時を予定)、等々が付議された。これらに加えて千歳からは、例のデータ入力画面(PC版)の説明と紹介がなされ、概ね高評を得る。情報誌で先行案内するも、PC版実演は一月の講座で行えば集客にもつながるだろう、という話でまとまった。ニーズを探る上でもデモは重要。当日の反応次第では、サービスの有料化なんかも視野に入って来そうだ。すると今度は、法人の収益基盤、監査体制、運営業務委託時の備え等の話に膨らむ。途中、休憩を挟みはしたが、そんなこんなでぶっ通し状態。十三時に始まり、延々五時間。閉会と閉館はほぼ同時刻となった。

 盛り上がるのはいいとして、その分、議事録をまとめるのは大変になる。議題ごとにメインとサブを交代しながらPC速記をしていた千歳と櫻だったが、さすがにヘトヘト。議長の文花もマーカー片手に青息吐息。速記官を置くか、センター休館日に行うか、何らかの工夫が今後は必要になりそうだ。


 センターの関係各位にとっては、前半の方があわただしい師走となった。歳末にかけてドタバタするのが世間だとすると、こっちはその逆。後半はむしろスローダウンとなる。今日はその境目となる第三土曜日だが、早くもそのスロー加減を象徴するような事態に。お留守番の二人の会話もこうなる。

 「じゃ、矢ノ倉さん、今日はビッグサイトに直行ってこと?」

 「業平さんにいろいろと教えてもらいながら見学するんだそうで」

 「土曜日の『エコプロダクツ』って、それなりに人出があるだろうからなぁ。お目当ての展示を見て回れるかどうか」

 「文花さんの狙いは、ちょっと違うと思うな。教えてもらうってのは口実よ。デートしたいだけじゃない?」

 マスクをしてない文花さんのこと。きっとクシャミに苛(さいな)まれてることだろう。


 議事録署名人の玉野井のおば様、代表理事候補の掃部のおじ様のチェックを経て、議事録がようやくまとまったのはこの日の夕方。元気印の文花が帰って来た。

 「どうでした?エコプロ」

 「えぇ、楽しかったわよ。ハイ、お土産!」

 「楽しくて当然。デートだもん」

 「あくまで環境市場調査でございます。誰かさんの七夕デートとは違うんだから」

 なんて言いながらも、大きめのマイバッグから愉快そうに収集品を取り出す文花。カレンダー、エコバッグ、各種ノベルティ文具、ケータイストラップ、その他試供品の数々。

ふ「どれでもお好きなのどうぞ。って言っても、お二人さんの場合はどれも共有か」

ち「あれ? これって生分解性?」

ふ「あぁ、そのゴミ袋ね、バイオマスマーク付きのサンプル。そんでもってこっちの手提げ袋はバイオプラマーク付き。農林水産系と経済産業系でそれぞれ協会があって、似たようなものなんだけどマークが異なる、つまりタテ割りね」

さ「どっちにしてもこれが普及すれば環境負荷は減る?」

ふ「消費者にとってはわかりにくいけど、結果オーライかしら。でも、一緒に取り組むことが何よりの負荷削減じゃない?」

 ただのデートではなかったことは、集めてきた資料の量からもよくわかった。商品パンフレットの一例で言うなら、

さ「それにしても、バイオマスCDにバイオマスシューズって。DVDとか運動靴が漂着するくらいだから、これってアリかも知れないけど、新商品開発競争に歯止めをかける方が先のような...」

ち「これは? 水溶性ファスナー? 溶かせば済むってか」

ふ「まぁまぁ。私としては、この簡易式の緑化システムがイチ押しね。野菜用のキットもあるみたいだし。センターで地場野菜、どう?」

 来月の講座ネタとしても使えそうな最新の情報が今ここにある。商品の開発競争の見本のような観もなくはないが、ゴミを抑制するための解決策も少なからず含まれている筈。情報源人物、矢ノ倉文花の本分を見た思いの二人は、改めて敬意を表することにした。

ち「おそれいりました。事務局長殿」

さ「デートしながらもここまで抜かりなく、とは」

ふ「だから、デートじゃなくて...」

さ「はいはい、調査でしょ。二人の距離の」

ふ「もおっ! カレンダー没収!」

さ「それは彼の、カレンダー♪」

 千歳が止めない限り、ずっと続きそうなこの漫談。観客としてはさらにけしかけたいところだが、あいにくお開き、いや閉館の時間になってしまった。外は真っ暗。来週まで、つまり冬至まではただひたすら日没が早まっていく。

 日脚が反転するのが待ち遠しい。だが、待ち遠しいのはその翌日のメンバー集合会か? いやいや、さらにその翌日が本命だろう。三者三様なれど、想うところは同じ。素適な聖夜が待っている。

 

【参考情報】 「エコプロダクツ2007」と2つのバイオ某


くりすます近づく

49. くりすます近づく


 冬至当日。巷では三連休の初日だが、センターは開館日。天気が今ひとつパッとしないのは、この姉さんの仕業だろうか。午後三時、階下からザワザワと声が聞こえてくる。

 「ちわっス! 皆、元気ぃ?」

 「いらっしゃい。雨女さん、と八宝さん。あ、小梅さん...」

 「ヘヘ、今日から冬休み。塾お休みだし、遊びに、いや勉強しに。そしたら、偶然お二人と」

 「勉強? 冬休みの宿題とか?」

 「それは明日から。今日はマップ関係の情報を、と思って」

 「それはそれは。じゃ、情報担当の隅田クン、お願い」

 「はい、先輩。ではお嬢様、こちらへ」

 千歳は小梅を円卓に案内すると、いきなりweb講習スタイルに持ち込む。グリーンマップ関係の情報は紙媒体もなくはないが、全国や各国での実例をすぐに呼び出すにはやはりインターネットに限る。しかし、どうも様子がおかしい。

 「ところで小梅さま、僕のどこがいいって、櫻さんから聞いた話、まだ覚えてる?」

 「エ? まだ聞いてなかったんですかぁ? 本当にスローだ」

 「一つは聞いたけど、あとはお得意の笑顔で誤魔化されちゃって」

 「そのスローなところと、一緒に居ると和むところ... あ、言っちゃった」

 検索サイトをパタパタやっていた千歳の早手が止まる。小梅は舌を出しつつ、カウンターを見遣る。当の櫻さんはにこやかながらも、クリスマスの飾り付けがどうのこうのと舞恵と議論しているところ。

 「そっかぁ、そしたら和ませて差し上げないと...」

 「大丈夫ですよ。そのままで。櫻さん、千兄さんと居る時、いつも楽しそうだもん」

 「クーッ、グッと来るねぇ」

 今日のこの「クーッ」は過去二回のとは違う。兎にも角にも、小梅にはやられ放しの千兄であることには変わりない。

 「あ、スローマップだって。いつの間に作ったんですか?」

 「はぁ、函館かぁ。僕にピッタリ?」

 PCに向かってるのにスローな千歳というのも珍しい。


 ハコダテが出てきたところで、ハコモノ論好きなハコ入り娘さんと八クンはと言うと、

 「で、法人名はどんな感じになりそうスか?」

 「何となく絞ってはみてるんだけどね...」

 文花は得意のマーカーでボードに候補名を書き並べていく。いきいき地域、エコミュニケーション、環境ソリューション、地域元気、さらには、Area Social Responsibilityなんてのまで出てきた。

 「これと組み合わせる下の名称は、協会、ネットワーク、プラットフォーム、あとプランニングとか」

 「プランニング... 計画にしちゃってもいいんじゃないスか。例えば、地域元気計画、略称は『地元』」

 「NPO法人 地元? ちょっとなぁ。ちなみにセンセは『NPO法人 五カン』なんてどうだ、とか仰ってたけど、それもねぇ」

 「自分だったら、やっぱ『現場』とか『場力(ばぢから)』とか入れちゃうかも、です」

 「『場』と来たか。ルフロンにbaクンて云われてるだけのことはあるわ」

 「baは八なんスけどね、そう言われてみると確かに相通じるものが」

 こんな状況なので、年内の決定は難しそうだ。どっちにしても名称募集は仕事納めの日まで。正式決定は次回の理事会で、となる。


 「で、監事の件なんですけどね」

 舞恵は早速、候補者リストを持って来ていた。都合三名。

 「どの方もいつでもOKって感じなの?」

 「別に非常勤とかで入ってもらう訳じゃないですよね。監査とか会合とかに出てくる分にはどなたも平気でしょう」

 「すると、後は地元通とか、市民活動に理解があるとか、かぁ」

 「会ってお話されますよね。年明けたら都合に応じて連れてくるようにしますワ」

 銀行としても社会貢献に力を入れつつある分、話が通りやすくなっているようだ。舞恵の一存でそこまで可能というのが俄かには信じ難い事務局長。だが、それにはちょっとした裏話があったりする。一つお楽しみである。


 帰り際、ルフロンは再び櫻に絡んでいる。

 「だから、エコなX’masてのをここで提案すりゃいいんよ」

 「図書館てゆーか、当建物を代表して一階のロビーにツリーがちゃんとあったでしょ。センターはいいのよ。LEDだってチカチカやればそれだけ電気も食うんだし」

 「ブログに出てたじゃん。その何とか装置で油取って、発電すりゃあさ」

 やっぱりお飾りが好きなルフロンは、このシーズンを措(お)いて他にいつ当所をデコるのか、という論調。対する櫻は、エコを発信する施設だからこそあえてシンプルに、という路線を譲らない。エコとデコ、果たして調和し得るのか。

 「まぁまぁ、二人とも。お客さんが笑ってるわよ」

 円卓脇では八兄と千兄が明後日の予定だか何だかを話し合っているが、それはスルー。カウンターでの応酬に聞き耳を立てていた小梅は、検索を中断してクスクスやっている。

 「しょうがないなぁ。これならいいでしょ」

 ボードを反転させると、カラーマーカーで以って器用に一本の小振りな木を描き出す。都合よく赤・青・橙・緑・黒と各色揃っているので、デコも容易。大きめの赤リボンが利いている。ツリーを中心にクリスマス装飾風のイラストが散りばめられると、忽ちそれらしいムードになるから不思議だ。立体ではないが、これは快作。

 「あとはアルファベットを並べれば完成です。じゃ、さっきモメてたお姉さん達、どーぞ」

 櫻がMERRYと書いたまでは良かったが、舞恵は何を思ったか、

 「くりすます、と」

 「ちょっと、アルファベットって、イラストレーターさんご指定だったのに」

 「この方がカワイイじゃん」

 「それじゃ何か、クリがおすまししてるみたい」

 仲直りになったんだか、そうでないんだかよくわからないが、即席イラストのおかげで場が和んだことには違いない。小梅は「くり」のところに、すまし顔の栗を付け足して、さらなる笑いを誘う。

 一年で最も短い日が沈みつつあったが、雨雲に隠れていてはわからない。ただ、日没時刻になったことは認識できたので、三時からの来客の動きがあわただしくなる。

 「んじゃ、初姉んとこ行って来るし」

 「あ、よろしくお伝えくださいまし。小梅さんは、どちらへ?」

 「一緒に行きます。英会話、面白そうだし」

 「そっか。でもその先生が『くりすます』なんて書いてんだから、思いやられるワ」

 「フン。ほんとはHappy Holidayでいいんよ。櫻姉が先にMERRYなんて書いちゃうから」

 「Holiday? そりゃ当館は明日から休みだけど。クリスマス当日はホリデーじゃないもん。おあいにく様」

 「ま、いいや。続きはまた明日ネ」

 「はいはい。クルクルくりくりルフロンさん」

 漫談になりそうでならないのがこの二人の掛け合いの特徴。仲が良いことの裏返しであることは皆わかっているので、誰も止めたりはしない。それにしても、クルクルにくりくりとはまた言ってくれたものである。これでリズム合わせ中に、ビックリはまだしもギックリとかがあったら笑えないが。


* * * * *


 日頃の行いが善いせいか、午後になったら晴れてきた。だが、せっかくの好天もスタジオ入りしてる間は関係なし。十四時から十七時までの三時間で、四曲は最低通してみよう、というから欲張りなようなそうでないような。取り急ぎ、まずは楽曲データを流してみる。ここでの仕切りは勿論、Mr. Go Hey!!

 「一、二曲目は千ちゃん作曲、三、四曲目は不肖業平の作です。全面的に編曲などもしてますが、業平作については弥生嬢のアレンジが一部入っております」

 「へへ、恥ずかしながら。すでにお聴きいただいてるとは思いますが」

 「まずは音がちゃんと出ないことには...」

 いつもなら、ここらでツッコミが入るところだが、今日は控えめな弥生嬢である。

 タイトルが決まっているのは一曲目の『届けたい・・・』のみ。二曲目は八広の詞が付いたところまでは行ったが無題。業平作曲分は、一応流域環境なんかをモチーフにはしているが、詞も題もまだ。てな訳でとにかく音合わせが優先ということになり、今日の日を迎えた十人である。楽器を持って来ているのは、千歳(G(guitar))、弥生(B(bass))、舞恵(一部軽量のPerc(パーカッション))程度。小道具関係で言えば、八広のスティック、業平のハイスペックノートPCといったところ。冬木はピック、南実はリードを隠し持ってたりするが、どうやら必要に応じて、ということらしい。鍵盤楽器はスタジオ常設なので、櫻はその手の持ち物はなし。蒼葉と文花はオーディエンス役ということになる。

 櫻はすぐにでも合わせられるのだが、やはりおとなしく口ずさむ程度。リズムセクションの二人も空打ちこそしているが、肩を揺らすにとどめている。作曲者の千歳は、アンプからの音像が鑑賞に堪え得るかどうかをチェックしている様子。


 「八十年代アイドル歌謡曲に通じるものを感じるわぁ。いいかも」

 最初は音響にビビっていた文花だったが、自身のカラオケレパートリーと通じるものを感じたようで、好感触。これに実際の歌が乗ると、どうなるか。聴衆の反応がすぐに得られるのはライブセッションのいいところである。

 「じゃ一曲ずつ演(や)ってくとしますかね。各員、配置にどうぞ。ベースは抜いちゃいます。リズム隊は、クリック音だけでいい? 櫻さんは、と...」

 「鍵盤の練習、先にします。OFFでお願いします」

 「了解。で、千ちゃんは?」

 「鍵盤とぶつかっちゃうかも知れないから、今は聴き役に回ります」

 男性二名と女性三名、この組合せが楽器側と聴衆側それぞれにできる。按分としては良好である。各奏者からスタンバイOKの合図が出る。八広はヘッドホンを付け、カウントを打つ。業平が難なく同期させて一曲目スタート。弥生のベースが少々危なっかしかったが、影の練習の成果あって、無難に間奏のとこまでは行った。

 「この曲、ソロって何が入るんだっけ、千歳さん」

 「ギターソロは想定してないから、櫻さんがシンセで。または、サックス?」

 南実は自分に向けて指差すと、「え? そうなんだ」

 弥生が気を利かせて、「あ、デモ用があるから。今、持って来ます。でも、リード...」

 「実は持って来たんだ。本体だけ貸してもらえれば」

 「やったぁ、サックス。いいぞ、こまっつぁん!」

 何故かルフロンが大喜び。デモで仮想管楽器ソロは聴いていたが、楽曲が陽気な割にはインパクト不足と感じていた。やはり生に限る、ということらしい。

 リードは多少使い込んであるものの、別の管に馴染ませるのには時間もかかる。吹き込んで暖める必要もあるのでそれは尚更。南実がウォーミングアップしている間、歌姫は徐々に鍵盤とヴォーカルの同時進行を始めていた。ソロが入らない状態で間奏も流し、「届けたい・・・」 一つの形を見るに至る。


 サックス奏者を交えての通しに入ったのは、スタジオ入りしてから四十分後のこと。仮に一曲五十分で音合わせができたとしても、やはり三時間ではキツイということになる。まして聴き慣れた一曲目でこれだけ時間がかかるとなると...

 だが、ここぞで何かをやってくれる南実嬢は、しばらく吹いていないとか言ってた割には、仮ソロの進行に近い形であっさりと吹きこなして魅せる。孤高さが売りでもある人物ゆえ正にソロ向き。ソロはソリチュードに通じ、時に翳を伴うものではあるが、ここでは逆。脚光を浴びるため、と言っていい。その力強い演奏は、強肩・豪腕に加え、彼女の肺活量が並みでないことをも証明した。

 という訳で、割とすんなり一曲目は音合わせができた次第。十五時になる手前である。この後は一曲四十分ペースで行けば、予定通りこなせることになる。果たして?


 二曲目は櫻が当初手こずっていたダンサブルナンバー。コード進行をピアノ主体に変えるversionにアレンジし直したため、今の櫻にはどうということはない。より重く響くピアノ音を選んで、ベースに重ねる。

 出だし順調、かに見えるも、業平が調子に乗ってイントロを長めにしたもんだから、リハーサルはイントロ部分で一旦ブレイクとなる。弥生は手を休め、まずは内蔵音源のベースを流すことに。かくして楽器側には、業平、櫻、八広、舞恵、そして千歳が回る。

 元々はカッティング調のギターを鳴らしながら歌う想定で作った曲だったが、そのギタリスト氏は自前のギターを冬木に預けて、リードボーカルに専念することにした。もう一度イントロから。千歳は深呼吸してから最初の歌詞をマイクに乗せる。初めて彼の歌声を聴く文花の顔と言ったら、そりゃもう、である。千歳は一寸(ちょっと)笑みを浮かべるも、そのまま歌世界へ。ドラムを叩いている詩人さんが書いた詞だが、流域を訪ね回っている際に得た情感を散りばめているとかで、歌ってみると実にしっくり来る。歌詞カードを見ながらではあるが、とにかく歌唱に集中できているので、時に情景を思い描くこともできる。

 歌を介して詞が視覚化されたならしめたもの。蒼葉嬢はずっと目を閉じて聴き入っている。が、心の中で画が浮かんでいるのかどうなのか。一つ画家さんにも感想を聴いてみたいものである。

 テンポが速い分、サックスで即興、というのはさすがに難しい。となると、今度はこの人の出番である。

 「一応、ピックは持って来たんで、ちょっとやってみましょっか」

 「普段はコード進行専用で使ってるんで、弦がビックリしちゃうかも知れませんね」

 アンプに通さない状態で何となくシャカシャカ弾いていた冬木だったが、間奏のとこでギターソロを入れようじゃないか、という提案を出してきた。干潟では何かとお騒がせな彼のこと、一部のメンバーはどうせフライングとか我が道系とか、とあまり期待してなかったのだが...。

 曲者というのはやはり一味違うものである。エフェクタを使っていないせいもあるが、抑えが利いていてなかなかの好演ではないか。ルフロンはコンガを叩くのを止めている。決してこんがらがっている訳ではない。

 弥生が入ったり、八広が抜けたり、何回か通しで演ってみた。画家さんは云う。「何か川の流れが見えた気がした...」 この蒼葉の一言により、曲名が決まる。名作(?)『Down Stream』の誕生である。


 三曲目はミディアムスローながら重厚な一曲、四曲目は弥生アレンジにより多少メロディアスになったが、やはりドラムとベースが要になるダンスチューン。詞がまだなので、歌い手も決まっていないが、今日のところは、ギターとベースがどこまで対応できるかが見所。千歳と弥生はヘロヘロになっているが、リズム隊はてんで元気。八広は勢い余ってクリック音を飛ばすくらいのノリである。極秘特訓した甲斐はあった。ルフロンも余裕たっぷり。蒼葉にウィンドベルをいじってもらったり、文花にはカウベルを叩かせたり、メンバー総出のセッションを仕立てるのに一役買う。

 難度の高い曲ながら、二曲とも一応の音合わせはできた。閉場時間まで残り少々。詰め切れてない部分を話し合う面々である。三曲目はグランドピアノ系のおまけを足し、間奏にはサックス、歌は千歳に頑張ってもらおう、ということで仮決定。四曲目は、千歳はギター専門というのはすんなり決まるも、ボーカルをどうするか、で引っかかる。本来なら櫻で行くところ、鍵盤は欲しい、されど歌いながらはちと困難、ということで難航しているのである。だが、曲調が些か艶(なまめ)かしいこともあって、この女性にお願いすることにした。

 「そうねぇ、『キャットウォーク』に似た感じあるし、歌えるかも」

 「んじゃ、蒼葉さん想定で詞、書きます!」

 八広は毎度の如くデレっとしながらも威勢がいい。舞恵は珍しくノーリアクション。「ま、えーわ」だそうな。洒落で済ませられるくらい、今の彼女にはゆとりがあるということである。

 最年長の女性が一言。「それにしても皆、達者ねぇ。特に楽曲データよね。あそこまでいつの間に仕込んだんだか」

 「昔、作っておいたのを復刻したようなもんなんで。一からだったら、とてもとても」

 「隅田さん作も?」

 「業平君ほど持ち合わせはないですが、やっぱりストックしてあるのを加工して、再生した次第です」

 「再生か。そうよ、再生。いいじゃない。無題の曲は一つそれをテーマにしたら?」

 聴衆の声は貴重である。ニーズに応えてこそ、詞も生きるというもの。八広は舞恵に早速尋ねてみる。

 「reviveって再生?」

 「そりゃ、蘇生だワ。自然再生ってことなら、renaturationなんてどう?」


 楽器や機材を片付けるメンバーを横目に、モデルさんがガタガタと動き出す。こっちはこっちで大荷物である。

 「蒼葉さん、そのスーツケース。これからどちらへ?」

 事情を知らない業平が引き止めるように訊ねる。

 「あ、半蔵門線で押上まで出て、そっから京成線で...」

 ルートを訊いている訳ではなかったのだが、いきなりパリとは言えないから説明が長くなる。

 「えっ、エールフランス? 今から?」

 「フライトは十時前なんだけど、クリスマス時期ですからね。早めに出ます。皆さん、よい年末年始を。櫻姉は留守番よろしくネ。Salut!」

 「はいはい。Bon voyage!」


 「やっぱモデルさんは違うわ」 八広がまたトボけたことを言うので、今度ばかりはルフロンも黙っちゃいない。

 「ったく。明日、覚えてらっしゃい!」 手持ちのマラカスで彼氏の腰の辺りをひっぱたく。これぞくりくりルフロンのギックリ攻撃である。思いがけず強力な一撃だったので、八クン、ビックリ!となる。


 弥生と文花が同じ場に居る手前、業平としては下手に明日の話はできない。ここへ来てモテモテなのはいいが、トライアングルの当事者になってしまった、というのはいただけない。そんなことなど知る由もない年長さんと年少さんは今は仲良く談笑中。

 「そっか、おふみさん、明晩はちゃんと予定入ってるんだ」

 「そういう弥生嬢は?」

 「明日になったら... ま、成り行き次第じゃないでしょか」

 傍らで聞き耳を立てていた業平は、自分の名前が出なくてひとまずホッとしていたが、成り行き云々というのを聞いて、目を白黒させている。こうした駆け引きはノリでは対処できない。どうする? どうなる?


それぞれのHoliday

50. それぞれのHoliday


 無粋な言い方をすれば振替休日だが、特別な意味を持つ人達にとってはただの休日に非ず。一人よりは二人で過ごしたいと思うのが自然だろう。今回のコース設定は、櫻主導ではあるが、止せばいいのに千歳がひと捻(ひね)り挟んだものだから、何とも不思議なスケジュールになっている。ディナーは早めということなので、それぞれブランチなどを摂ってから集合、で、十三時半の待ち合わせとな。櫻はダテ眼鏡なるものを着用し、彼氏を待つ。

 此処は品川駅西口の某商業施設屋外にあるフリーのテーブル席。彼女の視線の先は駅方面。定刻をちょっと過ぎた頃、幾分見映えのするロングコートをなびかせて、待ち人が視界に入って来た。だが、いつもながら鈍い彼氏はすぐには気付いてくれなかったりする。

 「ん? 櫻、さん?」

 「何だかなぁ。至近距離にならないとわからないのかね? 隅田クンは」

 「どしてまた、眼鏡?」

 「美女が一人でポーッとしてると、目立つし何かと面倒でしょ。顔隠しです」

 「神隠しならぬ顔隠し?」

 「千歳さん来たからもういいんだ。外します」

 先月のお上がりファッションの上にファー付きのセミロングコートという出で立ち。眼鏡を取って立ち上がると、女優級の優美さが放たれる。「おぉ...」 彼を感嘆させる作戦、まずは成功したようだ。「ほんと素直なことで、フフ」

 ホテル併設の建物のエスカレーターに乗っかるも、映画や水族館がお目当てではない。高輪方面に通じる坂道の中腹まで運んでもらうため、というからちゃっかりしている。その先はなだらかな坂。上がりきって左に行くとユニセフハウスが見えてくる。

 「あら、やってるかと思ったら、お休みなんだ。クリスマスカード買いに来るお客さんとか少なくないと思うんだけど」

 「ある意味、書き入れ時なのにね」

 「ま、当センターも休みだから人のこと言えないけど」

 子どもたちのためにサンタ役を買って出るスタッフもいるから休館なんだろう、とか勝手な推量をしながら、御殿山方面へ歩き進んでいく。途中、櫻は小粋な感じの脇道を見つけると、

 「こっちこっち。予め調べといたんだ」

 緩やかなカーブ、風情ある階段道、ちょっとした見晴らし。まち探検が得意な櫻らしい選択である。直線距離では四百メートルはある筈だが、品川イーストのビル群がここからだと近くに見える。

 

 

 「グリーンマップ的には[すばらしい眺め]、かな」

 「でも、あのビル、海風をブロックしちゃうんでしょ。[考えさせられる眺め]ってとこね」

 今度は唸ってしまった彼氏を引っ張って、いいものならぬ、いいとこに櫻は向かう。段々を下り、右折してしばらく歩くと、瀟洒な一角に辿(たど)り着いた。ここだけは別世界。ヨーロピアンな街路と建物で構成されている。そして建物の一つはクリスマス専門店。

 

 「聞いたことはあるけど、住宅街の一隅にこんな」

 「通年やってるんですけど、やっぱクリスマス時期じゃないとネ」

 店内はカップルの姿が目に付く。同じようにゆっくりしていてもいい筈だが、長居はしない。電車やバスの時間を逆算して動いていることもあり、雰囲気を少々楽しめればそれでいいんだとか。

 「では、プレゼント協定に基づき、ここはお互い低予算で」

 気障(キザ)な演出等は無用。大層な品を交換し合って、重い思いして歩き回るのもナンセンス。ここはあえて、ワンコインでお釣りが来るくらいの簡素な一品をその場で買って交換しよう、ということにしてあった。これが彼等なりの協定である。

 「じゃ櫻さんは、これ。でも、本当にいいの?こんなプチギフトで」

 「非常用、いやキャンドルナイトで確実に使うでしょうから、ありがたいです。んで、千歳さんは縁起物で、と」

 お互いに中味は承知の上。包装を簡略化していることもあり、クリスマスプレゼントと称するには違和感もあるが、食事の席で手渡すとなれば、それ相応、となる。


 店を出たら児童遊園を経由する。坂上に通じる階段を遊具の一種と見間違うのも無理はない。とにかく上って下りて、また上り、である。効率的にはどうかと思うが、探訪が共通趣味のお二人には、こういうのがたまらない。目的地どうこうではなく、道程そのものが目的だとすると、これでいいことになる。

 御殿山に通じる道を再び漫歩する千歳と櫻。時折風が強く吹き付けるも、街並家並に気を取られているので、正にどこ吹く風の何とやら。時計は二時を回ったところで長針短針が重なろうとしている。ここで大通り、即ち八ツ山通りに出た。

 「左手のイチョウ並木の先は八ツ山橋、直進すると原美術館とかかな。どうします?」

 「信号ちょうど青だから、直進」

 「Let’s Go!」


 Goと来れば、気になるのがGo Hey君。今はお約束通り、弥生嬢とスタジオでセッションを始めたところである。

 「ねぇ、Goさん、昨日できなかった五曲目、先にしましょうよ」

 「へ? だって昨日の練習の続きが先じゃ...」

 「あたしが一番いじっちゃった曲だもん。直すんだったら、早めが良くない?」

 「いやぁ、あんな感じでいいと思うよ。ただ、アイドルポップ調だから、歌い手がね。櫻さん向きじゃない気が...」

 一寸(ちょっと)間を置いて、弥生が切り出す。そう、彼女はガールポップシンガーである。

 「歌い手さんなら、ここにいるじゃないですか。千住姉妹が歌って、あたしが歌わないってこともないでしょ?」

 「そう来たか。いいかもね。でもベース弾きながらって...」

 「ハハ、そこまでは考えてなかった」

 ここはとりあえず二時間の予定。番狂わせがなければ、文花との待合せ、新宿十七時は楽々のはず。はてさて?


 ちょっとしたお屋敷が連なるのは、さすがは御殿山というだけのことはある。しかし、十二月二十四日にありきたりでないところを巡るという点で、お二人も御殿山に負けず劣らず流石である。丁字(ていじ)に行き当たったところで左折。ここからは御殿山通りとなる。やがて桜並木が現われ、JRを跨ぐ橋が見えて来た。

 「ここの桜ってどうなんだろ?」

 「花見の時期にまた来ますか?」

 「そうねぇ... ま、花見もいいけど、千歳さんとはもっともっといろんなとこ行きたいな」

 腕を組まれて、やや硬直するも、会話の方は至って滑らか。

 「そりゃどうも。こっちは櫻さんと居る時はいつもお花見気分だけどね」

 「まぁ、おめでたい人(ウフフ)」


 六月君が見たら大喜びしそうなトレインビュースポットに到着。山手線から新幹線まで実に十の線路が横並び。時間が許せば、ひととおり眺めていたい気もするが、そうも行かない。程なく、右端、下りの新幹線車両が徐々に加速しながら通り抜けて行った。のぞみ35号である。見送りながら、櫻は小声で、

 「ルフロンたら、今日から泊りがけでどこそこって言ってたなぁ...」

 目が合い、ギクとする千歳。ここは話題を切り替えねば。

 「ハハ、さすがは先行カップル。でも奥宮さん、この年末に休みって取れるものなの?」

 「何だか企画書が通ったとかで、ひと区切り付いたからいいんだって。でも、どこ行くんだろ。クリスマスに温泉てこともないだろし。西か南か」

 「案外、今の列車に乗ってたりして」

 「こういう時、GPSとかあると面白いのにね」

 

 

 自分達の真上でまさかそんな話が交わされていようとは、である。

 「ハ、クション!」

 「だいじょぶ、ルフロン?」

 「もう花粉て飛んでんだっけ? 流行に敏感なのも困るわぁ」

 千歳の勘は冴えていた。八広と舞恵はその車内に居た。

 「ま、新神戸まで時間あるから。これで昨日の続きでも、どう?」

 「そうそう、詞、付けなきゃ」

 メモリオーディオを彼氏に渡すと、彼女は大きくリクライニングをかける。

 「煙草吸えないし、舞恵は寝てるさ。富士山が見えてきたら起こしてちょ」

 「寝たまま富士山通過すると、きっと夢に出てくるよ。その方がいいんじゃん?」

 「イブなんだからさ、富士を肴にホワイトクリスマス、ってのもいいっしょ。乾杯用のワイン缶もあるんだし」

 「聞いたことないし」

 肘で突きながらも、頭を彼の肩に乗せてみるルフロンさんであった。


 御殿山通りは下り坂。下りきって突き当たるは第一京浜である。ここからは平地。京浜急行沿いにさらに南へ歩く歩く。

 「それにしても京急って、いろんな車両が走ってるのねぇ」

 「六さんに聞きゃ、どれがどこ行きとかすぐわかるんだろね」

 「動体視力働かせりゃ私だって。あら、佐倉行き?」

 高架を快走する快速特急。その行先は確かに京成佐倉である。奇遇というか、おめでたいというか。

 「櫻を佐倉に連れてってー、何てネ」

 今日も絶好調なサクラさんである。


 そうこうしているうちに、新馬場(しんばんば)駅に着いた。だが、目標時刻ギリギリ。ホームに着くや、すぐに新浦賀行きが入って来た。

 「で、大森海岸まで行って、バスですか」

 「そのバス、本数が少ないから」

 「それをクリアすれば、あとはゆったり、か...」

 予定駅で降り、しばらく待つ。大森駅を出たバスがソロソロと入ってくる。ここからバスに揺られること約二十分。目指すは、東京港を臨む一端、東京湾西岸で最も突き出た地である。

 「千歳さんも面白いとこ、ご存じねぇ」

 「そこと空港の間に京浜島てのがあって、そこも飛行機ビュースポットなんだけど、季節によって使う滑走路が変わるみたいでね。冬場はそれほど見映えがしないんだって。ただ岸壁を見下ろすとテトラポッドとかに漂着ゴミが溜って凄いことになってるんだとか。つまり空は冴えないけど、海の方は見応えがあるって訳。調査に行く分には有意義なんだけど、今日はね、そういう日じゃないから...」

 「で、城南島かぁ。あっ早速、飛行機!」

 十五時二十分、二人はその人工島の浜辺を歩き出す。川における人工的な波には慣れ親しんでいるが、自然作用による本場の波を二人して楽しむのは今日が初めて。東京湾と聞くとパッとしないが、ここは一応海である。

 「てことは、この打ち寄せてるのって、海ゴミになる訳、か。でも、枝とか藻みたいのはゴミじゃないわよね」

 「一見したところ、人工物とかなさそうだけど、よくよく調べると粒々とか出てくるんだろね」

 「粒々か。南実さん、今日どうしてるかな?」

 羽田を発つ飛行機は結構頻繁。蛇足ながら、只今上空を目指している一機は小松行きである。

 「飛行機で小松方面とか? なーんてね」

 「そしたら、千歳さんも北海道行かなきゃ」

 次に飛び立つは、正に千歳行き。離陸シーンがよく見えるだけでも十分なのだが、ついでに何処(どこ)其処(そこ)行きというのがわかるようになっているとより楽しめそうだ。


 当の小松さんはと言うと、あいにく機中の人ではなく、河畔の人だった。楽曲データをCDにコピーし、それをCDラジカセから流す。寒風に負けないよう、いや風を吹き飛ばすかの勢いでサックスを鳴らしている。昨日は叶わなかったセッション二曲目、その間奏部分を念入りに練習中。南実の居宅近くには造成干潟があって、そこを望む場所に今は居る。最下流に当たるため、正にDown Streamを実感しながらの演奏である。揚々とやっているようだが、目にはうっすらと光るものが。誰かに届けたいこの音色。風に乗り、東京港を超え、城南島に届くか。聖夜の日だけに何が起きてもおかしくはなさそうだが...。

 

 

 「何か風の音が心地いいというか...」

 「千さんも詩人ね。大丈夫?」

 ありきたりを意識的に回避しただけのことはあって、今、城南島のつばさ浜には、カップル一組のみ。他に誰もいないんだから、はしゃぎ回ってたりしても良さそうだが、やっぱり違う。打ち上がった固まりを屈んで解きほぐしているではないか。

 「あら、紙コップ。はい、千歳さん、プ...」

 「出たぁ、得意のしりとりだ。プ、おっとプルタブ」

 ケータイもないし、データカードもないから、調査はお預け。代わりに、手と頭を使った遊びに興じる二人。

 「ブルーベリージャムの、パックね。はい次」

 「黒、の鉛筆かな? これって」

 「へへ、爪楊枝、発見」

 「じ、かぁ...」

 いいタイミングでジで始まる物体が離陸する。目に入るものだったら、何でもいいモードになっている。

 「城南島、でもいいけど、ここはジェット機、かな」

 千歳は立ち上がって、銀色の機体を見送る。櫻も腰を上げ、彼に寄り添いながら、同じ方向を見つめる。

 「き、キ...」

 機転、だと終わってしまうが、その機転を利かせる櫻。眼を閉じると、

 「kissかなぁ」

 ジェットの音でよく聞き取れなかったが、千歳は轟音の勢いに乗じ、千載一遇を実践する。


 「ぁ...」

 機体が上昇するに伴い、轟音はエコーを残しながら小さくなる。代わりに聴こえて来るのは、そう「Soar Away」である。二人、動きは止まったままだが、心は宙を舞う、いや舞い上がっている。互いの温度を確かめ合うように離れない。

 十と数秒が経つ。再び見つめ合い、そして俯き合う。波の音が帰って来る。

 「千歳さん、私...」

 言葉が出ない千歳は、ただ黙って彼女を抱き寄せるしかない。冷たい海風のせいもあるだろうけど、足が震えている。口を開いたのは次の轟音が去ってからのこと。

 「やっぱりここじゃ寒かった、ね」

 「私は平気。でも、しばらくこのまま、が、いい...」

 お次のバスまでまだ三十分近くある。このままでもいいのかも知れないが、千歳は熱があるような気がしたので、そっと櫻の手を引き、陸側へ引き返す。足元にはしりとりし損なった、割り箸、輪ゴム、ストローなんかが転がっている。平時なら拾って帰りそうなところ、今回はそのまま。二人ともすっかりのぼせている。

 ベンチに腰掛け、海と飛行機をぼんやり眺めているうちに、正気が戻って来た。

 「ス、よ。千歳さん。続き続き」

 「隅田、千歳です。はい、どうぞ」

 「せ、千住、櫻と申します。フフフ」


 ジェットがしばし遮った後、

 「ら、ですか。1. 2. ラ、ラー♪」

 やっぱり熱がある千歳は、セッション二曲目を徐(おもむろ)に口ずさみ始める。

 「千歳さんたらぁ」とか言いながら、櫻も何となく声を合わせる。南実のサックスがこれに重なったら、川と海とのセッションか。

 Down Streamから流れ出た漂流物は海を彷徨(さまよ)う。ことゴミに関しては川から海へ連鎖するのは望ましくないとされる。だが、音や歌の流れ、つながりが川と海とであったとしたら? その広がりはきっと無限大。


 城南島循環バスに再度乗り込む二人。フワフワ感が残っているので、終点まで乗って行ってしまいそうな心配もあったが、そこはリーダーとマネージャーの組み合わせ。

 「えっと、野鳥公園を過ぎたから...」

 「じゃ、押しますね」


 降車ボタンが連動したのかどうかはいざ知らず、山手線の某駅では弥生のスイッチが入ったところである。

 「ねぇねぇGoさん、何かこう引き止めたりとかって、あっても良さそうなんだけど」

 「ごめん、どうしても行かなきゃいけなくて。てゆうか、弥生嬢、今夜空いてるの?」

 「え? まぁ、その...」

 「ツッコミたいとこだけど、どうしよっかな」

 最近毒気を見せない弥生がちょっと気がかりな業平である。こう云えば食いついてきそうなところだが、あれれ?

 「SNSで知り合った人とか、楽器屋で働いてた人とか、何となくお付き合いしてたりはしますけど、特別な夜を過ごすって程じゃなくて」

 「そ、そうなんだ... そやつら、何を考えてんだか」

 「あたし、Goさんと過ごしたかったけど、先約があったんじゃしょうがないネ。でもその女性って本命?」

 あせる業平。女性と過ごすとは言ってないのだが、つい口が滑る。

 「いや、本命ってゆうか、その、ハハ」

 弥生のツッコミのこれは変形、いや進化形か。

 「やっぱ、ある女性と一緒ってか。ま、いいや今日は家族とイブします。でも...」

 「でも?」

 業平は珍しくドキドキして来た。こんな風に割って入るのは急いてる証拠。

 「起業とか特許とか、相談したいんだな。時々デートしてほしいかも」

 そんなことを言われて見送られちゃ、改札をスイスイ通れる筈がない。ICカードがピピと行かず、引っかかっている。

 「面白いなぁ、Goさんは」

 弥生はピピ、いや今日のところは、ビビである。電撃作戦、うまく行ったらご喝采!


 さて、流通センターで降車した千歳と櫻は、モノレールに乗って、空港へ行く途中である。エアポートでクリスマスイブとはまたいいことを考え付いたものだ。

 「毎度お手軽ですけど、一応予約は入れたので」

 「ま、今夜は割り勘だね」

 窓の外では離発着シーンが展開されている。昨日から昼間の時間が少し長くなっているので、気分的にまだ明るい印象を受ける。尾翼に西日が煌き、その反射がグラスにも映る。白ワインに紅が差し込んだら、「乾杯!」 だが、櫻は一瞬、グラスに口を付けるのを躊躇(ためら)い、指を唇に当てる。その仕草に千歳はメロメロ。やはり手が止まったまま。が、そのおかげで彼女の唇に薄く紅が注してあることに気付く。

 「どしたの、千歳さん? 白ワイン、お嫌い?」

 「何かグラスに口付けるのもったいなくて、ね」

 「そっか、姫様の唇、奪っちゃったんだもんね。そりゃそうだ」

 櫻はニコニコしながら、ワインを含む。千歳は姫の唇とワイングラスとを見比べるばかり。紅が濃いのはどちらでもない。彼の頬が何よりも紅くなっている。

 

【参考情報】 高輪四丁目アップダウン / トレインビュー@北品川 / 城南島にて


微熱? それとも…

51. 微熱? それとも…


 心なしか赤い顔で誰彼を待つフェミニンさん(X’mas version)が、新宿駅のサザンテラス口に佇(たたず)んでいる。代々木駅方面にある社屋タワーの大時計は、その長針を水平に倒そうとしていた。

 「Go Heyって名前の割には、遅いわねぇ...」

 自動改札では、ピピではなく、ピピピピとか余計に鳴らしてまたしても引っかかっている誰彼さん。文花はピピと来たようで、様子を見に来たところである。

 「あ、おふみさん」

 「まぁ、そんなとこで遊んで。遅い訳だ」

 思いがけない引き止め工作にはあったものの、何とか待ち合わせはうまく行った。

 「たく、ケータイかけたのに出ないしさ」

 「車内では常時OFFにしてるんで」

 「ま、いっか。お誘いしたの私、だし」

 業平は、文花のX’masおめかしに内心「萌えー」の念。チャーミングと言えば、弥生を想起することが多かったが、女性はいくつになってもチャーミングになり得るんだなぁと、ふと溜息。

 「文花さん、何かいいかも」

 「そりゃ、センター三人娘の一人ですからね。ファンクラブ、入る?」

 「会費は?」

 「Go Heyさんなら安くしとわよ。でも遅れて来たからなぁ...」

 イイ感じである。

 イルミネーション見物はあとでいいんだとかで、連絡ブリッジを通って、南口~西口のデパート内を突き進む。目指すはカジュアルなパスタ店。

 「LLサイズでも値段同じなんですよ。ワインも飲めるし」

 「文花さんてお嬢だから、もっとスゴイ店がお好みかと思いきや」

 「お嬢様ってのはね、店を問わないものよ。誰とどう過ごすかの方が大事。ま、気の持ちようよね?」

 お一人様、ワンコインでいただけるミニボトルワインをお互いに注ぎ合いながら、まずは乾杯。リーズナブル志向の客は少なくなく、店内は満員。注文したLLパスタが運ばれて来たのはそれでも十五分後のことである。

 しばらくはおとなしくクルクルやっていたご両人だったが、

 「Go Heyさん、海の幸、お好き?」

 「文花さんのは、野菜たっぷりですか」

 「とっかえよっか」

 「あれ? だって魚介ってダメなんじゃ」

 「生きて動いてるのがね。食材になってる分には大歓迎」

 カップルが多い同店だが、大皿を交換し合ってるなんてのは案外少ない。傍目(はため)にはラブラブ? ともあれ業平はトマトソースが意外と辛かったらしく「萌え」ならぬ「燃え」状態。笑いを抑えつつも、そんな彼をついつい見入ってしまう文花である。今日のところは、仕事の話はなし。

 「ところで、おタバコは? ここ全面禁煙だけど」

 「おかげ様で禁煙継続中ですから。ま、タバスコで我慢、て手もありますけど」

 「じゃ、かけて差し上げましょうか?」

 「ハハ、これ以上、熱くなっちゃかなわんです」

 彼の中では確かに熱くなっているものがあった。弥生のことも気になるが、やはり...

 「南実ちゃんとかタイプだった?」

 いつものように唸っていた業平だったが、この突飛な質問には吹き出さざるを得なかった。帰ってきた魚介系のうち、ホタテなんかが滑って、思わずヨコになっている。

 「ハハ、言われてみれば、ですね。でも、打ち返して吹っ切りましたから」

 「あぁ、十月のあの時ネ。あれはよかった」

 「そういう、おふみさんは?」

 「そうねぇ、掃部(カモン)センセのお相手しなくて済んできたし、気になってた人は櫻ファンだったことが先月わかったし」

 「へ? それって?」

 「あぁ、おすみさんじゃないわよ。オホホ」


 「ハックション! うぅ...」

 「あら、大きなクシャミして。だいじょぶ?」

 「また誰かが噂、それとも...」

 「風邪でもひいた?」

 ワインが回って熱くなってるんだろうくらいにしか考えていない呑気な彼氏である。こっちはプチプレゼントの交換を終え、メインディッシュが下がったところ。デザートのワッフルはじき現われる。

 「ホイップ増量とか、ムリかなぁ...」

 「ハハ、下手に増やすとまた櫻さんのドッキリが」

 「ま、お口の周りに付いちゃったら、今日はそのまま、ネ」

 またしてもメロメロになってしまう千歳。対照的にシャキっとしているのは、いただいた縁起物、金色のブタコインである。ブタの鼻を突(つつ)きながら、不敵な笑みを見せる櫻。小作戦はまだまだ続きそうだ。


 さてさて、十七時過ぎに新神戸に着いた舞恵と八広は、地下鉄なんかを乗り継いでイルミネーション眩い港町に来ていた。ガス燈が名物だが、この通りはケヤキの並木道でもある。ケヤキの身になれば必ずしも有難いとは言えないだろうが、その白を基調とした電飾にその女性(ヒト)はすっかり酔っている。ちょっぴりアルコールが入っているせいもあるが、こちらは彼女の方がメロメロ。

 「八(ba)クン、どうよ。散文とか、抒情詩とか」

 「その煌びやかで柔らかな光のもと、笑みを交わしながら、人は行き交う。そして静かに想う。陽は沈み、魂は鎮まり――」

 ルフロンの目はウルウル。作詞家のやることは実に心憎い。


 とうに十八時を過ぎた。二人は飛行機を間近に見物できるデッキに来る。滑走路のLEDもウルウル系なのだが、どちらかと言うと上空が気になる。聖なる夜に向けて拡がるは夕闇、明滅を始めるは星々。惹き込まれるように眺めている。

 城南島と違い、他にもカップルなぞがチラホラいるが、櫻は構わない。流れ星を合図に作戦開始。

 「さくらのラは、ラブのラですよ、千歳さん」

 「そっか、『咲くLove...』か。って、しりとりの続き?」

 「フフ、続きも何も。もう咲き過ぎちゃって、どうしていいか、わかんないの」

 彼の唇には仄(ほの)かにクリームが残っていたようで、重ねてみたら甘い感じがした。それが程よい刺激となり、ついつい長く熱くなってしまう。千歳はいろいろな意味でフラフラだったが、もう倒れることはない。ただ、飛行機の行ったり来たりが、どこか遠くに感じられてならない。


 空港快速は疾(はや)く、乗り心地もなかなか。これに居心地の良さが加われば、もう言うことはない。それでも甘え足りない彼女は、彼の手をとり、囁く。

 「千歳さん、恋から愛って、やっぱりプロセスネタ?」

 「櫻さん...」

 右に埠頭公園、左は競馬場... なんて歌が聴こえてきそうなロケーション。二人が座しているのはその競馬場側である。車窓からは都市(まち)の灯りが入ってくる。だが、鮮明に見えたり、ボンヤリしたり。

 千歳は瞬きしながら答えを考える。京浜運河の上を滑走するモノレール。加速するのに合わせて、彼は彼女の手を握る。

 「振り返った時、こういう過程を経たんだなぁ、ってのがお互いに共有できてればいいと思う」

 「てことはぁ... 加速しちゃっても別にいいって、ことかな?」

 快走していたモノレールだが、天王洲アイル近くに来ると、速度を落とし始める。

 「僕は相変わらずスローなまま、かも」

 高輪の脇道から見渡した品川イーストが、ここからはウエストの位置に見える。ビル群が眩い、という訳ではないが、今度は櫻が頻りに瞬きする。

 「そっかぁ。やっぱクールなのね。でもいい。いいんだ。それが千歳さん、だもん...」

 「あ、いや、努力は、します」

 そう言いつつも、どうも声の通りが良くない。クールというのは合っている。だが、微熱があるとしたら? クールじゃ済まないのは本人が一番よく知っている。


* * * * *


 微熱という意味では、櫻も同じか。クリスマスの当日は、朝からボーっとなっていていけない。どこまで進展があったのかは不明だが、文花がえらくシャキシャキしているので、実に対照的である。

 「あらあら櫻さん、まるで恋わずらいみたいじゃない。隅田さんと何かあった?」

 「え? 何かって... そりゃあもう」

 「あ、聞いた私がおバカでした。聖しこの夜で、よしよしってね」

 「清? はぁ、掃部先生がどうかしまして?」

 「ダメだ、こりゃ」

 櫻は唇をかんだり、口に手を当てたりを繰り返す。どうにも動作が緩慢なので、冬木の流域情報誌サイトが先行更新された件を確認するにも、手間取っている。

 「あ、データ入力画面、出てる...」

 PC版も何とか形が整い、協賛金の受払についても話がついた。情報誌一月号の小特集に、今般めでたく例のシステムが紹介された、という訳である。ただ、当法人名同様、これといった名称が決まっていなかったのが泣き所。カウント画面だったり、ケータイ入力画面だったり、その場でお世話になるのは画面が中心なので、これまではその程度の呼び方で済んでいた。対外的に公開した際のことは、higata@の人々は正直深く考えてなかったのである。櫻はようやくハッとなる。

 「えっと、エドさんから来たクリスマスメールに、Returnでいっか」

 余談だが、サイト更新の案内はクリスマスカード代わりに送られたものだった。特集掲載はプレゼント、ということらしい。この辺のセンス、さすがはMr. Edyである。

 程なく櫻発higata@宛、「システム名称どうしましょ?」メールが発信される。その文末には、特に管理者、開発者、仲介者のご意見を伺いたい、と添えてある。

 「千歳さん、これ見て来てくれればなぁ。逢いたい...」

 小梅が描いた2D(平面)ツリーを見ていたら、思わず泣けてきた。ツリーはグリーン、されど心はブルー、そんな櫻のクリスマスである。


 午後早々には、弥生と業平から同報返信が入ってきた。

 「弥生ちゃんが『数えてGo・送って Go』、んでもってそのGoさんが『弥生集計』って。この二人、どうなってんの?」

 文花は苦笑しながらもご機嫌斜め。櫻は憂い顔で千歳からの返信をただ待っている。


 閉館時間を過ぎてなお、第一指名の彼からのメールは来ずじまい。この時期になると、差し迫った業務もないので、文花はさっさと帰宅してしまった。

 「どっかに出かけてるとも思えないしな...」

 あわただしく施錠し、自転車に飛び乗る櫻。寒いとか何とか言ってはいられない。風を切るように橋を渡り、早々と対岸にこぎ着けた。

 息を切らしながら、部屋番号を押す。ガランとしたエントランスに、呼び出し音が空しく鳴り続ける。応答があったのは、彼女が解除ボタンを押そうとした、その時である。

 「あ、ハイ。どちら様?」

 明らかに声が嗄(か)れている。

 「私、櫻です」

 「おぉ...」

 扉が開くと、櫻は一目散。宅の前に着くと、呼鈴を押すよりも何よりも、玄関扉を叩く叩く。

 「千歳さん、大丈夫? じゃないか...」

 「あ、今は何とか動けますから。でもうつしちゃうとマズイよね」

 普段着に着替えてあるも、マスクをしている。可笑(おか)しくもあったが、ちょっぴり泣ける。逢えてうれしや、されどお風邪の兆候に気付かず情けなや、そんな心情か。

 「メール来ないからさ、飛び出して来たんだ。でも、まさかね。お熱は?」

 「櫻さんに来られちゃ、また上がっちゃうかも」

 「はいはい、そりゃどうも。どれどれ?」

 風に吹かれて来ただけあって、櫻の手は温かくはなかった。だが、その冷や冷やした感じが千歳には心地良かった。こりゃ微熱じゃ済まないのでは?

 「寒かった、ってことですね」

 「いやぁ城南島は僕の発案だから。ただ、バスの間隔が一時間てのはやっぱり長かった、てことかな。それより櫻さんは?」

 「昨日はポカポカだったから。特にここが」

 彼女は口唇を示しながら、微笑む。ただでさえ熱があるのに、こう来られては倒れてしまう。「ハハ、ま、横になっててくださいな。何か買ってきますから」


 日中は冴えないクリスマスだったが、櫻サンタさんの来訪で途端に晴れ晴れ。千歳はようやくメールをチェックし、システム名称の一件を知る。「数えて、入れる、サポートシステム、だとすると...」 ある単語のおかげで、急に元気になってくる。だが、今日のところはお預けだろう。


* * * * *


 二十八日はセンターも仕事納め。前日までに資料類の棚卸は終えていたので、今日は専ら大掃除である。午後からは頼りになる(?)男性が来る予定。櫻はさっきから落ち着かない。

 「櫻さん、エプロン、裏返しじゃない?」

 「あら、私としたことが。ホホ」

 「ま、そういうのもチャーミングのうち、かもね」

 今週の文花は、櫻が見てもどこか可愛らしい印象を受ける。イブにきっといいことがあったに違いない、と確信しているが、下手に聞き出してノロけられたら大掃除にならないので、あえて聞かないようにしている。逆に文花は話したくて仕方がないのだが、相手が相手だけに、ぐっと我慢。ここだけの話、という訳にはいかないことは重々承知している。

 「あ、千歳さま。いらっしゃい♪」

 「こんにちは、姫様。あ、おふみさんも、どうもです」

 最終日だから今日は許そう、と思っている事務局長だが、我慢を重ねるにも限度はある。

 「いいなぁ、何かラブラブで。私も呼んじゃおっかな...」

 「誰を?」

 カウンターで対面している二人は声を揃えて問う。

 「え、いえ別に。さ、掃除掃除!」

 動揺を隠すようにマスクを着ける文花。表向きはホコリ除けだが、話したい衝動を抑えるためでもある。

 「文花さん、マスク... それって裏じゃ?」

 「あらら」

 この場合、あまりチャーミングとは言えなかったりする。


 千歳もマスクをしているが、こっちはあくまでお掃除シフト。お風邪の方は、彼女の一夜の看護のおかげもあり、すっかり快復した。櫻はカウンターやデスク周り、千歳は窓際、少々距離はあるが、話し声はヒソヒソ調。

 「ところで千歳さん、例の名称、本気で『KISS』を推す気?」

 「いやぁ、あの時は熱があったから。何か違うの考えないとね」

 「私だったら、『DIO』とか。Data Input & Output... どう?」

 二人で操作すればDUOか。千歳はそこから単語を捻(ひね)り出す。

 「ちょっと変えて、Data Upload system On-site... 略して『DUO』ってのは?」

 DUO(二人)で考えた、というのがまた好い。手を休めつつ、櫻のPCから出来立ての案をhigata@に発信する。文花はブラインドを拭きつつも、

 「恋人どうしってのは、あぁいう風に見えるのね。私もいずれ...」

 片方の手はブラブラ。誰かさんが来たからではないだろうけど、三人の大掃除は、至ってスローである。

 

【参考情報】 京浜運河と東京モノレール



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