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福島の母倒れる

  電話の呼び出し音が室内に響き渡る。竹内豊は枕元にある使い込んだ目覚まし時計を無造作につかむと、文字盤に目をこすりつけるようにして、時刻を確かめた。まだ午前六時半である。豊は一瞬、不安の塊が胸の中に湧き上がるような気がした。

 妻の法子が受話器を取った。

「はい。そうですが。おります。今代わります」

 豊は不吉な予感を振り払い、掛け布団を押しのけ、受話器を受け取った。

「豊ちゃん。大変だ。お母さん倒れた。救急車今来てらん。すぐこちらに来てくれね」

 その声は兄嫁だった。

「実家に来て。途中でよいから着く時間連絡して」

「判った」

 電話は切れた。不安顔の法子に豊は、

「母が倒れた。福島へ行く」

 と言うのが精一杯だった。

 豊は急いで朝のシャワーを浴びた。シャワーの一滴、一滴が自分の涙のように豊には思えた。母よ、待っていろよ。絶対に死ぬなよ。豊は唇を噛み締めながら思った。

 ユニットバスから出ると、豊は紺のスーツを着込み、着替えなどを詰め込んだカバンを用意し、玄関で靴を履いた。

「旅費はあるの?」

 と妻の法子は豊に聞く。

 豊は財布の中に、一万円札が一枚しか入っていないのを思い出した。

「動揺しているんだよ。母が救急車で病院に運ばれたようだ。危篤状態だと思う」

 法子は口数の少ない豊から、容体はもっと深刻であることを聞かされ、驚いた顔をした。

「早く言ってください。そんなにひどいの?豊さんしっかりしてね」

 現場に走らねば、何が起こっているのかまったく判らない。亡くなったわけではない。僕が行くまでしっかりしていろよ。豊は心の中でひたすら母のことを祈っていた。

 長女の理沙は、小学校へ行く支度で忙しいため、法子と長男の学が豊についてエレベータに乗り込んだ。赤いTャツに短パンをはいた学と法子が、マンションの一階の玄関口から豊を見送った。見えなくなるまで、心配そうに豊に向かって、手が振り続けられた。

 蒲田と五反田の間を走る東急池上線の洗足池駅まで歩くと、汗で肌着がすっかり湿り始めているのが判る。改札口を通り過ぎて、五反田行のホームに向かって階段を上がっていった。ホームは通勤客などで一杯だ。午前八時の時間帯はかなり混み合う。

 しばらくすると、乗客で重くなった電車が、喘ぎながらホームに滑り込んできた。豊の悲しみなど、一切知ることもない人々が大勢乗っていた。その車内に入り、空いたつり革につかまった。

 戸越銀座で豊は都営線に乗り換える。商店街を突き抜け、右に折れると地下鉄の入り口がある。梅雨空の雲の切れ間から、鈍い太陽光線が漏れて、薄汚れたアスファルトに反射しているのが見えた。弱々しい光である。

 地下鉄の電車は、駅に到着するたびに人々を大量に飲み込んでいく。つり革につかまり、踏ん張っている豊の両足は、後ろから押し寄せる乗客の体重で、だんだん萎えていくようだった。

 都心に近付くころ、運命に抵抗するかのように、倒れそうな両足を踏ん張って、後ろへ押し返すと、少女の叫び声が聞こえた。豊が押し返したところに少女はいた。豊は車窓に映った彼女の怒りを含んだ顔を一瞬見つめたが、謝る気力もなく、またすぐ目を閉じた。

 押上駅を出て交差点を渡り、空を見上げると、白い骨組みの工事中の東京スカイツリーが豊を見下ろしていた。会社に寄り、必要最低限の用事を済ませ、また、押上駅に向かった。六ヶ月前の帰郷時の不安に似て、やるせない気分が脳裏を支配していた。あの時の東京スカイツリーの高さは、確か二百メートルぐらいだったろうか、と豊は思った。

 上野駅に着くと、豊は新幹線の切符売り場に向かった。みどりの窓口である。

 豊は、六ヶ月前より深刻な気持ちで切符を買っていた。あの時は、数人が豊の前で並び、一番前の購入者がなかなか立ち去らないので、後ろに並ぶそれぞれが、イライラしたさまざまな表情を見せていたのを、昨日の事のように豊は思い出した。

 今日はすぐに買えた。郡山までの新幹線自由席券とY町までの乗車券である。改札口を通過し、ノロノロと地下に入っていくエスカレーターに体を任せた。奈落の底に向かって降りて行くような錯覚がした。

 ホームには「やまびこ四七号」を待つ乗客の列が連なっていた。豊はある列の最後尾に並び、カバンを床に置いた。やがて東京駅から列車が到着し、ドアが開いた。どっと乗り込む乗客の後ろに続いて、豊も車内に入り、空いている席をどうにか確保した。車内はしばらくごった返した。豊は早く落ち着きたかった。母の容体に関する不安を、少しでも解消して、自分を鼓舞したかった。そのためには静けさが必要だと思った。波乱万丈の人生などと大袈裟なことは言わないが、繰り返される日常を離れると、そこには言葉では表現できないほど生々しい現実が、見えてくるような気がした。

 発車音がホームに響いた。車体は静かにレールの上を走り出した。

『母よ待っていろよ。死ぬんじゃないぞ。今行くからな』

 新幹線は最初、地下をくぐって進んでいたが、しばらくすると地上に這い上がり、スピードをぐんぐんとあげた。眩しいくらいの光が豊の網膜の奥まで差し込んだ。

『大丈夫だ。きっと良くなる』

 

  午前十時五六分、郡山駅に「やまびこ四七号」は到着した。磐越西線の次の発車まで一時間程ある。豊がホームを歩いていると、明け方の兄嫁の慌てた声が脳裏に浮かんできた。

「実家に来て。途中で良いから着く時間連絡して」

 母の容体の変化を、真正面から聞かなければならない怖さが先に来た。しかし、豊は忠実にこの言葉に従うことにした。

 辺りを見回して、人影が無いベンチを探した。改札口の側に、大学生風の男が、ナップザックを片方の肩に掛けて座っている姿が目に飛び込んできた。豊はしばらくたたずんでいたが、大学生は折よくすぐにその場所を立ち去ったので、そのベンチに座った。携帯を上着のポケットから出し、画面を見ると、自宅からの着信が二回入っていた。それにかまわず、かすかに震えながら実家の登録番号を押した。携帯を右の耳に当てると、話中のプープーという音が聞こえてきた。

 少し間をおいてまた再呼び出しのボタンを押した。今度は呼び出し音が不気味に鳴った。父が出た。いつもと変わりがない落ち着いた声の響きだった。豊は少しほっとしながら、

「豊です。今、郡山の駅だ。十三時三十八分にはY町に着く。迎えに来てくれる」

「いや、迎えには行けねえから、豊、悪いけどタクシーで来てくれないか」

「それは構わない。そうする。ところで母の容体は?」

「いや、亡くなった」

 柔らかい空気の中を、熱を帯びた陽光が、ホームの黒ずんだコンクリートに射していた。

 その極めて重大な言葉の意味がしばらく飲み込めなかった。一体何が起こっているというのだろうか・・・・・・。

「亡くなったんだ。詳しいことはお前がここに着いたら話す。まず来てくれ」

 涙は出てこない。むしろ信ずることができなかった。父の口調は冷静すぎるが故に、些細な出来事のようにしか豊には感じられなかった。携帯を閉じる音がホームに冷たく響いた。

 豊は父の言う言葉の意味する出来事を、打ち消したかった。何かの間違いであって欲しいという思いで、また携帯を開くと、東京の自宅の電話を呼び出した。妻の法子の声が聞こえてくるはずなのに、姑の声が響いてきた。

「豊さん。この度は大変ですね。ビックリして来たんですよ。今、法子は理沙を迎えに小学校に行っています。法子が言っていたけど、理沙は風邪を引いているから、大森の実家に連れて行って、学は長男だから福島に一緒に連れて行くって。法子は帰ってきたらすぐそちらに向かうそうです」

「福島からなんて連絡が入ったんですか?」

  豊はすでに東京に母の死亡の連絡が入っているかどうかを確かめるかのように言うと、

「お母さんは亡くなったって」

  姑は豊がまだその事実を知らないと思ったようだった。福島の父とまったく同じ響きの言葉を告げた。豊はその時、母の命は本当にこの世から消滅したのだ、という意味を少しだけ理解した。 

「法子に何かあったら携帯に連絡をいれて、と伝えてください」

  父と話した時より激しく愕然とした気持ちで豊は携帯を閉じて、父と姑の言葉をゆっくり反芻した。

『何故だ・・・・・・』

  続いてその死亡したという言葉が、頭の中でガラガラと回り始めていた。

 

  トイレから出てくると、今度は階段下の日陰のベンチに座った。ベンチは二つあった。どちらも一人ずつすでに先客がいたが、老人が座っているほうに腰をかけた。

  五十代の女性が、連れの若い女性と甲高い声でしゃべりながら、歩いて行くのが見えた。豊の視線を感じて、こちらの方を振り返った女性の表情は、母が豊に微笑みかける時に似ていた。希望を失っていなかった数年前の気力に満ちていたはつらつとした表情に。

 死因は心臓麻痺だろうか。衰弱なのだろうか。豊の疑問は繰り返された。十一時三十五分、列車は発車した。豊はドアの側の座席に深々と身を沈めた。

 

  母は内向的でおとなしい女性だった。父に逆らった姿を見たことは無い。豊が小学生の時、父は冬になると東京にある大企業の工場へ出稼ぎに行った。律儀に週ごとに母に送ってくる手紙を、豊に隠れて読んでいる光景をしばしば見つけた。兄は郡山市にある電機メーカーで寮生活をしていた。だから、冬は母とアルコール中毒の祖父と豊の三人の不思議な生活が数年あった。生まれは東京で花屋を経営していて、愛人もいてかなりはぶりが良かった祖父は、お店の倒産と同時に田舎に引き取られた寂しさからか、酒を浴びる様に飲む毎日だった。そんな祖父を気遣い、健康のためにとY町の中にある湯治場に、母が連れて行って、ちょくちょく逗留させた。

 朝から粉雪が舞うある日、母は買い物に出かけていた。一人留守番をしていた豊に、分厚い防寒服を着込んだ青年が小さな紙片を手渡した。湯治場から来た電報である。

『正一死す』

 豊は、足にまとわりつく雪を後ろに蹴り上げながら、母を捜しに走った。黒い影を粉雪の中に見出し、駆け寄って祖父の死を告げた時、母の顔は雪より白くなった。慌てて雪道を駆けて行った後姿を、踊るように降る粉雪がやがて見えなくさせた。死因は酒を飲んで温泉に入ることが多かった祖父だが、温泉に浸かっているうちに体に負担がかかり、心臓麻痺でそのまま亡くなっていたそうである。

 いたって丈夫な母が、珍しく病の床についたことがあった。胸の病気である。数ヶ月、会津若松の総合病院に入院した。母が不在の間、小学生の豊は、自分と父の食事を作った。洗濯や掃除など繁雑な家事もそれなり喜んでこなした。しかし、どういうわけか父や、郡山にいる兄のように、母の見舞いには一度も出かけなかった。退院してきた母は涙をためながら「豊は冷たい子だ」となじった。

 豊が高校生になると、良く父と喧嘩したものである。ある日、罵り合っているうちに、父に投げられたどんぶりで、豊は頭から血を流した。母はただちに体を張って豊をかばった。次の日から学校に行く前に、母は朝の牛舎の仕事を中断して、豊の包帯を直しに戻ってきてくれた。それはしばらく続いた。頭でっかちの反抗期の頃の豊は、頭に触れる母の手が、とても暖かくて優しさに満ちていることに気づいた。外はかえる達が力強く鳴いていた頃だろうか。

 高校を首席で卒業して東京の会社に就職した時、どんなにか巣立つ豊を引きとめたかっただろうか。東京の会社の寮を視察し、「狭くて大変だ。いやだったらいつでも戻ってきていいよ」と、そっと優しく微笑みながら言った母。東京タワーを見学し、上野駅で別れる時には、ただじっと涙を堪えて、何一つ恩着せがましいことや寂しさを言葉に出すことはなかった。乗車すると、少しだけ悲しそうな表情で時折下を向き、新幹線の窓から手を振っていた母。その姿が記憶の中にずっと残っている。

 冬子は豊が帰省するごとに、大好きだったある流行歌の話を毎回する。その歌は、都会に出て行った恋人の心が、だんだんと離れていく悲しい物語である。冬子はそれを聞くたびに涙すると豊に言うのである。豊は次男ではあるが、冬子にとっては愛しい恋人のような存在なのかも知れない。

 法子との結婚が決まり、電話をすると、「何故、そんな八歳も年上の人と結婚するの。おらにはわからない」と電話口で涙をためているのであろう、声をふるわせながらつぶやく母。

 法子を初めて福島に連れて行った時、五色沼の前で記念撮影をした。婚約者本人に会って安心したのか、母の顔は晴れやかで美しかった。まるで少女時代に戻ったかのように明るく振舞った。

 

  会津若松までは一時間ちょっとかかるが、豊は一日中同じ姿勢で座席に腰掛けていたような気がした。最近、豊の生活の中では、感じたことがなかった時間感覚である。

  列車は会津若松の駅にノロノロと入っていった。JR只見線に乗り換え、また一時間ほど走ると、Y町の懐かしい駅舎が見えてきた。豊の原点である故郷の駅である。ところが今日は死者に会うためにやって来た。とうとうその日が来てしまったのだ。東京を発つ時は、亡くなることなど考えていなかったのに。この駅に到着する時には、母を弔うために豊は降り立たねばならなかった。

 

  黒塗りのタクシーの側に行くと、ドアが開けられた。乗り込み、行く先を言うと、白いレースがかかったソファに体を沈めた。まだ初々しい二十代の若い運転手は、ルームミラーで豊の顔を一瞥すると快活に言った。

「あそこだったら、竹内さんのところですか?」

「ええ、そうです」

  豊の暗い言葉にそれっきり会話は途絶えた。

  タクシーはかなりのスピードでぐんぐん走っていった。しばらくすると前方には見慣れた懐かしい杉林が、鬱蒼と茂るのが見えた。左へカーブしていくと舗装された県道はどんどん山の中に入っていく。雑木林を切り開いて作った幅広い路肩が左側に広がる。初夏とは言え、車の中の温度は高くなる。木々の日陰を利用して、車の中で午睡をしている人影が見えた。大型トラックと、ライトバンである。そこを通りすぎると、また杉林が眼前に広がった。大きく右にカーブを曲がると上り坂となる。小さな山の裾野を走るカーブは幾つもあった。その小さな山の頂上に近いところに出ると豊の実家だ。この小さなカーブの続く辺りは、山桜が群生している。かつて何度か桜の花びらが舞う坂道で、出稼ぎから帰ってくる父の乗るタクシーのエンジン音が聞こえないかと、耳をそばだてていた豊がいた。頭上からは強い春風に乗って、淡紅色の花びらが空中を舞い続けていた。春の吹雪のようだった。

  タクシーの運転手にお礼を言って豊は降りた。実家の前には数台の車が駐車していた。豊は辛い心を鼓舞しながら玄関の前に立った。


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親子の確執と別れ、冬子の鬱病

  竹内源一は終戦直後に生まれた。出身は静岡県である。高校を卒業して東京に出て、電機メーカーに就職した。しかし、人に指図されて仕事をするのは、性にあわないことにある日突然気づいた。根っからの職人気質的な性分を持ち合わせている、と言ったら決め付けだろうか。やがて嫌な会社生活に耐えながらも金をため、単身福島に引っ越し、友人の伝で土地を購入した。その土地の木材を使い、小さな家を建てた。そして、東京で知り合った冬子を呼んで結婚をした。冬子は東京の馬込の花屋の娘だったが、複雑な家庭環境の中で、一刻も早く家を出たかったので、源一からの求婚は、渡りに船だったのである。そして付け加えるならば、あえて苦しい生活を承知で、福島の源一のもとへ嫁に行ったのは、おそらく源一を強く愛していた、としか考えられないのである。 

  源一は最初、稲作に取り組んだが、なかなか収入も伸びず、ひどい貧乏だった。ただ白飯だけはふんだんに食べられたのは、不幸中の幸いだったのだろう。冬になると雪に閉ざされ、なんの収入も無かった。浩一と豊が生まれたが、十分にお菓子や文房具を買ってあげられなかった。それは源一の男親としてのプライドを傷つけたのだろう。何としても普通のサラリーマンには負けたくない。意地でもサラリーマン以上の生活を確保したい、というのが日々の願いであった。それで目をつけたのが、米のように年一回の細々とした収入ではなく、毎月定期的にお金が入ってくる乳牛だった。冬に現金が確実に入る出稼ぎに何年か東京へ行き、少しずつ貯蓄し、やがて乳牛の飼育の設備や購入に当てて行った。飼育した子牛を死なせたり、購入した餌の代金が高くて赤字が続いたり、酪農経営を軌道に乗せるまでは失敗の連続だった。しかし根っからの読者家であった源一は、一生懸命勉強して実践を重ね、牧草の栽培やサイロの利用など、効率的な経営のノウハウを身に着けて行った。努力の甲斐があって、豊が高校を卒業する頃には、堂々たる牛舎も完成している。だから源一は、家族のために寝る暇も惜しんで苦労をしながら、仕事に取り組んできた自負と誇りがあった。だがそれは反面、家族とのありきたりなふれあいの時間を作ることなど、ほとんどなかったということでもあった。仕事をして家族を養うことが、源一にとってはまず先決であったのである。そして、家族を養うことをきちっと果たしていれば、あとは自分の好きなことをするタイプであった。結果的には、子供のことは冬子任せの面があったのである。

 長男の浩一は、勉強はほとんどしない割には、成績が良かった。豊がガリ勉タイプだったのとは対照的である。浩一は漫画を描くことや、音楽の才能もあり、色々なことに首を突っ込むのが好きだった。豊はその自由に振舞う兄を心の底では尊敬していた。浩一が中学生三年の夏休みの時、突然「旅に出る」と言って、自転車に乗って東北一週を試みたことがあった。学校の厳しい校則や一般的には保護者監督が必要な年代に、一人旅をする勇気に、豊は「絶対自分にはできない」と思った。もちろん東北旅行から帰ってきた時には、源一を始め学校から厳重に注意されたが、本人はいたって平気な顔をしていた。豊は、そのふてぶてしいばかりの好きなことは何でもやるという自由奔放さに、あきれるというより、自分にはないものを持つ兄に憧れを抱いたのである。一事が万事で、後年いろいろと関心のあることに手を出しては、失敗しながらもけろっとしている浩一ではあった。浩一は自分の性格について、豊と飲んだ時に良く口にするのは、『俺は賭博者だ』である。ドストエフスキーの名作を、兄弟で読んでいるが、ずいぶん思いあたるところがあると豊は感じていた。そして、豊の性格を『石橋を叩いて渡る面白くない性格』と時々浩一が揶揄することがあるが、これもかなりあたっていた。いずれにしても、思いつきで結構やりたいことをやってきたのが浩一である。失敗は人生にとって肥やしだ、と持論を展開して一人で笑うのである。豊は半分その性格が欲しいと思った。

  この性格の長男の浩一と、職人気質の源一とは確かに合うはずがなかった。まさに水と油の関係だったのである。何かを決める時の発想がもともと違うのである。だから根本的な意見の相違から、激しい喧嘩は日常茶飯事繰り返されたのだ。外から見ていると、酪農で成功した竹内家の創業者と、二代目の確執であったが、根はもっと深刻であったのだ。また、大企業であれ、個人経営であれ、創業者と二代目との衝突は、常にどんな時代でも出現していたが、竹内家の場合は、性格の違いが災いしていた。事業の「やり方」の違いのようだが、実態は違ったのである。加えて、それだけでは言い尽くされない多くの要因も、隠されていたようだった。

 温泉町として栄えているほか、さして特徴のないY町で、酪農という事業を起こして成功している農家は少なかった。竹内家とあと二軒しかなかった。それ以外は兼業農家で、細々と数頭の牛を飼育しているというのが現実だった。

 豊が竹内家から居なくなると、やがて良子が浩一の嫁として同居するようになった。

 新しい牛舎を立て、牛の数を増やし、県の酪農経営部門で入賞するまでになった頃、創業者と二代目の確執が始まった。権限の委譲の時期にさしかかっていた頃である。源一と浩一の関係は、少しずつ「やり方」の違いが露呈するようになった。しかし、皮肉なことに二人の争いをよそに、酪農事業による収益は上昇し続けた。二人は竹内家の酪農経営について、ある時は牛舎の中で怒鳴りあい、ある時は牧草の収穫をしながら罵り合うというように、だんだんエスカレートしながら、けっして譲り合うことがなかったのである。

 二人が衝突ばかりしていたその「やり方」と、本質的な性格の違いを超えて、融合させる方法はと言えば、ひとつしか考えられないだろう。本音でとことん語り合うことである。事件が起きてから、周囲の人々がその単純なことに初めて気づいている。

 同じように、事件が起きるまで、何も知らない豊は、東京で実家の成功を一人誇りにしていたのである。

 源一は六十歳を過ぎると、農業者年金を貰える立場になった。そろそろ後継者である浩一に、酪農経営の全ての権限を委譲しても良い年齢になった、ということである。しかし、源一の頭の中は、頑固なほど世間一般の常識を受け入れなかった。血と汗と涙で築いた財産を、自分の本当の息子とはいえ、長い確執の時間は、まるで他人に渡すような気にさえさせていたのである。長い争いは、利害が、エゴが、家族愛を超えて噴出していたと言えるかもしれない。浩一に向かって『信用できない男だ』、『どうしょうもないばか息子だ』とわめき散らすことがしばしばあった。

 こつこつ型の源一から見ると、浩一の「やり方」はかなり危なっかしいものに見えるらしい。確かに石橋を叩いて渡るというタイプの人間からすると、浩一がどんどん新しいことをやろうとすると、理解されがたいという面もあった。「これからは良い牛でないと、乳量も増やすことができない」と、源一に反対されることは判っていたので、一言も相談せず、浩一は銀行で数百万を引き出し、北海道に飛んだ。これは明らかに豊には出来ないことである。一か八かで行動することが好きなのである。普通の子牛ならば二十万円程度が相場だが、その十倍の値段となる最高級の子牛を購入した。北海道から帰ってくると、源一は烈火のごとく怒った。

「何ばかなことをやっているんだ。そんな子牛に金を使っても何にもならない。良い子牛なら安くてもいくらでもある」 

  と一喝したのである。あとはいつものように家族中で大騒ぎになっているが、このようなパターンで争いは果てしなく続いた。つまり、石橋を叩いて渡る派と、賭博者派との戦いであり、お互いに相手を理解することは不可能に近かったのである。

 また、源一にとっての後継者像から、浩一は全くかけ離れたものに見えたのであろう。浩一にとっての創業者像からは、源一は違うものに見えていたわけである。

 

 平成二十年の夏、ある事件が起きた。

 豊は、妻の法子と理沙、学に加え、法子の両親を連れて福島に帰郷した。源一は法子の実家の人間も来るということで、家族を挙げて歓待することにした。しかし、豊達が滞在する最後の夜、浩一にはY町の中学校の同窓会があった。浩一は同窓会の役員をやっていたこともあって、そちらに出席することにした。

 豊達が帰郷する三日前である。

「豊の嫁の実家の人も来るから、浩一は同窓会なんか行かないで家にいてくれ」

「いや、豊には悪いが、俺は同窓会に行かねば。同窓会だって大事な行事だ。豊は判ってくれるはずだよ。もう決めたから」

 浩一は先ほどからの源一の執拗な詰問に辟易しながら、吐き出すように言った。

  そして、しばらく押し問答が続いた。時間が経過するにつれ、源一は湯沸かし器のように沸騰し始めた。

  その沸騰が頂点に達した時、激高した源一はやってはならないことを決断して、台所に駆け込んだのである。居間に戻った源一の手には、鈍い銀色をした出刃包丁が握られていた。

「どうしても同窓会に行くというなら、これで刺すぞ」

  源一の顔は神も仏もない形相だった。

  すると、とっさに側にいた良子が源一の前に立ちはだかった。源一の包丁の切っ先のすぐ前である。良子の全身は恐怖で細かく震えていた。

「浩一君を殺すならおらを殺してからにして!」

  その絶叫のような良子の声には、深い強い愛が漲っていた。どんなことがあっても浩一を守るという意志に満ちた愛だった。

  源一は良子のすさまじいばかりの夫を思う気持ちに驚き、出刃包丁を持ったまましばらく静止していた。極限の緊張感が数分間あった。しかし、源一は玄関から黙って出て行った。

  三日後、その時は何も事情を知らない豊は、満面に笑みを浮かべて、法子の両親達を案内しながら、その玄関の戸をガラガラと開けたのである。

 

  平成二十一年の五月の事である。

  源一が家出をした。家の中にある通帳の全てを持って忽然と消えてしまった。長年連れ添ってきた妻の冬子は、心当たりの旅館に片っ端から電話をした。しかし、消息は何もつかめなかった。冬子は電話では埒が明かなかったので、今度はY町中を探し回った。これも何の手がかりもなかった。へとへとになって帰宅すると、顔の表情は虚ろになっていた。そして鬱病が始まったのである。竹内家は、もともとそういう気質の人間が多かったが、冬子は度重なる家族の亀裂事件に、ついに命の弦を切ってしまったのだろう。

  数日経って、源一は何事も無かったような涼しい顔をして帰ってきた。どこに行っていたかを語ることも無く、そのまま日常生活に戻った。だが、冬子だけは嵐の中に漂う小船のように、親子の確執という荒波に呑まれ、沈没してしまった。

  冬子は鬱病患者の典型的な症状を示していた。色々な物事の一つ一つに対して執着が強く、気分はいつもグレーだった。物悲しく、憂鬱になり、生き生きした感情は何処かに隠れてしまった。やがて牛の世話や家事にも手がつかなくなり、考えていることも、まとめて結論を出すことができなかった。不眠の毎日が襲ってきて、日ごとに気分に著しい変動があった。特に朝の気分は、何かに押さえつけられているような、重苦しく耐え難いものであった。

  一方、冬子の鬱病は竹内家全体を侵食し始めた。最初に浩一を、突然人が変わったように怒鳴りつけた。内容はお金に関すること、仕事のこと、さらにこれまで一度も嫁の良子のことを陰で罵倒したことが無かったが、平然と喚き始めた。そして、良子本人を目の前にしても同じく止まることはなかった。

  その被害は、やがて溺愛していたかわいいはずの孫の由美と和幸にまでも及んだ。由美は中学二年生で、高校受験のための大事な時期だったが、表面化した家庭内の問題に巻き込まれ、反発心から不良のように振舞い始めた。和幸は登校拒否となり、部屋に鍵をかけて閉じこもるようになった。

 

  そんな冬のある日のことである。Y町の町長選挙を目前にして、ある候補を励ます会で、浩一は応援演説をする順番を待っていた。指名されていよいよマイクの前に立ったのである。

「今回の我がY町の町長の選挙について、一言挨拶させていただきます。え・・・・・・まず、その、この候補は年齢からいっても若く、え・・・・・・その、あの・・・・・・、ですから、俺としましても、あの・・・・・・」

  浩一は冬にもかかわらず、公民館の集合した町民の熱気と、いつもと違う不思議な緊張感のせいか、額のあたりから汗がにじみ出てくるのが判った。そして、用意した次の言葉が浮かんでこなかったのである。だんだんとしどろもどろになっていった。やがて登壇者の異常に気づいた聴衆がざわつき始めた。弁士を励ます声とやじる声が混ざり合って館内に響いた。驚いたのは、候補の取り巻き連中である。浩一は過去に何度も登壇しており、弁士として安心して聞いていられるし、青年団の中では実力者だったから、当てにされていたのである。ところが今日はどうしたのだろう、心配な顔をして登壇者を見守っていた。

  しかし、会場の雰囲気は、負の方向へ進むばかりであった。当の浩一といえば無様なほど理性を失い、マイクの前にただ直立しているだけである。

  とその時、機転を利かした幼馴染の司会者が、抱きかかえるように浩一を壇上から連れ去り、再びマイクを握った。

「竹内君は最近忙しくて、ちょっと疲れているみたいなので、次回にまた挨拶してもらいますので、続いてH地区の秋葉君に一言話してもらいます」

  秋葉の話が始まると、場内の聴衆は、浩一にたった今起きた異常事態を、少しずつ忘れていった。

  浩一は、母の冬子のような発病とはならなかったが、精神は極度に衰弱していた。日に日に深い溝ができていく父との対立関係や、冬子の鬱病による家族崩壊の有様に耐え切れなくなり、それが応援演説という張り詰めた緊張感の中で、爆発したようである。

  次の日、朝の搾乳を終えて帰ってきた浩一は、突然居間にあった大型テレビを持ち出し、狂人のように喚きながら、うっすらと初雪の積もった庭に投げ捨てた。普通の男性では、重量と大きさで簡単に持てそうにない、父が愛用していた大型プラズマテレビである。ドスンと大地に衝突し、ガラスが破壊されたような音がしたかと思うと、しばらくして、すすり泣くような浩一の嗚咽が、庭中にしんしんと響き渡っていった。

「もう、俺はこんな仕事やりたくない」

  浩一の出口の見えない苦しみに対する嘆きが、昨日の出来事に続いて、爆発したのであろう。それを見て、あわてて外に飛び出した源一と冬子、そして良子は、鉛色の冬空の下に立ち尽くしていた。

  たまりかねた良子は、「かわいそう、かわいそう」と言いながら、

「おらの実家に連れて行く」

  と源一と冬子に、今まで積もりに積もってきたものが爆発したように、強い敵愾心をあらわにしながら、きっぱりと言い切った。

  地面に座り込んで、子供のように泣いている浩一を立ち上がらせると、二階の寝室に連れて行った。五分もしないうちに、当座の必需品を詰め込んだカバンを、それぞれが持ち、二人は黙って車に乗り込み、隣町の良子の実家に向かったのである。

  冬子は家族の別れが決定的になったことに、また大きなショックを受けた。鬱病がますます悪化していった。別れはいつも悲しく苦しいものである。この世に愛するものとの別れが無ければ、と冬子はかなわぬ人生を怨んだ。


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鬱病治してスカイツリーに登りたい

 ある日、豊は仕事を終えて電車に乗る前に、いつものように法子に携帯で連絡を入れた。その時、法子はとても信じられないような事実を、豊に知らせてきた。豊が連絡を入れる少し前に、入った伝言である。浩一夫婦とその子供たちが、実家を出たというのである。まさかと思いつつ、豊は自宅にたどり着いた。法子から大まかな話を聞き、福島に電話をした。受話器の向こうから、母の声が弱々しく響いてきた。

「今日。浩一は仕事がいやになったって、家を出て行った」

  豊は当事者のその言葉を聞いてもまだ信じられなかった。何故ならば、寡黙でひたすらに仕事に打ち込む兄の浩一が、いきなり破滅的行動に走ることなど、想像もできなかったからだ。

  どんな気持ちで父母を捨てたのか。どうして反逆の炎を上げたのか、豊はその時点では、まったく理解できなかった。

  母はただ電話口ですすり泣きしているばかりなので、豊は浩一の行状にあきれはて、戸惑うばかりである。

  次の日の夜、父の源一から豊に電話が入った。家族崩壊の事態は、もうのっぴきならないところに来ているので、福島に来てくれとのこと。母は以前から鬱病にかかっていたが、今回の家出事件で、非常に強くショックを受けますます酷くなっているとのことだった。

「豊、来て、励ましてくれ」

  と父の源一は珍しく懇願した。

 

  不可思議な福島の実家の事件に、大きな不安を抱きながら豊は朝を迎えた。前日準備した旅行バッグを持ち、家を後にした。会社で少し仕事をこなし、押上の駅に向かってとぼとぼと歩いた。分厚いグリーンのコートの重みが、肩に食い込むようだった。ふと頭上を見上げると、東京スカイツリーが豊を見下ろしていた。白い外観があたりを圧倒していた。工事は着々と進んでいる。

  押上駅の改札口を通り過ぎ、電車が到着するまで、ホームで何度も深呼吸をした。

 上野駅はいつものように賑やかだ。みどりの窓口が込んでいたので、豊はイライラした。

 

  午後八時ごろ、豊は冷たい冬の空気を深く吸い込み、ガラガラと福島の実家の戸を開けた。

「今、帰ったよ」

 玄関から続く廊下の突き当りを見ると、観葉植物用のガラスケースが置かれ、わずかな植物が葉を広げていた。植物を照らす紫の蛍光灯の光が、寒々とした印象を与えている。右手にある台所のほうからは、白い光が漏れてくる。その光を背に受けた小柄な母が出てきたのが見えた。

「ああ、豊かい。帰ってきてくれたのかい。ありがとう」

 母の変わり果てた病的な顔が、薄暗がりの中に見分けることができる。

「帰ってきたからもう大丈夫だよ。しっかりしてお母さん」

 豊の言葉に、冬子は幼い子供のようにメソメソと泣き出した。

「おじゃまします」

 と豊は靴を脱いで居間に入っていった。

「浩一も嫁も孫たちも、みんな出て行ってしまった」

 と冬子は涙を流しながら、自分は不幸な女であることを話し始めた。たどたどしく、脈絡のない話だが、事前に電話で聞いていたおかげで、ある程度は理解できた。

「僕が帰ってきたから、もう大丈夫だよ」

 豊は何の根拠も自信もなかったが、何度も頷きながらその言葉を繰り返した。冬子は少し落ち着き、牛舎に豊が到着したことを電話で知らせた。

 豊は東京の法子に、無事福島に着いたことを携帯で知らせると、理沙と学が電話口に出たがった。少し代わる代わる喋っていると、今度は福島のおばあちゃんと話したいとせがむ。

 豊は冬子の心が少しはまぎれるだろうと携帯を渡した。するとまた涙ぐみながら、孫たちとしばらく話をしていた。

 携帯を豊に返すと、冬子はこう言った。

「孫は本当に可愛い。だのに孫の由美と和幸は、おばあちゃんと一言も口をきいてくれない。それが悲しくて悲しくて何にもしたくね。浩一は浩一でどうしちまったんだろう。狂ったみたいにテレビを庭に投げてしまって。あの子は本当は優しい子なのに、すっかり変わってしもた。この前の朝に、仕事がいやになったと言って、ここを出て行ってしまったんだ」

「今、兄貴はどうしているの?」

 と豊は聞いた。

 冬子は落ち着かず、散らかったものを片付けながらつぶやいた。

「浩一は牛が好きだから、本当に仕事を辞めたわけじゃない。搾乳にはやってくる。餌もちゃんとあげている。でも仕事が終わると、車に乗って嫁の実家へ帰ってしまうのさ。気持ちは落ち着いているようだけど、何を考えているのかさっぱりわからない。浩一もすっかり変わってしまった。皆終わりだ。寂しくて寂しくてしょうがね。嫁の良子もまったく口をきいてくれない。おら浩一に帰ってこいって何度も何度も言ったけど、何にも言うこと聞いてくれない」

 豊は母の冬子の話を聞いているうちに、平和で誇りでもあった故郷の家が、実は常にさまざまな危機を孕みつつ、爆発する時を待っていたのではないかと考えた。そして、その中にいる兄や父や母は、あらかじめ決められた宿命のような見えないものに、操られる人形のようだとも思った。

「浩一が欲しがっていた観葉植物用のガラスケースを買ってあげたのに、自分では何にも面倒を見ないから、おらが結局世話をしている。浩一はますます気難しくなって、何を考えているのかさっぱりわからない。なんでこんなことになってしまったのか」

 冬子はまた同じような台詞をつぶやくと、涙を流した。 

 勝手口から人が入ってくる気配がした。父の源一であった。源一はほとんど表情を変えず、昨日まで豊に会っていたかのように軽い会釈をするだけだった。

 数日前には、浩一からも電話があった。

『お前、来てまず両親の話を聞いてくれ。そして俺たちの言い分も聞いてくれ。それからでいいから皆に公平な助言をしてくれ。頼む』

 ふと、その言葉が豊の脳裏を掠めた。源一が居間の中に入ってきて座ると、話し合いが始まった。

 源一の主張では、冬子が鬱病になったのは、浩一が原因であると言う。酪農経営の実権が移り、二人はすっかり隠居生活のようになった。しかし、浩一にすっかり家督を譲ったとはいえ、心配だらけというのである。気苦労の絶えない冬子は、それらが原因で鬱病になったが、今回の浩一たちの家出事件で、ますます悪化したそうである。

「俺は浩一が勝手に出て行ってしまったからしょうがないと思うが、これが不憫で」

 源一は冬子の方に目を一瞬向けた。

「可愛がっていた由美や和幸が居なくなったもんだから、生きがいがなくなってしまったみたいだ。前と比べると、鬱病もどんどんひどくなっていくみたいだし、この病気がよくならなければ、孫だって怖がって帰ってこない。俺は精神病院の先生に聞いたよ。どうしたら病気がよくなるかって。そしたらまず連れ添った人が変わること。その次は家族が変わることだって。そして最後には、本人が自分自身を好きになるような生き方をすることだって言っていた。だから治るまで時間が相当かかるんだろうな」

「治って良くなれば、皆戻ってくるけ?」

 と冬子は虚ろな目を瞬かせた。

「ああ、お母さんが良くなったら皆戻ってくる。それは絶対間違いないよ。お母さんが元気で溌剌としていたら、必ず明るい家庭に変わるよ。先生が言っていたように、自分自身を好きになるような生き方というのはなかなか難しいかもしれないけど、まず気晴らしになるようなことを見つけて、ゆっくり休むことが大事だと思う。言われたとおり適量の薬を飲むのは当然のこととして、大事なのは自分自身を責めちゃいけない事だと思う。前向きで楽観的な人生観を持つようにすることだよ。時間が経てば、自然にまた元気が出てくるさ。僕もそのためにはずっと応援するよ。法子も僕と同じ気持ちだと言っていた」

 豊が心を込めてゆっくりそう言うと、冬子の頬は微かに赤らみ始めた。

 深刻な雰囲気に少し光が差すと、食事が始まった。冬子は新しい生きがいを見つけることについて、あれこれ豊に聞いてきた。時には子供のように駄々をこねたり、涙を浮かべたりしていた。豊は一つ一つ丁寧に答えながら、母親の気持ちを少しずつほぐしていった。母の子供ではあるが、今日は精神病のカウンセラーになりきったようなつもりで接していった。

 

 しばらくすると、浩一が突然部屋の中に入って来た。いつも言葉が少ないだけに、風来坊のように振舞う浩一だったが、この時ばかりは計算しつくしていたような絶妙な時間に登場した。

 部屋の空気はまた一変したが、構わず浩一はビールを自分で注いで飲み干した。何度かコップを空けると、意を決したように喋りだした。

「豊、悪かったな。急に呼んで。それで親父たちから話を聞いて大体判ったか。俺はこの親父とはまったく気が合わないんだ。俺のことをばか息子呼ばわりして、ちっとも判ってくれない。昔から親父は頑固で話が合わなかったけどよ。事の起こりは、親父が六十歳になって農業者年金を貰うようになってからだ。何処でも代替わりがスムーズにいっているようだけど、うちはうまくいかなかった。俺自身はやっと自分の思い通りに酪農経営をやろうとしていたんだが」

「何言うてる。ちっとばかりの金しかよこさないで、俺には何も相談しないで勝手なことばかりして」

 日常茶飯事的な争いが始まった。豊は遮るように言った。

「まあ落ち着いて兄の話も聞こうよ」

「まず豊、お前も判ると思うけど、日本も段々と農産物の輸入の自由化になってくるし、特に酪農を取り巻く環境は最悪になってきている。だから今までのように牛をただ飼っていれば良いという訳にはいかなくなってきた。だから質の良い種牛を飼うことが大切になってくる。堅実な経営のために無駄遣いはできないが、将来のためにお金をかけるところにはかけないといけない。それに本気になって親父やお袋の老後のことも考えて、貯金もしっかりしておかなければならない。そんなことを考えて俺は一生懸命働いてきた。もちろん、由美や和幸もそれなりの学校に入れてやらねばならない。それが親父にはちっとも理解してもらえない。豊、俺の言っていること間違っているか?」

「良く判る」

「何言うてる。黙って勝手に北海道に飛んで、べらぼうな値段の子牛を買ってきて、それも二百万円もするようなやつだ。そんなの今買ったって戦力にはならない。今までどおりにしっかりやれば良いのさ。俺たちの老後といったって、月わずか十五万円ぽっちでどんな生活をしろというのだ」

 源一は浩一と視線を合わせることもなく、ただ怒りを含んだ強い声で言った。鬱病の冬子は押し黙って、豊のために奮発したタラバガニの足としばらく格闘していた。豊が精神的な援助を惜しまない、という話をした時の穏やかな顔は、いつしか歪められていた。鬱病患者特有の異常なまでの執着心のようなものが、激しい言葉となって口から出てきた。

「お金入れとくと言ったって、財布の中に入ってないこともあった。欲しいものがあったって、何も買うことができなかったさ!」

「それは良子がたまたま入れ忘れたんだがな」

 人間にとって、命の次に大事なものといえば、やはり金なのか。浩一と源一たちの距離を、遠くに引き離したのは結局金だったのだろうか。豊は幻滅感に襲われた。

 しばらく金に纏わる問題で部屋の中は騒然となった。

 豊は三人の罵りあいを遮った。  

「お金の問題は、兄貴がもっときめ細かく配慮して、両親たちがいつでも十分使えるように金額を相談すればよいじゃないか。それからお父さんとお母さんは、もう第一線を退いたのだから、少しはわきまえて無駄な出費は抑えるようにしたらどうですか」

 第三者の言葉が、時には効果的に響くことがある。お金に纏わる争いは、一応ピリオドが打たれたかに見えた。しかし、争いのエネルギーの矛先は、問題の核心に迫っていった。

「お袋がおかしくなったのは、この親父が家出してからだ。かわいそうに。親父は何の罪の意識も無くて戻ってきてから、家も完全におかしくなってしまった。お袋には罪は無いけれど、俺の子供は非行に走るし、良子は良子でいたたまれなくなって、今度は俺たちが出て行く羽目になってしまった。元はといえば、親父の家出から全部狂い始めたのさ」

 今度は冬子の鬱病の原因論に話が進んでいったのである。宇宙の果てまで行っても、交わることの無い平行線のように、相手の非を指摘しあい続けるのだ。

「そうでないだろう。俺が家出したって言うが、ちょっと気晴らしに出かけただけだ。これがおかしくなったのも、俺が原因じゃないさ。浩一が何を考えているんだか判らないし、これと嫁の良子とはうまくいってないし、いろんなことが原因なんださ。それよりお前があの日に狂って出て行ってしまったのが、良くないんだ。何狂ってんだ。おかげでこれは本当におかしくなってしまった。出て行った孫のことが頭から離れなくて、話をしているうちに泣き出したり、大声でわめき散らしたり、大変なんだ。それもこれもお前がだめだからだ」

 その時である、突然、冬子はこの喧騒の中でもっとも冷静な人間であるかのように、争いに決着をつけようとした。

「もういいでねえの、おらが一番の原因なんだから、おらの事で皆迷惑してんだから。おらがまず良くなればいいんだろ?」

 豊はその言葉を受けて、頭の中で一心不乱に考えていた、できるだけ公平な結論に持っていこうと話し始めた。

「双方の話を第三者的に聞いていると、僕にはどっちが正しいとか悪いとか言えないと思う。それより、一番大事なのはお母さんの病気の事だと思う。お母さんは、ゆっくり休んで鬱病を治すことが先決だよ。それから今、兄貴夫婦は良子さんの実家にいるが、ここに戻れる方法について時間をかけて考えていけばいい。親父も少し兄貴と離れて暮らせば、見方や考え方が変わるだろうから、結論を急ぐことは無いだろう。だから、お父さんもお母さんも、当分の間、兄貴が良子さんの実家にお世話になるのを許してあげたらどうですか。兄貴も、僕がお母さんへの精神的な面の援助は惜しまないから、生活だけはしっかり見てやってくれよ。よろしくお願いします」

 豊は両方に向かって深々と頭を下げた。

「そうしたら豊にお袋のことは任せる。俺は帰る。明日、時間があったらもう少し話ししようか」

「おら、病気が良くなったら、東京の豊のところに遊びに行って、東京スカイツリーを見てみたい」

 浩一の言葉に続いて冬子はポツリと言った。

 浩一は来た時と同じように、突然立ち上がって出て行った。外でジープの扉が閉まる音が聞こえ、独特のエンジン音が厳冬の空気を震わせ、やがて聞こえなくなるまで、残された豊達は黙ったままだった。

 

 次の日の早朝、良子の呼ぶ声が豊の眠りを覚ました。豊の名前を呼び、目が覚めたことを確認すると、襖を静かに開けた。朝の搾乳の合間に来たようだ。良子は寝たままでよいから話を聞いてくれという。その時の良子の話は、豊に何故竹内家を出て行く羽目になったのか、その釈明のような内容であった。昨年の豊の帰郷前の刃物騒動なども克明に語って聞かせ、家出までの必然的な流れを話した。豊が理解してくれたことを確認すると、一安心した顔つきになった。

 豊が昨日、皆の前で提案した解決策を、多分浩一から聞いているだろうが、改めて言うと、良子はこくりと頷いてまた搾乳のために、襖を閉めて立ち去っていった。布団の中に横たわったまま、豊は浩一を心から愛している良子を、頼もしいとも思った。

  午前中、母の冬子とゆっくりよもやま話をすると、豊の帰る時が来た。

「お母さん、東京の地から一生懸命声援を送るから、絶対に良くなれよ。そうすれば本当の仲の良い竹内家ができるからね。ゆっくり治して」

  そう冬子に告げると、意外なほど晴れやかに微笑んだ。豊はその冬子と源一に挨拶して駅に向かった。それが母の冬子との最後の対面になるとは、豊はその時、気づくことができなかった。


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