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はじめに

飛光-Fay Kwoong- Vol.1

 

- - 目  次 - -

 

ボクサー


24時間TVの件。とくにマラソン。


メディアへの携わり方など。


ガキにはネットを禁ずる、という案。


ダルビッシュをみるたびに思い出す。


賞金首としての人生。


北野武映画について。


「都青少年健全育成条例」改正案について


老いた。


亀田を擁護したいと思う。


ボクサー

「沢木耕太郎氏の全集読みまくり」もそろそろ終盤に入ってまいりました。昨日「深夜特急」を読了、そのまま続けて「一瞬の夏」に入りました。

「一瞬の夏」は、カシアス内藤というボクサーとの「関わり」を綴ったものです。
陳腐な言い方ですが、ある才能あるボクサーの栄光と、限りない挫折の物語、と言えようかと思います。

 

この作品を読むのは何度目かになるのですが、今回の読了後フト思い出しました。
むかーし住んでた家の隣がボクシングジムで、そこには、当時小学校低学年だったワタシにとってちょっと怖い感じの「おにいさん」らがたくさんいたこと。

 

小学生時代。当時私は江東区南部のとあるアパートに住んでたのですが、隣が世界王者を何人も輩出してる高名なボクシングジムでした。
・・・・・・隠すような話ではなかろうと思うので書いちゃいますが、それは三迫ジムというジムで、当時は世界王者の輪島選手、東洋王者の門田選手といった選手が「看板」だった・・・・・・はずです。
「はず」というのは、当時ワタシはなにしろ小学校低学年、いや、幼稚園だったかな?とにかくそういう年代で、有名な選手がたくさんいるということはわかってたものの、それがボクシング業界的にどんなレベルだったのかまではわかってませんでした。
しかし、時折テレビの取材や、タレントなんかも来たりしてたので、輪島さんや門田さんは有名なんだな、くらいは理解してたような気がします。
そういうトップレベルの選手がいたこともあってか、ジムには若いボクサーたちが大勢いました。

 

ジムの中は極めて暗く、なんかオッカないオヤジの写真の額が飾ってあったりしまして(今考えるとそれは三迫会長の師匠であるライオン野口の写真だったのかもしれない)、とてもワタシのようなガキがオイソレと近づける雰囲気ではなかったのを覚えてます。
誰もいない時などにコッソリ中をのぞいたりすると、ジム内はトンでもなく汗臭く、なおさら近寄り難かったように記憶しております。

 

薄暗いは臭いはで、ジム周辺にはあまり近づく事も無かったのですが、唯一比較的気楽に近寄れるところがありまして、そこはどこかというと、ジムの裏になぜかあった、大きなハト小屋。
子供が3、4人入れるくらいの本格的なもので、整然とエサ箱などがレイアウトされ、ハトが10羽くらい飼われてたように思います。
金網越しに、よくボーッとハトを眺めてたりしたもんです。

 

このハト小屋の管理人(?)は、ジムの中でもとりわけ若いボクサーで、ジム内でもかなり期待されてる選手だったそうです。
前出の門田選手、たまに我が家にチケット売りに来てたりしたらしいんですが、そのたびに
“こいつは強くなります。宜しくお願いします”
と言ってったらしい。
あれから30年も経ったというのに、我が実家の面々がこういうことをしっかり覚えてるというのは、それがよっぽど熱っぽかったからに相違ありません。

 

門田選手と、このハト小屋管理人選手、どちらもいわゆる「みなしご」だったそうで、ハト小屋選手は故郷からボストンバッグひとつで上京し、そのまま住み込みで練習してる、とのことでした。
ご本人は非常に無口で、普段はなんとなく影が薄いというか、地味で、色白かつヒョロヒョロな感じの青年でした。
天涯孤独で、10歳台で単身上京し、ボクシングに賭けてる若者・・・いわゆるハングリーボクサーの見本みたいな選手だったようです。
夕方、ひとり、小屋の掃除なんかしているこの選手の姿を何度か見かけました。

 

ずいぶん長い事このハト小屋は稼動してたのですが、ワタシの学年が増えるにつれて少しづつ寂れ、いつのまにか小屋内はカラッポになり、やがて小屋そのものもいつのまにか無くなってしまいました。
管理人だったその若いボクサーも、やはりいつのまにかその姿を見なくなりました。

 

そして、ジムもどこかへ引っ越していきました。
さらに我が家も引っ越しまして、その結果、ジムや、選手達、あのハト小屋も、ワタシを含めたホンの数名の記憶の中にのみその存在の痕跡を残している、というのが現況です。

 

あの管理人のボクサーは、「竹森三城」というリングネームでした。
当時のボクシングマガジンなどをひもときますと、かなり・・・世界王座までもの期待をされてた選手だったみたいです。
ヒョロヒョロで地味な印象しか無いのですが、ファイトスタイルは典型的なブルファイターだったそうで、ちょっと意外な感じがします。

 

もう50歳代の、いいオッチャンになっておられると思うのですが、どうされているのでしょうか。

 


24時間TVの件。とくにマラソン。

想像通り今年も、やれ偽善だとか企画がつまらんとか出演者のギャラがどうだとかアレコレ言われてるようですが、なにしろ「やらない善よりやる偽善」です。 そもそもナンだカンだ言われつつ平均で約16%、最高で35%の視聴率という数字を叩き出してる以上、コンセンサスはこの「やる偽善」の側にあります。そ れは否めない事実です。
今回も取り急ぎ2億円だかの浄財が集まった由。それだけの集金がこの「24時間テレビ」以外に出来るか、って話ですね。


ただねぇ、この番組中の「マラソン」の企画、これはセコい。意義云々以前に、企画としてあまりに陳腐ですよやっぱし。
24時間テレビのいわば「象徴」として、その時間中ぶっ続けで行われる企画、果たしてそれが「マラソン」でいいのか?と思ってしまう次第です。


24時間(実際はそれ以上)に渡る番組そのものには「チャリティ」という統一テーマが設定され、全てのコンテンツがそれに則って制作されてるにも関わらず、事実上主軸企画となっているこの「マラソン」にだけそれがないんですよね。
マラソンという行為そのものには「チャリティ」の意味がどこにも存在しないわけでね。


っていうか、そもそもこのマラソンには、「チャリティ」云々の話以前に、そもそもなんの必然性も無いですよね。なんかいつのまにか風物詩的に定着 してしまってますが、考えたら「いきなりマラソン」なんです。そういやなんでマラソンなの?、と問われたら、どう考えても後付けの理由しか出てこないで しょう。


24時間ブッ続けでなにかを行って、その結果(チャリティ的な)○○が生まれる・できあがる、みたいな次第ならいいんですけどね。その方が目論見としての「ゴール=完結時の感動」が生きる・・・より感情移入できるものになると思う。
なにしろ・・・"目論見としての「ゴール=完結時の感動」"と書きましたが、そのための方策として考え出された企画が「マラソン」ってのは、あまりにも安直なんじゃないかと思う。ベタベタというかね。


もうひとつ。
法的な義務はどうなのか知らないけども、日本テレビは、これはやはり収支を明らかにしなきゃいけません。大メディアとしてそれは必須だろうと思います。
募金で領収書を要求するヤツはおらんので、その辺は日本テレビ側のいわば良心に委ねられるわけですが、ここのところはどうなってんだろうか。ある程度はサイトなんかで公表されてるみたいですが、なにしろ2億オーバーですからね。カッチリやって頂きたい。


最後に繰り返しますが、「やらない善よりやる偽善」。
チャリティの名の下に24時間で2億集めるってのは、これはやっぱしスゴいことですよ。政治家だって一晩で2億集めるのは至難でしょう。
またそういう意味で、TVメディアってのはダメだダメだと言われながら、まだまだ死んではいませんなぁ、と思います。その是非はともかく。



メディアへの携わり方など。

先日いわゆる「ギョーカイ」(この言い方も古いなぁ。でもまだいるんだよなぁ臆面も無くこう自称して憚らない人)の方のご意見を聞く機会があったのですが、その中でどうにも引っかかったことがひとつ。


いわく、

"AD(アシスタントディレクター)として一番大事なことは、バカであること、それも愛されるバカであること"

とのこと。


この方はどうやら何らかの形でTV番組制作に携わってるらしいのですが、オレ的な結論から言うと、臆面もなくこんなこと言ってるヤツがいるから最近のTVはダメダメなんだな、と。
「メディア」というものを"不特定多数に対して何らかの(広い意味での)情報を発信するもの"と仮に定義するなら、そのコンテンツの制作者として最も相応しくないのが「バカ」だと思うんですが、どーなんでしょうかね。


"愛されるバカ"として優秀なADに成りえた人が、やがでディレクターとしてメディアを通じてナニゴトかを不特定多数に発信している・・・場合によっては、これはちょっと怖いことです。
オレ的には"愛されるバカ"が作ったものなんか観たくないし、"愛されるバカであれ!"とか言ってるヤツが跋扈しているTVにはなんの魅力も感じません。


・・・・・・ただ、現実的に、現状ではちょっとバカなくらいでなきゃあの過酷な現場には耐えられない、ってことも言えるかもしれません。
小津は、マトモなレベルで創作し続けられないという理由から、決して1日8時間以上は撮影を行わなかったそうですが、今の、特にTV番組製作現場において、その論理は通用しないらしいです。


しかし「愛されるバカ」とは・・・創作者は本来殊更に愛される必要など無いと思うのですが。


営業マンならばこれは愛されなきゃダメで、そのために時には「バカ」にならなきゃならない状況もあったりするでしょうが、純粋に「創作」という側面において、この辺は無意味というか、場合によってはジャマになったりするんじゃないか。


ここでふと我が身を振り返る。
オレは確かに映像etcを作って・売って、それで喰ってるわけですが、実際的には営業マンとしての側面も多くあるので、時には"愛されるバカでなければいかんなぁ"とか思うこともあります。
しかし、撮影にしろ演出にしろ編集にしろ、モノを作ってるときにそんなことは全く持って二の次になるし、それでなんの問題も無いです。


バカって言えば、TV番組ってのは、バカでも理解出来るように作る、ってのが基本スタンスだそうです。


まぁこれは考えたら当然で、TV局が営利目的である以上、老若男女誰でもが楽しめるように作らないと=とにかくより多くの人に楽しんで・支持してもらわないと成り立たないわけですからね。
利口な番組はバカにはわかんないけども、バカな番組は(面白いかどうかはともかく)利口にも理解は出来ますから。

ただ、バカが考えるバカ像ってのは確実にそいつよりさらにバカなわけなので、どうしたってバカが作る番組は、これはもう思いっきりバカバカしくなるに決まってます。


で、まだなににも染まってないマッサラな子供がそういうバカ番組を観て、そのまま育ったとしたら、これは即ちバカが考えるバカ像=moreバカが標準になっちゃいかねない、と。
マッサラな子供たちは、この「moreバカ」的な世界観を、ああそういうもんなんだな、とかいって素直に受け取っちゃうでしょうから。


かくして・・・大宅壮一じゃ無いですが、「一億総白痴化」が達成されちゃうわけですね。


むかーしにblogで、16歳未満はネット禁止にしたらどうか、とか書いた事がありますがこの際、TVも16歳・・・いや20歳くらいまで禁止 にしたらどーですかね。いやホントに。



ガキにはネットを禁ずる、という案。

今日「も」こんな事件があったらしいです。以下のソースはサンスポですが、おそらくはどの新聞にも出てる事件です。


【社会】「小さい子に触りたかった」小3女児に抱きつき男逮捕
 香川県警坂出署は28日、小学3年の女児(9)に抱きついたとして香川県迷惑防止条例違反(みだらな行為の禁止)の疑いで、同県○○町、アルバイト○○○○容疑者(23)を逮捕した。
 調べでは、同容疑者は24日午後1時半ごろ、同県坂出市内のスーパーで、友達といた女児に「記念写真を撮ろう」と声を掛け、後ろから抱きつくなどした疑い。
 ○○容疑者は「小さい子に触りたかった」と容疑を認めているという。同署は同様の余罪があるとみて調べている。

 

武士の情けで(?)氏名、住所は伏せましたが、このオトコ名前でもってgoogle等で検索すると、こいつによるあちこちのBBSへの書き込みがワンサカ出てきます。

そのいずれも主に小中学生が集う、というか、じゃれあうというか、馴れ合ってる類のBBSで、こいつは時には大人のオトコとして、また時には小学生と偽称して、馴れ合い・じゃれあいの書き込みをモノしてたりします。

場合によっては「友達になってね!」とか、場合によっては「エッチ友達募集!」とかいう感じだったりして、ありていに言ってまぁキモいことこの上ない。


で、あろうことかこれらのBBSのいくつかでは、この男、多少キモがられつつも、ある種の形で肯定されて受け入れられてたりもしてたようで、これはまた恐ろしいことこの上ない。

 

こういう真性かつ悪性のロリコン氏のことはおいといて、少々ビックリしたのは、こういうBBSやチャットに書き込んでる子らについてでした。
彼ら彼女らは、こういう真性悪性ロリ属性男も、ホンjのはずみで受け入れちゃったりするんです。
あまりにも無防備・・・危なっかしいことこの上ない。

 

なにしろ「この上ない」ことばかりの今件なのであります。

 

そこで思った。

 

16歳未満は、インターネットアクセス禁止にしたらどうか、と。

 

何によらず物事には功罪、メリット・デメリットがありますが、16歳未満の子供にとって「インターネット」という媒体はデメリットばかりです。

ネットのメリットってなんだ?と考えるに、例えばオンデマンドによる簡便・迅速な情報収集、地域格差の是正・・・ああ、こういう「メリット」は、もっと大人になってから享受するんで充分です。
子供にとっては、この対価としてのデメリットがデカすぎる、と。

 

 

■理由その1。
子供ってのは背伸びしたがるもんです。

各プロバイダ、ポータルサイトでは、子供向けのサービスをあれこれ展開してるようですが、例えば小学生は「小学生向けサイト」だけで満足するわけないです。

もっと「大人のもの」を、もっと刺激的なものを、という方向に向かうのが正常なガキ像です。

最初は「Yahoo!きっず」とかで楽しんでても、すこしづつ、よりアングラな、またより「大人向け」なサイトetcに進んで行く…子供ってのはそういうもんでしょう。

 

オレがガキの頃にネットなんて無くてよかったな~、と思います。
中学くらいの頃に、フリーで使えるPCがあって、常時接続のネット環境があったら、例えば、まず間違いなくエロ画像見まくりです。
で、サイト運営者の口車にあえなく乗って、出会い系サイトの2、3には登録したかもしんない。
(そういや小学校の「パソコン室」って、学校によっては休み時間中に出入り自由、接続自由だったりするんですってね。狼の群に羊を放つようなもんだ。好奇心の強い子は検索制限なんて破るの簡単ですよ)

 

…なにしろ、ネット上には、子供に見せるべきでないものが溢れてます。

それはエロや「出会い系」云々に限らず、「子供がちゃんとした大人になるために必要なものを否定し、奪うもの」…こういう類のもの全てです。

 

で、それらが、近来にないレベルの容易さで手に入り、また触れることができる・・・これが現実です。

 


■理由その2。
もうずいぶん昔のことのように思えちゃうのが恐ろしいですが、ちょっと前に、長崎は佐世保の女子小学生が同級生(というか友達)をナイフで殺しちゃった、という事件がありました。

 

聞くと、この子もネット上での人間関係トラブルがなんらかの原因になってる、とのこと。

掲示板で悪口書いたとか、HP荒らした・荒らしてない、みたいなことだったようですが、ある意味…殺すまで行くかどうかは別にして、子供がバーチャルな人間関係でもってトラブるのは必然です。

 まっとうな自我・人格形成の出来てない子も、ネット上では、リッパな一人前の人間として、その場を与えられ、一人前の人間として発言する機会があたえられちゃう。

 

・・・そりゃトラブるっての。

 

ハムだとかの、いわゆるメディアアマチュアによる不特定に対する「通信」は、元来免許制・・・その資格のあるものにだけ許されてたことだったはずです。
それが、ハムだとかの数十倍の情報のやりとりが可能な「ネット」に、なんの資格制限もない…いわば完全フリーであるってのは、あまりにも危険だと思うのです。

 

子供がネットする時は必ず大人もそばに付く、とか、そういう水際で防ぐ事もアリでしょうが、その肝心な大人で、ネット社会にある程度精通してるってレベルの人が、残念ながらまだ圧倒的に少ない。・・・こりゃアテになりません。

 

一回パンドラの箱を開けたら、もう閉めらんないです。

その中身を、キチント受け止め、時にはサラリと流せられるだけの人格形成が出来るまで、ネットなどさせないのが賢明だと思うんです。


だから、16歳未満はネット禁止。

 



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