閉じる


<<最初から読む

4 / 12ページ

メディアへの携わり方など。

先日いわゆる「ギョーカイ」(この言い方も古いなぁ。でもまだいるんだよなぁ臆面も無くこう自称して憚らない人)の方のご意見を聞く機会があったのですが、その中でどうにも引っかかったことがひとつ。


いわく、

"AD(アシスタントディレクター)として一番大事なことは、バカであること、それも愛されるバカであること"

とのこと。


この方はどうやら何らかの形でTV番組制作に携わってるらしいのですが、オレ的な結論から言うと、臆面もなくこんなこと言ってるヤツがいるから最近のTVはダメダメなんだな、と。
「メディア」というものを"不特定多数に対して何らかの(広い意味での)情報を発信するもの"と仮に定義するなら、そのコンテンツの制作者として最も相応しくないのが「バカ」だと思うんですが、どーなんでしょうかね。


"愛されるバカ"として優秀なADに成りえた人が、やがでディレクターとしてメディアを通じてナニゴトかを不特定多数に発信している・・・場合によっては、これはちょっと怖いことです。
オレ的には"愛されるバカ"が作ったものなんか観たくないし、"愛されるバカであれ!"とか言ってるヤツが跋扈しているTVにはなんの魅力も感じません。


・・・・・・ただ、現実的に、現状ではちょっとバカなくらいでなきゃあの過酷な現場には耐えられない、ってことも言えるかもしれません。
小津は、マトモなレベルで創作し続けられないという理由から、決して1日8時間以上は撮影を行わなかったそうですが、今の、特にTV番組製作現場において、その論理は通用しないらしいです。


しかし「愛されるバカ」とは・・・創作者は本来殊更に愛される必要など無いと思うのですが。


営業マンならばこれは愛されなきゃダメで、そのために時には「バカ」にならなきゃならない状況もあったりするでしょうが、純粋に「創作」という側面において、この辺は無意味というか、場合によってはジャマになったりするんじゃないか。


ここでふと我が身を振り返る。
オレは確かに映像etcを作って・売って、それで喰ってるわけですが、実際的には営業マンとしての側面も多くあるので、時には"愛されるバカでなければいかんなぁ"とか思うこともあります。
しかし、撮影にしろ演出にしろ編集にしろ、モノを作ってるときにそんなことは全く持って二の次になるし、それでなんの問題も無いです。


バカって言えば、TV番組ってのは、バカでも理解出来るように作る、ってのが基本スタンスだそうです。


まぁこれは考えたら当然で、TV局が営利目的である以上、老若男女誰でもが楽しめるように作らないと=とにかくより多くの人に楽しんで・支持してもらわないと成り立たないわけですからね。
利口な番組はバカにはわかんないけども、バカな番組は(面白いかどうかはともかく)利口にも理解は出来ますから。

ただ、バカが考えるバカ像ってのは確実にそいつよりさらにバカなわけなので、どうしたってバカが作る番組は、これはもう思いっきりバカバカしくなるに決まってます。


で、まだなににも染まってないマッサラな子供がそういうバカ番組を観て、そのまま育ったとしたら、これは即ちバカが考えるバカ像=moreバカが標準になっちゃいかねない、と。
マッサラな子供たちは、この「moreバカ」的な世界観を、ああそういうもんなんだな、とかいって素直に受け取っちゃうでしょうから。


かくして・・・大宅壮一じゃ無いですが、「一億総白痴化」が達成されちゃうわけですね。


むかーしにblogで、16歳未満はネット禁止にしたらどうか、とか書いた事がありますがこの際、TVも16歳・・・いや20歳くらいまで禁止 にしたらどーですかね。いやホントに。



ガキにはネットを禁ずる、という案。

今日「も」こんな事件があったらしいです。以下のソースはサンスポですが、おそらくはどの新聞にも出てる事件です。


【社会】「小さい子に触りたかった」小3女児に抱きつき男逮捕
 香川県警坂出署は28日、小学3年の女児(9)に抱きついたとして香川県迷惑防止条例違反(みだらな行為の禁止)の疑いで、同県○○町、アルバイト○○○○容疑者(23)を逮捕した。
 調べでは、同容疑者は24日午後1時半ごろ、同県坂出市内のスーパーで、友達といた女児に「記念写真を撮ろう」と声を掛け、後ろから抱きつくなどした疑い。
 ○○容疑者は「小さい子に触りたかった」と容疑を認めているという。同署は同様の余罪があるとみて調べている。

 

武士の情けで(?)氏名、住所は伏せましたが、このオトコ名前でもってgoogle等で検索すると、こいつによるあちこちのBBSへの書き込みがワンサカ出てきます。

そのいずれも主に小中学生が集う、というか、じゃれあうというか、馴れ合ってる類のBBSで、こいつは時には大人のオトコとして、また時には小学生と偽称して、馴れ合い・じゃれあいの書き込みをモノしてたりします。

場合によっては「友達になってね!」とか、場合によっては「エッチ友達募集!」とかいう感じだったりして、ありていに言ってまぁキモいことこの上ない。


で、あろうことかこれらのBBSのいくつかでは、この男、多少キモがられつつも、ある種の形で肯定されて受け入れられてたりもしてたようで、これはまた恐ろしいことこの上ない。

 

こういう真性かつ悪性のロリコン氏のことはおいといて、少々ビックリしたのは、こういうBBSやチャットに書き込んでる子らについてでした。
彼ら彼女らは、こういう真性悪性ロリ属性男も、ホンjのはずみで受け入れちゃったりするんです。
あまりにも無防備・・・危なっかしいことこの上ない。

 

なにしろ「この上ない」ことばかりの今件なのであります。

 

そこで思った。

 

16歳未満は、インターネットアクセス禁止にしたらどうか、と。

 

何によらず物事には功罪、メリット・デメリットがありますが、16歳未満の子供にとって「インターネット」という媒体はデメリットばかりです。

ネットのメリットってなんだ?と考えるに、例えばオンデマンドによる簡便・迅速な情報収集、地域格差の是正・・・ああ、こういう「メリット」は、もっと大人になってから享受するんで充分です。
子供にとっては、この対価としてのデメリットがデカすぎる、と。

 

 

■理由その1。
子供ってのは背伸びしたがるもんです。

各プロバイダ、ポータルサイトでは、子供向けのサービスをあれこれ展開してるようですが、例えば小学生は「小学生向けサイト」だけで満足するわけないです。

もっと「大人のもの」を、もっと刺激的なものを、という方向に向かうのが正常なガキ像です。

最初は「Yahoo!きっず」とかで楽しんでても、すこしづつ、よりアングラな、またより「大人向け」なサイトetcに進んで行く…子供ってのはそういうもんでしょう。

 

オレがガキの頃にネットなんて無くてよかったな~、と思います。
中学くらいの頃に、フリーで使えるPCがあって、常時接続のネット環境があったら、例えば、まず間違いなくエロ画像見まくりです。
で、サイト運営者の口車にあえなく乗って、出会い系サイトの2、3には登録したかもしんない。
(そういや小学校の「パソコン室」って、学校によっては休み時間中に出入り自由、接続自由だったりするんですってね。狼の群に羊を放つようなもんだ。好奇心の強い子は検索制限なんて破るの簡単ですよ)

 

…なにしろ、ネット上には、子供に見せるべきでないものが溢れてます。

それはエロや「出会い系」云々に限らず、「子供がちゃんとした大人になるために必要なものを否定し、奪うもの」…こういう類のもの全てです。

 

で、それらが、近来にないレベルの容易さで手に入り、また触れることができる・・・これが現実です。

 


■理由その2。
もうずいぶん昔のことのように思えちゃうのが恐ろしいですが、ちょっと前に、長崎は佐世保の女子小学生が同級生(というか友達)をナイフで殺しちゃった、という事件がありました。

 

聞くと、この子もネット上での人間関係トラブルがなんらかの原因になってる、とのこと。

掲示板で悪口書いたとか、HP荒らした・荒らしてない、みたいなことだったようですが、ある意味…殺すまで行くかどうかは別にして、子供がバーチャルな人間関係でもってトラブるのは必然です。

 まっとうな自我・人格形成の出来てない子も、ネット上では、リッパな一人前の人間として、その場を与えられ、一人前の人間として発言する機会があたえられちゃう。

 

・・・そりゃトラブるっての。

 

ハムだとかの、いわゆるメディアアマチュアによる不特定に対する「通信」は、元来免許制・・・その資格のあるものにだけ許されてたことだったはずです。
それが、ハムだとかの数十倍の情報のやりとりが可能な「ネット」に、なんの資格制限もない…いわば完全フリーであるってのは、あまりにも危険だと思うのです。

 

子供がネットする時は必ず大人もそばに付く、とか、そういう水際で防ぐ事もアリでしょうが、その肝心な大人で、ネット社会にある程度精通してるってレベルの人が、残念ながらまだ圧倒的に少ない。・・・こりゃアテになりません。

 

一回パンドラの箱を開けたら、もう閉めらんないです。

その中身を、キチント受け止め、時にはサラリと流せられるだけの人格形成が出来るまで、ネットなどさせないのが賢明だと思うんです。


だから、16歳未満はネット禁止。

 


ダルビッシュをみるたびに思い出す。

本日、2009年NPB日本シリーズ第二戦、巨人VS日本ハムが行われておりました。

 

我が中日ドラゴンズはCSで敗退。この日本シリーズへの進出は適いませんでした。
なのでオレもこの日本シリーズ、シーズン中のような楽しいストレスを感じることもなく、ひたすら淡々と眺めております。
っていうか、正確には眺めてさえもおりませんで、殆どNPBへの義理立てのような気分で、その結果だけ気にしてるといった按配です。

 

ただ、今日は観たかった。観戦したかった。


今日中に上げなきゃならない編集案件があったので結局観られなかったのですが、なぜどうしても観なきゃならないと考えたかというと、これはひとえに「ダルビッシュが出るかも」だったからです。
野球ファン、とりわけNPBファンは、彼が引退若しくは一線を退くその前に、一戦でも、また一級でも多く彼の姿を己がマナコに焼き付けておかなければいけません。
オレ的にはこれはもはや義務ではなかろうか、と思います。っていうかそーだろ?え?という感じ。

 

ところで、ダルビッシュを観る度に思い出す選手がいます。
中日ドラゴンズの今中投手と、ヤクルトスワローズの伊東智仁投手です。

 

今中は、左腕から繰り出すシャレにならないキレキレのストレートと、トンでもなく落差及び速度差の激しいカーブとを武器に、一時期のドラゴンズを背負った、紛う方無きエースでした。

 

伊東は、物理学上有り得ないのでは?と思えるレベルの高速スライダーで、もはや伝説になっている投手です。

 

いずれも、やや線の細さ・・・というか、体の細さがあり、その酷使のされ方から当初より故障が心配されていました。
で、その通り両者とも、肩若しくは肘の故障で短い全盛期を終えたのでした。

 

今のダルビッシュの活躍ぶりは、この2投手に勝るとも劣らないものです。


で、体の細さもなんとなく似通ってる気がするのです。してなりません。

 

今シーズンも、ダルビッシュは結構な数の登板回数だったはず。
どうか故障などせぬよう願うばかりです。
正に今この時期、彼は臀部痛などでしばらく戦線離脱していた由。
しかしこのシリーズ第二戦、故障を押して「気迫の投球」を見せ、シリーズ1勝1敗のタイに持っていったとのこと。
肩や肘ではなかったということでちょっと安心かもしれませんが、患部を気にして投球するあまり、余分な負担が肩肘にかかり、最終的に致命的故障、なんてこともよくある話です。


どうか、どうか故障などせぬよう、切に願います。

 

 

※この当時は、まだプロ野球を観ていた・観る気持ちが残っていましたが、今はもう無くなりました。

その後のダルビッシュの活躍はご存じの通り。


賞金首としての人生。

市橋容疑者に関するアレコレで喧しい昨今。こういった日本中の耳目を集める話題がある時には、往々にしてその影でなんかしらトンでもないことが行われていたりします。折しも国会会期中。市橋に気を取られてると、わけわからんコトが知らん間に決まっちゃってたりするので、注意しなければいけません。

 

さて市橋ですが、西成にしばらく潜伏してた由。

 

西成の飯場に1年もいるくらいなら刑務所の方がマシなんじゃないかと思えるのですが、前科のある市橋としてはそういう選択肢はナシだったようです。

そんなに刑務所ってのはキツいところなんだろうか。そういえば田代まさしも出所後まもなくに“刑務所は地獄だった”と言ってましたね。

 

しかし、この報道によって、彼はもう西成には戻れません。

 

山谷しかり、全国のいわゆる「ドヤ街」に潜伏することはこれでかなり困難になりました。

オレがこのような駄文をモノしてる正にこの時、市橋はどこかで同じ夜を過ごしてるわけです。
どんな気持ちでいるんでしょうかね。

 

1000万円の賞金首である彼。もはや日本国民全員が彼の「敵」です。

あの日、あの白人女性にあんなことさえしなければ、こんなことにならなかったのになぁ。

 

このまま・・・・・・逃亡者のままで彼が天寿をまっとうできるとは思えません。
どこかで野垂れ死にするか、刑務所行きとなる、彼の行く末に明るさは微塵もありません。
天網恢恢祖にしてもらさず、です。で、恐らくそのことは彼もある程度理解しているはず。

 

そんな状況で迎える夜は・・・どんな感じなんでしょうかね。
オレだったら耐えられないね。

 


北野武映画について。

いわゆる北野映画の「黄金期」は「キッズ・リターン」くらいのところで既に終わってます。 少なくともオレはそう思う。


ただ、その際「残念ながら」というような枕詞は似つかわしくありません。


北野武監督(以下「タケちゃん」)は、もう好きなように、作りたい映画を作りたいように作ってくれればいいんです。正にそれであるが故に「菊次郎 の夏」だとか「監督、ばんざい!」などは感動的でした。だからある意味結果論ではありますが、このことはこれっぽっちも「残念」ではない。


いわば他人のオナニーに付き合う快感、というところかもしれません。で、それを変態というならそうなのかもしれませんが、小説にしろ舞台演劇にし ろ映画にしろ、要は他人のウソ話に付き合って泣いたり笑ったりしてるわけで、考えてみればこういうのは押しなべて変態の所業、己が変態的神経への刺激で快 感を得てるのに他ならない、と考える次第です。
作る方にしても、言いたいことをわざわざ別媒体でもって表現しようなんていう屈折した指向というか嗜好は、これはもはや紛う方無き変態です。
作る方も観る方も変態なのだから、この際オナニーくらいでどうのこうの言っても始まらないのでありますよ。


きっと今度の作品も、タケちゃんは自らの望むところに忠実に従って撮り、繋ぎ、し、その結果として恐らく国内興行成績は例によって惨憺たる有様 で、それ故タケちゃんは資金捻出・補填のためにまたアホみたいなTV番組にシコシコと出張る羽目になるんだろうと思う。
そうまでして「勝ち得た」オナニーであるので、この作品もきっと前出の「菊次郎・・・」や「監督・・・」若しくは「アキレス・・・」と同様同種の 感動をもたらしてくれることでしょう。
賭す事柄の重い・大きいオナニーは美しいんですよ。神聖なんです。・・・多分ですけど。
同時に、恐らく「HANA-BI」くらいから、意識してオナニーに邁進しているタケちゃんに、オレとしては大向こうから声を掛けてあげたいと思い ます。


「ナイス!」っつってね。

 



読者登録

c2factoryさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について