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ダルビッシュをみるたびに思い出す。

本日、2009年NPB日本シリーズ第二戦、巨人VS日本ハムが行われておりました。

 

我が中日ドラゴンズはCSで敗退。この日本シリーズへの進出は適いませんでした。
なのでオレもこの日本シリーズ、シーズン中のような楽しいストレスを感じることもなく、ひたすら淡々と眺めております。
っていうか、正確には眺めてさえもおりませんで、殆どNPBへの義理立てのような気分で、その結果だけ気にしてるといった按配です。

 

ただ、今日は観たかった。観戦したかった。


今日中に上げなきゃならない編集案件があったので結局観られなかったのですが、なぜどうしても観なきゃならないと考えたかというと、これはひとえに「ダルビッシュが出るかも」だったからです。
野球ファン、とりわけNPBファンは、彼が引退若しくは一線を退くその前に、一戦でも、また一級でも多く彼の姿を己がマナコに焼き付けておかなければいけません。
オレ的にはこれはもはや義務ではなかろうか、と思います。っていうかそーだろ?え?という感じ。

 

ところで、ダルビッシュを観る度に思い出す選手がいます。
中日ドラゴンズの今中投手と、ヤクルトスワローズの伊東智仁投手です。

 

今中は、左腕から繰り出すシャレにならないキレキレのストレートと、トンでもなく落差及び速度差の激しいカーブとを武器に、一時期のドラゴンズを背負った、紛う方無きエースでした。

 

伊東は、物理学上有り得ないのでは?と思えるレベルの高速スライダーで、もはや伝説になっている投手です。

 

いずれも、やや線の細さ・・・というか、体の細さがあり、その酷使のされ方から当初より故障が心配されていました。
で、その通り両者とも、肩若しくは肘の故障で短い全盛期を終えたのでした。

 

今のダルビッシュの活躍ぶりは、この2投手に勝るとも劣らないものです。


で、体の細さもなんとなく似通ってる気がするのです。してなりません。

 

今シーズンも、ダルビッシュは結構な数の登板回数だったはず。
どうか故障などせぬよう願うばかりです。
正に今この時期、彼は臀部痛などでしばらく戦線離脱していた由。
しかしこのシリーズ第二戦、故障を押して「気迫の投球」を見せ、シリーズ1勝1敗のタイに持っていったとのこと。
肩や肘ではなかったということでちょっと安心かもしれませんが、患部を気にして投球するあまり、余分な負担が肩肘にかかり、最終的に致命的故障、なんてこともよくある話です。


どうか、どうか故障などせぬよう、切に願います。

 

 

※この当時は、まだプロ野球を観ていた・観る気持ちが残っていましたが、今はもう無くなりました。

その後のダルビッシュの活躍はご存じの通り。


賞金首としての人生。

市橋容疑者に関するアレコレで喧しい昨今。こういった日本中の耳目を集める話題がある時には、往々にしてその影でなんかしらトンでもないことが行われていたりします。折しも国会会期中。市橋に気を取られてると、わけわからんコトが知らん間に決まっちゃってたりするので、注意しなければいけません。

 

さて市橋ですが、西成にしばらく潜伏してた由。

 

西成の飯場に1年もいるくらいなら刑務所の方がマシなんじゃないかと思えるのですが、前科のある市橋としてはそういう選択肢はナシだったようです。

そんなに刑務所ってのはキツいところなんだろうか。そういえば田代まさしも出所後まもなくに“刑務所は地獄だった”と言ってましたね。

 

しかし、この報道によって、彼はもう西成には戻れません。

 

山谷しかり、全国のいわゆる「ドヤ街」に潜伏することはこれでかなり困難になりました。

オレがこのような駄文をモノしてる正にこの時、市橋はどこかで同じ夜を過ごしてるわけです。
どんな気持ちでいるんでしょうかね。

 

1000万円の賞金首である彼。もはや日本国民全員が彼の「敵」です。

あの日、あの白人女性にあんなことさえしなければ、こんなことにならなかったのになぁ。

 

このまま・・・・・・逃亡者のままで彼が天寿をまっとうできるとは思えません。
どこかで野垂れ死にするか、刑務所行きとなる、彼の行く末に明るさは微塵もありません。
天網恢恢祖にしてもらさず、です。で、恐らくそのことは彼もある程度理解しているはず。

 

そんな状況で迎える夜は・・・どんな感じなんでしょうかね。
オレだったら耐えられないね。

 


北野武映画について。

いわゆる北野映画の「黄金期」は「キッズ・リターン」くらいのところで既に終わってます。 少なくともオレはそう思う。


ただ、その際「残念ながら」というような枕詞は似つかわしくありません。


北野武監督(以下「タケちゃん」)は、もう好きなように、作りたい映画を作りたいように作ってくれればいいんです。正にそれであるが故に「菊次郎 の夏」だとか「監督、ばんざい!」などは感動的でした。だからある意味結果論ではありますが、このことはこれっぽっちも「残念」ではない。


いわば他人のオナニーに付き合う快感、というところかもしれません。で、それを変態というならそうなのかもしれませんが、小説にしろ舞台演劇にし ろ映画にしろ、要は他人のウソ話に付き合って泣いたり笑ったりしてるわけで、考えてみればこういうのは押しなべて変態の所業、己が変態的神経への刺激で快 感を得てるのに他ならない、と考える次第です。
作る方にしても、言いたいことをわざわざ別媒体でもって表現しようなんていう屈折した指向というか嗜好は、これはもはや紛う方無き変態です。
作る方も観る方も変態なのだから、この際オナニーくらいでどうのこうの言っても始まらないのでありますよ。


きっと今度の作品も、タケちゃんは自らの望むところに忠実に従って撮り、繋ぎ、し、その結果として恐らく国内興行成績は例によって惨憺たる有様 で、それ故タケちゃんは資金捻出・補填のためにまたアホみたいなTV番組にシコシコと出張る羽目になるんだろうと思う。
そうまでして「勝ち得た」オナニーであるので、この作品もきっと前出の「菊次郎・・・」や「監督・・・」若しくは「アキレス・・・」と同様同種の 感動をもたらしてくれることでしょう。
賭す事柄の重い・大きいオナニーは美しいんですよ。神聖なんです。・・・多分ですけど。
同時に、恐らく「HANA-BI」くらいから、意識してオナニーに邁進しているタケちゃんに、オレとしては大向こうから声を掛けてあげたいと思い ます。


「ナイス!」っつってね。

 


「都青少年健全育成条例」改正案について

以前にも書いたことがありますが、ああいう愚にもつかない下品なエロマンガを「お上」がいつまでも放置してるわけねーだろ!と常々思っておりましたよ。あんなものを堂々と創り且つ売り続けてたら、そりゃいつかこういう規制が入るに決まってます。「お上」ってのはそういうもので、別の言い方をすればいつの 世もこういう規制をすることこそが「お上」のお仕事です。
この業界の人たちはそんなことがどうしてわからなかったんだろうか。なんでまたここまで無策に、されるがままになってしまってるんだろうか。不思議でなりません。アホか、と。


AV業界などは、そこんとこ上手いことやってますよ。業者間で「監視団体」を作り上げ、セッセと天下りを受け入れ、と、その功罪や善悪は置いといて、とにかく業界存続のために長年シコシコと努力?しております。その結果、今回の規制対象のマンガ類など比較にならないレベルでロクでもない内容であるにも関わらず、たまーにある意味生贄としてパクられる業者が出るくらいで収まってます。
※念の為繰り返しますが、あくまでも「その功罪や善悪は置いといて」の話です。


こういう努力をこの業界はどこまで行い、果たしていたんだろうか。ある種のタブーであるが故にこの手のコンテンツは確実に「売れる」わけですが、 要するにこの業界の人たちは、そういう目先の利益におぼれ、ホンのちょっとだけ想像力を働かせればわかったであろうこういう結末さえ予測できなかった、と いうわけでしょう。自業自得っちゃその通りですが、これまた当然ながら「規制」されたらその分世の中を巡りめぐるお金も減るのが当然なわけで、そういう意味でもはや自業自得なんて話じゃ収まらなくなっちゃったねぇ、ってのが今回のニュースの主旨(のひとつ)なわけでね。


とにかくですね、今になって「大反対」なんかしてもしょうがないです。
ただただ、一部のアホンダラのお陰でワリを食っちゃう、マトモなコンテンツ制作者(業者)がアワレでなりません。ってよく考えたらウチも他人事じゃねーじゃんか!というね。



老いた。

高校の頃にはまだ回転ずしは一般的じゃ無かったような気がするので、たぶん大学生時代だったと思うのですが、当時オレは「回転ずし」に対してある種のこだわりを持っておりました。

即ち、何はさておいても、まずは16皿食べる。
でもって、16皿完食した時点での体調で、そのあとどれだけ食べるか決める、というものです。

言い換えると、要するに16皿食ってからがホントの食い始め・スタートだった、とという感じです。
ああ、もう16皿食ったか。じゃあカウント開始するか、みたいな。

さらにさらに言うと、まず16皿食わないと空腹にさえならない、と言った方が適切かもしれません。16皿食って初めて一般的な空腹状態になる、という。
なんで16皿なのかは、なんか理由があった気がするのですが覚えてません。なんかしらんけど16皿がとにかく基準だった。

これは余談ですが、あの当時のオレは思うに食欲異常というやつで、これは高校時代ですが部活のあとなんかにグラウンドそばの菓子店でまず1.5リットルのコーラをイッキ飲み、その後みんなでラーメン+餃子+チャーハン食べて、解散したあと同じ帰り方向のヤツらと一緒に牛丼屋行ったりしてました。
なんかハラへらね?とか言って。

こういう傾向は大学時代もほぼ同様で、朝メシ食って家を出て、1限終わったらコンビニでオニギリ食って、昼メシは学食でカレー食って、その日の授業が終わったら向かいのゲーセンの隣のラーメン屋でなんか食って、帰りに池袋でファーストフード系を食って、帰宅してから夕メシ食う、という。これがほぼ毎日だったからね。

・・・・・・それはともかく、こないだ久方ぶりにスシロー行ったんです。
気の向くままに皿を取って、食って、ああ食ったなぁ、ハラいっぱいだ、となったところで皿の数を数えてみたら、16皿だった。

なにが言いたいかというと、オレは老いた、衰えた、もう昔のように食えないのだ、ということです。
昔だったらここからが本番だったのになぁ、と目前の16皿を見ながらさびしくひとりごちるのでありましたとさ。



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