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スペクトルム(-先駆ける者-) <3.11シリーズ Ⅵ+1>

「例えば…この、林檎だけど…」

蘇芳 楸(すおう ひさぎ)は、机をはさんで向かい側に立つ、ふたりの前に…スケッチ用に持参してきた林檎を、置いた。

「うンまそおぉ~!」

榎本 青馬(えのもと せいま)が、林檎に手を伸ばす。

「先輩の手首ごと…オブジェにしてあげましょう、か…」

林檎を鷲掴みにして、口元に運ぼうとする榎本の腕を…左手で掴んで止めた、春木 朱音(はるき あかね)は…右手に握ったペインティングナイフを逆手に振りかざし、口の端を吊り上げ、微笑んだ。

 

 

初夏の、まだ空高い陽光が、開け放った窓から差し込む、放課後の美術部の部室…。

定期テスト明けの翌日に、部室に顔を出した部員は…二年の蘇芳と、一年の春木のふたり、だけ…だった。

 

「手、要らないもーん。俺、脚さえあれば、生きていけるもーんもーんもーん」

齧りつくのを諦めた榎本は、林檎を頭上に乗せ…器用にバランスを取りながら、おちゃらけた台詞を吐いた。

「榎本先輩は、ボールを取りに、ここへ来たんでしょ?…なら、このボール持って、早く、グラウンドへ戻ってくださーい!」

窓から吹き込んでくる風が、シャツの袖をふわりと…揺らす。

床に転がるサッカーボールを、短めのスカートから、すんなりと伸びた足の踵で踏んづけながら…春木は、榎本を促した。

「…やだ!テスト明けに部活なんか、やだ。…なぁ、ひさぎぃー、エロい本見せろよ、巨乳!プリンプリン…プリーズ!!」

サッカーウェア姿で腰をくねらせ、軽口をたたく榎本の頭上から、林檎を取り上げ…彼の腹に蘇芳は、軽く、膝蹴りを入れる真似をした。

 

「青馬の好きそうな本は、この部室には、ご・ざ・い・ま・せーん!!」

大袈裟に腹を抱え、前のめりのポーズを取る榎本の頭に…蘇芳は握りこぶしでグリグリとお灸を据えてから…机の上に、林檎を置き直す。

「で…この、林檎が…」

蘇芳が、椅子に座って話の続きを始め…対面する席の椅子を引き、春木も、腰を下ろす。

「嘘だぁ…こないだ来た時は、あったぞ、ハダカ写真~!」

うずくまり、グリられた頭を両手の平で押さえ…榎本は、呻くような声を上げた。

 

 

ちらり…と蘇芳は、本棚を一瞥する。

裸婦写真のポーズ集は、変わらずに…そこに収まっていた。

榎本の視線が、天然パーマの頭髪と上腕の隙間から、彼を…見上げている。

交わす視線に、この茶番は、彼の気遣いなのだと…蘇芳は理解した。

「ばーか」

声には出さず、口の動きだけで伝えた言葉に、榎本は、ニヤリと笑い返す。

 

高二のクラス替えで、教室が分かれてからも…やれ昼飯一緒に食おう、やれ教科書を貸せ…と、様々に理由を付けては…蘇芳の教室に、榎本は、日参して来ていた。

…サッカーボールを、美術部の部室に蹴り込んで、接触を図るのも…その、パターンの一つ……。

 

立ち上がり、大股で机に歩み寄ると…榎本は、春木の隣の椅子を、前後をひっくり返して置き直し、またがって…腰を下ろした。

背もたれの上に組まれた両腕の上に…日焼けした顔が、乗せられる。 

ふて腐れた犬、みたいだな…。

その、ふて犬の目が…彼の右肘の内側に貼ってある、傷テープに注がれていた。

視線に気付いた蘇芳は、咄嗟に、左手の平で、傷テープを覆い隠す。

その仕草に…榎本は、眉根を寄せた。

 

「まだ、治んないんですか、蘇芳先輩…。そのテープ…テスト前から、貼ってあったよう、な…」

春木が、二人の無言のやり取りに気付いたのか…いま、彼が一番話題にして欲しくない質問を無邪気に…口にした。

「…ん…治らないんだ……何で、だろう、ね…」

 

傷、見せて下さい。私、おばあちゃんの床ずれケアしてますから…何か、アドバイスできる、かも…。

椅子から立ち上がりかけた春木のスカートを掴んで、強引に座り直させた榎本の顔面に、春木の…平手打ちが、飛ぶ。

「エ…エ…エロモトーーーッ!!な…なになになになにぃーーっっ??!」

スカートは、引っ張られたくらいで脱げるような代物では無かった、が…顔を真っ赤に染めた春木は、スカートの前を押さえ、レイヤーボブの髪を振り乱して…榎本に噛みついた。

 

「り・ん・ご!さっき、ひさぎは…何て云ったっけ?みんな、同じじゃない、とか、なんとか…」

早く、説明、しろ、でなきゃ…食う、ぞ…。

天然パーマの髪を掴んで、前後に振り回す春木の怒りに抗って…椅子の背もたれに両腕でしがみ付きながら、榎本は…切れぎれに声を、発した。

 

 

「朱音ちゃん…その馬鹿に、紙とコピック(マーカーペン)を、渡して…」

「サルッキー、紙とコピコピ、俺にちょーだぁい」

「…サ…サル云うなあぁ~っっ!!」

 

春木は、自分のスケッチブックから一枚破り取り、榎本の目前…机の上に、それを叩き置いた。

棚からコピックのセットを取り出すと、机の中央に据え、手早く、必要な色を抜き出していく。

手前にあった赤系のペンを、適当に手に取ると…榎本は、用紙一杯に丸を描いて、内側を塗りつぶし始めた。

「ちゃんと視て、描く…」

蘇芳の言葉に、膨れっ面をしながら数秒、林檎を睨みつけると…榎本の林檎の絵は、ちょっとだけ…上部が凹み横に広がった形に、修正された。

さらに、同じ赤色で描かれていた芯も、茶色のペンで、上塗りがされる。

 

「できたぞー林檎。…で…これのどこが、違うんだあぁ?」

無言でペンを動かし続ける、美術部員ふたりに業を煮やし…榎本は、部室の窓から外に、顔を出した。 

「おーい!おまえらぁー!これ…なんに見えるーーーっっ?!」

「りんごー!」

「りんごちゃ~ん!」

「赤い、ボ・オ・ルーッ!」

「歪んだ日の丸…ですかあぁーっ?!」 

 

「せんぱぁ~い!絵、ヘタすぎですぅ~っっ!!」

二階の窓から突き出された赤い丸に…グラウンドで練習中の、運動部員たちの笑い声が、弾ける。 

「榎本!サボってないで、早く戻ってこーい!!」

「…やべぇ…っ」

サッカー部員の声に、榎本は首を引っ込め…そそくさと、席へと戻った。

描き終わった絵が三枚、机の上に並べられる。

「とまぁ、視ていた林檎の面は、それぞれに違ってはいるんだけ、ど…」

 

 

三者三様とは、まさしく…このことを云うのであろう…。

微妙に違う赤い色が…そこには、あった。

「同じ物を視て、注目する部分…色の濃淡や明暗とか、表面の傷や斑点の描き込みとか、に…個人差が出るのは、当たり前なんだけど、さ…」

「えーっ?青なんて色、この林檎の中に、あったかあぁー?」

「…あ…!…机…の反射……空の、青ぉーっっ!!」

机にへばり付いて、観察し直していた春木が…叫んだ。

 

「いや…反射とか、意識して視てはいなかった、けど…ね…。僕の目には、影や艶の中に、青味が入ってるように、視えたんだ…けど…」

「俺には見えねーぞぉ、青…どこだ?」

「私…紫が視えてきた、かも…」

あ…!紫って…青と赤の混色でした、ね…。春木は、ペロリと舌を出した。

 

 

同じ林檎を視ているはずなのに…お互い、見えてる色…ですら、”同じ赤”では、ない…。

「同じだと、思い込んでるだけ、なんだよね…」

指先で、林檎をゆらゆらと揺らしながら…蘇芳は云った。

「その林檎一つ、例に取っても…自分とまったく同じに見えている人は、この世界には誰ひとり、いない…なんて、さ…」

それを”個性”と云うのは、簡単だけど……なんだか…寂しい、ね…。

呟いて…春木は、口をへの字に曲げ、拗ねた子供のように、足をばたばたと動かした。

「俺には、まるっきし解んねぇ、けど…」

榎本が、ふて犬のポーズで林檎を睨む。

 

「けど…ひさぎを大好きな俺ほどには…ひさぎは俺を、好きじゃないんだってことは…よく…解った…」

蘇芳の瞳孔が、開く。

ぎゅるるるる……榎本の…腹の虫が鳴った。

プッ…春木が噴出す。

 

はあぁーっ。大きなため息をつくと、蘇芳は、指先で林檎を弾いた。

「愛してるよぉ、りんごちゃ~ん!」

転がる先に、榎本が、大口を開けて待ち構える。

「愛してるのに…食うのか、おまえは」

「愛してるから食うんだよ。嫌いなモノは…俺、死んでも食わねえぇ~!!」

一口齧って、榎本の…動きが止まった。

 

「青馬、おまえさ…酸っぱいの、苦手、だったよな…」

う…あ…ううぅ……。

口を手の平で押さえ…榎本は、齧った林檎を咀嚼し…飲み込んだ。

「無理して食うな…。スケッチ用に、日持ちしそうな硬いやつ、選んできてんだから、さ…」

そりゃ、酸っぱいわぁ…!春木が、お腹を抱えて笑い転げる。

「いや…これは、愛だ…。愛の、訓練なンだあぁ~!!」

涙目になりながら…林檎に齧りつく榎本の姿に

「それを云うなら、試練、だろ…馬鹿…。犬の、ご褒美か…って、の…」

蘇芳は、再び…大きく、ため息をついた。

 

 

 

初夏の夕刻は明るい、とは言うものの…東の空は濃い藍色に、染まり始めていた。

 

「…それで…ポリネシアンはね…水平線に立ち昇る、火山の噴煙を見つけては…その煙りを頼りに、遠く見えない島影を求めて、海原を渡って行ったって、説も…あるんだよね」

「地震や津波や食糧不足…島を襲った災害から、逃げるための…移住先の手がかりが、火山の煙だ、なんて…。私は…怖いな。行きたく…ない、かも…」

最終下校時間が迫っていた。居残っていた生徒たちは、部屋を飛び出し…足早に、校舎を後にしていく。

 

「定説では…流れ着いた椰子の実や、渡り鳥の飛んできた方角を…逆に辿って、島を発見していた…ってのが、有力だけど、ね…。生活できる土地が見つかる確率は、当然、そっちの方が高かったと…僕も、思うよ…」

「…ってコトは…火山目指して船出したポリネシアンは、すっごい…先駆者だったんですねぇーっ!…火山を見て、血が騒ぐ…そうか…昔の人も、そうだったのかあぁ…!!」

 

興奮気味に、校門を通り抜けた春木は…いつものように、バス停の方角へと歩き出さない蘇芳に気付き…彼の目を、訝しげに見つめた。

「ゴメン、今日はちょっと…ヤボ用…」

それじゃあ先輩!また明日ねえぇ~!!

肩に掛けたスクールバックを揺らし、バス停まで駆けていく春木を見送ると…蘇芳は、いつもとは逆方向の道へと…歩き出した。

「…火山が…どうしたって?スケッチ旅行の計画でも…立ててたのかよ…」

校門から少し離れた校庭の、柵に凭れて…榎本が立っていた。

 

 

待ち伏せに驚く風でもなく…蘇芳は、彼の隣りに立ち…校舎を見上げる。

「赤い色を見るとさ、興奮するのはなぜか…って話題から、火山の溶岩の話になって、ね…。九州南部の隼人って一族は、黒潮に乗って渡来したポリネシアン…先駆者の末裔なんだって説まで、話を…発展させていた…」

 

……先駆者……先駆ける者…か……。

 

両手の指先を、交差する針金の柵に掛け…夕闇に浮かび始めた頭上の星を、蘇芳は見上げ…独言した。

 

 

「今日は、バイトの日、だったよな…。このままどこかで時間を潰して、それから…店に入って深夜まで…」

…で…その後は…どうするんだ……?

榎本の問いに、蘇芳は無言を…返した。

「…家…帰りたくないんだろ…」

図星を突かれ…柵の網に掛けられた、蘇芳の指が、白く…色を失う。

 

「その右腕…また…あいつの……煙草、なの、か…?」

下校直前に…貼り直されたと思われる、右肘の内側の、真新しい傷テープ…。

「………ああ………」

吐息のように…蘇芳の咽喉の奥から、声が…押し出される。

「あンのぉ糞野郎おぉぉ……!!!」 

ガッシャアァァーーーンンン……

榎本の拳が、校庭の柵を、揺らした。

 

蘇芳の、長めに伸ばされた、後ろ髪…。

吹き抜ける風を嫌い、髪を押さえる手の、その下に…赤黒い火傷の跡が隠されていることを…榎本は知っていた。

焼けたアイロン…襟足にそれを、押し付けた相手が、誰なのか…も……。

 

沈黙するふたりの横を、高速で接近してきた消防車のサイレンの音が…走り抜けて行った。

 

 

「…近そうだな…」

重なり合うサイレンの音に、榎本は呟いた。

その声を遮るように、爆発音が聞こえ…校門前の道路の向こう…数キロ先に、煙の…立ち昇る光景が、見えた。

辺りの家々が騒がしくなり…子供たちが外に、飛び出してくる。

 

「行ってみるか?」

促す榎本に、蘇芳は、首を横に振った。

「オレは、行かない…」

「…そうだな…あの辺りには、化学工場も、あるし、な…」

煙に向かって駆けて行く子供たちに、榎本は、声をかける。

「おーい!そこのガキィィー!あんま近くまで、行くんじゃないぞおぉー!毒ガスが出てるかも、しれないからなあぁーーっっ!!」

榎本の叫びに、ひとりの子供が片腕を上げ…頷いた。

後ろから来ていた小さな子を止め、しばしの言い争いの後…小さな子は泣きながら、道を、引き返して行く。

 

「兄弟かな」

良い兄貴、だねえ~。感心して見守る榎本に、兄は、手を振り…

弟が、家に入るのを確かめるや否や、猛然と…彼は、煙に向かって駆け出して行った。

「先駆者だね、彼、は…」

唖然とする榎本の姿に、蘇芳が苦笑する。

「まぁ…なんだ、その…あいつは、無謀な先駆け者じゃ、ないようだ、から…大丈夫だろ……たぶん……」

自分を説得するように…榎本は、何度も頷いた。

コクコクと、首を振り続ける榎本…前屈みで、クツクツ笑いが止まらない、蘇芳…。

 

どちらからともなく…ふたりは、大通りに向かってゆっくりと…柵の前から、歩み出していった。

 

 

 

危険から、まだ自らを守れない弟を、強引に…帰宅させた、兄…。

「兄貴としては当然の、判断だったよな。…あの弟も、さ…。もうちょっと大きければ、毒ガスが出てるかも…なんて云われたら、自分から行くのを止めてたかも、知れないし、さぁ…」

でもって、兄貴は…毒ガスの危険性を理解した上で、火事見物を、自ら…決断したワケ、で…。

 

「大事な判断をするときって、さ…」

言葉より行動、の、彼には珍しく…今夜の榎本は、やけに…饒舌だった。

「判断を、人任せにすると…上手くいっても、喜びは半減…。失敗すれば、後悔よりも…その判断を下した相手を責める気持ちのほうが、先に立つ…よ、な……」

 

人任せの、人生…。

「そんなこと、繰り返していたら、さ…。いつか自分を…嫌いになっちまうと思うんだよな、俺は…」 

そう口にした後…すまん、釈迦に説教だったな…と、榎本は…照れ隠しのように、エア・ボールをキックした。

説教じゃなくて、説法…。

歩道のブロックを、トレーニング・ラダーに見立て、ステップを踏み始めた彼の背に…蘇芳は、つっ込みをいれようとした。…が…咽喉が詰まったように、声が…出せ、ない…。

 

 

「……でも…さ……。相手が、自分で判断するのを許してくれないヤツだったら…どうするよ…。行き先も分からない船に、乗せられて、さ…。嫌だと云っても降りられない…危険があっても、教えて貰えない…回避も、してはくれない……」

守るどころか…逆に、危険な目に遭わせて、楽しむような…そんなヤツに、捕らわれてしまった、ら……。

言葉は発せられず…蘇芳の心の中で、泡立ち、続けた。

 

これは…母のことだ、そして…あいつのこと、だ……。

 

 …逃げたら…逃れられたら……自分を嫌いにならずに、済む、の…か……?

「嫌いだよ、オレ、いまの自分、が…」

咽喉の奥で、口に出せない言葉は…苦く…溶けていく…。

 

蘇芳は目を閉じ、ゆっくりとそれを…飲み込んだ。

 

 

 

甲高くサイレンを鳴らし…彼らを追い抜いた救急車が、大通りの角を曲がり、炎に照らされ赤く染まった煙に向かって…走り去っていく。

「じゃ、また明日…」

十字路を、煙とは反対の方角に曲がり…蘇芳は足早に、歩き出した。

「楸…おい!ひさぎ…っっ!!」

振り向くと、小さなキラめきが、榎本の手中を離れ…胸にぶつかる寸前で、蘇芳は…それを受け止めた。

「サッカー部室の鍵だ!ソファーがあるから、バイトが終わったら…そこで休め!俺が、朝イチに来て、起こしてやるから…さ!」

サボりの罰でさぁー、朝練の当番、押し付けられちまったのさあぁー。

ひらひらと、榎本は上げた右手の平を振り…背中を向けた。

 

「馬鹿…」

いや…バカじゃない…。そこまで計算した上での、サボり、だったのか…。

数歩、進めていた足を止め…蘇芳は振り返った。

今しがたまで、ふたりで歩いていた道…その、延長線上を見上げ…呆然と立っていた榎本が、突然、大声で叫んだ。

「晩飯ぃー!!食いそびれたあぁぁぁーー!!!

榎本の視線の先で、”有明ヶ丘学園”の、看板を掲げた建物が…濃さを増していく宵闇の中へと、静かに…溶け込もうとしていた。

”児童養護施設”の文字が小さく…スポットライトに照らされた、学園名の看板の下に描き込まれているのが…見える。 

建物の上階、居住区の灯りは全て、消されていた。

いまは夕食時…皆は食堂に、集まっている、時刻…。

 

「やっぱ…馬鹿、かも…」

がっくりと、肩を落とした榎本は、十字路の角に立ったまま…横断歩道を渡ったその先の、鎮火し始めた煙の方角に…顔を向ける。

 

…バイトに入るには、まだ、時間があった。

引き返したい衝動に駆られ、蘇芳は…彼に背を向ける。

戻って、そして…オレは…何を期待している…?

 

榎本は…これから、火事の現場へと向かうつもり、なのか…?

それとも…児童養護施設への道を、辿り帰って行くの、か…?

名を呼べば届く、僅かな隔たり。

たった…それだけの距離、なのに……。

 

 

分からない、よ…。

「…おまえの目には、この世界はどう……映っている?希望の色、か…それと、も……」

 

声が…聴こえた…。

Follow Me……

榎本が、独りのときによく、口ずさんでいるジャス・ソング。

空耳のようなその歌声は、吹く風に翻弄され…遠く、去っていくように……近く…耳元で、囁いているかのように……蘇芳の足元に、絡みついてきた。

 

 

 

 

…寂しい…。

そう云った、春木の気持ちが…いまなら、解る…。

…いや……解ったような気が、する……。

 

振り返りたい欲動に抗い…整然と立ち並ぶ、新興住宅地の灯りに向かって、蘇芳は…重い足取りで、自らの歩を……踏み出していった。 

 

 

 

 

 

 

 

※「スペクトルム(spectrum)」とは、スペクトラムのラテン語読みです。

本作では、”見えるもの”や”光(虹色)”などの、意味を持たせていますが、広汎性発達障害(自閉症やアスペルガー症候群)の名称としても知られていますので、あえて、ラテン語読みを使用してみました。

※「Follow Me」 作詞:Herbert Kretzmer・Hal Shapey 作曲:Joaquin Rodrigo


奥付

 

 

 

2013年10月6日 初稿


 

スペクトルム(-先駆ける者-)


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著者 : 咲.
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