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はじめに

「草生人」とは

「草生人」は埼玉県草加市に密着したフリーペーパー、いわゆるタウン誌です。
2012年6月に創刊以来、ほぼ隔月刊のペースで発刊。インタビューを基本とし、お店の紹介だけではなく、生活に密着したテーマに沿った記事や、市内のイベント、出来事などを掲載しています。
合い言葉は「草加再発見」。
部数は現在2500部。ご協力いただいている店舗で配布させていただいています。

「草生人メルマガ」とは

「草生人メルマガ」は「草生人」編集部が制作する「草生人メイキング」メールマガジン。 
メルマガだけのコラム、編集部日記、取材時のこぼれ話(本誌に載せきれなかったこと)を掲載しています。オリジナルのメルマガは月に3回発行しているテキストベースのメールマガジンですが、3回分をひとつにまとめて読めるようにしました。
スマートホンの場合はePubでお読みください。

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もくじ

編集部コラム
おもに編集長による日々思っていること
  1. 「フルカラーの夢」の材料
  2. 今自分がどこにいるかが問題だ。
  3. 草加の「観光資源」で思ったこと
編集部日記
イベントレポート速報版+α
  1. イベント告知と「わいわいロード商店会夏祭り」
  2. もひとつ体が欲しい今日このごろ
起業日記
編集長兼社長による1人会社の「起業」にまつわるいろいろ
  • その3:仕事開始前の「つまづき」
  • 起業日記番外:タウン誌を創るための「道具」に関するお話
草加小話
じつに彰による草加レポート
  1. ヤンキーが発する街おこしのメッセージ

「フルカラーの夢」の材料

 次女が、あまり夢を見ないと言う。よく「実際にはみんな見ているけれど、忘れてい るんだ」と言われている。

 けれど、本当にそうなのだろうか。

 それはさておき、今回は頭が暑さで沸騰しているので、「夢」についてのもろもろ。

 なぜ「夢を見るのか」ってことは、最近では脳が記憶を整理している、脳内情報のメ ンテナンス、という説がわりと一般的だと思う。だから一夜漬けよりちゃんと眠った方 がいいとか。

 で、ということは、脳内にある記憶を元に作られる。つまり記憶に左右される。

 まあこれは当然だ。

 

 そういえば私が子どもの頃、夢っていうのは白黒で色が付いていないのが普通で、色 つきの夢を見るのは精神が病んでいるという説があった。

 なぜ記憶に左右されるはずの夢が白黒なんだ。白黒テレビかよ、っと言いたくなるが、 これはもしかしたらありかもと思った。その時代は、「現実では無い動く映像」を見る ことができたのは映画かテレビの「白黒映像」なわけで、もしかしたら、脳内ではカラ ーなんだけれど、実際に体験したことが無いから、思い出すときに「白黒」と認識され てしまうのかもしれないな、と。

 夢は右脳と関係があるという話もある。

 フルカラーの夢、見るというより体験する、感情や五感の記憶が残る夢を多く見てい る人は、右脳が活発であるというのだ。この右脳は創造性とイメージを担当していて、 芸術と関係がある、という説。

 科学的には「俗説」らしいけれど、でも否定する確かな証拠も無いらしい。

 子どもの頃から私はフルカラーの夢を見まくっていた(だから私はおかしいのかなと 思っていたこともある)。

 映像が記憶に残っているだけではなく、そのときの感情とかそんな細部も残っている。

 ある夢では、見えている街の情景をどんどんズームアップして、ここまで作り込まれ ているのにこれは夢なんだすげーと思ったこともある。

 子どもの頃は 空を飛ぶ夢をよく見た。ビルの間をすり抜けて飛ぶ。

 また、SFチックな夢も多い。幻想的な湖のそばを通る電車に乗っている。夜の空を 「未知との遭遇」で登場するような巨大なUFOが移動していて、侵略されてしまった、 どうしたらいいんだと焦っている。向こうの街で怪獣があばれているのを、高台の建 物から眺め、こっちに来るから逃げなくちゃと思っている。

 生まれてから2才までと、小学校2年生から中1まで過ごした父の実家は、たびたび夢 に登場した。防空壕の跡があり、かまどもあり、時々鼠が天井を走り、2階には倉庫の ような「秘密の部屋」があった。間取りが中学2年から住んでいた実家によく似ていた ため、夢の中ではよく合体してたなあ。

 大学後半から旅行が好きになり、卒業してからも年に2回ほど1人旅をしていたため か、電車に乗る夢、駅の夢も多い。乗り遅れる、切符が買えない、乗換を間違える、乗 ったけれど席が無い………。「あ、この駅は○○駅だ」と、以前の夢に登場した駅だと 思うこともある。

 

 話が戻る。

 私が子どもの頃から非現実的な夢をたくさん見ていたのは、もしかしたら、いろんな ことを妄想していた(いい言い方をすれば「想像力」を働かせていた、悪い言い方をす れば「現実逃避」)からじゃないかな。

 非現実的なフルカラー映像は巷に溢れてはいなかったが、頭の中ではいろいろなイメ ージを作っていた。本を読むのも好きで(児童向けSF全集がけっこうお気に入りだった ※)、文字で書かれている内容のイメージを、その時の映像知識を総動員して頭に思い 浮かべていた。

 この映像は、現実ではないけれど「記憶」としては残るのではないだろうか。

 これが、夢の材料になったのではないだろうか。

 フルカラーの夢の。

 今はさまざまなフルカラー映像が巷に満ちあふれているから、みんなフルカラーの夢 を見ているんだろうな。

 

※夢のメカニズムを解説するコラム なぜ人は眠るのか、夢はなぜ見るのか

http://s-park.wao.ne.jp/archives/597

※小学生向けのSF全集 統一された全集ではなかったが、なんだっけなーと検索していたら同じことを考えて ちゃんとリストアップした人が居た。

・ジュニア版SF&ミステリー全集刊行リスト http://homepage1.nifty.com/maiden/jsm/jam00.htm

後から「遊星からの物体X」の原作だったと知った話のタイトルが、「なぞの宇宙物体 X」。なんか映画タイトルに近いと思ったらオリジナルの映画「遊星よりの物体X」公 開が、本の刊行前だった。インターネットってこういうことを調べるだけで時間がつぶ れていくことが怖いよなあ。


今自分がどこにいるかが問題だ。

 今、馬鹿なことをやった事実をツイートして世間に広めてしまい、自分にも周りにも 大きな傷を残すという若い人のことが話題になっている。

 いろんな人が、それについて考察していて、それを読むだけでもけっこう面白い。

 一番代表的なのはこれだと思う。

 

  うちらの世界

  http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/08/06/155425

 

 ただ、個人的には以下の意見が一番シンプルでわかりやすいと思った。

 

  馬鹿な写真がよく炎上している理由

  http://d.hatena.ne.jp/Hamachiya2/20130809/flaming

 

 「スマホで見たとき、ツイッターとかフェイスブックのインターフェイスが、グループチャットに見えるから。」

 スマホや携帯の小さい窓から見れば、メールもlLINEもメッセージもFacebookのチャ ットも機能が同じものはみんな同じだと思う。それは当然だわな〜って思う。使う側として機能が同じだったら、その影響とか考えないで使うだろうからねえ。

 以前同じこのコラムでも書いたことがあるけれど、(メルマガ011号2013年1月15日発 行「小さな窓からしかのぞけないネットの海」)

『情報を得る窓が小さいと、全体が見えない。

 広げた新聞紙全体を隠し、スマホのサイズの画面分だけ穴を開けてのぞいている、そんな感覚がある。  窓が小さいと、全部を見るのには時間がかかるから、余分なものは見なくなる。そして、余分なものを排除していったら、どれが「余分」なのかが、だんだんわからなくなるんじゃないかな。。

 

 「ツイッターやフェイスブックのインターフェースがグループチャットに見える」と いうのは、要するに「小さな窓」だから。自分と相手、知っている人しか登場しない「小さな窓」しか見ていなければ、今自分がどのへんの位置にいるのかがわからなくなってしまう。

 本来、インターネットは世界と繋がる道具なのに。

 人が生きる上で「全体がこうなっていて、今、自分がどのあたりにいるか」ということを考える(想像する)ことはとても大事だと思う。

 たとえ自分のいる位置がわからなくても、少なくとも、自分のまわりには知らない世界があることを意識する。それだけでも、生きていく方向が違ってくるような気がする。

 「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがあるけれど、「蛙」はそのまま井戸にいれば外の世界にかかわることはないけれど、スマホという世界は「蛙」側から見えな いだけで「大海」側からは丸見えなんだから。

 

 私は大学出てからしばらく日本中をちょこまかと一人で旅していた。

 バックパッカーのような本格的なものではない。だいたいの行き先を決めたらガイドブックを購入しておおまかな情報を得る。泊まるところはユースホステル(若者向けの 安宿)※や民宿。

 着いてからその先は、ユースホステルで一緒になった人やペアレントさん(ユースホステルの管理者)にお勧めを聞いて旅を続ける。

 で、当時は「周遊券」という、そのエリア内なら期間中国鉄(JR)乗り放題という切符が使えた。

 エリア内どの路線を使ってもいいので、あらかじめびっちり予定を立てる必要はない。

 ただ、エリア内にはどんな有名な観光地があって、自分はどこに一番行きたいか、そのあたりを一応考えておかないと、人からのアドバイスに振り回されてしまう。

 それに、どの路線使ってもいいといっても、地方の列車はともかく本数がバカ少ないので目的地から次のことも考えておかないとヤバイ。特に北海道なんて、列車1本違うとまる1日の差が出たりする。時刻表によるシミュレーションは必須だ。

 ………まあ自動車やバイクならそのあたり自由なので、全然違う意識のもとに旅をしたんだろうなって思うけど。

 なんかテーマと離れているようだけれど、たぶん私が今の立ち位置を気にするようになったのは、この一人旅を頻繁にしていた時期からじゃないかなって思う。

 旅先ではいろんな人がいる。一人旅+ユースホステルの場合、確実に他人と話す機会がある。世間話で終わるときもあるし、旅の面白エピソードや、仕事の話とか趣味の話 も出る。

 異業種交流会みたいに、まったく自分と違う場所に住んで違う生活をしている人と話すというのは、刺激的でとても面白かった。

 一人旅は「人生」と似ているなあと、一人旅をしなくなってから、よく思った。

 今、自分の立ち位置について改めて考えているのは、自分が今何をしたいのか、何をめざしているのか、どこにいるのか………表面的・物理的には充分わかっているつもりなのだけれど、ふっと本当にこれでいいんだろうか、心の奥の奥で悩んでいるからかもしれない。

 今は「一人旅」じゃないから。

 

※ユースホステル

http://www.jyh.or.jp/whatsyh.html

よく利用していたころはお酒ダメとか条件が多かったのだけれど、今はそのあたりは柔軟になっているらしい。ただ、利用したことのあるユースが減っていたことが気になっ た。特に東北地方。下北ユースとか奥入瀬ユースはもう無いんだね………。。まあ20年 以上前の記憶だから仕方が無いか。 北海道では、ユースよりも民宿によく泊まった。「とほ宿」に 載っている宿は、当時からあるものも多い。娘と北海道へ行ったとき、同じ宿に泊まっ てみた。オーナーは変わっていたが、建物とマンガがたっぷりある休憩部屋が当時のま ま運用されていて、時間が戻ったようだった。


草加の「観光資源」で思ったこと

 お盆に、生まれ故郷である岐阜市に行ってきた。

 そこにはご先祖さまのお墓があり、25年以上お参りに行っていなかったので、もしかしたら今の状況はそのせいもあるかもしれないなどと言い訳を作り、くそ忙しい中、1泊だけだが無理矢理時間を作って行ったのだ。
 まあ実際には「観光旅行」ではある。なぜかって、そこにはすでに実家はなく、両親もおらず(遠い親戚のみ)、私自身もトータル8年ほどしか住んでいなかったから。ご先祖様と父方の祖父、祖母、そして戦争で亡くなった父の兄2人が眠っているお墓だけが、ある。

 さて、そのとき感じたのが、岐阜市の持つ観光資源の強さだ。


 まず「織田信長」。日本人なら知らない人は居ないんじゃないかというくらい、日本史の中でもずば抜けて有名だろう。「斎藤道三」と「織田信長」がかつて居たことのある岐阜城は、コンクリート製ながら資料館として残っている。岐阜城がある金華山にはロープウェーがあり、金華山からは岐阜市が一望できる。
 「長良川の鵜飼い」もある。鵜飼い自体は全国にあるので(※)それほど有名ではないかもしれないが、インパクトのある観光資源であることには変わりが無い。ついでにいえば、長良川※は日本三大清流のひとつで、市内の河原で泳ぐことができる。

 

 さて、振り返って草加市の「観光資源」。
 草加市公式ページの「観光・イベント」の説明は「観光スポット・名所・遺跡」となっている。「草加50のお宝」に選ばれたものを初めとするをさまざまな草加のもの・ことが、草加市の「観光資源」として取り上げられている。

http://www.city.soka.saitama.jp/event/index.html

 素敵な松並木の風景、松尾芭蕉や曾良の像、ゆったりできる神明庵、古い建物の匂いが落ち着く歴史民俗資料館。「ふささら祭り」や「宿場祭り」や「よさこいサンバフェスティバル」などのお祭り。ハープフェスティバルやB級グルメなどのイベント。

 これらは、岐阜市の「観光資源」を見た後では、ぶっちゃけ弱い。

 というか、これらをは「観光資源」とひっくるめて呼んでしまっていいことなんだろうか、ってこと。

 goo辞書によれば「観光」とは、「他の国や地方の風景・史跡・風物などを見物すること」。『他の』という部分があるように、「観光」という言葉は、視線が地域の外側に向かっている。
 草加市の観光でキーワードとなっている「おもてなし」にしても、「外から来たお客さんをもてなす」、つまり、地元の人は「もてなす側」なんですよ、来てくれる人を楽しませる役割をしてください、と言っていることになる。
 
 「草加市の観光資源」とまとめられているさまざまなこと・ものは、多くが「地元の人のためのもの」であり、地元の人に愛され、地元の人が楽しむものだと思う。
 けれども、「観光資源」と分類してしまうことで、「地元の人」が、おざなりになってしまっている、そんなように感じる。
 
 今年の6月、草加せんべいのゆるキャラパリポリくんが「観光大使」に任命されたというニュースがあった。草加市公式ページにあるお知らせの始まりはこうだ(広報そうか6月5日号に掲載)。

「市は、観光がもたらす地域産業の活性化などの効果で、にぎわいと活力ある自立したまち草加を実現するため、観光施策を積極的に推進しています。」
http://www.city.soka.saitama.jp/shimin/koho/h25/13060599/01/01.html

「観光がもたらす地域産業の活性化などの効果」って、何だろう。
「誰もが訪れたくなる町」「にぎわいと活力ある自立した町」は、「観光資源」が充実している町なのか?
 しかも、現時点では草加の「観光資源」はそれほど強くない。それをアピールすることの意味は?
「観光資源」が充実すれば、草加市は快適で暮らしやすい町になるんだろうか。

 草加市は東京に近いから、「埼玉都民」(東京に働きに言っているサラリーマン)が多い。草加の地場産業を直に盛り上げてくれるのは、こういったここに住んでいる人々なのではないか。
 外を向いた「観光」ではなくて、もっと草加市民の方を向いた、草加市民そのものをおもてなしする、そんな方向性を持てないだろうか、そんな方向性を持つ言葉で表現できないだろうか。

 そんなことを思った。

まとめ:草加市には、他の地域に自慢できるようなすごい「観光資源」は少ないんだから、もっと草加市内に住む人のこと、地元目線で催し物やイベント考えましょうよ。観光資源という考え方じゃなく地域資源とか生活資源とか、そんな目線で考えましょうよ。

うーむ。まとまらないけど言いたいのはこういうことなんです。

 

※補足:最新のコラム(9月25日号)で、草加のお祭りについてちょっと調べた。「観光資源」という呼び方でまとめるのはやはりなんとなく違和感はあるが、「宿場まつり」は地元のお祭り、「よさこい」がからむ「よさこいサンバフェスティバル」「草加ふささら祭り」は外向きの観光を意識するお祭りという位置づけになっている。
9月まとめ版をどうぞ。

 

※鵜飼い
http://ja.wikipedia.org/wiki/鵜飼い
※長良川
http://ja.wikipedia.org/wiki/長良川

 



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