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りさと密室でのときめきの出逢い

 2000年の春がやってきた。外山の心の中にも、旭日の光を浴びて、ようやく赤々と燃えたぎるものを感じていたそんなある日、問屋街の夏川商事に営業に出かけた。

 問屋街の東のはずれにある、五階建ての古いビルである。日本橋の問屋街のなかでは有力問屋のひとつであり、ファンションを作り出すメーカーでもある会社だが、煤けたような色のコンクリート壁はいただけなかった。だが、横に大きく広がったビルの大きさは、この問屋街でトップクラスの取扱量を誇っている企業であることを誇示していた。

 外山は半年ぶりに夏川商事の受付の前に立った。受付の中で何か書類を整理していたショートカットの受付嬢が顔を上げた。

「いらっしゃいませ」

「日本橋仕入情報の外山です。社長とお約束していたのですが?」

「お伺いしております。それでは社長室までご案内いたします」

 と受付嬢は一瞬じっと外山を見つめながら、離席中の札をカウンターの上にさっと出すと、エレベーターの方へきびきびと歩き出した。これが外山と夏川りさとの最初の出会いであった。いや正確に言えば、沙織が制作していた広告の中にいたモデルの人だと、外山はすぐさま気づいたから、二度目の出会いと言った方が良いのだろうか。

 外山は、夏川りさがエレベーターのボタンを、白い透き通ったような細い指で押すの見ていた。触られた無機質なボタンは、赤らんだように点灯した。灰色の何層にも金属板が重なった厚いドアが、機械的な音をさせながらゆっくりと開いた。この時先に入った夏川りさが、ちらりと自分の体全体を見ている目が、好奇心にあふれていたのを外山はよく覚えている。若い肉体の持つどこか上機嫌なその雪のように白い肌の顔から、目だけは相手の心を見抜くような強さと血潮に満ちているような気がした。外山はエレベーター内に入った。夏川りさは社長室のある五階のボタンを、例の細い指で再びやさしく愛撫した。するとドアが柔らかく閉まった。モーターの低い唸り音のなかで、夏川りさの微かなオーデコロンの香りが立った。その香りは外山を悩ましい状況にするほど、ときめきに満ちたものであった。三階の通過を知らせるボタンが明滅した時、突然底から突き上げるような揺れが始まった。もの凄い立て揺れの振動である。すると安全装置が働いたのか、エレベーターは急停止した。揺れは二〇秒ほど続いただろうか。外山は動揺するりさに声をかけた。

「怖かったね。もう大丈夫だと思います」

「ええ、そうですね。エレベーターが止まってしまいました。すみません、ご迷惑をおかけします」

「とんでもない。何も無かったから大丈夫です。安全装置が働いているようですから、外部に連絡して解除してもらいましょう」

「はい、すぐ呼び出しますから少々お待ちください」

  りさは慌てて赤い古びたデザインの非常緊急連絡用のボタンを、白い細い指で押した。外部との交信に務めようとりさは必死になっている。ボタンを押すと、電話のような呼び出し音が数回小さなスピーカーから響いた。カチッと受話器をとる安心の音が聞こえる。スピーカーから、若い男性の声が聞こえてきた。

「どうしました?」

 という緩慢でひどく退屈そうな第一声だった。

 外山はりさに代わって、自分たちがエレベーターの中に、地震の影響で閉じ込められている状況を、ゆっくりとかつ緊急であるという切迫感をもって説明した。

「わかりました。すぐに向かいます」

  と退屈な声は、少しまじめな響きに変わり、通話が切れた。

 外山と受付嬢のりさは、携帯を持っていたので、それぞれが外部への発信を試みたが、電波は厚い壁に遮断されて、外へは飛んで行かなかった。しかし、幸いインターフォンで連絡が取れたから、すぐにしかるべき人が助けにきてくれるものだと外山は思った。それにエレベーターの照明は消えないため、微かな安心感を与えていた。もしまったく光の無い漆黒の部屋に閉じ込められたとしたら、と外山は想像し、軽く身震いをした。人の動く気配がしないかと、耳に入る音に意識を収斂させた。神経の集中とは裏腹に、何の人の動きも感じられなかった。いったい、夏川商事の従業員は、何をもたもたしているのだろうか、とぼやきながら、恐ろしい不安と警戒と期待との間をゆっくり過ぎていく一分、二分の時間を、外山は待った。りさもこうした状況下では、時間の経過が普段より長く感じているようである。外山はりさを気遣い、話しかけた。

「この間、御社の広告を見ましたが、モデルになっていたのは貴方でしたね?」

「ええ、お判りになりました。そうです。私です。昔、ファッションショーのアルバイトのようなこともしていたので……。図々しいとは思いましたが、やっちゃいました」

 とりさはじっと外山を見つめながら、緊急時にもかかわらず落ち着いた口調で言った。当然、恐怖感があったが、外山が話しかけたので、少し落ち着いて答えたようだ。

「失礼ですが、夏川社長のお嬢様ですよね?」

 外山はすでに彼女の存在を熟知していたが、あえてとぼけて聞いている自分の行為に、少し恥ずかしくなった。

「ええ、そうです。外山様は雑誌社の社長ですね。問屋街で営業なさるのは大変でしょう。時々、一生懸命に問屋街を歩かれている姿を拝見しております。すがすがしい方だといつも思っていました」

 外山はもう一度まともにりさに見られた。体の芯がぞくぞくしてくるようだ。自分のことを過分に意識していてくれたりさに胸は躍るようだった。

「嬉しいですね。僕のことをご存知だったのですか。僕も本当のことを言うと、あなたのことを広告で見たとき、何の濁りも無い、透き通った雪のようなイメージで、体全体から理知的でありながら、太平洋を眺めているような大らかさに包まれるような気がしました」

「外山社長はお上手ですね。まるで詩人のようです」

 りさは快活に目を細めながら笑った。

「そうですね。僕の小中学時代は読書漬けでした。日本やフランスの詩人で好きな人がいました。少女チックかもしれないが、ついそんな言葉になります。でも高校、大学はこれでも体育会系ですよ。スキー部と空手部にいました」

「やはりそうでしたか。頼りになります。文武両道という感じですね」

 りさは外山の言葉に、思いがけないものを発見したように、尊敬を含んだまなざしで見つめている。

「夏川さんはお若いのに、良く勉強されているようで、本当に理知的に見えます。それに何度も言いますが、大らかなところもあるようですね。どうしてそんなに良い面を二つも持っているのですか?」

「外山さんは人を愉快にさせてくれますね。本当にお上手です。でも、それは難しい質問です。ただ、図々しく言わせていただければ、父は反対だったのですが、私は社会勉強ということで、大学時代幾つかのアルバイトを経験していたことが良かったのかもしれません。それぞれの職場の先輩たちに、色々な面でもまれたし、かなり年齢が離れた先輩とも合わせられるようになりました。年代ギャップを作らないように心掛けたのが良かったのです。私の中に多分そういう性格がもともとあったのかもしれませんが、次第に自分の長所として生かすようにしましたから、それがおおらかに見られるのかしら。だから、私は、人生経験の豊富なお年寄りとは、何の違和感もなく話せますし、お話を聞くのは大好きですから・・・・・・

「そうか、やっぱり夏川さんは勉強も出来るけど、もともと人柄が良くて、人間模様の経験が多いから穏やかなのですね。若いのに素晴らしい、尊敬します」

 外山の素朴な感想は、思ったより以上に洗練されたりさの心を打った。りさは嬉しそうな顔を隠さず外山に向けた。

湿ったエレベーターの箱の中で、外山のすぐわきにりさがいて、若い彼女の存在の美しさに息苦しくなってきたので、手に持っていたクリアファイルを思わず落としてしまった時、自分が軽い失神をして倒れたような気がした。外山は小さな叫び声をあげた。クリアファイルは外山の足の甲の部分を打って、床に落ちたのである。 

 りさはすぐに身をかがめてその営業用のクリアファイルを拾った。外山はその拾い方が、瞬時のできごとのように見えた。彼女のショートカットの黒髪は、この二人だけの息づまるような空間の底から、若き力でクリアファイルをたちどころに救い上げて浮かび上がってきた。

 たわいのない自己紹介の言葉が、りさと外山の間でしばらく交わされた。会話は密室の中で、異常な高まりとときめきを覚えるものとなった。

 それから少なくとも十分以上が過ぎただろうか。エレベーターの箱は相変わらず動く気配が無かった。りさはもう一度、赤い古びたデザインの非常緊急連絡用のボタンを押して、外部との連絡を取った。

「はい、川崎メンテナンスです」

 りさは出た相手に、

「すぐにいらっしゃるというお話でしたけれど、まだ来ていなのですが、いつになりましたら来ていただけますか?」

 丁寧にりさは話しかけてはいるが、口調は滝のように少し強くなった。

「そちらの担当の者はすでに出発していますが、あの、道路の状況次第でして・・・・・・

「じゃあ、どのくらいでここに到着しますか?」

 と先ほどより少し優しい声になってりさは聞きなおした。

「早くて一時間、道路の混雑の状態によっては、それ以上かかります。ですからはっきりどのくらいになるか分からないのですが・・・・・・

 と当然のように答えてきた。外山は耳を疑ってしまった。だからあわててりさの側によると、マイクのようなものに向かって声が詰問調になった。

「え、今、なんとおっしゃいましたか?」

「ですから二時間は少なくとも見てもらわないと・・・・・・」

「あの、失礼ですが、あなたはどこの会社の方なのですか?」

「ですから先ほども言いましたが、エレベータのメンテナンスを請け負っている会社の者です」

「あの、どちらの?」

「川崎です」

「川崎?本当に川崎から来るのですか?中央区じゃないのですか?それを早く言ってください。ということは、僕達がエレベーターに閉じ込められているということを、今いる会社側は多分まったく知らないのでしょう。だったら、まずそちらから夏川商事の誰かに、二人は閉じ込められていますって連絡してもらえませんか?」

「はい、判りました。すぐに連絡します」

 外山は、りさの顔に安堵の表情が浮かぶのを見て、自分もほっとした笑顔をりさに向けた。

 どうだろう、今度は一分もたたないうちに、エレベーターのインターフォンから、夏川商事の社員の慌てたような声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか?ずっと気づかず大変失礼いたしました」

 と丁寧な謝罪があったが、外山たちはそんなことより、脱出する方法が知りたかった。

「このエレベーターの箱から出る方法をご存知ですか?」

 と外山は社員に尋ねた。

 その社員の説明では、エレベーターの扉は、中扉と外扉の二重構造になっているが、中扉を手動で開けるためには、扉を左右に思いっきり強引に引っ張れば良いというのである。外山は幾分尊敬に満ちた愛らしいりさの視線を感じながら、扉の隙間に両方の手の指を少しずつ差込み、左右に引っ張った。五センチくらいは開いただろうか、煤けたような壁が見えたが、一呼吸すると力が抜けたのか、ガツンという外敵を寄せ付けないような強固な反発する音が周りに響いた。りさの顔を見ると、不安のまなざしが一瞬現れたようだが、強い意志で希望の瞳を返してよこした。手を離した中扉は、太いコイルでできたバネで引っ張られているかのように、勢いよく貝のように閉じた。外山は何度かやっているうちに、手足を使って扉に立ち向かってみた。少しだけ開いた隙間に左足を伸ばして差し込み、左扉が閉じないように停止させた。そして、右手で右扉に力をこめた。すると、あれほど頑固者のように突っ張っていた扉が、降参したように開いたのである。

「あ、やったー」

 とりさは、何か想像もできないほどの子供のようなはじける声を上げた。

 さて、今度は外扉である。例の社員が言うには、右上部にストッパーのようなものが付いているから、それを緩めると簡単に開くというのである。

 ところがどうであろう。目の前に出現したのは、二階と三階の途中の、煤けて恥部をさらけ出したような壁が見える場所だったのである。そこに停まっていたため、上部にあるストッパーには簡単に手が届いたのである。

 りさはまた背後で外山の一挙手一投足に歓声を上げている。なんと華やかで癒しに満ちた美しい若い声だろうと、外山は感動の気持ちが心の中から湧き上がるのを感じた。

 外山はその上部にあるストッパーで開けようと思ったが、すり抜けようとした瞬間に、重いエレベーターが突然動き出し、体がはさまれてしまう怖れがあると危惧した。もう一度社員に、エレベーターが一ミリも動かないように元の電源を切って欲しい、そして二人がすり抜けるために、手助けして欲しいと伝えた。

 ストッパーを緩めた。内側から外山が外扉を開ける。数人の夏川商事の男性社員のネクタイ姿が目に入ってきた。

「すみません。気づくのが遅くて。仕入情報の社長さん、夏川お嬢さんも大丈夫でしょうか?」

 小柄で太った人の良さそうな社員が、少しあいた扉の隙間から声をかけてきた。

「ありがとうございます。それでは、この外扉がスプリングの作用で閉まる力が強いので、皆さんでしっかり抑えていただけますか?」

 夏川商事の社員たちが抑えているのを確認すると、外山は一旦後ろにさがり、りさに脱出を促した。りさは冒険を終えた少女のように微笑して、勢いよく反動をつけながら、体、足がはさまれないように、社員たちに抑えられた扉の隙間から抜け出した。外山もその後に続いて、ワインのコルク栓が抜けるように、体を引っ張りだしてもらった。背後では強力なスプリングで扉が激しくぶつかる音がして、フロアにその不気味な音はこだまのように響いた。

 何とか、脱出に成功したが、エレベーターの外に出て、初めて日常生活の中に勃発した異常な事態の大きさ気づき、足がすくむ思いがした。それはりさという存在があったため、怖気づかせなかったのだろうかと外山は考えた。あとから恐ろしい体験だった、と気づく自分の不可思議な感じ方に笑えるような気がした。りさはどうだろうかと見ると、自分の父の会社ながら、恐怖感が心の奥に残ったと、もう親友のように話しかけてきた。その時の外山を見つめる瞳は、薪の炎のように赤くきらめいているようだった。外山は外山で若い彼女の懐の深い弾力性を持った包容力という魅力が、自分の心の中に感動したという記憶として膠のように張り付くのが判った。自分から開け放した外山の心の窓へ、一瞬にしてりさという若鮎が、天使のように入ってきたのである。

 先ほどの人の良さそうな社員が、二人がエレベーターに閉じ込められている状況を、会社側が知らなかったことを何度も謝罪した。外山は、川崎という遠距離にあるメンテナンス会社との契約依頼のため、もし、会社側が脱出方法を知らなかったとしたら、あるいは自分が高齢者で、扉を自身の力で強引に開けることができなかったとしたら、何時間でもエレベーターに閉じ込められっぱなしだったことを考えると、ぞっとした。そして、今回は幸運が重なって脱出できたという喜びを、真っ直ぐに感謝した。もし、エレベーターから脱出途中に、生き物のように急に動き出してしまったとしたら、二人のうちどちらかが死亡していたかもしれないと、外山とりさは顔を見合わせて恐怖感を露にした。

「今、無事だったから笑い話だと言えるけど、もっと脱出に時間がかかって、トイレなどがまんしてエレベーターに乗っていたとしたら、本当に困るし、怖いことです。敏速に助けてもらって本当にありがたいです」

 外山は救助してくれた社員のメンバーに、感謝の気持ちを表すためにそう言うと、りさは横でにこやかに笑った。りさは外山との出会いに何かを見つけたのだろうか。しばらく側を離れない。

「もう約束時間もかなり過ぎてしまいましたから、社長も忙しいでしょうから、仕切り直ししてお電話してまた来ます。そうお伝えしていただけますか?」

「あの、社長は会議まであと少し時間がありますから。大丈夫かと思いますが?」

「いや、今日は止めておきます。またお伺いします」

 社員たちに別れを告げ、暗い洞窟のような非常階段を下りて、一階の受付までりさと外山は一緒に歩いた。硬いコンクリートの床に張られた灰色の絨毯が、外山の靴に絡みつくような気がした。本当はりさと一緒にいる瞬間を、何故かもう少し延ばしたかった。深々とりさは頭を下げて、外山を見送った。外山はガラスのドアを開けた。明るい春のきらきらした光線が頬をさした時、何か違う世界へ足を踏み入れて、もう引き返せないような気がしていた。


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海と太陽に遭遇したような奇跡

  仕入情報のファッション誌の表紙は、長い伝統を持つ問屋街の各店舗の販売員が登場した。広告営業の戦略の一環として、その手法を採用しているのはもちろんだが、全国のファッション店へのインパクトはかなりある。仕入れる問屋のいつもの販売員が、その問屋で扱っている商品の中で、一番合うもの、もしくは最先端の流行のものを着るから、ファッションチェックにもなる。しかし、外山が今度の表紙に如何ですかと標的の問屋に声をかけると、人選は容易ではないようだ。店員数が少なくて、もう誰が見てもこの人しかいないという問屋は、即決で表紙を飾る人が決まることが多い。それでも、お局的な先輩店員がいる問屋では、自分の容姿などは棚に上げてのいやみな言葉の洗礼を、表紙を飾るはずの女性が浴びると、後で回りまわって外山がその小さないじめの一端を聞いてがっかりすることがある。だが、店員数の多い問屋となると、撮影までの道のりはもっと難しくなる。外山から、人選のために小さな内部抗争が起こることを予見して、この女性でお願いしますと告げても、容易にひっくり返されることが多い。最終的に人選されて出てきた人は、差別するつもりはないが、期待とかけ離れた人だったりすると、雑誌を作る方としてはやはり落胆は大きいものだ。しかも、撮影の時に、そういう女性は大抵傲慢で、自分が一番だと思い込んでいるから始末に置けない。その会社の組織上というより、いつの間にか出来上がった現実的なパワーバランスのお陰である。だがそれは逆に言えば、その女性の力の一つでもあるから、と外山は仕方なく苦笑してしまうこともあった。

  外山が、夏川商事に六月号の仕入情報の表紙を飾る店員候補の話を持ち込んだ時は、かなりの女性販売員がいるが、社長の一言でりさが決まった。しかもその後、会社内の女性間の力関係に、何かの悪い作用を起こしたという話も聞いていない。外山はそれについて自分なりに分析してみた。優秀な大学を出た気立ての良いお嬢様であり、周囲の社員たちを、一瞬にして虜にさせるような献身的な優しさに満ちた女性である。多少嫉妬からでる陰口があったかもしれないが、誰からも好かれる不思議な魅力を持った女性だからだと。外山は若いながらも、堂々とした持って生まれた彼女のたぐいまれな天真爛漫さ、明るさ、公平さ、実直さなどを、エレベーターの中であの地震に遭遇したひと時から感じ取っていた。

 

  夏川商事の新道通りの店舗の入り口の前で、銀レフを持ったカメラマンの助手が、緊張した面持ちで指示を待っている。カメラマンの男は、クライアントには卑屈なほど丁寧で腰が低いが、助手には容赦なく叱咤を飛ばす。今日は何かの道具を忘れたことに、腹を立てているようである。外山は見かねて穏便に、と口をはさんだので小さな嵐は静まったようだ。

  りさが、黒のかなりきわどいボンデージファッションを着て、店内から出てきた時、外山は心臓が跳ね上がるような気分になった。

「こんにちは、外山社長さん。今日は快晴になって本当に良かったです」

  りさの壮麗な美しさは、体の線にぴったりとした皮革製の服をつけることによって、ますます無比の選ばれた存在であるかのように外山には見えた。

  外山はその私的な感情を押し殺すと、撮影の段取りについてりさに丁重に説明した。りさはその話を、天空の青空を見上げる澄み切った瞳と、太平洋の旭日が、胸のうちを赤々と照らしているかのような豊かな表情で、耳を傾けていた。

  カメラのシャッターを切る音が、新道通りの行きかうお客たちの好奇心を高めるリズムとなった。大抵の仕入客は、若い被写体の美しさに、羨望のまなざしを隠すことなく投げつけている。

  暗い新道通りの空間の中で、銀レフの眩しいきらきらした光線は、彼女の全身を、あでやかな舞台女優のように浮かび上がらせている。りさの表情は、カメラマンに要求されるがままに変わっていく。朝の清々しい生命力あふれた若々しさ、昼の活発なみなぎる強い美しさ、夜のささやきと幻惑と夢想の輝き、静かな一日の終焉に近づく生の安らぎなどのイメージが演出される。しかし、やはり黒いボンデージファンションは、夜のあでやかさやささやきの場面にふさわしいのだろうか、と外山は思った。百枚を超えただろうか。助手に仏頂面で指示を出していたカメラマンの顔が少し緩んだ。オーケーです、という言葉が外山とりさに告げられた。一つの仕事をやり終えた男の自信に満ちた笑顔が、外山には判った。きっと良いものが撮れたに違いない。

  外山は、カメラマンたちにお礼を言って見送ると、夏川商事の店舗関係者らにも挨拶して、着替えに店内に入ったりさを待つことにした。撮影が無事終り、特に打ち合わせることもないが、今後の雑誌の発売までのスケジュールを話したいと、喫茶店に誘っていた。その言葉に彼女の黒い瞳はキラキラと輝いて嬉しさを隠さない。外山はどきりとした。

 

  夏川商事の本社の方向に向かって、二人はゆっくりと歩きだした。外山は自分のこれまでの栄光や挫折、未来への希望や憂鬱、問屋街の発展に貢献したいという大きな目標などについては、まだ何一つ語ることができなかった。ただ、街のうわさや、各問屋の情勢など当たり障りのない話に終始した。

  中国の奥地に良くありそうな建築物が見えてきた。その薬研堀不動院の建築物の側の二階にある喫茶店に二人は入った。 コーヒーを飲みながら、しばらく、エレベーターの中に閉じ込められた事件などについて、よどみなく会話のキャッチボールが続いたが、何かの拍子に冷たい時間の隙間が二人の間によぎった。りさはテーブルに目を落として、ミルクの入った小さなカップに触ってから、外山にまたきりりとした瞳を向けた。

「失礼ですが、外山さんは結婚されているのですか?」

  と聞いた。外山は笑ってあいまいに答えた。

「僕なんか男としての魅力がないから、なかなか結婚出来ないですよ」

「そんなことありません。十分に魅力的で、精力的で、颯爽としていますよ。もしそれが本当だとしたら、ただめぐりあわせが悪かっただけでしょう」

  りさは真剣に持論を披露した。外山は少し困った顔をしたが、自分の過去の不始末を話さなければ、納得しそうもない女性が目の前に居ることが奇妙に思えた。もう仕事の話はどうでもよくなった。

「十年前に結婚を約束した人はいました。けれど、実は車の事故である少年を轢いてしまって、植物人間にしてしまったのです。だから、婚約破棄をして、僕は一生懸命その少年と家族のために働き、今日まで生きてきました。だから結婚は・・・・・・」

「そうだったんですか。知らないこととはいえ、辛いことを話させてしまいました。ごめんなさい」

「いいや、もういいんです。その少年もつい最近亡くなったので、今は普通の人間のように自由になりました。被害者に対してのことを考えると、喜んで言うつもりありませんが、この十年間、気が休まることはありませんでした。ご両親とも和解をしましたので、今はもっともっと仕事で頑張ることが、きっと少年へのささやかな供養になると思う日々です」

「そのような苦しい十年間のなかでも、問屋街の中を颯爽と歩いていたのですか・・・・・・。外山さんは本当に偉いわ。尊敬します」

「長い仕事生活のなかで念願だった会社を作り、ようやく軌道に乗せてきました。良きパートナーが僕を支えてくれたんですね。そして、問屋街の商人たちの心の奥底にある、日本を支えているんだというファッションへの情熱に触れるたびに、めげそうな僕は持ちこたえ、前進し続けることができたのですよ。だから感謝しています、皆さんに」

「素晴らしいわ、判るような気がします。外山さんは苦しみを喜びに変えてきたのですね」

  とりさは気持ち良く外山の心を撫でるような言葉で応じた。

「僕の外見は、少しはタフには見えますが、本当は弱虫で泣き虫ですね。誰にもそんなことは言えないけど。お逢いしたばかりなのに、夏川さんには言えるから不思議だ。この十年間は、心焦がす恋だとか、死にたいほどの恋とかには、あえて目を向けないようにしてきました。でも、やっとその凍結したような冷たい塊が、溶け出してきたような気がしますよ」

  外山は知らぬ間にりさを意識して話をしていた。その意識は、日頃、独りになって自問自答してきた、こびりついたようなその塊の存在についても、思わず明らかにする起爆剤となってしまった。

「女性とは確かに仕事上でお逢いしなければならない立場ですが、真実の生身の女性の実体からは、いつも遠ざかってきたような・・・・・・」

「おっしゃる意味が私にはよく判るような気がします。大変な状況で難儀をしたこともあったでしょう」

「すまない。つまらない話をして。忘れてください」

「そんな、忘れるわけがありません。こころに沁みる話だわ」

「ありがとう、こんな中年のおじさんの話を聞いてくれるなんて、夏川さんは大きな海か太陽のような人だ」

「私のことをそんなに褒めないで下さい。エレベーターの中でお話した時も、私は舞い上がるように嬉しかったのですから。でも、あなたのその辛かった日々を埋めるための伴侶はきっと必要ですね。私にも可能性があるかしら?」

  外山はりさの中に、女性らしい特有の優しさの高い完成度や、周りの空気を一変させるような存在感などに、出逢った時から強く心を打たれていた。外山は今まで見たことの無い、きらびやかで優雅ありながら、情が細やかであるりさに出逢えたことを、心の中でひそやかな喜びとして、何度もその奇跡の出逢いの幸福感を反芻していた。

「夏川さんは僕の想像を遥かに超えている人だね。でも僕のようなくたびれた男では君とは不釣合いだと思うな。僕は四十四歳だけど、女性に聞くのは失礼ながら二十三歳ぐらいかな?」

  外山はお見合いのような口調で話したので、通俗的な自分が不快だったが、前から聞きたかったのも事実なので、返事を待った。

「お決まりの言い方でごめんなさい。でも嬉しいですね、本当より若く言っていただいて。実はその一個上の二十四歳です」

「そうか。二十歳も僕は夏川さんより上なのか。夏川さんと並んで記念写真を撮ったら、間違いなく僕は引き立て役になるね。若さほど素敵なことはないし、若さほど宝物は無いと思う。時間を止めて、過去に戻りたいほど若さには価値がある。十代、二十代の悩みは、今で思えば風邪かはしかのようなものかもしれない。でも、苦しみの海は、冷たいけれども全身で感じていたし、ある種の快感があった。何もかもが、溢れるばかりの綺麗な水分を含んだたわわな果実に見えた。今はそういう感覚が封印され、余程のことがないと、心を開いて感動することが無い。やはり中年は寂しい世代なのだろうか?」

「あら、外山社長さん。それは私から見たら違います。私は中年男性の気持ちを本当に良く知っているとは言いきれませんが、想像力を極限まで高めれば判るような気がします。まず、沢山の波頭を乗り越えて生きてきた、鍛えられた精神が中年男性にはあると思います。肉体的には若い男性と比べたら、少々くたびれているかもしれませんが、それは大した問題ではありません。世代の違いというものは、生きた時代の匂いやつぶやき、その時の社会情勢や流行などの違いによって出てくると考えますが、過去の時代のものに対して、新しい考え方、新しい思想と良く言いますけれど、残念ながら人間の本質は変わらないと私は思っています。むしろベースである人間の遭わなければならない四苦八苦って、若い男性も中年の男性もお年寄りも全てが感じるものだし、味わうものだと考えます。そして、その共通点をお互いに話しあいながら生きていく場面が、生活の中で一番多いはずです。だから、年齢の差は、私は関係ないと思います。同じことに苦しみ、同じことに悲しみ、同じことに喜ぶ、それが人間だと思います。そうね、まったく違った生活流儀の他国の人と結婚したって、話し合いで乗り越え、協調して生きているカップルを、私は何組も見ています。だから私は、男女の結びつきで一番大事なのは、年齢よりもインスピレーションとお互いの信頼の深さだと信じています。ということで、外山さんに不可思議な魅力をこの間から感じています」

「ありがとう。夏川さんは頭も本当に良くて尊敬してしまうよ。だから、僕も夏川さんには本音で言えそうだ。今までに逢ったことのない女性だと思う」

  外山は『もっと話してくれ』と、思わず口からその言葉がこぼれそうだったが、これ以上は話すことを止めた。母と沙織という二つの箍が、体を締め付けるようだったから。

  コーヒーカップが空になってもうどれくらい経ったろう。外山は事務的にりさの表紙写真が、雑誌に掲載されるまでのスケジュールを細かく話すと、レシートを持って立ち上がった。

  階段を下りて、薬研堀不動院を見ながらりさはこう言った。

「外山さん。神田祭を一緒に見ませんか?付き合ってください」

「そうだね。街の行事だから、僕も見に行って撮影するつもりだったから良いよ」

  二人はそこで別れた。薬研堀不動院から漏れてくるお香の微かな煙が、二人の背中を包んだ。


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待つことを始めた中年の自分

  夏川商事は横山町大通りで廃業した問屋を改築し、新たな店舗をオープンさせることになった。外山はカメラを持って、何故かうきうきした気持ちで事務所の階段を駆け下りた。今日は朝からそわそわしている自分が信じられないのだが、理由は白日の下に照らされたように明らかであった。きっとりさに逢えるからである。但し、お目当ての彼女が、新装オープンの店舗の儀式に、必ず出席しているという確証は何もない。喫茶店で別れてから、外山は深い感慨に打たれていた。何故あのりさという女性が忽然と現れたのだろうか。何故あのエレベーターの中で心が揺れたのだろうか。そして、あの若さにしては老練な中年のような発想を持ち、外山との会話にも何のレベル差もない。しかも、初恋の少女のように、見つめてくるあの憧憬をたっぷり含んだ黒い瞳。あの目で見つめられると外山は立っていることが出来ないほど苦しくなる。今までになかった感情である。神田祭をまったく待たないつもりでいたのに、りさと喫茶店で別れた瞬間から外山は待ち始めた。実に不甲斐ない中年であると思った。りさのことを忘れたつもりで、広告営業に精を出し、パソコンを打ち、沙織と朝倉が帰った事務所の中で、外を行きかう車の音を聞く。だが、ガソリンエンジンのうなる音を聞いているうちにはたと気づく。外山はりさを待っている本当の自分に気づいた。

  表紙写真のことで、外山とりさは何度か実務的に電話でやり取りしたが、神田祭のことは話題に上らなかった。電話をする側には、夏川商事の社内の誰かがいるからであろうか。

 

  ゴールデンウィーク目前のこの大安の日、夏川商事の新しい店舗は横山町の中心部に位置して、オープンを待っていた。袋物を扱っていた問屋の主人が高齢のため、廃業したビルを改装している。最初はこの店舗の前でりさの撮影をする話も出ていたが、やはり新道通りと横山町の両方に入り口を持つ旗艦店が、一番相応しいと社長は選んだ。確かに新道通りのショーウィンドへの力の入れ方は並ではない。その話をあとから聞いて外山は納得した。

  今日、外山は記者として、カメラを持って店舗の中に入っていった。すでに招待者たちで店舗の中はごった返していた。受付に近づくと、お祝いで飾られた大輪の花や、胡蝶蘭などのさまざまな派手な色があふれる中、清楚な白いスーツ姿の切れ長の整った目が輝いているりさは眩しかった。その彼女の熱いまでの強い視線を感じた。満面の笑みは外山の心を焦がすようだ。受付の手続きを済ますと、外山は撮影に一番良いポジションを探したが、結局、りさの側が最適だった。外山はカメラのシャッターを押し始めた。時折、りさの姿を見ては肝心の被写体にレンズを向けているが、りさにレンズを向けたい心境だった。今日の彼女は、周囲を飾る小さな魔力を秘めた植物よりも、上品で洗練された造形美術の渾身の力作のようで、全ての存在を凌駕していた。

  新装オープンの開会宣言が司会者から発せられた。時折、夏川商事で見かける経理部担当部長である。

「それではこれより、夏川商事株式会社の第八号店のオープン記念式典をとり行ないます」

  その司会の声は、設置されたスピーカー設備から大音量となって、横山町大通りを行きかう仕入客たちの耳を叩いた。外山も大音量に顔をしかめ、司会を撮影したカメラを胸まで下げると、りさを見た。りさは上品っぽく目を光らせて、耳打ちするように言った。

「あら、さっきのマイクのテストは完ぺきだったのに」

  ありえないことだが、二人は、この情景を楽しみ、親友のように視線を合わせて、微かに笑ってしまったようだ。

  司会者は周りの状況が判ったのか、スタッフに音量を下げさせ、何事も無かったように進行を続けた。老練のなせる業である。

「はじめに、夏川商事代表取締役の夏川健一より、一言ご挨拶をさせていただきます」 

  白髪の長身の夏川健一がマイクの前に立った。まだ五十歳代だが、頭髪がすっかり真っ白になっている。しかし、その髪の量は豊かで、白鳥の羽のようにクリーム系の色にも見える。

  夏川健一は無事に八号店がオープンしたことのお礼を述べた後、祝賀会に参集してきた有力小売店や、同じ業界の大手アパレルメーカーなどに対しても、丁寧に感謝の言葉を述べた。また、夏川商事の五十周年に向けての会社の現状や目標、ビジョンなどをとつとつと語った。スピーチは上手い方ではないが、聞く人を十分に引き付ける魅力がほとばしっていた。

「五十周年に向けて、先代の社長の開拓精神を受け継ぎ、年商二百億円企業を達成するべく、小売店様と一緒になって、積極果敢にチャレンジしてまいります。皆様の相変わらずのごひいきを、この八号店にも注いでいただけますよう、よろしくお願いいたします。また本日は同じ業界の大手アパレルメーカーの御曹司であります大西和也様にも、ご出席いただき誠にありがとうございます。私からのご挨拶はこれで終わります」

  御曹司といわれた大西らしき男が、反応して参集者たちの方に、幾分慇懃無礼な印象を与えながらも軽く礼をして見せた。顔立ちは整っているが、外山は気に入らない奴だと本能的に感じた。勝ち組の男は、意外と自己中心的で、倫理的ではないということを示す、サンプルのような人間だと思い込んだ。来賓用の胸章特大薔薇の赤い色が、今日は尊大ぶった嫌な色に見える。 

  やがて、大西は指名されて挨拶を始めた。件の祝辞は誰かに原稿を書かせたのだろうか。お決まりのお祝いの言葉、夏川商事との関係やオープンに至るまでの無難なエピソードは、銭湯の壁画のように少々退屈だ。いや銭湯に悪い。そして若造が、激励の言葉を発したので、その重みの無さに外山は苦笑してしまった。りさの方をちらりと振り返ると、彼女も同意しているように目を光らせて見せた。撮影の間、外山のカメラは、被写体を機械的に捉えて、電子データとして本体内のカードに保存している。

「それではテープカットに参りたいと思いますので、皆様、ご用意をお願いします」

  老練の経理部長の声は一段と力強くなったが、式典のハイライトであるということで、テープカットのシーンに対しては、少々力みすぎているようにも見える。

「力強く、エイ、エイ、『オー』でカットをしていただきますので、皆様、ご唱和下さい。エイ、エイ、オー!」 

  日常生活にこびりついている静けさや、沈着な時間をまとった人たちが、一瞬にして爆発して和合するような強い拍手を巻き起こした。

「それでは、これを持って夏川商事八号店のオープンセレモニーを終了いたします。本日はお忙しい中ご出席いただき、誠にありがとうございました。お帰りの際には記念品をお持ちください」 

  しばらく店舗の入り口付近は、養殖場で餌を撒かれ、一斉に集まってきた魚たちの群れのようにごった返した。夏川商事のスタッフは勢ぞろいで記念品を渡している。りさはすでに入り口の側に立っていた。外山はそのごった返す雰囲気を遥か遠くの映像のように見ながら、カメラのシャッターを何度か押した。シャッターが押されるたびに、その時間と空間は、切り取られた色のついた影絵のように、カメラの中に吸いこまれた。かの大手アパレルメーカーの御曹司である大西和也が店舗を出て行く時、胸章特大薔薇をスタッフがはずし、老練な経理部長と白髪の夏川社長は、頭が床に着くほど慇懃に挨拶している。特大薔薇をはずした大西は、空気の抜けた風船のようにしぼんで見えた。

  出席者たちがほぼはけた頃、外山は夏川社長に挨拶をすると入り口に向かった。外に出ると、りさが側によって来た。記念品を渡す振りをしながら、目を見開いて言った。

「記念品の袋の中に、私の携帯電話の番号のメモがあります。ご連絡ください。神田祭、楽しみにしています」

  外山はそんな風に言われて、軽く身震いをした。回りを見渡しても注視している店員たちがいないことを確認して、普通の取材記者のように事務的にりさに微笑んで、横山町大通りの雑踏に紛れていった。りさのひばりのような声が背後から聞こえてきた。

「ありがとうございました」


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赤は恋のエネルギー

  五月の神田祭は近づいていた。外山は黒い携帯をティッシュできれいにすると、恐る恐るボタンを押した。液晶にその番号が踊っている。呼び出し中の文字も震えているようだ。呼出中の文字が通話中の文字に変わった。慌てて外山は携帯を耳に当てた。小さなスピーカーから水晶のような透き通った声が聞こえてきた。

「はい。夏川ですが」

「すみません。外山ですが、今話しても大丈夫ですか?」

「大丈夫です。会社の台所にいますので」

「早速ですが、七日に神田祭の神輿が出ますので、待ち合わせできますか?出来れば、横山町の側の地下鉄出口で、午前十一時にどうでしょう?」

「ええ、大丈夫です。その日は一日空けています。楽しみですわ。外山さんとデートできるなんて幸せです」

  外山はその言葉に宙に体が浮くような心地がした。

「それでは、よろしく」

  外山はもっと話をしていたいが、緊張感で暴走しそうになるのが怖いのか、感情とは裏腹に事務的な誘いの電話をして、早々と携帯を切ってしまった。大学時代にスキー部の主将でならした強気のスポーツマンの外山も、りさには形無しである。 

  ゴールデンウィークの最終日の五月七日、神田祭の大神輿渡御が行われた。

  神幸祭の行列は神田、日本橋など全ての氏子町に接するように一日がかりでかなりの行程を巡る。

  発輦祭前の境内には、御社殿前に整列した神人の持つ七色旗や、加茂能人形山車の色鮮やかさや、三鳳輦の華やかさが終結し、見る人に過去の歴史を呼び戻させ、厳粛な時間の断層に心が膝まずく。鳳輦は担がず、山車のように車に乗せて人が引っ張っていく。引っ張る神人の服装も一の宮鳳輦は青、二の宮鳳輦は橙、三の宮鳳輦は黄と分けられ、五月の青空にもよく映えているのだ。かんかん帽に黒羽織、白袴の先導を先頭に、各鳳輦ごとに七色旗、神旗などが付いた一の宮鳳輦、二の宮鳳輦、三の宮鳳輦が続き、最後は太神楽だ。各地区の町会はご祝儀を渡して手拭をもらい、三三七拍子で締めていくイベントを繰り返す。このイベントのために長引くことがあり、遅れが発生すると、時々鳳輦を走らせるため、付いていく人間は必死になる。

  将門塚では将門太鼓が打たれ、慰霊祭が行われる。岩本町一丁目交差点には美しい羽衣山車が鳳輦を出迎える。吉田松陰などが処刑された小伝馬町牢屋敷の裏にある十思スクエア前を通り、繊維問屋街の馬喰町、横山町を経て、両国旧仮置屋の川崎大師東京別院の薬研堀不動院隣の駐車場に、鳳輦を収めて昼食休憩となる。横山町大通りでは、繊維問屋のファッション販売員たちが道路の両脇に立つ。両国旧仮置屋でも見物客が沢山集まって混雑する。

  清洲橋通りを南下、やはり大勢の見物客のいる明治座前を過ぎ、女性的な美しさで知られる清洲橋手前で西に曲がり、水天宮に向う。堀留児童公園から金座通りまでの道を行進する相馬野馬追いの騎馬隊は、十騎足らずだが、近くで見る甲冑は年代物であり、威風堂々の姿に、あんぐりと口を開けて見ている見物客もいる。騎馬隊同様先行していた附け祭の大江山凱陣、大鯰と要石は小舟町交差点で待機していた。

 秋葉原の電気街の中心では、神田明神通りを上る鳳輦と、高層ビルとのコントラストが、余りにも際立っているがため、逆に違和感を喪失させているかのように見える。秋葉原を訪れていた買い物客は、たちどころに本来の目的ではなかった見物客に変身する。興味津々の気持ちを抑えきれずに携帯で写真を撮っている若者も多い。そして、鳶たちが唄う朗々たる木遣りと共に、明神坂を粛々と上る三鳳輦は、やがて夕闇の中で異次元のような幻想的風景となる。神田明神は、発輦祭と比べ、膨れ上がった人出で、狭い境内は立錐の余地もない。ここで一日の行程が終わるのである。

 

  横山町大通りと清洲橋通りが交差する付近の馬喰横山のA1出口の前に、りさは立っていた。サングラスをかけ、真っ白な総レースのチュニックを着込んだりさは美しかった。裾に切り替えを入れたバランスの良い服で、袖もベルスリーブ調でフェミニンな雰囲気だった。そして同じレースを胸元にあしらったキャミソールが、チュニックのV衿からのぞいている。清涼感と大人の甘さが漂う着こなしに、外山は度肝を抜かれたようにはっとしてしまったが、貴重なものを失いたくない者のように、一瞬でその美しい着こなしを目に焼き付けた。その繊細なレースの服は、愛するりさにこそふさわしいファッションだった。夏川商事の店舗の前で撮った時に身に着けていたものより、りさには相応しかった。白いスリムなパンツは、贅肉の無い長い脚を強調していた。

「待ちましたか?」

「いいえ、たった今ここに来たばかりです」

  裸眼一・五の外山は、清洲橋通りの反対側のかなり遠くから、彼女がこの駅の入り口で立っている姿を見つけていたが、そのことはあえて触れなかった。心優しい気遣いが、ちくりと胸を刺すがままにしていた。サングラスの中で微笑んでいる瞳が、かすかにレンズのブラウンのグラデーションの薄い部分から見えた。彼女の瞳は遠い彼方の水平線に浮かぶ真紅の太陽のように燃えているのだろうか。外山はふと想像して口が緩む気がした。

「外山さん何かおかしくて?」

「いいや、とっても夏川さんのファッションが僕の好みなので、嬉しくなったんだよ」

  ごまかす必要がなかったが、何故か外山は軽い嘘をついてしまった。しかし、外山は、りさの好みの象徴であるファッションという鋳型が、完ぺき過ぎて最初から降参していたのも事実である。

  祭りの名前は、この横山町界隈では、「神田祭・横山町大祭」と銘打たれているが、その行事がまもなく始まる。外山はりさと行列がよく見えるところに移動した。しばらくすると神幸祭の行列は、横山町大通りを巡行し始めた。囃し方に続き、牛に引かれた閑古鳥の山車が二人の前を通り過ぎた。それから次々と通過する引き物に、外山はカメラのシャッターを切った。りさはサングラスを外して原色の衣装に見入ると、外山の耳元に感嘆しきった声で囁く。町方の扮装をする若者、神官に扮した初老の男性など、見られることを意識して口を閉じたままゆっくり歩く姿は、どこかぎくしゃくしているが、着なれていない衣装の原色や、アスファルトを叩いて歩く栗色の馬などが、圧倒的な存在感を持っているから、見るものを引き付けずにはおかない。歴史の中で織られ縫われてきたさまざまな衣装が、祭の気分を引き立てるのである。

  一ノ宮の神輿がやってきた。法被を着た初老の男性が、外山に小さく挨拶する。外山は、最初誰なのか判らなかったが、新道通りの子供服店の店長だとわかると、大きく手を振ってカメラを向けた。その店長はまさにカメラ目線で、ずっと外山の方を見ながら、首を回せる極限まで回したが、しばらくすると神輿とともに整然とまた前を向いて進んで行った。そのあとには神装した女性たちがやって来た。緋袴に白衣の巫女装束である。その巫女装束の後に、黒い編み笠のようなものをかぶり、緋袴の上にさらに着物を羽織った姿の一群が続いた。

「外山さん。綺麗な赤ですね。私も着てみたい」

  と言いつつ、りさは外山のジャケットの裾を引っ張っている。外山はその親しげな行為にどきりとしながら、思わず名前で呼んでこう言った。

「りささんは赤が好きですか?」

  りさは名前で呼ばれても驚く気配も見せず、むしろ嬉しそうに当然のことのように受け入れているようだ。

「赤は恋の色、恋のエネルギーそのものです」

  りさはいたずらっぽく大きな目を見開いて、おどけて見せた。外山はりさのその後に出てくる言葉を、図らずも期待してしまった。しかし、告白めいた言葉は無く、そこで会話は途切れた。

  神官の行列が続いてやってきた。馬にまたがった緋色の衣装の男性が、かしこまった顔をしている。馬の手綱を二名の若手の男性が引っ張る。強い午後の光線は、背景にある問屋の店舗のひさしに反射し、眩しくて目に沁みるようだ。続いて、高貴なものに使用されるという紫の装束をまとった男たちは、緑、紫、橙、白、赤などののぼりを掲げ、緩やかに歩いている。熱気を含んだ昼の風がそののぼりを左右に揺らし、見る者の目を和ませる。

  一通り行列が去ってしまうと、外山はカメラをズボンのバンドにつけたケースに押し込んだ。


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目を覚まして!幸せは、もっと高いところに

 二人は喫茶店で軽いランチを済ますと、まだ問屋街のあちこちから聞こえてきそうな祭りの余韻を感じ取りながら、浜町公園に向かった。

 浜町公園は思いのほか人が集まっていた。半ズボンをはいた少年や、哺乳動物の刺繍を施したスカートをはいた少女たちが、突発的な事件など何事も起こらないことを信じているかのように、安心して全身全霊で遊びに興じている。

 隅田川の見えるあのベンチに、吸い寄せられるように何故か外山は来てしまった。沙織に婚約破棄の意志を伝えた時に座っていたベンチを、今日はまた見てみたいという不可思議なマゾ的な欲求が突き上げた。ベンチはリフォームされたばかりなのか、黄色のペンキが日光を鋭く跳ね返している。

 隅田川を、白波を蹴立てて海の方角に向かっている一艘の運搬船が、高速道路下の視界に見え、エンジンの唸る音が、水の流れる音と透き通った五月の風の音に混じって聞こえてきた。遠く長くエンジンの音は続くように思えた。

 ベンチの上にりさと外山はゆっくりと腰かけた。年齢がはるかに離れていたが、しっくりと気持ちの合う、心の許せる親友に逢ったような安堵感を外山は抱いた。それもとびきりに美人で、大和撫子である。降ってわいたような話で、外山には信じられない気持ちが心の中で交差した。

「あなたは、どうして僕の前に現れたのでしょうか?」

「解らないです」

「でも、僕はあのエレベーターにりささんと乗り合わせることを、心の中で念じていたつもりはないし・・・・・・」

「そうね。あり得ないことだわ。でも私は何かとてつもない不思議な運命があって、出逢ったのは間違いないと思うの。あの出逢いの時から、外山さんは私の心の中にしっかりと住みついたわ。外山さんの精悍な顔つき、そして時には憂いを含んだちょっとさびしそうな表情を見せるところに、私は参ってしまったようですわ。そうですね、なんか四十代の男性の良いところが、いっぱい詰まっている人という感じです」

「りささんは僕のことを買いかぶりすぎだよ。僕は普通に仕事をしてきたただのサラリーマンだ。しかし、普通の人間と違うところは、事故を起こして少年の人生を奪ってしまった男だということだ。めぐりあわせが悪いと言えば悪いと思う。あと五秒違ったらあの少年を轢く必要がなかったのだから。亡くなった今でもうなされる日があるよ」

「私はこの前、外山さんの伴侶になる可能性があるかしらと言いましたけど、外山さんの今までの人生を聞くにつけ、もう他人事ではないような気がしています。まるで、私の人生でもあるような気がしているのです。つまり私もあなたのその贖罪の人生の一端を担いたい、尽くしたいと最近思うようになったのです」

「ちょっと待ってください。僕も男の端くれだから、そんな言葉をりささんからもらえたら本当に嬉しいですよ。でも罰当たりだ。こんな僕に好意を寄せても、不幸になるだけだよ、りささん、目を覚まして!」

 外山はそう強く言いながら、りさの柔らかい良く手入れの行き届いた手を、思わず握ってしまった。りさもその手を握手するように握り返した。外山がりさに初めて触れた手のぬくもりに、感電するような衝撃が走ったが、すぐ手を放した。

「僕は君に出逢った時こう思ったよ。若いながらも本当に堂々とした天真爛漫さを持ち、明るくて、公平で、実直で、しかも美しすぎる。そんな人がこんな中年に興味を持つのは信じられない。もう一度言うけど、目を覚まして!りささんの幸せは、もっともっと高いところにあるよ、きっと」

「いいえ、私の人を見る目は絶対間違いないと信じています。私は外山さんに出逢うことをずっと願ってきたんだわ。あのエレベーターのなかで、この人に間違いないわと直感したの。人は出逢いについて色々なことを言いますけど、私は人生はタイミングだと思うの。いろんな場面でチャンスが出てくるけど、これを逃したらそれ以上のものがない、ということに気づく人と、気づかない人がいるわ。最悪はどれがチャンスなのか判らない人もいるの。でも私にふさわしい人は外山さんしかいないと感じたのです。だから・・・・・・」

「僕ももう少し若かったら、そうだ、二十五歳ぐらいだったら、りささんにすぐに求婚していたかもしれない。りささんと居ると気持ちが癒されるんだ。それは僕にもよく判る。でもね、僕は贖罪を持ち、もうすでに四十四のおじさんなんだ。それなのに気にかけてくれるりささんは、ある意味本当に僕だけのために登場してきた天使のような気がする。でもそれは素直に受けとめるわけにはいかないよ。すべては夢物語だとも思っている」

「外山さん、それは違います。外山さんと交わした会話から、私との価値観が本当に合っているということを感じました。じゃその価値観とは何かと言うと、何に感動し、どんなことを憎むかだと思うの。具体的にというと難しいけど、外山さんとの短い会話の中で、私はこの人に間違いないと感じたのです。そしたら私の心の中に、外山さんとの間にあった今までの遠い距離を、一刻も早く近づけたいと望むようになったのです。外山さんの生きている世界と、りさの生きている世界を、一刻も早く近づけたくなったのです。そうでなければ、私は尊い人生の貴重なダイヤモンドのような時間を、失ってしまうような恐怖に襲われました。だから、今はただ逢いたくて逢いたくて、逢ったら外山さんとの距離を、心安らかになるまで近づけたいと願うのです」

「いや、僕にはりささんが本当にそう思っているのだろうかと、どんなに言われようとも今は信じられないんだ。もう少し時間をください。りささんがきっと目が覚めるまで、時間をください」

「そうね。せっかちすぎるのかしら。それに、私はちょっと世間の平均的な同世代の女性の持つ価値観と比べると、変わっているのかもしれません。色々考えたわ、眠れない日が続きました。でもこう思ったのです。外山さんが早く老いるなら、限られた時間だからこそ一緒に楽しく過ごしたいし、だからこそ早く結婚したいと考えました。外山さんには悪いけど、確かに世間的には二十歳年上ですから、中年の部類に入ります。でも、価値観が合っているので、何も問題はないはずです。考えても見てください。いくら同世代同士が良いと言っても、価値観が合わなかったり、愛してもいなかったりしたら、うまくいくはずもないじゃないですか。それに、外山さんは、体力、気力のある若い女性に愛してもらえて安心だ、というぐらいに考えれば良いと思います。私はそれが嬉しいのです。 なんていうか、外山さんだったら尽くしても私は何の後悔もないと感じるの。傲慢で言うわけではありませんが、私は人の嫌がる仕事もすすんでするタイプです。確かに私が外山さんと一緒になるとしたら、二十歳年上だから、老いの問題は避けて通れませんが、たった一つ一番大事な人間性で価値判断をするとしたら、外山さん以外には考えられません。夢に見るんです。外山さんはきっと私を大事にしてくれるだろうし、私もしっかりその分をお返しするという生活の日々を。いいじゃないですか、私はちょっぴりきれいで若いから、外山さんと同世代の男性に、悔しい思いをさせれば・・・・・・」

 外山は大和撫子と思いこんでいたりさが、現代っこ風に茶目っ気たっぷりに言うその最後の台詞に、どうしたわけか笑い出してしまった。りさも大きな目を見開いて、頷きながら笑いだした。

 その時、眼下の隅田川の薄汚れた水面が、透明なガラスのように反射しているように外山には見えた。しばらく、横切って白い波を立てている遊覧船や運搬船を、二人は黙って見ていた。

「りささん、ありがとう。貴方のようなサラブレッドで、高嶺の花の存在の人に好意をもたれることは不思議だけど、納得できるまで時間をください。年を重ねると疑りっぽくなるものなので、ごめん。回答は保留にして置いてくださいと今は言っていいかな?」

「ええ、待ちますわ。外山さんが私の気持ちを、すんなり受け入れるまで待ちます」

「そうだ、何でも話せるりささんだから、これだけは話して今日の弁明とします。僕の少年を殺してしまった過去と、もう一つだけどうしても忘れられないものがあることを告げておきたい。心の奥底の暗黒の世界のようなものです。少年時代、母は近所では特に目立つ細面の美人で、着物をいつも優雅に着こなしていた自慢の人だった。それなのにある日小学校から帰ってくると、父と僕に置手紙をして出て行ったんだ。文面からは、家出する理由が小さい僕にはまったく理解できなかった。僕を上にも下にも置かないほど可愛がり、いつくしんでくれた母です。僕は父に出て行った理由を、何度も何度も聞いたが、貝のように閉ざした口は、真相を語ってくれなかった。だから、自分を捨てていった母をただ憎んだ。一時も忘れることなく憎んだ。愛おしいが故に激しく憎んだ。やがて母を宇宙の果てまで押しやるほど憎み尽くし、黒い棺の中に記憶を放り込んだ時、僕は女性ほど裏切る生き物はこの世にいないと心に刻印したんだ。そんな過去が僕にはあるんだ。四十四歳になっても、母をちっとも許していない。いや、許すことを忘れてしまったんだ。僕にはこんなつまらない憎しみの怨念が、心の底辺に垢のようにこびり付いています。だから、僕は単純な普通の人間のように見えるかも知れないが、本当はグレーゾーンの多い暗い男なのかもしれない・・・・・・」

  真剣に耳を傾けていたりさの頬には、数滴の涙がはらりとこぼれ落ちた。

「外山さん、そんな悲しいことが過去にあったなんて・・・・・・。さぞかし、辛かったでしょうね。大人になってからだったらまだしも、小さな胸をずっと痛めて苦しんだのでしょうね。私がその時代にいて一緒に苦しんであげられたら、少しでも傷を浅くすることが出来たでしょうに。悲しいわ・・・・・・。悔しいわ・・・・・・」

「良いんだよ、りささん。泣かないでください。君を悲しませるようなことを言ってしまった、ごめん、後悔している。ただ、素直に君の素敵な告白を受け入れられない理由を話すつもりが、あらぬ方向に行ってしまった。今日はこの話はおしまいにしよう。それより、ゆっくりこのあたりを散策してみようか。そうだ。神田祭の一行をまた追いかけてみようか?」

  りさは何事も無かったように気持ちよく応じて外山と歩き始めた。西の方の空には、漆黒の雲が広がりだしていたのが外山の目にとまった。 



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