「煙草をくわえると男前になるって詐欺じゃない?」
と、さっきから私の横顔を眺めていた友人の要が言った。
「誰が男前になるって?」
私は見ていたビデオクリップの画面から目を離し、じろりと彼女を睨む。
土曜日の午後の私の部屋は、昨夜の酒宴の後を残して酷く散らかっていて、気をつけなければ、1DKの床に置いたままのつまみや飲み残しのビールを蹴飛ばしてしまいそうになる。
要は口の開いた袋から柿ピーを一掴み掴み出すと、「決まってるじゃない。あんたよ」と、言って口の中につまみを放り込んだ。
「れっきとした女なんだけど?」と、私が返せば、
「わかってて言ってるの」と、更に返ってくる。
「普段駄目人間っぽい分、ちょっとしたかっこよさが余計目立つのよね」
私は、そりゃないでしょ、と呟く。失礼な話だ。
私と要はそろそろ三年になる付き合いだ。入社直後の歓迎会で、きゃぴきゃぴ煩い同期の女の子たちや、女の子たちの気を引くのに必死な男性社員たちにうんざりして、二次会を早々に辞退した私が気晴らしに入ったゲームセンターの台で、たまたま対戦した相手が彼女だった。
同じ格闘ゲームの1プレイキャラと2プレイキャラとの対戦で、私より格段に上手いキャラが乱入してきた時は正直勘弁してくれと思ったけれど、終わった瞬間、健闘した私に「やるじゃん」と、台の向こうから顔を覗かせて笑いかけてきたのが彼女だったのだ。私は悔し紛れもあったのだけれど、確か「そっちこそやるじゃん」と返したのだったと記憶している。
気づけば私たちは友人になっていた。しっかりしているように見えてほんとは抜けてることも、外では嫌煙家ぶって煙草嫌いなふりをしているものの、実は部屋ではこっそり隠れて吸っていることも、ばれたところで「まあ、あんたなら有りだわね」と別段驚きもせず彼女が言ったところがますます気に入って、月に一度は金曜の夜に彼女がうちに泊りがけで遊びにくるほど、仲良く付き合うようになった。
昨夜の酒宴はその延長上だ。ここ数ヶ月は私が彼氏にかまけてたおかげで、お泊り会も途切れていたのだけれど、こんなに気のおけない友人の事を、どうして忘れてられたんだろうと、今になって思う。
「じゃあ、あんたの中でアタシは、もっと駄目っぽくないといけないわけだ」
私はフィルタ近くなった煙草を空き缶の蓋でもみ消し、新しい煙草を咥えると、先ほど放り出したライターを探す。
「そうなんじゃない?」と、要はからかうような笑みを浮かべる。
「カッコつけて火を点けたらオイル切れだったの、とか。そういうのの方が似合いそうな気がするのよね」
ますます失礼な話だ。私は反論を試みる。
「そりゃ、私はあんたの目にはちょっと抜けてるかもしれないけどね。これでも外じゃカッコいいお姉さんで通ってるんだから」
「そこが不思議なのよね」、と彼女は私のセミロングの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「こーんなに無理してるのが見え見えなのに、彼氏はじめ周りの誰も気づかないなんて、相当節穴揃いじゃない」
「ちょっ、やめてよ」
私は彼女の手から慌てて逃げ出すと、ガスレンジの火で煙草に火を点けた。
「そうそう見破られちゃたまんないわよ。頑張ってるんだからね、これでも」
「ヘヴィ・スモーカーな癖に、好きな人の前では吸わない、とか? やせ我慢しちゃって、涙ぐましい努力だったものね」
「……悪かったわね」
自分の眉根に皺が寄るのがわかった。
「そーよ。さんざん努力したわよ。デート中に煙草吸ってる奴に隣に座られたりした日には、只今禁煙中につき近づくな、いや、近づかないでお願い、って内心泣きの涙だったわよ。そ・れ・な・の・に!」
思い出すだに自己嫌悪だ。
彼氏は煙草が嫌いだった。煙草だけでなく、私の好きな大概の事が嫌いだった。私じゃなく、彼は彼の『理想の私』が好きなだけだった。
年齢がそのまま彼氏いない歴な私は、周りの同期の子たちがどんどん恋愛して結婚退社していくのに、焦って弱気になってたんだと思う。しっかり者でさっぱりした気性の君をいいなと思ってたんだ、なんて言われて有頂天になって、付き合ったまでは良かったのだけれど、どだい最初から余所行きの顔しか見せてない相手だった。
私が見たいとせがんだ娯楽映画は、終わった途端彼氏の中で見なかったことにされてしまったし、ほんとはあの日で体が重いのに、テニスをしたがった彼氏につきあって、貧血でめまいを起こしそうになりながら、ボールを追いかけても、彼氏はそのことにぜんぜん気づいてもいなかった。
忙しいっていう彼氏の代わりに、クリスマスにお勧めのレストランを予約した時も。
やっと予約したそのレストランを、彼氏の都合でキャンセルするはめになった時も。
でも、君なら大丈夫だよね、理解があるから、と彼氏は悪びれる様子もなかった。こんなの、ぐずぐず言うキャラじゃないよねと。
人の気も知らないで、何だと思ってるの!? ……なんて、私は確かにぐずぐず言ったりしなかった。ホントは泣き喚いて平手打ちのひとつくらいかましてやりたかったけれど、代わりににっこり笑って言い放ってやった。
『大丈夫よ。だから別れて』
恋にすらならなかった、馬鹿で安っぽい、でも当の私にとっては切実なストーリーの結末だった。
私は要を呼び寄せて、部屋でしこたまビールを飲み、煙草をふかした。煙草を吸わない要は、陳腐な慰めの言葉をかけるかわりに、煙に曇った部屋で、愚痴り続ける私にずっと肩を貸していてくれた。
「やせ我慢な努力なんてしてるからよ。……もっとも、それがあんたのいいとこでもあるんだけど」
残り少なくなったのか、要は柿ピーの袋を逆さにして片手のうえで振る。
「でも、やっぱり単なるカッコつけの癖に、煙草をくわえるとほんとに男前に見えるって詐欺じゃない。中身へなちょこの癖に」
また、言われた。
「うるさい。外見と中身のギャップってのがいいの」
私は煙草を咥えたままレンジ台に凭れて、ビデオクリップに目を戻す。薄暗い画面が反射して、袋を振る要の様子を映している。口が悪くて優しい要。なんだかんだ言って、私の一番な理解者の親友。
その映像を見ながら、男前ねえ……と、私は心の中でつぶやく。
よく言う。そのうち自棄煙草してる私に、「キスしてあげるからその辛気くさい煙草をやめなさい」なんて言い出しそうな要の方がよっぽど男前じゃない。【End】
(初出2006-2-5)
この本の内容は以上です。

藤矢ゆう