閉じる


試し読みできます

 

 

 

瓜の涙(うりのなみだ) 現代語訳

 

※以下の各電子書籍ストアなどでは、縦書き版をご提供しています。

Amazon Kindleストア

楽天ブックス(kobo)

BOOK☆WALKER

紀伊国屋ウェブストア

Sony Reader Store


試し読みできます

 としは若いのに、よっぽど好きだとみえて、実においしそうに煙草たばこを吸いながら、…しかしはげしい暑さにまいって、身も疲れた様子ようすで、夏の焼けつくような空のもと、並木の下に休んでいる学生がいる。
 まだ二十歳はたちかそこらであろう、久留米絣くるめがすりの、濃く綺麗きれいこん色は初々ういういしい。けれども、着替きがえのないためか、何度も水で洗われたらしく、ただでさえ、あまり丈夫じょうぶそうではない、ひじや、背筋せすじ、折りかがみのあたりは、うすけて見えるほど、そのところどころの色がせてげている。―茶色の唐縮緬めりんすおびを締め、それよりも煙草に似合にあわないのは、東京の何とかいう工業学校の金色の徽章バッジのついた制帽だ。巻き煙草ならまだしも、吸っているのが刻煙草きざみである。
 場所は、いま言った通り、城下から海岸の港へ通じる二里あまりの並木の途中、ちょうど真ん中ほどのところ。そこに昔から伝説をともなった大きな一つの石がある―義経よしつね物語に、…
    加賀かがの国の富樫とがしという所も近くなり、富樫の
    すけというこの国の大名だいみょうが、鎌倉殿かまくらどのより命じら
    れてはいないものの、ひそかに用心して義経殿よしつねどの
    の通行を見張っていたということだ。
    武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいの申し上げるには、『ご主人様は
    ここから宮の腰みやのこしへお渡りなさいませ』―
と書かれている…金石かないわの港、すなわち、昔の『宮の腰みやのこし』である。
 本当かどうかは知らないが、同じ城下の東寄ひがしより、隣国へ越える山の尾根おねの談義所村というところに、富樫があとを追って、山伏の姿をよそおった義経の一行いっこうに酒をすすめた時、武蔵坊が『鳴っているのは滝の水か、こんなに日がっているのにえないのだな、』とうたったと伝えられる『鳴るは滝』という小さな滝の名所がある。それに対して、宮の腰のこの石を『義経よしつね人待石ひとまちいし』と呼ぶのである。しっかりした足取りで先にここへ着いた義経が、歩くのに苦しんだ久我くがどのの姫君ひめぎみ―すなわち奥方おくがたを、守りやく十郎権頭じゅうろうごんのかみがお助けしながら、遅れて来るのを、この石に座って休みながら待ち合わせたというのである。非常に目立つ石である。夏草の茂った中に、高さはわずかに草の上に二三尺ほど出ているだけだけれども、広さはおよそ畳で数えて十五畳はあるだろう。さらに、地面の下まで達する深い割れ目をへだてて、もう一つ、八畳くらいなのと、合わせて二枚ある。以前はこれが一続きで、見る者の目をおどろかしていたが、いつの年かの大地震の際、地面を支える軸をくつがえして、左右へ裂けたのだそうである。
 この石を、城下の者はまた一口に『巨石おおいし』とも言う。
 石の左右に、この松並木の中でも、形と高さの最もすぐれた松が二株ふたかぶあって、海寄りのものはまっすぐにそびえて雲よりも高く、町寄りにあるのはぐっと引き締まった姿で、枝を低く伸ばし、向こうに湧き出る清水にかざしている。…
 そこにある、青いこけなめらかにした、石囲いしがこいの掘り抜き井戸からき出る水は、氷のようにひややかできよらかなことで名高い。人に知られた名水で、『並木の清水』というのであるが、これは路傍みちばた自然しぜんと湧いて流れているのではなく、手入れをする持ち主がある。田んぼの土手どての上にひさしかまえた、清水茶屋しみずぢゃやという一軒の茶店がそれだ。本家は別にあり、ここはその出店でみせだけれども、ちょっと見晴らしのいい座敷ざしきもある。例の低い松が、おうぎかさの形に枝を差しかざしたその葉の裏に、葦簀よしずを掛けて、掘り抜き井戸のまわりに下ろした中を、美しい清水は、松の木陰こかげに揺れ動いて、夏の午後の暑い盛りにも、月のような白銀しろがねの光を散らしてあふれている。その水を、広い水槽すいそうで受けて、その中に、真桑瓜まくわうり西瓜すいか、桃、すももを冷やして売る。…
 これもまた有名である。


試し読みできます

 あた一帯いったい、真桑瓜が名産で、この水があるためか、『巨石おおいしの瓜は銀色だ』と言われている…その瓜畑うりばたけがずッと続いて、やがて蓮池はすいけに変わる…それから先はどこも青田あおただ。
 畑にっているのはどうか知らないが、実際、水槽すいそうひたされたものは、真っさおな西瓜も、黄色の瓜も、さッと銀色のみのに包まれている。あかくけばけばしいすももさえ、あわくくるくると浅葱あさぎ色に見えて舞う。水はいきおいよくほとばしり、水槽のへりから盛り上がって、そこから百本のすだれを乱すように、溝を流れて、路傍みちばたの草を、さらさらと鳴らしてく。
 その水の音が響き、しずくびて、人待石ひとまちいし巨石おおいしの割れ目に茂った、露草つゆくさの花、くれない色のたでも、それを目にした者に、昔ここに腰掛けたという義経を、山伏の扮装ふんそうよりは、美しい色の糸で結び合わせたよろいさわやかに身にまとった姿で連想させて、松のこずえは、『黄金こがね太刀たち草摺くさずりも鳴るよ、』というように、さッさッと、清水の音にすずしく共鳴する。
 けれども、涼しいのは松の下、特に清水が、玉のように鳴りながら流れるところだけであろう。
 はばげんの―並木の道は、真っ白にキラキラと太陽に光って、そこにころがる石は炎をいているよう…両側の松は梢から、枝から、自分の影をみずからのみきにだけわせ、真っ黒な蛇の形をうねらせている。
 雲を白くかむった、抜きん出て高い白根岳しらねだけいただきに、万年雪は見えるものの、田はかわき、畑はひび割れて、瓜の畑の葉も赤い。ここまで来た道も、これからく先も、露草つゆくさ胡麻ごまのように干乾ひからび、紅色のたではまるでただれた蚯蚓みみずのように思われる。
 人の往来ゆききはバッタリと、まるでない。
 大空には、ちょうどこの海の沖を、半身を波の上に出して一列になって泳ぎ、富山湾から親不知おやしらずの浜を通って、五智ごち如来にょらい参詣さんけいするという、海豚いるかれに、毒気どくけを吐きかけられたような低い入道雲が、むくむくとぎっしり並んで、はっきり動くわけではないが、見ていると、地面が揺れるように、ぬッと動くような気がする。
 見すぼらしい、けれども、育ちはよさそうな色の白いその学生は、高い方の松の根元に一人でいた。
 見たところ、薄桃色に、あるいは青くきとおる、冷たい、甘いつゆしたたりそうな瓜に対して、物欲ものほしそうに思われるのをじたのであろう。茶店から少し離れた人待石のところに―
 で、その石には腰も掛けず、草にうずくまって、そしてみょうなことをする。…煙草たばこを吸うのに、燐寸マッチった。のはいいが、え残りのじくを、火の消えるのを待って、もとの箱に入れて、たもとへしまったのである。
 まずしい様子から、燐寸さえも、粗末そまつにできないのであろうということは理解できるが、それにしても、燃え残りの軸を大事にとっておいてどうするつもりなのか…
 いや、そうではない。この年頃としごろの少年の例にれず、義経に同情する気持ちから、その古跡こせきを、取り散らかさないよう、汚さないようにしたのであった―
「この松のことだろうか…」
 ―北海のたこ烏賊いかはまぐりが、御開帳ごかいちょうのおまいりのため、金石かないわの港、宮の腰の浜へ上がって、ここへ出て来たという、おかしな昔話がある―
 三匹が人待石で休んだ時、道中の気晴らしに、『一匹ずつ何か芸をしようではないか、』ということになった。すると、鮹が真っさきにちょろちょろと松の木の天辺てっぺんい上がって、あしをぶらりとらし、
「『ふじの花』とはどうじゃな、下がり藤、上がり藤。」とちぢんだり伸びたり。
 すると今度は烏賊が枝へ上がって、ひれを張った。
「『印半纏しるしばんてん』を見てくんねえ。…鳶職とびしょくだ、鳶職だ。」
 そこで、蛤が貝を開いて、
善光寺ぜんこうじ様の、御開帳ごかいちょう。」とこう言うのである。
 鉈豆なたまめさやに似た煙管きせるむようにくわえながら、学生が枝をかしてあおぎ見ると、雲のからんだ暗い梢は、ちらちらと、今にも紫の藤が咲き出すような気がする。


試し読みできます

「―あすこにたこがいますよ―」
 と、この高い松のこずえにかかったふじの花を指さして、れの職人が、いまのその昔話をしたのは…
 ちょうど藤や躑躅つつじの美しく咲いた頃、父と一緒に、大勢おおぜいで、金石かないわの海へ…船で鰯網いわしあみを引きにく途中のことであった…
 楽しかった…すでにそこの茶店で、大人たちは一度水筒すいとうの酒を飲んだ。もう七年も前になる…梅雨晴れの青い空を、流れる雲に乗るように、松並木の梢をって、すうすうと尾長鳥おながどりが飛んでいる。
 長閑のどかに、静かな景色けしきであった。―
 と、夏の焼けつくような空に夢を見るように、学生はうっとりと松の梢にかかる藤の紫色を連想したが、急にはッと驚いた!その次の烏賊いかの芸当を思い出して。
 鳶職とびというのを思うとともに、彼は眉をひそめ、表情はたちまち暗くなった。
 松野謹三まつのきんぞう、これが学生の名である。彼は去年の秋、故郷ふるさとの家が焼けたことから、東京の学校を中途で休学して帰ったまま、学費捻出ねんしゅつ目処めどが立たないため、こぶしを握って耐えしのび、何か当てがないかと足を爪立つまだてて探しているのである。
 いや、単に学費だけではない。…その日その日の米代こめだい薪代まきだいさえ心許こころもとない厳しい生活状態におちいっており、―実はこの日も、朝飯あさませただけなのであった。
 家が丸焼けになったあとで、父はやまいを得て世を去った。―残ったのは七十に近い祖母と、十歳とウほどの弟だけ。
 父は漆塗うるしぬりの職人であった。
 純金の金具や、高蒔絵たかまきえかざられた、貴重きちょうな仏壇の修復をするため、それを家にあずかっていた時に火事になった。財産のすべてを投げうっても、そのつぐないの一部にさえ、まだ足りないくらいで、焼けあとには灰らしい灰も残らなかった。
 それ以来、貧乏寺びんぼうでらの一室を借りて、墓の影法師のように日を送っているのである。―
 十日ほど前のことである。
 寝られないまま短い夜が明け…疲れて、彼が寝過ごして遅く起きると、祖母の姿が見えない…
 枕元まくらもと障子しょうじかげに、朝の食事の支度したくが、ちゃんとしてあるのを見て、彼は水をびたようにきもを冷やした。―大きな川もおほりも近い。…これまで一度も愚痴ぐちなどを言ったことのない祖母だけれど、このごろの暮らしのあまりのみじめさに、『自分さえいなかったら、お前はどうにでもして学問をすることができるだろうに、』とり返していたので、『もしや、』と不安にられたのである。
 が、さいわいなことに箸箱はしばこの下に紙切れが見つかった―それに、平仮名ひらがなでぽつりぽつりと『しんぱいしないように、』と書いてあった。
 祖母は、その日も今日と同じくらい暑かった空の下を、草鞋履わらじばきで、松任まっとうという、三里離れた町まで、父が生きていた時の工賃こうちんの貸しがある骨董屋こっとうやへ、代金を取りに行ったのであった。
 七十の年寄りが、往復六里である。…骨董屋はとっくに夜逃げをしたそうで、何のいもなく、日暮れ頃に帰ってきたが、町外はずれまで戻ると、あまりの暑さと疲れとで、目がくらんで、息が切れそうになった。その時、生玉子を一つ買って飲むと、生き返った心地ここちがした。…
 そんなことがあったので、
「気力をつける薬じゃ。」と、厳しい家計かけいの中から、毎朝玉子を買って割って、黄身も二つに分けて兄弟へ…
 二人にとってこの玉子は、まさにしおれた草につゆである。
 ―今朝けさも、その慈愛じあいの露を吸った謹三が、そのいきおいでここへ来たのは、金石の港に、何とかいう器具商があって、それにも工賃の貸しがある…その未収の金を払ってもらおうと、頼みに出たのであった―
 若い者の習性として、出たとこ勝負の元気にまかせて、日陰のことなど考えず、暑い盛りに、げるような松並木の途中まで来た。
 暑さを避けて休むだけだったら、清水にも瓜にも遠慮えんりょを感じる、茶店の近所でなくっても、さがせば、別の松の下にも日陰はあったはずだ。
 それなのにここを選んだのは、彼には、ひもじい腹も、甘くなるほど、胸に秘めた思いがあったからである。
 義経の人待石。
 それは、そんな彼の思いを内にめた、宮殿の大いなるぎょくゆかといってもいいだろう。


試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格54円(税込)

読者登録

白水銀雪さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について