目次
はじめに
シリーズの紹介
中部のスタンプラリー
愛知・三重の旅
塩街道の宿場町!“どんぐりの里いなぶ”
素朴な山里!“アグリステーションなぐら”
標高900mのリゾート!“つぐ高原グリーンパーク”
えっ!休館日!“豊根グリーンポート宮嶋”
歴史の小径!“つくで手作り村”
戦国の歴史を偲ぶ!“鳳来三河三石”
東海道五十三次の宿場町!“潮見坂”
全国有数のサーフポイント!“あかばねロコステーション”
渥美半島の先端!“伊良湖クリスタルポルト”
渥美半島の絶景!
人と地域のふれあい!“田原めっくんはうす”
渋滞に巻き込まれる!“筆柿の里・幸田”
6万石の城下町!“にしお岡の山”
日本のデンマーク!“デンパーク安城”
ぎりぎりで間に合う!“菰野”
古代三関「鈴鹿関」の跡!“関宿”
伊賀忍者発祥の地!“いが”
素朴な農村地帯!“あやま”
森林セラピー基地!“美杉”
久々の難路を走る!“茶倉駅”
天然温泉が自慢!“飯高駅”
熊野古道伊勢路の玄関!“奥伊勢おおだい”
えっ!臨時休業! “奥伊勢木つつ木館”
マンボウの唐揚げ!?“紀伊長島マンボウ”
雨の日も安心!“海山”
写真を撮るなと怒られる!“熊野きのくに”
日本の渚100選!“パーク七里御浜”
泳ぐ海がめに出会う!“紀宝町ウミガメ公園”
世界遺産のまち!“なち”
オープン予定の道の駅!“瀧之拝太郎”
悠久の聖地!“那智大瀧”
ホテルの窓からの絶景!“伊勢志摩”
再び愛知県へ!“立田ふれあいの里”
1300年の焼き物職人文化!“瀬戸しなの”
静岡・山梨の旅
全国屈指のお茶処!“掛川”
山里の癒し空間!“くんま水車の里”
天竜川の畔!“天竜相津 花桃の里”
山あいの茶店風!“いっぷく処横川”
3つの施設を持つ道の駅!“宇津ノ谷峠”
富士山はどこに?“富士川楽座”
静岡県第一号の道の駅!“富士”
ハワイアンと同居!?“伊豆のへそ”
伊豆の踊子の舞台!“天城越え”
花時計がお出迎え!“花の三聖苑”
伊豆半島最南端!“下賀茂温泉 湯の花”
幕末の歴史の舞台!“開国下田みなと”
「訪れたい道の駅」日本一に輝く!“伊東マリンタウン”
静岡・山梨の旅:初めての関東エリア!“箱根峠”
再び富士山見えず!“ふじおやま”
神奈川県の道の駅全駅制覇!“山北”
富士山登山基地!“すばしり”
緑深い水郷の郷!“どうし”
富士山レーダードームが聳える!“富士吉田”
河口湖畔のデートスポット!“かつやま”
富士山博物館を併設!“なるさわ”
まるで都会の喧騒!“富士山五合目”
富士山麓の酪農地帯!“朝霧高原”
農村文化公園!“しもべ”
創る・遊ぶ・観る!“富士川ふるさと工芸館”
巨大なタケノコがシンボル!“とみざわ”
優雅な日本庭園!“玉露の里”
大井川鉄道の始点!“奥大井音戯の郷”
お茶のテーマ館!“フォーレなかかわね茶茗館”
SL列車に遭遇!“川根温泉”
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伊豆の踊子の舞台!“天城越え”

「伊豆のへそ」 から30分ほど南下し
道の駅天城越え へやってきました。





ここは正に伊豆半島のど真ん中、“へそ” に当たる場所です。
この三島と下田を結ぶ “下田街道” の中で、ここ天城山を越える “天城峠” はその昔から旅人を苦しめる最大の難所でした。
峰を挟んだ天城六里は峻嶮な峰が “屏風のような障壁” と形容され、旅人は喘ぎ喘ぎ急坂を上り、狼の足跡に怯えながら、灯り一つない峠で苦難の旅を強いられたのです。



これは安政2年にハリスの一行が江戸に向かう為天城峠を越えた際の様子を、ハリス自身が 「日本滞在記」 の中に記したものです。
この伊豆半島最大の難所は、明治37年 “旧天城隧道” の完成でようやく解放されます。
川端康成の小説 “伊豆の踊子” や、松本清張の “天城越え” は、この旧天城隧道がその舞台になっています。
そして昭和45年の新トンネル開通により、旧天城隧道はその役割を終えたのです。





峠の小さな道の駅を想像していた私は、まずその大きさに驚きました。



まず正面左にあるのが “昭和の森会館” というメイン施設で、その右手は “山のレストラン 緑の森” です。



更にその右手には、“天城わさびの里” と “たけのこかあさんの店” が並んでいます。



全体の配置はこのようになっていて、駐車場もかなりの広さですが、ほぼ埋まっていました。
配置図の左端に “井上靖旧邸” というのがありますが、これは実際に井上靖が住んでいた家屋をここへ移設したものです。



これがメイン施設である “昭和の森会館” の玄関です。
“昭和の森” というのは昭和53年3月、昭和天皇在位50年を記念して、林野庁が天城峠一帯の約1600ヘクタールの国有地を “天城山昭和の森” に指定したことで誕生しました。
いくつもの遊歩道が整備され、伊豆の踊り子が辿った “踊子歩道” を始め、9本のハイキングコースが作られています。



“昭和の森会館” と “レストラン緑の森” は、次のような配置になっています。





最初に目についたのは、このポスターです。



天城越え といえば “石川さゆり” ですよね!

 隠しきれない 移り香が
 いつしかあなたに 浸みついた
 誰かに盗(ト)られる くらいなら
 あなたを殺していいですか

 寝乱れて 隠れ宿
 九十九(ツヅラ)折り 浄蓮(ジョウレン)の滝
 舞い上がり 揺れ堕ちる肩のむこうに
 あなた・・・山が燃える

 何があっても もういいの
 くらくら燃える 火をくぐり
 あなたと越えたい 天城越え


この歌詞にある “浄蓮の滝” は、この道の駅に来る少し手前にありました。



ここは陶器などの民芸品などが売っていますが、その奥が “森の情報館” や “伊豆近代文学博物館” などに通じています。
博物館の方は有料ですが、既に名前の出た “川端康成” “松本清張” “井上靖” を始めとした伊豆にゆかりのある120名の文学者の資料や直筆原稿などが展示されています。



そして中庭はきれいに整備されて、ブロンズ像や噴水が配置されていました。



レストラン緑の森の手前にある売店で、ワサビ漬けを土産に買いました。





天城はワサビの産地で、別棟に “天城わさびの里” というわさび生産者の直営店があります。



そこには生ワサビや三杯酢などがあり、試食させて貰うととても美味しかったのですが、冷蔵しないと持ち帰れないと言われて諦めたものです。
かつて人々の往来を拒み続けたここ天城峠は、今は買い物やハイキングを楽しむ人たちの憩いの場所になっていました。





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花時計がお出迎え!“花の三聖苑”

伊豆半島を更に南下した後、西側に進路をとり
道の駅花の三聖苑 へやってきました。





国道414号を下田市の “稲梓” 付近で県道15号に進路を変え、40km、50分強で到着です。
ここは “賀茂郡松崎町” で、“なまこ壁” の家並みが残る町として知られており、道の駅を更に進むと駿河湾に達します。





道の駅はちょっとした公園のように見えますが、まず入口で目を引くのがこちらです。



この花時計、直径が11mもある大きなもので、時報ごとに違う曲が流れるそうですが、残念ながら私たちがいる間には聞けませんでした。





このように手前に芝生公園があり、奥にはいくつかの建物が並んでいます。



芝生公園にはいくつかのブロンズ像が配置されていました。



全体の配置図が見当たらなかったのですが、ざっくりとこんな具合です。



このように、古い時代の建物が並んでいますが、まずこの写真の右端に写っているのが “大沢学舎” です。





この “大沢学舎” は、明治6年に “依田佐二平” が私財を投じて開校した公立小学校で、平成5年にこの場所に移設、復元されました。


更に左手にあるこの建物は、“三聖会堂” といいます。
この道の駅の名前 “三聖苑” というのは、ここが郷土の三聖人の業績や松崎の歴史を紹介する施設であることに由来します。
その “三聖人” というのは、

 ・土屋三余・・・幕末の漢学者
 ・依田佐二平・・・明治期の実業家
 ・依田勉三・・・佐二平の弟で、北海道十勝平野の開拓者


のことを言います。



ここには、依田佐二平 の像が立っていました。
“三聖会堂” には、この3名の業績や松崎の歴史を紹介する資料が展示されています。
私たちにはちょっと馴染みが薄いので、ここはスルー!





本来の目的である道の駅の建物に行ってみます。
これは “天城山房” といい、お土産店と食事処が入っています。





この奥が食事処で、そばを中心に、ミニ丼とのセットメニューなどがありました。





“天城山房” の左隣にあるのが、“かじかの湯” という日帰り温泉で、男女別の岩風呂や清流を聞きながら入れる露店風呂を備えています。

さて、次は伊豆半島最南端の道の駅を目指します。
ナビでは一旦414号まで戻って南下するルートを示しましたが、それでは面白くないので、駿河湾に出て半島西側の海岸線を南下することにしました。







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伊豆半島最南端!“下賀茂温泉 湯の花”

伊豆半島の西岸を辿り
道の駅下賀茂温泉 湯の花 へ向かいました。





駿河湾に面したこの、伊豆半島西岸のルートは、“マーガレットライン” といいます。
岩礁や奇岩が立ち並ぶこの海岸線を眺めながらのルートは中々走り応えがあります。
本来なら富士山も遠望できるのかも知れませんが、この日は遠くが霞んでいます。
このルートにはいくつもの景勝地や観光ポイントがありますが、例えば、“波勝崎苑” というのがあります。



ここは “野猿の楽園” といわれ、東日本最大の野猿の生息地です。
餌付された約300匹の野猿が、ボス猿を中心に行動します。
ここのボス猿は現在15代目なのだそうですが、面白いのは、初代ボスざるが “清水の次郎長”、3代目が “小政“、4代目が “森の石松” といった具合に歴代のほとんどが清水一家の名前を持っていることです。



花の三聖苑の道の駅から50分強で到着しました。



ここは伊豆半島最南端の道の駅です。
本当の最南端はここからもう少し南に下った “石廊崎(いろうざき)” で、そこは荒々しくダイナミックな景観が広がり、岬巡りの遊覧船が就航しています。




ここも規模の大きい道の駅のようです。
全体の配置はこのようになっています。





手前からまずトイレがあり、②の “展示館” がこれです。
“アートギャラリー” とも書いてあり、地元芸術家の作品が展示されているようです。



③の “観光案内所” がここですが、道の駅の登録証は外から見えるように、ガラス窓の内側から外に向けて置いてありました。



中に入るとカウンターの後ろが事務所になっていて、職員の方が 「いらっしゃいませ!」 と元気に声を掛けてくれます。



道の駅スタンプを押し、置いてあったパンフレットをいくつかもらって出て行くと、また大きな声で 「有難うございました!」  (^_^;)



そして④の一番大きな建物が “農林水産物直売所” です。



ここではミニトマトを一回り大きくしたようなフルーツトマトが、10個以上入って60円で売っていたので買いました。
ジュース代わりに車の中で食べたけど、これは甘くて美味しかった!



そういえばここは、“下賀茂温泉” でした。
青野川の河畔の至る所から高温の源泉が湧きだし、温泉地を形成するとともに、メロンの栽培などにも利用されています。
これは “手湯” というのでしょうか、お湯がこんこんと湧き出ており、手を入れてみるととても良い湯加減でした。

足湯は、直売所の裏側にあったようですが、それに気がついたのは旅から帰って、写真の案内図を見直した後でした。(;^_^A

さて、この時間が15時15分、伊豆半島はあと2か所になりました。

 

 


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幕末の歴史の舞台!“開国下田みなと”

下賀茂温泉から12kmしか離れていない
道の駅開国下田みなと へやってきました。





わずか12kmの距離だったのですが、下田の街に入るとやたらと渋滞し、30分かかってしまいました。







道の駅は、下田港を見下ろす場所に建っていました。
右の白い船は海上保安庁の巡視船ですが、その左に黒っぽい船が見えます。



“黒船” ですね。
下田はご存知のように黒船来航により、日本で最初に港が開かれた街です。
ペリーは当初、浦賀(現:横須賀市)を始めとした5港の開港を要求していたのですが、江戸に近い浦賀を幕府は拒否し、江戸からの距離が近くも無く遠くもない下田を推薦したと言われています。

嘉永7年3月3日(1854年)に締結された日米和親条約により、下田と箱館(今の函館)の2港が開かれることになり、下田は即日、箱館は翌年3月に開国しました。
開港により下田には、7隻、1265人のアメリカ人を乗せたペリー艦隊が来航し、幕末の歴史は大きく動き始めます。
下田にはペリー、ハリスを始め、黒船での密航を企てた吉田松陰、悲劇のヒロインとなった唐人お吉など、歴史に関わったさまざまな人たちの足跡が残されています。



現代の黒船は “サスケハナ号” といい、下田港内めぐりの遊覧船として活躍しています。



道の駅は4階建ての建物ですが、1階は主に駐車場になっており、2階から入って行きます。
この入口、あとで気がついたのですが、裏口だったようです。




2階は広いウッドデッキになっていて、ここではイベントなども開かれるようです。



これが全体の配置図ですが、ちょっと見にくいので2階と4階部分を拡大してみましょう。



2階がウッドデッキのある場所で、建物と反対サイドにもギャラリーや案内所があります。
4階は今回行ってないのですが、貸会議室の他に、2つの博物館があります。
“かじきミュージアム” というのは、下田で毎年開催される “国際カジキ釣り大会” を紹介するものです。



新鮮な魚を食べさせる飲食店もいくつか入っています。



中に入ってみることにしましょう。







店内の壁にも大きなカジキが飾ってありますね。

この日はやや、お客さんが少なめでしたが、観光地にあるこれだけの施設ですから、おそらく土日は大勢の人たちで賑わうのだろうと思います。

 

 


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「訪れたい道の駅」日本一に輝く!“伊東マリンタウン”

2日目の旅の締めくくりは
道の駅伊東マリンタウン です。





伊豆半島のほぼ南端である下田から、東海岸を一気に走り、伊東市にやってきました。
“伊東” はご存知のように伊豆半島を代表する温泉地の一つです。
古き良き時代のレトロな温泉街の街並みを残し、新しい近代的な建物も立並ぶ元気な町です。
そして市内にいくつもの漁港をもち、水揚げされたばかりの新鮮な海の幸を堪能することのできる町でもあります。



下田の道の駅から55km、1時間17分で到着しました。
道の駅伊東マリンタウンは、交通量の多い国道135号沿いにあります。



まず驚いたのがその建物のカラフルさです。
到着したのが17時20分でしたから、ちょうど正面に夕陽があたって、そのカラフルさが引き立ちます。







このようなカラフルでメルヘンチックな建物というのは、見るだけで気分が楽しくなります。
そしてこの道の駅は海辺にありますから、そぐ裏側がヨットハーバーになっているのです。



海辺には “伊東マリンロード” という遊歩道があり、その途中には “太陽のステージ” というイベント広場があります。



そのイベント広場から写した道の駅の裏側がこれですが、やっぱり表も裏もきれいです。



これが道の駅の全体配置ですが、図面の上が海側で、伊東マリンロードがありますね。
建物部分は、このように左手から “バザール棟” “スパ棟” “ポートセンター棟” に分かれています。



この部分、左が “バザール棟” 、右が “スパ棟” です。
更に右手にある “ポートセンター棟” は、このような内部です。



つまり、遊覧船の乗り場なのです。
ヨットハーバーの端に遊覧船の乗り場があるのですが、ここからは
 ●海中展望船・はるひら丸イルカ号
 ●海賊遊覧船・ゆーみんパイレーツ

などが就航しています。



これも楽しそうですね。
まん中の “スパ棟” はこのようになっています。





ここは1階が “伊豆高原ビール” のレストランとショップ、2階が温泉施設です。
ちょっとだけ覗きましたが、ビールを飲む訳にいかないのでここはパス!

 

一番左の “バザール棟” がこれです。









ここは1階がショッピングモールで、2階がレストラン街です。
ここには21店舗がはいっているそうです。
道の駅スタンプは、バザール館に隣接した “観光案内所” にありましたが、いつもの登録証は見つかりませんでした。

2010年9月に発行された週刊文春で、“読者が選ぶ 「訪れたい道の駅」” という特集記事で、ここ “道の駅伊東マリンタウン” は見事日本一に選ばれたのですが、なるほどと納得できました。
ここは、クルージングも含めて半日遊んでも飽きないだろうと思います。

さて、今日の予定を終わり、今夜の宿泊は “熱海市内” です。
この伊東に泊っても良かったのですが、少しでも次の目的地に近付いておこうと熱海にしたものです。
距離で20km、30分ほどで熱海市内に到着しました。
熱海は有名な温泉地ですが、豪華な温泉旅館やホテルには目もくれず、私たちが泊るのはいつものビジネスホテルです。
今回は “東横イン熱海駅前” で、朝食付二人で7980円でした。

あすはいよいよ箱根、そして富士五湖方面に向かいます。



 



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