目次
はじめに
シリーズの紹介
中部のスタンプラリー
愛知・三重の旅
塩街道の宿場町!“どんぐりの里いなぶ”
素朴な山里!“アグリステーションなぐら”
標高900mのリゾート!“つぐ高原グリーンパーク”
えっ!休館日!“豊根グリーンポート宮嶋”
歴史の小径!“つくで手作り村”
戦国の歴史を偲ぶ!“鳳来三河三石”
東海道五十三次の宿場町!“潮見坂”
全国有数のサーフポイント!“あかばねロコステーション”
渥美半島の先端!“伊良湖クリスタルポルト”
渥美半島の絶景!
人と地域のふれあい!“田原めっくんはうす”
渋滞に巻き込まれる!“筆柿の里・幸田”
6万石の城下町!“にしお岡の山”
日本のデンマーク!“デンパーク安城”
ぎりぎりで間に合う!“菰野”
古代三関「鈴鹿関」の跡!“関宿”
伊賀忍者発祥の地!“いが”
素朴な農村地帯!“あやま”
森林セラピー基地!“美杉”
久々の難路を走る!“茶倉駅”
天然温泉が自慢!“飯高駅”
熊野古道伊勢路の玄関!“奥伊勢おおだい”
えっ!臨時休業! “奥伊勢木つつ木館”
マンボウの唐揚げ!?“紀伊長島マンボウ”
雨の日も安心!“海山”
写真を撮るなと怒られる!“熊野きのくに”
日本の渚100選!“パーク七里御浜”
泳ぐ海がめに出会う!“紀宝町ウミガメ公園”
世界遺産のまち!“なち”
オープン予定の道の駅!“瀧之拝太郎”
悠久の聖地!“那智大瀧”
ホテルの窓からの絶景!“伊勢志摩”
再び愛知県へ!“立田ふれあいの里”
1300年の焼き物職人文化!“瀬戸しなの”
静岡・山梨の旅
全国屈指のお茶処!“掛川”
山里の癒し空間!“くんま水車の里”
天竜川の畔!“天竜相津 花桃の里”
山あいの茶店風!“いっぷく処横川”
3つの施設を持つ道の駅!“宇津ノ谷峠”
富士山はどこに?“富士川楽座”
静岡県第一号の道の駅!“富士”
ハワイアンと同居!?“伊豆のへそ”
伊豆の踊子の舞台!“天城越え”
花時計がお出迎え!“花の三聖苑”
伊豆半島最南端!“下賀茂温泉 湯の花”
幕末の歴史の舞台!“開国下田みなと”
「訪れたい道の駅」日本一に輝く!“伊東マリンタウン”
静岡・山梨の旅:初めての関東エリア!“箱根峠”
再び富士山見えず!“ふじおやま”
神奈川県の道の駅全駅制覇!“山北”
富士山登山基地!“すばしり”
緑深い水郷の郷!“どうし”
富士山レーダードームが聳える!“富士吉田”
河口湖畔のデートスポット!“かつやま”
富士山博物館を併設!“なるさわ”
まるで都会の喧騒!“富士山五合目”
富士山麓の酪農地帯!“朝霧高原”
農村文化公園!“しもべ”
創る・遊ぶ・観る!“富士川ふるさと工芸館”
巨大なタケノコがシンボル!“とみざわ”
優雅な日本庭園!“玉露の里”
大井川鉄道の始点!“奥大井音戯の郷”
お茶のテーマ館!“フォーレなかかわね茶茗館”
SL列車に遭遇!“川根温泉”
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愛知・三重の旅

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塩街道の宿場町!“どんぐりの里いなぶ”

3月21日水曜日、朝8時に福岡空港を離陸し、9時10分に中部国際空港へ到着しました。
中部国際空港セントレアは、乗り継ぎで立ち寄ったことはありますが、ここで下りるのは初めてです。
空港でレンタカーを借り、9時40分に出発しました。
今回借りたレンタカーはこれです。



いつもと同じホンダのフィットですが、これって 「富士山」ナンバーなんです。
途中給油していた時に、そこの店員さんから “富士山ナンバーってかっこいいですね!” と言われちゃいました。(^-^)
地図がちょっと見難いかもしれませんが、①の知多半島にある中部国際空港を出て②の
道の駅どんぐりの里いなぶ が最初の目的地です。



どうしてこんなに離れた場所からスタートするのかというと、今日訪問するのはほとんどが “木曜” 定休日なのです。
当初は近くから順に回るように計画を練っていたのですが、そうするとこの付近がどうしても木曜にかかってしまうのです。
しかも最後の道の駅の閉店時間が17時なので、数は6か所と少ないのですがあんまり余裕がありません。

知多半島道路から、快適に高速を走っていたのですが、どこかで方向を間違ったらしく、ナビが全く進路も距離も所要時間も表示しなくなってしまいました。
だんだん不安になり、結局途中で高速を降りて、目的地をセットし直しました。

最終日に空港へ戻る時に分かったのですが、ナビのデータが古く、新しい高速道路が入って無かったのです。
ですから、途中で下りずにそのまま走った方が良かったのか、いまだに判断がつきません。

一般道を走って、距離にして99km、時間は2時間8分かかって道の駅に到着しました。





天気予報では曇り時々晴れだったのですが、この日は見事に晴れました。
ここは、愛知県豊田市の郊外 “稲武地区” にあります。
稲武地区がどの辺なのか、別の地図で見てみましょう。



ここは信州へ塩を運ぶ “中馬街道(塩の道)” の宿場町として繁栄した町です。
そして室町から戦国時代にかけての戦乱の舞台ともなった地域でもあります。





道の駅は中央に “イベント広場” があり、それを囲むように建物があります。
広場の右側は “情報コーナー・観光案内所” 左側は “どんぐり横町” という直売所、そして正面がトイレの建物です。
イベント広場の突き当たりにはこんなものもあります。



道の駅の全体はこのようになっています。



先程のどんぐり横町の裏側には、レストランと温泉施設 “どんぐりの湯” があります。
ここがどうして “どんぐり” の名前がついているのかというと、造成工事中に今から3千年前の縄文人が食料として蓄えたどんぐりが出土したことに由来します。





さて、どんぐり横町に入ってみましょう。



何か良いことが書いてありますね!(^∇^)





なかなか明るい店内です。
それに平日というのにお客が多い!
あまりゆっくりする時間も無いので、25分ほどの滞在で次へ向かいました。






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素朴な山里!“アグリステーションなぐら”

どんぐりの里から国道257号を10分ほど走って
道の駅アグリステーションなぐら へやってきました。







“北設楽郡設楽(したら)町” は、その面積の9割を山林が占め、人口5300人ほどの山村です。
“なぐら” という道の駅の名称は、市町村合併する前の “名倉村” の名残ですね。
自然に恵まれた地域で散策路、登山道が整備されており、登山、ハイキング、渓流釣りなど年間を通して楽しむことができます。
この地域、もう少し詳しい地図を見てみましょう。



最初に行った “どんぐりの里” そしてここ “アグリステーション” 更に、次に向かう “つぐ高原” のそれぞれの道の駅の位置関係がわかると思います。
ご覧のようにすぐ北側に県境があり、長野県、岐阜県に隣接しています。



道の駅はこのように、極めてシンプルです。





建物をはいるとまず露店の野菜市場です。



高原野菜を中心に地元の農産物が並びます。



店内の配置もやはりシンプルです。







突き当たりが食堂になっています。
この時点で12時を過ぎていますが、ゆっくり食事をする時間の余裕もないので、走りながら食べられる食料をここで調達しました。
シンプルで素朴さの残る道の駅でした。



 


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標高900mのリゾート!“つぐ高原グリーンパーク”

次は長野県との県境、茶臼山高原にほど近い
道の駅つぐ高原グリーンパーク に向かいました。





アグリステーションなぐらから正面の県道507号に進路をとると、ぐんぐんと高度を上げてゆきます。
ここは愛知県の最高峰 “茶臼山” (標高1415m)に向かう道路で、通称 “茶臼山高原道路” といいます。
道路の所々に現在地の 「標高」 を記した標識がありますが、1000m前後を上り下りします。
時々視界が開けると、息を呑むような雄大な眺望が眼下に広がります。

そして、同じく道路に表示されている温度計を見ると、一番低い時の気温は “マイナス1度” でした
3月下旬というのに驚きです。





所要時間17分で目的地に到着しました。
この道の駅自体、標高900mの位置にあります。



ここの住所は “設楽郡設楽(したら)町津具” で、そのため “つぐ高原” といわれます。
“つぐ高原グリーンパーク” は、オートキャンプ場、バンガロー、ペンション、グラウンド、テニスコートなど様々な施設が備わった総合リゾートです。





案内図を二つ並べてみましたが、広すぎてどちらも分かり難いですね。





道路沿いには水遊びのできる小川が流れており、その横が広々としたイベント広場です。
広場の奥に白い建物が見えます。



これは “グリーンメッセージ” という宿泊施設で、正面しか見えていませんが、ずっと奥に広いのです。



広場の端には “多目的ドーム” があります。
いろんなイベントがここで行われるのだと思います。



道の駅はほぼ中央にあり、このリゾート地の案内所を兼ねています。



玄関横にはこんな “スタンプBOX” が・・・。
分かり易いのは良いけれど、目立ち過ぎの感じもするけど・・・・・!(笑)







この時期、まだ高原で遊ぶ、という季節でもないのでお客さんはまばらです。

この道の駅からほんの少し進んだところが観光地 “茶臼山高原” です。
ここにはスキー場をはじめ、野外活動ロッジ、休暇村、美術館などの観光スポットがあります。
そして今一番の目玉は 「芝桜の丘」 です。



標高1358mの “天空の花回廊” と呼ばれ、ナゴヤドームの約2倍、22,000平方メートルの敷地に40万株の芝桜の丘が完成しています。
5月12日(土)から6月10日(日)まで “芝桜まつり” が開催され、一番の見ごろだそうですから、名古屋近辺のみなさんは楽しみですね!

 


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えっ!休館日!“豊根グリーンポート宮嶋”

つぐ高原から18kmで
道の駅豊根グリーンポート宮嶋 へやってきました。







“北設楽郡豊根村” は、愛知県の最も北東寄りで長野県と静岡県に隣接しています。



総面積の93%が山林という典型的な山村ですが、前回ご紹介した “茶臼山高原” “茶臼山スキー場” なども、行政区からするとこの豊根村になります。
自然環境に恵まれた村であり、道の駅自体も愛知県の第一号なのです。



通常道の駅の案内板には配置図が書いてあるのですが、ここは航空写真を使っていました。
国道151号に面し、道の駅の裏には遺跡公園、神社などがあります。





こんな看板があったのですが、毎年11月下旬から1月上旬にかけて村内各地で “花祭り” が行われ、これは 「国指定無形民俗文化財」 に指定されています。

さて、ひととおり周りの写真を撮り終わったところで、店内に入ろうとしました。
ところが ・・・・・ 。



入口に何か看板があります。



えっ!休館日!( ̄□ ̄;)!!
実はこの日回る道の駅のほとんどが 「木曜定休」 で、その為にかなり変則な行程を組んで水曜であるこの日に来たのです。
唖然として、印刷して持ってきているインターネットの情報を見てみると、間違いなく 「毎週木曜定休」 となっています。

スタンプ帳の情報を見てみると ・・・・・


やはり定休日は木曜なんだけど、“変更になる場合があります” って何だ!(-""-;)
そして玄関には ・・・・・・



木曜の上に紙を貼って水曜に訂正してある!ヽ(`Д´)ノ コラー!
ガラス越しに中を覗いてみたけどやっぱりお休みですね。
でも、道の駅スタンプだけは外に置いた小さな台の上にありました。
スタンプは押せたものの、なんとも納得がゆかず付近をうろうろ!



道の駅の横に小さな入口があり、観光案内所になっています。
そこは電気がついていて誰かいるようですが、文句を言ってもしょうが無いし・・・。(笑)
折角来たのにまともな記事も書けずに残念だけど、仕方がないので次に移動することにしました。





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歴史の小径!“つくで手作り村”

本日の最初の4か所は比較的近い位置にかたまっていましたが、次の
道の駅つくで手作り村 までは距離にして53kmと離れています。



豊根の道の駅を出るとまもなく国道を離れ山の中に入って行きました。
そこからは正に山また山をくねくねと曲がりくねって走って行きますが、ちゃんと舗装され、離合できる2車線の道幅がありますから、それほど苦労するルートではありません。



1時間20分ほどの山越えで、つくでに到着しました。



“新城市作手(つくで)” は、この地図にある新城市のほぼ西の端にあります。
新城市は武田軍と織田・徳川連合軍が戦った “長篠の戦い” の舞台となった設楽原の決戦場など、歴史に残る史跡が多数あります。
特に作手村は平均標高が550mあり、周りを山に囲まれた天然の要害たる地形であることから、村内に40か所もの城砦が作られました。
戦国時代の作手郷は重要な戦略拠点であり、今川・武田・徳川の勢力争いで、事あるごとに戦火が交わされたのです。

現在の作手はその戦国絵巻の舞台となったいくつもの城址などを巡る “歴史の小径” のハイキングコースが整備され、多くの歴史マニアを楽しませてくれます。





これが道の駅の本体ですが、左手に “情報案内施設” があり、右手の大きな建物が “味彩館” という食事処と “山家市” という採れたて野菜の直売所です。





“ハヤシライス” の大きな看板がかかっていますね。
特産のトマトを材料にした、ここの食事処の名物なんだそうです。







味彩館の中央付近に入口があります。
入って左側が食事処で、右に細長く物産売り場があります。





この時間、やはりお客さんは少ないですね。

“手作り村” という名前は、手作り名人の指導により、木工細工から郷土料理まで大人も子供も楽しめるメニューが揃っている為です。



全体図を、リーフレットから借用してみました。

手前が今紹介した味彩館や情報案内施設ですが、まずその右側に “みのり館” があります。
ここでは、ブルーベリーのもぎ取り体験ができます。



川を挟んだ奥の広場に “勇気工房” とあるのは農産物の加工施設です。
更にその奥の “とんちん館” で手作り体験が行われます。
例えば “木工体験” では、チェンソー体験、伐採体験、竹細工体験など7種類のメニューがあり、“クラフト体験” では、同じように6つのメニューが用意されています。

“料理体験” には、五平餅作りやこんにゃく作りなど9種類のメニューがある、といった具合です。
地元のお年寄りなどの “名人” の力を生かし、伝統を次の世代に引き継いでゆくのに有効な取り組みだろうと思います。





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戦国の歴史を偲ぶ!“鳳来三河三石”

初日の最後の目的地は
道の駅鳳来三河三石 です。



この道の駅も前回の “つくで手作り村” と同じく 「新城市(しんしろし)」 にありますが、つくでが西の端にあったのに対し、こちらは東の端、静岡県浜松市に隣接しています。

“新城市鳳来地区” もやはり、戦国の歴史をとどめた地域です。
つくでからの途中には長篠の合戦場があり、長篠城址や信玄塚などの付近を通ります。
そして長篠の信号から右折し、国道257号を浜松方面に進むと目的の道の駅です。





まるで合戦場のように旗がたなびいています。



ここは17時で閉まるのですが、途中を急いだ結果30分以上の余裕をもって到着しました。
ここは “天竜奥三河国定公園” の玄関口に位置し、「ぶっぽうそう」 で有名な鳳来寺山の近くになります。



「ぶっぽうそう」 は鳳来寺山一帯に棲み、「ブッポウソー」 と甲高く鳴くことから仏教の 「仏・法・僧」 につながるとして、霊鳥とされてきたものです。
正式名称 “コノハズク” は、昭和40年、愛知県鳥獣審議会による県民投票で、“愛知県の鳥” に選定されました。

山岳修験道の霊山でもあった鳳来寺山には、大宝3年(703年)に開かれた真言宗の大本山のひとつである “鳳来寺” があり、“鳳来山東照宮” “鳳来寺山自然科学博物館” などの名所があります。







この付近、どこの道の駅へ行っても “五平もち” に出会います。



さて、中に入ってみましょう。




中は売店と軽食堂があるだけの、至ってシンプルな道の駅です。



“ぶっぽうそう” の関係でしょうか、ふくろうの置物がずらっと並んでいます。
そしてこの売店であるものを発見!



“蜂の子” です。



旨いとは聞くけど、私はどうもこんなのが苦手です。
どうみたって “虫” じゃないですか!((>д<))

ここは道の駅としてはシンプルだけど、自然環境や史跡には恵まれた場所にあると思います。

さて、今日の道の駅6か所は全部回り終えました。
今夜の宿は県境を越え、初めての静岡県に入って浜名湖の湖畔に泊ります。
道の駅から31km、45分で “浜名湖ロイヤルホテル” に到着しました。



大和ハウスグループが経営するこのホテル、普段私たちが泊るビジネスホテルと違って豪華です。
パックツアーなのに、その部屋の広さにもびっくりしました。





ホテルの部屋から見る浜名湖の風景も素晴らしいものでした。

 

 


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東海道五十三次の宿場町!“潮見坂”

2日目の朝になりました。
今日はホテルを出てまず渥美半島に向かうのですが、その途中にある
道の駅潮見坂 に立ち寄りました。



今回のメインタイトルが “愛知・三重の旅” ですが、ここは唯一 “静岡県” の道の駅です。
後半では和歌山県も一部入ってきます。



もう少し詳しい地図がこれですね。
雄大な遠州灘を左手に見ながら国道1号浜名バイパス、潮見バイパスと快適な道路を走って行くと道の駅の標識が見えてきました。



この看板、いつものブルーでなくグリーンですね。
このあとも自動車専用道にある道の駅の看板はグリーンでしたから、そのように色分けしているのかもしれません。
バイパスから案内に従って側道に入って行くと道の駅がありました。


ここの所在地は “静岡県湖西市白須賀(こさいし しらすか)” です。
“白須賀” は東海道五十三次の宿場町として栄えたところで、品川から数えて32番目の宿になります。
宝永4年(1707年)の大地震、大津波で壊滅的な被害を受け、ここ潮見坂上に宿は移転したのだそうです。

西国から江戸へ向かう旅人が、ここで初めて太平洋を望み、富士山が見える場所であり “東海道随一の景勝地” として紀行文や絵画に記されています。



これは安藤広重の描いた “白須賀” の浮世絵ですね。



浜名湖のホテルからは20分で到着しました。
ここは売店やレストランは朝7時半から開いています。
建物は和風の木造建築で、往時の宿場をイメージしているのだそうです。



建物の道路側に何やらあって、おじさんが掃除をしていたので声をかけてみました。



これは足湯です。
10時からなので、今からお湯を入れるそうなんですがおじさんの話によると、この屋根の上に “太陽熱温水器” が設置されていて、そのお湯を使い、温度が足りない分だけを沸かすのだそうです。



おじさん、ご苦労さまです!



潮見バイパスを挟んで遠州灘(太平洋)の眺望を楽しみながらの足湯も、さぞ気持ちが良いだろうと思います。
ここは、この足湯だけでなく太陽光発電、風力発電の設備があり、それでこの道の駅の電力を賄っています。



こちらが風力発電で、まん中の巨大な羽根が勢いよくくるくると回っていました。
まさにクリーンエネルギーを最大限活用した道の駅と言えます。



こちらが道の駅の全体ですが、足湯の横から坂を下ってバイパスの下をくぐると、遠州灘の海岸に出ることができ、オートキャンプやバーベキューの設備も備わっています。



さて、建物に入ってみるとまず情報コーナーがあります。







スタンプもここにありました。
そして、更に入口をはいると手前半分が売店、奥の半分がレストランです。



天井が高く途中に飾りの軒があって、、如何にも和風の造りです。
売店と食堂はそのまま続いていて特に仕切りはありません。



いろんな料理が並んでいて、すべてセルフになっているようです。
9時になったばかりですが、朝食をとっている方たちがちらほらおられました。
ここは立地が良く、眺望もすばらしいので魅力的な道の駅の一つだと思います。

 


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全国有数のサーフポイント!“あかばねロコステーション”

いよいよ渥美半島に入ってやってきたのは
道の駅あかばねロコステーション です。





地図に向かって左側が中部国際空港セントレアのある “知多半島”
右側が “渥美半島” ですね。
渥美半島には3つの道の駅がありますが、最初の道の駅あかばねロコステーションまで、潮見坂から50分ほどかかりました。

“田原市赤羽根町”に は太平洋を望む “赤羽根海岸” が広がっています。
赤羽根海岸は全国有数のサーフポイントであり、世界大会も開かれます。
サーファーの方なら誰でも知っているサーフィンのメッカということになります。





オレンジ色のこの道の駅、とっても目立ちます。



真っ青な空にこのオレンジ色はとっても似合います。
ご覧の通りこの日も、ほとんど雲のないすっきりと晴れ渡った快晴です。





道の駅の正面は太平洋ですが、建物の裏手の入江には赤羽根漁港があります。
早速中に入ってみます。







ここはすごく大きな売り場で、魚介類をはじめさまざまな商品が並んでいます。
サーフィンの本場だけあって、サーフショップも入っています。



これは “大あさり” ですが、私たちが普段目にするあさりの数倍は大きいです。



こんな、あさりの体が書いてありましたが、あまりに細かくリアルに書いてあると、なんだか食べにくくなりますね。( ̄Д ̄;;

ここで少し買い物をしたあと、2階にあがってみました。
2階へは階段と、車いすでも上れるようにスロープがあります。
2階は、広い展望デッキになっているのです。


駐車場の先は公園のようであり、その向こうに太平洋が一望できる恵まれたロケーションです。
ここは2009年3月にオープンしたまだ新しい道の駅ですが、その景観や店舗の規模からみて人気が更に上がってゆくだろうと思います。

 

 


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渥美半島の先端!“伊良湖クリスタルポルト”

渥美半島を先端付近まで走ると
道の駅伊良湖クリスタルポルト(いらご) に到着します。







ここ “田原市伊良湖町” から伊良湖水道を挟んだ対岸の “鳥羽” へフェリーが出ており、道の駅はその旅客ターミナルを兼ねています。



車両の乗船入口もすぐ目の前にあります。



地図で見るとこのようになりますが、“伊勢湾フェリー” が渥美半島先端と伊勢志摩の玄関口である鳥羽をわずか “55分” で就航しています。
伊勢志摩が目的地であれば、陸上を走るよりはるかに時間短縮になりますね。



ご覧のように、“伊良湖旅客ターミナル” と “道の駅” の両方の表示がここにはあります。



玄関から入ったところが、この建物の2階です。





階段を1階に降りたところが旅客のフェリー乗り場で、そこには “やしの実博物館” があります。
3階は “レストラン花岬” です。
そしてここ2階には、ロビーやきっぷ売場があります。





道の駅スタンプは、このきっぷ売場のすぐそばに置いてありました。
この2階には更に、かなり広い土産品売り場があります。







ここにはマスクメロンが海がめに変身する “カメロン” なるオリジナル商品も!(^∇^)

そして休憩所からは、実際に停泊しているフェリーが目の前に見えます。





これが鳥羽と結んでいる “伊勢湾フェリー” です。



そしてこちらは、知多半島に就航している名鉄フェリーの “フラワーライン” です。
他にも、神島港と15分で結ぶ “神島観光船” がこの港から出ています。
この渥美半島自体観光資源に恵まれた場所ですが、更にここを拠点として船旅を楽しむのも良いだろうな、と思います。

さて、ここから再び渥美半島を戻るのですが、途中とても美しい景色に遭遇しました。
次回はそれを紹介しようと思います。

 

 


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渥美半島の絶景!

渥美半島の先端伊良湖から次の道の駅 “田原めっくんはうす” へ戻る途中に出会った絶景を今回はご紹介します。
それが “恋路ヶ浜” と “伊良湖菜の花ガーデン” です。



“伊良湖クリスタルポルト” から “田原めっくんはうす” に向かうには、半島の北側を走る国道259号を辿るルートと、半島南側の国道42号をあかばねの方へ戻るルートの二つがあります。
国道42号ルートの方が若干近いらしく、ナビの指示に従って今来た道を戻りました。
戻り始めて間もなく、来るときには気がつかなかった美しい海岸線が眼下に広がってきました。



丁度道路脇にバス停があり、数台停められるスペースがあったので停車しました。



このバス停、“無料シャトルバス” って書いてますね。
そういえば伊良湖の道の駅で、それらしいバスが停まっていたように思います。
道路を渡った先に下へ下りる小さな歩道がありました。



そこからの眺めがこの海岸なのですが、ここは “恋路ヶ浜” という実にロマンチックなネーミングの海岸なのです。
1kmにわたるこの浜は “恋人の聖地” にも選ばれたデートスポットなのですが、最近命名されたのではなく、江戸時代の和歌にも “恋路ヶ浦” として詠まれています。

ここには悲しい伝説が残っています。
許されぬ恋をした高貴な男女が都からこの地に逃げてきたのですが見つかってしまい、女はこの恋路ヶ浜に、男は裏の浜に引き離されてしまいました。
悲しみのあまり二人とも病気になり、互いの無事を確かめるために大きな声で呼び合っていたのですが、ついに声が絶えてしまいます。
亡くなった後、女は 「女貝」 に、男は 「ミル貝」 になったといわれています。

歩道が更に下に伸びているので下ってみました。
すると小さな公園になっていて、石碑などが建っています。



島崎藤村の “椰子の実” の石碑があり、このような説明がありました。



北マリアナ諸島ロタ島から流した椰子の実の1個がここへ流れ着いたので、記念として植樹したという内容ですね。
そしてここがまた、絶景なのです。







岩礁には海鳥がいっぱいいますね。



さて遠州灘の雄大な景色を堪能して再び走り始めると、今度は広大な菜の花畑が広がってきました。
渥美半島は元々菜の花畑が多いところなのですが、この恋路ヶ浜にほど近いところに “伊良湖菜の花ガーデン” というのがあります。
丁度この日は “菜の花まつり” が開催されていたのです。



今月のスキンにも使っていますが、ずらっと並べてみますね!








おっと、ちょっとしつこいのでこの位に・・・。(^_^;)
この菜の花ガーデン、4haの広さがあり、1200万本の菜の花が咲き誇ります。
開花時期は1月から3月までで、夜はライトアップもされるそうです。
常春といわれる渥美半島ならではの風景でしょうね。

では、道草はこのくらいにして、目的の “田原めっくんはうす” へ急ぐことにします。

  


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人と地域のふれあい!“田原めっくんはうす”

渥美半島最後の目的地は
道の駅田原めっくんはうす です。







渥美半島先端から戻って、あかばねロコステーションを通り過ぎ、途中から内陸方面に入ったところに道の駅はありました。
ここは国道259号バイパス沿いで、結構交通量があります。





“めっくん” というのはこのキャラクターの名前です。



“めっくん” の “め” は “芽” のことです。
花の芽、野菜の芽、村おこしの芽、産業の芽、文化の芽・・・などいろいろな元気な芽を象徴したキャラクターなのです。
たくさんの “芽” を、発展・成長させていく “家” という意味で名付けられたのだそうです。



平日だというのに、広い駐車場はほぼ満車です。
平成4年にオープンした愛知県では3番目にできた道の駅ですが、人と地域のふれあいの場として多くの人々が集まってきます。





道の駅はご覧のような配置です。
入ってすぐのところに広い “休憩・観光情報センター” があります。







壁一面に渥美半島の巨大な地図があり、大型スクリーンがあり、観光地の写真やパンフレットなど中々充実しています。
買い物に疲れたらここで一休みできるのも嬉しいですね。





そしてその先に販売コーナーがあり、更にその先はいくつかのテナントがはいった “ふれあいマーケット”です。



ここ “田原市(たはらし)” は渥美メロンの産地であり、道の駅のデータには1年中メロンを販売している、と書いてありました。
カットメロンでもあれば、と思って探したのですが見つからず、代わりに メロンソフトクリーム を頂くことにしました。



メロンの味がして(当たり前か!)とっても美味しかったのですが、ちょっとここで時間を使いすぎたようです。

ここからは渥美半島を離れ、国道23号沿いの3か所の道の駅を目指すのですが、ものすごい渋滞に巻き込まれる羽目になってしまいました。

 


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渋滞に巻き込まれる!“筆柿の里・幸田”

渥美半島を離れて次に向かったのは
道の駅筆柿の里・幸田 です。



ここからの3か所は比較的近い場所に固まっているのですが、ここまで行くのが大変でした。
国道23号は街の中を走るのでどうしても渋滞します。
しかも比較的新しい道の駅なのでナビに情報がはいっていません。
住所を元に設定しているのですが、目的地付近に来ても看板さえ見当たりません。



走ってきたのは旧23号なのですが、実は他に “国道23号岡崎バイパス” というのがあります。
確かバイパス沿いだったはずと思い近くへ行ってみると、偶然バイパスの高架上に道の駅の案内板が見えました。
一番近いインターから乗り込んで、ようやく道の駅へ到着することができました。
でも、あとでこの案内地図を見てみると、バイパスからでも旧道からでもどちらからも入れるようになっていたのですね。


※すみません、こんなぼやけた写真しか撮れていませんでした。

田原めっくんはうすからここまで、シミュレーションでは55分で到着するはずが、1時間20分もかかってしまいました。
でも渋滞に悩まされるのは、実はこれが始まりに過ぎなかったのです。



バイパス沿いですからこの道の駅、サービスエリアみたいなものです。



ここ “幸田町” は “筆柿” の産地です。



筆柿は、その形が筆に似ていることからこの名がついています。
富有柿や次郎柿より1カ月ほど早く収穫されるので、一足早い秋の味覚として親しまれています。
筆柿の最大の特徴は、1本の木に甘柿と渋柿が混ざっていることで “不完全甘柿” という種類です。
昔は手作業で甘柿と渋柿をより分けていましたが、現在は機械で判別するのだそうです。

そして幸田町はこの筆柿の日本一の産地であり、全国の95%をここで生産します。



とりあえず店内に入ってみます。



道の駅登録証の横に、駅長さんの帽子がかかっていました。





この時期ですから筆柿自体はありませんが、筆柿まんじゅう、筆柿ようかん、筆柿ワインといった加工品はたくさん販売されています。

ここまでで30分近くをロスしたので、さすがに気が焦ります。
ここでの滞在時間はわずか10分で切り上げ、次に向かいました。




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6万石の城下町!“にしお岡の山”

次は距離にして7kmしか離れていない
道の駅にしお岡の山 です。



ここも筆柿の里・幸田と同じく、国道23号岡崎バイパス沿いにあります。
このバイパス、私にとっては “魔のバイパス” に思えました。
動かないんです。
トラックがやたら多い気がしましたが、歩いた方が早いんじゃないか、といった速度しか出せません。
見通しは良いのですが、はるか彼方までこののろのろの車列が続いています。
結局、普通なら10分もかからない7kmの距離に30分かかってしまいました。
これって、平均時速14kmって計算になりますよね。

しかも・・・・・
やっとそれらしい建物が見えてきたと思ったら、道路の右側!!
ずっと先にあるインターでやっと下りて引き返す羽目に!(涙)



(HPより借用)

ご覧の通り実に複雑になっていますから、豊橋方面から来た下り線の人は、ずっと先のインターで一旦下りて、再び反対側の上り線を引き返すことになります。



“愛知県西尾市” は、6万石の城下町です。
そして、“吉良上野介” のゆかりの地でもあります。
“吉良上野介” といえば忠臣蔵での悪役で、最後は炭小屋で赤穂浪士に討たれて果てますが、地元では名君として慕われていたといいます。
塩田開発や治水などの善政を行っており、上野介が一夜で作り上げたとされる “黄金堤” などの史跡がこの地に残されています。



この道の駅の最大のシンボルは、この高さ20mの “風の塔” です。
風力発電だと思いますが、上下二つの羽根が勢いよく回っています。
下に停まっている車と比べるとその大きさが分かりますね。

(HPより借用)

道の駅の全体図はこのようになりますが、“道路情報提供施設” と “物産館・食堂” の二つの建物があります。





手前が “道路情報提供施設” 奥が 道の駅の本体です。






(HPより借用)

道の駅の中はご覧のような配置です。





次の “デンパーク安城” の道の駅へも再び岡崎バイパスに乗らなければなりません。
この時点で既に予定より大幅に遅れていますから、今日の予定9か所を全部回れるかどうか、極めて不安になってきました。
回れなかった時、明日の計画をどう変更するか、あれこれ考えながら、ここの滞在も短時間で切り上げて次へ向かいました。

 


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日本のデンマーク!“デンパーク安城”

大渋滞の国道23号岡崎バイパスを通っての3か所目は
道の駅デンパーク安城(あんじょう) です。





相変わらずののろのろ運転ですが、ここは “和泉インター” でバイパスを下り、5分程の位置にあります。

にしお岡の山の道の駅から10kmなので、事前のシミュレーションでは14分で届くはずが、40分弱かかってしまいました。







道の駅に近付くと付近がメルヘンチックな雰囲気に変わってきます。
道路にこのような洒落た歩道橋があり、それを過ぎたところに入口があります。









この雰囲気、とても良いですね。
遠くに大きなデンマーク風の風車が見えます。





駐車場の回りには、何か不思議なものがずらりと並んでいます。





一番上はソーラー発電だと思いますが、まん中の青い部分がくるくると回っていますから、太陽光と風力をあわせた発電装置なのでしょう。





その奥に見えるのが道の駅の本体です。





実はこの道の駅、安城市が建設した “安城産業文化公園 デンパーク” という広大なテーマパークの中にあるのです。





ガーデニングをテーマとしたこの広大なテーマパークの第二駐車場内に道の駅は作られており、情報コーナーを安城市が管理、産直コーナーはあいち中央農協が管理しています。



“安城市” は愛知県のほぼ中央に位置し、かつては安城ヶ原と呼ばれる荒地だったのですが、明治用水ができてから急速に農業と畜産が発展し、“日本のデンマーク” と呼ばれるほど農業先進地になりました。

安城市が市制施行された昭和27年には人口が3万8千人だったのですが、大都市である名古屋市と30kmしか離れていないことや、有数の工業都市豊田市とも隣接するという地理的好条件が重なり急速に都市化が進みました。

今は農業、工業、商業のバランスのとれた、人口17万人を超す中核都市に発展しています。

このテーマパーク “デンパーク” は勿論デンマークの街並みをイメージして作られています。







道の駅の建物もおそらくデンマーク風なのでしょう。









テーマパークの方は有料です。(大人600円)

今回は時間が無くて道の駅だけしか訪問していませんが、「あすかさん」 などのレポートを読むと、お花がいっぱいで、たくさんの遊具があり、食事やショッピングも楽しめて、1日中遊べるようです。

こんな場所が日帰りで来れる場所にあったらいいな~、と思います。



さて、今日の愛知県の道の駅はここまでで、これから三重県に一気に走り、2か所を回って四日市市内に宿泊の予定です。

時間が大幅に遅れていて現在15時50分、次の道の駅、三重県の菰野は17時で閉まります。
距離が68kmあり、高速を走って1時間5分かかります。

ここまでの渋滞を考えるとまず間に合いそうに無いのですが、その時は明日の計画を練り直す覚悟で、とりあえず走ってみることにしました。



 


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ぎりぎりで間に合う!“菰野”

愛知県の安城市から一気に三重県まで走って向かったのは
道の駅菰野(こもの) です。



道の駅菰野は17時で閉店するので間に合うかどうかは微妙です。
再び渋滞の岡崎バイパスに乗るのかと思ったら、別のルートで高速に向かいました。
豊明ICから高速に入って、伊勢湾岸自動車道を走ります。



伊勢湾岸自動車道は交通量は多いですが、一応普通に流れています。



途中、左手に遊園地が見えました。
このジェットコースター、怖そう!
そして四日市ICで高速を下り、国道477号(通称:湯の山街道)を西へ進みます。



ようやく “1km” の標識が ・・・・・・。
この時点で、16時54分!



到着!
時間は16時56分、閉店の4分前でした!( ̄□ ̄;)!!
何はともあれ、お店に飛び込んでスタンプを探します。
入口付近にあったので、急いでポン!

間に合った~!( ̄ー ̄;
お店の中には、一組だけお客さんがいました。







冷汗ものでしたが、これで翌日以降の負担にならず助かりました。
店内を見て回る時間もないので、外に出てあらためて写真を撮ります。



なつかしいポストがある!





道の駅としては、ごくシンプルですね。
2階は菰野町観光協会の事務所だそうです。

“菰野町” の特産は、お茶、陶器、そして菰野石です。
お茶は良質の玉露、煎茶などで “伊勢茶” の名前で全国に知られています。
この道の駅でお茶のサービスがあると聞いていましたが、この時間ですから仕方が無いですね。
店内の写真に陶器が写っていたと思いますが、良質の粘土を使った陶器作りも盛んです。

そして、造園用の庭石については、道の駅の敷地内にお庭が作ってありました。






菰野は 「菰野石」 と呼ばれる良質の花崗岩を産出し、苔のつきにくい、自然の味わいのある造園用庭石として定評があるのです。

今夜の宿泊は四日市市内なので、ここからだとあまり時間がかかりません。
ここが間に合ってほっとしたので、今日はこれで終わりにしようかと思っていると・・・
「次の道の駅は18時までだから間に合うね!」 と嫁がいいます。

実は計画を練る時にこの日は比較的余裕があったので、3日目の負担を軽くするためにもう一か所 “道の駅関宿” を加えていたのです。
明日に回しても大きな支障はないけれど、計画通りもう一か所行くことにしました。

 

 


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古代三関「鈴鹿関」の跡!“関宿”

2日目の最後の目的地は
道の駅関宿 です。



ここは無理に今日でなくとも良かったのですが、少しでも明日の負担を軽くするためにルートに加えたものです。
四日市ICに戻り、高速を亀山ICまで走ります。
下りは正常に流れているのですが、逆方向の上りは事故があったようで延々と車列が続いています。
四日市ICと亀山ICを往復するわけですから、帰りが思いやられます。



出発して30分強で到着しました。
ここは18時までなので20分ほどの余裕があります。




道の駅は国道1号沿いにあります。
“亀山市関町” はかつて古代三関のひとつである “鈴鹿関” が置かれた場所です。
関所というのは交通の要所に置かれた徴税や検問の為の施設で、古くは飛鳥時代に作られたといわれています。
“古代三関” というのは、飛鳥時代から平安時代にかけ、畿内を防御するために設置された東海道の“鈴鹿関”、東山道の “不破関”、北陸道の “愛発関” の3つをいいます。

その後各地に作られた関所は、織田信長、豊臣秀吉の時代には徹底して廃止されたのですが、江戸時代になり 「入り鉄砲に出おんな」 など軍事・警察の必要性から再び復活したのです。
そして江戸時代、この関宿は東海道53次の江戸から数えて47番目の宿場町として、参勤交代や伊勢参りの人たちで賑わいました。



旧東海道の宿場町の大半が当時の面影をとどめない中、この関宿は唯一歴史的な街並みが残ることから、昭和59年に “国の重要伝統的建造物群保存地区” に選定されました。

上の地図、ちょっと分かりづらいと思いますが、道の駅のすぐ近くにその街並みがあります。
関宿の範囲は東西1.8km、25haの広さで、江戸から明治にかけて建てられた町屋が200軒あまり残されています。
この道の駅にレンタサイクルがありますから、道の駅を拠点に散策することができます。







あたりが少し暗くなり始めていますね。



建物は関宿をイメージしてでしょうか、江戸時代の町屋風の木造純和風造りです。
中に入ってみましょう。







関宿らしく、マットもしゃれています。





そろそろ閉店の準備をされているので、あまり見て回ることもできずお店を離れました。

2日目最後の道の駅をあとにしたのが18時少し前、案の定亀山ICから四日市ICの帰りは事故処理が終わっておらず大渋滞!
この日は最後まで渋滞に悩まされる一日になりました。
予定では30分で届くはずが1時間15分かかって四日市市内のホテルに到着しました。
今夜の宿は、ANAのパックで予約した “四日市都ホテル” です。

チェックインの時、「今日は少し広めのお部屋をご用意していますので・・・」 といわれました。
部屋に案内されてびっくり!



昨日の浜名湖ロイヤルホテルもその広さに感心したのに、更に広くて私たちがいつも泊るビジネスホテルの2倍はあります。
そして、普通のバス・トイレの他にもう一つ独立した化粧室があるのにも驚かされました。
追加料金もなく、得した気分でした。
近くの居酒屋で2日目の無事の終了を祝いました。





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伊賀忍者発祥の地!“いが”

3日目になりました。
この日の最初の目的地は伊賀忍者のふるさと、
道の駅いが です。



最初の2日間は天気に恵まれましたが、この日は天気予報が当たって朝からの雨です。
昨日と同じく四日市ICから亀山ICまで高速を走り、昨日最後に訪れた “道の駅関宿” のちょっと手前から左折して、自動車専用道路である名阪国道25号に乗ります。

“道の駅いが” は、この名阪国道25号沿いにあります。
四日市のホテルから、1時間ちょっとで到着しました。


雨が降っているのでこんな写真しか撮れません。(T▽T;)



この道の駅、どうみたって高速のサービスエリアと同じです。
もともと市営伊賀サービスエリアだったものを、伊賀市と国交省が分担して拡充し、2005年12月に道の駅としてオープンしたのだそうです。


道の駅の表示が確かにあります。
ここ “三重県伊賀市” はご存知、伊賀忍者の発祥の地です。
忍者といえば、ここ三重県の “伊賀衆”、滋賀県の“甲賀衆”、和歌山県の“根来衆”が特に有名ですね。

忍術の起源は諸説あって定かではないのですが、奈良時代以降、寺院や貴族の領地である “荘園” に対し土着の地侍たちが抵抗し、奇襲、錯乱を行ったのが始まりではないかと言われています。
その人たちが霊山などで修業をする修験者や山伏から戦術を習い、独自の忍術を生み出し、戦国時代には情報収集、密偵、変装、呪術、奇術、奇襲、錯乱などを駆使して活躍しました。

この道の駅から15分ほどの距離に “伊賀流忍者博物館” があります。
そこへ行けば、もっと詳しく知ることができそうですね。



ちょうど今、“伊賀上野NINJAフェスタ” が開催されています。
“NINJA” といってもカワサキのバイクではありませんのであしからず!(笑)

伊賀市といえば、伊賀忍者の他にも有名なことがあり、それは “松尾芭蕉” の生誕地ということです。
伊賀上野城下には松尾芭蕉に因んで建てられた “俳聖殿” という建物があり、この道の駅はその八角形の外観を模して造られています。






中に入ってみましょう。




まだ朝早いのでお客さんは少ないですね。



それぞれの建物はこんな通路で繋がっていますから雨に濡れずにすみます。



こちらは食事処の入口です。
牛肉うどんと普通の肉うどんをどう違うんだろう?



9時過ぎたばかりですから、レストランも誰もいませんね。

今日の予定は10か所。
天気は悪いし、おそらく山越えばかりになるだろうから先を急ぐことにします。

 


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素朴な農村地帯!“あやま”

今日からは再び愛知・三重の旅の再開です。
3日目の2か所目に向かったのは
道の駅あやま です。



「道の駅いが」 からは12kmしか離れておらず、15分で到着しました。
ここも伊賀市になります。





相変わらず雨が降っており、空はどんよりとしています。



メインの建物と並んで、弁当屋さんやお饅頭やさんなどいくつものテナントが並んでいます。





このみたらしだんごの幟が目立ちます。
まだ朝早いことと、この雨でお客さんの姿があまり見えませんね。


このメインの建物の屋根は、自然豊かな山の傾斜をイメージしているのだそうです。
この付近、田んぼが広がる農村地域で、自然豊かな静かなところです。



店内に入ってみましょう。







奥が食堂になっていますが、結構広そうです。
手前に見える焼き物は “伊賀焼” で、1200年以上の歴史を持つ国の伝統的工芸品です。
一見岩石のように見える荒々しい重量感がその特徴です。



中部の道の駅はどこも、このような全駅制覇認定証の見本を置いています。
中部は特に道の駅の数が多いから、これを手に入れるのはまだまだ先になりそうです。

この道の駅、休日だとかあるいはお昼時になればたくさんのお客さんが来るのでしょうが、これといった紹介できる特色もみつからず、少し寂しい気がしました。

 

 

 


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森林セラピー基地!“美杉”

次は国道368号を一気に南下して
道の駅美杉(みすぎ) に向かいます。



今日の行程ではここが一番離れているのですが、距離は60km、1時間20分かかりました。
三重県は山の多い県です。
このルートは山また山の山越えコースですが、ちゃんと舗装され2車線あるので走り難さはありません。
途中奈良県の “道の駅伊勢街道御杖” の前を通り、そこから11km、15分ほどで到着です。




ご覧の通り、山深い場所に道の駅はあります。



道の駅の近くにあった道路標識ですが、国道でも “通行不能” ってところがあるんですね!





相変わらず雨が降っています。
山の中の純和風造り一軒家ってところですね。


広い駐車場に停まっているのは私たちのレンタカーのみ。
左奥から何故かミニパトが入ってきました。


“津市美杉町” にあるこの道の駅、看板によるとここは森林セラピーの総合案内所にもなっているようです。





こちらが正面入口です。
そしてその右側には・・・・



材木が置いてあります。
美杉地域の主産業は林業であり、日曜大工などに使う木材を産地直売で並べてあるのです。



正面玄関から中に入ると、左手が食堂、右手が物産販売所です。



もちろん誰もお客さんはいませんね。
そしてこの食堂の脇には和室もあります。





そして物産販売所はこちらです。









これが先程駐車場に看板のあった “森林セラピー基地” なんですね。
“森林セラピー” というのは森林の持つ癒し効果を活かして 「こころ」 と 「からだ」 の元気を取り戻そうという取り組みで、医学的見地からも推奨されています。
美杉地域は 「健康の郷・美杉~都市近郊の癒し空間~」 として、東海地方で初めて認定されたものです。



霧山城址などを巡る森林セラピーロードは距離にして3400m、1時間半のコースで、他にも11種類の森林セラピーロード、まち歩きコースが用意されています。

そしてここには、最初ご紹介した主産業 「林業」 を生かした、たくさんの木工製品も展示されていました。





道の駅自体としてはあまり大きくは無いのですが、都会の喧騒を離れて、“癒し” を味わうには最適な場所ではないかと思います。

 

 

 

 


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久々の難路を走る!“茶倉駅”

次に向かったのは松阪市にある
道の駅茶倉駅 です。



三重県は元々山越えコースが多いのですが、道の駅美杉から道の駅茶倉駅へのルートは、久々に走り甲斐のある(笑)道路でした。



例の “走り易さマップ全国版” からの転載です。
左上にある美杉から右下の茶倉駅を結ぶ国道368号、ぎざぎざですね。
最近はこの地図でぎざぎざの「Dランク」であっても、実際走ってみると既に道路補修工事が終わって奇麗になっているところも多いのですが、ここは正しくDランクでした。

薄暗い山の中の離合不可能な1車線、所々はガードレールが無く路肩が崩れている道を、対向車に出くわさないよう祈りながらライトをつけて走ります。
この区間、16kmと短いので良かったですが、久しぶりの “酷道” を楽しみました。(^_^;)


国道166号(368号と併用区間)にでて間もなく、左に大きく急坂を上ると道の駅茶倉駅がありました。





駐車場は普通車15台、大型車2台分とあんまり広くはありませんが、まずまず停まっています。





駐車場の脇に長い階段があり、上った先は展望広場です。
茶倉駅と “駅” がついていますが、別に鉄道の駅がある訳ではありません。

“松阪市飯南町” は “飯南茶”(伊勢茶) の産地です。
その飯南茶を保管する倉と、CHAKURA(サンスクリット語で「輪」の意味)をあわせ持ち、茶倉にあつまり、ふれあいの輪を広げる、といった意味で名付けられたそうです。

そして松阪といえば “松阪牛” です。
ここは酪農も盛んな地域です。


(A)が道の駅で、(B)が駐車場、その中間にある小さな建物がトイレです。


道の駅は実にシンプルです。
このメインの建物と、隣にトイレがあるだけです。







玄関を入ったすぐのところにスタンプはありましたが、なんだかごちゃごちゃしています。



更に中に入ると、その大半のスペースがレストランです。



外には人影がほとんど無いのに車だけは停まっているな~と思っていましたが、皆さんここで食事をされていたんですね。
ちょうど選抜高校野球をご覧になっていました。



この道の駅は食堂がメインで、物産販売はそのついで、のような気がします。
ここは短時間で切り上げて、次に向かいました。

 

 


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天然温泉が自慢!“飯高駅”

次は同じ国道166号沿いで、8kmしか離れていない
道の駅飯高駅 へ向かいました。








前を走っていたバスがここに入って行ったので、これが道の駅かと思ったら、こちらは “松阪市飯高地域振興局” と書いてありました。
道の駅はこの隣で、敷地は繋がっています。



これはまた、久々にでっかい道の駅です。



“お食事” “天然温泉” と書いてあります。





敷地のずっと奥の4つの屋根の建物は、“山里協同組合” といって、パン屋さんやファーストフードなど4つのお店が入っています。
まず全体がどうなっているかを把握するのに、看板を見てみました。



随分と横に長い施設ですが、今ここから見えているのはその半分だけです。



ご覧のような配置になっていて、その先の半分は “芝生公園” になっているようです。
ここは “飯高駅” と “駅” がついていますが、前回の茶倉駅同様、鉄道の駅がある訳ではありません。
今から1000年ほど昔、この地は “飯高氏” が治めていましたが、当時都と地方を結ぶ公的な交通・通信手段を維持するために “駅” が置かれました。
この “駅” は当初 「馬継所」 として栄え、これが 「伝馬所」 更に 「宿場町」 と発展していったのです。
道の駅の名前は当時の “飯高駅” に由来しています。

この道の駅は平成2年7月に地域の特産物販売所としてオープンしました。
これが建設省(当時)の道の駅構想に基づき、平成5年4月、全国103カ所の施設と共に最初の道の駅として登録されたのです。
ですから三重県ではもちろん第一号ですし、地元では “飯高駅が道の駅構想の基になったのだ” と言われています。

私の知っているだけで “道の駅の発祥の地” と名乗る道の駅が全国に4カ所ほどありますから、この駅もそれに加わることになるのでしょうか?(笑)


まず一番手前から道の駅の中に入ってみます。





入口をはいると正面に “天然温泉いいだかの湯” の玄関があります。
この付近の河原には古くから鉱泉が湧き出ていて地元の人たちはそれを持ち帰って入浴用に使っていました。
いいだかの湯は付近を再掘して高濃度の源泉を確保し、温泉施設を作ったものです。



入口横のテレビで温泉を紹介していますが、ここには11種類18槽の浴槽があります。



(HPより借用)

右半分が “局の湯” 左半分が “赤湯波の湯” といいますが、奇数日、偶数日で男女が入れ替わります。



入口の左側が “レストランいいたか” です。
この地も “松阪市” ですから、当然 “松阪牛丼” や “松阪牛うどん” といった看板メニューがあります。

そして入口右側にはまず “案内所” があります。



道の駅スタンプもここにあったのですが、その上の方には・・・・・・。



有名人らしいサインがいっぱい!!
ここはテレビの取材などが随分たくさんあったようです。



その先には長い廊下があって、体験工房などがあります。
特産品販売所は、この奥を一旦外に出て、この先の建物にありました。







ここは温泉、食事、買い物を楽しみ、更に芝生公園でゆっくり家族で過ごせる、充実した道の駅だと思いました。





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熊野古道伊勢路の玄関!“奥伊勢おおだい”

次は40分ほどで
道の駅奥伊勢おおだい に到着しました。








広い駐車場の奥にあるこれが道の駅の全景です。
ロッジ風の建物と、その左にテント屋根が見えます。
道の駅の標識に、道の駅と大台町役場が一緒に表示されていますね。
道の駅の左隣が “大台町役場” なのです。


これが町役場なのですが、ドーム型のスポーツセンターのように見えますね。


そして右隣はご存知マックスバリュー、ここは町の中心部に位置しています。




早速中に入ってみましょう。





入口を入った右側に60席のレストランがあります。




(HPより借用)

建物の中はご覧のような配置です。
そして左手から出ると、テント屋根があります。



ここは “わいわい広場” といって、まわりに揚げたてコロッケとかソフトクリームとかの屋台があるのです。

この道の駅、“奥伊勢” という名前がついていますね。
伊勢神宮を参拝した旅人は玉城町の田丸で巡礼姿に旅装を変え、熊野古道を通って熊野の山を目指します。
ここは世界遺産である、“熊野古道伊勢路” の玄関口にあたるのです。



熊野古道は本宮道、中辺路(なかへち)、大辺路(おおへち)などいくつものルートがありますが、この伊勢路もその一つです。



大台はかつて熊野の聖地を目指した旅人達の歴史、文化など多くの史跡が残る場所でもあります。

 

 


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えっ!臨時休業! “奥伊勢木つつ木館”

次に向かったのは、わずか4kmしか離れていない
道の駅奥伊勢木つつ木館 です。






道の駅を少し離れて見ると、“瀧原宮(たきはらのみや)” という看板があります。
道の駅のすぐ奥には、こんな鳥居が立っています。



“皇大新宮別宮 瀧原宮(こうたいじんぐうべつぐう たきのはらのみや)” というのが正式な名称で 「天照大神の遙宮(とうのみや)」 ともいわれます。
“皇大新宮” とは “伊勢神宮 内宮”のことで、内宮から遠く離れた場所で天照大神の魂を祀ることを “遙宮” といいます。
44haもの広さがある瀧原宮は神杉の原生林に囲まれ、その地勢が伊勢神宮内宮に極めて似ていることから、伊勢神宮内宮の雛型ではないかともいわれています。



道の駅はそんな由緒正しい神社の門前に建っているのです。




道の駅の敷地内に古い大木が立てられていました。



この木もやはり、瀧原宮の原生林の古代杉の1本だったのだそうです。

さて道の駅ですが、ちょうど私たちが来た時、道の駅正面の看板の付替えらしい工事が行われていました。




偶然珍しい光景に遭遇したものだと思いました。



玄関には3月末だというのに注連縄が飾ってあり、その左壁には・・・・・



“きつつき” がいました。(笑)
この道の駅の名称 “木つつ木館” は、自然の木工師であるきつつきをキャラクターとし、林業、木工業をメインテーマとすることから名づけられています。

店内に入ろうとして、何か違和感を感じました。
そして、この張り紙に気がつきました。



なんと、看板の架け替え工事だけでなく、道の駅全体の改装工事が行われていたのです。( ̄□ ̄;)!!
そして停まってるたくさんの車は工事関係者の車で、店内に見える人影も改装工事の人たちだったのです。







それでも改装中の店内に無理やり入ってみると、入口付近に道の駅スタンプを発見しました。
責任者らしい人に断りを言って、スタンプを押させて頂きました。
とりあえず目的は果たしたものの、店内のレポートは諦めざるを得ません。
中途半端なレポートになったけど、仕方が無いですね。σ(^_^;)

旅から戻って、この道の駅のパンフレットを見て気がついたのですが・・・・・



これがパンフレットに載っていた工事前の姿です。
建物正面の看板は新たに取り付けたようです。
それと右端に写っている三角形の看板も大きく変わっていました。



外観だけでもこんなに変わりましたから、内装がどれだけ立派になったのか、楽しみではあります。





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マンボウの唐揚げ!?“紀伊長島マンボウ”

ようやく内陸部を抜け出し海岸線に出ました。
道の駅紀伊長島マンボウ が、海岸線最初の道の駅です。





ここは “北牟婁郡紀北町(きたむいぐん きほくちょう)” といいます。
平成17年に旧紀伊長島町と旧海山町が合併したもので、“きもちほっとくつろぐ町” という意味も込めて名付けられたそうです。

皆さんはマンボウという魚はご存知ですよね!



背びれから後ろ半分がなくなったような、ユニークな体型が特徴ですね。
このマンボウ、世界中の温帯~熱帯海域の外洋に生息するのですが、大きいものは全長が3メートル、重さ2トンにもなるそうです。
そのマンボウが、この東紀州の近海で獲れるのです。



どうやって獲るかというと、この “大敷網漁” を使います。
これは大型定置網の一種ですが、もともとはブリ、タイ、カマスなどを獲る為の仕掛けで、それにマンボウもかかってくるという訳です。
ですから地元では、“マンボウが獲れるとブリも獲れる” と言われます。

このマンボウ、食べられるのかな?って思いますね。
大型の魚ですが皮が厚い為に食用部分は多くないのだそうで、沖の船の上で解体されてから魚市場に水揚げされます。
身が白くて柔らかく淡白な味であり、刺身や湯引きしての酢味噌和えなどで食べるそうです。
特に “肝和え” が絶品だそうで、そのレシピをご紹介!



さて、本題の道の駅はこちらです。


この頃から雨が特にひどくなったようです。
交通量の多い場所にありますから、雨でもお客さんはひっきりなしに入ってきます。
ここは “熊野灘臨海公園” の中にありますから、広い芝生広場などもあって天気がよければ景色を楽しみながら散策できるはずです。


中に入ってみます。









情報コーナーでマンボウを発見!
マンボウは紀北町の 「町の魚」 でもあるのです。



天井にもマンボウ君が下がっていました。(笑)



そして、マンボウのこわたみりんを発見!
冷凍物だから買う訳にはいかないしな~

この道の駅、貸し切りバスが頻繁に停まるらしく、そのたびに店内は買い物客でいっぱいになります。



この日はあいにくの雨でしたが、翌日伊勢志摩方面に向かう途中にもう一度立ち寄りました。
晴れた日の写真も載せておきますね。



そしてこの時は、外に屋台が出ていました。





マンボウの唐揚げと串焼きが売っていました。(笑)
この屋台、土日・祝日だけ開店するのだそうです。

 

 


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雨の日も安心!“海山”

東紀州のリアス式海岸線沿いを更に30分ほど進んで
道の駅海山(みやま) へ到着しました。





ここは、世界遺産である “熊野古道 馬越峠(まごせとうげ)” の上り口がすぐ近くにあります。


(HPより借用)



熊野の聖地を目指す熊野古道にはいくつものルートがありますが、いずれも険峻な峠を越える、昔の人たちにとっては苦しい道のりだったのだろうと思います。



この地も深い山々に囲まれており、その山は厚い雲に覆われています。




相変わらずの雨の中ですが、ここは駐車場に沿ってこのような屋根付きの通路があるので濡れずにすみます。
この通路を “コロネード” と言うそうですが、元々雨の多い地区なのでお客の便宜を図る為に作られたそうで、こんな日には実にありがたいことです。





コロネードは建物に沿って、一番奥まで続いています。





建物は手前から、“トイレ” “休憩・情報コーナー” “海山町交流ホール” の順番ですが、交流ホールの中に売店とレストランがあります。
最初に休憩・情報コーナーに入ってみました。





外観と違ってなかなか洒落た空間です。
畳敷きのコーナーは “フォトきほく 写真展” と書いてありました。



熊野古道の起点のひとつですから、こんな人形もあります。
今度は一番奥の交流ホールへ入ってみます。







こちらもなかなか洒落た造りの売店です。
建物奥のスペースが食堂になっています。





お薦めは “ぶりてりやき丼” なのだそうです。(笑)

外観は木造平屋建てであまり新しくないイメージでしたが、中にはいると近代的な造りになっていて意外性を感じる、そんな印象の道の駅でした。





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写真を撮るなと怒られる!“熊野きのくに”

いよいよ3日目の10か所目、今日の最後である
道の駅熊野きのくに へやってきました。



道の駅海山からは25km、約30分の道のりです。
ここは “熊野市” であり、霊場熊野三山にも近づいてきました。
この付近、地図を拡大するとこのようになります。



西側にマルで囲んだ “道の駅おくとろ” があります。
おくとろのある “北山村” は三重県と奈良県に挟まれているけど和歌山県に所属するという不思議な、日本で唯一の “飛び地” の村です。
私たちは和歌山県を回った時に訪問したのですが、和歌山側からのルートは、二度と走りたくない、という難所でした。
 ※その時の記事 → 和歌山の旅:二度と通りたくない! “おくとろ”

でも、こちら側からならそれ程厳しい道でもなさそうです。
電子地図帳で調べるとここからの距離は約30kmで、40分ほどで行けそうですね。
これから挑戦する人にはこちらのルートをお勧めします。

それと、左上に “十津川郷” 左下に “瀞峡街道・熊野川” の道の駅が見えます。
いずれも昨年8月の台風12号で甚大な被害を受けました。
特に “瀞峡(どろきょう)街道・熊野川” については建物自体が流されてしまい、未だ復旧の見込みは立っていません。



さて、道の駅への到着は17時少し前ですが相変わらずの雨の為、少し薄暗くなりかけています。



国道42号沿いですが、脇道を挟んだ両側に建物があり、こちらが物産館です。



そしてもう一つがこちらですが、食堂と情報コーナーがあります。
そしてその中間にトイレの建物があります。



このトイレ、見かけは古そうですが、こんな表示が・・・。



ちゃんとウォシュレットがあるんですね!(笑)




最初に物産館の方に入ってみました。





カウンターの脇にあったスタンプをまず押します。


でも、ゴムがすり減っていてこんな具合に!(x_x;)
仕方が無いので、小さいのを横に押して、これで道の駅の名前は分かるか・・・・。

そして店内を見て回ると・・・・



やはり、熊野古道に関したグッツが多いですね。
いつものように店の中を物色しながら珍しいものでもないかと探していました。



すると突然!!
「お店の中の写真を撮らないで下さい!!」
女性の店員さんに一喝されてしまいました。Σ(~∀~||;)ガーン!

これには驚きました!
今まで数か所の道の駅では、「写真撮影をご遠慮ください」 といった張り紙のしてあるところがあり、勿論そこでは写真を撮ったりはしません。
何の表示もなく、突然怒られたのは初めての経験でした。
気まずい雰囲気が流れ、私たちは何も買わず、すぐにお店を出ました。



隣の建物に行くと、まずレストランがあります。
そしてその隣が休憩所兼情報コーナーになっているようです。



やはり熊野古道や熊野三山に関する資料がたくさん並んでします。
(ここは誰もいないので遠慮なく写真を撮りました。笑)

そしてここでも道の駅スタンプを発見!
こちらは末尾に掲載しているように、立派なスタンプです。
最初にこちらへ来ればよかった!(´_`。)

今夜の宿泊はこの熊野市にあるホテルで、ネットで探して予約したものです。
今回の4泊5日のうち、3泊はANAの航空券とセットになっているホテルから選んだのですが、この地区には該当するホテルが無かったのです。
この道の駅の壁にこれがありました。



これが今夜泊るホテルなのです。
ここから15分と書いてあるので一安心。
ナビが途中で違う道に誘導したのでちょっと道草をしてしまったのですが、17時半、無事に “ホテルなみ” へ到着しました。



予想に反して比較的新しい建物で、部屋もきれいだし食事も良かったので満足しました。
ちなみに朝夕食付二人で15000円とリーズナブルでした。

翌朝撮った写真がこれです。





ここは名勝地 “鬼ケ城” にも程近く、お薦めのホテルだと思います。

 

 


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日本の渚100選!“パーク七里御浜”

4日目になりました。
宿泊したホテルを出て20分弱で
道の駅パーク七里御浜(しちりみはま) へ到着しました。



4日目の予定は三重県の道の駅を2か所訪問したあと和歌山県に入り、新しくできてまだ訪問していない2か所の道の駅を回り、そのあと一気に来た道を戻って伊勢志摩まで走ります。
道の駅の数は少ないけど、走る距離は今までと変わりません。






道の駅はやはり国道42号沿いですが、国道の向こうには熊野灘が一望でき、美しい海岸線が広がります。
この海岸線を “七里御浜” といい、美しい砂利を敷き詰めたような浜で、“日本の渚100選” にも選ばれています。
海岸線の写真がないので、パンフレットから借用!



この海岸は、“世界遺産熊野古道 浜街道” でもあるのです。
熊野古道といえば険しい山道が大半ですが、厳しい山岳地帯を越えてようやく平坦な道に至り、この浜街道を通って巡礼者は最終目的地熊野三山を目指したのです。



この道の駅への到着が朝の8時17分、開店は9時ですからまだ閉まっています。
和歌山を回って再びこの道を戻り、午後に再度立ち寄りましたので合わせてレポートします。

道の駅があるこの場所は御浜町立阿田和中学校の跡地で、その移転に伴い昭和63年にショッピングセンターを中心とした複合施設 「パーク七里御浜モール・ピネ」 として再開発されました。
その後、平成6年に道の駅として登録されたものです。




ここから先は午後に再度訪れた時の写真です。
道の駅の建物の前にみかん及びその加工品の直売所があります。
“南牟婁郡御浜町(みなみむろぐんみはまちょう)” は、“年中みかんのとれる町” がキャッチフレーズです。
季節により “温州ミカン” “ポンカン” “伊予柑” など、様々な種類のみかんが味わえるのです。





階段を上がったところが道の駅の入口です。



いつもの認定証は、前に色んなものが置いてあるので半分しか写りません。(^_^;)



建物の外観は正直なところ、ちょっと古ぼけているな、といった印象だったのですが、中に入るとディスプレイなど中々のものです。
中二階のようになっていて、レストランは最上階の3階にあります。





入口付近は名産品などの物産館になっていて、ずっと奥がショッピングセンターになっているようです。
あまりに広いので、奥までは行きませんでした。

この七里御浜の海岸では、夏場になると “大海水プール” が開設され、そこに真鯛を放流して “魚と一緒に泳ごう大海水プール” として開放されるそうです。
夏場には更に多くの家族連れで賑わうことだと思います。



 

 


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泳ぐ海がめに出会う!“紀宝町ウミガメ公園”

次は、わずか4kmしか離れていない
道の駅紀宝町ウミガメ公園 にやってきました。







ここは8時半のオープンですから既に開いています。
そして、昨日一日中降り続いた雨が嘘のように、今日は朝から上天気です。

国道42号沿いに、この目立つウミガメのモニュメントがあります。
道の駅の前の熊野灘 “井田海岸” には毎年5月下旬から8月上旬にかけて “アカウミガメ” が産卵にやってくるのです。
“南牟婁郡紀宝町” では全国で初めて “ウミガメ保護条例” が制定され、ウミガメ保護監視員の皆さんが海岸のパトロールを実施しています。





道の駅は中央に道の駅本体の建物があり、左手青い部分は “ウミガメ資料館” と “ウミガメプール” です。



道の駅本体を拡大するとこのようになっています。
中央入口から入って右手、情報提供休憩コーナーに道の駅スタンプはありました。





スタンプは先客がありました。(笑)
ここは2階が軽食コーナー、3階は展望テラスになっています。



1階の物産館にはさすがにまだお客は少なく、果物類の運びこみや陳列をやっている最中でした。
この時間、まだ9時前なのでがらんとしていますが、午後から再び立ち寄った時には駐車場はほぼ満杯、お店の中もごった返しの状態でした。



国道から入った左手には、先程紹介した “ウミガメ資料館” があります。
そして更にその先にあるのが “ウミガメプール” です。



こちらは9時からなのでまだ開いていません。
でもせっかくここまで来てウミガメを見らずに帰る訳にはいきませんから、午後からの帰路にもう一度立ち寄りました。
それがこちらの写真です。



ウミガメ資料館は資料の他、ウミガメグッツを販売しており、こんなバカでっかい “オサガメ” のはく製があります。
ガラスケースの上に乗っている普通のウミガメと比べてその大きさが分かりますね。
そしてウミガメプールの方へ行ってみると ・・・・・。





ウミガメが跳ねるとバシャ、と水しぶきがかかります。
ここには直径6mと3mの大小二つの水槽があります。
写真はありませんが、階段を下りて行くと水槽の中を横から見ることもできます。



アカウミガメは一度に120個ほどの卵を産みます。
産んだあとには丁寧に砂をかけて覆い、卵を狙う鳥たちを欺く為に、他の場所にも穴を掘るのだそうです。

産卵から60日前後で卵を割って子ガメが生まれます。
地中から這い出すのに3日から7日もかかり、地上に出ると一目散に海に向かって走ります。
海に出た子ガメは黒潮にのって餌の豊富なカリフォルニア沖を目指します。
再びそのウミガメが日本に戻ってくるのは10年から20年後であり、無事に大人になれる子ガメは5000匹の内の1匹なのだそうです。

壮大な命の営みに、神秘さを感じます。

 

 


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世界遺産のまち!“なち”

折角三重県の南の端まで来たので県境を越えて和歌山県に入り、新しくできてまだ訪問していない道の駅を2か所ほど回ることにしました。
その1か所目が世界遺産の町 “那智勝浦” にある
道の駅なち です。







熊野三山といえば “熊野本宮大社” “熊野速玉大社” “熊野那智大社” の3つのことで、全国に3000社ある熊野神社の総本山です。
人々はこの熊野の霊場を目指して熊野古道の険しい道のりを何日も歩き通し、熊野詣を果たしてきました。
2004年7月にユネスコの世界遺産に認定されましたが、その “熊野那智大社” が、ここ那智勝浦にあります。



ここはその那智大社や那智の大瀧の玄関口に位置しますが、JR那智駅に隣接しています。


世界遺産のお膝元だけに建物も荘厳な造りです。







中心に “世界遺産情報センター” と “丹敷の湯” という温泉施設があり、その左手がトイレ、右手に “JR那智駅” があります。





駅舎はこれも社殿風の建物ですが、ここは無人駅です。
かつては賑わったらしいのですが、熊野観光の玄関口を那智勝浦駅に譲り、現在は特急も停まりません。



駐車場の端に “農産物販売所” がありますがまだ閉まっています。



全体の配置がこちらです。
ここへの到着が9時半だったのですが、開店時間は10時になっています。
仕方が無いのでそれまで待とう、ということにして付近をうろうろと時間をつぶしていました。



すると誰かが世界遺産情報センターの建物に入って行くのが見えました。
あれっ?と思って行ってみると、とっくに開いています。
農産物直売所が10時開店で、ここは8時半からだったようで、時間を無駄にしてしまいました。



入口に世界遺産らしいパネルがあります。





2階が温泉ですが、こちらは13時から22時までの営業です。



3月なのでお雛飾りと、それにサッカーの資料が展示されています。
実は日本サッカーの父といわれた中村覚之助の出身地がこの地なのです。
そういえば日本チームのシンボルは足が3本のカラス “八咫烏(ヤタガラス)” で、それはここ熊野の伝説のカラスでしたね。

道の駅スタンプを押していると、そこにおられた町の観光課の職員らしい方が、色々と世界遺産について説明をしてくれました。
那智の滝は、昨年の台風12号の被害で滝壺に巨岩がいくつも落ちてきて、無残なことになっているのだそうです。
その方のお薦めで、世界遺産の情報センターに入ってみました。







パネルや資料がたくさん並んでいるその奥に、大型ディスプレーがあり映像で那智の世界遺産の紹介を見ることができます。
10分程度だったと思いますがとても迫力ある映像でした。



燃え盛る巨大な松明を神社に奉納する火祭りが圧巻でした。



その火祭りに使う松明の実物もここに展示されていました。

ここからは、もう一か所の新しい道の駅 “瀧の拝太郎” に向かうのですが、戻ってきてから那智の滝を見て帰ろう、ということにしました。

 

 

 


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オープン予定の道の駅!“瀧之拝太郎”

県境を越えて和歌山県の2か所目は
道の駅瀧之拝太郎(たきのはいたろう) です。





この道の駅がオープンすることを今回の旅行の直前に知って、急遽目的地に追加したのです。
廃校になった旧小川中学校の跡地にこの道の駅はあるのですが、不思議なことに道の駅に認定されたのは2010年8月、そして2011年3月からスタンプラリーだけが始まり、正式なオープンは2012年3月末の予定なのです。

つまり、私たちが行った3月24日はまだ正式オープンをしていないのです。



ご覧のように、ゼンリンから出ている 「道の駅旅案内全国地図」 の平成24年度版には既に掲載されています。
私たちがその存在をしったのも、この地図を見たからです。



ここは “瀧の拝” という景勝地に隣接していますから、これをナビに入れるとほぼ間違いなく案内してくれます。

道の駅なちからは国道42号を串本方面に南下し、串本の少し手前から右折して古座川の町の中を抜け、途中大きな橋を渡ると左が “道の駅一枚岩”方面 、右が “瀧の拝” 方面の案内があります。
ほぼ奇麗な道路ですが、ごく短い区間で狭い箇所がありました。



そしてこの看板を発見!
白いシールがかぶせてありますが、よく見ると ・・・・・・。



肉眼だと見えたのですが、写真ではちょっと厳しいですね。
左端に道の駅のマークがあり、「道の駅瀧之拝太郎」 と書いてあります。
ここから3kmです。

勇んで先へ進んだのですが、目的地の寸前のところで道路工事にぶつかりました。
そこから迂廻路の橋を渡り、川沿いに進むのですが、これはすごく狭い!
2~300mほど先に7~8台ほど停められる駐車スペースがあり、そこが “瀧の拝” でした。
道の駅なちから、1時間5分で到着です。

あとで知ったのですが、道路工事は大規模な土砂崩れがあったからのようです。





道の駅はここから橋を渡った先にあるようです。
この橋の下がまさしく “瀧の拝” ですが、これには感動しました。





以前 “一枚岩” の道の駅へ行った時もその迫力に驚きましたが、ここも大自然のすごさを感じます。
ここは古座川の支流なのですが、川床がすべて床岩で、大小様々なポットホール(岩穴)で覆われています。

橋の上からも写真を撮ってみました。





こちらが上流です。



そしてこれが下流になります。
夏場になると滝壺にアユが密集し、連日釣り人で賑わうのだそうです。

さて、橋を渡った先に目的の道の駅はありました。




予想通りまだ工事の真っ最中で、駐車場の整地さえ終わっていません。
でも、その手前にもう一つの建物があります。





ここは “小川総合センター” といって、町役場の出張所と僻地診療所がはいっています。



僻地診療所というのは月に1~2回しか開かないのですね。
それにこの日は土曜日でしたから役場もお休みという訳です。
でも、その閉まった玄関の前にこれがありました。





道の駅のスタンプも道の駅登録証もここにあるのです。
スタンプは1年前からこうして置いてあるのですね。
道の駅自体が出来上がってないのにスタンプだけを置くというのはどうか、という気はするけど、まあとりあえず1か所制覇、ということでいいか!(^▽^;)

それにしてもこの道の駅、3月末オープンとネットには書いてあるけど、建物はともかく道路が通じるのかどうか、極めて疑問です。
事実、これを書いている5月下旬の時点でも、ネットでは 「24年3月オープン予定」 のままですから、果たして正式オープンしたのかどうかが分かりません。

 

 


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悠久の聖地!“那智大瀧”

和歌山県の新しい道の駅2か所を制覇する目的を果たしたので、三重に戻る前に
那智大瀧(なちのおおたき) に立ち寄りました。



瀧の拝から今来た道をひたすら戻り、道の駅なちを通過してしばらく走ると熊野三山のひとつ “熊野那智大社” への参道に入ります。
“熊野那智大社” は海岸から7kmほど離れた “那智山” の中腹にあります。

道の駅瀧之拝太郎から1時間10分ほどの道のりでした。

参道には土産物屋さんが並び、民間の有料駐車場がいくつもありますから、その一つに停めました。



ここからちょっとだけ坂道を戻ると、那智大瀧への入口があるのです。



紀伊半島は古来より日本の宗教・文化の中心的な存在であり、“吉野・大峯” “高野山” そして “熊野三山” という3つの大きな霊場があります。
その熊野三山の一つがここ “熊野那智大社” です。

平安時代以降、都に住む上皇が熊野三山を順拝する “熊野御幸” が毎年のように行われました。
これにはたくさんのお供がつくのですが、これが社会風習化して、大勢の人々が “熊野詣” を目指すようになりました。
京都から舟で淀川を下り、大阪の窪津で上陸、紀伊半島西岸を南下し田辺から東へ進み、紀伊山中の“熊野本宮大社” を参詣します。

本宮から熊野川を小舟で下り、河口部の新宮にある “熊野速玉大社” に参詣。
それから海岸沿いに南下し、浜ノ宮から内陸部にはいって “熊野那智大社” を目指す、というのが一般的なルートで、京都から12日ほどかかったといわれます。
この間すべて “歩き” で、肉や魚などの生臭いものは厳禁だったといいますから大変な旅だったろうと思います。



私たちが停めた駐車場から坂道を上れば “熊野那智大社” 、下れば “那智大瀧” に行けます。
不信心な私たちは、那智大瀧だけで済ますことにしました。(;^_^A



道路が大きくカーブしたところにこの石段と鳥居があり、これが那智大瀧への入口です。





この鳥居をくぐった先の長い石段を下りて行かねばなりません。



この石段、下から眺めるとこんなに長いのです。
そして、大瀧に到着しました。





那智大瀧は那智山の原生林を水源とする高さ133メートル、幅13メートルの日本一の大滝で、滝そのものが信仰の対象になっています。
那智山には4つの渓流が流れていて多くの滝があり “那智四十八滝” と呼ばれます。
その一の滝にあたるのが、この那智大瀧なのです。



ここには熊野那智大社の別宮である “飛瀧神社” があり、お札などを買うことができます。



滝の銚子口を見上げるとしめ縄があります。



滝壺は深さが10mあるはずなのですが、その付近はこのようになっています。



大きな岩石がごろごろしており、何やらがれきみたいなものも転がっていますね。
これがなちの道の駅で観光課の人が言われていた “無残なすがたに・・・” ということでしょう。



川底にショベルカーがあり、復旧作業の最中のようでした。

さて、時間もあまり余裕がなくなったので熊野をあとにすることにしました。
ここから、伊勢志摩まで距離にして約180kmを一気に走るのです。
13時半に大瀧を出発し、途中ウミガメ公園、パーク七里、紀伊長島マンボウと3つの道の駅にちょっとだけ立ち寄り、目的の “伊勢志摩ロイヤルホテル” に到着したのは18時20分でした。



そういえば今回は1泊目もロイヤルホテルでした。





明日はいよいよ最終日を迎えます。


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ホテルの窓からの絶景!“伊勢志摩”

最終日である5日目の朝を迎えました。
本日最初に向かうのは
道の駅伊勢志摩 です。



最終日の行程はまずホテルから近い道の駅伊勢志摩を訪ね、次に伊勢神宮をちょっとだけお参りして、一気に愛知県に戻ります。
愛知県の残った2か所を回るだけですから道の駅の数としては少ないのですが、今日もかなりの距離を走ることになります。

朝起きて、ホテルの窓からの景色に驚きました。
今月(5月)のブログのトップ写真にも使っていますが、見事な絶景が広がっていました。



“パールロード奥伊勢ライン” の “的矢湾大橋” が真下です。
左奥に “志摩スペイン村” が見えます。
ここは “的矢湾” ですが、右奥の湖は “伊雑ノ浦” といいます。


これが “的矢湾” の方角、そして下の写真が “伊雑ノ浦” です。





ホテルは “伊勢志摩国立公園” のほぼ中央に位置します。
“伊勢志摩国立公園” は昭和21年に戦後初の国立公園として指定されました。
志摩半島やこの的矢湾付近は入江が複雑に入り組んだリアス式海岸を形作っています。

志摩半島は陸地が長い年月で沈降し、河や谷だったところに海水がいりこんで、この複雑な海岸線を形成しました。
逆に “的矢湾” や “英虞湾” などは隆起海触台地なのだそうです。
リアス式海岸ができた経緯は違っても、いずれも見事に美しい景観をこの地に与えてくれていると思います。



ホテルから道の駅伊勢志摩までは、ほんの15分で到着しました。



国道167号からほんの少し高台に上った見晴らしの良い場所に道の駅は建っています。





大きく二つの建物があり、左側(上の写真)が道の駅本体で、右側(下の写真)が物産館です。
いずれもスペイン風の建物ですね。
伊勢志摩にはスペイン村もあり、何かスペインと繋がりがあるのかもしれません。

開店の9時前に到着したのでしばらく待つと、9時と同時にスピーカーから歌が流れ始めました。
いずれも古い歌ばかりで、私の時代のだ~(笑)





道の駅の本体は主に農産物の直売所の雰囲気です。
ここで道の駅スタンプはゲット!

お隣の物産館に移動します。



この物産館には土産物屋さんのテナントが入っています。





伊勢志摩の特産品から海産物まで様々な商品があります。
最終日でもあり、今日は行程に少し余裕もあるのでいっぱい買い物をしました。

この伊勢志摩国立公園、ほんの一部しか見ることができませんでしたが、本当はもっと素晴らしい景色や観光施設がいっぱいあります。
数日じっくりここに滞在してそれらを巡ったら、さぞや楽しいだろうと思います。





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再び愛知県へ!“立田ふれあいの里”

三重県は全駅制覇が済んだので、次は一気に愛知県へ戻り
道の駅立田ふれあいの里 を目指します。



でもせっかく伊勢志摩に来ているのに、何も観光をしないのも癪です。
伊勢神宮だと高速に乗る少し手前だし、素通りする訳にもいかないだろうからと、外宮(げぐう)だけちょっと立ち寄ることにしました。
道の駅からは30分で到着しました。
駐車場にはたくさん並んでいたけど、ふと横をみると “無料駐車場” の看板が!
時間が限られているようですが、すんなり停めることができました。



日曜だけあって、多くの参拝客があります。





荘厳な建物が並び、この鳥居のような門をくぐるとお参りができます。
この中は撮影禁止になっていました。
わずか30分の滞在だし、お賽銭も少ししかあげなかったから御利益は期待できないな!(;^_^A

そしてすぐ近くの伊勢西ICから高速に乗り、東名阪自動車道 弥富ICまで走ると道の駅はまもなくです。
伊勢神宮から2時間強かかりました。



周りが田んぼののどかな所に道の駅はありました。



この道の駅がある “愛西市” は愛知県の最西端に位置します。
今回の2日目に近くを走ったのになぜ寄らなかったかというと、木曜日が定休日だからです。
それにしても “愛西市” て良い名前ですね。
“あいさい弁当” も売っていましたよ!(笑)



駐車場でこんなクルマを発見!
これって、現役で走っているってことなんですね。
これと同じ車を四国の道の駅に展示されているのを見たことがあります。
もっともそれは “木炭車” でしたけど・・。(笑)





こちらが道の駅ですが、石積みに黒い塀の “水屋” をイメージしているのだそうです。
水屋というのは母屋とは別に石垣の上など高いところに作った家屋で、普段は倉庫として使い、水害などの時の避難場所になったそうです。

 

それにしてもこの空の色、伊勢志摩の青空と打って変わって黒い雲が覆っており、なぜかすごく風が強くて寒いのです。





建物は横に細長いのですが、このように通路があって、いろんなお店が並んでいます。



一番奥にはレストラン!
その手前がパン屋さんで、更に手前には・・・・





“はす工房” と書いてあります。
愛西市は国内でも有数のレンコンの産地です。
なんでも、近江地方を旅した住職が蓮の花の美しさに感動し、その種を貰って帰り育てたことが始まりなのだそうです。
ですから、この道の駅の名物としては “レンコンソフトクリーム” “レンコンチップス” “レンコンコロッケ” “レンコンどら焼き” など、様々なレンコンの加工品があります。

産直コーナーに入ってみました。







ここにもやはりレンコンの加工品が多いですね。



無事にスタンプもゲット!
では、今回の最後の道の駅へ向かうことにします。

次回がこのシリーズの最終回です。





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1300年の焼き物職人文化!“瀬戸しなの”

いよいよ最終回になりました。
道の駅瀬戸しなの が最後の目的地です。



弥富ICから再び高速道路に乗り、名古屋市街地を走る自動車専用道路を大森ICまで走ります。
大阪でもそうだったけど、大都市の都市高速ってすっごく緊張します。
福岡はまだまだ規模が小さいから大丈夫なんですけどね。(;^_^A

都市高速を下り、一般道を20kmほど走ると目的の “瀬戸しなの” です。
かなり手前から道の駅の案内がいくつも設置されているので安心ですね。



予定では50分で着くはずが、一般道の渋滞なんかもあって1時間20分もかかってしまいました。
道の駅へ到着すると何やら大きなイベントが行われているようで、通常の駐車場ではなく奥にある広い未舗装の空き地に誘導されました。





実はこの日は、道の駅がオープンして1年目の “1周年祭” が行われていたのです。
ですから通常の駐車場をつぶしてたくさんのテントが張られ、いろんなお店が出店しています。







道の駅の入口付近にはステージがあり、生バンドの演奏が行われていて、賑やかさを更に盛り上げています。



ここ “瀬戸市品野町” はご存知の通り1300年もの歴史をもつ陶磁器の町です。
その焼き物を作る職人さん達によって、様々な伝統文化が育まれてきました。
「せともの」 は陶磁器の代名詞にさえなっていますね。

この道の駅、全体が写っていないので分かり難いと思いますが、まずレンガ張りの大きな煙突がシンボルです。
上の写真の生演奏の向こう側に少しだけ見えます。
そして建物自体もやきもの工場をイメージして三段屋根になっています。



これが全体の配置図ですが、図面下の部分が道の駅本体です。
駐車場を挟んだ向こう側に “品野陶磁器センター” があります。

(リーフレットより借用)

この航空写真を見ると分かり易いですね。
この日は中央の駐車場がイベント会場になっているわけです。




“品野陶磁器センター” の入口には、このようにでっかい瀬戸物の壁画があります。
中に入ると1万点以上もの作品が展示されており、陶芸教室やガラス体験も行われています。
この中はさすがに 「撮影禁止」 ですから写真は撮れません。



道の駅スタンプは道の駅本体の建物の、情報コーナーにありました。
その前がトイレなんですが、トイレの壁もこんな風に・・・・。



いろんなところに瀬戸焼が使われていますね。
そして、道の駅のお店に入ってみました。





外のテントも人が多かったけど、お店の中もすごい人だかりです。

実はこの道の駅、駅長さんがこのアメブロでブログを書かれています。
  → 「道の駅 瀬戸しなの」駅チョのつぶ毛

私とは相互読者でもありますから、会って行くことにしました。
“駅長室” と書かれた部屋で、「テントの付近をうろうろしてますよ!多分瀬戸焼そばのところにいるんじゃないかな?」 という情報を貰い、行ってみました。



“瀬戸焼そば” といえばB級グルメの定番ですね。
鹿児島黒豚などを使い、“素材A級のB級グルメ” といわれています。
焼そばのスタッフの人にどなたが駅長さんか教えて貰い、声をかけました。
数日前にメッセージのやり取りもしていたのですぐに分かって頂きました。

大変気さくな方で、あれこれ話がつきず、最後に記念写真をお願いしました。
駅長さんに了解を貰って、(速報)でも紹介しましたね。



左側が駅長の中島さんです。
このユニークな服装がまた良いですね!(笑)



駅長さんは道の駅のリーフレットにも登場されていますが、普段はこの格好なのかな?
中島さんのブログを読むと、本当にいろんな工夫を積み重ねておられるのがよく分かります。
道の駅瀬戸しなのが元気なのは、そのあたりに理由があるようです。



さて、先程まで暑いくらいに晴れていたのに、急に黒い雲に覆われてきました。
そしてクルマに乗りこむときには何と激しくあられが降ってきて驚きました。( ̄□ ̄;)!!
この日の愛知県は、本当におかしな天気だったと思います。

これで愛知県も全駅制覇を果たしたのですが、先程駅長の中島さんから聞いた、「もうすぐ県内にもう1か所の道の駅ができるんですよ!」 という言葉が気になります。(^o^;)

この後、知多半島の中部国際空港を目指したのですが、ナビのデータが古くて新しい高速道路が入っておらす、途中間違った方向に進んでしまって冷汗をかきました。(><;)

19時に中部国際空港を離陸し、20時20分福岡空港に帰還。
走行距離1380kmの旅を終了しました。

今回をもって愛知・三重の旅のシリーズを終わります。
最後までのお付き合い、有難うございました。