つまらない本
その本は人気がない。ある男の日常を描いただけの穏やかなものだから仕方ない。けれどいるのだ。その本を投げ捨てたりぎゅっと抱きしめたり。そんな方たち をそっと手招きし、手を引き連れて行くあの人の部屋。ただいま。目覚めぬ主に帰るかつて逃げ出した人格たち。おかえりなさい。#twnovel
船
俺は昔、船だった。ここに来るたび公園のベンチは海の話をしてくれる。遭難したこと、それから怖い船長のこと。あの頃はどこにでも行けた。世界一、自由 だった。懐かしそうに語る彼に時々貝や珊瑚を届ける。それくらいしかできない。海は干からび消えたことなど届けることはできない。#twnovel
万華鏡
万華鏡を作って。幾つもの硝子の破片を渡された。また壊してやったわ。つまりこれはお嬢様へ向けられたどなたかの恋心。お嬢様は時折、恋心の屍をお持ちになります。万華鏡が出来上がるとくるくる回し、飽きたと棚へ並べる。一番綺麗な形で留めていること、知らぬはずがございません。#twnovel
そびれる
明日から出すはずの本気を出しそびれた結果、彼女にフラれ雨にもフラれ。「ついてないな」、そう言ったのは俺じゃない。目の前には親父。死んだはずの。 「縄跳びにも入れなかったよな」って余計なお世話。何してんだよと聞いたら「成仏しそびれて」ってもちろん電車も乗りそびれて。#twnovel
15時
扉を激しく叩く音。ヤツと俺とは敵同士でね。そういう時代だった。爺ちゃんはそう教えてくれた。爺ちゃんは婆ちゃんと出会って幸せを知ったって。一番辛い のは叩く扉がないことさ。そう言って穏やかに死んだ。今日も扉は叩かれる。毎日大体同じ時間。憎しみを静かに飲み干す午後3時。#twnovel