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新潟市の北東約六〇キロにある関川村

   新潟市の北東約六〇キロ離れた地に関川村はある。この村の中央を荒川が横断している。春が訪れると荒川は雪解け水で冷たい流れに表情が変わる。

 

   昭和四十四年のそんな春のある朝、一人の中学生が荒川に掛かる小見橋を渡り、村の中心地の高台にある関谷中学校に向かっていた。その中学生は、三年生になったばかりの十五歳である。大きく開かれた眼差しはやさしく澄んでいる。口元は顔全体の優しいイメージとは対照的に、彼の内面の頑固さを表していた。体つきはがっしりとしている。

   彼は県道から村の中心地の商店街通りに入るために左に曲がった。道の両側に聳え立つ樹齢数百年の杉の木の下を軽快に走り去る。商店街のメインストリートに入ると、派手な黄色の外壁の役場が右に見え、左には重要文化財の渡辺邸が重厚な趣を辺りに醸し出していた。

   一人の女子中学生が、荒川の堤防の方角から俯き加減でやって来た。その少女は、細いあごと白い肌、切れ長の澄んだ目が特徴で、右目の下にほくろがあった。髪は真ん中で分けられている。卵に目鼻という言葉があるが、少女はまさにそれだった。黒い瞳は憂いを含んで静かに輝いていた。

   少女は荒川の堤防の側に住んでいた。家族は他に父と母がいる。父は昔、東京で仕事をしていたが、知人の新興宗教の勧誘から逃れるため、最終的に関川村に住み着いた。母はこの村の出身でピアノ教室を開いている。少女もピアノを弾く。夜になると少女が弾く音が戸外に漏れて来た。

   自転車に乗った彼は少女に気づいて会釈した。少女も頭をさげた。彼は自転車を加速させ、右に曲がり、急な坂道を登りきり、中学の門を通り過ぎたころ、早鐘のように打っていた胸が静まるのが判った。

 

   この二人が最初に出会ったのは、昨年の五月、薫風さわやかな日だった。扉を開けて入ってきた少女に、音楽準備室にいた彼はあっと息を呑んだ。「今日から入部します」と先輩女子から紹介されて、少女は微笑をしながら挨拶をした。彼は急に胸が締め付けられる思いがした。その日から、早一年近く経っていたが、出会いの衝撃は密やかに燃え続け、冷めることがなかったのだ。

 

   放課後、彼がピアノの側まで来ると、準備室のドアが開いた。

「富士夫さん今日は!素晴らしい詩、ありがとうございます」

   星富士夫に高田倫子が頭を下げながら言った。顔を上げると頬が真っ赤に染まっていたが、富士夫の目をしっかり見詰めている。尊敬と憧れに満ちた眼差しであった。倫子は二年生でパーカッションが担当だ。詩とは、萩原朔太郎の『中学の校庭』である。富士夫が昨日、クラブ活動終了後、黒板に書いた。倫子はその詩をノートに写したのだった。

   音楽準備室に富士夫が入っていくと、石井二郎がバスを吹いていた。富士夫の姿を見るとマウスピースから唇を離した。

「ムイシュキン公爵、元気?」

   と二郎は『白痴』の主人公の名前で呼んだ。

「まあね、あ、そうそう、レコードありがとう」

   富士夫はフォークルセイダーズのレコードを出した。二郎はカバンにレコードを入れ、代わりに一冊の本を出した。表紙には『ニーチェ』という文字が刻印してあった。

「僕の今一番好きな本だ。神は死んだというのがテーマだ。読んだらいい」

   富士夫は二郎の唐突な発言を理解できないまま礼を言った。二郎は読書家で未知の世界への探究心が旺盛だった。

   ドアが開いて女子中学生が入って来た。富士夫が登校時に出逢った少女だった。

「文子さん、ピッコロの腕が上ったみたいだね」

   二郎が声を掛けると、目が生き生きとした光を放った。宮本文子は富士夫や二郎より学年が一つ下だ。二年生になった途端ピッコロに代わり、猛練習の成果が出て来たのか、厳しい萩原先生から叱咤されなくなって来た。文子はピッコロを棚から出してきた。窓際の長い机の上で、黒色のピッコロをケースから取り出した。布でひとふきすると、唇に押し当て吹く。澄んだ高音がこぼれ出てきた。文子は基礎練習を行うと出て行った。富士夫は文子がピッコロを吹くと胸が高鳴った。そして、不思議な感情に襲われた。以前は一つの楽器に過ぎなかったピッコロが、文子が吹くと気持ちをかき乱した。富士夫は病気ではないかと自分を疑った。 


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ピッコロとピアノが得意な天使

   関谷中学のブラスバンド部は総勢三十二名だ。女子生徒が圧倒的に多い。富士夫の入部動機は女子生徒が多いというのが第一理由だ。また、トランペットのソロを吹く先輩の姿を見て、『脚光を浴びたい』というのが正直な心であった。だから入部の時、音楽が好きだという純粋な発想は二の次であったが、幸い願った通りになった。二年になるとトランペットのファースト奏者に抜擢された。その後頭角を現し、中学の歴代奏者としてはトップレベルまで登った。

   部が中学校の行事のために活躍する場は決して少なくない。毎週の月曜日の朝礼では、校長の訓示を盛り上げるファンファーレや、表彰が行われる場合は受賞者を称え、生徒の入退場に行進曲も演奏する。夏は野球部の応援で遠隔地でも出向く。秋は陸上の地区大会で活気を与えるためにさまざまな曲がグランド中に響き渡るのだ。

   萩原先生は練習中は厳格であった。しかし、その厳格な指摘のためにあげる声は感情的に炸裂することはなかった。この日の練習曲は『星条旗よ永遠なれ』である。萩原先生が譜面台の端をたたくと、高田倫子がピアノに駆け寄り、鍵盤を何度か鳴らした。チューニングが始まった。

   いよいよ曲の練習である。マウスピースに唇をつけると、富士夫は萩原先生を見た。萩原先生は勢い良くタクトを振り始めた。前奏は華々しい力強さに満ちている。富士夫は歯切れの良いタンキングで勇壮な金属音を響かせた。

   前奏が終わると、大きな広場で小気味の良い踊りが行われているようなメロディーに変わる。富士夫は楽譜に目を走らせながら、右手で三本のピストンを軽快に操っている。唇とピストンの絶妙な動きで作り出された歯切れの良い音は、他の楽器の音色と重なり合いながら、音楽室の窓ガラスを震わせた。

   曲の表情は変わっていく。トロンボーンの重厚な安定感のある音が、トランペットの華々しさとは違う趣で主旋律を響き渡らせた。

   トリオが始まった。雷鳴のように激しい和音が展開される。大地を揺るがすような大太鼓の鼓動、バスの雄叫び、クラリネットやトロンボーンの悲痛な音が聞こえる。富士夫のトランペットも高音から低音に急降下した。各楽器が何回かその急降下を繰り返し、やがてスローテンポになり、全体の音が小さくなった瞬間、トリオの前で演奏されたフレーズが再び始まった。それは、さっきの何倍かの迫力で豪華に威風堂々に奏でられた。唇は高音を出し続けることには耐えられない。少しの油断で違った音程になってしまう。富士夫は極限の肺活量を駆使しながら、萩原先生のタクトに神経を集中させていた。

   その時、大河のメロディーの遥か上空に、ひばりのさえずりが聞こえて来た。その心に響く音は文子のピッコロだ。富士夫の胸は、締め付けられるような高鳴りに翻弄された。そのメロディーは、自由自在に飛び回る愛くるしい小鳥のように軽快で屈託がない。いや、弾ける初夏の活力のようだ。

   トリオはピッコロのさえずりが最高潮に達した時に終わった。萩原先生は再び勢い良くタクトを振った。前奏である。富士夫はまた歯切れの良いタンキングを繰り返した。ピッコロの音が頭の中に余韻として残っていたが、胸の高鳴りは徐々に納まっていった。やがて先生のタクトが曲の終わりを宣言した。

   今日の練習は、『星条旗よ永遠なれ』の完成度を高めることに終始した。五時過ぎになると楽器を片付け始める。準備室で富士夫は練習で酷使したトランペットを点検しクリームを塗った。背後では文子がピッコロを磨いている。文子の体温が伝わってくるようだ。そして、出逢いからの文子に対する不思議な感情は、今、富士夫の心の中にはっきりと『好きだ』という言葉を浮かび上がらせた。それは霧の中にあったものが、輝く陽光の下に真実の姿を現したかのようであった。富士夫は傾きかけた太陽の光線が窓の外のグランドや小高い山の裾野に射しているのを、経験したことのない感覚を持って凝視していた。そして未知の世界の鼓動が聞こえたようにも思えた。富士夫は夕暮れのグラウンドの風景から目をそらすと楽器の蓋を閉めた。

 

   六月のある日、富士夫は自分の部屋で、文子のかんばせが心の中に現れるとため息をついていた。戸外はすっかり深い闇に覆われている。富士夫は物音を立てないようにして飛び出した。自転車は学校へ向かう通学路を軽快に走った。

   深呼吸をしてみた。胸の動悸は一旦治まるかのように思えたが、またすぐにぶり返した。小見橋を渡りきると、自転車は左へ曲がり堤防の上を走った。富士夫は自分が今何をしているのだろうと自問自答しながらペダルを踏み続けた。

   やがて堤防の側に立つ二階建ての家が富士夫の目に映じてきた。耳を澄ますと、ピアノの音が聞こえてきた。富士夫は近くまで行くと、自転車から降りた。 

   ピアノの旋律は聞きなれたものだった。文子が音楽室で時々練習している曲だ。富士夫はその音色に文子の内面を見るような気がした。魂の強烈な叫びのようでもある。富士夫は深い感動を覚え感性が激しく揺さぶられていった。

   富士夫は家の周辺を徘徊した。自転車を置いた場所から家の前を通り、下関に行く小道を少し歩くと、大きな桜の木があった。そこで踵を返して自転車のところまで戻ってくる。そして何度も往復した。

『僕はどうしたら文子の心を掴むことができるのだろうか?』

   ここに来てもう三十分は経ったであろうか。突然ピアノの音が途絶えた。富士夫はその時自転車の側まで来ていた。しばらくすると、二階の部屋の明かりが灯った。文子の姿が白いカーテンを透して見える。富士夫はそのカーテン越しの天使を凝視していた。同じ姿勢のまま体中が痺れていくような快感を味わっていた。

 

   文子の家から帰る道すがら富士夫は考えた。そうだ手紙を書こう。

   しかし、手紙を投函したのは、真夏の太陽が村の大地を焦がし始めた七月中旬であった。手紙の内容の一部は、濫読してきた古典小説の少々センチメンタルな台詞を真似して書いている。

『・・・・・・この手紙を書き始めると落ち着いてきました。少しずつ焦りが消えていくようです。そうです、あなたへの思いが、やっと表現できるからです。かわいい美しい素敵な文子さん。僕は恋愛と文学について無知な頭で考えてみました。いったいどちらが大切かと。あなたに出逢うまでは、女性というものが人格を高めてくれるものとは思っていませんでした。ただ文学のみが人間を変革していくものと思い込んでいたのです。しかし、今、やっと自分の浅はかさに気づいたのです。文学だけでは明らかに観念の世界を容易に越えることはできません。僕は今まで頭の中で行動し、頭の中だけで結論を出してきたようです。・・・・・・必要なのは現実の大地の上で、自分を絶えず変革していくことだと思います。

・・・・・・僕が欲しいのはあなただ、ということがはっきり判ったのです。小説を閉じて、生き生きとした現実の世界に飛び出したくなったのです。文子さんがとても大好きです。愛しいと思う気持ちに、毎日さいなまれています。どうかこの気持ちをご理解ください。

・・・・・・小学生の頃、確かに僕は子供らしくなく偏屈な男の子でした。他の子供たちは快活でお喋りでした。周りの人たちは、彼らの方を僕より大切にしているのが良く判りました。それでも全世界の人を愛したいと思っていました。しかし、誰一人僕を理解してくれませんでした。そこで憎むことを覚えてしまいました。そんな少年時代は、自分自身と世間とに対する意味のない病的な戦いのうちに、過ぎ去ってしまったのです。・・・・・・そして、ある時を境にこっけいな役を演ずるようになりました。それは確かに居心地の良いものでしたが、寂しさは計り知れないものでした。そんな時、あなたが救世主のように現れたのですね。こっけいな役を演ずる僕を、あろうことか尊敬の目で見詰めてくれたのはあなただけでした。・・・・・・この出逢いは表現できないほど僕を幸福にしてくれるのです。文子さん、愛しています。どうか僕の率直な告白を理解してください。そして、いつか返事をください。待っています』 


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心で演奏すること『音楽は人なり』

   明日は終業式である。今日は部の練習は休みだった。放課後、富士夫は石井二郎、三浦敏男、川内裕と中学の裏山に登った。

   彼らは全員クラスが違う。富士夫と二郎は部の活動を通しての友人だが、あとの二人は二郎が富士夫に紹介した。二郎は富士夫に思想的影響を与える人物であった。また、独特の短歌も作っていた。三浦敏男は農民詩人のような素朴な詩を作った。川内裕はホラー小説を書き、老練な知恵者のような話し方には不思議な魅力があった。

  ある時、ノートが回ってきて四人はリレー小説を書いた。富士夫はドストエフスキーに魅せられてからは、いつか人を感動させるものを書いてみたいと思っていた。だからせっせと書いた。そして、ノートが回るたびに友人の文章の技量に感嘆と尊敬の念を抱いた。

   標高数百メートルの裏山の山道を登り始めた。灼熱の太陽は西の空に向かっている。しばらくすると誰もが汗ばんできた。頂上に着くと、南の方角にはゆるやかにつながった飯豊連峰の峰々が見えた。秘境と呼ばれるこの連峰は、放牧場のようななだらかな尾根が特徴で、山麓のブナ原生林、高山植物の群生が見られる。振り返ると関川村の中心に向かっての眺望が四人の目を楽しませた。北に光兎山、北西に朴坂山などが存在を主張していた。これらの山々に囲まれて関川村は箱庭のように美しい。

「僕はこの村を出て東京の高校に行く」

   二郎は眼下の荒川や田園風景を眺めながら言った。

「東京か、俺は跡取りだから高校出て酪農をやる。富士夫は決めたのか?」

   と敏男は富士夫の肩をたたいた。

「僕は次男だから自由だけど、両親は堅い仕事が希望だから高専を受ける」

   川内裕は小石を拾い眼下に向かって無造作に投げた。

「俺も敏男と同じだ。農業をやる。二郎、それに富士夫もいずれは東京へ行くのか。うらやましいことだ」

  と裕は正直な気持ちを吐露した。

「いや、東京に行っても辛いことが多いだろう。きっとこの村に帰りたいと思う時が来るはずだ。荒川の清流の音がどんなにいいか」

  と二郎は妙に確信を持って言い放った。

「そうかもしれない。でもさ、俺たち離れ離れになっても、この四人の不思議な絆を忘れることなくまた逢おうぜ。幾つになっても友達でいたくないか?」

  と敏男が問いかけると全員が賛同した。

「富士夫、お前好きな子がいるだろ?」

  と唐突に二郎が聞くと、富士夫は顔を赤らめながら立ち上った。

「僕の好きな萩原朔太郎の詩を言うぜ。

われの中学にありたる日は

色めく情熱になやみたり

いかりて書物をなげすて

・・・・・・はるかに青きを飛びさり

天日直射して熱く帽子に照りぬ

現在の心境はこの詩のようだ」

「富士夫が恋している子は、ピッコロとピアノが得意な天使だ」

   と二郎が言うと敏男と裕も興味津々の顔をした。

「お前の気持ちを彼女は知っているのか?」

   と裕が尋ねた。

「ああ、手紙を書いた。まだ返事は来ていない」

   富士夫は恥ずかしそうにして草むらに座り込んだ。

「愛しつつ二人で互いに生きがいを感じること、それこそ天上の喜びと言わねばならぬとゲーテの言葉があるが、そのようになれば素晴らしい。僕だって好きな子がいる。クラリネットを吹いている子だ。まだ気持ちを話していないが・・・・・・」

「それは誰?」

   と富士夫は問い詰めた。

「西村智子だ」

   二郎が好きになるタイプとしては想定外の女子で、富士夫は吃驚した。敏男は西村を知らなかったが、裕は同じクラスなのでやはり吃驚してつぶやいた。

「二郎は西村のことが好きか。それは吃驚だ。ナイーブな子だ」

「ナイーブと言えば文子さんもそうだな。裕も敏男も彼女を知らないが」

   と二郎は言い切った。

「つまり二人とも、ナイーブさにまいったわけか?」

   と敏男が言うと皆の笑いがはじけ、眼下の美しい荒川まで響き渡っていった。

 

   今年、萩原先生と部員たちはある決意を持って夏休みの練習に励んでいた。それは関谷中学校始まって以来の演奏技術力を持つ部が、十一月に独自の第一回定期演奏会を大成功させることだった。

   六月のある日、萩原先生からこんな提案があった。

「今日は大事な話をしておきたい。・・・・・・関谷中学のブラスバンド部が始まって以来、独自のコンサートを一度もやったことがない。やはり練習を重ねて、聞く人にその成果を問うということは、吹奏楽に携わるものとして一番大切なことだと思う。しかも今回がその第一回目と言うのは非常に意義が大きい。回を重ねるごとに、第一回目のメンバーたちは、最高の演奏をしたと言われるような演奏会をやりたい。俺にとっても、諸君は新しい伝統を築くための一番のメンバーだと確信している。諸君が俺の提案に賛同してくれれば嬉しい限りだ。しかしだ、進学を控えた三年生は、受験勉強に大変な差し障りが出てくる。また、全体的に言えるのは夏休みがなくなることだ。これらの困難があっても、諸君がなお中学生時代に音楽の世界で金字塔を作りたい、という気持ちがあるならば俺について来てくれ」

   音楽室の中にどよめきが起こった。

「結論は急がない。三日後にまた聞くから良く考えてくれ」

   楽器を片付けている時、二郎は富士夫や三年生の数人に向かってこう言った。

「中学生活での歴史的な第一回定期演奏会をやるかどうかだ」

 

   三日経った。富士夫の脳裏には『中学生活での歴史的な第一回定期演奏会をやるかどうかだ』という二郎の言葉が残っていた。今日の練習曲は『祝典行進曲』である。萩原先生が生徒たちを見渡した。

「練習に入る前にこの間の件について聞きたいが、良いか?」

   緊張が走る。やがて、全員の賛成の手が挙がった。

「ありがとう。しかし、皆に申し訳ないと思う。特に三年生には迷惑をかけることになるがよろしくお願いしたい。いずれにしても、どうせ挑戦するなら金の思い出を作ってもらいたい」

   拍手が沸き起こった。萩原先生の顔が輝いている。

「では練習の前に、音楽をやるものとしての一番大事な心構えを話しておきたい。それは心で演奏するということだ。技術だけでは深い感動を与えることはできない。では心で演奏するというのはどういうことかと言うと、人間性で演奏することだ。その人間性を磨く一番の秘訣は、常に他人のために尽くすという生き方にある。そしてそういう人間に成長することである。言い方を変えれば誰からも好かれる人間に成長することだ。そのためには苦労をしなさい。苦労を買ってでもしなさい。そういう人間が楽器を奏でると感動を与えることができる。だから音楽は人なりと言うのだ。諸君はこのことを常に忘れないで練習に励んで欲しい。以上、俺の持論はおしまい。それでは練習に入ろう」

   富士夫は目が覚めるような思いがした。富士夫の入部動機は女子生徒が多いことやトランペットで目立ちたいというのが正直な心であり、音楽が好きだという純粋な発想は二の次であった。しかし、今日の萩原先生の言葉に、打ちのめされる思いがした。『音楽は人なり』という言葉が、しばらく頭の中で暴れまわっていた。他の部員たちもそうだった。そして、この日以来、部員たちの練習姿勢は見違えるほど変わった。そして技術の進歩もスピードを上げた。


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奥付



愛する青春のふるさと


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著者 : 三輪たかし
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