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【カンファレンス②】

自動ドアが開いて、白衣の若い女性スタッフが入ってきた。

「先生、準備が出来ました、オペレーションルームへお越しください。」

「有難う、すぐ行く。」

「ムースのくせして内部構造を持ってるようだ、ここにある大型の閉鎖型MRIで、解析してみようと思う。君も立ち会うか?」

「遠慮しときます、どうも昔から実験は苦手で・・・。」

ノートパソコンの電源を落とすと、画面を閉じて脇に抱えた。

 

「ところで先生、さっきの成分構成比は?」

「――人体のそれと同様ってことですわ。」

黒いムースのガラス容器を持ち上げながら、女性スタッフが呟いた。

「人体・・・?」

「つまり証言した3人は、その時、人体そのものに包まれていた、抱かれていた・・・とも言える、化学的にはね。」

「時間があるなら、ここで少し待っててくれないか、久し振りに一杯どうだ・・・30分も掛からないと思うから。」

そういいながら、女性スタッフと共に慌しく部屋を出て行った。

 

15分後だった、部屋の外を何人かがバタバタ走り回る音がする。

「逃げられた!捕まえろ!」大勢のスタッフが走りながら叫んでいる。

バイオアラートのフラッシュが点滅し、自動再生の警報がアナウンスされた。

悲鳴の混ざる喧騒の中に、さっきの研究員の声が聴き取れた。

「常温超流動・常温超伝導――なんじゃ、こりゃ!」

ラボに響き渡る大声だった。 

 


【ハワイ】

超高層リゾートホテルに宿泊した経験はありますか?

貧乏旅行者にとっては、身の程を知らない話ですが、ホノルルのベネトン・ハワイアン・ブリッジに4泊した経験があります。――それも都合2回計8泊。

 

家族3人見事に時差ボケで、チェックインまでの時間をホテルのコートでフラフラしながら過ごしていますと、一人だけ元気なかみさんが、上空を指差して何か言っています。

「ほら、あのホテル――なんか変じゃない?」

正面のスペクトルタワーは、このホテルのシンボルで昔から有名ですが、かみさんが指差しているのは当時建設中のリアカタワーの外壁です。

「あれ、手の形じゃない・・・ぼんやりと解りにくいけど。」

眠気眼に薄目を向けると、ほぼ完成したベージュの外壁に、うっすらと巨大な手のひらが見て取れます。

「最初から、そのつもりでデザインしているのかしら?だったらお洒落よねえ――。」

「そんな筈ないだろ・・・手のひらのデザインなんて聞いたことないよ、光線の具合や塗装の濃淡でそう見えるんだ、日本じゃないんだからジロジロ見て注意されたら、説明できないだろ。」

建築士を生業とする立場上、家族に対しても、不確実な判断はできません。

フロントでチェックインを済ませる時刻になると、陽が西に傾き、タワーの外壁も亜熱帯の夕日を浴びて真赤に輝いてきました。

「やっぱり、光線の具合ね――今は何も見えないわ。」

  


いくら高級リゾートといっても、そこはハワイ・・・温泉や大浴場はありません。

然るに“日本のおとうさん”の行動パターンは相変わらず、部屋に入るなり風呂ということになります。

 浅くて長いバスタブに、顔をしかめながらお湯の蛇口をひねります――。

 「何だこれは!」――おもわず大声を上げてしまいました。

 水圧が低くて、バスタブに湯をはるのに時間がかかるのは、よくあることで我慢できるとしても、湯に浸かりながらホノルルの夜景を見ようと、せっかく楽しみにしていた浴室の窓ガラスに、こともあろうにべたべた巨大な手形が踊っています。――外側から付着しているらしく、シャワーで流しても一向に落ちません。

腹立たしくて、フロントに連絡して日本語の話せるスタッフに来てもらいました。

「窓の汚れを落としてくれ――。」

「申し訳ありません、屋上から清掃用のゴンドラを降ろさなければなりませんので、すぐには・・・。」

「だったら、部屋を替えてくれ――。」

「まことに申し訳ありません、本日は満室で・・・。」

「大体、誰が残した手形なんだ?」

「当ホテルの、作業員だと思いますが・・・。」

「縦横30cmの馬鹿でかい手をした作業員が何処にいるんだ!イエティ(雪男)でも雇ってるのかこのホテル!」


ハワイにイエティはいないが、30cmの手のひらを持った作業員なら、案外いるかも知れないということで、その場は収まりました。

レストランでディナーを楽しみ、部屋に帰って寛ぐと、忘れていた時差ボケがぶり返し、3人ともそのまま寝床に就いた、その深夜のことです――。

足首を何かに掴まれた痛みで目が覚めました。

いきなり強い力でベッドから引っ張り落とされ、床を引き摺られて、窓際の家具の角にいやというほど股間を打ち付けられました――。

得体の知れぬ気味悪さと、強い恐怖心が全身を駆け抜けました。股間の痛さに耐えかねて悲鳴を上げても、相手は構わず引っ張り続けます。

だんだん意識が薄れるその刹那、掴まれた足首が僅かに緩んだ瞬間、なんとか振り払って立ち上がり、部屋中を飛び跳ねました。

異常に気づいてかみさんがベッドから身を起こします。

「――明かりを点けろ!」

ベッドサイドスタンドの明かりに透かして見ると、僅かに開いたテラス窓の隙間から、外の闇が長く伸び、先端が人の手のひらの形になって、再び私の足首を掴もうと狙っています。

「――こいつかあ!」

言うが早いか逆に相手の手首を掴むと、体を回転させて腕を捻じる、あのプロレス技に倣って一気に締め上げます。

8回転ほど回ったところで――ボキ!バキ!と大きな音をたてて闇の手が引きちぎれました・・・・・・。

 

さっきと同じ日本人スタッフを前にして――。

「窓の手形の犯人はこいつだ、君やホテルに責任はない、さっきは酷いことを言った、申し訳ない。」

「お詫びに、この闇の手を提供する、好きに使って欲しい。」

「オプショナルツアーで明日の朝が早い、我々はまた寝ることにする・・・真夜中に有り難う。」

「いいえ、仕事ですから・・・・・・。」

闇の手を両手で抱えたホテルスタッフは、ポカンとした顔で部屋を出て行きました。

  


ホノルルの朝は、乾いた山風で夜が明けます。

昨日かみさんが指差したホテルの壁も、爽やかな朝日を一面に浴びて、手の形が一層鮮やかです。

――ホノルル空港からビッグアイランド(ハワイ島)を目指します。

9・11以降、ドメスティックエアラインの、セキュリティチェックが殊更厳しくなったのに閉口しながら、黒砂海岸・溶岩ロード・キュラウェア噴火口・マカデミアナッツのプランテーションと、ハワイ島お決まりのコースを順に廻り、家族3人大いに満足して――夜遅くホテルに帰ってきました。

 

フロントでキィーを受け取り部屋の前まで来ると、驚いたことに半分開いたドアの両側に、銃を構えた兵士が二人怖い顔で警備をしています。

オドオド中を覗き込むと、昨夜の日本語スタッフが出てきて――。

「――お客さん、お帰りをお待ちしていました。」

「どうしたんだ?この兵隊さんは――。」

「この部屋は、今当局の管理下にあります・・・・・・昨日の件で。」

「昨日の件って――あの闇の手のことかあ?」

「そうです、気味が悪いから今朝警察に提出したんです、そしたら――。」

「当たり前だ、つまらん物をバカ正直に届けるからだ。それで我々はどうなるんだ、3人とも疲れて帰ってきてるんだ・・・。」

「スペクトル・タワーに替わりの部屋を用意しています、お荷物もそちらに移しました。何か残ってるといけませんから、一応中をチェックして下さい。」

 



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