閉じる


ある夏の天神かくし・追兎電鉄物語

表紙画像

ある夏の天神かくし・追兎電鉄物語

 

レイアウトストーリー・追兎電鉄物語

 

ある夏の天神かくし

 

YONEDEN

 

うさぎ うさぎ

おつきさま みてて

ななつき よなか

おやまの ぶたい

おどって はねて

おほしが おりて

のぼって きえた

うさぎ うさぎ

おつきさまに すんで

もちついて はねる

うしろのあな みるな

てんじんさま かしこ

 

 これは僕の街、氷庫県宝西市に伝わる「うさぎさま」という童謡である。

 この歌は、宝西市の子供は皆、小学校の時に習う童謡だ。

でも今は教育課程が変わり、英語だのなんだのと習うものが多く、今時の子供が習っているかどうかは分からない。

 が、きっと副読本にはまだ載っているはずだ。

 

 この追兎電鉄新宝塚駅から、その『うさぎさま』に出てくる「舞台」が見える。

 急峻な天神山の中腹からせり出して作られた舞台のような古いお堂は、「おおぶたい」と呼ばれる。

 そのお堂へは、麓の追兎天神社の社殿から崖を登っていくと行けるらしいが、山自体が禁域で入域禁止になっている。 

 お堂には、7月末と1月末の「おおまつり」の時だけ明かりが灯る。

 その「おおまつり」の時は、朝から山伏姿の人々が山に入り、夜は舞台で神楽舞が舞われる。そのとき明かりが点くのだ。

 この町の人々は、荒々しく霊験あらたかな岩肌を昇って行く彼らの姿を拝みつつ、日々の無病息災を願う。

 ただ、この山には、その霊験と荘厳さとともに噂がある。

 神かくしの噂が。

 

 

 天神山近く、蝉時雨の声に包まれた夏の宝西高校。

 こんな学期末近くだというのに 僕のクラスに転校生が来た。

『小萩 御矢子』

 電子黒板に、彼女は教師のような手馴れた手つきで鮮やかに名前を書いた。

「しつも~ん。宇宙人とか、未来人とか、エスパーじゃないですよね」

 クラスの連中から、とあるアニメにかけた冗談が飛んで、皆笑う。

 しかし、小萩さんは真面目に答えた。

「私たちは、あいにく、そういうのではないんですよ」

 その丁寧な答えに、また笑いが起きたが、一瞬の後、皆がその言葉の妙さに気づいた。

 あれ? あれれ? たちって?

 皆、その言葉の訝しさに真意をはかりかねたが、彼女の更に丁寧で慎ましい「よろしくお願いします」の声に、促されるように頷くしかなかった。

 

「同じ方向へ帰るんですかね。あ、僕、外薗って言うんだ」

「ええ。外薗さん、ですね。名前覚えましたよ」

 僕の名前を繰り返して、小萩さんは微笑む。

 その小萩さんと、僕の幼馴染の海子と3人で、高校の最寄り駅の新宝塚駅へ向かう。 

 校門の横から出て、ひまわり畑の脇沿いの道が駅への近道だ。

 青く澄み切った昼下がりの空の下、ひまわり畑の前あたりで加速しながらスムースにカーブしていく追兎電鉄の列車を見送る。

 

 海子がその運転席に向かって手を振ると、運転士が軽く手を振り返す。

 追兎電鉄では、運転操作に支障がない限り、手を振り返す事と決まっているという。

 

 いつもながら、そんな見飽きない鉄道の魅力ある風景。

 

 

 僕らが乗る電車は、天神山のトンネルから出てきて新宝塚駅のホームに入る。

(緑滝・緑沢橋梁)

 

 新宝塚駅を出ると、電車はひまわり畑のカーブから亀岡の周りを回り、緑滝の前を短い鉄橋で過ぎる。

 そして追淵(おいぶち)という湖の上を鉄橋で渡り、追山のトンネルに入っていく。

 

 新宝塚駅には、信号所とホームの間に大きな構内踏切がある。この新宝塚止まりの電車があるため、そこで交代する乗務員用の踏切だ。

 出発信号の赤が灯り、ホームに電車が停まる。

 

 人々が乗り降りする中、構内踏切が鳴り出し、すべての出発信号に灯っていた赤灯の片方が青になる。進路が開通したのだ。

 運転士がそれを指差喚呼し、戸閉合図を受けて、マスコンを引く。

 小ぶりな電車が、堂々と走りだす。

 それと交錯するように、電車がまた到着する。

 

 そんな日常が続いたある日。

 幼馴染の海子が、学校を休んだ。

 それが、さほど日も経たないうちに、神かくしの噂になった。

 原因不明の病気でどこかに入院しているのではとか言っていたのが、いつのまにか、天神社の近くで見たのが最後で、そのあと行方知れず、警察に捜索届けを出したがさっぱり見つからないという、神かくしの噂になっていた。

 僕は、ケータイに届いていたメールに気づいた。

 海子からのメールだ。

「さがさないで うみこ」

 そんな! 冗談にしたってほどがある!

 

 その時、小萩さんが僕を呼んだ。

 

 彼女は校内でも人目のつきにくい、体育倉庫に僕を引き入れた。

 倉庫の薄明かりのなかで、目の前に立った小萩さんは、あまりにも魅力的だった。

 僕の胸はドキドキしても不思議ではないシチュエーションにも、そうはならない。

 言い知れぬ複雑な思いに僕の心は波立ったまま、彼女の言葉を待った。

 彼女の口から、こんな言葉が出た。

「『神かくし』なんて存在しないわ。私の主はそんなことを許さない。

 私の主の名誉のためにも、探しに行きましょう」

「主って? それに、行くってどこへ?」

 小萩さんは、静かに低い声で言った。

「天神山へ」

 絶え間ない蝉の鳴き声の下、僕らは追兎天神社の麓社殿周辺をウロウロ探し回った。

「海子ー」

 夏の盛り、強い日差しが鮮やかな緑の木々で木漏れ日に変わる境内を、そう叫びながら、石灯籠の中を覗き見た。

「いくら海子さんが小さくても、そんなところに入りようがないでしょ」

 小萩さんがツッコむ。

「そうですよね」

 しかし、こんな冗談めいた事でもしないと、不安で息が詰まってしまいそうなぐらい、とても息苦しい。

 そのときだった。

「あっ」

 見つけてしまった。

 社殿につながる塀にある門が、半分開いている。

 少し薄暗い所にあって、いつもは固く閉ざされている門が半開きになっているのは、独特の不気味さがあった。

 一瞬たじろいだが、僕は勇気を出して、木の門扉をそっと開け、中に滑り込んだ。

 入ってしばらく歩を進めると、そこに、しめ縄の飾られた洞窟があった。

 洞窟があるなんて!

 神隠しの噂は、本当だったのか?

 洞窟内を慎重に進む。

 心細いケータイバッテリーのLEDの灯りが、湿気の多いジメッとした洞窟に描かれた古代の壁画を照らし、浮かび上がらせる。

 そうか、この山は古墳だったこともあるんだ、と僕は思った。

 そのときだった。

 足音が追いかけてきた!

 圧倒的な不安に急き立てられ、歩を早める。

 一瞬、振り返りそうになる。

 そのとき、頭をよぎったあの歌。

 

 たぶん、あの童歌のとおりだ!

 振り返っちゃダメなんだ!

 

 唇をかたく引き結び、先へ進む。

 光が射している方向に向かって、いちもくさんに歩む。

 岩の隙間から、あの舞台が見えた。

 

 空に浮かぶような、あの「おおぶたい」。

 外は、すっかり夜になっていた。

 舞台で、巫女姿の誰かが舞っている。

 その巫女の向こうに、流星雨の夜空へ登る階段がみえた。

 

 舞っているのは、巫女装束の、海子だ!

「行っちゃダメだ!」

 思わず叫んだ。

 海子は、気づいたようで一瞬振り返り、そして、フッと消えた。

 

 ほぼ同時に、僕らがいる洞窟の暗がりに、彼女が座っている。

 僕がそれに気づくと、彼女も顔を上げた。

「なんで! なんで外薗がここにいるのよ!」

「だって! ずっと君を探してたんだよ!」

「探さないで、ってメールに書き置いたじゃない!」

「そうはいかないよ! だって、君は」

 その先の言葉が続かない。

「私は知ったわ」

 小萩さんが、流星雨を見上げて、言った。

「外薗さん、あなた、もうすぐ手術なのね」

 なぜ分かったんだ? 誰にも黙っていたのに!

 そう。僕は、ちょっと大きな手術を控えていた。

 身体が弱い僕は、幼い頃、他の元気な男の子たちとは一緒に遊べなかった。

 唯一、遊んでくれた隣の家の海子に、何度励まされたことか。

 それから成長した後も、体育の授業はちゃんと受けられず、いつも病院通いだった。

 その病を根治する人工臓器が、ようやく出来た。

 秋になったら、手術でそれを身体に埋め込むのだ。

「海子さんは、あなたのために、無理にここへ入域したのよ。

 手術の成功を、天神様へ願掛けのために」

 僕は、どうしていいか、何と言ったらいいか分からなかった。

「でも、その途中で足をくじいてな」

 

 

 背後で太い山伏の声がした。あの追手は山伏だったのだ。

 彼らは、思いの外優しい物言いで説明した。

「ここはヘタに振り返ると、足をくじきやすいんだ。足場が悪くてな。女の子を安全に下ろすには人手がいるので、ここですこし待ってもらっていた」

 山伏は小萩さんに向けて丁重に声をかけた。

「小萩殿、お疲れさまです。なかなか主さまも御迷いであったようで。でも、裁可なされたから、いらっしゃったのですな」

「ええ」

小萩は言った。

「では、あなたたちを麓へおろしましょう」

彼女の背中から、陽炎のように透明な、それでいてしっかりとしたクリップドデルタ翼が生まれ、広がった。

 

 

 

そして、僕らを包み、彼女は舞台から飛び立った。

夜の街が、下に広がる。

地上を歩く人々、ホームで電車を待つ人々、電車にのる人々。

いつも地上から見ていた風景が、空からはまるで模型のように見える。

でも、誰も僕らには気づかない。

 麓社殿に降りた。

「このことは、内密に」

そうお願いする小萩さんに、僕らは約束した。

 夜が明け、いつも通りに登校する。

 期末テストが始まった。

 小萩さんも、真剣にテストを受けている。

 

 そして、帰り道。

「ありがとう。久しぶりに、こんな楽しい生活が出来たわ」

「これからも続くんでしょ?」

 僕の問いに、彼女は微笑んでちょっと首をすくめた。

「もうっ! 私だって頑張ったのに!」

 海子は、まだそう言い張るが、その目は笑っている。

「わかってるよ。今年の夏は3人だ」

 海子は目を輝かせ、海に行きたいとか、海遊館に行きたいとか、出来たばかりの高層ビル・あべのハルカスに登りたいとか、山へキャンプに行きたいとか、USJや『ひらパー(ひらかたパーク)』に行くとか、思いつくまま夏の遊びを次々と口にする。

「それ全部やったら、秋までかかっちゃうよ」

 僕がツッコむのを、小萩さんは微笑んで見ていた。

 そして期末試験が終り、その結果の発表では、いつものようにクラスのみんなが振り回される。赤点に泣く者、点数を競っていた者、『勉強全然してない』という誰かの言葉に見事裏切られた者、本当に言葉どおりだった向こう見ずな者。

 採点された答案を返される教室内は、それぞれにいつものように阿鼻叫喚。

 

 そして授業が短縮になり、明日から夏休みが始まる日。

 小萩さんが、学校を休んだ。

 もう夏休み寸前なのに、どうしたんだろう。

 訝しく思っていると、海子と目があった。

 彼女もまた、『なんでしょうね』という目をしていた。

 

 

 その帰り。

 電車を待つ夏服の学生でいっぱいの、新宝塚駅のいつものホーム。

 夏服の白が陽射しを眩しく反射している。

 そんななか、僕のケータイに着信音のような、童歌のようなメロディが聞こえた。

 小萩さんからだ!

 そのとき、周りがざわめきだした。

 

「おい、『おおぶたい』に灯りが点いてるんじゃあないか?」

「点いてるように見える!」

「まだ『おおまつり』でもないのに?」「祭りは明日だろう? 何があったんだ!」

みんなが口々に言いながら、ホームから見える明かりの灯った『おおぶたい』に注目している。

 あっ!

 あれは小萩さんだ!

 帰っていくんだ!

 他の誰にも見えないらしいが、僕らにははっきりと見えた。

 あの優しい小萩さんが巫女姿で、ひとしきり舞台で舞い、そして翼をひろげて空へ帰っていくのが。

 さびしさが、胸に込みあげる。

 そして、ふと気づけば、茫然と見上げる僕の手に、隣で立ちつくす海子の手が添えられていた。

 

 さよなら、小萩さん。

 できれば、いつかまた。

 

 

 再び、蝉しぐれが駅構内に響き渡り。

 そしてその中、またトンネルをぬけて、静かに電車がホームに入ってきた。

 

<了>

                                                          

この追兎電鉄物語について

 

 えー、私、YONEDENと申します。とある縁で、BトレとDCCを使ってパソコンで自動運転しようとしていたShinjiさんと出会い、途中からこのレイアウトの作成のお手伝いをさせて頂きました。

 そして、構築作業も佳境に入り、さまざまな電子配線や緑の木々の追加が終わった頃、Shinjiさんが「YONEDENくーん、いっちょストーリー作ってくれない?」とおっしゃられ、「設定はどういう設定で?」と応じると、「Bトレインで自動運転=オートドライブ=追兎電鉄で」といった冗談みたいな設定を提示され(別名ムチャぶりともいう)、加えて「夏休み寸前」「短縮授業」「高校生」というお題をふられたのでした。

 自分でも軽いノリで受けたつもりが、山の中腹の舞台とか鳥居とか山伏とか、自分でネタとして作ってしまったので、これはいよいよ退却不能と判断、少しずつ地形に名前をつけ、なんとか物語にしようと無い知恵を絞りました。

 というわけで、この冊子の企画・制作責任はYONEDENにあります。あっ、石を投げるなら他の展示の方に当たらないよう、私だけによく狙い定めて当ててくださいっ! という感じです。

 お楽しみいただければ幸いなのですが、このレイアウトの魅力はひとえにこのプランを立てたShinjiさま、そして電装品関係を電装品の博覧強記+超絶ハンダ付けテクを駆使なさったY.Yさまによるものです。私などは少し緑化しただけで、携わったなどととても言えない、お恥ずかしい限りです。しかも私、DCCのことは未だにさっぱりわかりません。デコーダーって何?デジトラックスって何?な状態です。

でも、レイアウト作り、模型作りの楽しさは堪能させていただきました。

 展示期間中めいっぱい、この模型レイアウトでお楽しみいただければ幸いに存じます。

 

 


この本の内容は以上です。


読者登録

米田淳一さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について