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舞緋蓮  太刀の壱  第拾弐回<了>

         

 

          五章 「あの日魅た華」  

 文月末日。午後八時過ぎ。  

 武蔵野の獅士堂一家本邸は一時騒然となっていた。―――それも宜なるかな

。最直近である織田左馬ノ介を伴って、本日未明から本邸を離れていた一家の

頭が、その身に手傷を負って帰ってきたのである。  

 雪絵が襲名して以来、在位七年を超える第二十六代の頭梁としての経歴にあ

って、彼女がその太刀回りに際して手傷を負うという事態は、稀少だ。雪絵が

獅士堂の一員となった頃より彼女を見てきた者のひとりである白峰を以ってし

ても、過去含めても二度目でしかないだろうという珍事であり、だからこその

大事であった。それを差し引いても、この刀郷における総元締めの立場にある

者が傷つけられ、その右手に包帯を巻いているという事は組としての沽券にか

かわる、と色めき立つ幹部も僅かながらあった。  

 故に雪絵が帰邸してその有り様を目の当たりにした者達は、一様にその身を

案じるよりも事の次第の説明を彼女に求めた。  

 何事があったのか、相手方はどこの誰であったのか、その相手は仕留められ

たのか、共に出ていた左馬ノ介はどうしたのか、等などを矢継ぎ早に誰もが問

い質すなか、大幹部でもある白峰は静かに「大事ないか」と雪絵の傷の具合を

気に掛けてくれた。それで雪絵も一拍をおくことが出来た。白峰を通じて幹部

勢を招集させ、事態の顛末を語る集会を開くことと相成った。  

 邸宅の大広間に集った歴々に対して、雪絵は今日の自分達に起こったことを

説明していく。先日当方に対して武威行動を行った兇賊、西方からの介入者と

おぼしき一党を今日、太刀合いのもとに始末してきた、と。  

 下手人はかつての辰ノ神にゆかりのあった者達であり、その筆頭に相馬和映

の名があげられた。総数は七名。これは戦いのあった屋敷から雪絵に随伴して

本邸に入った遺体片づけ屋の者達がそれを裏付けた。  

 そしてその一党が、先日からの忌器による犯行の一件の下手人である証拠と

して、千夏の所持していた品である銃―――両断されたM1923試作型が幹部一

同の前に置き示された。加えて雪絵は自身の包帯を巻かれた右手。まだ血が止

まったばかりの風穴のあいたその銃傷を見せた。これによって幹部勢も西方よ

りの介入者の件は、真実処理が為されたのであるという事を納得がいったよう


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舞緋蓮  太刀の壱  第拾弐回<了>

である。  

 無論、多くを語るまでもなく、今の集会の席で一家の幹部達に語られた内容

は、一部の事実が歪曲されていた。なによりそう、この件の主犯である高杉千

夏の存在が伏せられていた。  

 それはもとより今日の件は、彼女を想って組の者は左馬ノ介以外に立ち入ら

せずに行動に出た雪絵にしてみれば当然ではあった。  

 信斗のことも同じように話にあがらなかった訳は、雪絵が左馬ノ介から進言

された配慮であった。ことは辰ノ神に連なる中核人物も絡んでいたというのだ

が、また加えて信斗はこの件の党派の雄でもあった訳であるが、彼は千夏の今

後を考えてくれている人物である。これからも何かにつけ彼女の支えとなり、

助力する存在となるだろう、という左馬ノ介の見解によって生かしておくべき

とされたのだ。  

 それは刀郷における総元締めとしての恩赦であった。もちろん裏の面でのモ

ノではあるが。しかし同時にまた、甘い裁決であるともいえる。組織のトップ

として、一家にとって今後も災禍のタネとなりかねない反乱因子は、すべから

く葬り去ることが本来的ではあったのだろうから。  

 だがその咎はすべてが相馬らに被せられた。それは事実面では完全には濡れ

衣ともいえない事でもあったので、雪絵はわずかながらの感傷にひたる気持ち

はあったが、自らの立場に課せられる政治としてそのように処理を行った。  

 そして獅士堂側に被害を及ぼした、四聖の一角の武侠、黒原を殺害し―――

また同時に組員数名の命も奪ったその郎党に対するオトシマエはどうつけるの

か、という話が持ちあがった。これに対して雪絵は彼らに背後関係はなく、一

派を全滅させた今日の太刀合いを以って締めとする、と下知した。無論しばら

くの情報の検証と実態調査は通例通りに行うが、雪絵の一言は組を束ねる者と

しての有無をいわせぬ力を持った言葉だった。  

 これによって今夜の時点で、高杉千夏のその存在を一家の者共に知られ処と

せずに、彼女の引き起こした今回の一件は表向きの始末がつけられるながれと

なった。  

 その席で雪絵の傍らの白峰が、「左馬ノ介はどういう様子だ」と問うてきた

のに対して雪絵は、彼なら今、片づけ屋達とともに刀源境に向かい自分達が斬

った武侠達の弔いをしている、とその現状無事を語った。


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舞緋蓮  太刀の壱  第拾弐回<了>

 雪絵のその言葉に詭弁の匂いを感じていた白峰だが、しかし彼は雪絵に対し

てそれ以上は追及をしなかった。そのように彼女は、長い付き合いであり信も

置いている白峰に対しても多くを語りはしなかったが、この壮年に近い髪の色

も薄れてきた男は、思うところがあろう筈でありながら(なにせこの一件で自

分の愛弟子の一人を殺されている)雪絵があえて説明しようとしない深い事情

を言及せずに、彼女ら姉弟の身を案じてくれる。雪絵はそんな白峰に向けて目

礼をおくり謝辞を示した。  

 そうしてこの度の西方武侠介入と忌器の持ち込み、加えて一家の被害に関し

ては粛然と方がつけられる運びとなり、幹部会は終了した。  

 歴々の侠達が去ったあとの大広間で、自らの座す膝前に置かれた千夏の持っ

ていた銃を見つめながら雪絵は思う。  

 まっさきに考えたのは今日の主演たる千夏のことではなく、勇人のことだっ

た。雪絵にしてみれば、千夏のしたことは自分と勇人の行いに端を発する行動

だった。故に雪絵のなかでの存在の大きさは前提としても本来的にみても勇人

のほうに寄るのだ。それでなくとも自分が恋し、通じ愛した男である。その心

を彼が占有したとしても誰も異議を唱えるべくもないのが心情といったところ

である。  

 ―――大切なひと。大好きなひと。  

 雪絵と勇人は互いにそう感じ、想いを募らせたがために、それぞれが相手の

幸せというモノを考えない訳がなかった。だからその人の願いが叶うのならば

力になりたい、という自分が居た。雪絵はその身の内にあった彼へのそういう

気持ちを、今も確かな感触で思い返すことが出来る。  

 けれど、彼女と彼は。この二人の願いとは、―――「夢」とは、互いを殺し

滅ぼし合ったところでしか掴めないモノとなっていくことは、一年より少し前

の蜜月の最中の雪絵には気付けない事であったのだ。  

 勇人は妹・千夏と愛する女性である雪絵の両方共に幸せを願い、その為に辰

ノ神と獅士堂両家の憎しみを断ち、その血染めの歴史と因縁に幕をおろす事を

成そうとした。それはどちらかの家が滅びる事でしか成しえない事ではなかっ

たかもしれない、と現在の雪絵は思うところもあるのだが。しかしその反面で

実際的には両家がその歴史において培ってきたモノを払拭するためには、こう

いう帰結しかなかったとも考える。それは勇人に対する彼を否定したくない、


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舞緋蓮  太刀の壱  第拾弐回<了>

という思いから来ている考えではあったが。だが加えて一家に連なる者達の気

持ちをや意見を考えることを求められるのが雪絵の立場であり、そこからの合

理的な解釈もするという事なのだ。  

 それでもモノは考えよう、捉え方次第というのか。二大家がことごとく滅び

るようなことがあれば、この刀郷という土地の秩序は崩壊していたことだろう。

そうすると辰ノ神と獅士堂が象徴となって護り継いで遺してきたこの郷の存在

意義というモノを失いかねない場合もあったのだ。そうなっていては、この郷

に明治維新以降一〇〇年足らずとはいえ “刀を振るう者” として生きてき

た―――そしてそうやって斬り果てて逝った者達の心をないがしろにし、貶め

る事になっていたのだ。  

 それはややもすれば、勇人にとっての刀に生きてきたその人生を否定するよ

うなものだと言える。  

 だからあの結果は避けられなかったのだ。雪絵はそう思う。  

 そして同時にこうも思っている自分がいる。  

 ―――勇人に生きていて欲しかった―――と。  

 彼のしたことは、自らの理想に殉じた行動だった。理想というモノは綺麗め

いたモノであっても、理想を抱き求めていくという行為は必ずしも綺麗なモノ

ではない事が、人間の大半を占めるといって過言ではないだろう。  

 理想とは、それが高潔であればある程に、愛憎にも似たドロドロとした、グ

チャグチャとした人間の内面を孕む。理想的に徹しようとする情念は、時に人

を醜くする場面が往々にしてあるのだ。  

 そんな自分の内面を許せずに、失望する者も存在するけれど、だがそれは前

提と問題に対しての焦点を定めきれていない、理想と現実の差異と軋轢という

ものを知らない者の児戯だ。理想を貫くうえで必要なことの然たる一つは、“

理想を抱いたのはなぜか?”という事が焦点である。自身が綺麗好きでありた

いのか、提示される事柄に対しての理想といえる結果を叶え得たいのか、どち

らが重いのかということに対して自己のスタンスを明確にできるかが焦点とい

うこと。これを懊悩の渦中で履き違える人間は数多い。  

 ―――汚れてまで理想を手にすることはないと思う者。  

 ―――汚れて手にする結果に違和を覚え否定する者。  

 ―――汚れてでも理想をカタチにする事に純粋な者。


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 葛藤と自己内是非の分水嶺。  

 だが理想を叶えることに絶対的な正解などないという、あくまで個々人のこ

ころ持ち次第であるのならば、こと今回にまつわる者達の成そうとしたこと、

その願いへの姿勢はどうだったか。  

 勇人に関していえば、彼は理想を叶えるための最低限の犠牲というモノを、

自身にも周囲にも厭わない姿勢であったことが窺える。高杉勇人という男は自

身のエゴも周囲への我侭も呑み込んで、それでも理想を叶えるために自らの命

すら代価にしようとしたのだから。  

 雪絵は彼を省みて、勇人は本当に純粋で―――けれど同時に泥臭く、そして

一途に、一途が過ぎるくらいの男だったと思う。それは自分がそう在りたいと

思い描く人間のカタチである事を強く理解している雪絵だからこそ、そんな彼

が愛おしく思える。  

 しかし、また別にこうも思う。  

 勇人のした行いは、一面においてやはり独りよがりだったと。彼を否定する

事を嫌がりながらも、愛する人間に対する寛容と受容がその見方に補正を加え

ていたとしても、「時」が勇人という男の粗を浮き彫りにしていく。それを哀

しいとは思わないのだ。これも彼を愛し理解する一環であると雪絵は感じてい

るという事で。  

 勇人の他人を想うが故の行動は、しかしその為した行動を観測するとやや自

己中心的な向きが強かったことは否めない。それでもそれはあくまで客観論で

あり、ことの実際上の主要人物である雪絵はそんな勇人を受け入れている。例

えそれで自らが苦しい思いをしようともだ。  

 一年前のあの日。雪絵は彼の問題部分を看破してはいたのだ。していたがし

かし、それを盾に勇人に言及し、決刀を辞する方向に進めることをしなかった。

それは何故だったかというと、簡単な話であった。雪絵は勇人のそうした独り

よがりにとれる理想を肯定する人間だったからに他ならない。もっと微に入り

細をうがって言うならば、やはり雪絵自身にもそういった処があるからこそ、

勇人のその行動の在り様を共感といって差し支えないほどの思いで受け入れ、

受け止めたいと考えたのだった。  

 勇人の武侠としての気位。その「誠」。兄としての優しさ。対等の恋人への

厳しさ。



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