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中洲門司港今昔物語 1

中州門司港今昔物語

 

永禄八年(1565年)五月

 

 戦国時に国内有数の繁栄を誇っていた博多の賭場に、裳着を済ませたばかりの娘がふらりと現れた。

 その上質な着物から大店の娘が迷子にでもなったかと思われたが、「遊びたい」と銭の入った袋を差し出した。

「倍プッシュよ」

 この手の賭場は当然イカサマが行われており、娘は豪快に負け続けた。

 けど、彼女は負けた次の賭け銭を前の倍にして張り続ける。

 銭が無くなり娘は帰るかと思えば、

「体で払うから」

 と、ほざいて更に賭けを続ける始末。

 当然負けたので、体で払ってもらおうかと男達が下心丸出しで娘に近づこうとしたら、娘は一言。

「紙と筆を持ってきて」

 と、のたまい、さらさらと何か書いて胴元に手渡す。

「これを両替商に持って行ってくれない?

 その後で、たっぷり体で払うからさぁ」

 餓鬼の落書きなんて一文にもならないと嘲笑いながら、両替商の所に持っていったら、負け分全額が支払われて目が点。

 しかも、割引無しの満額支払いという超優良証文と両替商に言われて、持って帰った銭を前にして一同ポカーン。

 そんな中、娘は一同を嘲笑いながら、

「さぁ、賭けを続けましょう。

 私の賭け銭はちょっと凄いんだから」

 そう。

 ワシズごっこを楽しんでいたのは、秋月騒乱で領地を急拡大させた大友家の珠姫本人だったのです。

 そして珠姫は負け続ける。

 けど、勝てば勝つほど賭場の相手は、汗が吹き出て、眩暈で手が震え、賭け銭が一万貫を突破した時に胴元が、

「銭は返すから出て行ってくれ!」


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中洲門司港今昔物語 2

 と、泣きついて追い出されたという。

 なお、この一部始終は博多奉行の臼杵鑑速経由で父大友義鎮の耳に入り、義鎮は大爆笑。

 珠姫は博多にすっ飛んできた侍女の麟に尻を叩かれながらこっぴどく叱られたという。

 それ以降、博多の全ての賭場では『姫様お断り』の張り紙が張られる事となり、姫の名を持つソープ嬢(泡姫)も博多の賭場には出入りできなくなったという。

 

 ――「九州おもしろ伝統風俗」より抜粋――

 

 

 日本という国は島国である。

 その島国日本において船は欠かす事ができず、その為に古くから多くの船が大陸との間を行き来していたのである。

 そんな島国日本の喉仏は何処かと船乗り達に聞いたなら、古き新しき問わず口を揃えてある海峡の名前を出すだろう。

 関門海峡。

 この時代、正確には馬関海峡と言うのだが、ここでは関門海峡で通したいと思う。

 本州と九州の間を繋ぐこの細い海の道は、大陸からの船が瀬戸内海に入る要衝であり、多くの歴史的舞台として物語に名を残している。

 簡単にその物語を思うならば、海によって栄え海と共に滅んだ平家終焉の地である壇ノ浦はこの関門海峡にある。

 また、都落ちにも関わらず九州にて奇跡の復活を果たして室町幕府を築いた足利尊氏もこの海の道によって助けられ、この物語の時代の少し前には天下人の座に近かった大内義興(おおうち よしおき)はこの海の道を押さえたがゆえに筑前・豊前にまで領国を広げる事ができた。

 そして、つい先ごろまでこの海峡をめぐって豊後大友家と安芸毛利家が壮絶な死闘を繰り広げていたばかりで、形ばかりの和議とは裏腹に双方何かあったらと暗躍していた。

 ……はずなのだが、門司港に聞こえるのはときの声ではなく、家を建てる木槌の音であり、行き交う行商人であり、大規模に往来する船の姿だった。

 大友と毛利の和議の一環として、門司をはじめとした企救半島全部を皇室御料所として寄進し、町衆の自治に任せる事にしたのだ。

 もちろん、それを守らせる為に大友と毛利から奉行を一人ずつ出す事になっている。

 門司の自治は町衆が行うが、大勢力である大友と毛利の国境線上にある門司ゆえ、完全中立なんぞ受け入れられるわけも無く、頭に朝廷を持ってくる事で権威で両勢力に自制を求め、朝廷には銭を払う事で双方の顔を立てたのである。


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中洲門司港今昔物語 3

 そして、双方一人ずつの奉行(大使)を町衆に加える、つまり交戦中の外交チャンネルの確保と収入の折半という実利がこの町を戦火から守る事になると理解した商人達は、我先に争ってこの街に大規模投資を行うようになる。

 国際商業都市として既に名が知られていた博多から見た門司は瀬戸内水運の出発点で、これまでは博多に集めていた物品を門司から出せるという魅力があった。

 そして、堺をはじめとした畿内から見て、博多商人の牙城である博多に近い新興都市ゆえに食い込むチャンスとばかりに大店が次々と出店してきたのである。

 もちろん、立地条件のみでこの街が勃興した訳ではない。

 この街が栄える理由として、ある一つの商品の存在は欠かす事はできないだろう。

 石炭である。

 筑前黒石と呼ばれたこの石炭は、コークス化されて各地に売られていた。

 だが、その産出地は遠賀川上流部であり、取引の為には一度博多に運ぶ必要があった。

 その為、本州側にこの石炭を売る場合、博多に運ぶ分の移動ロスが生じていたのである。

 だが、門司の街が稼動しだすとここに石炭が集中し、畿内や出雲に石炭が運ばれ、日本の石炭相場の中心地として名をはせるようになる。

 更には、遠賀川と若松の間に掘川運河まで作る事になるのだが、この時点では門司の繁栄はまだ始まったばかりである。

 

 情報を制するものは、商売をも制する。

 大友と毛利の合意が成立する前から、既に門司には建設ラッシュが始まっていたのは、その情報を立案者である大友家長女である珠姫から直に聞いていた島井茂勝の博打の勝利に他ならない。

 からくりはこうだ。

 門司城攻防戦において灰塵と化した門司の街の復興を珠姫から命じられた彼は、彼女のオーダーどおり、博多中洲遊郭の収益の過半をつぎ込んで、街そのものを作ったのである。

 そして、合意成立後に殺到した商人達に次々とその建物を売り払ったのだった。

 珠姫のアイデアは今で言うデベロッパーの走りだが、当の本人は都市開発ゲームからこの案を命じているのは当然の事ながら島井茂勝は知らない。

 門司の街の地主として巨万の富を得た彼は、これによって大商人の仲間入りを果たしたのだった。

 とはいえ、彼も博多に店を持つ九州の商人。

 成り上がったがゆえに本拠博多に凱旋したいと考えるのは常であり、その大金は中州遊郭に惜しげもなく注がれたのだった。


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中洲門司港今昔物語 4

 中州遊郭は既に中州全部が石垣と塀で覆われた城と化し、物見櫓には見張りの他に顔見世の遊女があられもない姿で客にその肢体を晒す。

 橋によって出入りが管理され、その先に朱塗りの格子が広がり遊女達が夜な夜な蝶として舞う世界が広がる。

 中にある直系店は三十を数え、その全ての店に風呂がつき、湯を沸かす石炭の煙は消える事がない不夜城。

 この街で働く遊女の数は二千人を超え、日本最大級の歓楽街を支配する男が唯一頭の上がらない姫様の指示によって、中州遊郭中央に作られた一つの座からは常に嬌声ではない声が聞こえてくるのだった。

 九州最大、そしてアジアでも有数の貿易都市として急拡大している博多に宇佐八幡の管轄する新たな座、『博多座』はその商品である『証文』の売り買いに勤しんでいたのだった。

 さて、ここで証文取引の簡単な説明をしよう。

 この時期の多くの武士は土地から上がる収入で生活していた。

 とはいえ、生活における日々の支払いは常にあるものだが、収入源である米は年に一度しか取れない。

 かくして、商人に借金して秋の収穫物で支払うという契約が成立する。

 だが、商人とて無限に金を持っているわけではない。

 戦や天災で損を出し、手持ちの金では足りない事も多々あるのである。

 そんな時にこの証文を別の商人に割引して売るのだ。

 売手は割り引いた事で現金と時間を買い、買手はその割引差分が利益となる。

 この仕組みを珠姫は徹底的に利用した。

 彼女は事業計画書を元に博多の大商人から借金にて資金を生み出したのだが、その証文を小口で分散して大量にばら撒いた結果、ただの紙に信用を付加させて流通させる事で、ある種の紙幣として機能し始めていた。

 それが大友領内で強力な換金商品である石炭と女(高級娼婦)と結びついた結果、彼女が意図した証文経済は彼女の予想をはるかに超えてしまい、特に小口証文は若狭や堺と取引がある事もあり、全国規模で流通が始まろうとしており、南蛮交易との絡みでマカオや大陸でもその価値が保障されていたのである。

 そして、彼女が生み出した門司の街の分譲が完売した事で、珠姫が作った借金は完済され、借金ではなく信用の為に証文を書くようになる。

 更に、新たな銭の種も忘れない。

 府内から伝えられた噂では、あの姫様身重にも係らず、

「煙草葉の生産にこぎつけたぁ!!」

 と、大喜びで府内の市で踊っていたらしい。


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中洲門司港今昔物語 5

 他にも、この姫最初の借金申し込みで博多に乗り込んできた時は、遊女達に肉欲接待させながら自ら市場計画書片手に算盤弾いて交渉に来るから、なおたちが悪い。

 博多商人達の寄り合いにて、

「あれは姫の皮をかぶった商人だ」

と言って皆が納得するぐらいの出来人である。

 彼女が率いる遊女の他に、石炭・鋼・酒・茶・煙草・みかんと面白いほど売れる品物を次々と押さえているのだから。

 最近では、唐から最新のお茶である烏龍茶を取り寄せ、その緑茶とは違う別の味と香りで商人達を虜にしたばかり。

 あの姫のおかげで、博多と府内、そして完成したばかりの門司は東アジア交易で商人達が避けては通れない巨大国際港に押し上げられてゆく。

 経済政策の長期目標を持ち、年度収支予告を商人達に公表し、証文による補正予算の策定等柔軟な対応を行い、遊女を筆頭に金・硫黄・コークス・鋼・みかん・酒・茶・煙草など換金作物に不足する事は無い。

 それだけの信用力を作り出し、支えていたのが、珠姫だった。

 後に戦国期の経済について必ず珠姫の名前が出るのだが、彼女について面白い比喩が付く事になる。

 

「信用力において、大友の珠姫は歩く中央銀行だ」

 

と。

 話がそれた。

 もちろん、証文売買ができる商人というのは、満期支払いが待てる時間があるほど銭がうなっている大商人に限られる。

 もっとも、

「博打に確実に勝つには胴元になるのが一番でしょ」

 と、設立を指示した珠姫がほざいた通り、ここでの売買には手数料がつき、その手数料は全て座の主人である珠姫の懐に転がり込むようになっていた。

 だが、世の中というのは時々副次的な効果を見落とす事が多い。

 珠姫が作った博多座に入れる者はその性質上西国でも豪商と呼ばれる大商人しか入れず、結果的にある種のサロンとして機能してゆくのだった。

 そして、博多座の茶席で茶を点てるというのが、商人にとってのステータス、茶人にとっての晴れ舞台となってゆく。

「この証文買ってくれ!」


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中洲門司港今昔物語 6

「この証文売るで!」

「買った!」

「売った!!」

 博多座一階は基本的に誰でも出入りができるようになっており、そこは座のメンバー達が合同で出資した両替商がおかれている。

 交通が整っていないこの時期、遠方から来る出入りの商人の存在は情報源として必須であり、出入り商人達も小商いの証文も価値に応じて換金してくれるこの両替商を重宝していたのである。

 そんな売り買いを見ながら、島井茂勝が奥に向かって歩く。

 上品な身なりの島井茂勝の前には利発そうな若武者がおり、彼が護衛として周りに目を光らせている先には二階に通じる階段があり、その前には珠姫直属の役立たずの代名詞……じゃなかった、御社衆から抜擢された屈強な男達が見張り出入りを制限していた。

「何か変わった事は?」

「客人が中に。

 姫様の使いだそうで」

 男達の代表が島井茂勝の質問に答える。

 がたいが良いのは間違いがないのだが、侍が見たら違和感を覚える体と身のこなしは彼らが元海賊だったからに他ならない。

 筑前を荒らした海賊、火山神九郎(かざん じんくろう)と下で働いている吉井荊娯(よしい けいご)というのが彼の名前である。

 彼らは金と酒と女でたぶらかされてこの仕事をしているという事になっている。

 表向きは。

「火山神九郎は糸島か?」

「ああ。

 船は作っても俺らは陸に上がると、どうしても船の動きを忘れちまう。

 お頭はそれを危惧して、はやく海に出たいそうだ」

 吉井荊娯の言葉に釘を刺すことも島井茂勝は忘れない。

「くれぐれも姫様の顔に泥は塗ってくれるなよ」

「わかっているさ。

 俺達を拾ってくれた恩だけでなく、殿様まで連れ出してくれた恩を忘れるほど俺達も畜生ではないさ」

 島井茂勝はその言葉に何も返さずに二階に上がる。

 廊下を歩きながら護衛の若武者が島井茂勝に声をかけた。

「大丈夫なのですか?



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