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ミエナイヒカリ <ミエナイアシタ>  3.11シリーズ Ⅲ

<ミエナイアシタ>


「放射線何とかの、検査をしろって言われたわよっ!」

投げつけられた封筒を、危うく取り落としそうになりながら、男は、それを両手で受け止めた。
彼の事務所が入った自社ビルの前で、出社してくる男を、女が待ち伏せをしていたのは、これが…二回目だった。
前回は、クラブのツケの支払い日に、カフェでの待ち合わせをすっぽかした…次の日、だった、か…。
「検査が終わるまで、お店には入れないから…ねっ!!」
タクシーを呼び止め、乗り込む女の後姿を、わけも分からず見送る男…に、頭上で勢いよく閉められた窓の音が、追い討ちをかける。
振り仰ぐと、二階の事務所の窓の奥に、専務=妻の、後姿が見えた。

社長の椅子に座った専務=妻は、無言で、男に向かって手のひらを突き出した。
渋々、男はポケットから封筒を取り出し、その手の上に乗せる。
今まで、男が女に贈った宝飾品の数々が、封筒の中から、机の上に転がり出た…。

机上の宝飾品を再び封筒に戻し、手元に用意していたバッグに押し込むと、妻は、ホワイトボードの自分の名前の横に、”外回り・直帰”と書き込んで、足早に扉を開け、廊下へと出て行った。

そろそろ十二時になろうか…という時間帯。営業の男たちは、全員、外回りに出ていた。

貸しビルが主業務のこの会社は、男が一代で築いたモノ…だったが、不況のあおりで顧客の転出が相次ぎ、収入はここ数年下がり気味、であった。
…リサイクルショップで、アレを売り飛ばした後、その金で、新しい指輪でも買うんだろうなあ…。
ぼんやりと考えながら、社長の椅子に腰を下ろした男の前に、入れたてのお茶が、差し出された。

お茶を運んできた事務員は、最近雇った、妻の親戚の娘…である。
男のお手付きになった、以前の事務員を首にして、妻が替わりに連れて来たのが、まだ子供っぽさが抜けないこの少女…だった。
「なんだぁ、これ?」
熱くて濃すぎるお茶の横に、奇妙な塊が、鎮座していた。
少女の細い指が、それを摘み上げる。
「おっも~いっ!」
何のためらいもなく、少女は、謎の物体の金属製の皮を、剥がしていく。
無骨な鉛の板の中から、オパールの指輪が姿を現すと、少女は歓喜の声を上げた、が、それはすぐに、落胆の声音に変わった。
「デカ~っ!!」
少女は、右手の人差し指に通した指輪を、指先でグルグルと回しながら、眼鏡越しに、男の顔を覗き込んだ。
「おじさんの浮気相手って…男?」
意外な問いかけに、思考停止に陥った彼は、無意識に湯飲みに手を伸ばし、そして…盛大に、緑色の熱湯を口から吹き出した。
「ポポポポ~ン♪だおー!!」
奇声を発しながら、机上に撒き散らされた緑の液体を、ティッシュで拭う少女…。

その姿を見下ろしながら、男は、なんで熱々の緑茶ばかり出すんだ?!夏の飲み物といえば、よく冷えた麦茶だろうがぁ…!!と、怒鳴りかけて…やめた。

どうせ、妻の差し金だろう。帳簿の記入も電話の受け答えもままならない少女を雇う理由は…税金対策と、俺への嫌がらせくらいしかない、のだから…。

 

少女の仕事は現在、部屋の掃除と、管理ソフトへの簡単な数字入力…。

だが、空いた時間も机の上で、なにやら熱心に書いている少女の手元を、男は、以前、覗き見たことがあった。

ノート大の紙に書きなぐられた文字と、縦線横線丸描いて…チョン…???

「ネームだよ~ん!」

歌うように答えた少女は、どうやら、漫画の下描き…のようなモノ、を、書いているらしかった。

「ねぇねぇ!おじさんは…黒髪メガネと金髪アホ毛の、どっち萌え~?」

……意味不明……。

中年男の目に、少女が…どこか遠くの星から来た宇宙人に見えた瞬間、だった。

 


十二時を回り、椅子の背に掛けたトートバッグから、カップ麺を取り出して、給湯室へ向かおうとする少女を、男は呼び止め、食事へと誘った。
食事をしながら、漫画のネームを描き進めようと予定していた少女は、一瞬、膨れっ面をしたが、すぐに”社長との豪華な食事”を心に思い描いて…ついて行くことに決めた。

ビルの管理人室に、事務所の鍵を預け、炎天下の街中へと二人は、歩き出した。
途中、近くのリサイクルショップに寄り、男は、オパールの指輪を査定に出してみた。
驚いた事に、指輪には、質屋で購入した金額の、十倍以上の値が付いた。
安物の指輪である事を示し、妻に、いらぬ疑いを吹き込まないように…と、牽制する目的で、食事を名目に少女を連れ出したのだった…が、とんだ、やぶ蛇である。
背後から、興味津々で覗き込む視線に気付いた男は、妻には内緒のお小遣い…と称して◆円を、口止め料として少女に手渡した。
「やたっ!これで次の同人誌、カラーページ増量~っ!!」
無邪気に喜ぶ少女を横目に、ファミレスでの安い食事を諦めた男は、飛び込みが出来る一流レストランの名前を…記憶の中に探った。


タクシーを停めながら、一瞬、クラブの女の姿が思い出された…が、たった今、手にした現金で、別の店の女を口説く算段に入った男の脳裏には、「検査」の二文字など、微塵も残ってはいなかった。


夕刻…リサイクルショップの前に、少女は立っていた。店頭の目立つ場所に、例の指輪が展示されている。
値札を覗き込みながら、「もうちょっと、おねだりしても良かったかなあぁ~」と、手に持ったアイスキャンディーを舐めながら、少女は呟いた。
クラクションの音に振り向くと、待ち合わせ場所の路上に、見慣れない車が停まっている。
「車、替えたんだぁ~?前のより、ボロいんでやんの~!」
以前の車は借金のカタに消え、でもって、こいつは盗難車…とは言えない少女の彼氏、は…「飽きたんで、売った」と、ぶっきら棒に答えながら、助手席に置かれた布袋を、慌てて、グローブボックスに放り込んだ。

車に乗り込もうと身を屈め、トートバッグを胸の前に持ち直した少女の、バッグの中から、突然、鋭い警報音が鳴り響く。

「え~!何?なに?!ケータイ?地震速報?!」

少女の手で、バッグから掴み出されたモノは…外国製の放射線測定器、だった。

それは、3.11から一週間ほど経って…やっと、海外の赴任先から、一時帰宅を許された少女の父親が…勤務地で急遽、購入してきた物、だった。

 

 

父は、妻と娘に、帰国中…熱心に、海外移住を勧めてきた。

帰国直後に報道された、米軍の、事故原発から半径80キロ圏内立ち入り禁止…のニュースに、危機感を触発された結果、のようだった。

原発の、爆発シーンの映像は、何度もテレビで流れていた、が…

「テレビの人たちは、普通に放送に出てるじゃないの。そんなに危険なら、真っ先に、逃げ出すんじゃないかなぁ…?」

地震で、机から落ちて壊れたパソコンから、夏コミ用の漫画原稿のデータが取り出し可能かどうか…が、目下の心配事の娘、と…ガソリンスタンドが在庫切れ、か、長蛇の列で給油ができず、車での外出もままならない…と、嘆く母親……。

放射能漏れの危険など、遠方の話…と、母娘の二人にはいまいち…実感が湧かない、のであった…。

 

心残りのまま…数日後、父親は赴任先へと戻っていった。

その後しばらくは、移住を促す電話やメールが、毎日のように届いていた、が…やがて、数日置きとなり…最近では、週に一度の電話で、家の様子をを聞いてくる程度、になっていた。

 

 

父親が、出国した同じ日…横須賀基地で定期修理中だった米空母が、修理を切り上げて、出港した。

事故原発から、300キロは離れているのに、どうして…?

不安になった少女は、父が置いていった放射線測定器のスイッチを入れてみた。

画面には、0.1マイクロシーベルト超えの数値が表示されていた、が…それがどういう意味なのか…少女には解らなかった。

ニュースでは、東北4県で、ホウレンソウとカキナから、暫定基準値越えの放射性物質が検出され、出荷制限…と報じていたが、官房長官は、これを数回口にするだけでは健康に影響はない、と、強調していた。事故原発の2号機と3号機から煙が出て、放射線量が上がったといってたけれど……海外メディアでは『フクシマ50』と、電力会社の社員らの行動をたたえる報道が、相次いでいた。

 

ダイジョウブダイジョウブ

 

雨の滴が、窓を伝っている…。

少女は、放射線測定器を、近くにあったトートバッグに放り込むと、その存在を…忘れた。

同じ日、東京では雨やチリなどの降下物の中から、1平方メートル当たり3万ベクレル超えの放射性ヨウ素が、計測されていた…。

 


「うわぁ~っ!忘れてた!なに?故障?いつスイッチが入ったのぉ~!?」
鳴り止まない放射線測定器を持て余し、少女は、それを歩道の植え込みに投げ捨てる、と…車に乗り込み、叫んだ。
「…出して!!」

男の、脱色した髪が揺れ…咳き込むようなエンジン音をたてて、車が、走り出す。



……やがて訪れる暗闇に、最後の戦いを挑むか…のように、晩夏の夕日に照らされたビル街は、燃えるような紅に、輝いていた……。

 

 

 


補足:ミエナイヒカリ  3.11シリーズ Ⅲ

<一日目>…の補足

★オパール:宝石の中で、唯一水分を含む(成分中の、約10%)…ということで、放射性物質を、吸着しやすいのでは…と憶測し(間違いの可能性あり)、作品中で、使用しました。

 

 

<二日目>…の補足
★銀塩フィルムの被曝感光:実は、”現像前の、ケースに入ったフィルムは、被曝感光するか…”の確認は、取れていません。ネットで色々と検索してみたのですが、「空港のX線で、高感度のフィルムが感光してしまう」及び、「高感度フィルムは、長期間の放射線照射下では、ガラスバッジの代用品となりうる」事くらいしか、情報が拾えませんでした。なので、仮に、被曝感光が起こるとしても、それが、点状なのかハレーション状なのか…不明です。ましてや、たった一晩で被曝感光する、放射線量とは…論外な線量なのではないか…と、推測します。
ですので、文中の出来事は、絶対にありえない、嘘の現象…かもしれません。

 

★被曝物質の持出し:放射性物質で汚染された物を持ち出せる、合法的な基準値は、現在100,000cpm(2011年9月現在)…だそうです。(これを超えたら除洗します)シーベルト換算で、1ミリ弱(これは、セシウム換算と思われます)になるようです。
1ミリシーベルトって、3.11以前の、1年間の許容量の上限ですよね…。そんなモノを、身近に置いていても大丈夫なのでしょうか…。

 

★★北欧の黒い雨:このシーンは、フィクションです。放射性物質の到達後…北欧(の観光地)に、雨が降ったかどうかの記録は、未調査です。

 

 

<三日目>…の補足
★X線画像の被曝感光:3.11以後、コンピュータX線撮影(CR)の画像に、黒い点が認められる…という情報が、関東周辺の医療機関から、相次いで報告されました。この話は、それに基づいています。ただ、「金属に付着した放射性物質を撮影」したときに、どのような画像が現れるのか…については、確認できませんでした。ですので、画像の説明のくだり、は、私の想像に過ぎません。本当は、全く違う画像が映し出される…のかもしれません。

 

★★ベタホ石:放射能鉱物の一つで、ウランを主成分としている天然石。ガイガーカウンターのテストサンプルとして使用できるようです。

 

★★ろ過物の放射能測定:Qベク(放射能市民測定室・九州)さんでは、独自開発の『エア・サンプラー』でフィルター(ガラス繊維、GB100R)に捕捉した放射性浮遊物を、NaIシンチレーションにて、計測をしていらっしゃいます。よって、ろ紙の測定も可能ではないか、と、判断しました。

 

 

<ミエナイアシタ>…の補足

★ポポポポ~ン:某CMの歌の歌詞。放映当時の社会情勢から、トラブルが連鎖して状況が悪化していく…の、ネットスラングとしても使われていました。

 

★夏コミ:東京国際展示場(東京ビックサイト)で夏に開催される、日本最大の同人誌即売会のこと。

 

★★米空母:空母ジョージ・ワシントンは、3月21日の午後1時過ぎに、定期修理を途中で切り上げて横須賀基地を出港しました。当初は20日昼頃の出港予定でしたが、直前に延期され、21日朝8時の予定がさらに変更されました。この二度の延期と、20日朝からの3号機格納容器の圧力上昇との関係が、様々な推測を呼びました。

 

★★0.1マイクロシーベルト超え:3月21~23日の降雨後、関東での放射性物質の濃度が増加しました。

※以下の数値は『J-CASTニュース 2011年4月2日【東京の放射線量 埼玉、神奈川、千葉より高いのはどうしてか】』の記事より、一部転記しました。

 

 ◆3月15日  東京 0.809マイクロシーベルト(最大)

  ※爆発時   埼玉 1.222マイクロシーベルト(最大)

 

 ◆3月20日  東京 0.044マイクロシ-ベルト

  22時時点  埼玉 0.059マイクロシーベルト

  ※降雨前   千葉 0.031マイクロシーベルト

 

 ◆※降雨後のピーク

  23日1時  東京 0.154マイクロシーベルト

  23日2時  埼玉 0.134マイクロシーベルト

  22日21時 千葉 0.125マイクロシーベルト

 ◇※気象庁による降水量:21~23日の合計

   東京都で35mm  埼玉県さいたま市で38.5mm  千葉県千葉市で39mm

 

 ◆文部科学省による降下物中の放射性ヨウ素の計測値

  (採取された雨やちりなどの降下物から、1平方メートル当たり)

 

 ◇21日~22日 東京 3万2000ベクレル

   ※9時~9時  埼玉 2万2000ベクレル

             千葉 1万4000ベクレル

 

 ◇22日~23日 東京 3万6000ベクレル

            埼玉 2万2000ベクレル

            千葉 2万2000ベクレル

 

 ◇23日~24日 東京 1万3000ベクレル

            埼玉 1万6000ベクレル

            千葉 3100ベクレル

 

 

 

2011年9月24日記入 ※★★部分は2013年8月14日に追加記入


あとがき:ミエナイヒカリ  3.11シリーズ Ⅲ

あとがき、です。

 

 

この、”ミエナイヒカリ”の発想の発端は、「殺人トラック」という言葉、でした。
高濃度に、放射性物質で汚染された車が、近所を走り回っているという、噂…。

 

原発の、水素爆発の後、大量の放射性物質が放出されたことは判っていましたから、当然、数日以内には、規制線が張られて、自衛隊なり警察なりが、道路封鎖をしているもの…と、私は思っていました。ところが、どうやらフリーパスらしい……。
それを知って、真っ先に思ったのが「火事場泥棒」の存在…です。住民が退避した後に、金目の物を狙って入り込み、汚染された物を持ち出して、たとえば、都内のリサイクルショップなどで、換金しているのではないか…?
事実、先日の一時帰宅で、かなりの数の盗難が届け出られたようです。

 

危険区域にも、当初は出入りが自由だった…。しかも、一時帰宅で、合法的に持ち出しが許可されている放射線の数値も、べらぼうに高い(シーベルト換算で、1ミリ弱?)ので、私は心配です…。

 


さて、最後までのお付き合い、ありがとうございました~(^^)。

3.11以降、考えることが多すぎて、ついつい、思考停止に陥りそうになります。でも、考えること、感じることを諦めたら、そこで人生、終わりかな…と。それはつまり、放射性物質とその拡散…を、受け入れることに繋がりますから……。
この国(大袈裟ではなく、地球全体)の将来と、子供たちの未来のために、この悪循環を早く止めないと…。

…と、ここまで考えていつも、自分の非力さに落ち込んでしまうのです。

……ズモ~~ン……(==;)。

 

「風が吹くとき」という作品があります。本・映画、共に、私の好きな作品です。初めて本を読んだ時は、その色使い(段々と、トーンが暗く、禍々しくなっていく)に、戦慄しました。丸木さんの、原爆の絵を見た時と、同じ衝撃でした…。

今の日本は、「外に出て深呼吸をし、布袋に入って震えている、作品中の老夫婦」…みたいですね。
ただ、明らかに違うのは、情報を得ようと思えば、その方法がある…という事です。
身近な情報源のTVが、当てにならない以上、自分で動くしか無い、のが難点ですけど…。

 

 

2011年9月24日記入

 

★★★★★★★★★★

 

あとがき:追記

 

 

2011年に、初稿を公開していた某ブログには、「一頁2,000文字まで」の、制限がありました。

ですので、「一日分(一話分)2,000文字×4頁」での、初投稿でした。

今回、パブーさんにて改訂版を公開するに当たり、かなりの量のエピソードの追加を行いました。(「補足」で、★★表示に該当するエピソードが、新規追加の部分です

 

それから、本作品では”固有名詞”や”固定数値”を極力使用しませんでした。その理由は、「この出来事は、いつ、どこでも、誰にでも起こりうること」…だと思ったから、です。

…これは、アシタのジブンのコト、かもしれない…。

例外は、”チェルノブイリ”や”横須賀港”ですが、これらは、名詞を明記しないと紛らわしい場所が存在し(”スリーマイル”や”佐世保港”)イメージの混乱を招きかねない…と、判断した為です。

 

 

ここまでの、長のお付き合い、本当にありがとうございました。

作文資料の検索中に見つけた俳句を、最後に転記します。

ラストシーンの風景は、まさに、こんなイメージで書いています…。

 

 

  紅くして黒き晩夏の日が沈む  山口誓子

 

 

2013年8月15日記入


奥付

 

 

 

2011年9月23日 第一稿(旧著者名:夏樹)
2013年8月15日 改訂稿(著者名:咲.)


 

ミエナイヒカリ


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著者 : 咲.
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