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解放

「取り乱すなよ」
という端的な言葉が、イマムラが検査技官の応対をするウォルヒに与えた指示だった。保安局の検査技官が試験の終わったMSC─Xを返還するために来社したのである。もちろん、試験の結果を聞く。
 性能が要求に達しなかった。あるいは技術供与制限法によって新型船開発から手を引く。さまざまな可能性があった。メンバーは既に小型船開発が禁止されると言う報道を知っていた。自分たちの命運が個々で尽きたと考えているのである。
「結果はどうあれ、取り乱さずに受け入れる」
 火星市民の最後の意地のようなものだ。MSB-XとMSC-Xがその誇りを彼らに植え付けた。
 戻ってきたMSC─Xは既にシートを外されて、その鳥のような姿を現していた。人に見せるつもりでシートを外したのではない。工場の敷地が狭い。MSC─Xをこんな所に放置すれば、物資を納品するトレーラーが入れなくなるのである。彼らはMSC─Xを作業の邪魔にならないように移動させなければならなかったのである。不吉な予感がするのだが、ドノバンたち技術開発課のメンバーは、MSC─Xを工場の片隅、以前に破壊したMSB─Xを放置していた区画に運んだ。
「こいつも、もう終わりか?」
 シンが呟いた。反論する者がいない。この後、火星市民に国産機開発を継続する底力は残っていないとメンバーは考えている。それほど、全ての関係者がこのMSC─Xにのめりこんでいた。彼らの最後の船体なのである。
『船体の構造が奇抜すぎる』
『技術供与制限法に従って、新型船導入から手を引く』
 この船体が不採用になった理由は、人に指摘されなくとも、ドノバンたちにいくらでも思い浮かぶのである。
 
 ウォルヒはイマムラに先立ってメンバーの所へ向かった。心の中が落ち着かず、足下がおぼつかない。表情は以前の彼女のように硬く、MSC─Xに向かって歩を進めながらも、考え、戸惑うように、うつむき加減に視線を動かしていた。仲間に、その状況をどう説明し、納得させればよいか分からないのである。
 MSC─Xを取り囲んで黙っていたメンバーは建物の出口にウォルヒの姿を見つけた。ウォルヒも彼らの存在に気付いたようだが、うつむき加減で戸惑う様子だ。
 ひょっとしたらという虫の良い可能性を考えなかったわけではなかった。しかし、うつむいて言葉を失っているウォルヒの姿は、メンバーに最後の希望を棄てさせたようだ。メンバーは皆、黙りこくってMSC─Xの滑らかな姿を見上げた。
 
 しかし、ウォルヒの様子がおかしい。肩が震え、拳を握りしめて、むずむずと湧き上がってくるものをおさえるようだ。やがて、ウォルヒが重荷から一挙に解放されたように叫んだ。
「私たちは、やったのよぉ」
 一瞬、メンバーにはウォルヒの言葉の意味がよく分からない。ただ、このウォルヒ・パクが、突然に叫び出すほど衝動的で、目から涙を溢れさせる程に人間くさい笑顔を浮かべ、地面を蹴って飛び上がって、手に持っていたファイルを無造作に投げ上げてしまうほど、全身で感情を表すような激しい女だったのかと、ウォルヒという女のイメージの変貌ぶりに驚いたのである。投げ上げたファイルが上空で散って、紙吹雪のように彼女を包んだ。
「えっ?」
「あれっ?」
 ドノバンやムハマドは自分の勘違いを確認するように、MSC─Xを見上げたり、撫でたりした。MSC─Xがスピカに変わる新型船として承認された。その喜びを、ゆっくりと確実に伝えるすべを知らず、ウォルヒがメンバーの前でその喜びを爆発させているのである。
「本当なの?」
 叫び返すバレ。ただ、信じられないと言うようにMSC─Xをなで回すシン。アサハリの手をとって踊り出すウィリアムス。
「うほぉっ。うほぉっ」
 ガーヤンは意味のない叫びをあげて、満面の笑顔を浮かべながらゴリラのように厚い胸板を両手で叩いた。メンバーたちの怪訝な表情が、喜びに変わるのに時間は要さなかった。
 
 火星歴71年19月21日。66年3月に彼らがラベルと出会った日から、実に5年18ヶ月を経過している。地球の時間に換算すれば、火星の子供たちがラベルの意志を遂げるのに11年間と言う月日を要したのである。
 先に応接室に案内されていた2人の保安局の検査技官は、開発責任者のイマムラと主任設計者のウォルヒを見て、戸惑うように2人で顔を見合わせた。話をどう切り出してよいものか戸惑っていたのかもしれない。自分たちの報告は随分遅れて、予定より2週間もずれていた。やや気まずい沈黙があり、ウォルヒは食い入るように検査技官を見つめた。ごくりと、つばを飲み込む喉の動きが分かるほど緊張している。
 二人の検査技官はイマムラに握手を求め、ウォルヒの手を握って短く礼を言った。
「ありがとう」
 MSC─Xを作り上げたことに対する、感謝と敬意のこもった礼である。ずんっと、重みを感じる笑顔だった。あとの態度は役人らしい、冷静に事実を淡々と述べた。
「細かな数値については、改めてご報告することになりますが、MSC─Xは私たちが要求した能力を大きく上回っていました」
 
 事務員の女性がコーヒーを運んできた。
「どうぞ」
 飲み物を勧めながら、イマムラの手が震えていた。検査技官の言葉が、信じられないのである。検査技官はコーヒーをすすってから、イマムラとウォルヒに詫びた。
「検査は思いの外、手間取ってしまいました」
 船体の構造が違うという問題もあったが、試験で得られたデーターが信じられないほど良かった。そのデーターを素直に信じることが出来ずに、再試験をしていたというのである。イマムラは気になっていた点をメンバーに代わって尋ねた。
「船体の構造が、在来機種と随分異なっていますが、問題はありませんか?」
 検査技官はイマムラの言葉を一笑に付した。
「性能に満足出来るのなら、使いこなして行くのは、私たちの側の問題です」
「単座機だという点では?」
 スピカでは2人の搭乗者が乗る、MSC─Xの場合は操縦者1名である。ウォルヒはその点については問題はないのだろうかという不安をぶつけたのである。
「今、治安の悪化という問題を抱えていて、パトロール艇の絶対数が足りないんです。それ以上に、パトロール艇の搭乗員も不足しています」
 もしも、パトロール艇が1名の搭乗員で運航できるのなら、搭乗員の不足という問題や、彼らの過密な搭乗スケジュールを緩和することも出来るだろうと推測するのである。彼は締めくくりの説明を付け加えた。
「この船が、火星市民が出した結論なら、我々はそれを支持します」
 火星市民として彼ら開発チームを信じるというのである。彼は苦笑いをして続けた。
「予算の獲得に時間がかかりますから、正式な発注は後日になりますが、当初、2隻を先行発注すると考えて下さい。今回、お返ししたMSC-Xで試験航行を始めたいと考えています」
 その言葉にイマムラは慌てて説明を加えた。
「まだ、運輸本部の認可の手続きが終わっていません。直ぐに申請しても審査が終わるまでに1ヶ月は掛かると思います」
 イマムラたちが心に秘めていた難関の一つである。審査中に連邦政府から出された高速艇開発制限が自治州において通達されれば、認可が下りる可能性はないのである。しかし、検査技官はイマムラたちにとって意外なことを言った。
「既に保安局が認可手続きを代行して、申請は承認済みです。この船は宇宙に運べば、自由に飛び回れますよ」
 検査技官はそう言って時間を確認し、慌てて飲み残しのコーヒーをあおった。
「旨いコーヒーだった。あの事務員さんにもお礼を」
 2人の検査技官はそれだけ言い残して去ってしまった。仕事のスケジュールに追われているのだろうが、やって来たときと同じ素早さだった。
 部屋に取り残されたイマムラとウォルヒは黙って顔を見合わせた。信じられない。しかし、二人の目の前に空のコーヒーカップがあって、二人の検査技官が居たことは間違いがないのである。
「ウォルヒ。他のメンバーにも知らせてやってくれ」
 ストヤンやウルマノフが知れば怒るかもしれないが、この時、イマムラにとって上司は些細な人物にすぎなかった。まず、この事実を仲間に知らせてやりたかったのである。そして、その役目は、ウォルヒにさせてやりたかった。開発期間中、彼らは当初からハンディを背負い、メンバーは様々な矛盾と直面し続けた。しかし、その矛盾は全て、最後に主任設計者の役割を果たした彼女に背負わせていたのである。
(他の者なら出来なかっただろう)
 そう思うのである。全体を取り仕切ってまとめて行くという点では、ドノバンは人望もある。しかし、問題の調整能力があるだけに、彼は何処かで現実と妥協してしまっただろう。彼女はその小柄な肩で、わがままで独善的にも見える判断を下してメンバーの反感を背負いながら、仲間の努力をMSC─Xの中に結実させることに成功したのである。
「さあ、些細なことは、」
 ストヤンやウルマノフのことを指している。イマムラは続けた。
「私が済ませておくから、君はメンバーの所へ。それから、手分けをして協力工場の連中にも報告とお礼を」
 イマムラはそうやって戸惑いを見せるウォルヒを部屋の外に押し出したのだった。
 
 

アスカ誕生

 取りあえず、この物語の第一幕を締めくくる情景が広げられている。ネヤガワ工業の応接室にはウルマノフの他、協力メーカーの社長の姿がある。一人、また一人と加わって狭いと感じるほどになった。社内の技術屋から試作船が期待以上の性能を示したという報告をきいて駆けつけてきたのである。互いに笑顔で肩をたたき合ってはいるが、大騒ぎをすると言うより、コーヒーを飲みながらわき上がってくる喜びを噛みしめているのである。
「この男は、」
 クルーガー社長はウルド特殊車両のモーリス社長にウルマノフを指さして言った。
「前から、ひねた奴だった」
 ウルマノフに対して、もう少し素直に嬉しそうに喜んだらどうだと言っているのである。
 ウルマノフはにやりと笑って返事を帰した。
「これからだよ。まだ、これからだ」
 みな、ウルマノフの言葉に頷いた。経営者として現実的な目を持っている。しかし、慎重な言葉と裏腹に、その言葉の語感は先の見通しが付いた明るさを感じさせる。ウルマノフは、ふと思い出したように言った。
「よし、あの女にも知らせておいてやろう」
 ロイドの元に連絡を入れる事にしたのである。ウルマノフはオスマイルを通じてロイドを呼び出して、彼女の映像に向かって言った。
「私たちの新型船MSC─Xは『アスカ』と名付けることに決めました」
 名称が付けられたと言うことは、正式に製造に移ると言うことを示していた。経営者達にとって、こぼれ聞こえた『アスカ』という名は初耳だが、新型船の名称ぐらいはネヤガワ工業に優先権があるだろうと笑ってみていた。
 『アスカ』というのは地球の古い言葉だった。地名を表すこともあるが、もともと「飛翔する鳥」という意味だと、ウルマノフはニシダから聞いていた。ニシダが自分たちの手で開発した船体につけるつもりだった名称である。火星市民の自主開発を振り返ってみれば、ニシダという頑固な小男に行き着いてしまうような気がする。名称だけでも引き継いでやってもいいと考えたのである。なにより、MSC─Xの鳥のように滑らかな外観は、その名にぴったりだった。
 
 運輸交通部本部の部長室で、ロイドの傍らにオスマイルが居る。ウルマノフからの連絡をロイドに引き継いだ。
(開発が成功した。)
 ウルマノフの用件はそういう連絡に違いなかった。オスマイルは電話口から漏れ聞こえる会話からそう判断して、髭を撫でつけた。満足したときのオスマイルの癖である。
 ウルマノフの声が一段と大きくなって、ロイドに語る言葉の内容がはっきり、オスマイルにも聞き取れた。
「ロイドさん。最後に年長者のアドバイスとして聞いてくれ」
 ロイドは突然の提案に面食らったようだ。ウルマノフは続けてロイドに語りかけた。しみじみとした口調で年輩者らしい落ち着きと説得力がある。
「頑固はいけないよ。人間、素直が一番だ」
 ロイドの反論を待つまでもなく、ウルマノフは電話を切ってしまったらしい。ロイドは苦笑いを浮かべるしかない。突然に会話を終えたロイドは、オスマイルに命じて言った。
「たしか、技術供与制限法の追加の通達が来てたんじゃなかった?」
 オスマイルにとって、たしか、どころではない。
「毎日、実施はどうなっているとつきあげられてますが、、」
「あら、大変ね。至急検討するから、私に回してちょうだい」
 新型船について、その開発すら制限しようとする通達を、彼女は今まで、アスカの完成まで握りつぶしていたのである。通達は開発計画途上の船体を対象にしたものだから、試作機が完成して製品になってしまえば規制の対象から外れるのは間違いがないのである。
 オスマイルは思った。
(ホンマ、怖いおばはんやで)
 
 ロイドが立ち上がって窓の外を見ると、人々が見えた。この区画は行政の中心地だった。独立を求める人々のデモ隊と警官隊が衝突していた。道路が封鎖されて火炎瓶が燃え上がり、警官が催涙弾で応射するという激しさである。
(もう、避けられないのかもしれない)
と、独立闘争のことを考えたのである。
 
 格納庫ではいよいよアスカが航行試験のために宇宙空間に移送される準備が進んでいた。宇宙を航行する日が近づいているのである。「アスカ」と名付けられた船は、やがて開発メンバーの想像を超えて、火星市民の誇りと運命を託す船体に育って行くのである。もちろん彼らには、この後まだ、いくつかの難関を抱えている。
 
 しかし、今しばらくは、この連中を喜びの中で、そっといておいてやっても良い。
                                   
 
*カティア・ドノバン : この「アスカ誕生」に登場するドノバンの娘です。最終話では成長したカティアが、ウォルヒとともにヒロインとして登場します。

あとがき

 長い作品に最後までおつきあいいただいてありがとうございました。

 ただ、この物語はこれで終わりではありません。人々の夢や期待を紡いで姿を現したアスカは宇宙空間を航行する許可を得て、いよいよ宇宙空間に運ばれ、この物語の途中に少し登場したジーン・フランクリンとサナカ・オボテの2人のテストパイロットに委ねられます。その二人の物語はまた改めて。
 
また、後にレスキュー仕様に改造されたアスカの物語がすでに公開済みです。もし、よろしければお読みください。
「赤い大地のレスキュー」

キャラクターイメージ資料

  私にとって、長い物語を書き上げるとき、小説では文章で表現する人物を、イラストにしてキャラクターのイメージを固めていることがあります。この作品の資料を整理していて、そんなイラストが数枚出てきましたので公開しますね。

興味がある方はご覧ください。皆様が小説から得ていたイメージと違うでしょうか?

 

パク・ウォルヒ

名前からも分かるとおり、朝鮮半島系の血筋の女性ですが、物語りを描き始める段階では中国系のキャラクターでした。現在の韓国人女性でよく見かける目元がぱっちりした感じはなくて、切れ長のイメージでした。

 

エリック・ドノバン

 

イマムラ

 

エレン・ウィリアムス

 

ニシダ社長

ネヤガワ工業の創業者で先代の社長です。頑固な中小企業のオヤジです。

 

ジーン・フランクリン

今回の物語では姿は見せず、新人社員を呼ぶ声だけの出演でした。続編の「アスカ飛翔」では主役の一人としてアスカのテスト航行を行います。

 

 

 

 

 

とりあえず、出てきたイラストはここまで、他のキャラクターのイラストも出てきたらUPするかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 


奥付

 

アスカ物語 ~アスカ誕生~


http://p.booklog.jp/book/74823


著者 : 塚越広治
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/ken19570420/profile
 
 
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