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もくじ
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原色宇宙人大図鑑
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祝辞
先生からの祝辞イラスト その1
先生からの祝辞イラスト その2
先生からの祝辞イラスト その3
先生からの祝辞イラスト その4
先生からの祝辞イラスト その5
先生からの祝辞イラスト その6
「未来アイテム研究所」大友そーりん
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「未来は既に腐っている」 諸星ゆびわ
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「 宇宙についての6つの物語」 松田リアル
「宇宙についての6つの物語」
1<ふたご座流星群>
2<不穏色の空>
3<夕暮れの流れ星>
4<流線型アリス>
5<夏の椿>
6<宵待月>
「美女」画ギャラリー Mono-Chrome 氷魔
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スタッフ募集
めさき出版スタッフ募集のお知らせ
第四回新脈文芸賞
トビラ
「恋人」夢沢怪奇
「恋人」の選評
「黒い葬式」北橋勇輝
「黒い葬式」の選評
「魔女の森」松田リアル
「魔女の森」の選評
「知らぬが仏、知ったが仏」林ノ池
「知らぬが仏、知ったが仏 」の選評
「猫の檀家さん」小島パブロン
「猫の檀家さん」の選評
「時をかける脱衣」遠藤玄三
「時をかける脱衣」の選評
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めさき文庫、第一弾「二十五度サマー」遠藤玄三
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「魔女の森」の選評


大友宗麟 

 新脈新人賞も第四回を数え、とんでもない作品を召喚した。これが、新たな小説のカタチか。
 面白い。雑踏の中、意を向けずそばだてた耳に、いくつかの意のない単語が発覚される。
 性別も言語も順序もてんでバラバラのその断片をつなぎ合わせてみると、一つの意をはらんだ言葉が出来上がる。正にその驚きと喜びがない交ぜになった狂乱、それが読後の私を襲った感情だった。
 人は歴史を欲する。別に言葉となった過去を知りたいんじゃない。今を生きていたかつてを今、自分と重ね併せたいが為。魔女のCDを巡る人も場所も時もてんでバラバラな過去たちは、今のもの(リョウ・カナ)によって継続された瞬間、歴史と成り得た。
 ここに立ち会えたことを、私は光栄に思う。


モチヲ

「『バランス』を評価」

 非常に「バランス」のいい作品である。
 他の選評者も言っていると思うのだが、まずは目につくのは、この斬新で特異的な物語展開と構成である。細切れのような断章が入れ替わり立ち替わり出てきながら、物語は精巧なパッチワークのように構成されている。
 しかし、この物語展開そのものがこの作品の主たる特徴とは言えない、と私は思う。私は、この作品の「バランス」のよさを評価したい。
 まず文体だが、軽やかな、まるで散文詩のような文体で、読みやすい。説明調でしつこいこともなく、かと言って説明不足のところもない。まさに音楽で言えば、必要な音だけが必要なところに配置され奏でられているようである。またシチュエーションによって書き分けているところもよいと思う。
 次に構成だが、さっき斬新で特異的、と言ったが、それは現在の小説の主流の構成とは異なるということであって、実際は、どちらかと言えば、小説の伝統に根ざした構成である。「小説とは不連続な断章の連続的な展開である」というとある文芸評論家の言葉があるが、それを地で行くものであって、断片的な話が読み進めるごとに、まるで多くのジグゾーパズルのピースが集まってくるかのごとく、全体がおぼろげに見えてきて、やがてそのピースがぱちりぱちりと合わさって一つになっていき全体の姿を見せるかのような構成で、逆にこういう構成は、最初に全体が見えていないと出来ない分、非常に技術には高いものが要される。つまり、「書きながら落とし所を考え、上手い頃合いを見て落とし込む」というアドリブのような真似(行き当たりばったりとも言える)はできないのである。
 また内容だが、魔女のCDというアイテムを軸に多くの物語群が存在する。この魔女のCDが何か、最初に簡単に説明される程度で、後はそれが事細かに解説されることはない。しかしこれが、このアイテムに多様な象徴的な意味を持たせることに成功している。またそうであることによって、そもそも「カナは魔女なのか(それはお母さんの冗談ではないか)」「魔女のCDの音楽とは何か、そしてそれが人々を魅了するのはなぜか」などに、多くの回答を用意する(解釈の幅を用意する)。この「広がり」がこの話を面白くしている。
 ……さて、こうしてみると、この作品は一見変わった作品に見えながら、非常に、「小説としての基礎力」をバランスよくしっかり持った作品と言えるだろう。次回作も期待したい。


佐藤家清

 CDという次世代のメディアの登場によって失われつつあるテクノロジーと、かつては最新の理論であった魔法が見事に融合された、過去へと立ち返りながらも現代を強烈に描いたSF(奇想)小説。
 初めて読んだ時の感想は「ビビった」の一言で、幼い子どものラクガキのような理屈ではなく、力強いで魅力的な画の連続が、理解より先に脳を刺激して、妙な汁がほとばしった、とにかく新しさを感じる。
 「わかるやつにはわかる芸術性」というすべてのメディアについてまわる不思議な感覚や共感を「魔女の力」というわかりやすいものに落とし込めて表現しているのが、素晴らしい。
 一部に強烈な支持を持つマニアックなアーティストが一般に受けず、そのまま前に消えてしまうことや、また一般性に受けた時、まるで魔法が溶けたかのように過去の魅力がなくなってしまうような十代の頃に感じた音楽に対する強烈な感性がこの作品にはいっぱい詰まっている。

「知らぬが仏、知ったが仏」林ノ池

「知らぬが仏、知ったが仏」林ノ池

 

 

 

――あなたは、人の心が読めたらいいと思いますか?

 月田くん。彼の方を向いて、そう呟くだけで満足だった。いや、そこで満足することしかできなかったんだ。
 彼は皆から人気のある、クラスのムードメーカー。友達が多く、スポーツ万能で、彼の周りにはいつも人が集まっていた。彼に想いを寄せる女子はたくさんいて、私もその内の一人だ。
 でも私は、人と接するのがあまり得意ではない。だからこうして離れた所から、楽しそうに会話に花を咲かせている彼を眺めていることしかできない。そんな日々が、もう半年以上続いていた。
 でも本当にこれでいいのだろうか。たまにそう思うことがある。できることなら、私も彼とお話ししたいし、彼のことをもっと知りたい。
 だけどそう考えると、決まって「彼の邪魔になるのではないか」という考えが頭を過る。だから、ずっと一歩を踏み出せないでいる。
 せめて彼の考えていることがわかれば、少なくともそれに合わせることで、邪魔にはならないだろうと思う。
 私は、そんな力が欲しかった。


 × × × × ×


 通っている高校から家までの間に、神社が一つある。学校帰りにふらっとそこに立ち寄ったのは、特に意識してのことではなかった。
 ただ、気がつくと私は社の中にいて、賽銭箱に硬貨を投げ入れ、鈴を鳴らし、一心に祈っていた。『人の心が読めるようになりたい』と。
「……それがあなたの願いなの?」
 不意に、後ろから声が掛る。驚いて振り向くと、そこには小学生くらいの、紫色の古風な着物を着た女の子が立っていた。
 急に声を掛けられたことに少し動転しつつ、私はとりあえず自己紹介をすることにした。初対面の子を、びっくりさせないように。
「え、えっと、私は若田こころっていうんだけど、あなたは何て名前なのかな?」
 しかし少女は私の質問には答えず、ただ真っ直ぐな瞳でじっとこちらを見て、ゆっくりと話しかけてきた。
「……本当に、人の心が読めるようになりたいの?」
 ? どうしてこの子は、私が思っていたことがわかるのだろう。ひょっとしたら、無意識のうちに私の口から出てしまっていたのかもしれない。
「できることならね。まぁ、そんなことが起きるはずがないんだけど、ね」
 軽く笑ってみせる。無理だとは思っている。でも、ひょっとしたら神様がいて、私の願いを聞いていてくれているかも知れない。そんな気がした。
「……後悔しないと、いいですね」
 声が聞こえたかと思うと、既にその子の姿は見えなくなっていた。ほんの少し、眼を離していた間に。もう帰ってしまったのだろうか。
 私もそろそろ帰ろう。


 × × × × ×


 翌朝になって異変は起きた。
 普段、私の母は優しい。女手一つで私を育ててくれた、自慢の親だ。しかし今日は、水道で食器を洗っている背中から、色々な「思い」が伝わってくる。

『――今日は彼が来るわ。シーツ取り替えておかなくちゃ』
『――こころ、今日は帰ってこないといいのに……』

 これが、「人の心が読めるようになった結果」だとわかるのに、それほど時間はかからなかった。正直、かなりショックで、すごく悲しかった。あの優しかった母の、黒い裏側。それを垣間見てしまった私は、なんとも言えない気持ちになる。
 ……でも私は、月田くんの心が読めればそれでいい。少しくらいの対価は支払うべきだ。そう自分に言い聞かせることで、やっと落ち着くことができた。
 これ以上、母の思っていることを聞きたくない。私は複雑な思いを抱えつつ、早々に家を出て学校に向かうことにする。


「やぁ、こころちゃん、おはよう」
 家を出たところで、近所のおじいさんに出会った。昔から色々と面倒をみてくれた、優しい人だ。と、思っていた。

『――えぇ女になってきたのう。ワシがもう少し若ければ……』

そんな心の声を聞いたら、今までのイメージは全て消え去ってしまった。どこか裏切られたような気持ちがして、私はその場を急ぎ足で立ち去った。


 × × × × ×


 学校に着いてからは、それはもう酷かった。すれ違う男子は皆、破廉恥な考えしか持っていないし、女子は女子で『根暗』だの『どこか見下してる感じがする』だの、好きなことを言っている。
 ――正直、もう嫌だ! うんざりだ! 人の心を読むことが、こんなにも耐えがたいなんて全然知らなかった。今日、もう一度神社に行って、元に戻してもらおう。そうしたほうがいい気がする。
 ……それでも。私は思い直す。一度だけでいい。月田くんが私のことをどう思っているのかを知りたい。
 ひょっとしたら月田くんは他の男子とは違って、綺麗な心しか持ち合わせていないかもしれない。それに、もし私に気に入らないところがあったとしたら、とりあえずそこを直すところから始められるから。
「ハハハ、それでさ――」
 ちょうどそのとき、月田くんが私の席の前を横切った。私は思わず彼を呼びとめた。

「あ、あの、月田くん」
「? なにか用事でもあった?」
 彼はいつも通りの優しい笑顔で振り向いてくれた。ただ、

『――コイツ、誰だ?』

 それが彼の心の声だった。同じクラスになってから、既にかなりの時間が経っているというのに、彼は私の名前すら覚えていなかったのだ。
「や、やっぱり、何でもない……」
 それだけ言うと、私は机に突っ伏した。内心、かなりショックが大きかったからだ。

「そう? それじゃ」
 月田くんは何もなかったかのように去って行った。しかしその後、嫌なヒソヒソ声がそこかしこから聞こえてきた。

 ――なに、あの女。きもーい。
 ――月田くんに話しかけんじゃないわよ。
 ――根暗は寝てればいいのに。

 耳を押さえても、どんどん私の頭の中に気持ちが伝わってくる。

『――っていうか、あいつウザくね?』
『――死ねばいいと思うよ』
『――誰も悲しまないだろうし』

 やめて! もう、聞きたくない!

『――つーか、アイツ誰よ?』
『――あんなヤツいたか?』
『――どーでもいいよ』

 ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ――


 × × × × ×


 放課後になると私は神社に急いだ。一刻も早く、人の心を読めなくしてもらいたかったからだ。
 人の心が読めても、少しも嬉しくなんかない。知らないほうが幸せだった。どうしてあの時、気づけなかったのだろう。
 皆の本当の気持ちを知ってしまった以上、もう今まで通り接することはできない。これからどうやって過ごせばいいのだろうか……。
「キャッ!」
 不意に強い衝撃を受け、それと同時に悲鳴が聞こえてきた。夢中で走っていたため、スーツ姿の若い女性とぶつかってしまったのだ。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
 私の差し出した手を掴んで、女性が立ちあがる。
「私は大丈夫。あなたは平気?」
 優しく声を掛けてくれた。しかし、心の声は違う。

『あっぶないわね、このクソガキ。どこ見てんのよ! 服が汚れたじゃない!』

 ――もう、嫌だ。
「ぁ……、あ……」
 私は何も考えないことに決めた。そうすれば、周りの人たちの心の声も、雑音くらいにしか聞こえない。
 私の急な変化に、さきほどの女性は驚きを隠せないでいるように見える。でも、もう何も考えることはない。いや、何も考えない方が楽なのだ。私は周りからの雑音をすべて聞き流しながら、ふらふらと力なく歩き始める。
 突然、放心状態だった私が意識を取り戻すくらい、とても大きな心の声を聞いた。

『――おいっ、信号は赤だろ! 危ない、どいてくれ!!』

 そして周りからも、たくさんの悲鳴が聞こえてくる。振り向くと目前に巨大なトラックが迫ってきていて――


 ~ ~ ~ ~ ~


「まだ息はある。急いで病院に運ぶんだ!」
「慎重に運べ! あまり動かすな」

『――これはもう間に合わんな』
『――ったく、めんどくせぇ』


「知らぬが仏、知ったが仏 」の選評


大友宗麟 

 胸のすくようなすがすがしいまでのバッドエンドにやられた。
 ショートショートの切り口に、いつ裏切られるかとどきどきして座していたら、突きつけられた、突然の死、そしておわり。これほどまでに見事などんでん返しがあろうか。私は思わず座布団の上からひっくり返ってふて寝を決め込んでしまったが、ふたたび読んでみると、まあその徹底された白と黒の世界の変異が我々の「いつ裏切られるか」というこころの機微を実に巧く陥れているのに気付く。疑う心を疑え、と、じつに千日手めいている。われわれの生きている世界は嘘にまみれ、そしてそれに気が付かない振りをしてひとは生きている。そうした、ふだん見たくないものをちらつかせ、甘言を操ってやがてその結末まで描いてしまう。これはわれわれの死の演繹である。
 つまり、この物語は哲学である。

ハラオ

「裏切らない裏切り」を評価

 他の選評文でも似たようなことを書いたのだが、「読者を裏切る」ことは小説を書く上で必要なことであって、たとえば悪い出来事からのハッピーエンドはその最たるものと言えよう。
 静と動、善と悪、そして幸と不幸。こうした対極のもたらすギャップを、話の展開でうまくギミックとして用いることによって、読み手に驚きを与える。「(小説を読んで)びっくりしたい」とは作家国木田独歩の弁だが、小説を書くこととは、その「びっくり」をいかに創造するかの作業とも言える。よくある話によくある展開、ならば、読者はその話に引き込まれないし、読み続けもしない。これは道理なのであって、読者が想定することをいかに裏切るかを、小説家は考えないといけないのだ。
 しかし、一方で「裏切らない裏切り」というのもある。この作品は、その好例と言えるだろう。
 人の心を読めたらいいと願う主人公が神社願ったその甲斐あって、「読心力」を得る。しかし、聞こえてくるのは人々から聞きたくなかった心の声、それに辟易として……と話は続くのだが、そもそもがこれ、好きな人の気持ちを知りたいという純粋な乙女心から生まれたこと。たとえ周りどんなに「邪悪な心」であろうと、好きな人の心さえ清らかであれば救われるものを……と大半の読者は考える。しかしこの筆者は裏切るのだ。
 ある意味、常套的に考えるとハッピーエンドになるであろうポイント(この話では好きな彼の心の声を聞くところ)でさえも、やはり他の人の心の声同様に「願ってない心の声」しか彼からも聞こえて来ず、主人公は周りへの疑心暗鬼をさらに募らせ、話はさらにエスカレート。しまいには、主人公は交通事故に逢うのだが、助ける救急隊員ですらも……。なんとも救われない終わり方をするのである。
 この話は、初期の「読心力を得て、知らなくてもいいことを知った主人公が疑心暗鬼になり、周りに絶望する」という話のまま最後まで突っ走るという、ある意味「読み手を裏切らない」展開になっている、とも言える。つまり、「裏切ることが小説」にあって、「裏切らない(前の話を受けて引き起こる事態として裏切りがない)」ことが、結果として「裏切っている(読み手はどこかで前の話をひっくり返すことを望んでいるため)」のである。これは高度な物語展開だと言えるだろう。
 読者や鑑賞者は、映画や小説を見て、「こうくるとは思わなかった」と言いたい。そして、それを楽しんでいる。この作者はそれを「最後まで報われることなく死」という話の筋道を転回することなく、見事に読者を裏切ってしまった。

佐藤家清

 「あなたは、人の心が読めたらいいと思いますか?」という質問から始まり、主人公の恋愛を軸に、一気に最後のアンサーへと駆け抜ける。
 本心と発言が一緒な人物を出したりしてもいいはずだけど、最後までダーク路線ですっとばしていくのがタイトな構成が気持ちいい。
 十代の頃にありがちな相手の気持ちを想像しすぎて、コミニュケーションうまくできなくなる青春時代のたくましい想像力をホラー小説化としたらこんな感じになるだろう。
 タイトルの「仏」の使い方がとてもうまい。

「猫の檀家さん」小島パブロン

「猫の檀家さん」小島パブロン

 

 春眠暁を覚えず。

 穏やかな季節は眠りを誘います。

 春の温かい日差しの中で、住職は、今日も縁側でうつらうつらとしていました。

 誰かが来る、なんて心配は、この寺には一切ありませんでした。なぜなら檀家は、もう一人もいなかったからです。

 この寺を訪れるものは、誰もいません。

 前の住職のときには、この寺は大勢の檀家を抱えていました。先代の住職はまめで、冠婚葬祭はもとより、とかく檀家の人に何かちょっとしたことがあっては、すぐに直接出向くような気配りようで、ある檀家が具合が悪いと言っては、精のつくものを届けやり、またある檀家がお金に困ったと言っては、工面して何とかしてやり、そして山向こうの檀家の子で勉強ができない子がいると聞いたら、山を越えて読み書きを毎週教えに行っていました。

 当時のお坊さんは、単にお葬式でお経をあげるだけでなく、村一番の学者であり、医者であり、そしてその村の「世話人」だったのです。

 しかし、この今の住職ときたら、葬式でお経をあげる以外は何もすることなく、昼から酒をあおりうつらうつらとしていましたので、檀家たちは次第に離れ、みな隣村にある寺の檀家となり、やがて誰もいなくなったのでした。

 当然寺は荒れる一方です。境内の石畳の間からはぺんぺん草が生え、掃除をしないので床は埃まみれで歩けば足あとが付くほどです。そして古い畳は湿気を帯びて、やがて腐っていきました。

 しかしそんなこととは関係なく、今日も、のどかな一日がゆっくりと時を刻み、過ぎて行きます。

 そこへ一匹の猫が来ました。のそのそとやってくるとけだるげに縁側によじ上り、住職の横に来ると、これまた住職に合わせてうつらうつらやり始めました。

 住職は気配を感じ、薄目を開けその猫を確認しました。

 その猫は、この寺に住む猫でした。そして言うなればこの寺唯一の「檀家さん」でした。

 いつ頃からか知りません。そう住職がこの寺に来た時分から、この猫はいました。そしていつもこの縁側で寝ていました。灰色のきれいとは言えない毛並みで、ふてぶてしい態度でいつもそこにいました。先代も大事にしていましたが、この住職もこの猫だけはとても大事にしました。

 そして、この住職がする一日の仕事はこのぐらいでした。

 その猫の飯を作ってやって、それを出す。その日課だけは欠かしませんでした。ただしそれは猫にせかされるから、というだけ。

 住職は、面倒くさそうに重い腰を上げると、いつものように土間へ行き朝餉(あさげ)の残りを適当に茶碗へ放り込むと、猫に差し出しました。

「さあ……」

 猫はまたいつものように、その「さあ……」が言い終わらない内に茶碗に顔を突っ込んでいました。そして顔を上げることなく、一気に平らげてしまいました。

 また、住職もその姿を見ることなく寝入っていました。わざわざ見るまでもなく、それはいつものことだったからです。

そして、またいつも穏やかな時間が流れるはずでした。すると。

「ああ~あっ!」

 突然、人のあくびのような声が聞こえてきました。

 住職は驚きました。

 誰もいないのに人の声がしたから当然です。

「坊様、日に日に飯が貧相になっていきますなあ。」

 その言葉の先には、猫の憎らしい顔がありました。

「すまんな。檀家もいない。自分が食べるのもやっとじゃ。」

「そうでしょう。これでは坊主丸儲けならぬ丸つぶれ……。」

 猫の生意気な口に、住職は、たしかに最初は驚いたものの、以降は余り不思議さを感じませんでした。最近はお酒を飲み過ぎているのか、夢の世界なのか、現実の世界なのかがよくわからなくなることが多くなっていたので、きっとここは夢の世界であろうから、猫も人の言葉を話してくるだろうなどと、一人合点していました。

それよりも、猫の減らず口がいら立ちます。

「金もないのに、昼間からお酒とは……いやはや。」

 猫は、にやにやしながら言います。

「猫も世話できずに、仏の世話もできないでしょう。」

 ここで住職は、堪忍袋の緒が切れました。

「おまえは誰に今まで養ってもらったんだ。その恩、忘れたか。」

 住職は、猫を怒鳴り付けました。

 猫は肩をひょいとすくませてばつが悪そうな顔をすると、しっぽを ぱたぱたと左右に振りながら、さらに続けます。

「ご恩は忘れもしませんよお。特に先代の坊様には大変よくしてもらった。私は親を知りません。草むらで目も開かずみゃあみゃあやっているのを先代の坊様は取り上げてくれて、そりゃあ助かりましたよお。」

 猫が、自分のどなり声を意に介さず、余りにゆったりと間の抜けた調子で話すので、住職はすっかり怒る気力もなくなりました。

「しかし、この寺の住職が坊様になってからは、ロクなものをいただけていませんな」

 住職は再び腹が立って、また猫を怒鳴ろうとしました。しかしその言葉をさえぎるかのように、猫はすっくと立ち上がりました。

「いえいえ、お世話はもう十分。お暇(いとま)をさせていただきたいのです。」

「どういうことじゃ。」

 猫は周りをゆったり見まわしながら、こう言いました。

「お世話になったおかげで私も、とてもとても長生きし過ぎて、こう妖(あやかし)となりました。言いましょう、年取った猫は化けると。つまり『化け猫』です。こうなってしまっては、私は人の世界に住むことはできません。このように猫も人の言葉を聞き、そして話してしまう。さらに……。」

 猫は続けました。

「こう妖となりますと不思議な『力』が身についてしまうようです。何と申しますか全身に目がついたように、全てのものが見えるようになったのです。前もそして後ろも……。それだけではありません。明日や明後日や、もっともっと先のことが見えるようになったのです。たとえば……。」

 猫は自分のえさの入った茶碗を、さびしそうに覗き込みました。

「この飯も、もう最後でしょう。」

 図星でした。

 実は一週間前に托鉢(たくはつ)、というかただの物乞いで、近所のお百姓から分けてもらったお米ももうなく、明日食べるものがありません。あるのは酒と少々の大根の葉だけだったのです。

「ですからお暇しようと……。私の食べるもので坊様にご迷惑をお掛けするのはしのびない。もうここへは参りません。」

「……。」

「妖になったら、人間の言う『恩』というものも分かるようになったようです。ただの猫のときには及びもつきませんでしたが、今は、これまでのご恩をいたく感じ入ります、もう私のえさで、迷惑をかけるわけには参りますまい。こう考えまして、私は今日、それを言いに来たのです。私は猫。私は私で、これからはすずめや家守(やもり)でも捕ってやっていきます。」

 住職は、猫が余りに殊勝なことを言う一方、自分が猫のえさも出せぬほどに甲斐性がないため、大変情けない気持ちになり、自然と首がうなだれました。

 猫は、そんな住職の姿を認めて、自分の言いたいことを言い終わるとひょいと縁側から地面に降り立ちました。

「そう、坊様。」

 地面から縁側に座る住職を見上げつつ、またも猫は話しかけてきました。

「最後に、今までのご恩を返しとうございますな。」

「何を猫が……。」

 住職は苦笑いをしました。

「この村の西に庄屋様のお屋敷がある。そこの娘さんが今重い病で臥せっております。」

「なぜそれを知る。」

「ですから見えるのです。さらに……。」

 猫は目の中の瞳を大きく見張って言いました。

「一週間後に、その娘さんはなくなります。」

「それも見えると言うか?」

 住職のことばを無視して、猫は話し続けます。

「その後葬式がございますから、坊様、来てください。そうしたら庄屋の娘の葬式ですから、お布施もたんまり入りましょう。これで明日の飯の心配もなくなります。」

「なんと……」

 住職は軽く一笑しました。

「やはりけだものの浅はかさよ。『力』があっても浅薄なことだなあ。庄屋ほどの金を持っている者が、どうして葬式に、この貧乏寺のこんな粗末な坊主を呼ぶだろう。第一、あれは隣村の大きな寺の檀家じゃ。その娘が死ぬとわかっても、わしはどうしようもできない……。」

「いいえ、ですから私に一計がございます。葬式の日、娘さんをお墓に埋めるために長い列が山に向かいましょう。その時私が陰から、棺おけがお墓に向かうすきを狙って、その棺おけを宙に浮かすのです。何、私は『妖』ですから、そんなこともできるのです。空高くまで宙に浮かせてみましょう。したらきっとみんな慌てるでしょう。大事な仏様がどうなるか、はらはらと心配するでしょう。で、そこへ坊様が来られる。そしてお経を唱えるのです。えいっとか何とか。まあ、法力(ほうりき)を発揮するような真似ごとをしてください。それを聞いたら私は、棺おけを宙からすうっと降ろします。そうしたら庄屋もその周りの者の坊様に感謝するでしょう。そしてこれは徳のある僧よ、ということになり多くの礼金を……」

「そんなわけのわからない話、信じられると思うか……。」

 いぶかしがり、言葉を捨てるように吐く住職を前に、猫は思わず黙りました。

 「……しかし……お前の恩返し、本当だったらありがたい。まあ乗っかって話を聞いてやろうじゃないか。では、わしはどうしたらいい。まさか呼ばれもしない葬式に行くわけにはいかないじゃろう。」

 猫はまた話し始めます。

 「その娘さんの葬列は、この村の西にある川べりの道を通ります。ですから午(うま)のときぐらいにその道の辺りを歩いていてください。葬列にたまたま出会ったという塩梅で……。」

 猫は言い終わると、住職に背を向けて歩き始めました。

「そうそう。坊様は葬式くらいしか面倒くさがってやらない、そんな坊様へ、私が考えたのがこの『恩返し』なんですよ。では一週間後。待っております。絶対うまくいきますよ。では……。」

 猫はそう言い残すと、草の茂みの中へと立ち去っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猫が立ち去ってしばらくすると、住職は静かに、まず自分が酒を飲み過ぎたことを反省し始めました。

 猫が話した内容もそうですが、そもそも、よくよく考えてみれば、猫が話していること自体が全くありえないことです。こんなおかしな出来事は、きっと酒を飲み過ぎて、酔って夢を見ていたとしか思えません。そして住職はそう思い込むことで、自分を納得させました。

 これは夢なんだ、これは夢なんだと。

 そう自分の中で繰り返すことで、話が一件落着すると、住職はその「夢」を消し去るつもりで立ち上がりました。しかしそれに反して、住職の体は大きくよろめいてしまいました。

 ほらやっぱり飲み過ぎだ。こりゃ、いかんいかん。

 酒を飲み過ぎて夢かうつつかわからなくなるのは、いつものことです。

 住職は体勢を立て直しつつも、酒に飲まれた自分の情けない姿に、ひとり苦笑いをしました。ちょうどそのときでした。

 かつ。

 住職の、右足のつま先に、固い何かが当たりました。

 見ると、それはあの茶碗でした。

 そう、たしかに猫は、この茶碗でえさを食べ、そしてその後猫は、住職に話しかけてきたのです。

 そう思い直すと、今度はさっきまでのことが、住職の中に急にはっきりとよみがえるではないですか。合わせて、住職の頭の中に、あのときの猫のことばが思い出され、繰り返されました。

 先ほどのあれは、実際のことだったのだろうか。

 あの化け猫は、ここで「奇妙な恩返し」を本当に約束したのだろうか。

 住職は、今度は、さっきのことが本当に起こったことのように思えてきて、次第に妙な体のこわばりを感じました。

 「一週間後、村の西の庄屋の娘が亡くなる……」

 住職の頭に猫のあのときの言葉がまた繰り返されます。

 こうなると、猫はたしかに恩返しを約束してくれたのだと、住職は思わざるをえない気持ちになりました。

 そしてそのとき、猫は、たしか最後に、こうも言いました。

 「坊様は葬儀しか面倒くさがってやらない。」そんな坊様だからこうした「恩返し」を考えたのだと。

 住職は、頭の中で繰り返されるその猫の言葉に、「いや……」と否定をすると、やがて、さみしく笑いながら、杯に酒を注ぎ始めました。

 

 

 

 人は、死んだらおしまい……。

 こんな悲しい気持ちにとらわれるようになったのはいつからだったのでしょうか。しかし、いつしかその気持ちが住職の胸にいっぱい満たされ、そのときはもう気付いたら、毎日酒を飲み、満足に住職としての仕事をしなくなっていました。

 あの猫は知らないでしょうが、この寺に来る前、住職だって実は、若い修行僧の頃は多くの檀家さんにやさしく接する僧でした。あの頃は仏の道をただひたすら極め、多くの苦しんでいる人や悩んでいる人を仏の力で救いたいという気持ちを、強く熱く持っていました。

 修行先のお寺では、お経の研究はもとより、病気を治すおまじないや雨を降らす方法など、いろいろなことを貪欲に学びとりました。

 仏の教えには、死んだ人を弔う他、病気を治したり、人を災難から遠ざけたりする。そういう術(すべ)がたくさんあったのです。

 そのときの、若い住職には、多くの人のいろいろな苦しみを救うために、そうした仏教の全てを学びとろうという情熱がありました。ですから、当時その寺では、一番熱心に勉強する者として、その寺で一番偉い僧正にほめられたこともありました。

そんなある日、ついに、その修業の成果が試される日がやってきました。

 その寺の檀家のお母さんが急に熱にうなされて、床に臥せってしまったのです。

 その寺の僧正は、当時一番修業を積んでいる、若い住職を連れて、その檀家のところに行きました。

 急いでその家に向かうと、玄関先で待ちわびていたであろうその檀家の男が、取り乱しながらも、うやうやしくその僧正と住職を出迎え、お母さんが寝込んでいる部屋へそそくさと案内しました。

 見れば、熱があるのか真っ赤な顔をし、玉のような汗をとめどなく流し、苦しそうな顔をしています。そして余りの苦しさの余り、食事はおろか話すこともできない有様です。

 そのとき若い住職は、何とかこの人を救ってあげたいと思いました。

 また仏は、この家はとても信心の深い檀家さんであったので、必ずご慈悲をお与えになるに違いないとも思っていました。

 早速、僧正と若い住職は護摩を焚くと、仏の力によって、そのお母さんの中にいる病を祓い(はらい)きろうとしました。目の前で立ち上がる火の前で、若い住職は僧正の横で、必死の思いでお経を唱え続けます。

 早く良くなってほしい……。

 そんな気持ちだけが若い住職を突き動かしていて、もうそれ以外のことは考えられません。また、必ずやこの本願は叶えられるという確信に近い気持ちが、若い住職のお経を上げる声をますます強くしました。それは、仏を信じる力の強さでもありました。

 時間の経つのも忘れて、僧正と共に病を体から消し去るための経を、読み続けました。

 そうしていると、いつしか朝になっていました。外は白々としてきて、やがて遠くから鳥の鳴く声が聞こえてきて、また夏だったので、それを追うかのごとく蝉の声が降り注いできました。

 そのとき二人はまだお経を読んでいました。

 額から、汗が滴り落ちます。

 しかしそのお母さんはよくなるどころか夜よりもっと悪くなっているようです。

 熱で赤くほてっていた顔はいつしか青ざめ血の気が引き、荒々しく吐かれていた息もやがてとぎれとぎれとなり、息を吸っているのか吐いているのかもわからなくなっていきました。滝のように流れていた汗もいつしか引き、お母さんは、夏にも関わらず、やがて細かく震えだしました。

 そしてしばらくそうあって、突然急に小さくうめくと、お母さんは、やがて動かなくなりました。

 その瞬間、ぴたりと僧正も読経を止めました。驚いて、若い住職は僧正の方を見ました。

 「もうしまいだ……」

 僧正は若い住職にこう小さくつぶやくと、檀家の家族を呼び、そのお母さんが亡くなったことを淡々と告げ、すぐ葬式を挙げる準備をするように言いました。それは、横でうろたえているばかりの若い住職の一方で、とても手際よく行われました。

 その檀家の家族は、僧正と住職に泣きながらお礼を言うとお金を包んで渡し、葬式と、亡くなったことを村々に告げる準備をするためにか、蜘蛛の子を散らすようにいなくなりました。

 その中で、お母さんを救うことができなかったことに対して、若い住職は肩を落としました。そしてその命を救えなかった気持ちを、何とも整理できずにいました。一方そのかたわらで、もらった礼金をしまいこみ、とっとと帰り支度を済ませた僧正が住職を促すと、住職は放心して抜け殻のようになりつつも、やっとの思いで帰り道を辿りました。

 さて以後は、「これの繰り返し」でした。

 この後も多くの檀家さんを救おうとしましたが、結局どんなに一生懸命にお経をあげても、助かる人はおらず、甲斐なくみんな死んでいきました。それに悲しむばかりの若い住職に、そんなとき、僧正はこれを「寿命だから仕方がない」と言いました。けれども、若い住職はちっとも納得がいかず、ただ悲しみが深くなるばかりです。

 以降、日増しにむなしさが強くなりました。

 そして何と、ついには「仏は救ってくれないのだ」と、住職は悟るようにさえなってしまいました。

 死ぬものは死ぬし、どんなにお経を唱えても、何をやっても、それを仏は助けてくれないのですから。

 果てには、どんなに頑張っても、仏は苦しんでいる人を救ってくれない、仏を信じない、という境地に、住職は、なんと至ってしまったのです。

 しかし、もちろんこんなことは、周りの僧には言えません。仏に仕える身である自分が、こんなことを言ったら大変なことになります。ですからこれは決して誰にも言いませんでした。

 しかし、絶対言いませんでした……けれども、それは思わず住職の態度に顕れてきていました。

 このときには、自然と修行も手を抜くようになり、儀式として決まりきったことを、ただ形だけやりさえすればいいと考えるようになっていました。しまいにはお経も、どうせ素人が聞いても何を言っているのかわからないのだからと、適当に唱えるようになりました。

 何だか、今まで頑張っていた自分が馬鹿らしく嫌になってきていたのです。

 中でも、若い住職が自分自身一番嫌だったのは、僧である自分が仏を信じなくなっていたことです。そう思うと、自分が何のためにここにいて、またこんな大変な修行をしているのか意味がわからなくなり、悲しくなりました。

 ちょうどそのときでしょうか。若い住職は隠れて、仏の教えで固く禁じられている酒を飲むようになっていたのです。

お酒を飲むと嫌なことがすぐ忘れられるし、深刻な悩みが渦巻いていてもお酒はそれをかき消してくれます。そして少し楽しい気持ちにさせてくれたので、住職に嫌なことを考えさせないようにしてくれました。

 自分が毎日やっていることの無意味さに加え、それを誰にも言えなかったことが、若い住職にとって大きな苦しみとなっていました。そしてその苦しみを消し去るために、酒を飲んでいたのです。

 お坊さんは、酒や「生臭もの」をとることを修行上固く禁じられています。

 当然、こんな生活が修行僧として許されるはずがありません。

 そしてやがて、誰かの告げ口によって、とうとうこれが僧正にばれてしまいました。

 よく修行をした優秀な僧は、僧正から、大きな立派なお寺の住職に推薦されるのが普通ですが、僧正は若い住職に、そうした大きなお寺でなく、人里離れた小さな山寺に行くように言い渡しました。それがこのお寺だったのでした。

 ここへ来てからの住職は、専ら「葬式のお経あげ」だけを、やるようになりました。

 厄除けや病除けの護摩焚きなんて、頼まれてもまっぴらごめんです。どうせやっても効かないのですから、むなしくなるだけです。どんなに頑張ってお経をあげても、病気の人が全く良くならず死んでいくなんて……。もう一切、住職は悲しい思いになるのは嫌だと思っていました。

 しかし、その点葬式は、「安心」です。

 死んでしまった人は、「もうそれ以上死なない」からです。その人が死ぬ際(きわ)が、その周りにいる人たちの悲しみの最高潮であるとしたら、死んでしまった者はもうこれからはそれ以上死なないのですから、この先、その人の周りの人に「新しい悲しみ」がさらに付け加わることは、ありえません。またその人がこれ以上悪いことになることもありません。

 「死んだらおしまい」なのですから。

 その点で、住職にとって「安心」だったのです。

 住職が「葬式のお経あげ」しか仕事としてやらないのは、こういう理由からだったのでした。

「やはり、けだものの浅知恵じゃ……。」

 そう言うと住職は軽く目を閉じ、その杯の酒を、またぐいっと口に放り込みました。

 

 

「おお、こりゃ、どうしたことじゃ。」

「うわー、やめてくれ。」

 庄屋の娘さんの葬列は、たちまち大騒ぎになりました。

 なぜなら、葬儀を終え墓まで行く途中で、その亡くなった娘さんが入っている棺おけが、何の力も借りず、すうっと天に昇っていき、やがて手の全く届かない、空高いところに上ると、そこでピタリと止まってしまったからです。

 庄屋の娘さんの葬儀に参加していた人たちは、わーわーと、上へ下への大騒ぎです。何せ前代未聞のことですし、なぜそうなったのか、みな理由がわからず、そして解決策もわからず、ただ騒ぐばかりでした。

 特に庄屋は、自分の娘のことですから、心配で心配でなりません。このままずっと娘のお棺が空中にあったら、墓に入れてあげることもできず弔うことができません。娘は往生することができないでしょう。そう考えると、庄屋は何としても、あの娘の棺おけを、空中から下へ降ろしたかったのです。

「だ、だれか、娘を降ろしてくれ。だれか……。」

 しかし、そうは言っても、誰の手も届かない頭上高くですから、誰もどうすることもできず、結局庄屋含めて全ての人が右往左往するばかりです。

 さて、どうしてこんなことになったのでしょうか。

 たしかにその娘の葬列は、厳かに、庄屋の家からお墓へ向かう途中でした。

 しかし、その葬列の前に、いきなり猫が飛び出してきたのです。

 そしてその猫が棺おけをぐっとにらみつけるや、それはなぜか宙へ浮かび上がっていったのでした。

「きっとあの化け猫の仕業じゃな…。」

 葬列の先にいた、この葬儀をしきるお坊さんは、冷静にこの状況を見ていて、看破したごとく、こうつぶやきました。

 一方猫は先ほどからずっと、葬列を道の中央で通せんぼして、宙に浮く娘の棺おけをじっとにらんでいます。

「何でもいいから。お、お坊さん、どうにかしてくれ、娘を降ろしてくれ。」

 庄屋はすっかり取り乱して、このお坊さんに泣きつきました。

「……。」

 しかし、泣きつかれたそのお坊さんも、化け猫の力で棺おけが宙に浮くなんて、今まで聞いたことも見たこともありません。

 状況を見ていて、この化け猫が原因、というところまでは薄々わかりましたが、宙に浮いた棺おけを一体どのように降ろしたらいいのか、全くわかりません。そして、そんな棺おけを降ろす呪文や、化け猫を退治するお経なんて、いまだかつて聞いたことがありません。

 このあでやかな法衣を着るお坊さんは、隣村の大きくて立派な寺の住職で、とても高い位を持つ僧でしたが、さすがにこの「難問」にはどうすることもできず、困ってしまいました。

 とそのとき、その葬列の後ろの、遠くの方から、あの住職がやってきました。

 あの猫に言われた通りに、住職はやってきたのです。

 そして庄屋の娘の葬列にいた一人が、その住職の姿を認めて、声を掛けました。

「ああ、そこに歩くお坊さんよ、困ったことになっちまって……助けちゃくれないですかい。」

住職は答えました。

「……どうしました……。」

「旦那の娘さんが入った棺おけが空に浮いてしまって降りてこないんで……、どうしようもねえ。どうにかならないかい……。」

 「どうしました」と聞きながらも住職には、そこで何が起こっているか、もちろん分かっていました。というよりもむしろ、その出来事に出会うために、住職は、猫に言われたように、この川べりの道を、半信半疑ながら歩いていたのです。

 しかし、いざ目の前で棺おけが見事に宙高く止まっているのを見ると、驚きました。

「ほお……たしかに、見事に空に浮いていますな……」

「なに、のんきなことを言ってやがる……しかし、そんなみすぼらしいなりで、大丈夫かねえ……」

 葬列にいた別の一人が言いました。たしかに住職は、この葬儀を仕切っているお坊さんのあでやかで立派な法衣姿と違い、擦り切れた袈裟をまとっているだけでしたから、貧相な身なりには違いありません。これには住職は、返す言葉がありませんでした。

 しかしそのとき。

「うん、うん、うん……」

 葬列の前方にいた、その立派なお坊さんが、あまりに庄屋にうながされて覚悟を決めたのか、なにやらお経を唱え始めました。

「この方は、徳の高い坊様じゃ。何とかしてくれる…。」

 庄屋を始め、葬列にいた全ての人々は、固唾を飲んで宙に浮かぶ棺おけを見守りました。

 しばらく、そのお坊さんはお経を唱えていました。

 今は真夏の暑い盛りです。

 大きな蓮の花の刺繍の入った法衣は幾重にもなっていますから、このお坊さんの額からは汗がとめどなくふき、目にも落ちていきます。しかし力強くお経を唱えていました。

 でも、棺おけは、その間ぴくりとも動きません。何の音沙汰もありません。

 お坊さんは焦りの表情となり、葬列にいた人々は失望の表情となってきました。

「なんとも……、ならんな……。」

「びくともせん……。」

「お経に効き目がないんじゃ……。」

 やがて、人々は口ぐちに勝手を言い出すと、それを聞いたのかそのお坊さんも、お経を止め、「申し訳ないが……、わしには、どうすることもできん……」と言うと、諦めてしまいしょんぼりしてしまいました。

 この立派なお坊さんのお経をもってしても、棺おけを空中から降ろすことはできませんでした。

「なあ……、こちらの坊様に頼んでみちゃあどうだい……。」

 葬列から声が上がりました。

「おおっ、そこの方。な、なんでもいいから、早く娘を降ろしてくれ……たのむ。これじゃ、娘がお天道さんの下で腐っちまうよ……」

 庄屋もようやくこのみすぼらしい住職の姿を認めて、泣き顔で駆け寄ってきました。また周りの人も、住職だけが頼りといった様子で、住職を見ていました。

「あ……、うん。承った……」

 住職は必要以上に神妙な面持ちをすると、猫にちらっと目配せをしました。そのとき、猫もうなづいたように見えました。

「あ、あ、えへん……。おい、猫。頼むぞ……なむさんまいだ~」

 住職は大声でお経をあげ始めると、庄屋や葬儀をしきるお坊さんを始め、葬列に参加した全ての人が不安げな面持ちで、中に浮かぶ棺おけを見つめました。「猫と住職のお芝居」であるということを知らずに。

 やがて……。

「お、おい今お棺が下がったんじゃねえか。」

「ああ、何か動いたぞ。」

「おおっ。下がった下がった。」

 棺おけは、たしかにゆっくりと、地面に向かって降りはじめました。

「……よかった。……よかった。」

 庄屋さんは、周りの人と抱き合って大喜び。やがて、歓声の中、棺おけは、無事に降りてきました。

「よかった……よかった……。坊様よありがとう。ありがとう。一時はどうなるかと……、安心したよ…・・・」

 庄屋は安堵の表情で、住職の手をとると、何度も何度もお礼の言葉を述べました。

 しかし、住職は別の意味で安心しました。全て猫との打ち合わせ通りにうまくいき、庄屋たちを見事にだませたのですから。

「坊様は身なりはこのようだが、きっと徳の高いお坊様なのでしょう……。お葬式が無事終わりましたら、気持ちだけですが坊様に礼金をお渡ししたい。」

「いやいや、礼には及ばない……。わが身は仏に仕える者ゆえ……。」

 かたちだけの断り文句を言いながら、住職は内心ではしめしめと思っていました。これも猫との話の通りです。思わずにやけてしまいそうになりましたが、そこは我慢我慢。ばれてはいけませんので、ぐっとこらえました。

「いえいえ、ここで功徳(くどく)を積まねば、娘も極楽往生に行けないというもんだ。是非お礼をさせてください。きっと坊様は、子どもを守る地蔵菩薩の化身なんじゃろう。だから娘を助けてくれたんじゃ。ああ、ありがたい、ありがたい。」

 庄屋は手を合わせ、そして周りの人たちも住職に手を合わせました。そして口ぐちに感謝と礼賛の言葉を述べるではありませんか。

 住職は、こそばゆい気持ちとだまして申し訳ない気持ちとが入り混じり、何とも言えない表情になってしまいました。

 ちょうどそのとき、向こうから若い男の怒号が聞こえました。

「このっ、いたずら猫めっ! 仏にいたずらするたあとんでもない猫だなっ!」

 見ると、がたいのいい男の大きな右手には、あの猫が、首をしっかとつかまれているではありませんか。あまりに力強く握られているせいなのか、ばつが悪いのか、しょぼんと情けない表情で、あわれ囚われの身になっていました。おそらく逃げ損ねて、捕まってしまったのに違いありません。

「旦那あ、この猫でさあ、悪さしたのは…」

 猫を見ると、庄屋は眉根を寄せ、とても不機嫌な顔になりました。そして……。

「うちの娘によくもこんなことをしてくれたなっ! 死人にいたずらするとはほんとひどい畜生だ! きっと前世は悪人だったに違いない。それで畜生道へ落ちたものだろう。ロクなもんじゃない。ねえ坊様…。」

「……う、うむ……」

 とっさに話しを振られた住職は、答えに窮しました。実はこの猫と話を合わせて一芝居打ち、いい思いをしようとしてたなんて、知られるわけにはいきません。でもふと、猫の悲しげな目と合ってしまい、助けられない自分に少し後ろめたさを感じました。

「その猫も……悪気があったのではないだろう……悉く生けるものを照らすのが仏……。離しておやりな……」

 住職の何とも歯切れの悪い、猫への弁護の言葉もむなしく、辺りには怒号が鳴り響きました。

「おう、この猫はお痛が過ぎたな。おいみんな、痛い目に合わせてやれっ。」

 猫をつかまえていた若い男は、若くて血の気があるのか、言うが早く、持っている猫を、何度も地面に、びたんびたーんと音が鳴るほど、たたきつけました。一方猫は逃げられず、なすがまま、ぶんぶんと振り回され、そして固い地面に、何かのもののごとく、たたきつけられ、どうすることもできません。

 そして、やがて放り出されると、その猫に、今度は多くの人が群がり殴ったり蹴ったりの大騒ぎです。猫はなす術もなく、踏みつけられたり押しつけられたりと、されるがままです。

 住職は、全くの計算外の展開にただうろたえてばかりで。助けることができません。いえ、助けたくてもできないのです。なぜなら、助けたら、猫との芝居がばれてしまうからです。

 ですから住職はなにもできず、ただただいたぶられている猫を黙って見ているだけでした。

 

 

 

 

 多くの人が猫をいたぶり始めると、住職の方から猫の姿が一切見えなくなりました。そして住職の前には、ただただ、多くの人たちの猫を痛めつける背中と、また猫をたたいたり蹴ったりしている際に出る湿った音がありました。

 もちろん住職は、猫を早く助けたいと思っていました。

 しかし、それをしてしまったら、猫の恩返しを無駄にしてしまうこととなり、またそれは猫も望んでいないはずです。ですからやはり、多くの人の輪の中に入り、猫を救い上げることができません。

 ただ住職も人間です。この「猫との計画」を決して周りに悟られぬよう、平静を装いながらも、しかし、完全に装うことができず、意とせず両こぶしをぎゅっと固く結んでしまいました。一方、その横では庄屋が、満足げに、うなずきながら見ています。

「おーい! この猫はくたばっちまったようだ!」

 やがて、その中の一人が大声を上げました。みんなの猫をいたぶる手が止まります。

「こりゃあ、ぼろ雑巾みてえだ!」

「こてんぱんにやった方がいい! ……中途半端にやると、化け猫だ。呪ってくるぞ!」

「おい、死んだのか? 本当に死んだのか、皮はいで見てやろう!」

 しかし多くの人の興奮と怒りは収まることがありません。そしてその火に、庄屋が油を注ぎます。

「こいつあ、娘の亡骸(なきがら)をもてあそんだ、ひでえ畜生だよ! 娘との別れのときを、こいつはめちゃめちゃにしてくれたんだ! 情けかける必要などありゃしない!」

 それに呼応して、また再び、多くの人が猫をいたぶろうとする、そんなときでした。

 庄屋の横から住職が脱兎のごとく走ると、その猫をいためつけている人の輪の中に入っていき、その猫をだき抱え大声で叫びました。

「……めろ! やめろ! ……やめてくれ!」 

 庄屋も多くの人たちも、一瞬何事が起きたのかと、呆気にとられました。何せ、住職が猫を助けると、だれも思ってもいないのですから。

「もう……もういいじゃろう……もう。お前さんたちは何が望みか…。このいたずら猫への罰か。それならこいつは、もう、十分過ぎるくらいに……、受けておるわ!」

 猫の目は薄く閉じていましたが、その奥にある瞳はかすかに宙を映すばかり。おそらく住職に抱えられていることもわからないでしょう。やがて、猫の口からだらしなく舌がのぞきました。

「見よ! ……この猫を! もうこやつに命はないのじゃ……。この世にこやつはいないのじゃ! ……これで満足か! お前さんたちは、……これで満足か!」

 住職のあまりの剣幕と勢いに、庄屋も多くの人も水を打ったように静かになって、押し黙りました。

「……よいか、こいつをこうしてなぶり殺して……、娘さんが生き返るならまだわかる……。しかし! この猫が一匹死んだところで、娘さんは生きかえりゃあせん! ……それとも何か。娘さんの大事な葬式を邪魔されて怒っている? 仏を弔わないとんでもないけだものに天誅か? そんなのは……娘さんの勝手じゃなくて、お前さん方の勝手だろう! いい葬式やって満足するのは娘さんじゃない! お前さん方だろうが! ……いいか『死んだらおしまい』、『死んだらおしまい』なんじゃ……。だから、猫に葬式邪魔されて亡骸を宙に上げられた娘さんだって、このことは知りゃあしないんだ……。死んだら、丁重に墓に入れられようが、糞と共に肥だめに入れられようが、本人にはわからぬことだ! 死んだらおしまい! おしまいなんじゃ……。」

「……あんた、それでも坊主かね……」

 庄屋は、住職を険しい目でにらみつけました。

 住職は、それを無視して話し続けます。

「死んだ人間が生き返ったことなんて、私は一度も見たことない……。ないんじゃ。死んだらおしまいじゃ。なーんもかーんも残りゃせんよ。この猫だって……、お前さんたちは罰を与えるためにやったんじゃろうが……、ほれ、見てみい……。この猫は、罪の意識を持つ前に、こときれたんだろうよ……。死んだもんに罰を与えて何になろ? ……極悪人の亡骸でも、お前さん方は、牢屋に閉じ込めて反省を促すというのか? いいか『死んだらおしまい』なんじゃ……。この猫ももう『おしまい』じゃ……、もう戻りゃせんのだ……。全部おしまいじゃ……。」

 住職が話す中、自然と目からは、ぽろりぽろりと涙が流れ出していました。

「なるほど……、合点がいったわ……。仏を愚弄する、このインチキ坊主めが!」

 先ほどの、住職に面子を潰された、きれいな法衣のお坊さんが、住職に言いました。

 庄屋が聞きます。

「どういうことですか。お坊様。」

「この化け猫とグルになって一芝居打って、礼金でもいただこうってわけだな。仏に仕える身でありながら、なんてことを……。」

「この乞食坊主が。とんでもんねえ! 人をバカにしやがって!」

 これを聞いて、多くの人もようやくことの真相を知って、怒り心頭です。

「この坊主はたぶらかしだ! 叩き出しちまえ!」

「猫と同じ目に遭わせてやる! 猫と同じ目に……」

 多くの人の罵声の中で、住職は猫をぎゅっと抱きしめると、鼻をすすり、おもむろにひょろひょろと立ち上がりました。

「で……今度はお前さん方は、わしを嬲り殺そうと言うか……。え……。わしが死んだら、気分はすっとするのかね……。それで、その後どうなるんかね……。いいか、『死んだら全ておしまい』だ。わしが死んだら、お前さん方の怒りは今度はどこに向かうのか……。わしが死んだところで、娘さんも猫も生き返らん……。むろん、わしも。死んだらおしまいじゃ……。そいつがどんなにいい人だろうが悪い人だろうが、何もないものは何もないんじゃよ。お前さん方もやがて死ぬ。……その後、こんな猫が棺おけを宙に浮かしたなんざ誰も信じないし、誰も何とも思わん。何もなかったのと同じことじゃよ……。『死んだらおしまい』『死んだらおしまい』おしまいじゃ……」

 住職は「死んだらおしまい」をつぶやきながら、正面をうつろな目で見やり、猫の亡骸をだき抱え直すと、静かに元来た方向へゆっくり歩き始めました。

 庄屋を始め、多くの人たちの輪は、住職が余りにも悠然と立ち去るので、ゆるゆるとそれはほどけ、やがて自然と住職を送り出す花道のようになりました。

 

 さてその後、住職は自分の寺に帰ると小さな猫塚を作り、その後の余生はその猫を弔うことだけに費やしたとのことですが、その寺がその後どうなったのか、またそもそもその寺がどこにあったのかは、今となっては誰も伝え聞いていません。

 


「猫の檀家さん」の選評

大友宗麟 

 和やかな昔語り……なんて、優しい文字運びに騙されてはいけない。
 のんびりとした山村に、見たもの、感じたもが価値観の全てを物語る、閉ざされたムラ社会の闇を見ることになる。
 物語は救い処のない、蓋の開け放れた井の中のような暗い独居感がするが、バランスに優れた軽妙な文章のおかげで滅入ることなく読むことができた。
 「死んだらおしまい」とは、人間の形成具合により受け取られ方が異なるだろう。「死んだらおしまい」だから生きていても仕方ないのだ。「死んだらおしまい」なればこそ今を懸命に生きねばならないのだ。
 それを図る尺度の一つに、猫の存在がある。猫が自分を支える導くもの、客体としてあるのか、果たして自身そのもの、主体であるのか。時を経て、立ち位置は変わるだろう。自らの生きる灯台と、物語は道を照らしているのだ。

モチヲ

「『童話からの逸脱』を評価」

 彼も北橋氏同様、前回の本賞受賞者であり、二回目の受賞である。
 前回の選評にも書いたが、彼とは旧知の仲であり、彼の素晴らしい部分もダメな部分もよく知っていると自負しているのだが、これを読んだとき、「何とまあ彼らしい」と思った。
 私が彼から直接聞くところによると、彼がこれを書いたきっかけは、「知り合いの国語嫌いの小学生に、国語の面白さを伝えるために書いた」とのことで、前回受賞作に先駆けて書いたものであると言える。そして、子どもに読ませるために昔話や童話の体をとった作品を書いたのであろう。
 つまり彼にとって、童話的な作品はこれが最初であるわけで、私はこれを聞いたとき「彼に子どもに読ませる童話など書けるのか」と不安に思ったが、その嫌な予感は的中で、読んでみるとやはり書けていないようである。これは童話の体をとっているが、童話の概念や規則から逸脱しているのである。……これが彼らしいところだと私は思うのである。
 彼は以前から「(小説は)ダメ人間について書きたい」と言っていた。彼は町田康とか好きなのだが、「(町田氏の作品のように)ダメ人間が生きていって、とどのつまりどうなるのかを書きたい」と言っていた。それは「自分がダメ人間である」というコンプレックスに端を発しているようだが、その辺の事情は措いておいて、この作品を見ると、主人公の住職に、彼のダメ人間観が反映されていると言えなくもない(それが意図するものか、偶然かはわからないが)。だから、彼らしい作品になったのだろう。
 結論から言うと、この物語は、ただ住職が、自分の中にあるニヒリスティックで後ろ向きな人生観を、どんな出来事に応じても変えることなく、愚直に守り切った。ただそれだけの話である。ドラマティックに何か進んでいるように見えて、住職自身は何も変わることなく、やっぱりダメな破戒僧として一生を終えたのである。
 猫との出会いは、本当は住職の人生においては勿怪の幸いだったのである。しかし、その経験とチャンスを活かしきることなく、またそれに影響されて人生観を変えるでもなく、「ダメなもんはダメ」「死んだらおしまい」と頑なに言い続け、一生を終えたのである。愚直、不器用と言えば言葉はいいが、酒に身をやつす破戒僧なわけだから、結局は、堕落というのが正しい。住職は、その堕落から這い上がることができなかったのだ。
 彼は受賞以前に、この作品を自分のホームページ上でアップしているのだが、その際読者から「この住職はこの猫から何を得たのか」という感想の弁をもらっている。彼に代わって私がこれに回答するなら、この住職は、この猫どころか、全ての人生経験から何も得なかったし、ただ若き日の挫折を慢性病のようにこじらせてそのまま終わった、つまらない男だ、だから何も得ていない、ということになるだろう。
 これを、人間の業(カルマ)などともっともらしい理屈をつけて評論することもできるが、彼が、想定内か想定外かは知らないが、この作品で自分の考えるふさわしいダメ人間を表現してしまったことこそがここでは注目すべき点なのである。
 よくまあ、こんな「不健康な内容」の話を子どもに読ませようとしたものである。童話とは、良くも悪くも、ある種の教条や教説を持つ。しかし、その肝心の童話のアイデンティティーに欠けている。こんな話では、読んだ子どもは何も学ぶことはないし、こんな住職のような人間を学ばれても困るというものだ。
 何かぼろくそ言ってしまったが、これは、彼と私の知らざる仲の成せることとして、お許しいただきたいが、最後にもう少し皮肉を加えるとすれば、こんな童話まがいのものを「童話です」と言い切る(彼のホームページ上などで言っている)彼の図太さだけは評価したいものである。こんな童話から逸脱した童話は、彼の描写する「ダメ人間」に比肩する「ポンコツ童話」であると言わざるを得ない。これもまた小川未明などと同様の「童話」であると彼は嘯くのだろうか。


佐藤家清

 まず文章がうまい。基礎がしっかりしていて話運びもうまいので、落語や、子ども向けの童話を連想して読んでいると、最後に民衆の狂気、住職の狂気にしてやられる。とんでもない怪奇小説。
 「猫の恩返し」と「重い病気にかかった庄屋の娘」と来たら、本来は婚姻譚の方向に向かいそうなものだが、庄屋の娘がそのまま死んでしまう時点で、「おや?」とは思ったけど、ここまでの変化球はなかなか想像つかない。
 民話としての世界観がしっかりしてるから、魔法的なものがでてきても違和感がないし、昔話のパロディとしても秀逸な作品になっているが、パロディなんて言葉で終わらせない作者の迫力を感じさせる。
 また神や仏はいないし、化け猫がいたとしても、しょせんは化け猫のやることでしかない世界観のドライさというのが一周して心地よさすらあるのが、この作品が「物語」として優れている証拠だろう。


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