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もくじ
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原色宇宙人大図鑑
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祝辞
先生からの祝辞イラスト その1
先生からの祝辞イラスト その2
先生からの祝辞イラスト その3
先生からの祝辞イラスト その4
先生からの祝辞イラスト その5
先生からの祝辞イラスト その6
「未来アイテム研究所」大友そーりん
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「未来は既に腐っている」 諸星ゆびわ
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「 宇宙についての6つの物語」 松田リアル
「宇宙についての6つの物語」
1<ふたご座流星群>
2<不穏色の空>
3<夕暮れの流れ星>
4<流線型アリス>
5<夏の椿>
6<宵待月>
「美女」画ギャラリー Mono-Chrome 氷魔
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スタッフ募集
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第四回新脈文芸賞
トビラ
「恋人」夢沢怪奇
「恋人」の選評
「黒い葬式」北橋勇輝
「黒い葬式」の選評
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「時をかける脱衣」の選評
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「恋人」夢沢怪奇

「恋人」 夢沢怪奇

 

 

 私はここ最近、生まれてはじめて恋をした。

 何せはじめての感情だから、私自身どういう風にこの胸の高鳴りや不安定な気持を制御すればいいのか、皆目見当がつかない。

 友人に答えを求めてみたが一笑されるだけだった。こんなやつ友人ではないと思ったが、しかし考えてみると無理もない。

 私は大学を卒業するとすぐに一介のサラリーマンとして仕事をし、女性ともあまり関わらず十年間、真面目に生きてきた。

 そんなやつが突然、恋をしたんだ、なんていっても現実味がわかない。きっと冗談だと思って取り合わなかったんだろう。

 いやそう考えてみても友人の対応は友人らしからぬものか、と私は思った。では何だ? そうだ! 友人ではなく、詐欺師と呼ぼう。ヤツは私のことを友人と呼ぶが、私はヤツのことを詐欺師と呼ぶ。純朴な人間を馬鹿にした罰さ……。

 友人が助言してくれないとなると、私は誰をあてにすればいいのだろう……親は病気で死んだ、兄弟はいない、仲のいいやつなんて詐欺師の他にいない。

 となると占い師やその他諸々が思い浮かぶが、いくら私とてそんな馬鹿なことはしない。どうせ誰にでも言えそうなお決まりの文句をいわれるだけさ、ならばどうするか? やはり孤独に黙然と歩を進めるしかあるまい。

 まず何をすればいいのだろう? ラブレターか、話しかけるか、いやどれにしても私のような不器用な人間には出来そうにない。やったとして気味悪がれるだけであろう。ならばどうすればあの麗人と添遂げられるんだ。いや結婚まで行かなくとも、せめて一遍話をしたい。

 麗人宅は、私の家の向かいにある。いつも二階の窓が開かれていて、薄地の白いカーテンが小さな風にはためいている。夕方になると、はためくカーテンに小柄な人の輪郭が浮び上って、時折カーテンの隙間から美しい顔が、密雲に隠見する蒼褪めた月のようにして確認出来る。

 それがまた憎くて憎くて、ずっと麗人の顔をみていたい私は、夕方になると密かにカメラを設置し、麗人がいる窓辺を撮るのだ。

 そして夜な夜なカメラにおさめた麗人の顔をみてはニヤニヤしていた。

 実にむなしく変態的だ。ところがそんな私にある日、一条の希望が射込む。

 それは暖かい春の午後だった。その日休暇だった私は家のなかで本を読んでばかりいて、これではストレスが溜まるうえに非健康的だと判断し、着の身着のまま靴を戛戛鳴らして外に出ると、あにはからんやあの麗人が私の家のブロック塀に寄りかかり、気分悪そうに俯いているではないか!

 これは僥倖だと思って麗人に声をかけた。

 しかし応答がない。

 もう一度声をかけると、麗人宅から女中が出てきて私に一礼、続いて流れるように謝罪を示すと、麗人を引き連れ、麗人宅に引っ込んでしまった。

 一人取り残された私は、あの麗人の虚ろな瞳を思い出した。映像のなかではわからなかったが、あの虚ろで仄白い瞳は、盲の瞳である。加えて話しかけても応答しなかったあたり、聾であるかもしれない。

 私は初恋の人の不幸を推測して元気を無くしてしまった。仕事は捗らなくなり、詐欺師もそんな私をみて幽かに心配の色をみせた。だから相談してみると、詐欺師は意外にも真剣になって応えてくれた。私は嬉しくなって洗いざらい話してしまうと最後にこういわれた。 「心配するな、なんとかする」

 私はこれを機に詐欺師を改め友人と呼び直すことにした。

 それから一週間、私は真面目に仕事をしていたのだが、日曜の朝、あらぬ光景を私の家の窓辺から目撃して、私は驚きとともに激甚な精神的ショックを受けた。

 目眩を感じながらも寝室まで駆け込み寝台に飛び込むと、あの呪うべき光景が頭のなかで浮かぶ。

 友人――いやあのどうしようもない詐欺師は、私を裏切り、私が見初めた麗人を奪ったのだ。詐欺師は麗人と抱き合ったまま麗人の家から出てきて、私が見ていることに気がつくと、微笑を! いや違う! 憎むべき嗤笑を! 私に差向けたのだ!

 私はショックのあまり、仕事へも行かなくなり、詐欺師をどうやって殺害しようか、そういう陰険なことばかり考えていた。詐欺師はなぜ私が仕事を休んでいるのか、訳をしっているくせして見舞いにもきてくれない。

 憎しみをあたためあたため、そうしているうちに私は、ある考えが思い付いた。

 やつとともに、死んでしまえばいい。詐欺師を踏切までつれてきて、轢死してやるのだ。見初めた女を奪われたんだ、それくらいしなければ罪は償われないだろう。

 実行する日は日曜日、やつが羨ましくも麗人とデートをする際に通るどこにでもありそうな踏切で、やつの躯を抱きしめ、私もろとも走っている電車に飛込むのだ。

 その日は実に静かに訪れた。空は澄んで空気は暖かい、眩しいくらいの陽光が私の不気味な雪白の肌を射抜く。何ということもない平穏な一日、二人のバラバラの死体が宙を舞う惨劇が起こること、私はそれを想像する度、今まで経験したことがないほど足や手が震え、氷刃で撫ぜられているかのような限りなく痛みに近い悪寒を背中に感じていた。

 そんな状態で踏切前の空家で麗人と詐欺師が来るのを息を潜めて待ち構えていた。

 しかしいつまでもたっても麗人と詐欺師が来ず、ついに夕方になった時分、帰ろうかとも思ったが、その時は不意に訪れた。

 しかも丁度よく警報機が鳴り、遮断機が降りた。

 夕陽に赤らみ、ぼんやりと霞んだ麗人と詐欺師は仲良さそうに腕を組み、遮断機が上がるのを待っている。その姿がまた羨ましくて羨ましくて、何も考えなしに空家から出ると、やにわに詐欺師に向かって突進した。

 そして詐欺師の目の先まで来た時、ハッとして驚く。  詐欺師では、ないのだ。

 しかしすでに時遅く、見知らぬ男は遮断機から飛出して踏切まで転がり込んでいた。そして助けだそうと足を動かそうとした刹那、物凄い速さで電車が走り去って行く。

 後ろから聞いたこともない不気味な悲鳴が上がった。振り返ってみたが、私が好きな麗人ではなかった。しかし雰囲気だけはなんとなく似ていた。

 何も罪のない人間を殺してしまったことに絶望していると、私は気付いた。視界の奥で、麗人と詐欺師が冷たい視線を私に送っていることに、そしてまた、麗人は軽やかに瞳を動かしたり指をさしたりして、詐欺師と喋っているところから、麗人がカタワではないことが、今さらわかった。

 私に勝ち目はない。そう思って轢死しようと踏切に向き直るが、電車はすでに止まっている。

 私は溜め息を吐いた。私は直に捕まるだろう。確かに悪いことはした。しかしなぜ私ばかり不幸な目に遭わなくてはいけないのだ? こんなこと不公平に相違ない。

 こうして私の恋は惨澹と幕を閉じた。

 ハハ、最高の恋だったよ。


「恋人」の選評

「恋人」の選評


大友宗麟 

 「私」の内と外をめぐる物語。救いが無く、また主人公の吐露が言いようも無くグロテスクである。怪作だ。
 この小説には成長や教訓と言った正の要素がまるでなく、読む者は地中に首だけ晒した、底の見えぬうっ蒼とした壷に返ることの無い呼びかけをしているかの錯覚をする。「私」の思考はそれほど、我々のそれとはかけ離れていて、常ならざる人間の闇がかいま見える。それを描ききった作者の手腕もそうだが、冷静に俯瞰した語り口が、「そこ」で行われていることがいま「ここ」にあるものと、我々のそばに臨場させている。
 私はこの小説を、「四コママンガの五コマ目」と感じた。まとめるとこうだ。
 1コマ目:僕には友人がいるが純朴な人間を馬鹿にした詐欺師だ!
 二コマ目:美しい人を見つけた。麗人だ。好き。
 三コマ目:友人改め詐欺師に相談だ。なんとかしてくれるって。良いやつだ。友人改め詐欺師改め友人だ。
 四コマ目:寝取られた! ギャフン!
 物語はここでも終われるが、こう続く。
 五コマ目:殺してやったら、別人だったよ…… 友人&麗人「ニヤリ」
 今回はたまたまこの結末であったが、分枝は限りなく考えられる。実に広大な懐を持つ作品だ。

モチヲ

「恋人」夢沢怪奇 選評

「『後味の悪さの中毒性』を評価」

 一読して思ったのは、「なんて『後味の悪い』作品なんだろう」ということである。そしてまた、私の精神にある防衛本能だろうか、「こんな『後味が悪い』はずはない」という思いもあった。それでもう一回読み直したのだが、やはり「後味が悪い」作品であった。
 小説ではギミックとして、いろいろなトラブルが引き起こる。やれ離婚だ、やれ子どもの非行だ、やれ恋人が不治の病だと、現実ではありえない量とタイミングで「悪いこと」が引き起こる。
 しかしそれは、結末、終局の、まさに「ハッピーエンド」をより強烈なものにするための、言わば料理のスパイスのようなものではないか。少なからず、一般的な創作技法論でいうとそうなるはずである。
 しかしこの話は、湿気を帯びた雰囲気のまま、最終的に報われない。もうこうなるとまたもや、こんな救われないわけがない、これはきっとバッドエンディングではなくて……。ははーん、そうか、これは最初から夢なのであってだな……。などと深読みの三読目に入り、またもやこの救われないオチに肩を落とす。
 しかし……、とここで、私は考え直した。
 なるほど、そういうことか、そう考えて合点がいった。
 私は、この「後味の悪さ」の虜となり、それを「うわあ」と忌避しつつ、その「うわあ」を言いたいがために、何度も読み直したのである。この中毒性……。これはすごい。
 私はラーメンが好きなんだが、あの「二郎」だけはどうもいただけない。そう、「ラーメン二郎」である。
 ぎとぎとのとんこつ醤油に太麺、これはいい。私は横浜出身。「横浜家系」で慣れた口には何の問題もない。
 しかし、生野菜を山盛りでラーメンにのせる意味がわからない。野菜を炒めも煮もせず、生でのっけたら、ラーメンの味になじまないし、そんなもやしや野菜が麺が見えぬ程に山に盛られていたら、麺に行く前に飽きる。「いや、野菜はいったんどけて、麺を先に…」などと言う「ジロリアン」もいるが、なぜ客にそんな二度手間をかけさせるのか…。
いや何度手間でもいい。はっきり言おう。うまければいいのだ。しかし、私は何百のジロリアンを敵にしても言える、「まずい」のだ。
 しかし、なぜそんなまずいラーメンがこんな人気になるのだろう。いや、ただまずいだけではないはずだ。何かあるに違いない。たとえばにんにくの量とか……そういうことで味が変わったりするのではないか?そうでなければ、みんな、あんなにまずいものを大量に食べるはずないと。
 それを確認するために、私は何度となく「二郎」に足を運んだ。しかし、いつも「まずい……言った通り、行かなけりゃよかった」という悔恨の念で終わるのだった。
 しかし、ある日、はたと気がついた。それは、この状態が既に「二郎」に魅せられている、ということではないか。このように、「まずい」と思わせつつも、客が何度も足を運ぶ事実を作った。これは、すでに私の中で「アリ」になってきているのではないか……。
 この作品は、そんな「二郎」のように、ありえないと思いながらも、何度も読みたくなる、そんな作品である。(※注:この作品が「二郎」のように「まずい」と言っているのではありません。)

佐藤家清

 「奇譚」という言葉が似つかわしい作品。
 完全なる主人公の主観からなる物語であり、彼の視点によって登場人物の名前や役割まで変わってしまうサイケデリックな味わいがあり、ストーリ構造の中にエロ・グロ・ナンセンスが含まれてないのにも拘らず、奇妙な退廃的な雰囲気と、どこにもいけない息苦しい閉塞感を出している。
 また片思いの情熱によるひとり相撲や、嫉妬心というものもよく書けていて、結局のところ友人も麗人も主人公には直接、何もしておらず、2人とも主人公とは別のところで行動を起こし、それを覗いていた主人公が勝手に自爆するという内容は、今まで恋をしたことのない人間が急に自分の中の感情に戸惑い、そのまま溺れて行くさまが描かれている。
 ラストの解釈は色々な見方があると思うが、踏切という『向こう側』と『こちら側』を分け隔てるものでクライマックスを迎えるところに着目したい。
 友人と麗人がどこへ行こうとして、主人公はそれをどうしたかったのかを考えると、この物語の本質が見えてくる。

「黒い葬式」北橋勇輝

 「黒い葬式」 北橋 勇輝

 

 

 

 学校から帰宅してリビングに向かうと、母が深刻な表情で誰かと電話をしていた。井畑賢介は傷だらけの黒いランドセルを床に下すと、母がそれを見計らったかのように受話器を置いて賢介の顔を見ながら、

「じいじ、亡くなったって。明日、お葬式するから学校休みや」

 祖父が亡くなったことに特別悲しさを感じたわけではないが、賢介は学校を休めることに嬉しさを感じ得なかった。

 三ヶ月前、賢介は家族と一緒に祖父の見舞いに行った。白いベッドに寝ながら呼吸器を付けている祖父を見た賢介は頭の隅っこで、もう長くないなとぼんやり思った。恐らく家族全員がそう思っただろう。祖父の顔からは生きる光が見えなかった。あの時、祖父は生きたいと思っていただろうか。祖父は八十歳だったが、そのぐらいの年齢になると、もういつ死んでもいいと思うものなのだろうか。

 二年前、賢介は父に連れられて、よく祖父の家に行った。賢介が物心ついたときから祖父は痴呆になっていたので賢介は祖父と会話らしい会話をしたことがない。だからだろうか、母から祖父が亡くなったことを告げられても悲しくなかったのは。その時、賢介は命日を予言していたかのようにその死を静かに受け入れた。

 

 

 翌日、賢介は母から黒い服とズボンを手渡され、

「これ着なさい。もう少ししたら行くから」

 賢介はそれに着替えると、不快な匂いが鼻先を掠めた。

 賢介が先に玄関で靴を履いていると、喪服を着ている家族がリビングのドアから出てきた。

 家族全員が車に乗り込むのを確認した父は何か考えているような表情で、運転をし始めた。偶然にもその車は黒色だった。

 助手席に乗った母は地図を見ながら、父に葬儀場の場所を教えている。

 賢介は車内を見渡しながら、自分を含め家族全員が黒い服を着ていることに薄暗い闇が立ち込める未来に突き進んでいるような不安を感じた。賢介がそう感じたのは家族全員が黒い服を着ているせいか、この車が黒色だからか、祖父が死んでしまったせいなのか分からない。

 賢介は母に焼香のやり方などを教わった。

「分からんかったら目の前の人の真似すればいいから」

「うん」

 賢介はこれから何かを選ぶとき、黒色の物を選ぶのは止めようと窓の外を見つめながら決意した。

 葬儀場に到着して中に入ると、静かな音楽が流れていて、もう親戚たちは席に座っていた。

 親戚たちは賢介の両親たちと目が合うと席を立ち、深々とお辞儀をして小さな声で何かを話し合っていた。やはり葬儀場の中にいる人は皆、黒い服を着ていた。

 賢介は街を守った英雄のように飾られている祖父の遺影をじっと眺めた。その遺影に使われている写真は賢介も見たことがある写真だった。

「じいじの顔、見るか?」と父は言い、返事をしていないのに、賢介を棺の所まで連れて行った。

 父が棺の上にある小窓を開けると、祖父の顔が見えた。その顔を見た賢介は死んでいるというより眠っているように思えて、不思議でならなかった。だが、すぐに賢介はじいじの顔を見つめながら、「初めて見た死体だ」と強く意識した。恐らく死体を見るのはこれが最初で最後かもしれない。

 気が付くと賢介と父の周りには、黒い服を着た人たちがいた。その人たちは賢介が初めて見る人しかいなかった。

 その人たちは祖父の顔を見た後、隣にいる人と小さな声で喋り合っていた。賢介の隣にいる父はその会話に耳を傾けるように祖父の顔を優しく見つめていた。

 

 

 賢介は不慣れな手つきで焼香を終わらせ、自分の席に戻った。ちゃんと出来ているかどうか不安だったので、賢介は母の顔を窺ったが母は違う方を見つめていた。

 賢介はまだ焼香をしていない黒い人たちの姿を見ながら、葬儀場の中に入った時から流れている音楽と葬式が始まった時から読み上げている坊さんのお経に少し飽きていた。

 火葬場に移動すると、黒いスーツを着たニ十歳後半ぐらいの若い男が灰になった祖父の骨を長い箸でつまみ、周りの黒い服の人たちに、これはどこの骨であるとか、これはそこの骨であるなどと小さく落ち着いた声で言っている。

 賢介は祖父の骨を見つめながら、祖父が棺に入れられて燃やされるところを想像した。

 賢介はその若い男の話を黙って聞いていると、すすり泣く声が聞こえてきたので、そちらに首を向けると、黒い服を着た五十歳くらいの女がハンカチを目に当てて泣いていた。この女は祖父とどういう関係だったのだろうかと賢介は思った。

 葬儀場に戻ると、たくさんあった椅子と棺は綺麗に片付けられ、代わりに横長のテーブルが横一列に三台並べられている。そしてそのテーブルの上には五人前の寿司が四個置かれ、それぞれの席に割り箸と小皿なども用意されていた。

 黒い服の人たちは祖父の葬式が面倒だったとでも言うように深い溜め息を吐きながら席に着き、寿司を食べ始めた。

 賢介はさっきまで葬式が行われていた場所で寿司を食うことに疑問を感じながらも、自らの空腹を満たすために小皿に取った寿司を割り箸で掴み、口の中に入れた。

 葬儀場から自宅に帰るため家族全員が黒い車に乗り込んだ。車内には若干、焼香の匂いが漂い、賢介はそれを匂いながら車の窓の外を見つめた。時刻は十八時を過ぎていて、空はこれから何かが起きるように赤かった。

 賢介は黒い車が道路を走る音に耳を澄ませながら、自身が小学三年生の時に行った運動会のことを思い出した。

 賢介は昼休み、家族と一緒に母が作った弁当を急いで食べた後、アイスクリームを買うための小銭をもらった。賢介はその小銭を握りしめ、同じクラスの岩井に会いに行った。岩井はまだ家族と一緒に、昼御飯を食べていた。

 賢介に気が付いた岩井が、

「あっ、もうちょっと待って。もう食べ終わるから」

 賢介は手の平にある小銭を岩井に見せながら、

「俺、アイス買うわ」

「えっ、コンビニ行かれへんで?」

「知らんの? グラウンドにある懸垂のとこで売ってんで」

 そう言うと岩井が母親の方を見て、

「母さん、俺もアイス買っていい?」

「しょうがないなあ」

 と岩井の母親は鞄から財布を取り出し、岩井に小銭を手渡した。

「ありがとう」

 岩井は玄関のようにブルーシートの外に置かれた靴を急いで履いた。

 グラウンドに行くと、さらに気温が上がったような気がした。地面を見ると二人の黒い影がはっきりと出ている。空を見ると太陽が雲に隠れておらず、自らの存在を見せつけるように輝いていた。

 アイスクリーム売り場に着くと、賢介たちの他にも体操服を着た生徒が四、五人ほど並んでいる。懸垂の傍でアイスを舐めている生徒やジャングルジムに登ってアイスを舐めている男子生徒もいた。

 賢介と岩井はアイスを買った後、それを舐めながらグラウンドの周りを喋りながら歩いた。すると岩井が突然、立ち止まり雑草が生えている場所を見ながら、

「うっわ。えっぐ。賢介、見てみ」

 賢介は岩井が指差した方を見てみると、そこには大群の黒い蟻が、もう死んだと思われるカマキリを取り囲んでいた。それを見た瞬間、賢介は鳥肌が立った。

「きもっ」

「これ食ってんのかな。カマキリ運んでるんかな」

 賢介は見慣れたせいか、岩井と一緒に食い入るように大群の黒い蟻とカマキリの様子を見ていた。

「いや、運んでるやろ。だって、もし食ってたら蟻、止まるはずやん」

「そっか」

 岩井は大群の黒い蟻がカマキリを運ぶところをずっと見ていたためアイスを舐めるのを忘れていたのだろう、流れ落ちる白いアイスを慌てながら舐めていた。

 賢介は大群の黒い蟻に見飽きて、人差し指で崖を登っているようにふらふらしながら歩く黒い蟻をぐっと地面に押し潰した。人差し指を地面から離してみると、砂だらけになった黒い蟻はびくびくともがいていた。賢介はその遊びを何も考えず、飽きるまでやっていた。

 

 

 翌日、目が覚め、学校に行く準備をし始めた賢介は昨日、祖父の葬式を行ったということが信じられなかった。だが確かに昨日、賢介は祖父が死んだ顔を見たのだった。「もういないのだな」と、賢介は母が作ってくれたトーストを齧った。

 黒いランドセルを背負い家を出ると、あの運動会のような暑さだった。空を見てみると太陽は輝いていて、ずっと見つめていることは出来なかった。

 教室に入ると同級生たちと担任の男の先生が賢介の所に駆け寄ってきた。

 担任は賢介と目を合わせながら、

「昨日、大丈夫か? 元気出していけよ」

 と、賢介の肩を優しく叩き、励ました。すると同級生たちも賢介に励ましの声を掛けていった。

 賢介はその励ましの声に嬉しくなっている状態で授業を受けた。

 

 

 

 


「黒い葬式」の選評


大友宗麟 

 北橋勇輝は内省を描くと非常に魅せる作家だ。
 前作「濁った精子」はカタルシスのみでストーリーの必然性を持たない一抹の火花の如き掌編だったが、今作ではストーリーを未完のままに幕を下ろすことで、根幹にある死の虚脱を読むもの全てへと追体験させている。物語の未結という青天の霹靂に、当然我々は戸惑い立ちすくむ。この一時停止こそ、我々の内面――歩いてきた道程を浮き彫りにし、主人公=読者へのすり替えを気付かぬうちに行っているのだ。
 文章はさらりとそつが無く、黙読のリズムを邪魔しない。ますますの円熟味をたたえた北橋勇輝は、今後どのような追体験をさせてくれるのか。楽しみだ。

モチヲ


「象徴的な色の使い方を評価」

 前回の新脈文芸賞受賞者の二作目である。
 今回も、「葬式」をテーマとして、前回同様、淡々とした自然主義的な描写に重きを置いた物語を書いていて、「ああ、これがやはりこの作者の世界観」なのだろうと納得するものがあった。
 しかし(偉そうなことを言うと)小説としては、前回よりはるかに「小説」であり、作者の物語構成力のアップが感じられた。前回は、ようやっと俵の際で小説の体をなした、というような感じだったが、今回は「小説」であった。
 「小説とは何か?」とは、余りに多様な問題群を含むテーマであるからしてここではその詳細を措くのだが、多くの文芸評論家や哲学者が指摘するように、その一構成要素として「象徴性」というものがあるということは、間違えないところだろう。たとえば中島敦の山月記における「虎」。梶井基次郎の檸檬における「檸檬」。三島の「金閣寺」。ある一つものが多様な意味を惹起しはじめ、それが後の物語展開の「兆し」となること…、「象徴性」。今回のこの作品は、その「象徴性」が物語構成にうまく寄与していると言える。
 全編に亘って出てくるのは、題名にあるように、「黒」という色である。葬式にまつわる「黒」は、単なる儀礼上のオフィシャルカラーから、主人公の中で、やがて今後起こる禍々しい、あるいは忌々しいものの象徴となっていく。「賢介はこれから何かを選ぶとき、黒色の物を選ぶのは止めようと窓の外を見つめながら決意した」のである。
 祖父の死と「黒」は直結するが、しかしそれは、祖父という固有の人物の死というよりも、死そのものを導き出す。このとき、「黒」という色、死を予見する全ての禍々しさや忌々しさの導き手となるわけで、主人公の賢介が「黒色のもの」を忌避するのは、こういうことである。
 「黒」の対極は「白」である。岩井と食べる「白いアイス」は、「黒」の象徴する陰鬱なものを遠ざける働きをしている。
しかし一方で「黒い蟻の大群」は「黒い葬式」をイメージさせるアイテムであり、その黒い蟻の大群を「ぐっと地面に押し潰す」のは、その「黒」にまつわるものを消し去る行為の象徴である。そして祖父の死から蟻の死へ受け渡された「死」なるものそのものに他ならない。
 こうした色の光のコントラストが、「祖父の死」という出来事が主人公に与えた心象風景を、非常にイメージしやすいものとなっている。
 緩急の大きなドラマではないが、日常にありうる心の光と影をリアルに写実的に描けているのはないだろうか。

佐藤家清

 「賢介はこれから何かを選ぶとき、黒色の物を選ぶのは止めようと窓の外を見つめながら決意した」というのがこの作品の焦点になっているように感じる。
 部屋の片付けをしていて見つけた昔のアルバムを開いた時のような懐かしい断片的な幼少時代のワンシーン。
 黒というものに込められた死。その黒を背負って登校する小学生、というのが、生まれた時点で大人の作った理不尽なルール(教育)の中で生きていかないとならないことと、生きていながら必ず死ぬという理不尽な自然のルール。
 前回の「濁った精子」にも同じことが言えるけど北橋勇輝さんは「表現したい空気」というのをしっかりと持っていて、そこを切り出すことができるし、自意識過剰にならず、そこだけを表現することができる。だからこそ作品に何かしらの格式や迫力が出ているように感じる。




「魔女の森」松田リアル

「魔女の森」松田リアル

  

 

 

第1章 少女 16歳 2013年4月20日

 

 コーヒーはぬるくなっていた。右からは黒い鳥のハミング。

 

 鬱蒼とした森は山のように見える。

 森の緑が黒に変わるくらい奥に行くと、お菓子の家がある。

 ドロドロに溶けたお菓子の家の壁は、アリンコでいっぱいだった。

 

 その家には魔女が住んでいる。

 

 魔女の家では人間と同じくらいの大きさのアリが、エプロンをつけて働いていた。

 アリは立ち上がると宇宙人に見える。

 もしかして、住んでいるのは魔女じゃなくて宇宙人なのかも。

 いや、ちがう。

 だってドロドロの家の裏には、タワレコの黄色い袋が落ちていた。

 宇宙人はタワレコに行かない。

 でも魔女は行くだろう。

 ヤバい薬をグツグツ煮る時には、BGMが必要だから。

 

 この前、タワレコの9Fのアバンギャルドコーナーで、試聴をしている魔女を見た。

 あとでこっそり魔女の聴いていたCDを聴いてみた。

 流れるようなピアノの中に、ザーっというノイズ音がまざっている曲だった。

 私はそれを買った。

 

 ある日森を訪れると、遠くからメロディーが聞こえてきた。

 流れるようなピアノの音・・・

 魔女もあのCDを買ったのだ。

 私はさらに森の奥へと進んだ。

 ピアノの音を頼りに歩いていくと、小さな広場へ出た。

 

 魔女がピアノを弾いていた。

 隣で大きなアリが、ザーっという音を出していた。

 

 いずれ世界は、彼女を見つけてしまうだろう。

 

 私はこの偉大な音楽家が、火あぶりの刑にならないことを祈った。 

 

 

 

第2章 会社員 27歳 2013年5月25日

 

 僕にはチャンスが3回あった。

 

 魔女の家に入るチャンスだ。

 子供の頃はよく、魔女の家の近くまで行くことができた。

 地図やナビがあるわけではない。なんとなく進めば、だいたいそこについたのだ。

 木陰で見張っていると、魔女が出かけることがあった。

 僕がたどりつき、相手が留守になる。

 そんなチャンスが全部で3回訪れた。

 だがあの頃の僕には勇気がなかった。

 そして大人になってからは、あの森に行っても魔女の家にたどりつくことはなかった。

 もしかして、僕が大人になったから、魔女の家が見えなくなったのだろうか。

 それとも、平凡なサラリーマンになったからか。

 そもそも僕は、大人になったのだろうか・・・

 

 昼の12時を過ぎた。

 何十年も続いていた昼の長寿番組が、今日で終わる。

 最後のゲストは僕の大好きな女優だし、絶対見ようと決めていた。

 取引先との打ち合わせも首尾よく終わり、駅構内のカフェに入った。

 携帯にイヤホンをつけ、チャンネルを合わせる。

 

『ザーーーーーーー』

 

 何故かどのチャンネルも砂嵐しか映らない。

 音も聞こえない。

 いや聞こえてくるのはザーっというノイズ音だけだ。

(なんで? 電波は十分だし……)

 携帯のボタンを押しまくっていると、ピアノの音が聞こえてきた。

 ザーっというノイズの中に、流れるようなピアノの音・・・

(これは……)

 今日が最後のチャンスかもしれない。

 

 そう思った僕は、ホームに引き返し電車に飛び乗った。

 

 

 

 第3章 カナ 14歳 2013年5月20日

 

「あなたは魔女なの。」

 

 14歳の誕生日に、お母さんに言われた。

 

 最初はどんな冗談かと思った。でもお母さんは真剣だった。

「死んだお父さんが、14歳になったら教えるようにって。」

「……じゃあ魔法が使えるってこと?」

「ううん、魔法は使えない。」

 私はちょっとがっかりした。

「じゃあお母さんも魔女なの?」

「そう。」

 ……どう見ても、普通の人間にしか見えなかった。

「魔女って、人間じゃないの?」

「う~ん、元々は人間なんじゃないかな。ただ私たちは、人間より長生きなの。」

「どのくらい?」

「300歳。」

「えぇ!! お母さん、今何歳?」

「150歳、くらい。忘れちゃった。」

「じゃあケーキのローソク、すごいことになるね。」

 自分でそう言ってから、ふと思い出した。

 私が幼稚園の時、お母さんの誕生日にお父さんが庭にろうそくを並べて

 「HAPPY BIRTHDAY」の文字を書いた。全部に火をつけたときはとてもキレイだった。

 その話をしたら

「そうそう、あれはお父さんが本気で年齢分のろうそくをたてよう! って。」

「ねぇ、どうして14歳になったらなの? なんか儀式でもするの?」

 そう尋ねると、お母さんは少し考えてからこう言った。

「進路を考えだす時期だからじゃない?」

 ……。聞きたいことは山ほどあったが、今日はリョウちゃんと約束があるのだ。

「ねぇ、私、20時からリョウちゃんとゲームする約束してるんだけど。」

「あらそう。いいよ行って。今は何が流行っているの?」

「『デッド・サイレンス』っていうホラーゲームだよ。森の中をさまようの。」

 お母さんは笑ってこう言った。

 

「それはそれは。魔女に会わないように気をつけてね。」

 

 

 

第4章 大学生 20歳 2013年2月12日

 

 あのCDが再発されるらしい。

 

 その情報は、ほとんどがうわさのサイトで拾った。

 だからさほど信じていなかった。

 僕はすでに1枚持っている。でも再発されたら嬉しいと思った。

 同時に嬉しくないとも思った。

 これについては、複雑な心境なのだ。

 自分だけのものにしておきたい気持ちと、多くの人に知ってもらいたいという気持ち。

 

 それは僕が生まれる前の時代のCDだ。

 僕が手に入れたのは3年前。中古屋でジャケ買いした。

 深い緑の森の写真に、グランドピアノの写真がコラージュされたジャケだ。

 

 僕の宝物だ。

 

 CDのタイトルは『ASLEEP』アーティスト名は『RAYJUTO』。

 アメリカのレーベルから出ているが詳細はまったく不明だ。

 この人のCDは、この1枚しか出ていないらしい。

 ジャケ買いだったが、家に帰って聴いたとき、最初の10秒で虜になった。

 ヘッドホンを耳に押し当てて、何時間も聴いていた。

 静かな砂嵐のような音から、そのCDは始まる。

 そして遠くの方から、流れるようなピアノのメロディーが混ざってくる。

 やがてその相反する2つの音が、恐ろしいほどぴったりと重なってくる。

 約40分。1曲しか入っていないCDだ。

 その当時仲の良かった友達に聴かせたが、誰1人興味を示さなかった。

 そしてそれは僕だけの宝物となった。

 僕は28分あたりの、ノイズがピアノを上回ったときが好きだ。

 あのCDは、スタジオではなく本当の森の中で録音されたのではないか。

 僕はいつもそう思っている。

 

 あのCDが再発されるらしい。

 それが本当の話だと分かったのは、音楽雑誌『QUINTETTE』に小さな記事を見つけた時だった。

 

 

第5章 エム 17歳 2013年2月22日

 

 煮詰まった。時間はあと15分しかない。

 

 新曲がいい感じで出来上がりつつあった。

 しかし、最後の最後でみんな止まってしまった。

 

「う~ん。どうしよっか。これ、せっかくだから仕上げたい。」

 ボーカルのエルが言った。

「そうだよね~。ざっとでいいから、最後を決めて通そうよ。」

 ノイズ担当のヨシくんが、そう言って機材をいじり始めた。

 

 ドラム、キーボード、ノイズ、ボーカル。

 編成の通り、私たちはちょっと変わった音のするバンドだ。

 ライブハウスのオーデションは、だいたい落ちていた。どうやら一般ウケはしないらしい。

 しかし新宿の老舗ライブハウスは、私たちを月1で出演させてくれている。

 

「ねぇエム、昔森で聴いたあの曲弾いてよ!」

 私とエルは双子だ。「森で聴いたあの曲」。それで十分わかるし、そう言いだすんじゃないかと思っていた。

「覚えてるでしょ?」エルが言った。

 もちろん覚えている。ただ、何となく、あれを弾いてはいけないような気がした。

 そんな私の気持ちはお構いなしに、エルはヨシくんに音のリクエストを始めた。

「ザーってね、いや、サーって感じかな。なんか軽い砂嵐のような音。出る?」

「こんな感じ?」

 ヨシくんがエフェクターのつまみを両手で操作しながら答えた。

「そうそう! そんなそんな! ねぇエム、近いよねこれ。弾いてよピアノ!」

 仕方なく、私は弾き始めた。

 ノイズと混ざり合う、不思議なメロディー。

「ちょっと待った。これって、『ASLEEP』じゃない?」

 今まで黙っていたドラムのケイタくんが言った。

「この曲知ってるの!?」私とエルは同時に答えた。

「よく知ってんな。オレCD持ってるよ。」

 私は驚いた。小さな頃森で聴いたあのメロディがCDになっているなんて。

 

 スタジオのランプが点滅している。終わりの合図だ。

 次の練習の時、そのCDを貸してもらう約束をして、その日の練習は終った。

 

 

 

第6章 山田 25歳 2013年5月10日

 

 退屈だ。

 私が好きな音楽は、このフロアには存在しない。

 でも仕事だから仕方がない。今月いっぱいの辛抱だ。

 「DEATH RAIN CHAINSAW」「SHYBER」「G.G.H」日本人なら「ザルポップ」「バクテリアガンズ」。

 私の好きなのはこの辺。ワンフロア下の階に売っている。

 9Fのアルバイトが急にやめたので、8Fの1番下っぱな私がヘルプでまわされた。

 このフロアはいつでも空いている。変なCDしか置いてないからだ。

 やってくるのも、ちょっとおかしな客ばかりだ。

 

「あ、あのぉ~、『ANDBAN SHIELL』のCD、あ、ありますか?」

 メガネでモサモサ髪の、どもり気味の男が訪ねてきた。

「は? えっと、アンドバン? アンドバン何ですか?」

 私が聞き返すと、首をブルブル左右に振りながら小走りに帰ってしまった。

 もう、変なのばっかりで嫌だ。

 かかってる音楽も、なんかよく分からないやつばかりだ。

 ここは音楽の無法地帯だ。

 早く8Fに帰りたい。

 

 でも昨日からなんかお客が多い気がする。

 右奥の試聴機、よく人がいるな。なんか新譜かな。

「ねぇ立山さん、あの試聴機、どんなのが入ってるの?」

 このフロアの主と言われている立山さんに聞いてみた。

 立山さんは、私が腕にしているトゲトゲのリストバンドをちらりと見てから

「君には言いたくない。」と言い、反対側に顔を背けた。

「なーーーんでですかーー!」

 そのしぐさがおかしくて、私はちょっと笑いながら聞き返した。

「……あそこにはねぇ、もうすごい! 伝説のCDが再発されて昨日から入ってるの!」

「へぇ~。伝説の。じゃあちょっと聴いてこよっと。」

 私はその試聴機まで走って行き、迷わずディスク1をセレクトした。

 『ついに再発!』って書いてあったから。

 ……ザーっという耳障りな音とピアノの音が混ざって聞こえてきた。

 

 私はヘッドホンを外し、大きくため息をついた。

 早く8Fに帰りたい。

 

 

 

 

第7章 リョウ  4歳  2003年5月3日

 

 ぼくは、カナちゃんともりにいきました。

 

「ほんとだってば、ぜったいまじょ!」

 カナちゃんはここで、まじょをみたんだって。

 

 こんなおはなしあったよなー。ほら、なんだっけ。

 もりに、とりをさがしにいってまじょにあうおはなし。

 たしかまじょは、おかしのいえにすんでいるんだ。おかしのいえについて、まじょにあって、

 それで、どうなるんだっけ。

 それよりカナちゃん、いったいどこまでいくんだろう・・・

 

 「ねーカナちゃん、よりみちバレるから、おこられちゃうよー。」

 ぼくたちのむねには、バッジがついている。

 これでぼくたちがどこにいるか、せんせいやおかあさんにすぐにわかるのだ。

「なーに、おこられるのがこわいのー? それともまじょがこわいのー?」

 ぼくのてをぐいぐいひっぱりながら、カナちゃんはニヤリとした。

「どっちもこわくないよ。」

 ぼくはそういったけど、ほんとはどっちもこわかった。

 ぼくはよわむしだ。

 よわむしはケムシだ。

 でもケムシはこわくない。

 カナちゃんはケムシがこわいっていってた。

 ぼくがケムシなら、いったいどっちがよわむしなんだろう。

 

 ずっとあるいていると、ピアノのおとがきこえてきた。

 ぼくはピアノをならっているけど、ピアノがきらいだ。

「あれ、まじょがひいてるんだよ! だからもうすぐ。」

 ぼくは、ちょっとまじょにあいたくなった。

 だってとてもすてきなメロディーだったから。

 

 だけどぼくとカナちゃんは、まじょのいえにいけなかった。

 ぐるぐるしてたら、もりのいりぐちにもどっちゃったから。

 そしてむかえにきたおかあさんにおこられたんだ。

 

 ぼくはつぎのひから、ピアノのレッスンにちゃんといくようになった。

 

 だってまじょのきょくが、ひけるようになりたかったから。 

 

 

 

 

第8章 カナ 14歳 2013年5月24日

 

「ねぇお母さん、この前の続きは?」

 

 この前、お母さんから『あなたは魔女なの』と告白された。

 でもあまりにも唐突すぎて冗談だと思ったし。あの日リョウちゃんとやったゲーム

 『デッドサイレンス』の魔女が強すぎて(魔女うんざり)っていうのもあったし。

 

 でもやっぱり気になって聞いてみた。

 

「あら、聞きたい?でももうお母さんは言うこと言ったし、あとは質問があれば受け付けます。」

 

 いやいや、『魔女なの』が本当なら質問は山ほどですけど。

「とりあえず、人間として普通に暮らしていく上での支障は?」

「とくにないよ。ただ、」

「ただ?」

「人間と同じ歳のとり方しないから、見た目がね、怪しまれちゃう。」

「え?」

「周りの人間が80歳になってヨボヨボになっても、カナはまだ20歳くらいにしか見えません。」

「えぇ~!それはかなりやばくない?お母さんどーしてるの?」

「見た目を変える毒薬を作れます魔女だから。」

「じゃあその薬の作り方、教えといてよ!」

「うん。そのうちね。」

「あとは? まだあるでしょう。」

「後は特にないよ。」

「ほんと~?」

「あ、そうそう。音楽は、あんまりやっちゃダメ。」

「どうして?」

「奏ですぎちゃうから。」

「?」

「魔女の奏でる音楽は、人間を虜にして、ダメにしてしまうから。

 そしていつか、異様な目で見られるようになるから。」

「お母さんは、音楽やりたかった?」

「うん、実は。カナも才能あるから、すごい残念だけど。」

 自分に音楽の才能があると思ったことはなかったので、すこし驚いた。

「あと人間の方が早く死ぬからね。3回くらい、悲しい思いをするよ。」

「そっか。だからきっと、虜にする音をだせちゃうんだね。」

 

 お母さんはにっこり笑って「わかってるじゃない。」と言った。 

 

 

 

第9章 エム  17歳 2013年2月25日

 

 次の練習まで待てなくて、ケイタ君の家に行った。エルと一緒にだ。

 

 最初はパソコンに音源を送ってって頼んだ。

 でもそのCDは特殊で、どうやっても送れないらしい。コピーもできないというのだ。

 30年くらい前のCDなのに、そんなプロテクトがかかっているはずがない。

「きっとケイタくんちのパソコンが壊れてるんだよ~。それかCDにキズがついてるとか。」

 向かう電車の中で、エルが言った。

 私もそう思う。

 でも。

 あの曲のCDなら、あり得るかもしれない……

 

「おまえらほんとモノ好きだなぁ。わざわざ来るなんて。」

 ケイタくんは、奇麗に片付いた部屋に私たちを招き入れてくれた。

「だーーって、うちら双子の過去が、明らかになるかもしんないんだよ~!」

 エルは大げさに言って、ケイタ君を楽しませていた。

 実際、その曲を聴いたときの記憶が曖昧なのは確かだ。

 あの森がどこで、いつ頃のことなのかも覚えていない。

 覚えているのは、ピアノのメロディーと、ザーっというノイズ音だけ。

 私たちの音楽の趣味は、あの曲から受けた影響が大きいのかもしれない。

 

「これだよ。」

 ケイタ君がCDを再生してすぐに、私たちは顔を見合わせた。

 間違いない。あの曲だ。

 

「1985年、アメリカのアーネストレコードってとこから出てる。」

 ケイタ君も、そう詳しくないらしい。CDの裏面の小さい文字を読んでいる。

 「オレたまにDJやっててさ、なんか面白い曲ないかな~と中古屋で適当に買ったうちの1枚。

でもけっこう気に入ってて、たまに聴いてたんだ。」

「何ていう人の曲?」

「RAYJUTO・・・読めないんだよね。レイジュト? 曲名は『ASLEEP』だよ。」

 ケイタ君は、すぐにパソコンで調べてくれた。

「あ・・・おい、このCD、再発されるらしいぜ。」

「ほんとっ? いついつ? 欲しい!」

「そこまでは書いてないな。まあウワサだなこれは。」

 

 私は自分が、エル以上にそのCDを欲しているのを感じた。

 

 

 

 

第10章 山田 25歳 2013年4月11日

 

 昨日は立山さんに、延々とそのCDの素晴らしさについて語られた。

 要するに、発売枚数の少なかった名盤なのだと。

 

 私にはどうしてもその曲の良さが分からなかった。

 放送終了後のテレビとピアノの早弾きの合体だ。

 だいたい1曲で40分て! 私の好きな曲はどれも3分で終わる。

 ただ、なんとなく、うん。耳には残っている。

 

 今日もそのCDの入った試聴機に、おかしな人がやってきた。

 

 魔女だ。

 

 いや、ただの年齢不詳のおばさんだったけど、一瞬そう見えた。

(あの人、日本人かな……)

 たぶん、いや絶対あのCDを聴いている。そんな気がした。

 10分くらいして、その人はCDを手にとり(やっぱりアレだ)

 ジャケットを見てからエスカレーターの方へ消えていった。

(買わないよな~、あんな変なCD……)

 

 そのおばさんの後に、髪の長い、白いワンピースを着た女の子がやってきた。

 そしてまた、あの試聴機のヘッドホンを耳につけた。

(うわ~あの子かわいい。お人形みたい。)

 私はレジからぼんやりと、その女の子を眺めていた。

 するとその子は、CDを手に取りスタスタとこちらへやって来た。

「あ、はいどうぞー。(ピッ)2500円です。ポイントはお貯めしますか?」

「はい。」

「ありがとうございましたー。」

 かわいい女の子はなんと、あのCDを買って行った。

 

「立山さん立山さん! 売れましたよあのCD! しかもかわいい子に!」

 私は在庫チェックから戻ってきた立山さんに報告してあげた。

 

「あのね山田さん。あのCDは、このフロアで今1番売れてるんだよ。

 君は8Fのフロアに行って遊んでばっかりいるから知らないだろうけど!」

 

 

 

第11章 魔女 1985年8月25日

 

 これで300枚目。

 

 少しずつ、けれども確実に集めなければならない。

 時には自分がCD屋へ出向いてそのCDを買った。

 大元を買い占めれば良いのだけれど、それでは私が怪しまれてしまう。

 

 まったく、どうしてこんなことになったのだろう……

 どういういきさつかは知らないが、これは確実に魔女が弾いている。

 

「魔女は音楽を奏でてはいけない」

 

 これは分かり切ったルールだ。

 500年前の魔女狩りだって、真相はこれだ。

 人間の前で、美しい音を出してしまったのだ。

 怪しまれた女たちは次々に処刑された。

 そこで本当の魔女も大勢殺されてしまった。

 大人しく生きていれば、普通の人間として一生を終えることができたのに。

 

 私は薬を作れないので、時がきたら居場所を点々としている。

 最後はこの国で死にたいと思う。

 

 私はこの同志が、人間社会で生きていくために、せっせとCDを買い集めている。

 これは下手をすると、世界中の魔女たちの破滅を導くものになる可能性もある。

 だから自分のためでもあるのだ。

 

 1000枚のうち、半分は回収したい。無理かもしれないが、できる限りのことはしよう。

 

 しかし、なんて美しいメロディーだろう。

 この機械的な音はたぶん、植物か何かに出させているに違いない。

 もうこの音の虜になっている人間は少なくないだろう。

 私はこの魔女が、どこかの森でひっそりと生きていることを願う。

 

 

 

第12章 リョウ 14歳 2013年5月25日

 

「ねぇ、カナ覚えてる? 幼稚園の頃に行った森のこと。」

 

 僕はとなりを歩いているカナに話しかけた。

 いま僕たちは『デッドサイレンス』というゲームの森の中にいる。

 

「うん、覚えてるよ。」カナはこっちを見ずに答えた。

「カナは、本当に魔女を見たの?」

「う~ん。どうだったかな~……」カナの返事はとても曖昧だった。

「あの曲は、覚えてる?」

「……うん。ピアノでしょ? メロディーまでは覚えてないな~。」

 なんか、今日のカナはちょっと変だ。元気がないというか、上の空というか。

 

 今は次のイベント発生ポイントまでの移動だけだから、敵は出てこない。

 カナはスタスタと歩いて行ってしまう。

 まるであの時みたいだ。今日は魔女に会えるだろうか。

 

「ねぇカナ。僕さ、ピアニスト目指すことに決めたよ。」

 僕がピアノに夢中になったのは、カナと行ったあの森で聴いた、魔女のピアノのせいだ。

 それを伝えたかったんだけど、カナはもうあの時の事、あまり覚えてないみたいだ。

 

「うん、リョウちゃんなら絶対すごいピアニストになれるよ!」

 カナはこっちをむいてニコッと微笑み、急に走りだした。

「ちょっとまってよカナ。」

 

 このゲームは、最後にプレイヤーが楽器を弾くシーンがあるらしい。

 僕はあの曲を、ピアノで弾くつもりだ。でもカナ、忘れちゃってるのか……

「カナは将来何になりたいの?」

「音楽家以外。」

「あはは、何それ、幅広すぎ。」

「じゃあお医者さん。」

「本気で?」

「うん。」

「そっか、じゃあお互いがんばろうね。」

「……」

 

 カナは突然、木に登り始めた。

「おいカナ! 何してんだよ、危ないよ!」

「平気だよ、ヴァーチャルだもん。」

「でも落ちたらそれなりに痛いよ。」

「次の村発見。」

 カナは木の上から遠くの方を見て言った。

 どうせその辺りは、まだ2Dの世界だろう。カナはそのまま前方を見つめながら言った。

 

「リョウちゃん、最後にあの曲、弾かないでね。」

 

 

 

 

第13章 マスター 30歳 1985年 夏

 

「珈琲の森」。

 この喫茶店は、1杯千円で珈琲を出している。

 

 ここに来る時はいつも、静かに何かを考えたい時だ。

 今日はゆっくりCDを聴くためにやってきた。半分は仕事、半分はプライベートだ。

 昨日手に入れた、面白そうなCD。

 会社で少し聞いたが、これは静かなところでゆっくり聞きたいと思い、ここにやってきた。

 

 珈琲が運ばれてきた。ここの店員は注文さえ揃ってしまえば、まったく干渉してこない。

 音漏れしないヘッドホンをつけ、CDプレイヤーのスイッチを押す。

 …………

 サーッと言う小さな砂嵐音からそのCDは始まる。

 やがて遠く近く、風に乗るように聞こえてくるピアノの音。

 小さな曲がりくねった小川に、キラキラ光る水が凄まじい勢いで流れてくるような

 イメージ。

 やがてピアノは穏やかになり、砂嵐がやってくる。

 しばらくすると、ピアノが大きな不協和音をかかえて戻ってくる。

 繰り返し押し寄せる波のように、そのCDは続いていく・・・

 

 珈琲にも手をつけず、私は約40分、身動きもせずそのCDを聞いていた。

 

 こんなバンドが、もっと演奏できる場所が日本には必要だ。

 前々から思っていたことが、このCDを聞いてはっきりした。

 あふれだす音は、ただそれだけで魅力的なのだ。

 作り込みすぎた音を、観客の視線を気にして演奏しているバンドばかりでうんざりしていた。

 

 ライブハウスを経営していこうと思う。

 どんな音でも受け止められるハコを作ろう。

 音を人に伝えるという点では、今の仕事と変わらない。

 私の書いたライナーノーツを読んで、後から感じるのではなく、一緒にその場で感じたいと思った。

 

 この演奏を生で、大勢の人と一緒に聞きたいと思った。

 

 

 

 

第14章 大学生 20歳 2013年3月22日

 

「で、いつ?」

 僕はチャット中のタカシに聞いた。

「4月だって。」

「ホントかよ。」

 

 あのCD、出る気配がまったくない。

 そこで友人のタカシに聞いてみることにした。

 タカシはどのジャンルでも恐ろしく詳しい。

 まあ最近は、ヴァーチャルアイドルばかり聞いているらしいが……

 

「アーネストレコードってとこが出しているらしいけど、ここって他に4、5枚しか出さないで潰れたらしいね。」

「ふーん。ま、他のアーティストには興味ないけど。」

「まあ待てよ、レーベルカラーとかから、普通分かるじゃん、そのアーティストのことも。」

「で、分かったの?」

「いや全然。」

「だめじゃん。」

「2ちゃんのウワサみたいのなら、けっこう拾ったけど。」

「どんな?」

「これ、最初1000枚発売されて、そのうち半分くらいは金持ちが買い占めて燃やしたらしいとか。」

「え?」

「その曲作ったのは魔女だとか、『レイ』っていう日本人だとか。」

 

 日本人・・・考えてもみなかった。本当だったら、ちょっと嬉しい。

 

「ま、全部うわさです。」

「しかし待ち遠しいな。ドラクエ11ぶりだよ、こんなに発売が待ち遠しいの。」

「おまえほどじゃないけど、おれも手元に置いておきたい1枚だ。」

「再発って、ジャケとかどうなるんだろ。あのままがいいな。」

「変わっちゃうんじゃない? やっぱ権利とかの問題があるしアーティストの後継者がまだ……」

 画面に打ち出されるタカシの文字は、途中から目に入らなくなっていた。

 

 僕の頭の中では、レイという日本人女性が、森の中でピアノを弾いていた。

 

 

 

第15章 会社員 27歳  2013年5月25日

 

(何やってんだろ……)

 

 電車に乗ってしばらくしてから、僕はようやく冷静に考えだした。

 さっきは電波が悪くて画面が砂嵐だった。

 そしてカフェで流れていたピアノの曲が、たまたま聞こえてきた。それだけのことだ。

 と、自分に言い聞かせてみても、子供のようにワクワクしたもう1人の自分が心の中にいた。

(とりあえず、行ってみよう。今日はたどり着ける気がする。)

 

 あの森は、東京から1時間くらいの場所にある。いとこの家の近くだ。

 目をつぶり、少年の日のことを思い出してみる。

 森の奥、魔女の家、聞こえてくるピアノの音……

 あとはそう、テレビの砂嵐のような音と、風に揺れる木々の音……

 

 社会人になってから行くのは初めてだ。

 スーツにネクタイの自分は、森にさえ入れない気がしてきた。

 

 森は何一つ変わっていなかった。

 

 木々がざわめく中へ、僕はゆっくり足を踏み入れた。

 僕はあの時、魔女の家に入って何がしたかったのだろう。

 あの音が何か、知りたかったんだ。

 今日、魔女に会えたら聞いてみよう。

 そしてあの曲が好きだと伝えよう。

 

 しばらく歩いていると、風に乗ってピアノの音が聞こえてきた。

 自然と急ぎ足になる。

 音のする方へ。

 突然目の前が開けて、小さな広場に出た。

 

 少女がピアノを弾いていた。

 いや、よく見ると、少女はピアノに肘をついてぼんやりしていた。

 ピアノの上に置かれたCDプレーヤーから、あの曲が流れていた。

 少女は僕に気付き、こう言った。

 

「魔女は逃げたよ。」

 

 

 

第16章 少女 16歳  2013年5月25日

 

 時々私は、魔女の家を訪れるようになった。

 

 魔女の入れたコーヒーは美味しかった。

 大きなアリンコはもういなかった。

 魔女はやっぱり魔女で、宇宙人ではなかった。

 

 私と魔女は、音楽の話をたくさんした。

 あれは魔女が作った曲だということも聞いた。

 

 新宿タワレコ9Fの、アバンギャルドコーナーはアツいという話で盛り上がった。

 立山さんという店員がすごく詳しくて頼りになるという情報を教えてあげた。

 そして本当は、魔女は音楽をやってはいけないというきまりも聞いた。

 でも魔女は、音楽が好きなのだ。

 薬をグツグツ煮る時のBGMはトムレッションだと言って笑った。

 

 私はピアノを教えてほしいと頼んだ。

 でも魔女は、もうすぐ引越すからダメだと言った。

 どこか違う国へ逃げるのだ。

 だって再発されたあのCDをたくさんの人が聞いたら、きっとつかまってしまうから。

 つかまって、火あぶりにされてしまうから。

 

 魔女はテルミンなら教えてあげると言った。

 魔女がピアノを弾いて、私がテルミンを奏でる。

 そんなセッションを何度かやった。

 私はテルミンという、不思議な音のする楽器をとても気に入ったので、自分でも買おうと思い

 色々調べていた。

 魔女の持っていたものは、古くてもう売っていなかった。

 あれと同じのが良かったのに。

 

 ある日森を訪れると、魔女はいなくなっていた。

 

 私は1人で、彼女のCDを聞いた。

 

 

 

第17章 会社員 27歳  2013年5月25日

 

 彼女と僕は、森でしばらく話をした。

 初対面の人と話すのは得意ではなかったが、その時はなぜだか言葉があふれた。

 きっと僕は、この事をだれかと話したかったのだろう。

 

 彼女は魔女と友達だったと言った。

 あの曲は、魔女が作ったもので、CDになっていて、それが再発されたと。

 そして魔女は逃げたと。

 

「どうして魔女は逃げなきゃいけないの?」

「魔女は音楽をやっちゃいけないんだって。その音で人間がおかしくなって、

 魔女は火あぶりの刑にされちゃうから。」

「確かに、忘れられない不思議な音だけど・・・この現代で、火あぶりにはならないんじゃない?」

「そう断言できる? もし魔女が人間に追い詰められたら、私たちで守ってあげられると思う?」

 少女は真剣な眼差しを僕に向けた。

「……うん、そうだね、僕なんかじゃ無理だ。」

 

 僕は全面的に、彼女の言う事を信じることにした。

 ちょっと妄想癖がある感じはするけど、嘘は言っていないと思ったから。

 実際僕も、ここに住んでいる魔女を見たことはあるし。

 20年前の話だけど。

 

「でも残念だなぁ。僕もあの曲を生で聞きたかった。あのザーって音は、何で出していたのかな。」

「わからない。でも、似たような音は出せる。」

「ああ、そうだね、エフェクターと圧電つないで、学生時代に僕もやったなぁ。今思えば、きっとこの曲の影響だったんだな。」

 

 歳は、10くらい余裕で離れているであろう少女に、僕は昔好きだった音楽の話をした。

 彼女は無表情だったが、静かに聞いていてくれた。

 そして突然、こう言った。

 

「私と音楽をやらない?」

 

 

 

 

第18章 リョウ 14歳  2013年6月26日

 

 ライブハウスって、もっと人でギュウギュウかと思っていた。

 

 カナがどうしても見たいライブがあるというので、塾をサボって一緒に来た。

 今日は全部で5つのバンドが出るらしい。

 カナのお目当ては次だ。

 

 ライブハウスは薄暗く、タバコのにおいがした。

 ここは昔からある老舗ライブハウスで、店長は海外でも有名なノイズバンドの人なんだって。

 こんなところに来ているのがバレたら、クラシック一筋の両親が怒り狂うな。

 いや、母親は気絶しそうだ。

 今はDJがセッティングの間をつないでいる。これは何ていう曲だろう。

 僕は、ここが気に入った。みんな音楽を楽しんでいる感じがした。

 最初のバンドが良かったせいもある。

 僕の人生の、記念すべき1バンド目だ。

 名前は分からないけど、白いワンピースのテルミンの女の子と、エフェクターだらけの男の人の2人組だ。

 うるさいけど切なげで、たまに歌っている女の子の声は聞こえなかった。

 

「はいリョウちゃん。」

 カナはビールを1つ、僕に手渡した。

「僕初ライブ初ビールなんですけど。」

「じゃあおめでとう!かんばーい!」

 何がじゃあでおめでとうなのか。ビールってにがい。ついでにタバコも吸ってやろうかと思った。

 

 DJの音が小さくなるのと同時に、ステージがぼんやり明るくなった。

 次のバンドが始まった。

 ドラム、キーボード、ノイズ(っていうパートでいいのかは分からない)、ボーカル。

 彼らはカウントもなしにいきなり全員が爆音を出し始めた。

 カナはピョンピョン飛び跳ねている。

 ボーカルの女の子とキーボードの女の子は、同じ服で同じ顔だ。

 いったい何で合わせているのか、全員がピタッと止まるブレイクは見事だった。

 カナほどではないけど、僕も体でリズムをとった。

 小さく聞こえるキーボードのメロディーは、あの曲に少し似ていた。

 

 急にカナが飛び跳ねるのをやめた。

「どうしたの?」

 僕が耳元で叫ぶと、カナは少しさびしそうな顔をした。

 そしてステージを見つめながら何かつぶやいた。

 「わたしも・・・」

 

 カナの言葉はノイズにかき消され、僕の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 



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