3<夕暮れの流れ星>
薄紅色に染まった空を見上げていると、キラッと光るものが動いた。
星よりも速く、流れ星よりも遅く。
(あれ、何だろう。。)
その光るものを追って、少し早足で歩いた。
その先には広い公園がある。
野球のグランドとプールも。
光る何かは、ストンと公園の植え込みに落ちた。
(みんな気づかないのかな。)
回りにいた人達は、知らん顔だ。
見えていないんだろうかあれが。
私が植え込みを覗くと、その光の玉は野球のボールくらいの大きさでそこにあった。
触れようか迷っていると、それは土の中にスーッと吸い込まれていった。
その瞬間、私は思い出した。
(ここは。。。!)
砂場に落ちていたシャベルでそこを掘り返すと、私が幼稚園のときに埋めた宝箱が出てきた。
(やっぱり!)
錆びた缶をあけると、オモチャの指輪やカードや似顔絵やピンどめや、
懐かしいものがごちゃごちゃと入っていた。
(?。。。)
ただひとつ、記憶にないものが入っていた。
CDだ。
開封されていない、まだ新しいCD。
発売日は2013年8月15日となっている。
私はなんとなくすべてを悟った。
きっとこのCDは、いまこれを聞かずに作られた物だ。
私はそっと宝箱にCDを戻し、もう1度土に埋めた。
さあ、明日からレコーディングだ。
空はすっかり、紺色に染まっていた。
4<流線型アリス>
「この星はきれいね。」
南新宿の歩道橋から道路を見下ろしながら、アリスは言った。
「ねぇ、帰んないでよ。」
僕は頼んでみた。
アリスの家は、遠いのだ。
なんせ違う星なのだから。
長い間当たり前のように一緒にいたから、もう忘れかけていた。
「んー。でももうそろそろ帰らないと。」
「じゃあ僕も行っていい?」
僕のその言葉に、アリスはこう答えた。
「わたしね、流れ星より流れ車の方が好きだよ。」
「なにそれ(笑)」
でも確かに、いま目の前に広がる景色は流れ星よりきれいだと思った。
「ついたらメールちょうだい。」
「無理です(笑)」
アリスとの最後の思い出は、夏の暑い空気に包まれていた。
5<夏の椿>
私が地球に送りこまれてから、10年が経つ。
人類に気付かれずミッションを達成させるために、私が考えた私自身の設定は
『椿の妖精』だ。
地球の日本という島国に降り立ったとき、まず目に入ったのが
椿の花だった。
ぽつんと赤いその花は、私の記憶に強く語りかけてきた。
凛として、それでいて可憐な花だった。
地方都市の中小企業に就職した私は、静かに「人」としての生活を送りながら
ゆっくりと計画を進めていた。
人類の時間軸で500年かけてのミッションだ。そうあせることはない。
私は人間の社会になじみ、疑われることなく生活を続けた。
『椿の妖精』という設定上考えたあらゆることは、10年の間1度も使うことはなかった。
夏のある日、私は人気のない路地を歩いていた。
しん、と静まり返った細道で、垣根に咲く1輪の白い椿を見つけた。
夏に咲く椿は白く、冬に咲く椿は赤い。
私は、赤い椿の方が好きだ。
(そういえば私は、この花を赤くすることもできるんだったな)
ふと自分の設定を思い出し、椿の花に触れた。
白い椿は、じんわりと赤く染まっていった。まわりのつぼみも全て、
赤い色で咲かせた。
「おじさん、お花のようせいさんなの?」
小さな少女がすぐそばに立っていた。
『椿の妖精』の設定
・椿の花を自由に咲かせることができる、また枯らすこともできる
・咲かせた椿からとろける甘い蜜を出すことができる
・私が咲かせた花を受けとった人間は、それ以上成長しない
etc….
私はそっと、赤い椿を一輪、少女に手渡した。
6<宵待月>
終電で帰れた安心感と月の綺麗さに、ついつい浮かれてコンビニでいろいろ買ってしまった。
プリン、ジュース、ランチパック、卵。
ここでの生活にようやく慣れてきた今日この頃。
大きく手を振りながら歩いていたら、袋がすっぽぬけて飛んで行ってしまった。
ベシャ。
3m先で不思議な音をたてたのは、たぶん卵たち。
商店街の真上に佇む月の光が、一直線に卵に降り注ぐ。
コンビニ袋の中から、小さな二足歩行の何かが出てきた。12人。
「お迎えに上がりました、姫。」
私は1歩、2歩とあとずさりし、そしてダッシュできた道を戻った。
終電はもう、終わってしまっていた。
月になんて、絶対に帰りたくない。
私と小さな宇宙人の、真夜中の追いかけっこが始まった。