1<ふたご座流星群>
夜空に、一筋の青い光が流れた。
「星に、帰りたくなった?」
私は彼にたずねた。
彼は1年前、ふたご座流星群に巻き込まれて地球へ不時着したのだ。
「いや、別に。流れ星ってキレイだよね。うちの星にはなかったから。」
彼の星は、地球なんかよりずっと進んでいて、進みすぎておかしくなっていた。
科学と呪いと魔法がいっぺんに進化して、ゲームの中のような魔法の世界とテクノロジーの世界と、
普通の世界の3つに分かれてしまったんだって。
星は戦争になって、彼は逃げてきたのだ、宇宙船で。
地球に来るつもりではなかった。もっと先の、古き良き魔法使いがいる星へ行く途中だった。
「ねぇ、母星では魔法の世界の住人だったんでしょ?ここは、不便じゃない?」
彼は空を見上げながら言った。
「不便。。。だけど平和だから。それに。。。ありがとう。」
「ずっと平和だったら、地球にいてくれる?」
「うん。でももうすぐこの星も、戦争が始まるよ。」
「え。。。 」
「直すよ早く。宇宙船を。直ったら、一緒に行く?」
私は空を見上げながら、頷いた。
その時、大きな流れ星が空を横切って行った。
2<不穏色の空>
光のない、どんよりとした空が広がっていた。
まだ朝なのにこの空。。。今日はなんだかいつもと違う空気が流れている。
自分が住んでいるマンションの屋上から、僕は東京を眺めていた。
霧が出てるみたいに、街がボンヤリしている。
「おはよ。早いね。」
同じマンションに住む従兄弟がやってきて僕に声をかけた。
「ねぇ、今日なんか変じゃない?」
「変って何が?」
「街が。」
声だけでわかったので、そちらを見ずに会話を進めた。
「ん〜そう?いつもどおりだけど。。。東京タワーって、あんな外装工事してた?」
彼女は僕のとなりにきて、柵に肘をつく。
「。。。あれ、なに?」
左目の端に映った物体を、僕は首を少しだけ動かし目で追った。
音はほとんどしなかった。スターウォーズに出てきそうな黒くて長方形の、
箱のような宇宙船が僕たちの頭上に近づいてきた。
「えっ!?何あれ!」
空に列をなして、音もなく現れた黒い飛行物体。
突然、先頭の1機が打ち落とされる。
それは数百メートル先の民家に墜落した。
小さな悲鳴が、聞こえたような気がした。
爆発音と共にオレンジ色の炎が街を包んだ。
大きな破片が僕たちめがけて飛んできた。
咄嗟に身を伏せたが、どうやら5階あたりに命中したようだ。
「攻撃しちゃ、マズイでしょ。。」
僕は呟き、従兄弟の手をとって非常階段へ急いだ。
2013年8月15日。
それが、長い宇宙戦争の始まりの朝だった。
3<夕暮れの流れ星>
薄紅色に染まった空を見上げていると、キラッと光るものが動いた。
星よりも速く、流れ星よりも遅く。
(あれ、何だろう。。)
その光るものを追って、少し早足で歩いた。
その先には広い公園がある。
野球のグランドとプールも。
光る何かは、ストンと公園の植え込みに落ちた。
(みんな気づかないのかな。)
回りにいた人達は、知らん顔だ。
見えていないんだろうかあれが。
私が植え込みを覗くと、その光の玉は野球のボールくらいの大きさでそこにあった。
触れようか迷っていると、それは土の中にスーッと吸い込まれていった。
その瞬間、私は思い出した。
(ここは。。。!)
砂場に落ちていたシャベルでそこを掘り返すと、私が幼稚園のときに埋めた宝箱が出てきた。
(やっぱり!)
錆びた缶をあけると、オモチャの指輪やカードや似顔絵やピンどめや、
懐かしいものがごちゃごちゃと入っていた。
(?。。。)
ただひとつ、記憶にないものが入っていた。
CDだ。
開封されていない、まだ新しいCD。
発売日は2013年8月15日となっている。
私はなんとなくすべてを悟った。
きっとこのCDは、いまこれを聞かずに作られた物だ。
私はそっと宝箱にCDを戻し、もう1度土に埋めた。
さあ、明日からレコーディングだ。
空はすっかり、紺色に染まっていた。
4<流線型アリス>
「この星はきれいね。」
南新宿の歩道橋から道路を見下ろしながら、アリスは言った。
「ねぇ、帰んないでよ。」
僕は頼んでみた。
アリスの家は、遠いのだ。
なんせ違う星なのだから。
長い間当たり前のように一緒にいたから、もう忘れかけていた。
「んー。でももうそろそろ帰らないと。」
「じゃあ僕も行っていい?」
僕のその言葉に、アリスはこう答えた。
「わたしね、流れ星より流れ車の方が好きだよ。」
「なにそれ(笑)」
でも確かに、いま目の前に広がる景色は流れ星よりきれいだと思った。
「ついたらメールちょうだい。」
「無理です(笑)」
アリスとの最後の思い出は、夏の暑い空気に包まれていた。
5<夏の椿>
私が地球に送りこまれてから、10年が経つ。
人類に気付かれずミッションを達成させるために、私が考えた私自身の設定は
『椿の妖精』だ。
地球の日本という島国に降り立ったとき、まず目に入ったのが
椿の花だった。
ぽつんと赤いその花は、私の記憶に強く語りかけてきた。
凛として、それでいて可憐な花だった。
地方都市の中小企業に就職した私は、静かに「人」としての生活を送りながら
ゆっくりと計画を進めていた。
人類の時間軸で500年かけてのミッションだ。そうあせることはない。
私は人間の社会になじみ、疑われることなく生活を続けた。
『椿の妖精』という設定上考えたあらゆることは、10年の間1度も使うことはなかった。
夏のある日、私は人気のない路地を歩いていた。
しん、と静まり返った細道で、垣根に咲く1輪の白い椿を見つけた。
夏に咲く椿は白く、冬に咲く椿は赤い。
私は、赤い椿の方が好きだ。
(そういえば私は、この花を赤くすることもできるんだったな)
ふと自分の設定を思い出し、椿の花に触れた。
白い椿は、じんわりと赤く染まっていった。まわりのつぼみも全て、
赤い色で咲かせた。
「おじさん、お花のようせいさんなの?」
小さな少女がすぐそばに立っていた。
『椿の妖精』の設定
・椿の花を自由に咲かせることができる、また枯らすこともできる
・咲かせた椿からとろける甘い蜜を出すことができる
・私が咲かせた花を受けとった人間は、それ以上成長しない
etc….
私はそっと、赤い椿を一輪、少女に手渡した。