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舞緋蓮  太刀の壱  第十回

 

               四章

 

 一年前の因果の終幕。  

 辰ノ神水蓮勇刀と第二十六代獅士堂緋蓮。この二人の決刀より以前。この刀

郷という土地が二大両家によって統治されていた時代。その体制の確立は明治

時代初期にさかのぼる。  

 しかしその体制は別の家柄であったが、この郷にあって任侠者の風体の家が、

どういう興りをもち成り立ったかを知る刀郷の民は現在、一九六六年夏におい

てはほとんど存在しない。いたとしてもそれは、今は他の組に御厄介になって

いるかつての辰ノ神の老幹部や、獅士堂の古参の者の一部。また堅気の衆の老

人層には、それを伝え聞いて知っている者もいるだろう。  

 だが、この郷の歴史というモノに対して、現代っ子らしい興味の薄さをもっ

て生活していた千夏は、自分の家の事柄ながら、その伝統ある歴史と由来につ

いて、まったくといって何の誤りもないほどに既知のことが僅かであった。そ

れは信斗にしてみても似たようなものであったらしく、宵の口の闇の中をゆっ

くりと走る馬車に揺られながら、彼はそんな話題を左馬ノ介に振った。

「左ノ字よ。つまらねぇ疑問なんだけどよぉ、辰ノ神と獅士堂ってぇのは、も

ともとは一つの家だったそうじゃねぇか。都の御番鍛冶だったかの大家だった

とか、なんとか。それがどうして刀郷に渡ったのかも気になるが、それより何

でまた二つに分かれて、あげく仇同士になっちまったんだ? お前はその辺の

はなし、なにか知らねぇのかよ」  

 左馬ノ介は「なんですかその呼び方は」と追及しようかとも思ったが、信斗

のどこか話題を探していたのだろう空気は察していたので、特にそのことには

取り合わずに話題に対して応じる。  

 四人乗りの幌のない馬車には、左馬ノ介と信斗、そして千夏の三人が乗車し

ている。だがその車上にあって先程から沈黙が重かったのは左馬ノ介にしてみ

ても同様で、信斗の切り出しは実のところ渡りに船だった。

「まぁ、ある程度は耳にしていますよ。けれどそれは、ことここに及んで気に

したところで、どうかとも思われる事柄に映りますが。聞きたいんですか?


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舞緋蓮  太刀の壱  第十回

……というか、あなたは辰ノ神次期四聖だったんでしょうが。自分の組の歴史

について知らないんですか……」  

 信斗の軽佻浮薄さは演出なだけではなく、彼という男は真実に軽い人間なの

ではとういう考えにもなる左馬ノ介。そんな彼の心持ちを笑い飛ばすかのよう

に信斗。

「それはまぁ、置いとけって。言うなれば俺は、現代の今この瞬間を生きる者

なんだというこった。けどな、言っただろ。俺ら勇刀の四聖は、千夏を見届け

るのがこれからの仕事だ。ならそれは辰ノ神の歴史ののちを見守るってことと

同義だ。……だからよ、組の成り立ちも知っときてぇんだよ。聞かせろよ」

「……仕方がないですね。……いや、やっぱり面倒です。誰かさんのお蔭で疲

れましたし」

「あぁ⁉ 手前ぇ、なら今からトドメさすぞ、コラッ」  

 左馬ノ介は笑って返す。  

 そんな二人の様子を見ていた千夏が、彼らに割って入る。

「織田さん。……その、私も聞きたいです。……お願いします」  

戦いの後から、まだ力ない様子の千夏の申し出を無下にするわけにはいかな

い、という左馬ノ介一流のフェミニズムから、こうして彼は語り出したのであ

った。  

 ―――ことの始まりは、古来、この日本と呼ばれることになる土地に、国家

の様なものが形成され始めた頃。加えて神事に「刀」が用いられた時代にまで

さかのぼることが出来る。  

 その頃より、時代の統治者の影にあって国を守護せし四つの刀と、それを振

るう武人達“太刀の四聖”があった。時代の進展と共にその刀技は「東国七流」

と「京八流」に派生し、その後、現代にあって刀技の三大源流といわしめる、

塚原卜伝・新当流、富田勢源・富田流、上泉伊勢守信綱・新陰流の礎となった。  

 その太刀の四聖の一角にあたる家は、幕末期においては朝廷につかえる奉納

武具を鍛える御番鍛冶師も兼任し務めていたのだが、時は大政奉還の折。刀郷

設立にあたる神事に奉じられる御神刀を打ったその家は、禁忌を犯したとして

四聖の地位と、京の都をおわれる。  

 それから、名も失ったその家は刀郷にながれつき、禁忌の刀、妖刀「血刀・

雪斬」を打った事から内部分裂し、二つの家へと袂を分かった。そして刀郷を


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舞緋蓮  太刀の壱  第十回

二分し、荒ぶるかつての武士達、浪人や侠客勢を統べ、治める。その過程でい

つしか両家は互いに憎み合う仇敵同士の関係となっていった。そうして現代ま

での辰ノ神と獅士堂に至る。  

 左馬ノ介は大まかにではあるが、両家の歴史というモノを千夏と信斗の二人

に聞かせた。それに対し信斗が口をはさむ。

「辰ノ神の宝刀“武刃”は辰ノ神の家の興りと共に鍛えられたのかね? 

やっ ぱり」

「さあ……。多分そうじゃないかと。さすがに他の組のことですし関知の及ば

ない処ですね」

「まぁ、でも刀郷に入ってから仇敵同士になっちまったてぇのは、なんでかね

ぇ。時間がそうしたとしたら因果なモノだが」

「それは俺も先代に質問したことがあったんですが、それに関しては両家の歴

史の闇、だそうで。先代も想像の範疇だとしか言えないことだという話ではあ

るのですが、なんでもやはり両家の性質というモノが「火」と「水」だったの

だろうと。元の四聖として、御番鍛冶師としての歴史が培った、根ざしたモノ

や想いが同じでも、志向の違いから袂を分かつのは彼らの歴史において避けら

れなかったのではないか、と。あとは俺も時間が関係を複雑で陰惨なモノにし

てしまったのだと思います」

「……ふぅん。くだらねぇな。そういや、勇人のヤツも「先人の愚には呆れ果

てる」と言っていたことがあったような、なかったような……」  

 信斗のその解弛した思考と口ぶりに、どうもつい二時間ほど前に、互いに刃

を交えて殺し合いに近い戦いを繰り広げていた筈なのに、と左馬ノ介のほうが

呆れ返る思いだった。まさしく突っ込む気もおきない。  

 緊張感が解かれているという点においては千夏も同様に、だった。馬車のう

えにあって自分の隣に敵方であった左馬ノ介が座っていることに対しても、特

に思うところがないように、どこか閑却然とした顔をしている。そんな千夏を

横目で眺める左馬ノ介に、信斗が不満気な声を飛ばしてくる。

「ときにもう一回質問だけどよ、ほんとに何で俺が馭者をしなくちゃならねぇ

訳よ。左ノ字」

「仕方ないでしょう。というかこの顔ぶれなら当然の帰結でしょう」と悪びれ

るところなく応じる左馬ノ介。


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舞緋蓮  太刀の壱  第十回

「千夏さんは馬車の扱いなんて心得ていないし、俺が前に座って馭者をしたら、

敵方二人に対して背を向けて無防備になるんですから、論外です。そうなると、

あなたしかいないじゃありませんか。それとも目的地まで歩いて行きたかった

んですか? 千夏さんは足に怪我をされているのにですよ」

「……まァ、そりゃそうなんだけどよォーーッ」  

 やる方なしといえども不服そうに漏らす信斗だが、今の状況は三人が三人と

も休戦、といよりも終戦したようなものである。今から三、四十分前に屋敷を

出て、現在は川越街道に入り東西境界線上の板橋宿に向かって馬車は進んでい

る。

 

 夕刻。  泣き崩れる千夏と、歩み去る雪絵。  

 互いの近しい者達、左馬ノ介と信斗は戦いに区切りをつけ、彼女らに歩み寄

った。  

 左馬ノ介は義姉である雪絵に、その利き手の銃傷を心配し、加えて彼女の今

後に対する意向をうかがうために。  

 信斗は義兄弟である勇人の妹、自分にとっても気にかけてしまう、本当の妹

の様な存在の千夏のもとへ。今の彼女に対してかける言葉を思案しながら。

「千夏……、とりあえず、よくがんばったな……」 と千夏の肩に手を置く。  

 その時は、それ以上に彼女にかける言葉を見つけられなかった信斗に、左馬

ノ介が歩み寄る。

「姐さんの言葉です。お二人とも、とりあえずの傷の手当てをしたら、十七時

中にはこの屋敷を離れるようにと。俺の手筈では、十八時にある場所に使いが

向かわなかった場合、この屋敷に事後処理の者達が数人集まるようになってい

ます。武侠ではありません。うちの組の息のかかった遺体片づけ屋ですが、あ

なた方も姿を見られるのは芳しくないでしょうからね」  

 そういう訳で、各々屋敷の別室で左馬ノ介の用意した救急具で、止血などの

応急手当をすませると、千夏と信斗の二人は屋敷の門をくぐる。  

 この時の、特に千夏の心境はどんなものであったろうか。信斗は黙って、足

を少しひきずる彼女に肩を貸してやっていた。  

 表に止めてあった馬車に乗ろうという二人に対して、左馬ノ介が追いついて


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舞緋蓮  太刀の壱  第十回

くる。彼は雪絵に千夏達に同行するよう指示された。一時迷った左馬ノ介だっ

たが、「自分のことはいいから、お願い」という雪絵の言葉の旨をくみ取って

承知した。そして段取りに則って屋敷に来る者たちとともに、雪絵もここを離

れるようにと、念の為に言い含めて来た。  

 そういうながれで今に至るのであるが、左馬ノ介は出発に際し、千夏と信斗

に同行の意思を伝えながら、しかしその胸のうちである危惧を抱いていた。  

 それは、今回の戦いに参列しなかった、信斗以外の辰ノ神水蓮勇刀の四聖。

その残り三人が今現在、どういう行動をとっているのか、とっているならば、

それは雪絵にとって害にならない事なのか。その三人に対する警戒を保留して、

姐さんを一人にする時間をつくる行動を、自分がとることに対して気をもんで

いた。もしかしたら、時間差をつけてこの屋敷を襲撃するという計画が、千夏

達にはあるのかもしれない。でなければ、これから自分が向かう場所に待ち構

えている線もありうる。勇刀の側近であった四聖の者達が、その妹の千夏の手

助けをしているだろうという推察は、当初から確信的だった事柄である。なら

ばその三人が今日の出来事に絡んでこないと考えるのは浅薄以外の何モノでも

ない。  

 彼らが今頃であろうと、今日の舞台に上がるとして、前者ならば左馬ノ介は

自分が雪絵を残してきたのは早計であったとは思う。しかし信斗と比肩する遣

い手が三人ならば、もし他に手勢を引き連れ来たとしても手傷をわずかに負っ

ているとはいえ、万が一にも雪絵が遅れをとることはないだろう、という信用

はあった。ただ、だから後者であった場合。後始末は自分が着けることになる

という事で、もしそれが刃傷沙汰に及んだならば、その結果に今現在の千夏は

納得がいくのだろうか、という事だ。  

 屋敷での戦いは、一応の決着ととりあえずの心の帰結をみた。出来ればここ

から話をこじらせて、千夏の心境を乱すようなことにはしたくない、と左馬ノ

介は気遣いといって差し支えない思いに駆られていた。  

 だが左馬ノ介のそれは、どうやら杞憂のようであった。  

 まず当初、左馬ノ介が同行すると突然言ってきたカタチだったので、信斗が

「何でお前がついてくるんだよ」と不可思議そうな顔で返されたのに始まった。

疑問気な彼に対して、左馬ノ介は率直に疑念を彼に語った。これは実は切れ者

でもある左馬ノ介の駆け引きでもあったのだが、「自分としても不本意であり



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