閉じる


<<最初から読む

4 / 25ページ

試し読みできます

4 赤ん坊は永遠に、赤ん坊のまま


チャンネルを変える。

アメリカ大統領の記者会見を、ニュース番組で通訳が話している。

「私は恐れていた。情報を発表することで、パニックになることを。
 世の中のシステムがクラッシュしてしまうことを。



 だが、我々は恐れてはいけない。悪い面は直し、良い面は認めて
 より良い社会を構築していく。ずっとそうして今がある。

 それができる。 悲観してはいけない、事実はすぐには変えられない。
 冷静に受け止め、乗り越えよう。」


さすがスピーチに定評がある大統領だ。ゆっくりとした口調で、わかりやすい。


「少し前、あるライブ中に、ヘブンと名乗る者による映像ジャックが行われた。
 
 話題になったので知ってる人も多いだろう。
 人を強制的に不老にするテロというものだった。

 空気中に『アップルスネーク』という不老ウイルスを散布したと言った。
 

 悪ふざけだと我々は思っていた。

 だが、研究機関から信じられない調査結果が送られてきたのだ。

 現段階で公表すべきか迷いもしたが、真実から目を背けては前進は無い。

 我々人類は、事実として、しばらく逃れようのないテロを受け入れることになる。


 アップルスネークは実在し、奴らの宣言どおり感染が確認された。

 アメリカ全土、いや、すでに世界中の空気中にあった。」


カチッ コチッ カチッ コチッ


頭の中で、何かの歯車が動き出す音がする。

ニュース番組では、アメリカは負けない! といった内容のスピーチが続けられているが、
俺は、ぼうぜんとしていた。


気付いたら夜だ。


下の階におりると、家族がテレビの緊急特番に目をやっている。


父が口を開く。

「えらいことになった。社会がメチャクチャになる。これからどうなるんや・・・」

母が答える。

「ふろうって何?」

「不老も知らんのか? 歳をとらない、死ななくなることだ」

「えー、素敵! せっかくなら私が若い頃に、不老になりたかったわー」

父は眉間にしわを寄せ、
母は笑っている。


そっか、

そうなんだ。

不老になる。

それは、悪くもとれるし、良くもとれるんだ。


ナマズ顔って生徒に揶揄されている、歴史の先生が言っていた。

「古い制度の中に生きている人達にとっては、
 新しい制度は脅威であり、悪いことに見える。

 新しい制度の中に生きている、
 生きようとする人達にとっては、
 古い制度は脅威であり、悪いことに見える。

 明治政府が~、鎖国のままだと~、坂本龍馬が~、幕府が~」

細かな事は忘れたが、そんな話をしていた。

歴史は、価値感と、価値感がぶつかりあい、混ざり合い、進化していると。



テレビでは、日本政府の発表が中継されている。

総理大臣が言うには、
今月中に、日本人全員の血液検査を実施するという発表だった。


先に血液検査をしたところ、すでに、総理大臣自身も、アップルスネークに感染しており、
不老になっていると公表した。

このウイルスに本当に副作用がないか、
抗体はできないか、調査研究をすすめるている、と。

不安にならず、今まで通りの社会生活、学校生活をおこなうように。


政府はそう言っている。

そして、現段階でアップルスネークに関してわかっていることは、

細胞と結合したウイルスが、

最初に触れたエネルギーと、同じ量のエネルギーを真似して、生み出していること。


例えとして、 『形状記憶合金』 が出されていたが、アップルスネークは、

空気感染した時点の細胞を記憶し、複製する。

つまり感染した場合、その人の体の全細胞が、
『複製維持細胞』 になる。


感染した時、たまたまヒザをすりむいて傷があったら、永遠にその傷は完治しない。

免疫が治そうとする以上に、
アップルスネークによる、傷ついた状態を複製維持する力の方が強いからだ。


「そんな、無から有を生み出すようなこと普通は不可能だ・・・
 どっかからエネルギーを得ているのか?」


赤ん坊の話がでていた。


成長しようとする本能以上に、
アップルスネークによる、複製維持の力が強いため、

赤ん坊は永遠に、赤ん坊のまま ということだった。


俺はその話を聞いて、また頭がクラクラした。

そうだ。

そりゃそうだ。 そうなんだ。 このケースで不老になるってことは、そういうことなんだ。

ゾンビになって暴れて街を壊すとか、人を襲うとかそういうことじゃない。


俺は永遠に17歳で、

年寄りは永遠に年寄りで、

産まれたばかりの赤ん坊は、
産まれた瞬間に、空気と一緒にアップルスネークを吸いこみ、感染し、

永遠に乳幼児のままになる。 そういうことなんだ。



これから、世界はどうなるんだ?

日本政府はどうするんだ?

明日から、学校はどうするんだ?


総理大臣が、いままでどおりに生活してください。と言っていた。
俺達は、しばらくは、受験勉強をつづけなくちゃいけないのだろう。

しばらくっていつまでだ? 1年か、2年?

まさか、永遠じゃないよな。


俺の頭の中の歯車は、 カチッ コチッ カチッ コチッ と音を刻んでいる。
時を重ねて、前に進み続けている。

姿かたちは現状維持のまま、前に進めなくなったのに・・・。



試し読みできます

5 サイダーは嘘つきだな


自分はなんのために、生きてるんだろう?

なぜこの世界の、この時間軸に産まれてきたんだろう?


ねれない。
布団にはもぐったけど、ねむれない。

中学生みたいなそんな考え。 まるで禅問答が、頭の中をとびかう。

結局、人間に答えなんて出せないのに。
中学生の時、考えるのをやめたのに。




気付けば、朝になっていた。 
少しだけど、ねむれたみたいだ。


朝のテレビ番組はいつも通り。
お天気キャスターが可愛く喋っている。

チャリに乗り、高校へ向かう。

すれ違う女子校正も、サラリーマンも、幼稚園児も、花に水をやっているおばあちゃんも、
みんないつも通りだ。

長い上り坂を登って、ようやく学校についた。

靴箱に靴を入れていると、後ろからヒカルも登校してきた。
昨日の夜、電話ですこし気まずくなったから、顔をあわせづらい。

気付かないふりをして、さっさと教室に向かった。
ヒカルと俺はクラスが違う。


席に座ると、

普段、話かけてこない女子が、テレビに出てたね!スゴイスゴイ! と、
笑顔で話しかけてきた。
「お餅の歌、かわいいね!」 なんて言われるかな? と内心期待したが、

曲については何も言われなくて、
ただ、ただ、テレビに出たことだけを、
無条件で褒められる。

なんか、むかついた。


授業が始まると、最初に教師が、アップルスネークのことに触れた。

慌てないように、パニックにならないように、と言っている。

先生、大丈夫です。どう見ても、このクラスにパニックの兆候はないです。
俺達高校生は、へたな大人よりも情報はネットでしっかりチェックし、
行動をシュミレートしていますから。

不老になったからって、トイレットペーパーを買占めに行く、情弱バカは少ない。

授業はたんたんと続いた。


おそらく、昨日発表された出来事は、歴史の教科書に載るレベルの重大事件。なのに、
不気味なほど、いままでと何も変わらない日常だった。

爆弾だ、殺人だっていう、わかりやすい凶悪事件じゃないから、
みんな、どう反応したらいいか、わからないってこともあるんだろう。

放課後になった。

一日はあっという間だ。
貴重な一日があっという間に過ぎた。


この、あっという間という感じかたも、不老になったんだから、変わるのかな?


百個の中の角砂糖一個の価値と、
一兆個ある内の一個だったら、
同じ一個の角砂糖だけど、価値が変わるもんな。

だから、この一日の価値も・・・

考えるだけで、身震いがする。


ガチャ シャコン

「あの、昨日はごめん。」
チャリ置き場で、ヒカルが俺に話しかけてきた。

「ん? あ、いーよ、こっちこそごめんな。 なんか、俺のこと考えてくれたのに」

「ううん、守の気持ちを考えないで、僕も勝手なこと言い過ぎたよ。」

一緒に坂道を下って帰る。
途中、堀之内公園に入って、愛媛県美術館の前のベンチに座った。


俺の家が衣山方面で、ヒカルの家が道後方面だから、ここがちょうど分岐点。
軽い曲の打ち合わせは、いつもここでしてから、別れて帰る。
楽器を使う練習は、週末に、メンバーの家に集まってやる。


今日は、やけにヒカルがニヤニヤしていた。

「ヒカル、なにかいいことでもあった?」

「うん? だって、昨日、すごくいいことがあったからさ。」

「昨日?」

「そうだよ。ニュースを見てて、もー嬉しくて嬉しくて、たまらなかったよ!」

「え、なんかあったっけ?」

「アップルスネークだよ! 僕らは不老になれたんだ。
 だから、守達と、好きな音楽がずっとずっとずーーーーーーーっと
 やれるんだよ!」


俺はその言葉に、ハッとした。


「守は気付いていないかもしれないけど、
 守の持ってる音楽の才能は、愛媛とか狭い場所に眠らせておくべきじゃないよ!
 もっといい楽曲作って、日本中に、世界中に広めるべきなんだよ。

 守の作る音楽は、前に進み過ぎているから、普通のセンスの人はまだ理解できない。

 このまま10年たっても、世間が理解できない可能性もある。
 だけど、二百年やってたら、二千年やってたら、きっと守の才能に世間も気付くよ!」

「二千年・・・・・・」

「最高だよね! 二千年だろうと二千億年だろうと、
 ずっと音楽がやれるなんてさ!」



この瞬間はっきりと気付いた。 



「ヒカル、俺、わかった。」

「何が?」

「俺は、音楽が好きじゃないのかもしれない。」

「え?」

「ヒカルは、音楽がずっとやれるって嬉しがってるけど、あのニュース見て、
 正直言うと、俺はしんどいなって心の中で思ってた。

 ちょっとした才能より、楽しんで続けられる才能の方が、たぶんあれよ、きっと強い。」

「いや・・・でも、才能が無い僕みたいなのが努力するより、
 守が努力したら、もっとすごい音楽を作れるから・・・」

「無理だ。続けられない。
 ウサギとカメの話、あるじゃん。 俺は、たぶんウサギタイプ。
 そして、すぐやる気がなくなる。

 でも、ヒカルは、カメみたいにさ頑張れるんだよ。
 コツコツ、何万年とかけて成長できて、最後にはウサギに勝つ。」


ヒカルは急に黙り込んだ。

俺も、黙った。
喜んでいるヒカルを昨日に続き、今日も落ち込ませてしまった。
でも、ごめん。心の中は少しスッキリしていた。


ヒカルの言うように、
俺には音楽を『作る才能』が、少しあるのかもしれない。

だけど、音楽を『作ることを楽しむ才能』は、
あまりないみたいだ。

ノイジ・スピカの曲を聞いて、いつか一緒のステージに立ちたいとは今でも思っている。
だけど、そんなのは、ちょっとした嵐で吹き飛ぶ、ペラペラの憧れでしかなかったんだ。


「ごめん、なんて言っていいかわからないよ・・・ また、あした・・・」

ヒカルが自転車を押しながら帰っていく。
しばらくすると、自転車は乗るものだと思いだして、乗って帰って行った。


俺はひとり、薄暗くなった公園のベンチに座ったまま、ライトアップされた松山城を見ていた。


「あんな山の上に、お城作るなんて、昔の人はすげーな・・・」


何があんな立派な城を作らせたんだろう。

大名への忠誠心?

神様への信仰心?

城が無いと戦いに負ける、その恐怖心?

他の地域に負けたくない地元愛?

他の大名が作ってるから真似しただけ?

うーん・・・


本気になったら、俺でも城は作れるか?

城の作り方を徹底的に学べば、百年もありゃ城造りの知識だけは覚えられるだろう。

大きな石を割り、巨大な石垣を作ることだって、千年やればできるんじゃない?
もし千年で無理なら、1億年かければ作れるだろう。

だけど、俺はやらない。
不老になったんだから、やろうと思えばやれる。 だけどやらない。

すごい城だな、作れるとすごいよなー程度じゃ、
本当にやりたいことじゃないから、体が動かないんだ。



「お城、好きなんですか?」


横から声が聞こえた。 見ると、同い年くらいの・・・かわいい女子が立っていた。

「何分もお城ばっかり見てたから、お城が好きなのかなって思って、つい声かけちゃいました。」


「いや、べつにそんなに好きじゃない。
 
 作ろうとは思わないし・・・」


「え? お城を作る気だったの? あははは、おもしろい。」

暗闇に対照的な、まっ白い肌の女の子は、笑顔で俺を見ていた。

「名前なんていうんですか?」

「まもる・・・ 斉田守。」

「サイダマモル? うーん? 守るって感じしないなー。」


「そう?」

「守るっていうより、なんか・・・壊すって感じのオーラが漂ってる。」

「壊すか。ははっ いいね!

 そうなんだ。 実は、俺、この退屈な世界を、ぶっ壊そうと思ってる・・・」


ゴソゴソ


俺はポケットからボールペンを取り出して、彼女の方に向けた。

「このボタンを押せば、世界は一瞬で消滅する!」

「ほんと?」

俺がうなずくと同時に、彼女は飛びかかっていた。


カチッ


両手でつつみ、俺の指ごと、スイッチを押した。
もちろん、芯が出るだけで、世界が消滅するはずもない。


「サイダーは嘘つきだな」


その瞬間、俺の心の奥で、なにか大切なスイッチが押された。


カチッ



試し読みできます

6 サイダーはエッチだな


初対面の男である俺が言うくだらない冗談に、全力でのっかり、
勢いよく飛びかかってくる女子。

うそつき呼ばわりされ、サイダーとかいう、おかしな名前をつけられる。


変な女子だ。



俺の手を両手で覆ったまま、まだ、しゃがんだ格好で俺を見上げている。


おい・・・顔が近い。


白い肌、大きな瞳は黒く澄んでいて、吸いこまれそうだ。
唇が下品なテカリではなく、上品に・・・なんかツヤツヤしている。


胸がどきどきする。

変な女子だ。

いや、俺もなんか変だ。


「手、どけてくれない? あと、サイダーって、ジュースみたいじゃん。」

彼女は手をどけると、俺の隣に座ってきた。
そこは、いつもヒカルが座っている場所だった。


「かわいい名前だよ。いいと思うんだけどな~ サイダー!」

「そっちはなんて名前?」


「私は、果実。」

「ああ~、禁断の果実ね。」

「言うとおもった!」


「親が農家とか、くだもの屋さん?」

「それは言われると思わなかった。
 残念ながら、くだものは育てておりません。」

「じゃあ、なに育ててるの?」

「なにか育てる仕事じゃないとだめなの? 笑
 さーねー、私、親がやってる仕事よく知らないの。両親とも、滅多に会わないし。」


「え? 親に会わないって・・・」

「うん。お母さんはいっつも私を置いて旅行ばっかりだし、
 お父さんは、単身赴任で海外に行ってばかりだから。」

「じゃあ、ほとんど家にひとりか。大変だな。 自炊?」

「自炊。」


家に帰ったら、母さんがいて、父さんがいて、あったかいごはんが出てきて、
俺はそれが当たり前だと思っていた。

だけど、果実みたいに色んな理由で、家に帰っても誰もいない家庭だって、あるんだよな。


「ねー サイダーは親のこと、好き?」

「え? 親? うーん、母さんは好きだけど、父さんは微妙かな。頭がカタくて。
 俺がなにかやろうとすると、文句ばっかり言うから。」

「サイダーのこと、心配してるんだよ。愛がある証拠。
 いいお父さんだよ。」


「果実は、親のこと好き?」

「そうだなー。

 家に帰らないで、仕事熱心で、
 お金をいっぱい稼ぐお父さんと、

 料理すら一度も作ったことなくて、生活費はいっぱいくれて、
 子どもより、自分を綺麗に見せることに必死なお母さん・・・

 うん、死ぬほど大好きだよ。」 


果実は笑顔でそう言った。 
だけど、さっきまでの笑顔とは違う、なんだか影のある笑顔だった。


「今夜も、家に帰ったらひとり?」

「うん。ひとり。」

「おうちに遊びに行ってあげようか?w」

「うち来る? サイダーならいいよ♪」


「え? まじで!? 俺、女子の一人暮らしの家とか、行ったこと無いんだけど・・・」

「嫌なの?」


鼓動がまた早くなってきた。

どういう意味だこれ・・・ 

単純に、寂しいから、家で友達としてゲームしたり遊ぼうってことなのか?
それとも、サイダーならいいって、俺は特別な存在であって、

それはつまり、今夜はそれで、あれで・・・あんなこともできちゃうとかいう、
そういうあれなのか??


「い・・・ 嫌じゃない。」

「じゃあ、いこっか!」


果実は、慣れた手つきで、携帯電話でタクシーを呼ぶ。

チャリは、堀之内公園に置きっぱなしだけど、そんなことはもうどうでもいい。

親には、ヒカルの家に泊まって曲の練習して、明日直接学校へ行くと伝えておいた。


二人並んで歩き、愛媛県庁前で、果実が呼んだタクシーを待つ。
話すと、果実も俺と同じ17才だった。


2分もすると、タクシーが来た。
サッと乗り込む果実。 タクシーに乗ったことがない俺は、初めてのタクシーに緊張していた。

「俺、タクシー乗るん初めてだ。 あれが、メーター? すげー。」

「ふふ、なんだか面白い。私はいつも移動はタクシーだから、
 そんな驚きや感動なんてとっくにないよ。 なんだか、うらやましい・・・」


15分ほど走ると、タクシーは山の上にある住宅街についた。

高級住宅街というほどじゃ無いのかもしれないけど、
大きくて立派な家が並んでいる。


「このあたりに果実の家があるの?」

「親の家だけどね。松山にいる時に使うのはここが多いかな。」

「じゃ、じゃあ、他にも家があるの?」

「愛媛には、あと五つ家があるよ。」


帰る家が一カ所の俺と、帰る家がたくさんある果実。
同じ高校生でも違うもんだ。


この場所からは、松山市内の夜景が一望できる。
キラキラ光っていて、とても綺麗だ。

百貨店の上に設置されている観覧車、
明かりが、くるりんくるりん、まわっていた。

1月の風は冷たい。


「こっち、こっち。」

白い大きな家の玄関を開け、果実が手招きする。

「お・・おじゃまします。」


玄関に入ると、かすかに甘い匂いがした。

「適当に座ってて、紅茶でいい?」

広いリビングに通された俺は、大きなソファーの隅っこに座った。
部屋をキョロキョロ見る。
まるで、住宅展示場のカタログに載ってそうなオシャレな部屋だ。


「そんな端に座らなくても。」

紅茶を持ってきながら、果実が笑う。このティーカップも高級品なんだろう。

「いただきます。」

ズズズズ・・・

ほのかに林檎の味がした。

「どう、お口にあうかな? 私はここのアップルティー好きなんだ。」

「こんな美味しい紅茶、初めて飲んだ。」


緊張からか、一気に、俺は紅茶を飲みほした。そして、きりだす。


「で、でさ・・」

「なに?」

「なにして遊ぶの?」

「なにして遊びたい?」

俺は、一気にストレートにいくことにした。

家に呼ぶってことは、何してもOKってことだって、
テレビでお笑い芸人が言っていたし。

あ、でもそのお笑い芸人は、強姦未遂だのなんだので、
被害女性が泣きながらワイドショーに出てたっけ?

合意があった、なかったって・・・


俺は勇気を出して言う。

「キスとか、したい・・・」

果実はほほえんだ。



「サイダーはエッチだな。」


俺は、果実の口からもれた「エッチ」という言葉の響きにさえ、
興奮が抑えられなくなっていた。



試し読みできます

7 いっしょに死んで


「いい?」

「なにが?」

「キスとかしてもいい?」


「ダメだよ。」

右斜め前に座っていた果実が、向かいのソファーに座りなおした。


「こわいこわい、サイダーに襲われちゃう。」

「俺はそんな野蛮なことはしないよ。ちゃんとお互いの同意があってからじゃないと・・・」


「知ってる? たしか日本の法律だと、未成年者のセックスは違法なんだよ。
 愛しあっていても。」

「そんなのどうでもいいよ。 どいつもこいつもやってんじゃん。AVとか18とか19じゃん。
 法律守れとか偉そうにしてるオトナだって、
 どうせ法律なんか無視して、あいつらも10代でやってるよ!」


「みんながやってるから、セックスがしたいの?

 私が好きだからしたいの? どっち? 誰でもいいの?」

「え? えっと、その・・・果実が好きだから・・・」


「本当に私のことが好き?」

果実は笑顔だ。だけど、やっぱり目は少し悲しそうに見える。

「す・・・好きだよ。」


「ふふふ、わかった! じゃあ、私を納得させられたら、
 私の処女をサイダーにあげる!」


そういうと、果実は立ち上がり、目の前を横切る。
髪がなびき、いいニオイがする。

左隣に座るといきなり、俺の肩にもたれかかってきた。



「な、納得させる?」

「だって、私まだそんなにサイダーのこと好きじゃないよ?
 出会ってまだ数時間だし♪

 納得させて。」

「恋におちるのに・・・時間は関係ないだろ。」

我ながら、キザなせりふを吐いている気がした。
さっきまでの興奮が少しおさえられ、
説得しようと冷静になっている自分がいた。



「でも、かわいい子や、きれいな子なんて世の中に一杯いるよ。
 愛媛なんて特にかわいい子多いし。

 私じゃなくてもいいでしょ?」

「違う。果実は特別だよ。なんか・・・なんか、特別って感じがした。」


「そんなの理由になってないよ。」

「恋に理由なんていらない。」


「理由がないのに好きなの? そんなの変。 
 私のどこが好き? 私じゃなきゃいけない理由を言って。」

果実は腰をくねらせ体勢をかえる。
肩にもたれかかっていた頭はしだいに下がり、
俺の太ももの上に移動した。


もう少しで勃起したペニスに、果実の頭があたる。



「かわいいし、顔とか、声とか・・・」

「外見だけ?」

「いや、中身もかわいい。」

「なんか無理して言ってない?」

「無理してないっ! 好きだから。それじゃダメ?」

「ふふふ。」


起き上がると、果実は口を、俺の耳元に近づける。



「いっしょに死んでって言ったら、死ねる?」


俺はゾクッとした。



こんなかわいい女の子から、「一緒に死んで」なんていう、
恐ろしい言葉がでてくるとは全然思っていなかった。

でも、びびったら負けだ。だから言う。

「あ、ああ! 一緒に死んでやるよ!」


すると、果実はスッと立ち上がり、俺の手を引き歩き出した。

「ど、どこ行くの!?」

「寝室。 エッチするんでしょ?」

果実はグイグイと階段をあがり、奥のドアを開け、大きなベッドに俺を押し倒す。


「あ、忘れた! ちょっと待ってて。」

寝室から果実が出ていった。
窓からの月明かりでうっすらと室内の様子がわかる、明かりが消された薄暗い部屋。



果実がもどってきた。

そして、いきなり俺に飛びかかり、またがり馬乗りになった。


「これ、一緒に飲んで。」
果実から差し出されたものは、白く丸い薬だった。


「これは?」

「一緒に死んでくれるんでしょ? 飲んでくれたら、なんでもするよ♪」

「じょ・・・冗談だよな?」

「冗談じゃないよ。私は本気。」




「なんで・・・死ななくちゃいけないんだよ?」

「死にたい気持ちに理由なんていらない・・・じゃダメ?」

「そんなの・・・ダメだろ!」


さっきとまるで逆。 体勢さえ逆。
質問するのは俺になり、果実がそれに答えていた。


「果実はなんで死にたいんだよ?」

「死んだらラクになるから。」

「死んだこと無いのに、ラクになるとか・・・わかんないだろ。 地獄で苦しむかも・・・」

「そうだよね。じゃあ、死んで確かめてみるよ。」


果実は右手で俺に、左手でもうひとつの薬を自分の口に運びだした。
俺はとっさに果実の左手を掴む。


「おまえ、こんな恵まれた生活してて、死にたいとか言ってたらバチがあたるぞ!」

「そうよね。ごめんなさい。恵まれない人いっぱいいるのにね。死んでお詫びするね。」


「自殺は違うだろ!!」




「どうして自殺はダメなの? それに、一緒に死んでくれるって言ったよね?」

「言った。言ったけど・・・ごめん! やっぱり死にたくない!」


「サイダーはダラダラ生きて何がしたいの? 私はやりたいことなんて、何もないよ。」


「俺だって、何がしたいかわかんねえよ!!

 ずっと音楽が夢だと思っていたけど違ったし

 さっき、全部あきらめたし・・・!

 親友をすっげー落ち込ませたし、
 音楽やめたら・・・

 俺には・・・何もないのに・・・・・・」



気付いたら、俺は少し泣いていた。


「セックスしたくないの?」

「バカか!したいよ! めんどくせーな!
 こっちは17才の童貞だぞ! 死ぬほどやりたいよ!!
 だけど、死にたくないし、おまえが死ぬとか・・・そういうのも嫌なんだよ!!」


「サイダーの嘘つき・・・」

「嘘だってつくわ!!」


果実は、俺の口にはこんでいた白い薬をひっこめ、馬乗りをやめた。
俺は泣いていたことを気付かれないよう、こっそり涙をぬぐい、おちついた口調で話しかける。


「果実が死んだら・・・友達だって、悲しむだろ・・・」

「そうね、友達にはいっぱいお金つかったもん。」

「え?」


「友達が欲しがったものは全部買ってあげたよ。」

「そんなん・・・」


「みんな果実のせいで傷いたって言うんだ。 ぜんぶ果実が悪い、

 いっつも謝罪しろ、誠意をみせろって言うの。

 おまえのせいで頭が痛い、おまえのせいで劣等感を感じるって。
 だから、ちゃんと謝罪してちゃんとお金をあげるの。

 みんなを傷つけた私がぜんぶ、悪いから。

 そうしたら、みんな優しくしてくれるんだ。だけどまた謝罪しろって言うの。
 いっぱいお金使ったからさ、お葬式で誰か一人くらいは、私のために泣いてくれるよね。」


「最低だ・・・ そんなの利用されてるだけじゃん。おまえの・・・親の金目当てじゃん。」

「そうだよね。私が稼いだお金じゃなくて、
 親が稼いだお金を使ってるんだから、私って最低だよね。」



「いやいやいやいや!!

 そうじゃなくて!!

 そいつらが最低なんだよ!
 そいつらは友達じゃない!
 そいつらは無視しとけ。とにかく冷静になれ。」

「私、すごく冷静なんだけどなー。」


「友達はどうでもいい。あれだ・・・親! 親は、果実が死んだらすごく悲しむだろ!?」

「サイダーは優しいね。ありがとう。
 でもね、あいつらは悲しまないよ。
 パパもママも・・・私の存在なんてペット以下だよ。
 ブランド品以下だし、仕事以下。」


「それ、親が言ったわけじゃないだろ、おまえの思いこみかもしれないだろ。」

「ううん、わかるよ・・・」



「わからない!! なんか、俺が納得いかん!!」

「サイダー・・・」


カーテンの隙間から強い月の光がさし、果実の顔を照らした。

果実の顔には涙が光っていた。



「見つかった。」

「え?」


「したいことが見つかった」

「え・・・」


「 だ か ら 、 音楽の道を諦めた俺に、したいことが見つかったの!」

「・・・」

「果実を死なせない。つまり、俺がおまえを幸せにする!!」


「サイダー・・・」

「まず納得いかないのは、親だよ。
 こんなに娘、苦しませているのに気付かないとか・・・ 何考えてんだ?
 どういうつもりか、会って聞いてきてやる。場所おしえて。」




急に

果実は泣きだした。





しがみついて、ずっと大声で泣いていた。
俺はどうしたらいいかわからなかったけど、そっと抱きしめてみた。

そして、泣き疲れると、小さな声で 「ありがとう」 と言った。


なんだかお互いホッとしたのか、俺達はいつのまにか、眠っていた。



ジャジャッ ジャジャッ



毎朝セットしている携帯のタイマーが鳴って目を覚ます。

最近セットしてる曲は、 『Forbidden fruit』
ノイジ・スピカが、カウントダウンライブの3曲目で演った曲だ。


『Forbidden fruit』

・・・日本語に訳せば、『禁断の果実』・・・か。




となりには俺の腕にしがみついて、果実が寝ていた。

果実も目を覚ます。

「おはよ。」

「・・・サイダーリン、おはよう♪」


「は? サイダーリンって何だよ? ・・・くっつけたの?」

「だめ?」

「恥ずかしすぎるだろ。」

「わかった。じゃ、やめるよ。」

「よし。」

ベットから出て、二人でリビングに降りる。


「サイダー、今から学校行くの?」

「うーん、いまから行っても遅刻だし、行きたくないな。果実は?」

「私は最近不登校ぎみ。学校、行ってないんだ。」



「じゃあ、いまから果実の親に会いに行くか?」

「ほんと?」

「男がやると決めたことは、やるんだよ!」


「パパはアメリカで、ママはフランスだよ?」


「ア・・・アメリカ・・・・・・

 ・・・チャリで何分かかるかな?」



試し読みできます

8 パパの部屋、覗いてみない?


アメリカ。

アメリカ合衆国。

日常生活でよくでてくる国の名前。 超大国アメリカ。

 

ハンバーガー。 肥満。 マッチョ。 
洋楽ヒットチャート。 マネーゲーム。 巨大資本。

拳銃。 麻薬。 戦争。 世界の警察。 ヒーロー。 
移民の国。 ハリウッド。 無修正ポルノ。 自由の国。


そして、ノイジスピカ・・・


アメリカと聞いて、そんなワードが俺の脳裏には浮かんだ。


だけど、行ったこと無いから、実感は無い。

United States of America
スペルだけは高校の受験で暗記した。



ハリウッド映画の中に存在するだけの、架空の場所という気さえする国、アメリカ。

そこに果実の父親がいて、俺は会いにいくと言った。


そして、母親がフランスか・・・

フランスのほうは、イメージが湧かない。
フランスパン? ボンジュール? 凱旋門?



「どっちから行く?」

果実が笑顔で聞いてくる。

「果実は、海外旅行したことあるの?」

「ん? ちょっとだけあるよ。」


セレブぎみな家庭に育った果実の言う「ちょっと」は、きっと俺の感覚と違う。

「10回以上?」

「うん。」


・・・やっぱり、セレブの「ちょっと」は、庶民の「たくさん」だった。

おっと、嫉妬してる場合じゃない。
アメリカに行くか。フランスに行くか。
そもそも、高校生がふたりで海外旅行なんて行けるのか?


「ごめん。少し考えさせて、そんなに遠いとは思ってなかったから。」

「いいよ、なにか食べよっか?」



果実はキッチンに立ち、なにか料理を作り始めた。

ジュー 

音が聞こえる。


俺は、昨夜と同じようにソファの隅に座ってテレビをつけた。

もうすぐ11時。
どこも主婦向けのテレビショッピング番組ばかりだ。


「痩せる」

「健康になる」

「美しくなる」

そんなのばっかりでウンザリする。
ショッピング番組の合間にはいるCMまで、そんな商品だ。



占いみたいなもんだ。


「あなた、いい調子よ。もうすぐ幸せになるわ」 と言われたら、
しあわせな夢が見れて、お客はしあわせ。

「あなた、しんどいでしょ。良くない運気になってるわ」 と言われたら、
不安になって占いにすがりたくなる。

そして、どうにか良い運気にして欲しいと願い、甘い言葉を求め、
高価な石を買ったりする。そして安心する。

需要が生まれ、供給し、満たされるサイクル。

別に悪いことじゃないさ。
しあわせになっている人がいるんだから。


この世のすべては、そんなものだろう?



「これを着ないと、ダサいよ。」

「あの映画知らないの? みんな観てるよ。」

「そんな学校じゃ、いい就職できないよ。」

「がんばらないと、結婚できないよ。」

「どうせ失敗するよ。」

「幼い頃から、ちゃんと習い事させないと、子どもがしあわせになれないよ。」

「このままじゃ、戦争になって日本がやばいよ。」

「不景気だよ、危険だよ、いまのままじゃ希望なんて無いよ、しあわせになれないよ。」

「やばいよ。 やばいよ!! やばいよ!!」


・・・そうやって、不安を煽るんだ。 

そして、その不安の穴を埋めるなにかを、
やつらは値札をつけて与えるんだ。



「不安を埋めるなにか」 のひとつがダイエット商品だ。

「9割が驚きのダイエット結果!」と、あおっても、本当かどうかわかりゃしない。

どうせ、1か月もしたら、その驚きの効果があるダイエット商品はメディアに出なくなって、
別の商品が同じように登場している。

そんなもんだ。



「夢をみれたよ、ありがとう」 なのか、
「嘘でだました、このやろう」 なのか。

正反対だが、光と闇は紙一重。
どちらにもなりえるんだ。ほんの一瞬で。



俺はテレビを消した。
5分見ただけで、うんざりした。

とくに、皮肉屋モードにスイッチが入ってしまった俺には、
この時間帯のテレビは地獄だ。


「おまたせ!」

果実がサンドイッチを作って持ってきてくれた。

「うわっ! うまそー 食べていいの?」

「どうぞ♪」

「いただきまーーーふっ」


アムッ

香ばしいパンが、くちびるに触れた瞬間、
鼻の奥へ甘い小麦と、チーズの香りが解き放たれる。


マシュッ

パンにはさまれた、シャキシャキのレタスの心地より食感。


カリニチッ

ベーコンは半分だけカリカリに焼かれ、
肉の旨味と塩味が口の中にひろがり、食欲を刺激する。



「うんまっ!!」

「良かった、うれしい♪」


皮肉屋スイッチの入っていた俺だったけど、
うまいサンドイッチをほおばり、新鮮な愛媛県産オレンジジュースを喉に流し込べば、
そんな思考はどうでもよくて、ぶっとんでいた!

本能のまま
食べるしあわせに、全神経が波打っていた。


「うまかったー! ごちそうさま。こんなにうまいサンドイッチ、はじめて食べた!」

「大げさだなー。」

「いやほんと、激うま! 高級食材とかなの?」

「普通だよ。きっと、サイダーへの愛情がこもっているからおいしいんだよ。」

「ああ、なるほどね!」



果実が、テレビをつける。

うまい食事の後は満たされていて、

さっき、あれだけイライラして見ていたショッピング番組すら、面白く見えてくる。
人間なんて単純なもんだ。



チャンネルを変えると、ワイドショーをやっていた。


「え? なにこれ・・・」

果実が言うの目をやると、テレビには不思議な映像が映し出されていた。



ニューヨークの地下鉄監視カメラの映像と、テロップにはある。

画面中央、グレーのパーカーを着た黒人が、
白煙とともに一瞬で爆発して消え、

パーカーとジーンズと靴だけが、地面に残されていた。


死んだ? トリック? わからない。
ただ、血がいっさい見当たらないので、残酷さは感じなかった。



コメンテーターのアイドルは、
アイドルらしく「わかった! 神隠しですよ~♪」と言い、
アナウンサーは「警察による分析の結果を待ちたいですね。」と答えていた。



「不思議なことがおこるね。」

「まぁ、俺達が不老になっているくらいだから、何が起こっても不思議じゃないわな。」


「アメリカ行くのは、ちょっと怖いかも・・・フランスにする?」

「それだけどさ、もうちょっと詳しく聞かせて。
 お母さんはフランスでなにしてるの?」

「ママは買い物とかだと思う。観光とかバカンス。ずっと旅行してる。」

「うらやましいなー。その費用は全部、お父さんが?」

「そうだよ。」


「なんの仕事してんだろ? すごい金額になるのに・・・」

「パパはずっと外国だから知らない。
 年に一回しか帰ってこないし、仕事好きなんだなってくらいで、興味も無いし。」


「年に一回? いつ?」

「毎年、お盆のときだけ。
 ママと三人でお墓参りにいくの。
 ご飯を食べて、一泊して、翌朝にはもう家にはいない。」

「へー。 家庭はかえりみないのに、お墓参りが目的で帰省するのか。
 古風なタイプなのか、よほど先祖に報告したいことでもあるのか。」



 
「ねー、パパの部屋、覗いてみない?」

「え?」


でた。

果実は優しくてかわいい雰囲気だけど、たまに小悪魔な部分が見え隠れする。
・・・いや、ギャップというか、そんなところも・・・・嫌いじゃないけど。


「2階にパパの部屋があるの。仕事の手掛かりが見つかるかもしれないよ?」

「だけど、勝手に入るのはなー・・・」

「娘の私がいいって言ってるんだから! それに、
 カギ壊しても、来年の8月まで帰ってこないんだから、それまでに直せるよ♪」

「まー・・・そうだけど。」

「いこっ!」


果実は俺の手を引き、2階へあがる。 まるで、昨日の夜だ。


奥の部屋に来た。 ガチャ 当然、カギがかかっている。

「どうやって開けるかだな。」


「サイダー、おもいっきりタックルして!」

「は? 突入したのバレバレじゃん。」

「ほらっ! この家で友達とパーティーしてて、男友達がケンカになって、
 暴れてドアが壊れた、ってことにしたらいいんだよ♪」

「ま・・・まー、ありえなくはない。 よし、やるか・・・ せーの・・・・・」


バゴンッ!!


意外なことに、一発であっけなく、ドアははずれた。


「サイダーすごーい!!」

「音楽より、アメフトの才能があるのかも。」


部屋の中はガランとして、シンプルな部屋だった。



机とパソコン、本棚とレコード、
壁には、赤ん坊を抱いている男と、奥さんの写真が飾られていた。




「なー、これ果実が赤ちゃんだった頃じゃない?」

果実は首をかしげながら写真を見る。

「どうなんだろ? だとしたら、幼い時の写真、はじめて見たよ。
 パパとママ、17年前はこんな感じだったんだ・・・」

「両親の若い頃の写真もはじめて見たの?」

「うん。はじめて見た。 ・・・不思議、ふたりとも幸せそうな顔してる・・・」


果実には複雑な気持ちがあるのだろう。じっと写真を見ていた。

俺はそっとして、本棚を見ることにした。


難しそうな本ばかり並んでいる。

「遺伝子工学」「細胞培養法」「DNA組換え」「バイオテクノロジー」
「製薬会社の真実」「医薬品業界の特許問題」 

・・・・趣味にしては、そっち系の本を集め過ぎている気がする。
製薬会社や、医療関係、大学の研究職とかなんだろうか?


「なー果実、おそらくだけど・・・」


ピコッ


果実は、椅子に座りパソコンの電源を入れていた。



「おいっ! スパイかよ、大丈夫か?」

「やる以上は、徹底的に調べたほうがいいでしょ♪」

「まーそうだけどさ。」


「それに、知りたいの・・・
 写真の中ではあんなに幸せそうなのに、
 私、パパの笑顔、一度も見たことないもん。」




パソコンが起動する。

ブンッ


「パスワード入力・・・」

「まぁそうだよな。なにか心当たりある?」

「うーん・・・・ ない」


「娘の名前は? K A J I T S U 」

「それ、わかりやすすぎない? でも、やってみよっか。」


カカカカッ

高速タイピングで、果実は自分の名前を入力した。

「エラー。うーん、やっぱり私の名前じゃないみたい。」


「誕生日とか?」

「えーパパの誕生日なんて、知らないよ」

「じゃ、果実の誕生日は?」

「私の誕生日? えっと、平成8年・・・あ、西暦かな?
 1996の・・・・あ、やっぱりエラーだよ。」



ブ― ブ― ブ―

果実の携帯が鳴る。




「うそ! ・・・パパからだ!」




「パスワード間違えたら連絡がいく設定か!?」

「パパ、お盆の前以外電話なんかしないから、きっとそうだよ。どうしよう・・・」


「いや、むしろ好都合だ、正面から堂々と聞けばいいじゃん。
 正直に言おう。 あとで、俺に電話かわって!」

「わかった・・・」


ピッ

「もしもし? うん、私。 うん、そう。私がやったの。 うん。
 パパがなんの仕事してるのか知りたくて・・・」

「貸して。」



「ちょっと待って、友達が話したいって・・・」


俺は果実から携帯を受け取った。



「初めまして。果実さんの友達の斉田って言います。
 勝手にお父さんの部屋に入って、すみません。」

「・・・・・・」



「あの、もしもし? 聞こえてますか?」

「・・・・・・」

「なにか言ってくださいよ。 俺まだ学生だから、転勤だとか、
 仕事の厳しさとかわからないですけど、

 でも、もうすこし、家族とか、娘とのコミュニケーションを、
 大事にしてもいいんじゃないですか?」



「・・・きみは、果実のことを心配しているのか?」


「え? ええ。 はい。そうです、すごく心配してます!」

電話の向こうの声は、落ち着いていた。


「・・・・・・」

「あの・・・・」



「今、こちらからの操作で、そのパソコンにあるデータはすべて消去した。」

「えっ?」


「私に二度と関わらないでくれ。」


「は? ちょっと説明してくだ・・・・!!」

「サイダー、どうしたの?」




「・・・切られた。 パソコンのデータも消したって。」


「そっか。ありがとう。 そっけないでしょ、うちのパパ。 
 自分のことか、仕事のことしか考えてないんだ。 お金はくれるけど、本当最低。
 サイダーの家のパパとは違うんだろうな。」


確かに冷たい対応だった。だけど、なんだろう・・・
彼の言葉にはなにか、ひっかかるものを感じる。




「ねーサイダー、ゴミ箱あさってみる? なにか仕事の手掛かりが見つかるかも。」

確かに机のわきにはゴミ箱があり、何枚かの紙も見える。

だが、これだけセキュリティをする人だから、
秘密に近い部分は安易に残しはしないだろう。

いったい、彼は何を隠しているんだ? 
何を怖れているんだ?


実際、ゴミ箱を調べたが、去年のお盆の日付が入ったコンビニのレシートと、
チラシ、ティッシュ、後はなにも無かった。


ん?


俺は気になったことがあり、本棚にもういちど向かった。

「サイダー、どうしたの?」



なんだろう・・・・ この違和感・・・・

なにかある。



なんだ・・・・



「なぁ果実、本当に、お父さんは
 年に一日だけしか、ここに帰らないんだよな?」

「うん、お盆だけだよ。」


「俺さ、本屋を歩いてると、たまたま目にした表紙がみょーに記憶に残ることがあるんだ。」

「あ、わかる。 かわいい表紙の本があったりすると、
 買わないし読まないけど、覚えちゃうこと、私もあるよ。」



「そ。で、俺、ノイジ・スピカの今年のカウントダウンライブが楽しみでさ、
 その特集してる音楽雑誌を買いに、空港通りの本屋へ行ったんだよ。

 11月28日水曜日に。」

「日付まで覚えてるの?」

「その雑誌が出るの、楽しみにしてたから、日付覚えてたんだ。」

「よっぽどファンなんだね。」



「その時、俺、この本見たんだよ。」

「?」


「この本棚の右上にある、ほら、真っ赤なデザインの・・・
 林檎のイラストが無数に描かれた表紙の、この本。」


果実が本棚に近づき、タイトルを見つめる。

「タイトルが、 『再生医療は神への冒涜か?』 ・・・か。ふーん・・・それで?」


「わからない? 平積みされてたんだ。普通、こんな難しい本、平積みしないだろ?

 だけど、ほら、日本の大学の先生がノーベル賞を獲ったじゃん。去年の10月ごろ。
 それで、科学に興味無い一般人も、
 再生医療ってなんだろう? って興味が湧いてた時期でさ。」

「そういえば。」


俺は本棚に手を伸ばし、その赤い本をとる。


「あの本屋の店員がさ、つける店内ポップには癖があるんだ。

 売れてます!の時は赤い紙に白い文字、
 通常は黄色い紙に青い文字。

 そして発売されたばかりの新刊は、金色の紙に黒い文字なんだ。
 俺は金色の紙がくっついている、この本を正月に見たんだ。」

「どういうこと?」


本をパラパラとめくり、最後の編集後記に目をやる。

2012年 11月28日 第1刷発行


果実もその一文を目にした。



「な? おかしいだろ。 お父さんが8月のお盆に帰ったのなら、

 この本がここにあるのはおかしいんだ。
 まだ出版されていないんだから。」




「サイダー、どういうことなの?」

「わからない。果実のお父さんは出版業界に繋がりがあって、
 8月にもらったのかもしれない。」


「そうじゃなかったら・・・?」


「お父さんか、または誰かが、
 11月28日以降に本を買って、この部屋に入り、
 本棚にしまったことになる。」



「サイダー・・・・ 私ちょっと怖い。」


そんな推測を言いながら、俺も鳥肌がたっていた。

なにか、怖ろしいことが隠されている、そんな予感がする。




読者登録

saekiusagiさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について