閉じる


<<最初から読む

1 / 1ページ

山田もる僧都

くるえるストーリーズ

  山田もる僧都

   夢遊星人 作

 南都山階(しな)寺の某(なにがし)僧都は、もと俗人の頃、いっぱし官界の栄達コースに身を置いたことのある人だが、性来小細工や融通の利かない人で、さまざまな人間関係や除目(じもく)の度ごとの裏面での奔走などということが、心から厭でたまらなかったので、とうとう親類知己の反対を押し切って剃髪してみたものの、寺にもまた寺の人間関係の煩わしさというものが割りこんでくるのを悲観して、数年の修行を寺の善智識のもとで積んだのち、一人三輪山の麓に庵を結んだ。
 これで世間と縁が切れたかと思うと、いつの間にかこの人の噂は都にまで及んでいて、ある日朝廷からの使が彼の粗末な庵室を騒がし、なにごとかと聞けば、律師僧都に任ずるから都へ出てこいという。三輪川の清流にすすいだ衣を、再びはけがすまじの決心をほぞに、ある日この人の姿は三輪山の麓から消えてなくなった。ただ一人の、自分から師とたのんでこの出家の世話を見ていた弟子にさえ、何の言い置きも残さず。

 数年を経て、ある用件でこの弟子が、北陸を旅していた時のこと、降雨で水かさの増したとある川の渡し場で、大勢の旅人が先を争って平底舟に乗りこんでいる。一便でも早く乗りたいのは人の常、舟べりすれすれな位に人を積んで、舟は出た。近在の百姓や、遠国からの商人、僧体(てい)のもの、賭博打ちなどの中に窮屈に坐ったこの弟子が、ふと竿を取る船頭を見上げると、みすぼらしいボロ服に、日焼けし、髯生え放題の面(おもて)ながら、どこかに見覚えのあるような、つらつら見ると、どうやら船頭も弟子の視線をことさらに意識して顔をそむけているようで、それと知った時、思わず弟子の眼(まなこ)から、はらはらと涙がはふり落ちた。
 その場で名乗りをあげ、師と呼びたかったが、窮屈な舟の上、身動きさえままならない。向う岸に着いてからと思い、つもる思いに心もはやったが、また考え直すに、自分に一言も残さずに身を隠した師であるから、この出逢いを喜ぶよりも、かえって気まずさが先に立ち、軽率な愁嘆場を見せれば、互いに不快な後味を残すだけかもしれない。舟が川を渡る間に、最初の感激が少しずつ落着きを取り戻すと、弟子は改めて、今度はいくぶんシャイな眼差で、かつての師の姿を盗み見た。
 舟が対岸に着くと、客が降りるのと入れ替えに、たちまち折り返しの客で舟は埋まってしまった。言葉をかわすすきもあらばこそ、渡し守は弟子の近寄るのを避けでもするように、舟にとび乗り、竿で川岸を突いた。そのまま弟子の方へ一瞥もくれずに遠ざかっていく。
 なんだか騙されたように、呆気にとられて立ちつくしている弟子は、やがて軽い憤りのようなものを覚えた。不肖の弟子ではあったが、先の無言の失踪といい、今のあしらいといい、まるで自分の感情が無視されている。遁世の道は、また人情のしがらみをも妨げとするのは分かっていても、あまりにも無下なるつれなさ。
 弟子は心を残しながらも、旅の先を急いだ。帰るさに改めて師弟を名乗りあう期待を慰めに。だがここで別れれば、二度と逢えまいという気もした。その予想は当たって、数日後にふたたび渡し場に戻った時は、船頭は見知らない人だった。

   *

 某僧都は身をボロにやつし、赤銅色に焼いた面を、よもやと思ったが簡単に弟子に見破られてしまい、狼狽と羞恥に竿をあやつる手もままならなかった。弟子が何か勘違いをしていることは、その感極まった眼から見てとれた。衆生を法(のり)の世界へ渡す仏法の渡し守をシンボライズする、このあやしの生業(なりわい)に好んでつく身を、なにか尊い聖(ひじり)の所業とでも見たのであろう。他人が勘違いすることを、そのまま奇貨とする融通を持ち合わせていないこの人は、ただやましさだけで身を焼くような羞恥を覚えたのである。
 思えば出家の志を立てたのも、難儀な官界での人間関係に、もともと小心者のこと嫌気がさしたまでのことで、仏門に帰依すれば社会生活の煩わしさから逃れられ、思うままに自分の世界にひたっていられる、責任だとか義務だとか、そんな代物は身の毛がよだつほど嫌いなのであった。で、出家の世界にもいろいろと階級や、法事や、宮仕えなどという、煩わしさが幅を利かせていることを知り、庵住いに身を隠したものの、ここまでも世の中は自分を探し出し、人間界の鎖に結びつけようとする。いっそこの名がある限りは、いつかは誰かが思いだし、自分を明るみにひっぱりだそうとするであろうから、全くあやしの身分となってしまい、社会底辺の有象無象(うぞむぞ)に隠れてしまえば、これほど気の楽なことはなかろう。
 そう決意して、越の方へ逃れてからは、さまざまの肉体労働に従事した。官庁だの寺などで、書類やお経を相手に、日の目もろくろく見上げたこともなかった頃に較べれば、ただ何も思わず、何も感じず、肉体を動かしているということは、肉体に力のある間は何の精神的緊張もなく、こんな天国のような労働を上の人はなぜ嫌うのか、などと最初は思う折もあったが、やがて下衆の間の人間関係に息が詰まるようになり、思わずきざしてくるプライドにしきりと責めたてられ、一所に長くはとどまらなかった。
 秋には田守に雇われ、稲穂に群がる鳥を追い、僧都の身に相応しいそほず(案山子)かなと洒落てもみ、この頃になって見つけたのが、この渡し守の仕事であった。人に使役されることもなく、来る人来る人に、竿をあやつって向う岸に渡すだけの、単純といえば単純、増水の時は危険をともないはしたが、総じてこれほどのんきな仕事も世の中にはないような気がした。
 が、そこは浮世の生業の常、時には船頭仲間にののしられ、この界隈を仕切る親方にも取り入らねばならず、竿さばきがまずいのと客に怒鳴られもする。プライドの角はしだいにすり減ったものの、妙にいじいじした気分が、時にこの仏僧の被虐をくすぐるのであった。で、かつての弟子の眼の中に、聖を仰ぐような純真な光を見た時、彼我の心の中にあるものの落差の大きさに、僧はかっと羞恥のほてりを身の内に覚えたのであった。その晩、誰に断わりもなく、僧の姿は渡し場から消えていた。

   *

 それから数年を経て、伊賀の国のある郡司の屋敷に、汚らしい乞食のような坊主がのっそりと入ってきた。吠えかかる犬に、少しも動じたところのないのを見ると、その道のプロフェッショナルと見えた。たまたま庭にいた主が、犬を押さえて、坊主に近づくと、
 「人はいらんかいな」と臆面もない売りこみ。
 「おまえのような坊主を置いて、何ぞ使いものになるんかいの」
 よく見れば大人しそうな人相で、主は多少警戒を解いて、からかい気味に答えた。
 「わたし位になると、坊主とはいえ、おのこ(下男)に変りはしませんです。どんなことにでも使ってくだされ」
 「面白いことを言う。だが仏に仕えるわ僧を下男に置くとなると、ちと寝醒めが悪いのう」
 「ご遠慮無用のことにございます。仏に仕えるも、人に仕えるも、いかほどの違いがありましょう」
 「ふむ、わしを仏と思うか」
 
 たまたま馬の世話をする手が足りなかったので、郡司はためしにこの僧を使ってみることにした。下郎の仕事に一通りの心得はあるようで、これといって難なく務めを果たす。下男に交じって立ち働く僧の姿を、最初はもの珍し気に見ていた主も、そのうち役務にまぎれて、その存在すらもすっかり忘れてしまい、たまに、仲間の下郎にののしられている馬丁を見かけても、それが以前の乞食坊主であることを思い出すのに時間がかかった。

 こうして三年ほど過ぎた頃、主の郡司は国守とひょんなことからいさかいを起こし、国を追われることになった。先祖代々郡司を務めてきた土地を追われるというので、その嘆きはひとかたではなかった。といって、これというのがれる妙案もない。この慌ただしい雰囲気の中で、上も下も気が転倒している時に、下郎の一人が、たって郡司に申し上げたいことがあるという。
 この嘆かわしい最中に、卑しい身分のものの話など聞く耳もたなかったので、これを取り次いだ者を言下に罵倒しようとしたが、何やらこのたびのことで才覚を秘めているらしく思われるおのこで、あやしい身分ではありながら、もののためしにお聞ききになってはいかがかと、取次ぎの者のねんごろに奨めるのを、わらにもすがるようなかすかな期待が動き、その下郎を呼ばせてみると、下衆とは思えない改まった口利き、いみじき言葉遣いに、郡司はしばらくおのこの顔をうちまもった後に、やっとこの下衆が、三年前に庭に入ってきた乞食坊主であったことを思いだした。 
 「わたくしの言うことなど、とてもお用いにはなられますまいが、この年ごろ憑(たの)み奉ってまいりました主殿のこのたびの一大事を耳に入れて、どうにも身の程をわきまえることもできませぬで、こうして下郎ながらしゃしゃりでて参りました。ものは思わざるということがございます。そう急いでこの土地をお退(さ)りになる前に、一度都へなりとお上りになって、いく度もことの道理をお上に申し述べ、なおどうにもならない時は、その時は引き下がるほかはございますまいが、まず奔走なさることが先決かと存じ上げます。わたくし、及ばずながらも、国司の近辺にちと知る人などもございまして、訪ねてみてもよろしうございます」

 痴人のうわ言を聞くような気持で下郎に耳をかしていた主は、それでも都へ上ればどうにかなるかもしれないという気持がだんだん芽生えてきて、あてにはならなかったが、このもと僧侶の下男をともなって京へ上った。京へ着いて、さっそくおのこの言うには、
 「人を訪ねるにも、このなりではなんでございますから、衣と袈裟をあつらえていただけませぬか」
 言う通りにしてやると、衣に袈裟をまとった下郎は、伊賀の国の長官である大納言なにがしの館へ、主と出かけていった。門前に着くと、主を門の傍らに立たせ、つと一人門に入り、「もの申しはべらん」と案内を請う。郡司が門の外からどうなることかと見ていると、うやうやしく迎えられて、家の内に招じられ、そのまま半時ほども出て来なかった。
 やがて縁端に僧の姿が現われたのを見ると、大納言なにがしと連れだっている。わざわざ大納言の見送りをうけて、下男の僧は悠然と郡司の待つところへ歩いてくる。ふところに書状をさしたのを郡司に差し出すと、後をも見ずにすたこらとどこかへ消えてしまった。
 呆気にとられた郡司が書状を見ると、国司の庁宣で、地位は保証したから安心するようにとある。喜んで宿に帰ったが、もはや僧の姿はなく、脱ぎ捨てられた衣と袈裟が、あわただしく畳まれてあった。

   *

 都から逃げるように去っていく某僧都の胸のうちは、羞恥でふつふつとほてっていた。これで自分が郡司の下男を務めていたことが、都中の評判となるだろう。悪くすると、奇特の聖とあがめられて、後世までの口の端に上るかもしれない。自分のやることは、どうしても跡を残さずにはいない。これが運命というものだろうか。どこへ逃れても、自分を操っている陰の力が、手とり足とり自分を明るみにひき出してしまう。
 今度のことも、自分は黙って静観していればそれで済んだものを、ふと日頃の反動で、もし自分にその気さえあれば、まんざら都に顔が利かないわけでもないという虚栄にとらわれ、同情心もあずかって、つい柄にもないことをしてしまった。某大納言とは、昔官庁で机を並べたことのある同期生、妙にウマがあって、郡司の件もそれなりの自信があってのことだったが、さすがに自分の芝居じみた真似が今更ながら恥ずかしく、心は遠く、人のおのれを知らず、おのれもまた誰一人知らない国へと逸っていた。

   *

 その後、僧都の消息を知る人はいない。ただ、かつての弟子で、今では自身僧都に取り立てられている某善知識は、風のたよりに、どこか西の方の遠い国で、師に似た人が乞食の姿でさすらっているのを見たと聞いて、その晩、夢を見た。
 海を越えた国に、弟子は托鉢して歩いていた。ふと道端を見ると、乾いた溝(どぶ)の中に一人の老人がふて寝している。どこかで見た人だと思ったら、かつての師だった。急に心が痛んで、老人に語りかけようとすると、老人は溝の中でごろんと横向きになって、弟子に背を向けた。
 目醒めた弟子は、果たしてそれが夢だったのか、あるいは人に聞いた話そのままだったのか、しばらく判然としなかった。やがて沛然と涙を流し、あの人は自分には理解できない聖で、きっと菩薩の生まれ変わりにちがいないと思った。すると記憶の中で、溝に転がっている老人の姿が急に光を帯びて見えた。


この本の内容は以上です。


読者登録

夢遊星人さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について