4日目 四国入り
今日も快晴。
昨日はその後、地図を買いに本屋に行った。中四国の。
地図なんかいらん!と思っていたけど、自分の通った道をチェックしておきたいと考えた。次のためにも(あるのか?)。
その本屋でふと気になった本があった。秋元康のやつ。タイトルは「人生にはやりたいことをする時間しかない」だ。あんな風貌なのでうさんくさいんだけど、たまにおもしろいことを言う。
それはそうと、ここまでのところで400キロ近く走っていることはわかっている。しかし、実感としてはわかりにくい。改めて地図を見てビックリした。結構な距離を走っている。3週間後これをまた引き返すのかと思うと、ちとつらい。
今朝は、尾道駅の交番の近くで寒くて目が覚める。
6時。
交番近くは比較的安全だ。おそわれることもないだろうし、万が一殺されるようなことがあっても、警察がすぐに捕まえてくれるだろう。
尾道駅に入ってちょっとくつろいで出発。今日はいよいよ、しまなみ海道を渡って四国入り。しまなみ海道はご存知の通り、広島の尾道から瀬戸内海の島々を渡り、愛媛の今治を結んでいる。
この橋の画期的なところは“自転車も歩行者も利用できる”ところだ。もしそうでなければこの旅を実行してなかっただろう。オレが2番目に楽しみにしていたことだ(1番目はまだ内緒)。
この橋は“橋”とは言っても、自転車で渡る場合は橋ひとつ渡っては島の道を走り、また次の橋を渡って島の道を走り・・・の繰返しである。そして“橋”の部分なんてほんのわずかで、ほとんどが島の道である。今日なんかは天気も良くて、それもまたいいのだが、雨の日などは面倒でしかたないだろう。

今日は天気がいいので、気分良くウォークマンを聴きながら行くことにした。
“絶景のパノラマ”という言葉があるが、この島々は本当に視界の隅々まできれいだ。

そして、どんな音楽もよく似合う。洋楽でも、JANETもJOEもSisqoもBrianMcknightもToniBraxtonも全て受け入れてくれる、懐が深い。時間の流れも違う。先を急ぐことがバカバカしく思えてくる。

と、のんきなことを言っていられるのも最初のうちだけで、途中から音楽なんか聴いていられなくなった。やっぱり。
細かいことは省く。とにかくきつかった。野良犬が異常に多かった。
75.7キロ、約7時間かかってようやく今治へ。

昨日はその後、地図を買いに本屋に行った。中四国の。
地図なんかいらん!と思っていたけど、自分の通った道をチェックしておきたいと考えた。次のためにも(あるのか?)。
その本屋でふと気になった本があった。秋元康のやつ。タイトルは「人生にはやりたいことをする時間しかない」だ。あんな風貌なのでうさんくさいんだけど、たまにおもしろいことを言う。
それはそうと、ここまでのところで400キロ近く走っていることはわかっている。しかし、実感としてはわかりにくい。改めて地図を見てビックリした。結構な距離を走っている。3週間後これをまた引き返すのかと思うと、ちとつらい。
今朝は、尾道駅の交番の近くで寒くて目が覚める。
6時。
交番近くは比較的安全だ。おそわれることもないだろうし、万が一殺されるようなことがあっても、警察がすぐに捕まえてくれるだろう。
尾道駅に入ってちょっとくつろいで出発。今日はいよいよ、しまなみ海道を渡って四国入り。しまなみ海道はご存知の通り、広島の尾道から瀬戸内海の島々を渡り、愛媛の今治を結んでいる。
この橋の画期的なところは“自転車も歩行者も利用できる”ところだ。もしそうでなければこの旅を実行してなかっただろう。オレが2番目に楽しみにしていたことだ(1番目はまだ内緒)。
この橋は“橋”とは言っても、自転車で渡る場合は橋ひとつ渡っては島の道を走り、また次の橋を渡って島の道を走り・・・の繰返しである。そして“橋”の部分なんてほんのわずかで、ほとんどが島の道である。今日なんかは天気も良くて、それもまたいいのだが、雨の日などは面倒でしかたないだろう。

しまなみ海道(島部)とサダコ(ママチャリ)
今日は天気がいいので、気分良くウォークマンを聴きながら行くことにした。
“絶景のパノラマ”という言葉があるが、この島々は本当に視界の隅々まできれいだ。

ザ・しまなみ海道
そして、どんな音楽もよく似合う。洋楽でも、JANETもJOEもSisqoもBrianMcknightもToniBraxtonも全て受け入れてくれる、懐が深い。時間の流れも違う。先を急ぐことがバカバカしく思えてくる。

じいちゃんとのどかな風景
と、のんきなことを言っていられるのも最初のうちだけで、途中から音楽なんか聴いていられなくなった。やっぱり。
細かいことは省く。とにかくきつかった。野良犬が異常に多かった。
75.7キロ、約7時間かかってようやく今治へ。

しまなみ海道を渡り終えて、四国に上陸するための自転車道。
ぐる~っと1周しているのがそれ。爽快。
・・・・・
さっそく五十四番札所延命寺を目指す。本来なら1番札所から始めたいところだが、そんなことを言っていてはいつ終わるかわからない。
五十四番から五十九番はこの今治にわりと固まってある。今日中に行けそうだ。
五十四番延命寺につくとまず、遍路用具を整える。と言っても、納経(のうきょう - 寺ごとにハンコとサインをいただく。スタンプラリーのはしり)は300円(つまり300円×88=26400円)もするのでしないつもりだから、納経帳は要らない。白装束は着ない。なので、納め札と経本だけ買った。それでも寺の人は納経は必要!必要!と言う。「いや、いらない。金がかかる」と言っても、「廻った証がないじゃない」と言う。どうしても買わせたいらしいが「証はいらない」と言ったら諦めてくれた。変わりにというか気になっていたので、お守りとして虎眼石の腕輪を買った。2000円を1800円にしてもらった。

延命寺を出たところで、左足が動かなくなってきた。膝から下が“ぶらーんぶらーん”する。納経しなかったから?いやそんなハズはない。四国に入って安心して気が緩んだのだろう。今まで気力でもっていたのが、ついに疲労に負けてしまった。バンテリンも効かない。
左足はただペダルの上に乗せただけの状態でとりあえず次へ向かう。
五十五番札所南光坊。八十八ヶ所の中でも、最後に“寺”がつかないのはここだけ。今治駅のすぐ近くの街なかにある。正直言って、寺としてはおもしろくもなんともない。でも八十八ヶ所のひとつだから行かないわけに行かない。何か違うよなー。
次に向かう。
五十六番札所秦山寺。
場所としては寺っぽいところにあるのだけど、どうってことはない寺。おまけに納経所で小坊主さんが“ぐてっ”としていて、オレが近付くと“シャキッ”となった。なんか違う。
五十七番札所永福寺に向かうころには、小学生の集団にひょいひょい抜かれて行かれるほど情けないスピードになってきた。時刻も5時を過ぎる。寺の夜は早いのだ。永福寺には行ったものの本堂も大師堂も扉は閉まっている。お参りだけなのでそれでも別に構わないのだけど、お大師さんに失礼なので今日はここでやめることにする。気分も乗らないし。
トボトボと晩飯と寝床を探しに今治駅方面に帰っていると、ケースケからメールがあった。彼はここ今治の出身である。たっぷり食わせてくれる中華料理屋が五十五番南光坊の近くにあるらしい。さすがケースケ!食うことだけはしっかりしている。それなら駅にも近いし好都合。教えられた店を探す。
「重松飯店」
おもいっきり日本名だ!ヘタに“~楼”とか中国っぽくしてないところがいいではないか。
中に入る。値段もそこそこ安い。「チャーハン大盛り」と頼んだのに、おもいっきり「やきめし大盛り~!」と厨房に叫んでいる(愛媛では“おらぶ”)。“焼飯”と書いて“やきめし”と読む!良いではないかー。しかも大盛りがハンパじゃない。こいつらの大盛りは本気だ!200円も追加させられる。でも“大盛り”とはそもそもそういうもんだろう。調子に乗っておでんのあつあげを頼む。これがもうま~ず~い~!!“中華料理屋さんのまずいおでん”。良いではないかー。ポリシーだ。
ああ、いい気分。
いい気分で寝床を探す。駅まで自転車を押して歩く。やはり左足が変。歩いていて左足を踏み出すと“外股になって内股”になって、真っ直ぐに踏み出せない。
わかるだろうか?“外股になって内股”“外股になって内股”。
明日は、五十八番五十九番はいいとして、2日目にしていきなり難所六十番横峰寺へ向かう。五十九番からこの六十番横峰寺まで、歩いて8時間。石槌山の中腹にあるから自転車は意味がない。ほとんど押して歩くことになるだろう。
この足で大丈夫だろうか?
実は以前にこの四国八十八ヶ所を廻ったことがある。*1
その時にはこの横峰寺へオレは行ってない。部活か何かでついていけなかったのだったと思う。今、手元にある八十八ヶ所ガイドブックを見ていたら、“横峰寺は悪心を持った人はここから先に進めないと言われている”とある。だから、以前は行けなかったのかもしれない。
明日は大丈夫だろうか?この足の具合でいけないようなことにならないか心配。ちょっと弱気にもなる。
*1.中学の頃、父親が厄払いということで車で一年ほどかけてちょこちょこと廻って、おれはそのいくつかをついてまわった。
本日の走行距離105.3キロ
トータル496キロ
五十四番から五十九番はこの今治にわりと固まってある。今日中に行けそうだ。
五十四番延命寺につくとまず、遍路用具を整える。と言っても、納経(のうきょう - 寺ごとにハンコとサインをいただく。スタンプラリーのはしり)は300円(つまり300円×88=26400円)もするのでしないつもりだから、納経帳は要らない。白装束は着ない。なので、納め札と経本だけ買った。それでも寺の人は納経は必要!必要!と言う。「いや、いらない。金がかかる」と言っても、「廻った証がないじゃない」と言う。どうしても買わせたいらしいが「証はいらない」と言ったら諦めてくれた。変わりにというか気になっていたので、お守りとして虎眼石の腕輪を買った。2000円を1800円にしてもらった。

54番延命寺とサダコ(ママチャリ)。
首を3度ほど左に傾けてご覧ください。
延命寺を出たところで、左足が動かなくなってきた。膝から下が“ぶらーんぶらーん”する。納経しなかったから?いやそんなハズはない。四国に入って安心して気が緩んだのだろう。今まで気力でもっていたのが、ついに疲労に負けてしまった。バンテリンも効かない。
左足はただペダルの上に乗せただけの状態でとりあえず次へ向かう。
五十五番札所南光坊。八十八ヶ所の中でも、最後に“寺”がつかないのはここだけ。今治駅のすぐ近くの街なかにある。正直言って、寺としてはおもしろくもなんともない。でも八十八ヶ所のひとつだから行かないわけに行かない。何か違うよなー。
次に向かう。
五十六番札所秦山寺。
場所としては寺っぽいところにあるのだけど、どうってことはない寺。おまけに納経所で小坊主さんが“ぐてっ”としていて、オレが近付くと“シャキッ”となった。なんか違う。
五十七番札所永福寺に向かうころには、小学生の集団にひょいひょい抜かれて行かれるほど情けないスピードになってきた。時刻も5時を過ぎる。寺の夜は早いのだ。永福寺には行ったものの本堂も大師堂も扉は閉まっている。お参りだけなのでそれでも別に構わないのだけど、お大師さんに失礼なので今日はここでやめることにする。気分も乗らないし。
トボトボと晩飯と寝床を探しに今治駅方面に帰っていると、ケースケからメールがあった。彼はここ今治の出身である。たっぷり食わせてくれる中華料理屋が五十五番南光坊の近くにあるらしい。さすがケースケ!食うことだけはしっかりしている。それなら駅にも近いし好都合。教えられた店を探す。
「重松飯店」
おもいっきり日本名だ!ヘタに“~楼”とか中国っぽくしてないところがいいではないか。
中に入る。値段もそこそこ安い。「チャーハン大盛り」と頼んだのに、おもいっきり「やきめし大盛り~!」と厨房に叫んでいる(愛媛では“おらぶ”)。“焼飯”と書いて“やきめし”と読む!良いではないかー。しかも大盛りがハンパじゃない。こいつらの大盛りは本気だ!200円も追加させられる。でも“大盛り”とはそもそもそういうもんだろう。調子に乗っておでんのあつあげを頼む。これがもうま~ず~い~!!“中華料理屋さんのまずいおでん”。良いではないかー。ポリシーだ。
ああ、いい気分。
いい気分で寝床を探す。駅まで自転車を押して歩く。やはり左足が変。歩いていて左足を踏み出すと“外股になって内股”になって、真っ直ぐに踏み出せない。
わかるだろうか?“外股になって内股”“外股になって内股”。
明日は、五十八番五十九番はいいとして、2日目にしていきなり難所六十番横峰寺へ向かう。五十九番からこの六十番横峰寺まで、歩いて8時間。石槌山の中腹にあるから自転車は意味がない。ほとんど押して歩くことになるだろう。
この足で大丈夫だろうか?
実は以前にこの四国八十八ヶ所を廻ったことがある。*1
その時にはこの横峰寺へオレは行ってない。部活か何かでついていけなかったのだったと思う。今、手元にある八十八ヶ所ガイドブックを見ていたら、“横峰寺は悪心を持った人はここから先に進めないと言われている”とある。だから、以前は行けなかったのかもしれない。
明日は大丈夫だろうか?この足の具合でいけないようなことにならないか心配。ちょっと弱気にもなる。
*1.中学の頃、父親が厄払いということで車で一年ほどかけてちょこちょこと廻って、おれはそのいくつかをついてまわった。
本日の走行距離105.3キロ
トータル496キロ
5日目 四国2日目
今治駅→58仙遊寺→59国分寺→60横峰寺→61香園寺→62宝寿寺→西条駅
↑こういうふうに書くことにした。
どうやらこの先1週間、雨は降りそうもない。やったね。
昨日は今治駅近くのトヨタレンタリースのドアの前で寝た。なぜなら、そこの自販機用の電源が一口空いていたから。そう、これを書いてホームページにするには、Palmと携帯を充電しないといけない。こういう時のために電源タップはちゃんと用意してある。ちと寒いがそこはガマンして寝た。
起きたら3時過ぎ。2時間ちょっとしか寝てない。でも、もう寒くて寝られる気がしないので、起きていることにした。
ちょうど寝ている間に、この日記を見てくれた人のメールが2通ほど来ていたので返事を出したり、今日廻るところの確認をして6時に出発。五十八番札所仙遊寺、五十九番札所国分寺をひとまずイッキに廻ることにする。
仙遊寺までは10キロ弱。山を登らないといけないが、もう大した距離じゃない。
まだ薄暗い道を走っていて、ふとカーブミラーで自分の姿を見た。
「オレじゃない!」
自転車を止め、持って来ていた手鏡でよく見てみる。ほおはポックリヘコんでいて、顔は真っ黒。色が黒くなければ、ただの病人みたいだ。
「やっぱりオレじゃない・・・」
こころとは裏腹に、体はすっかり遍路姿になっている。



自分で言うのも何だが、ここまで体はよくがんばってくれた。
ジッと手鏡を睨みながら、オレの中を何かが走った。
ようやくこころが体に追いつき始める。
途中、犬塚池を通る。この犬塚池には犬にまつわる悲しい逸話がある。詳しくは書かないが、やっぱり犬ってバカでかわいい。
五十八番札所仙遊寺。
今治や瀬戸内海を一望できる。
門をくぐるとさらに上へと山道が続く。
その脇に小学生が願い事や将来の夢を書いた短冊状の木板がいっぱいささっている。
学年と名前だけのものから“サッカー選手”や“ペット屋さん”ペットの横にちいさく“芸能人”と書いてあるところがかわいい。ほんわかとした気持ちになる。
しかし、ふと足を止めた。いや止められた。
“ツルの一声”
「んっ???」
もう一度見る。
“ツルの一声”
「えっ???」
“ツルの一声”
“ツルの一声”
“ツルの一声”
うーん・・・。
意味がなぁ~い。
夢になってなぁ~い。
あなたちょっと最高です!!
“ツルの一声”
しかし、前方を見てまたくらった!
“建設”
だから建設の何なのだ!
「あれっ???」
もしかして、“ツルの一声”と“建設”で1ペア!?
偶然?
ふたりとも将来大物になれるよ!
仙遊寺から国分寺へ。
国分寺の売店でアイスクリームの接待を受ける。ごちそうさま。
↑こういうふうに書くことにした。
どうやらこの先1週間、雨は降りそうもない。やったね。
昨日は今治駅近くのトヨタレンタリースのドアの前で寝た。なぜなら、そこの自販機用の電源が一口空いていたから。そう、これを書いてホームページにするには、Palmと携帯を充電しないといけない。こういう時のために電源タップはちゃんと用意してある。ちと寒いがそこはガマンして寝た。
起きたら3時過ぎ。2時間ちょっとしか寝てない。でも、もう寒くて寝られる気がしないので、起きていることにした。
ちょうど寝ている間に、この日記を見てくれた人のメールが2通ほど来ていたので返事を出したり、今日廻るところの確認をして6時に出発。五十八番札所仙遊寺、五十九番札所国分寺をひとまずイッキに廻ることにする。
仙遊寺までは10キロ弱。山を登らないといけないが、もう大した距離じゃない。
まだ薄暗い道を走っていて、ふとカーブミラーで自分の姿を見た。
「オレじゃない!」
自転車を止め、持って来ていた手鏡でよく見てみる。ほおはポックリヘコんでいて、顔は真っ黒。色が黒くなければ、ただの病人みたいだ。
「やっぱりオレじゃない・・・」
こころとは裏腹に、体はすっかり遍路姿になっている。

出発前、家の前で。余裕。

2日目、山口市内。まだ余裕。

5日目。横峰寺。
明らかに表情が変わっている。
自分で言うのも何だが、ここまで体はよくがんばってくれた。
ジッと手鏡を睨みながら、オレの中を何かが走った。
ようやくこころが体に追いつき始める。
途中、犬塚池を通る。この犬塚池には犬にまつわる悲しい逸話がある。詳しくは書かないが、やっぱり犬ってバカでかわいい。
五十八番札所仙遊寺。
今治や瀬戸内海を一望できる。
門をくぐるとさらに上へと山道が続く。
その脇に小学生が願い事や将来の夢を書いた短冊状の木板がいっぱいささっている。
学年と名前だけのものから“サッカー選手”や“ペット屋さん”ペットの横にちいさく“芸能人”と書いてあるところがかわいい。ほんわかとした気持ちになる。
しかし、ふと足を止めた。いや止められた。
“ツルの一声”
「んっ???」
もう一度見る。
“ツルの一声”
「えっ???」
“ツルの一声”
“ツルの一声”
“ツルの一声”
うーん・・・。
意味がなぁ~い。
夢になってなぁ~い。
あなたちょっと最高です!!
“ツルの一声”
しかし、前方を見てまたくらった!
“建設”
だから建設の何なのだ!
「あれっ???」
もしかして、“ツルの一声”と“建設”で1ペア!?
偶然?
ふたりとも将来大物になれるよ!
仙遊寺から国分寺へ。
国分寺の売店でアイスクリームの接待を受ける。ごちそうさま。

国分寺。
おばさんに写真を撮って欲しいと頼まれた
ので、じゃあ僕のも、と撮ってもらった。
全身が写った唯一の写真。貴重。
・・・・・
国分寺からいよいよ横峰寺へ。
ほぼ平地を20キロ弱。どこからというわけでもなくずーっとキンモクセイの香りがする。
こうやってひたすら走っていると、6日前までの福岡の生活が遠い昔のことのように思えて、もう何年もこうやって自転車をこいでいるような錯覚に陥る。
足も調子よく、これなら横峰を越えるのは難しくなさそうだ。
石槌山のふもとに着くと10キロほど自転車で登って登山口に。そこからは自転車では通れない。はじめて自転車を置いて歩きに。川の水で膝を冷やし、念入りにバンテリンを塗り、十分に休憩をとる。約2.2キロ。坂道の2.2キロはいまいちイメージがわかない。
杉林の中を進んで行く。ひんやりとした空気が気持ちいい。他には誰もいない。蜘蛛の巣に絡まれながら進む。絡まれながら進む。絡まれながら進む・・・。
「あーもう、うっとしい」
ちょっと蜘蛛の巣の量がハンパじゃなくなってきた。
「ん?おかしいぞ・・・!?」
たしか、オレが休憩している間に一人お遍路さんが先に行った。
その差10分。
この蜘蛛の巣はそのお遍路さんが通った後にできたのだろうか?蜘蛛は10分そこらでこんなに巣を張れるものなのか?
もう歩いて1時間以上になる。下にあった案内には徒歩で約1時間10分とあった。いくら足を痛めているとは言え、オレは“若者”である。1時間10分と書かれてあれば50分もあれば目的地に着いてもいいはずではないか!?
「マズイ・・・」
イヤな汗が出る。
そういえば“遍路道”と書かれた立て札をもうしばらく見ていない。
“横峰寺は悪心を持った人はここから先に進めないと言われている”
いかん!油断していた。
今来た道を引き返す。苦労して登った道を、もしかしたらあっているかもしれない可能性を残したまま引き返すのはとてもつらい。
4、50分下ってようやく“遍路道”の看板を見つける。横峰まで1.7キロとある。右手を見るともうひとつの道が・・・。
「ここだ」
こんな道があっただろうか?気づかなかった。
もう足は疲れと焦りでガタガタ震えている。
気を取り直すような余裕もないまま、本来の道をまた登る。
「悪心があったのかな・・・」
こんどは立て看板に注意しながら進む。左足は曲らなくなっている。
遠い。
気が付けばもう14時近くになっている。歩き始めて3時間。
結局14時半に横峰寺に到着。
ここで初めてお経を唱える。実はこれまでお経を唱えることをしていなかったのだ。やっぱりしないとダメだ、と叱られたのだと思う。
ふたたび下る頃には日は沈みはじめていた。そういえばどこかで
“横峰へは午後から目指してはいけない”
と聞いたことがある。
確かに。山の日暮れは早い。もう少し遅く出ていたら、日没を迎えていたかもしれない。
何とか横峰を下山。時刻はもう16時。

香園寺を目指す。そんなに遠くはない。
香園寺と宝寿寺を廻ったところで、17時になる。今日はここまでだ。
疲れた。
温泉にでも入りたい。もう3日間も風呂にはいってない。
少し遠いが次に向かうべき吉祥寺と前神寺を越えて湯ノ谷温泉に行く。温泉というよりは銭湯に近い。値段も300円と手ごろだ。
温泉から上がると寝床を探しに西条市街へ行く。
コンビニで弁当を買い、駅で食べる。
ほぼ平地を20キロ弱。どこからというわけでもなくずーっとキンモクセイの香りがする。
こうやってひたすら走っていると、6日前までの福岡の生活が遠い昔のことのように思えて、もう何年もこうやって自転車をこいでいるような錯覚に陥る。
足も調子よく、これなら横峰を越えるのは難しくなさそうだ。
石槌山のふもとに着くと10キロほど自転車で登って登山口に。そこからは自転車では通れない。はじめて自転車を置いて歩きに。川の水で膝を冷やし、念入りにバンテリンを塗り、十分に休憩をとる。約2.2キロ。坂道の2.2キロはいまいちイメージがわかない。
杉林の中を進んで行く。ひんやりとした空気が気持ちいい。他には誰もいない。蜘蛛の巣に絡まれながら進む。絡まれながら進む。絡まれながら進む・・・。
「あーもう、うっとしい」
ちょっと蜘蛛の巣の量がハンパじゃなくなってきた。
「ん?おかしいぞ・・・!?」
たしか、オレが休憩している間に一人お遍路さんが先に行った。
その差10分。
この蜘蛛の巣はそのお遍路さんが通った後にできたのだろうか?蜘蛛は10分そこらでこんなに巣を張れるものなのか?
もう歩いて1時間以上になる。下にあった案内には徒歩で約1時間10分とあった。いくら足を痛めているとは言え、オレは“若者”である。1時間10分と書かれてあれば50分もあれば目的地に着いてもいいはずではないか!?
「マズイ・・・」
イヤな汗が出る。
そういえば“遍路道”と書かれた立て札をもうしばらく見ていない。
“横峰寺は悪心を持った人はここから先に進めないと言われている”
いかん!油断していた。
今来た道を引き返す。苦労して登った道を、もしかしたらあっているかもしれない可能性を残したまま引き返すのはとてもつらい。
4、50分下ってようやく“遍路道”の看板を見つける。横峰まで1.7キロとある。右手を見るともうひとつの道が・・・。
「ここだ」
こんな道があっただろうか?気づかなかった。
もう足は疲れと焦りでガタガタ震えている。
気を取り直すような余裕もないまま、本来の道をまた登る。
「悪心があったのかな・・・」
こんどは立て看板に注意しながら進む。左足は曲らなくなっている。
遠い。
気が付けばもう14時近くになっている。歩き始めて3時間。
結局14時半に横峰寺に到着。
ここで初めてお経を唱える。実はこれまでお経を唱えることをしていなかったのだ。やっぱりしないとダメだ、と叱られたのだと思う。
ふたたび下る頃には日は沈みはじめていた。そういえばどこかで
“横峰へは午後から目指してはいけない”
と聞いたことがある。
確かに。山の日暮れは早い。もう少し遅く出ていたら、日没を迎えていたかもしれない。
何とか横峰を下山。時刻はもう16時。

さんざんさまよった横峰寺への道。
香園寺を目指す。そんなに遠くはない。
香園寺と宝寿寺を廻ったところで、17時になる。今日はここまでだ。
疲れた。
温泉にでも入りたい。もう3日間も風呂にはいってない。
少し遠いが次に向かうべき吉祥寺と前神寺を越えて湯ノ谷温泉に行く。温泉というよりは銭湯に近い。値段も300円と手ごろだ。
温泉から上がると寝床を探しに西条市街へ行く。
コンビニで弁当を買い、駅で食べる。
・・・・・
弁当を食べ終り、この日記を書いていると、中年の物腰のやわらかな男性に声をかけられる。
「すいません。キリスト教のご紹介をさせてもらえませんか?」
うわっ来た!しかしタイミングが悪いよ、と思いながらも「どうぞ」と横に座ってもらう。パンフレットをもらい、ひと通り説明を受ける。要はオレに洗礼を受けさせたいらしい。しかも明日!
「すいません。キリスト教のご紹介をさせてもらえませんか?」
うわっ来た!しかしタイミングが悪いよ、と思いながらも「どうぞ」と横に座ってもらう。パンフレットをもらい、ひと通り説明を受ける。要はオレに洗礼を受けさせたいらしい。しかも明日!
キリスト教をあまり知らないし興味深いので、もう少し説明をしてもらう。
全ての物事は、神の導きによるものであって、そのためには洗礼(彼は“水と霊”とよんでいた)を受けないことにはお話にならないらしい。しかも、その洗礼の方法もカトリックやプロテスタントなどいろいろあるけど、聖書に則った正しい方法でやるのは彼のとこ(イエス之御霊教会とか第一教会とか言っていた)だけなので、ぜひとも間違った洗礼を受けてほしくない、ということだ。
別にお四国参りしているからと言って真言密教徒ではないし、オレが納得出来るならクリスチャンも一向に構わない。
少し意地悪な質問をしてみた。
「なぜカトリックやプロテスタントなどに分かれてしまったんですか?もとは同じなのに。おかしくないですか?」
『それは分かれるもの、と神がお決めになったのです。』
「・・・・・・。」
「僕は自分で信じるものを見つけようとしています。それじゃダメですか?」
『神は洗礼を受けた人間に自由を与えます。あなたがどうしようと、それは神が許します。ただそれは洗礼を受けることが前提です。』
「・・・・・・。」
「仏教は大きくくくれば“存在と時間”の哲学だと思っています。そのあたり、キリスト教ではどう定義されているのですか?」
『時間は神が支配しています。』
「・・・・・・。」
延々3時間。
面白いのでもっともっと書きたいのだけど、やめておく。結局のところ『神のお導き・・・』であり『運命は決っていて・・・』に行き着く。
それらを否定するつもりはさらさらないが、オレはプラグマティストなので、自分の経験、体験や、より実践的なものしか信じない。『神ありき』のような絶対的なものは残念ながら信じられない。ただただ彼との温度差は広がる一方だ。彼はややいらつくオレに対しても情熱的に語ってくれるので、それは素直にありがたく受け入れる。でもオレはもっと、聖書の言葉を引用するのではなく、彼自身の言葉を聞きたかった。
全ての物事は、神の導きによるものであって、そのためには洗礼(彼は“水と霊”とよんでいた)を受けないことにはお話にならないらしい。しかも、その洗礼の方法もカトリックやプロテスタントなどいろいろあるけど、聖書に則った正しい方法でやるのは彼のとこ(イエス之御霊教会とか第一教会とか言っていた)だけなので、ぜひとも間違った洗礼を受けてほしくない、ということだ。
別にお四国参りしているからと言って真言密教徒ではないし、オレが納得出来るならクリスチャンも一向に構わない。
少し意地悪な質問をしてみた。
「なぜカトリックやプロテスタントなどに分かれてしまったんですか?もとは同じなのに。おかしくないですか?」
『それは分かれるもの、と神がお決めになったのです。』
「・・・・・・。」
「僕は自分で信じるものを見つけようとしています。それじゃダメですか?」
『神は洗礼を受けた人間に自由を与えます。あなたがどうしようと、それは神が許します。ただそれは洗礼を受けることが前提です。』
「・・・・・・。」
「仏教は大きくくくれば“存在と時間”の哲学だと思っています。そのあたり、キリスト教ではどう定義されているのですか?」
『時間は神が支配しています。』
「・・・・・・。」
延々3時間。
面白いのでもっともっと書きたいのだけど、やめておく。結局のところ『神のお導き・・・』であり『運命は決っていて・・・』に行き着く。
それらを否定するつもりはさらさらないが、オレはプラグマティストなので、自分の経験、体験や、より実践的なものしか信じない。『神ありき』のような絶対的なものは残念ながら信じられない。ただただ彼との温度差は広がる一方だ。彼はややいらつくオレに対しても情熱的に語ってくれるので、それは素直にありがたく受け入れる。でもオレはもっと、聖書の言葉を引用するのではなく、彼自身の言葉を聞きたかった。
そして彼は交渉ベタだ。
オレが今お四国参りをしていることを告げると、明からさまに“おろかなことを・・・”と言わんばかりに天を仰ぎ見る。他人に何かを受け入れさせたかったら、まずはその相手を受け入れることから始めるべきだろうに。
なにより決定的なのは、オレは今、この事を成すことに情熱を傾けている。彼も情熱的に語ってはくれるけど、それはオレの情熱を全然上回ってはいない。だからオレは彼に何の魅力も感じない。
オレが今お四国参りをしていることを告げると、明からさまに“おろかなことを・・・”と言わんばかりに天を仰ぎ見る。他人に何かを受け入れさせたかったら、まずはその相手を受け入れることから始めるべきだろうに。
なにより決定的なのは、オレは今、この事を成すことに情熱を傾けている。彼も情熱的に語ってはくれるけど、それはオレの情熱を全然上回ってはいない。だからオレは彼に何の魅力も感じない。
『仏教と言えば、あの赤い鳥居、実は血の意味があるらしいね』
と言われた時はコケた。勝手に神仏習合すなー!
と言われた時はコケた。勝手に神仏習合すなー!
でも彼は彼で信じるものがあるんだからそれで良い。
もう12時近い。早く更新しないと、横峰寺で放浪しとると思われてしまう。
場所を移してまた書き始めると、今度は飲み帰りのおっさんにつかまる。事情を話すと
『ほならコーヒーでも』
と缶コーヒーをごちそうになる。そしてその後からやって来た女性が持って来た仕出し料理を
『おいっお接待や。わしらの煩悩を全部持って行ってくれるでー』
とお裾分けしてもらう。煩悩はどうか知らんがサザエやらから揚げやらいっぱいいただく。
最後におっさんは
『テレビ局やらに知合いが結構おるけん。なんかおるでーゆーとくわ。』
と車で帰って行った。頼むけんやめてくれ・・・。おっさん。
やっと書けるかと思うと今度は18くらいのあんちゃんが
『あの~ここなんていう地区ですかねー』
知るかい!と思いつつ
「旅のものなんでねー、ちょっとー」
といちおう地図で調べるふりをする。
『友達と待ち合わせたいんですけど、隣町から来たもんで・・・』
「へー、どこ?」
などと会話して
「あそこが西条駅やからあそこで待ち合わせたらどーです?」
とわかれる。
いつになったら寝れるんやろ?
男と女はけんかしはじめるし・・・もう~そんなに絶叫するなよ~。
これも試練なのか!?
もう12時近い。早く更新しないと、横峰寺で放浪しとると思われてしまう。
場所を移してまた書き始めると、今度は飲み帰りのおっさんにつかまる。事情を話すと
『ほならコーヒーでも』
と缶コーヒーをごちそうになる。そしてその後からやって来た女性が持って来た仕出し料理を
『おいっお接待や。わしらの煩悩を全部持って行ってくれるでー』
とお裾分けしてもらう。煩悩はどうか知らんがサザエやらから揚げやらいっぱいいただく。
最後におっさんは
『テレビ局やらに知合いが結構おるけん。なんかおるでーゆーとくわ。』
と車で帰って行った。頼むけんやめてくれ・・・。おっさん。
やっと書けるかと思うと今度は18くらいのあんちゃんが
『あの~ここなんていう地区ですかねー』
知るかい!と思いつつ
「旅のものなんでねー、ちょっとー」
といちおう地図で調べるふりをする。
『友達と待ち合わせたいんですけど、隣町から来たもんで・・・』
「へー、どこ?」
などと会話して
「あそこが西条駅やからあそこで待ち合わせたらどーです?」
とわかれる。
いつになったら寝れるんやろ?
男と女はけんかしはじめるし・・・もう~そんなに絶叫するなよ~。
これも試練なのか!?

mokojiro