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2日目・・・雨

いや~ん。雨じゃん!
嫌だからあまり考えてなかったけど、やっぱり降るのね。天候は現実的だ。

昨日は日記を書いた後、結局宇部まで行った。真夜中の田舎道はトラックが恐い。外灯などない山道で、後ろからトラックに迫られると、体が硬くなる。でも、そうは言ってられないので「トラックは友達!」と思うことにした。そう思えば、ほら!ぶつかっても痛くない!!

3時くらいにつるや食堂というドライブインを見つけてそこのベンチで寝る。初日の走行距離は142キロ。

朝は寒くて6時に起きる。そこのドライブインでちゃんぽん(うまい!)を食って6時半ごろ出発。この時はまだ晴れていた。

ひたすら広島方向へ向かう。しかし、体が・・・。ひとこぎする毎に膝にムチを打つようだ。スピードも出ない。今日はムリせず、1時間毎に休憩を入れることにした。

それから1時間ほどで山口市内に入る。アラキが山口の彼女んちに来ているハズなので電話してみる。願わくば、朝飯にありつけないかと目論んだからだ(さっきも食ったけど・・・)。
しかし、その彼女んちは「スズ」というところらしいが、その時オレがいたのが「鋳銭」だったかそのあたりで、遠いことを確認して電話を切った。ちょうどその頃、東京のハラから電話があり、激励の言葉などをもらう。ありがとう。

後は膝の痛みをこらえながら、ホントにただただ走るのみ。日焼けのバロメーターである腕時計とグラサンのあともバシッとついた。
山口南インターチェンジでさんざんまよって、8時半防府入り。さらに12時ごろ徳山入りしたところでマックでハンバーガーとチーズバーガーを2つずつ。いつものことだ。

15時前、玖河郡のところで、さっきからかーるく降っていた雨がもう放っておけない状態になってきたので、初のカッパを着用する。しかしカッパなど気休めにしかならない。シューズもショートパンツもベトベト。日焼けした肌にカッパのあのビニール感はなんとも言えない。結局シューズと靴下は脱いで裸足になった。裸足になったらなったで交差点で足をついた時に踏んじゃった。う・ん・こ。雨のおかげで踏んだことを意識させないやわらかさ。一生忘れない。

雨はいっこうに止みそうもない。もう目標の広島入りはどうでもいい。安息の地を探す。
17時前、ちょっと早いが岩国に到着したところで今日は終了させる。ホテルだホテル!2日目にしてもうホテルを使ってやる!今日はヤケだ。
というわけで、今、岩国駅近くのビジネスホテル。ふとんはいいねぇー。部屋に入るなリ軽く寝た。そして石焼きビビンバを食らう。

しかしやはり、よく食うわりには痩せてきた。日焼けのせいもあるけど。

今日の走行距離117キロ。トータル258キロ。
明日は尾道入り。とまたムリな目標をたててみる。
おやすみなさい。

3日目

昨日はホテルで寝た。今朝は6時に起きるはずが、寝坊して8時半起床。ふとんマジックだ。

足腰はやはり疲れている。そういえば昔、部活でバスケをしていたころは毎日こうだった。わけもわからず走り続けて、疲れてドロンドロンになって帰ってきて、朝起きても太股あたりが重くて・・・。
久しぶりの感覚。
まあ、あの頃の方が回復は早かったけど。

昨日の雨がウソのように晴れ渡っている。身支度を整えて、ホテルの朝食を食べる。宿泊料に含まれているので、食べないと損だ。

9時半、岩国を出発。ひとまず目指すは広島市。
ホントに昨日の雨は何だったんだろう?今日は日差しが“でぃりでぃり”痛い。
広島市には、昼頃、あっけなく着く。なぜか“広島は晴れ”というイメージがあるんだけど、まさにそのとおりになった。

太田川を越えたあたりで、膝の痛みにたえられず、薬局へ行く。こんなときは「バンテリン」だ!これは効く!!バスケをやっていた時にはどれだけお世話になったかわからない。
たぶんその頃は、まだ発売されてなかったはずだけど、医者に処方された塗り薬が今思えば「バンテリン」と同じようなもので、バカみたいに効いていた。どうやら痛みをとるというよりは、硬くなった筋肉を柔らかくすることに非常にパワーを発揮するようだ。
薬局へ入って「バンテリンありますか?」と聞くとすぐに出してきてくれた。たぶん売れているのだろう。昔使っていたのがジェル(ゲル)状だったのでそれを頼んだ。薬局のおばちゃんはジェルはベチョベチョするからウォータータイプを愛用しているらしい。
そうは言われても、オレはジェル状だ。
そんなこんなで消費税分まけてもらった。1500円の消費税分だから、結構うれしい。ありがと。

広島市から東広島市への道のりはイヤらしかった。
“キツイ”ではなく“イヤらしい”。
ダラ~ダラ~と上り坂。「バンテリン」のおかげで足の痛みは癒えたけど、どうにも進まない。時速5~10kでダラ~~ダラ~~。結局、東広島市までおよそ30キロ強。4時間近くかかった。時速どおりっちゃあ時速どおりだけど。
でも、これだけ上れば、後は下るしかない!上りはママチャリ(とオレ)の限界を見てしまうが、下りはもう水を得た魚だ。あぶないとは思いながら車道をビシバシとばす。とばせるところでとばしておく!これはママチャリの鉄則であろう。歩道ではなく車道というのもポイントだ。歩道は小さな起伏が多くスピードが伸びないし、砂利が多くパンクの原因になる。そんなことを考えながら、ふと気づく。

1度2度はパンクもあるだろうと思い、替えのチューブとパンク修理セットは持って来ている。カンペキだ。しかし、何か足りない。そう、パンク修理には空気入れが必要なのだ。うっかりしていた。すぐにMr.MAXを見つけて、スプレー式の空気入れを買った。なんだかんだで金は飛ぶ。

17時すぎに三原に着く。東広島市から三原への道のり、何度もキンモクセイのにおいがした。もうそんな季節なのだ。キンモクセイは特別な香りがする。

目標の尾道へは20キロもない。海岸線をひたすらこぐ。日は暮れて寒い。
尾道まであと10キロというところだろうか、遥か前方に点灯するしまなみ海道のあかりが見えた。この3日間はとにかくこれを目指してきたのでメチャメチャ感動して泣きそうになった。
うれしくてペダルをこぎまくる。
19時ごろ尾道に無事着。

っちゅうわけで、目標達成!
本日の走行距離131.1キロ。トータル391キロ。

ちなみにこの“走行距離”というのはサイクルメーターのシステム上“オレのチャリの前輪が回転したことにより進んだ距離”であり、道路標識に出ている距離とは違う。上り坂でくねくね走れば、それもきれいにカウントされる。街なかをウイリーで100メートル走るようなことがもしもあったら、その100メートルはノーカウントである。だから、福岡から尾道まで、実際には391キロもないと思う。
カンタに「福岡から下関まで100キロもありませんよー」とメールで指摘されたので、メーターがおかしいのか?と思い、道路にある「車間距離確認」みたいので、何度も真っ直ぐ走って確かめてみた。別におかしくない。
福岡~下関は途中道を間違った分と、本当は95キロのところをきりもいいしということで100キロと書いたこと(そういうこともある・・・)をあわせて、たぶんおかしくはないのだと思う。
あくまでも“オレのチャリの前輪が回転したことにより進んだ距離”であることをご理解いただきたい。
目安目安。

明日はしまなみ海道を渡って四国入り。3カ月前からの計画がやっと果たされる。
この日記もいよいよ精神世界に入る。
かもしれない。
経過をつらつら書くことにも飽きてきたのでそれもいいだろう。

今日は少しゆっくり過ごして明日を迎えたいのでファミレスを探したが、そんな気の効いたものはなく、仕方なくモスバーガーにいる。
ホントなら今日、ホテルに泊まるつもりだったのだけど、その権利は予期せず昨日使ってしまった・・・。
今から寝床を探す。
おやすみなさい。

4日目 四国入り

今日も快晴。
昨日はその後、地図を買いに本屋に行った。中四国の。
地図なんかいらん!と思っていたけど、自分の通った道をチェックしておきたいと考えた。次のためにも(あるのか?)。

その本屋でふと気になった本があった。秋元康のやつ。タイトルは「人生にはやりたいことをする時間しかない」だ。あんな風貌なのでうさんくさいんだけど、たまにおもしろいことを言う。

それはそうと、ここまでのところで400キロ近く走っていることはわかっている。しかし、実感としてはわかりにくい。改めて地図を見てビックリした。結構な距離を走っている。3週間後これをまた引き返すのかと思うと、ちとつらい。

今朝は、尾道駅の交番の近くで寒くて目が覚める。
6時。
交番近くは比較的安全だ。おそわれることもないだろうし、万が一殺されるようなことがあっても、警察がすぐに捕まえてくれるだろう。
尾道駅に入ってちょっとくつろいで出発。今日はいよいよ、しまなみ海道を渡って四国入り。しまなみ海道はご存知の通り、広島の尾道から瀬戸内海の島々を渡り、愛媛の今治を結んでいる。
この橋の画期的なところは“自転車も歩行者も利用できる”ところだ。もしそうでなければこの旅を実行してなかっただろう。オレが2番目に楽しみにしていたことだ(1番目はまだ内緒)。
この橋は“橋”とは言っても、自転車で渡る場合は橋ひとつ渡っては島の道を走り、また次の橋を渡って島の道を走り・・・の繰返しである。そして“橋”の部分なんてほんのわずかで、ほとんどが島の道である。今日なんかは天気も良くて、それもまたいいのだが、雨の日などは面倒でしかたないだろう。

しまなみ海道(島部)とサダコ(ママチャリ)

今日は天気がいいので、気分良くウォークマンを聴きながら行くことにした。
“絶景のパノラマ”という言葉があるが、この島々は本当に視界の隅々まできれいだ。

ザ・しまなみ海道

そして、どんな音楽もよく似合う。洋楽でも、JANETもJOEもSisqoもBrianMcknightもToniBraxtonも全て受け入れてくれる、懐が深い。時間の流れも違う。先を急ぐことがバカバカしく思えてくる。

じいちゃんとのどかな風景

と、のんきなことを言っていられるのも最初のうちだけで、途中から音楽なんか聴いていられなくなった。やっぱり。

細かいことは省く。とにかくきつかった。野良犬が異常に多かった。
75.7キロ、約7時間かかってようやく今治へ。

しまなみ海道を渡り終えて、四国に上陸するための自転車道。
ぐる~っと1周しているのがそれ。爽快。


・・・・・

さっそく五十四番札所延命寺を目指す。本来なら1番札所から始めたいところだが、そんなことを言っていてはいつ終わるかわからない。

五十四番から五十九番はこの今治にわりと固まってある。今日中に行けそうだ。

五十四番延命寺につくとまず、遍路用具を整える。と言っても、納経(のうきょう - 寺ごとにハンコとサインをいただく。スタンプラリーのはしり)は300円(つまり300円×88=26400円)もするのでしないつもりだから、納経帳は要らない。白装束は着ない。なので、納め札と経本だけ買った。それでも寺の人は納経は必要!必要!と言う。「いや、いらない。金がかかる」と言っても、「廻った証がないじゃない」と言う。どうしても買わせたいらしいが「証はいらない」と言ったら諦めてくれた。変わりにというか気になっていたので、お守りとして虎眼石の腕輪を買った。2000円を1800円にしてもらった。

54番延命寺とサダコ(ママチャリ)。
首を3度ほど左に傾けてご覧ください。

延命寺を出たところで、左足が動かなくなってきた。膝から下が“ぶらーんぶらーん”する。納経しなかったから?いやそんなハズはない。四国に入って安心して気が緩んだのだろう。今まで気力でもっていたのが、ついに疲労に負けてしまった。バンテリンも効かない。

左足はただペダルの上に乗せただけの状態でとりあえず次へ向かう。
五十五番札所南光坊。八十八ヶ所の中でも、最後に“寺”がつかないのはここだけ。今治駅のすぐ近くの街なかにある。正直言って、寺としてはおもしろくもなんともない。でも八十八ヶ所のひとつだから行かないわけに行かない。何か違うよなー。

次に向かう。
五十六番札所秦山寺。
場所としては寺っぽいところにあるのだけど、どうってことはない寺。おまけに納経所で小坊主さんが“ぐてっ”としていて、オレが近付くと“シャキッ”となった。なんか違う。

五十七番札所永福寺に向かうころには、小学生の集団にひょいひょい抜かれて行かれるほど情けないスピードになってきた。時刻も5時を過ぎる。寺の夜は早いのだ。永福寺には行ったものの本堂も大師堂も扉は閉まっている。お参りだけなのでそれでも別に構わないのだけど、お大師さんに失礼なので今日はここでやめることにする。気分も乗らないし。

トボトボと晩飯と寝床を探しに今治駅方面に帰っていると、ケースケからメールがあった。彼はここ今治の出身である。たっぷり食わせてくれる中華料理屋が五十五番南光坊の近くにあるらしい。さすがケースケ!食うことだけはしっかりしている。それなら駅にも近いし好都合。教えられた店を探す。
「重松飯店」
おもいっきり日本名だ!ヘタに“~楼”とか中国っぽくしてないところがいいではないか。
中に入る。値段もそこそこ安い。「チャーハン大盛り」と頼んだのに、おもいっきり「やきめし大盛り~!」と厨房に叫んでいる(愛媛では“おらぶ”)。“焼飯”と書いて“やきめし”と読む!良いではないかー。しかも大盛りがハンパじゃない。こいつらの大盛りは本気だ!200円も追加させられる。でも“大盛り”とはそもそもそういうもんだろう。調子に乗っておでんのあつあげを頼む。これがもうま~ず~い~!!“中華料理屋さんのまずいおでん”。良いではないかー。ポリシーだ。
ああ、いい気分。

いい気分で寝床を探す。駅まで自転車を押して歩く。やはり左足が変。歩いていて左足を踏み出すと“外股になって内股”になって、真っ直ぐに踏み出せない。
わかるだろうか?“外股になって内股”“外股になって内股”。
明日は、五十八番五十九番はいいとして、2日目にしていきなり難所六十番横峰寺へ向かう。五十九番からこの六十番横峰寺まで、歩いて8時間。石槌山の中腹にあるから自転車は意味がない。ほとんど押して歩くことになるだろう。
この足で大丈夫だろうか?
実は以前にこの四国八十八ヶ所を廻ったことがある。*1
その時にはこの横峰寺へオレは行ってない。部活か何かでついていけなかったのだったと思う。今、手元にある八十八ヶ所ガイドブックを見ていたら、“横峰寺は悪心を持った人はここから先に進めないと言われている”とある。だから、以前は行けなかったのかもしれない。
明日は大丈夫だろうか?この足の具合でいけないようなことにならないか心配。ちょっと弱気にもなる。

*1.中学の頃、父親が厄払いということで車で一年ほどかけてちょこちょこと廻って、おれはそのいくつかをついてまわった。

本日の走行距離105.3キロ
トータル496キロ

5日目 四国2日目

今治駅→58仙遊寺→59国分寺→60横峰寺→61香園寺→62宝寿寺→西条駅

↑こういうふうに書くことにした。

どうやらこの先1週間、雨は降りそうもない。やったね。

昨日は今治駅近くのトヨタレンタリースのドアの前で寝た。なぜなら、そこの自販機用の電源が一口空いていたから。そう、これを書いてホームページにするには、Palmと携帯を充電しないといけない。こういう時のために電源タップはちゃんと用意してある。ちと寒いがそこはガマンして寝た。

起きたら3時過ぎ。2時間ちょっとしか寝てない。でも、もう寒くて寝られる気がしないので、起きていることにした。
ちょうど寝ている間に、この日記を見てくれた人のメールが2通ほど来ていたので返事を出したり、今日廻るところの確認をして6時に出発。五十八番札所仙遊寺、五十九番札所国分寺をひとまずイッキに廻ることにする。
仙遊寺までは10キロ弱。山を登らないといけないが、もう大した距離じゃない。
まだ薄暗い道を走っていて、ふとカーブミラーで自分の姿を見た。
「オレじゃない!」
自転車を止め、持って来ていた手鏡でよく見てみる。ほおはポックリヘコんでいて、顔は真っ黒。色が黒くなければ、ただの病人みたいだ。
「やっぱりオレじゃない・・・」
こころとは裏腹に、体はすっかり遍路姿になっている。

出発前、家の前で。余裕。

2日目、山口市内。まだ余裕。

5日目。横峰寺。
明らかに表情が変わっている。

自分で言うのも何だが、ここまで体はよくがんばってくれた。
ジッと手鏡を睨みながら、オレの中を何かが走った。
ようやくこころが体に追いつき始める。
途中、犬塚池を通る。この犬塚池には犬にまつわる悲しい逸話がある。詳しくは書かないが、やっぱり犬ってバカでかわいい。

五十八番札所仙遊寺。
今治や瀬戸内海を一望できる。
門をくぐるとさらに上へと山道が続く。
その脇に小学生が願い事や将来の夢を書いた短冊状の木板がいっぱいささっている。
学年と名前だけのものから“サッカー選手”や“ペット屋さん”ペットの横にちいさく“芸能人”と書いてあるところがかわいい。ほんわかとした気持ちになる。
しかし、ふと足を止めた。いや止められた。

“ツルの一声”

「んっ???」

もう一度見る。

“ツルの一声”

「えっ???」

“ツルの一声”

“ツルの一声”

“ツルの一声”

うーん・・・。
意味がなぁ~い。
夢になってなぁ~い。
あなたちょっと最高です!!

“ツルの一声”

しかし、前方を見てまたくらった!

“建設”

だから建設の何なのだ!

「あれっ???」

もしかして、“ツルの一声”と“建設”で1ペア!?
偶然?
ふたりとも将来大物になれるよ!

仙遊寺から国分寺へ。

国分寺の売店でアイスクリームの接待を受ける。ごちそうさま。

国分寺。
おばさんに写真を撮って欲しいと頼まれた
ので、じゃあ僕のも、と撮ってもらった。
全身が写った唯一の写真。貴重。



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