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四国八十八ヶ所遍路日記
2000年10月1日~10月22日

福岡から広島経由で四国まで、四国八十八ヶ所をめぐり、また福岡に戻るまで、、、
総走行距離2380kmのママチャリの旅

弘法大師とオレ

プルルル・・・プルルル・・・プル

オレ: 「はい、もしもし」

弘法大師: 「ワシじゃ」

オレ: 「誰じゃ!?」

弘法大師: 「ワシじゃよ。こ・う・ぼ・う・だ・い・し」

オレ: 「・・・」

弘法大師: 「ほらほら、またの名を空海とも言う・・・」

オレ: 「ああ、おだいっさん?」

弘法大師: 「馴れ馴れしく言うな!」

オレ: 「ああ、だいちゃん!おはよう!」

弘法大師: 「慣れ慣れしいっつーの!・・・おはよう。」

オレ: 「何!?朝はよーから。どしたん?」

弘法大師: 「寝とったか?すまんすまん。」

オレ: 「まあええわ。もう起きる時間や。ちょうどええわ。で、何?」

弘法大師: 「いや、ほらもうすぐやるじゃろ?アレ!ムフッ」

オレ: 「気持ち悪い・・・。おうやるけど。」

弘法大師: 「で、だな、率直に聞く。なぜじゃ?」

オレ: 「んー・・・。じゃあ聞く!だいちゃんはなぜ作ったんじゃ!アレ。」

弘法大師: 「んー・・・。それはちょっと違うんじゃよ。」

オレ: 「何が!?」

弘法大師: 「ワシが作ったわけではないのじゃ。伊予の荏原郷の貪欲な長者の右衛門三郎が、自らの悪業を反省して、一目ワシに会って懺悔したい一心で四国を巡ったのが最初でな、あるいはワシの遺跡を遍歴した弟子の真済であるという説もあったりする。」

オレ: 「何じゃ、そのどっかから調べてきたような説明は!」

弘法大師: 「・・・・・・ま、まあ、とにかくワシが作ったわけじゃないのじゃ!んで、おまえさんはなぜ廻る?しかもチャリで。」

オレ: 「んんん・・・難しいなー。教えられんなー。」

弘法大師: 「教えられんか?」

オレ: 「うん、ダメじゃ。」

弘法大師: 「ゼッタイ?」

オレ: 「うん、ダメ」

弘法大師: 「おーちーえーてーよー!!」

オレ: 「かわいく言ってもダメ!まあ一言で言えばタイミングがうまい具合に合ったっちゅうことかな。」

弘法大師: 「うーん、深いなぁー」

オレ: 「どこがじゃ!」

弘法大師: 「あそこを廻ろうっちゅうもんはだいたい2つに分かれてな、1つは身近な不幸の供養や懺悔の意味などの目的を持ったやつ。もう1つは“ふと”思い立ってやってみようかっちゅうやつ。おまえさんは後者じゃな。」

オレ: 「まあ、そうやろな」

弘法大師: 「でも、ふと思い立って廻るやつっちゅうのも、何かどこかで目的があるものじゃよ。言葉にできんだけで。」

オレ: 「深いなぁー」

弘法大師: 「じゃろ?じゃろ?ワシって深いじゃろ?」

オレ: 「まあそれも作戦なんやろ!“ワシは深いぜー深いぜー”言うてカリスマたらんとしとるだけじゃろ!」

弘法大師: 「何じゃ!ケチつけるのか!?このワシに!」

オレ: 「だってよー、おかしいやん。だいちゃん、あの88の寺、本当に自分で拓いたんか?」

弘法大師: 「当たり前じゃ!ワシはな!大きな大きなそれは大きな溜め池も作ったし、綜芸種智院も作ったし、当時じゃあとても考えられんようなスピードで密教の奥義を受け継いだし、おまえさんも投花の話くらいしっとるじゃろ!」

オレ: 「知らん」

弘法大師: 「まじっ!教えてやろうか?」

オレ: 「いやべつにい・・・」

弘法大師: 「実はな、こういう事があったんじゃ。唐への留学中に、密教の第一人者でワシの師匠の恵果阿闍梨から胎蔵界、金剛界、伝法阿闍梨の灌頂を伝授されてな、灌頂のときには、曼陀羅の上に花を投げるのじゃ。それがじゃよ、ワシとしたことが二度も中央の大日如来の上に落ちたのじゃ。二度もじゃぞ!この意味がわっかるかなー。とにかくすごいことなのじゃ。そしてこれはワシの遍照金剛という名の由来でもあるのじゃよ。」

オレ: 「・・・」

弘法大師: 「聞いとるかあ?おい!」

オレ: 「うーん。寝とった。」

弘法大師: 「・・・」

オレ: 「でもよ、それを日本に伝えたのはだいちゃん自身やろ?」

弘法大師: 「・・・ちゃんと聞いとるやないか。まあ、そうとも言えんが、だいたいはな。」

オレ: 「じゃあダメじゃん。いくらでもウソつけるじゃん。」

弘法大師: 「あほう。ワシがそんなウソつくかい!」

オレ: 「まあええわい。それも作戦やろ。許してやろう。」

弘法大師: 「違うっちゅうに!!」

オレ: 「まあまあええわい。それよりかよ、だいちゃん、20代の頃に空白の期間があるよな?」

弘法大師: 「ああ、大学中退してから遣唐使に行くまでの7年ほどのことじゃな。」

オレ: 「そう。何しとったん?」

弘法大師: 「教えられん!」

オレ: 「やっぱりなあー」

弘法大師: 「何がじゃ」

オレ: 「オレ、あれも作戦やと思うんよねー。何か空白があると“一癖あるやつ”ってなるやん?みんなそこに奇妙な魅力を感じてしまうんよねー。オレは騙されんけど。」

弘法大師: 「ワシはそんなケチなことはせんわい!!!」

オレ: 「じゃあ、何しとったん?」

弘法大師: 「教えられん!」

オレ: 「ほーらね!特に大したこともしてなかったんやないの?でも、みんなが“山伏になって悟りをひらいた”とか“室戸岬で明星を見た”いろいろ言うもんやけん引っ込みつかんなったんやろ?そうやろ?」

弘法大師: 「違うわい!もう怒った、だいちゃん怒った!もう知らん。おまえには同行二人しちゃらん。」

オレ: 「だいちゃん。それは大人げないでー。オレはなあ、基本的にはだいちゃんのこと尊敬しとるのよ。こんな言い方しても“我関せず”と言えるくらいの器やと思っとったんやけどなあ。失望したわ。」

弘法大師: 「・・・ごめん。」

オレ: 「まあええ、許しちゃろ。許しちゃろ。」

弘法大師: 「ホント?」

オレ: 「なーにが“ホント?”じゃ。シャキッとしてくれよ!」

弘法大師: 「はい、はい、ちゃーんと同行二人させていただきます。」

オレ: 「頼むで!しっかり。」

弘法大師: 「あっいかん。そろそろ電話切るわ。携帯の通話料って高いからのう。」

オレ: 「携帯かい!?」

弘法大師: 「ふふふっ、i-mode!!」

オレ: 「何するんじゃ!」

弘法大師: 「だってよ、おまえさん、“いんたーねっと”っちゅうやつで日記書くんじゃろ?それ見てやろーと思ってな!」

オレ: 「ああー。でも、i-modeで見れるかわからんよ。」

弘法大師: 「えっ!?うっそーん!?」

オレ: 「オレもまだよくわからんのやけど、たぶん大丈夫じゃない?でもだいたい、だいちゃん同行二人してくれるんやろ?だったらわざわざ見んでもわかるやんオレの行動。」

弘法大師: 「まあそうやけど、ほら、世間はやれ“IT”だ“Eコマース”だでワシもしっかりついていかんとカリスマ性を保てんのじゃ。」

オレ: 「もうええわ!」

弘法大師とオレ: 「どうもありがとうございましたー!!」

1
最終更新日 : 2010-08-19 15:55:40

初日

さむいぞ!!おらぁー!!

今、山口県は楠町の西在集会所というところ。なんとか九州脱出に成功した。
ここはただの田舎町の国道沿いの集会所。ちょっと休憩のつもりが、もう動けそうにないし、結構快適なのでここで寝ることにした。

今朝は、昨日2時すぎまで遊んでいて4時に寝たわりには早く起きた。やっぱ緊張しているのだろう。
8時から荷物のチェック、所持金かくし、それからめぼしい人々に“行ってきますメール”を出し、10時半出発。


・・・おっと、いかん。ちょっと寝てしまった。疲れておる。


そう。10時半に福岡をあとにする。めちゃめちゃいい天気でうれしい。出発日はこうでないと。「サイクル何とか」という、距離と速度を計るヤツは快調に時速22キロ付近をさしている。

地図は持たないけど、とにかくずっと3号線をいけばいいらしい。途中知合いのゲンジくんが白バイにつかまっているのを見かけつつ、香椎までは順調に。そこからどこで間違ったのか、気がつけば県道(国道?)495号線だかなんだかを走っていた。

道ゆくおっさんに
「3号線はどこですか?」
とたずねると
「あっち」
と、今来た道のはるか後方をさしていらっしゃる。
でも、方向的には北九州に向かっていることには間違いないと確信しているオレは、構わずこの道を行くことにした。いくらか時間はかかっても、今日の目標の本州入りをはたせればいい。

時速20k以上(実測値)という目安は何とかクリアしながら、ひたすらペダルをこぐ。古賀を過ぎた辺りで3号線の標識があったので、3号線に合流。流というところだ。そしてまた3号線をひたすらこぐ。
12時半。宗像で一服。ここまでのところで38キロ(実測値)。まあまあのペース。

ここからはアップダウンが続く。Mr.MAXが見えた。たぶん、昨日ケースケが言っていた「休憩したほうがいい場所」だろう。よくわかる。確かに休憩したい。ママチャリの限界だ。ジュース買って再びこぐ。

14時前、59キロ走ったところで北九州市に入った。正直に言うが、キツイ!岡垣町のアップダウンでかなりやられた。足がパンパン。自転車ではショートパンツだけど、夜寝る用にはチノパンを持って来た。ジーンズにしなくてよかった。ジーンズではもう足が入りそうにない。

北九州市に入ってもアップダウンは続く。
15時前。腹がへってきたので、ちょっと遅い昼めしを食べに、3号線沿いのリンガーハットでダブルちゃんぽんをかっ食らう。めしを食ったら足の調子も良くなった。体は正直だ。ここまでで73キロ。
標識を見ると、目標とすべき下関へは、あと30何キロとある。どう考えても大丈夫そうなので、もうのんびり行くことに決めた。

のんびりのんびり時速15kあたりで走る。そろそろ門司に着こうとしてきたころにカンタに電話。

「関門トンネルへは3号線ずっと行けばいいの?」
「いや、違いますよ。途中で道を外れないと行けません。」

やっぱりそうなのか。ちょうどその電話のあと、分岐点とおぼしき四つ角があった。聞いといてよかった。
トンネルへの入口(エレベーター)を探すのにちょっととまどいながら、何とか下関へ。ちょうど100キロ。17時すぎ。

目標は達成したので、今日はもうどうでもいいのだが、標識を見ると広島まで190何キロとある。明日は広島入りしたいのだが、さすがに実際100キロ走ったあとでは190キロの距離感に呆然とする。もう少し行けると小まで行っておこう。

この山口県というのは、この土地の人には悪いかもしれないが“いなか”だ。国道沿いに「いつのだ!」というようなディナーショーの告知がデカデカとあったり、牛糞の匂いがしたり、そんなことを感じながら、あったりなかったりする歩道を走るのも旅の醍醐味である。

明日は広島入り(無理とは思うが)を目指す。あと一眠りしたらさっそく出発する。とにかく早く四国入りをはたしたい。

今日は風呂に入れず汗臭い。
携帯が圏外なので送れない・・・
もう少し移動しよう。
2
最終更新日 : 2010-08-19 15:56:01

2日目・・・雨

いや~ん。雨じゃん!
嫌だからあまり考えてなかったけど、やっぱり降るのね。天候は現実的だ。

昨日は日記を書いた後、結局宇部まで行った。真夜中の田舎道はトラックが恐い。外灯などない山道で、後ろからトラックに迫られると、体が硬くなる。でも、そうは言ってられないので「トラックは友達!」と思うことにした。そう思えば、ほら!ぶつかっても痛くない!!

3時くらいにつるや食堂というドライブインを見つけてそこのベンチで寝る。初日の走行距離は142キロ。

朝は寒くて6時に起きる。そこのドライブインでちゃんぽん(うまい!)を食って6時半ごろ出発。この時はまだ晴れていた。

ひたすら広島方向へ向かう。しかし、体が・・・。ひとこぎする毎に膝にムチを打つようだ。スピードも出ない。今日はムリせず、1時間毎に休憩を入れることにした。

それから1時間ほどで山口市内に入る。アラキが山口の彼女んちに来ているハズなので電話してみる。願わくば、朝飯にありつけないかと目論んだからだ(さっきも食ったけど・・・)。
しかし、その彼女んちは「スズ」というところらしいが、その時オレがいたのが「鋳銭」だったかそのあたりで、遠いことを確認して電話を切った。ちょうどその頃、東京のハラから電話があり、激励の言葉などをもらう。ありがとう。

後は膝の痛みをこらえながら、ホントにただただ走るのみ。日焼けのバロメーターである腕時計とグラサンのあともバシッとついた。
山口南インターチェンジでさんざんまよって、8時半防府入り。さらに12時ごろ徳山入りしたところでマックでハンバーガーとチーズバーガーを2つずつ。いつものことだ。

15時前、玖河郡のところで、さっきからかーるく降っていた雨がもう放っておけない状態になってきたので、初のカッパを着用する。しかしカッパなど気休めにしかならない。シューズもショートパンツもベトベト。日焼けした肌にカッパのあのビニール感はなんとも言えない。結局シューズと靴下は脱いで裸足になった。裸足になったらなったで交差点で足をついた時に踏んじゃった。う・ん・こ。雨のおかげで踏んだことを意識させないやわらかさ。一生忘れない。

雨はいっこうに止みそうもない。もう目標の広島入りはどうでもいい。安息の地を探す。
17時前、ちょっと早いが岩国に到着したところで今日は終了させる。ホテルだホテル!2日目にしてもうホテルを使ってやる!今日はヤケだ。
というわけで、今、岩国駅近くのビジネスホテル。ふとんはいいねぇー。部屋に入るなリ軽く寝た。そして石焼きビビンバを食らう。

しかしやはり、よく食うわりには痩せてきた。日焼けのせいもあるけど。

今日の走行距離117キロ。トータル258キロ。
明日は尾道入り。とまたムリな目標をたててみる。
おやすみなさい。
3
最終更新日 : 2010-08-19 15:56:26

3日目

昨日はホテルで寝た。今朝は6時に起きるはずが、寝坊して8時半起床。ふとんマジックだ。

足腰はやはり疲れている。そういえば昔、部活でバスケをしていたころは毎日こうだった。わけもわからず走り続けて、疲れてドロンドロンになって帰ってきて、朝起きても太股あたりが重くて・・・。
久しぶりの感覚。
まあ、あの頃の方が回復は早かったけど。

昨日の雨がウソのように晴れ渡っている。身支度を整えて、ホテルの朝食を食べる。宿泊料に含まれているので、食べないと損だ。

9時半、岩国を出発。ひとまず目指すは広島市。
ホントに昨日の雨は何だったんだろう?今日は日差しが“でぃりでぃり”痛い。
広島市には、昼頃、あっけなく着く。なぜか“広島は晴れ”というイメージがあるんだけど、まさにそのとおりになった。

太田川を越えたあたりで、膝の痛みにたえられず、薬局へ行く。こんなときは「バンテリン」だ!これは効く!!バスケをやっていた時にはどれだけお世話になったかわからない。
たぶんその頃は、まだ発売されてなかったはずだけど、医者に処方された塗り薬が今思えば「バンテリン」と同じようなもので、バカみたいに効いていた。どうやら痛みをとるというよりは、硬くなった筋肉を柔らかくすることに非常にパワーを発揮するようだ。
薬局へ入って「バンテリンありますか?」と聞くとすぐに出してきてくれた。たぶん売れているのだろう。昔使っていたのがジェル(ゲル)状だったのでそれを頼んだ。薬局のおばちゃんはジェルはベチョベチョするからウォータータイプを愛用しているらしい。
そうは言われても、オレはジェル状だ。
そんなこんなで消費税分まけてもらった。1500円の消費税分だから、結構うれしい。ありがと。

広島市から東広島市への道のりはイヤらしかった。
“キツイ”ではなく“イヤらしい”。
ダラ~ダラ~と上り坂。「バンテリン」のおかげで足の痛みは癒えたけど、どうにも進まない。時速5~10kでダラ~~ダラ~~。結局、東広島市までおよそ30キロ強。4時間近くかかった。時速どおりっちゃあ時速どおりだけど。
でも、これだけ上れば、後は下るしかない!上りはママチャリ(とオレ)の限界を見てしまうが、下りはもう水を得た魚だ。あぶないとは思いながら車道をビシバシとばす。とばせるところでとばしておく!これはママチャリの鉄則であろう。歩道ではなく車道というのもポイントだ。歩道は小さな起伏が多くスピードが伸びないし、砂利が多くパンクの原因になる。そんなことを考えながら、ふと気づく。

1度2度はパンクもあるだろうと思い、替えのチューブとパンク修理セットは持って来ている。カンペキだ。しかし、何か足りない。そう、パンク修理には空気入れが必要なのだ。うっかりしていた。すぐにMr.MAXを見つけて、スプレー式の空気入れを買った。なんだかんだで金は飛ぶ。

17時すぎに三原に着く。東広島市から三原への道のり、何度もキンモクセイのにおいがした。もうそんな季節なのだ。キンモクセイは特別な香りがする。

目標の尾道へは20キロもない。海岸線をひたすらこぐ。日は暮れて寒い。
尾道まであと10キロというところだろうか、遥か前方に点灯するしまなみ海道のあかりが見えた。この3日間はとにかくこれを目指してきたのでメチャメチャ感動して泣きそうになった。
うれしくてペダルをこぎまくる。
19時ごろ尾道に無事着。

っちゅうわけで、目標達成!
本日の走行距離131.1キロ。トータル391キロ。

ちなみにこの“走行距離”というのはサイクルメーターのシステム上“オレのチャリの前輪が回転したことにより進んだ距離”であり、道路標識に出ている距離とは違う。上り坂でくねくね走れば、それもきれいにカウントされる。街なかをウイリーで100メートル走るようなことがもしもあったら、その100メートルはノーカウントである。だから、福岡から尾道まで、実際には391キロもないと思う。
カンタに「福岡から下関まで100キロもありませんよー」とメールで指摘されたので、メーターがおかしいのか?と思い、道路にある「車間距離確認」みたいので、何度も真っ直ぐ走って確かめてみた。別におかしくない。
福岡~下関は途中道を間違った分と、本当は95キロのところをきりもいいしということで100キロと書いたこと(そういうこともある・・・)をあわせて、たぶんおかしくはないのだと思う。
あくまでも“オレのチャリの前輪が回転したことにより進んだ距離”であることをご理解いただきたい。
目安目安。

明日はしまなみ海道を渡って四国入り。3カ月前からの計画がやっと果たされる。
この日記もいよいよ精神世界に入る。
かもしれない。
経過をつらつら書くことにも飽きてきたのでそれもいいだろう。

今日は少しゆっくり過ごして明日を迎えたいのでファミレスを探したが、そんな気の効いたものはなく、仕方なくモスバーガーにいる。
ホントなら今日、ホテルに泊まるつもりだったのだけど、その権利は予期せず昨日使ってしまった・・・。
今から寝床を探す。
おやすみなさい。
4
最終更新日 : 2010-08-19 15:56:46

4日目 四国入り

今日も快晴。
昨日はその後、地図を買いに本屋に行った。中四国の。
地図なんかいらん!と思っていたけど、自分の通った道をチェックしておきたいと考えた。次のためにも(あるのか?)。

その本屋でふと気になった本があった。秋元康のやつ。タイトルは「人生にはやりたいことをする時間しかない」だ。あんな風貌なのでうさんくさいんだけど、たまにおもしろいことを言う。

それはそうと、ここまでのところで400キロ近く走っていることはわかっている。しかし、実感としてはわかりにくい。改めて地図を見てビックリした。結構な距離を走っている。3週間後これをまた引き返すのかと思うと、ちとつらい。

今朝は、尾道駅の交番の近くで寒くて目が覚める。
6時。
交番近くは比較的安全だ。おそわれることもないだろうし、万が一殺されるようなことがあっても、警察がすぐに捕まえてくれるだろう。
尾道駅に入ってちょっとくつろいで出発。今日はいよいよ、しまなみ海道を渡って四国入り。しまなみ海道はご存知の通り、広島の尾道から瀬戸内海の島々を渡り、愛媛の今治を結んでいる。
この橋の画期的なところは“自転車も歩行者も利用できる”ところだ。もしそうでなければこの旅を実行してなかっただろう。オレが2番目に楽しみにしていたことだ(1番目はまだ内緒)。
この橋は“橋”とは言っても、自転車で渡る場合は橋ひとつ渡っては島の道を走り、また次の橋を渡って島の道を走り・・・の繰返しである。そして“橋”の部分なんてほんのわずかで、ほとんどが島の道である。今日なんかは天気も良くて、それもまたいいのだが、雨の日などは面倒でしかたないだろう。

しまなみ海道(島部)とサダコ(ママチャリ)

今日は天気がいいので、気分良くウォークマンを聴きながら行くことにした。
“絶景のパノラマ”という言葉があるが、この島々は本当に視界の隅々まできれいだ。

ザ・しまなみ海道

そして、どんな音楽もよく似合う。洋楽でも、JANETもJOEもSisqoもBrianMcknightもToniBraxtonも全て受け入れてくれる、懐が深い。時間の流れも違う。先を急ぐことがバカバカしく思えてくる。

じいちゃんとのどかな風景

と、のんきなことを言っていられるのも最初のうちだけで、途中から音楽なんか聴いていられなくなった。やっぱり。

細かいことは省く。とにかくきつかった。野良犬が異常に多かった。
75.7キロ、約7時間かかってようやく今治へ。

しまなみ海道を渡り終えて、四国に上陸するための自転車道。
ぐる~っと1周しているのがそれ。爽快。


5
最終更新日 : 2010-08-22 00:07:45

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