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 未来が切ないんじゃない。人間が切ないんだ。



 ロシア空軍地下総司令部、PVOストラニー。
 その会議室では会議が行われていた。
『日本連合艦隊新戦艦BN-X対策会議・開催中』の文字が、入り口のウッドの壁にホログラフィで描かれている。
 閉ざされた背の高いブラックスチールのドアの向こうでは、肩の金モールの階級章で飾られたグレーの制服の高級軍人たちがパネルを見つめている。
 みな、苛立ちと焦燥の中、無煙タバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりしながら、いらいらと考え込んでいる。
「そのような情勢下、先日我が軍の偵察機が日本連合艦隊の阻止を受けながら何とか撮ったBN-Xの実射試験の画像です。
 これが実在するとなると、我が共和国は深刻な脅威にさらされます」
 画像は日本連合艦隊が用意した廃棄予定の『実艦的』、実物大の無人戦艦と撃ち合う謎の一点に集中していく。



 しかし、画像には「最大ズーム・これ以上ズームできません」の表示が浮かぶ。
 謎の一点は、それでも一つの点のままだ。
「完全なステルス性能、そして強烈な火力だな」
 そう評した提督の胸には、日本とロシアが争った21世紀末の日本会戦のロシア側の呼び名、大極東戦争の従軍記念章が輝いている。


1
最終更新日 : 2010-10-08 21:09:26

「やはり彼を使うか」
「ドクター・ラッティか」
「ああ」
 情報部のトップがそう頷いた。
「平時からそういった特殊戦をしかけるとは。それもラッティはテロリストだ。それを使うとは穏やかではないな」
「一番確実な方法です。よけいな責任関係も発生しません」


2
最終更新日 : 2010-08-19 09:32:38

 特設支援巡洋艦〈ちよだ〉の整備スペースは、全員が無駄な動きもなく、息を合わせてシファの整備のために動いている。
 〈ちよだ〉は新淡路基地に係泊している。


 新淡路市は22世紀の日本の首都であり、アジア共同体議長府もある世界有数の巨大都市である。
 淡路島沖の大阪湾に作られた人工都市で、高さ2000メートルを超え、規模は直径8キロの円を描く。
 全てが2000メートルではなく、部分部分が2000メートルになるようにし、その上立体都市の天井である人工地盤の底には巨大ミラーやホログラフィによって明かりと大空の風景が提供されている。
 そして、立体都市ながら、冷却水の貯蔵もかねて小椋(おぐら)湖というかつて平安時代の京都の近くにあった湖の名を継ぐ人造湖が作られ、そこにミズマグロという淡水マグロが養殖されたり、その周りの湖周道路で年1回の耐久カーレースが開催されたりもしている。
 また都市でありながら都市の中にかつての田園風景を再現しようということで竹林や雑木林と屋敷林に囲まれた農家、さらには保存鉄道として釣り掛け駆動の軽便鉄道までもが走っている。
 最先端のリニア地下鉄やリニア新幹線、そしてDAGEX浮上のVTOLが空中を行き交う中、この新淡路市はすでにいくつもの時代がコラージュされた多様性のある都市として計画され、実は今もまだ開発区があり、建設が続いている。
「いいなあ、シファはこうやって紅茶飲んで待ってられるもの。私たち整備員が必死に整備してるのに」

 〈ちよだ〉はその新淡路特別市の西側、新淡路基地という日本連合艦隊の艦船を係留する係留地区に留められ、風になびくようにゆったりと揺れている。
 中規模の艦だが、21世紀末に発見されたダークマターの実相である時空の重力変動を利用したDAGEX重力場変換素子によって、そのチタンと強化プラスティック・カーボンナノチューブで軽いが強靱に作られた艦体を反重力作用で浮かせている。

 そして、その〈ちよだ〉の後部格納庫より艦首側、副整備室でみながシファの整備に余念がない。




 ライトブルーのスパッツタイプの競泳水着のような制服を着た整備員のみなが、純白の調整室でホログラフィパネルを開いて調整している。

 この競泳水着のような制服は、身体にぴったりフィットしながら防炎防弾を実現した強靱なもので、不織布の生地そのものが考え、緩衝剤を噴射する時空の穴を装備するスマートスキンである。

 被弾した場合は被弾寸前に被弾を検知し、瞬間的に緩衝剤を噴射して身体へのダメージをおさえ、なおかつ極端な温度差があった場合、熱交換装置が働いてやけどを防ぐ。

3
最終更新日 : 2010-10-08 21:25:21

 シファはその皆が制御する窓の向こう、主整備室で椅子に座って紅茶を飲んでいる。
 シファは武装の姿もなく、ただネイビーブルーのスーツを着た女性にしか見えないのだが、胸元には大きな冷緑色のペンダントがあり、そこにさまざまな色の輝きが小さく明滅している。
 シファのお気に入りのティーセットと、それを納めたアンティークの家具が、この主整備室のまるで病院のような部屋の一角で、シファとミスフィという姉妹艦の心の優しさやセンスを主張している。
「じゃあ、プライバシーゼロ、二十四時間テレメトリーで監視される人間型人間サイズ戦艦になってみる? 私たちも出来れば監視したくないけど、そうしないといけないのよ」
 整備長の友鶴1尉が戯れに聞く。長い髪にバレッタをつけ、その上にナースキャップのような制帽をかぶっている友鶴1尉は、そのもとに、先任曹長である沖島曹長がシファの機付長、天霧がミスフィの機付長を勤める。
「それはいやかも」
 それを聞いて、沖島曹長が笑う。
「でしょ。でも、シファはそれをやっているのよ」
 友鶴の言葉に皆頷く。
「ほんと、偉いわ。いくら機械でも、これだけ繊細な心と強大な力をバランスさせるのはなみじゃないわ」
 友鶴はごほんと咳払いすると、窓の向こうの主整備室に向けてコールする。
「チェックリスト終了。シファ、アレイをオープンして」
 シファが頷き、主整備室のマークの上に立ち、スクリプトを読み、変身していく。


4
最終更新日 : 2010-08-19 10:08:32

「我が名は、時空潮汐力特等突破戦闘艦・シファリアス。
 さあ、惑星よ、幾億の太陽よ、母なる無よ。
 応えて、全ての子たる我らに!」
 シファがスクリプトをそう詠唱すると、ホログラフィ・プレートが彼女の前に浮かぶ。
 表示。ウイングナイト級BN-X、シファリアス
 身体の前後左右に『危険:システム解凍中』と『ピクセルユニットシールド・近寄るな』と『非常停止釦』のホログラフィ表示が浮かぶ。
 同時にそれまで着ていた服が破け消え、代わって宇宙から見た水平線のように蒼い、よく絞り込まれた城郭的なデザインの鎧と、純白のインナースーツが彼女の皮膚を覆った。  背中から、灰色の航空機にも翼竜にも似た翼が生まれると、それはチリチリと音を立てながら形を変えて優美な曲線を描く。
 それが安定すると、その先がいったん折れ曲がり、空力的には最高の形状であるウイングレットを形成、固定された。翼の付け根からは、細く長い尻尾のようなアンテナが伸び、鞭のようにしなって床を一度叩く。
最後に、蒸気が身体の両側から軽い溜息のように噴射されて、準備が整ったことを告げる。  さっきまで彼女の周りに浮かんでいた小さな宝石たちは、膨張して鎧板に収められ、ライトグリーンに輝く機械の瞳となった。鎧の縁どりの金筋も目映く、現実味が感じられないほどの高貴な強さを醸し出している。


 特に鎧が印象的だ。胸、脇、肩を覆う鎧板は平面的でありながら立体を構成し、かつての旧日本海軍の巡洋艦〈鳥海〉のマッシブな艦橋を連想させる。


 全装備正常作動中。


 表示がシファの目の前にホログラフィ表示される。「発射管5番から8番、注意して」
 視野内に合成された発射管のサインに確認終了の緑色のマークが浮かぶ。
「異常ないわ」
  シファが答える。


「異状無し。システム正常稼働中を確認。
 はい、アレイをクローズして。ご苦労様。
 司厨士の矢竹君が食事できてるから食堂に降りてきてって」


5
最終更新日 : 2010-10-08 21:26:54


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