目次
はじめに
ウェブ公開によせて
解説
第1巻 信仰の書
イマーン(信仰)に関して
礼拝について
アッラーへの信仰に関して
天国に入るための信仰に関して
イスラームの基本、五柱に関して
アッラーと預言者に関して
イスラームの宣教法に関して
不信者に対する戦闘命令について
信仰について
アッラーに目見えることについて
信仰の喜びについて
イマーンの種類について
イスラームの重要な教えについて
イスラームの長所に関して
信仰の真髄について
預言者を愛することについて
同胞愛について
隣人を傷つけぬことについて
隣人や弱者への寛容について
嫌悪すべきものの排除について
イエメン人の信仰に関して
「不信者は天国に入れぬ」に関して
誠実な信仰に関して
不信者の行為について
偽善者の特徴について
同胞を不信者と呼ぶ者に関して
父親を否認する者の信仰について
同胞を非難することについて
同胞間の争いについて
中傷や悲嘆に関して
逃亡奴隷について
星座を信仰する者について
アンサールについて
信仰に欠ける女性について
礼拝を行わない者に関して
最善の行為について
多神信仰に関して
最大の罪行について
高慢さについて
天国や地獄に入る者について
信仰告白を唱えた偽信者について
ムスリムに敵対する者について
同胞に対し不誠実な者について
過度に嘆き悲しむことについて
噂話をいいふらすことについて
三種の人間について
自殺に関して
戦利品の私物化に関して
或る自殺者について
審判の日に吹く風について
争乱の起る前の善行について
信者の恐れについて
改宗以前の行為について
改宗、ヒジュラ、巡礼について
改宗以前の善行について
信仰の誠実さについて
全てを見通すアッラーに関して
心の邪悪を許されることに関して
善行および悪行の記録について
悪をささやかれることについて
偽誓による権利の横領について
財産を不正に強奪する者について
不正な支配者に関して
信頼や信仰の喪失に関して
イスラーム教義の特異性に関して
「最後の時」について
恐怖心からの信仰隠しについて
ムスリムと信仰者に関して
証明による気持の安定について
預言者ムハンマドへの信仰について
イエスの降臨について
「信仰が拒否される」時について
み使いへの啓示の始まりについて
夜の旅と昇天について
イエスと偽キリストについて
シドラトル・ムンタハーについて
み言葉「彼を見た」に関連して
「神は光である」に関して
「アッラーの覆い」に関して
審判の日の主への目見えに関して
主に目見える方法について
執り成し役と信者の救済について
地獄から最後に出る者について
天国における最下位者について
天国での最初の執り成し役について
預言者の特別祈願に関して
ウンマのための祈りについて
不信者への執り成しに関して
近親者への警告に関して
アブー・ターリブに関して
地獄での最も軽い罰について
不信仰者の行為に関して
「信者のみが友人である」について
天国に入るムスリムについて
天国でのムスリムの数について
地獄に送られる人々について
第1巻 斎戒(タハーラ)の書
ウドゥー(小浄)の功徳について
清浄さについて
ウドゥーの方法に関して
ウドゥー後の礼拝の功徳について
礼拝の効験について
ウドゥーの効用に関して
預言者のウドゥーに関して
鼻孔とトイレ後の洗浄に関して
両足の洗浄について
ウドゥー規定を守ることについて
ウドゥー用水の効験に関して
額と足首のウドゥーについて
審判の日の光とウドゥーに関して
状況が困難な時のウドゥーに関して
爪楊枝(シワーク)使用について
使徒たちのスンナについて
用便後の処理について
右手の使用禁止に関して
ウドゥーの際の右側優先に関して
道路や日蔭での用便禁止について
用便後の手洗いに関して
靴下の上を拭うことについて
額とターバンを拭うことについて
靴の上からのウドゥーに関して
ウドゥーの効用度数に関して
水容器の中に手を入れぬことについて
犬の舐めずりについて
淀みでの放尿禁止について
淀みでの洗浄禁止について
モスク内での排尿跡洗浄について
乳児の排尿に関して
精液を洗い落すことについて
生理による汚れについて
尿水の汚れについて
第1巻 ハイドの書
生理中腰巻をまとうことについて
生理中の女性との同床に関して
生理中の女性の行為に関して
精液について
夜半の洗浄に関して
交接後の就寝に関して
女性の夢精について
男女の精液について
交接後の沐浴について
沐浴のための水の量について
水を三回かぶることに関して
女性の編み毛について
麝香で清めることについて
ムスタハーダについて
生理中の断食、礼拝に関して
沐浴時のカーテンの使用について
他人の局部を見ないことについて
モーゼの沐浴に関して
局部の陰蔽に関して
用便の折身を隠すことについて
精液を洗い流すことに関して
沐浴が義務とされる場合について
火を使った料理に関して
前項ハディースの廃棄に関して
らくだ肉食後のウドウーに関して
礼拝中の悪臭に関して
皮を鞣すことについて
タヤンムムに関して
ムスリムの清浄さについて
アッラーを常念することについて
食前のウドゥーに関して
トイレで唱えられる言葉について
居眠り後のウドゥーに関して
第1巻 礼拝の書
アザーンの由来について
アザーンの言葉について
アザーンの詠唱法について
ムアッジンについて
失明者によるアザーンについて
異教の地で聞くアザーンについて
アザーンへの唱和について
アザーンの美徳に関して
礼拝開始のタクビールに関して
礼拝中のタクビールに関して
礼拝中のファーティハ読誦に関して
イマームの背後の礼拝者に関して
礼拝中の無声のバスマラに関して
バスマラは聖典の一部、に関して
礼拝中の両手の配置について
タシャッフドの言葉について
預言者への祝福に関して
タスミーウとタフミードに関して
礼拝者はイマームに従う、について
イマームに先行せぬことに関して
イマームの代行者に関して
イマームが遅れたときに関して
礼拝中の注意喚起の手打ちに関して
礼拝は完璧にすることに関して
イマームより先行を禁止すること
礼拝中の静粛さと整列について
集団礼拝での整列に関して
礼拝での男女の整列順について
女性のモスク礼拝に関して
有声礼拝の読誦の強弱について
クルアーン読誦の拝聴について
日の出前の礼拝に関して
ズフルとアスルの礼拝に関して
スブフ礼拝の聖典読誦に関して
イシャーの礼拝の読誦について
イマームは礼拝を短く、について
礼拝基本動作のバランスに関して
イマームの動作に従う、に関して
屈身礼からの動作と言葉について
礼拝中の読誦禁止の場合について
屈身礼と平伏礼中の言葉について
平伏礼の美徳について
平伏礼中の動作に関して
平伏礼中の手の配置に関して
礼拝の仕方の総括に関して
礼拝者のストラについて
礼拝者の面前歩行に関して
礼拝地点とストラの間隔に関して
ストラの効力に関して
礼拝者の面前横臥について
礼拝者の面前横臥について
礼拝時の着衣に関して
第1巻 モスクと礼拝場所の書
モスクと礼拝場所の書
預言者モスクの建設に関して
キブラの変更に関して
モスクの建設場所に関して
モスク建設の美徳に関して
屈身礼中の手の配置に関して
礼拝中の座り方について
礼拝中の私語に関して
礼拝中のタアウィーズに関して
礼拝中に子供を抱くことについて
礼拝中の前後移動について
礼拝中に腰元に手は置かぬ、について
礼拝中小石を動かすことについて
モスクで唾を吐くことのに関して
サンダル履きの礼拝について
図柄入り衣服での礼拝に関して
食前や用便直前の礼拝に関して
不快感を与える食べ物に関して
モスクでの大声に関して
不注意償いの平伏礼について
聖典読誦中の平伏礼について
礼拝中の正座礼の姿勢に関して
タスリーム礼について
礼拝後のズィクルについて
墓中の責苦からの加護について
その他礼拝中に加護を求めることについて
礼拝後のズィクルの仕方について
タクビール直後の言葉について
礼拝は厳粛にすることに関して
礼拝に立ち上がるときについて
屈身礼中の礼拝参加について
五回の義務礼拝の時刻について
灼熱時の昼過ぎの礼拝に関して
酷暑時以外の礼拝について
午後の礼拝時刻について
やり過ごした午後の礼拝に関して
中間の礼拝とは、に関して
日の出前と午後の礼拝について
日没後の礼拝時刻について
夜の礼拝の時間とその遅延について
日の出前の礼拝時刻について
礼拝を遅らせることに関して
集団礼拝の特典に関して
アザーンを聞く者の義務について
スンナ・フダーについて
アザーンとモスク内の人に関して
夜と日没の集団礼拝について
集団礼拝への不参加について
随意の合同礼拝に関して
義務の集団礼拝の特典について
モスクへの歩みについて
罪を消す礼拝への歩みについて
日の出前の礼拝後の正座について
イマームの資格に関して
礼拝中のクヌートについて
礼拝を失した時について
「洞窟章」と「雌牛章」に関して
第1巻 旅行者の礼拝とそれの短縮の書
旅行者の礼拝とそれの短縮について
ミナーでの短縮礼拝について
雨の日の礼拝について
旅行中ナフル礼拝の方向について
旅行中の併合礼拝について
定住者の併合礼拝について
礼拝後の退出について
イマームの右に座ることについて
アザーン中のナフル礼拝に関して
モスクに入った時の言葉について
モスクに入った時の礼拝について
旅から帰った後の礼拝について
午前の礼拝について
早朝のスンナ礼拝について
スンナの礼拝の徳点について
ナフルの礼拝について
夜の礼拝の数について
病人などの夜の礼拝について
熱暑の時刻の礼拝について
夜の礼拝とウィトルについて
宵口と明け方のウィトルについて
長い立礼について
夜間の祈願について
明け方近くの請願について
タラウィーフ礼拝について
夜の礼拝における祈願について
夜の礼拝での読唱について
朝まで眠り続ける者について
家庭でのナフルについて
宗教上尊ばれる行為について
礼拝中居眠りする者に関して
クルアーンの記憶保持について
美声による聖典読唱について
預言者と「勝利章」について
聖典読誦と「静穏」降臨について
クルアーン暗誦者の徳点について
聖典読誦熟達者について
クルアーン読誦の熟達に関して
クルアーン読唱と傾聴について
クルアーン読唱と教授について
「雌牛章」の読唱に関して
「開端章」と「雌牛章」に関して
「純正章」読誦に関して
加護を求める二つの章について
クルアーン教義の実践について
七種の読誦法について
読誦のスピードや明瞭さについて
クルアーン読誦に関して
礼拝の禁止時刻について
アムルのイスラーム入信について
日の出と日没の礼拝について
アスル礼拝後の礼拝に関して
マグリブ礼拝前の礼拝について
アザーンの間の礼拝について
危険時の礼拝について
第2巻 金曜礼拝の書
金曜礼拝の大浄に関して
成人に達した者は金曜礼拝の大浄は不可欠のものである
金曜日には香水とシワークを
金曜日の説教は注意深く傾聴すること
金曜日には特別に(幸運な)時がある
金曜日の徳
この民族が金曜日に導かれた理由
金曜礼拝の恩恵に関して
説教に傾聴する者の徳
金曜礼拝の時刻に関して
金曜礼拝の説教間の着座について
クルアーン第62章11節について
金曜礼拝の放棄に対する警告
礼拝と説教の軽減について
説教が始ってからモスクに来た者は
説教中の教育に関するハディース
金曜礼拝で朗誦するもの
金曜日に朗誦する章句
金曜礼拝の後に行う礼拝について
第2巻 二祭礼の礼拝の書
二祭礼の礼拝の書
イードにおける婦人達の礼拝に関して
イードの礼拝とナフルの礼拝に関して
二つの祭礼の礼拝で朗誦するもの
イードの日々行っても良い競技について
第2巻 雨乞いの礼拝の書
雨乞いの礼拝の書
雨乞いの祈願は両手を上げる
雨乞いの祈願
風、曇天の日の憂いと降雨の喜び
サバーとダブールについて
第2巻 日食の書
日食の礼拝
日食時の礼拝と墳墓においての懲罰
預言者が日食時の礼拝で見た天国と地獄
預言者の四叩頭・八立礼について
日食の礼拝への呼び掛け
第2巻 葬儀の書
死者に対する唱道句について
災難事にいう言葉
病人や死者の側で口にする言葉
死者の目を閉じてから冥福を祈ること
死者の視線は己の魂を追う
死者に対して泣くことについて
病人を訪問すること
災難に出合った際に示す忍耐について
死者は家族が泣くことで苦しめられる
悲嘆への強い戒め
女性は葬列に加わることを禁止された
死者の清め
死者の経衣に関して
布で遺体を覆うこと
奥付
奥付

閉じる


ウェブ公開によせて

アッサラーム アライクム

 世界のムスリムが最も信頼するハディースのひとつ「サヒーフ ムスリム」が日本人イスラーム学徒の手により和訳され、1987年、日本サウディアラビア協会から出版された。その後2001年に同協会のご厚意により、当・日本ムスリム協会で再版する機会が与えられた。このハディース集は本邦初のアラビア語原典からの翻訳であることから、特に日本人のムスリムたち、イスラーム研究者たちの間で活用されてきた。この度、広くより多くの人たちに利用してもらうために日本ムスリム協会のホームページ上で一般公開することとした。
 預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)の言行録集であるハディースはアッラーの言葉を記した聖典「クルアーン」に次ぐ大切な書として、ムスリムにとっては生き方の指針となり、生活の規範となっているものである。したがってムスリムにとってはイスラームを理解し実行するために、また非ムスリムにとってはイスラームをより深く知るための文献として必須なものである。
 今日、世界に約14億のムスリムがいると言われ、イスラームは世界の政治、経済にも大きな影響を与えつつある。この公開ホームページを活用していただき、日本においてもイスラームへの理解と関心をより一層深めていただければと願っている。

2009年11月20日
イスラーム暦ズルヒッジャ月
日本ムスリム協会会長 徳増公明

1
最終更新日 : 2013-06-18 17:55:14

解説

1."ハディース"について

 本書は、イマーム・ムスリム・ビン・アル・バッジャージの著作『サヒーフ ムスリム』(ムスリム正伝集)の日本語訳(全三巻)である。本書は、イスラームの預言者ムハンマドに関するハディース(伝承)、すなわち、預言者の言葉、行為、また、黙認事項などの豊富な採録集であり、預言者の日常を詳細に記録したこれらのハディースを通じ、信徒らはイスラームの基本条項のみならず、預言者と共に生きた当時の教友ら(サハーバ)の生活の仕様に至るまで知り得る内容となっている。
 イスラーム以前から、アラブ部族間では先祖伝来の生活慣習を"スンナ"と称して遵奉する傾向があったが、イスラーム以降には、預言者ムハンマドの言動が全信徒の日常生活や信仰の有り様を示す規範とみなされ、いわば、新しい"スンナ"としての位置を占めることになった。そして、この預言者のスンナに関する知識は、クルアーンの教義同様、全信徒の共有すべき知識、つまり、ハディースとして相互に伝達され遵守されるに至った。

 周知のように、クルアーンにおける啓示は信仰のみならず、信徒の生活全般にわたる広範な教説を含むものであるが、その具体的指導は預言者のスンナによって補足される必要があった。たとえば、礼拝や巡礼に関する言葉はクルアーンの中に何度も繰り返されているが、それらに伴う細かい規則についての言及はみられないので、信徒は預言者のスンナに倣って実際の形式を学ばねばならなかったのである。
 このように、預言者在世の頃からハディースは信徒の実生活上不可欠な知識であったわけで、そのため預言者自身も"相互にスンナを伝達し合うように"と教友らに指示されたといわれる。ただ、預言者在命中には、不明な問題が生じた時、人々は直接預言者に問いただすことができたので、ハディースは記憶や私的な記録として断片的に保存されただけで、組織的にまとめられることはなかった。預言者没後の四大カリフ時代以降、急速にイスラーム世界が拡大発展するに伴った幾多の新しい問題や状況に対処していく関係上、初めて権威ある参考指標としてのハディースに対する全般的知識の必要性が痛感されるようになったのである。そのため、遠く征服地や新開地などに分散した教友らをたずねて預言者に関するハディースを聴聞収集する者たちが現われだした。当時、マディーナは元より、マッカ、クーファ、バスラなどには比較的多くの教友やハディースに詳しい人々が居住していたこともあって、これらの町にはハディース学習を志す多くの学徒が参集したといわれる。ハディース聴聞のため遠隔地まで苦労を重ねて旅した人々の逸話は数多く知られている。これらの篤実な学徒の研鑽や"旅"を契機として幾多の貴重なハディースは保存され、また、各地方の信徒にも広く伝播されることになったのである。
 ともあれ、イスラーム世界各地に流伝するハディースの組織的編纂が試みられるのは、8世紀以降のことであり、散逸したとはいえヒジャーズのアブドル・マーリク(767没)、クーフアのスフヤーン・サウリー(777没)などにより、先駆的な小ハディース集が編纂されたことが知られている。
 現存する初期の重要なハディース集は、イマーム・マーリク(795没)による『ムワッタア集』であるが、内容はハディースを題目毎に整理し、法律事典的要素を備えた体裁となっている。なお、このように題目毎に分類して編纂する方式はムサンナフ型と呼ばれ、後代のハディース編纂様式の主流となったものであるが、このムサンナフ形式に対し、ハディースを最初の伝承者の名の下に一括して記述する形式をとるものもあり、ムスナド型と呼ばれている。ムスナド型の著名なハディース集には、イマーム・アフマド・ビン・ハンバル(855没)による『ムスナド集』がある。
 後代、正伝の名を冠せられた六書は、いずれもムサンナフ形式を採るもので、小項目や簡単な説明が編者自身によって付されたものもあり、いずれも参照に便利な体裁になっている。なお六書、すなわち、六正伝集とは、ブハーリー(870没)、ムスリム(875没)の両"サヒーフ集"に加えてイブン・マージャ(886没)、アブー・ダウード(888,9没)、ティルミズィー(892没)、ナサーイー(915没)らの四『スンナ集』の総称である。
 ハディース編纂は、これら六書に終わったわけではなく、その後も数世紀にわたって継続的に行われ、バイハキー(1063没)、スニーティー(1505没)などによる著名な集録も編まれている。また、イスナード(伝承者経路)を最初の語り手以外は全部省略し、マトン(本文)のみを記述する簡単な形式のハディース集も編纂されている。
 ブハーリーやムスリムの両"サヒーフ集"は、内容の多様さ、また、採録に当っての真偽批判基準の厳格さによって、もっとも信頼できるハディース集としての声価を得たものであるが、この真偽についての検討はイスナードとマトンの両面から為されるのが通常であった。イスナード、すわち、伝承者の経路についての検討とは"AはBより聞き、BはCより伝えられた"という形式で、正しく最初の語り手に遡源できるかどうかについての調査を意味するが、この場合、各伝承者の知的能力、信頼度、年齢、居住地域、更には、本文を伝える伝承者経路の数も吟味された。マトンすなわち、伝承本文の検討においては、イスラームの教義に反していないか、特定の党派への偏向はみられないか、歴史事実に即しているか、などと共にアラビア語表現上の品性までも詮索されている。これらの検討を受けたハディースは全て、サヒーフ(確実なもの)、ハサン(妥当性をもつもの)、ダイーフ(典拠薄弱なもの)など三段階に分類された。ブハーリーやムスリムは、彼らなりの判定基準で、確実なハディースのみを採録したとの見解から"サヒーフ集"の名を冠したのである。
 ハディースが法学上ではクルアーンに含まれる規定を補足する権威ある源泉であり、イスラーム初期の歴史研究上重要な文献となっていることは再言するまでもないが、信徒にとってはなによりもこれらの存在は、信仰への理解と預言者像への親近感を促進する大きな要素となっている。


2.著者ムスリムについて

 『サヒーフ ムスリム』の著者イマーム・ムスリムは正確には、アブー・アル・フサイン・ムスリム・ビン・アル・バッジャージ・アル・クシャイリー・アン・ナイサーブーリー(817/21~875)と呼ばれる。イランのナイサーブール(二ーシャープール)で生れ、死後もその郊外のナスラーバードに埋葬された。四大カリフ時代、枢要な地位を占めた先祖をもつ名家の出身とも伝えられるが、詳しくはわかっていない。15才頃よりハディース学習を志し、広くアラビア、エジプト、シリア、イラクなどを旅行してイスハーク・ビン・ラフワィヒ、アフマド・ビン・ハンバル、クタイブ・ビン・サイードなど当時の秀れた伝承学者に学んだ。イマーム・ブハーリーとも親交があり、終生、ブハーリーのハディースに関する学識を尊敬してやまなかったといわれる。
 なお、イマーム・ムスリムは生涯に約30万のハディースを収集したと伝えられる。そのうちサヒーフ集に収められたハディースの総数は、話題別に分類した場合、3,000余であるが、伝承者経路(イスナード)の数で計算した場合には、この2倍以上の数量に達するといわれる。このサヒーフ集以外にも、彼の著作や論稿は20数種もあり、その大半はハディースに関連したものである。なおまた、彼には多くの弟子がおり、なかにはアブー・ハーテム・ラーズィー、ムーサー・ビン・ハールーン、それに『スンナ集』の編者ティルミズィーら著名人の名がみられる。
 イマーム・ムスリムのサヒーフ集の特色はイマーム・ブハーリーの収録と異なり、大題目以外には、小題目、解説の類が一切付されてない点である。現在ほとんどのテキストに大題目区分として"キターブ(…書)"、内容を説明した小題目区分としての"バーブ"がみられるが、この小題目区分は後代の注釈者の筆によるもので、イマーム・ムスリム自身が付記したわけではない。第二の特色としては、イスナードおよびマトンの記述が厳密で、人物名や表現用語上の差異に関してこまごまとした指摘がみられる点が挙げられる。
本文は、信仰、礼拝、婚姻、商取引、遺産、戦争、神学、終末、注釈論など、今回我々のテキストとした『サヒーフ ムスリム』では、56書(キターブ)に分けられ多様な内容となっている。
 なお、このサヒーフ集の注釈書としては、イマーム・アン・ナワウィー(1277没)による『シャルフ サヒーフ ムスリム』が有名である。


3.翻訳について

 本書のアラビア語テキストとしては、エジプトの碩学ムハンマド・フアード・アブドル・バーキー校訂の『Sahih Muslim Lil-Imami Abil-Hussain Muslim』(カイロ1955年刊初版本)を訳出原本とし、かつイマーム・アン・ナワウィーの注釈付『Sahih Muslim bi-Sharhi An-Nawawi』(カイロ1929年刊)にあるハディース本文を併用した。テキスト前部には、ハディース全般に関する解題や説話の紹介が記されているが、本書ではそれらは省略され、訳出は、"信仰の書(キタ.ーブル・イマーン)"以降より始められた。

 訳出に関しては、以下の諸点についても予め断っておきたい。

a)第一巻の翻訳は3名が分担し、人物名や地名など頻出度の多い事項の表記に関しては統一を図った。文体やいちいちの用語法は訳者それぞれのスタイルに一任された。

b)イスナード(伝承者経路)に現れる人物名を逐一列記するのは煩雑すぎるため、最初の語り手以外は省略された。この方式は、Muhammad Al-Husain Al-Baghawi(1122没)の『Masabih As-Sunna』およびこれに若干の変更を加えて、1336年頃改題、再版された『Mishkat Al-Masabih』やイマーム・アン・ナワウィー(前出)による『Riyad As-Salihin』に倣ったものである。

c)預言者、アッラーのみ使い、ムハンマドといった呼称には必ず"アッラーの加護と平安を!(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラマ!)"という祈願の言葉を付すのが伝統的慣習であるが、頻度があまりに多すぎるため、訳出は省略せざるを得なかった。教友らに関する祈願についても同様である。

d)マトン(本文)表現用語の差異については、前述したように、極めて厳密な指摘がみられるが、訳語上の限界もあり、訳者それぞれの判断によって簡略化されたり、補足説明が加えられた場合がある。

e)前述したように、テキストの小題目(バーブ)は著者イマーム・ムスリム自身の筆によるものではなく、後代の注釈者らによって書き加えられたものである。それ故、これも訳者の判断で内容中心に簡略化されたところがある。

f)会話体の多いハディースでは、内容を変更しない限り、必ずしも直訳形式をとらぬ場合があった。また、理解を容易にするため、テキストにない状況説明を付加したところもある。

9)訳出に当っては、前述したイマーム・アン・ナワウィーの注釈書『Sharh As-Sahih Muslim』およびAbdul-Hamid Siddiqiによる英訳『Sahih Muslim』(Lahore 1973)を参照した。なお、クルアーンについては『聖クルアーン』(日本ムスリム協会昭和58年版)を参考にした。

h)テキスト全体は、三分冊で出版されるが、第一巻においては"信仰の書"、"斎戒の書"および"ハイドの書"を磯崎定基、"礼拝の書"および"モスクと礼拝場所の書"の大半を飯森嘉助、残りの"礼拝の機会を失した時の償い"以降"旅行者の礼拝の書"までを小笠原良治が担当した。

 クルアーンの日本語訳がすでに数種も存在する現今、イスラーム理解を一層深めるためには、権威あるハディース集の翻訳紹介が急務であるとの見解から、イマーム・ムスリムの"サヒーフ集"がその対象に選ばれたのであるが、訳業が実際に進められだしたのは1984年の夏頃からであった。爾来、非力を嘆じながらも、本業の傍ら、担当者はそれぞれ翻訳に苦心してきたのであるが、語学や表現上の未熟さ故に思わぬ誤りを犯しているかとも省みている。ささやかな我々の努力による本書が日本におけるイスラーム理解にいささかなりとも貢献できることを願うと共に、将来、これを轍としてより一層完全なハディース翻訳書が数多く紹介されることを心より期待したい。
 なお、この翻訳は、日本サウディアラビア協会の浜田明夫氏、富塚俊夫氏、武藤英臣氏らの推(車篇に免)と全面的な協力によって進められた。また、和久井生一氏には翻訳文体の全般的調整をお願いした。ここに記して感謝申し上げたい。

1987年1月


2
最終更新日 : 2013-09-26 17:17:31

イマーン(信仰)に関して

イマーン(信仰)に関して

1巻 P.27-31


ヤヒヤー・ビン・ヤアマルはこう伝えている。

バスラで初めてカダル(天命)について語ったのは、マーバド・ジュファニーであった。
私とフマイド・ビン・アブドル・ラフマーン・ヒムヤリーはハッジ(大巡礼)及びウムラ(小巡礼)に出かけたが、その折、私たちは、もしもアッラーのみ使いの教友たち(アスハーブ)の誰かにマッカで会うことができたら、カダル(天命)についてどのように考えるのか聞きたいものだと話し合っていた。
私たちは、たまたまモスクに入ろうとしていたアブドッラー・ビン・ウマル・ビン・ハッターブに出会った。
そこで私たちは取り囲むように彼の左右に立って-同僚が私に質問をまかせているようなので-私が代表して彼に次のように問いかけた。
「私たちのところに聖クルアーンを読みハディースについての知識も深い人々がやってきて、様々に体験談を語ってくれた。彼らはその話の中で、カダルつまり予め定められた天命など有りえないと語っていた」
アブドッラーはこれに対し次のように答えた。
「そのような者たちにまた会う機会があれば告げるがよい。私は彼らの見解に同意できない。私にとって彼らは全く無縁の輩にすぎないと」
アブドッラー・ビン・ウマルは次のようにも述べた。
「アッラーに誓って申すが、そのような者がたとえ、ウフド山にも匹敵するほどの黄金を持ち、それを善行のために使ったとしても、カダルを信じない限りアッラーは喜び給わぬだろう」
アブドッラーは更に以下の話も語ってくれた。
「私の父ウマル・ビン・ハッターブはこう話していた。
私がアッラーのみ使いのところにいた或る日、純白な衣服を着、真黒の髪をした一人の男が突然現われた。
どこか遠くから旅してきた様子ではなかったが、我々の誰一人として彼について知る者はいなかった。
彼は預言者の側に膝を組み、手のひらを太腿の上において座り、次のようにいった。
『ムハンマドよ。イスラームについて述べてみよ』。
アッラーのみ使いは答えた『イスラームとはアッラーの他に神はなく、ムハンマドはアッラーの御使いであると証言し、サラート(礼拝)を行い、ザカート(喜捨)を供し、ラマダーン月には断食し、旅の資金に支障がない限り、アッラーの館(カーバ神殿)に巡礼することです』。
その男はこれに対し『あなたの言葉は正しい』といった。
この事に関して、父ウマル・ビン・ハッターブは『彼がそのような質問をし、またその答えが真実であると確信したことに驚いた』と語っていた。
その男は更に、『イマーン(信仰)について告げよ』ともいったが、み使いははこれに対し、『アッラー、その天使たち、経典類、使徒たち、審判の日についての信仰、善悪に対するカダルを信ずることです』と述べた。
その男は、この答えを『正しい』といい、更にまた『イフサーン(善行)について述べよ』と問うた。
み使いはこれに対しても『あたかも目前に座すかのようにアッラーを崇めることです。あなたにアッラーのお姿を拝することができなくても、アッラーはあなたをみておいでになるからです』と答えた。
彼は更に『週末の時期について述べるように』といったが、み使いは『おたずねになる方以上に、私がこれに関して存じているわけではありません』といわれた。
その男はまた、『審判の日の近づく兆候について語れ』とも述べたが、これに対し、み使いは、『その時期になると、奴隷女が女主人を生み、裸足で衣服もまとわぬ羊飼いの者らが競い合って豪華な住いを建てることでしょう』といわれた。
その後この人物は立ち去った。
私はしばらくの間、そこにとどまっていたが、この時、み使いは『ウマルよ、あの質問者が誰であるか知っていますか』といわれた。
私が『アッラーとアッラーのみ使いのみが最も良くご存知でありましょう』と答えるとみ使いは『あの方は天使ジブリールです。あなたたちに信仰について教えるため、ここにこられたのです』といわれた」
ヤヒヤー・ビン・ヤアマルは、別の伝承者経路で次のように伝えている
「マーバドがカダルの問題について語ったが、私たちはその見解に賛同しなかった」
なお、この伝承者経路の口述者の一人カフマスの伝えるハディースには、前記内容とやや異なった表現がみられる。
ヤヒヤー・ビン・ヤアマル及びフマイド・ビン・アブドル・ラフマーンは別の伝承者経路でこう伝えている
「私たちはアブドッラー・ビン・ウマルに会いカダルやそれに関連する事柄について話し合った。アブドッラーは預言者についてウマルの語ったハディースを私たちに伝えてくれた」
なお、このハディースの後半には、前記とはやや異なった表現が使われている。
前記と同内容のハディースは、父ウマルから聞いたイブン・ウマルによっても別の伝承者経路で伝えられている

アブー・フライラは伝えている
アッラーのみ使いが人々と一緒におられた或る日のこと、一人の男がそこに来てこういった。
「アッラーのみ使いよ、イマーンとはなんですか」
これに対しみ使いは、「アッラーとその天使たち、経典類、最後の審判の日にアッラーにお会いすること、その使徒ら、そして来世における復活を信仰することです」と答えた。
彼は更に「アッラーのみ使いよ、イスラームとはなんですか」と問うた。
み使いはこれに対し次のように答えた。
「イスラームとは、アッラーのみを崇拝し、アッラー以外のいかなるものをも拝さぬこと、義務として課せられる礼拝を行い、定めのザカートを提供し、ラマダーン月の断食を守ることを意味します」
質問者は更に続けて、「アッラーのみ使いよ、善行(イフサーン)とは、どのようなことですか」と問うた。
み使いは以下のように答えた。
「アッラーをあたかもあなたの目前に座すかのように崇拝することです。
たとえあなたがアッラーをみることができなくてもアッラーはあなたをみておられるのです」
彼はまた「アッラーのみ使いよ、最後の審判の時は、いつであろうか」と問うたが、み使いは次のように答えた
「たずねられる者が、おたずねになる方以上にそれに関して知っているわけではありません。
しかしながら、私はその時の兆候の幾つかを申し上げます。
その時期が近づくと奴隷女が、成長してから自分の主人となる子供を生み、また裸体で靴もはかぬ者らが人々を支配するようになるのです。
こういう類の事柄が終末期の兆候です。
更にその時、黒羊を飼う牧童らは大きな建物を競い合って建てますが、それもアッラー以外は誰も知り得ぬ五つの兆候の中の一つです」
このあと、み使いはクルアーンの聖句をお誦みになった。
「アッラー、本当にかれだけが、審判の時を知っておられる。
かれは雨を降らせられる。
また胎内にあるものを知っておられる。
だが人間は誰も明日自分が何を稼ぐかを知らず、誰も何処で死ぬかを知らない。
本当にアッラーは全知にして凡てに通暁される御方であられる」(クルアーン第31章34節)
この後、その方は立ち去った。
み使いが「あの方を私の所につれ戻すように」といわれたので、教友たちは急いで探しまわったが見つけることはできなかった。
み使いは、この折、「あの方は、人々に信仰について教えるため来られたジブリールなのです」といわれた。
前記のハディースは、ムハンマド・ビン・アブドッラーにより別の伝承者経路でも伝えられるが、「奴隷女が将来その主人(ラッブ)となる子供を生む」という表現には“ラッブ”にかわり“バアル”(主人・所有者)という言葉が用いられている。

アブー・フライラはこう伝えている
アッラーのみ使いは「信仰の問題を私にたずねるように」と述べられたが、(み使いを畏敬するあまり)教友たちの誰一人として、質問する者はいなかった。
とかくする中に、一人の男がそこに来、み使いの膝近くに座っていった「アッラーのみ使いよ、イスラームとはなんですか」。
これに対しみ使いは答えた「いかなるものをもアッラーと同等とせず、礼拝を行い、ザカートを供し、ラマダーン月の断食の定めを守ることです」。
その男は「あなたの言葉は正しい」と述べ、更に「アッラーのみ使いよ、信仰とはなんですか」とたずねた。
み使いはいわれた「それはアッラーとその天使たち、その経典類、アッラーにお会いすること、その使徒たち、更に復活と天命(カダル)を心から信仰することです」
その男はまた「アッラーのみ使いよ、イフサーン(善行)とはなんですか」とも問うた。
これに対し、み使いは「イフサーンとはアッラーをあたかもあなたの目前にみるかのように恐れ尊むことです。
あなたにアッラーを見ることはできないが、アッラーはあなたをいつも見ておられるのです」と答えられた。
その男は、「あなたの言葉は正しい」と述べ、更に「審判の時はいつですか」とたずねた。
み使いは「これに関しては、質問する方がされる者よりもよく御存知でありましょう。
しかしながら、その兆候の幾つかを述べるとすれば、奴隷女が将来自分の主人となる子供を出生するのを見るのも兆候の一つですし、裸足で衣服も着けぬ盲目の聾唖者ら(無知で愚かな人々)が地上の支配者になるのを見るのも兆候の一つです。
更に黒羊を飼う牧童らが豪華な建物を競い合って造るのも兆候の一つです。
審判の時は、アッラー以外に知り得ない、我らには知ることのできぬ五つの事項中の一つなのです」と述べ、次いで次の聖句をお唱えになった。
「アッラー、本当にかれだけが審判の時を知っておられる。
かれは、雨を降らせられる。また胎内にあるものをも知っておられる。
だが、人間は誰も明日自分が何を稼ぐかを知らず、誰も何処で死ぬかを知らない。
本当にアッラーは全知にして凡てに通暁される御方であられる」(クルアーン第31章34節)
その男は立ち上がり去って行った。
み使いが「あの方を私の処につれ戻すように」といわれたので、人々はすぐ彼を捜したが発見できなかった。
み使いはこの折、「あの方は、ジブリール様です。あなたたちが私に質問しなかったので、信仰についてあなたたちに教えようとしたのです」といわれた。


3
最終更新日 : 2013-09-26 17:56:55

礼拝について

礼拝について

1巻 P.31-32


タルハ・ビン・ウバイドッラーは伝えている
ざんばら髪の、ネジド出身の一人の男がアッラーのみ使いの処にやってきた。
私たちは、初め彼(の声)が一体何をいっているのか理解できなかったが、彼がみ使いに近づくに及んで、ようやく、イスラームについてたずねていることを知ることができたのだった。
この折、み使いは彼にむかって、「昼と夜の間に五度の礼拝をすることです」と説明された。
これに対し彼は「それ以外にも礼拝しなければならないのですか」とたずねたが、み使いは、「いや、必要ない。ただし、任意に礼拝するのは構わない」といわれた。
み使いは断食とザカートについても彼に説明された。
彼は「規定以外には行う必要はありませんか」とたずねたが、み使いは「いや、その必要はない。ただし自発的な敬神行為であれば構わない」と答えられた。
この男は立ち去る時、「アッラーに誓って。私は定められた通りにやるつもりです」と述べた。
み使いは、これに対し「もし彼が今の言葉通りに行えば大変結構なことです」といわれた。
タルハ・ビン・ウバイドッラーによる前記と同内容のハディースは、マーリク・ビン・アナスによっても伝えられるが、アッラーのみ使いの言葉に表現上多少の差異がみられる。
マーリクの伝承には、アッラーのみ使いは「あの男の父親に誓っていうが、彼がその言葉通りに行うなら大変結構なことだ」
または、「彼の父親に誓っていうが、誓い通りに行うならば彼は天国に入ることができるだろう」といわれた と記されている。


4
最終更新日 : 2013-09-26 17:57:48

アッラーへの信仰に関して

アッラーへの信仰に関して

1巻 P.32-34


アナス・ビン・マーリクは伝えている
私たちは、アッラーのみ使いに特に必要ない限り質問することを禁じられていた。
それ故砂漠の住民の誰か賢明な男がみ使いの処に来て、質疑するのを私たちは喜び、それを拝聴したのだった。
或る時、砂漠から一人の男がみ使いの処に来て、「ムハンマド様、あなたの使いが私たちの処にき、アッラーがあなたを預言者としてお遣わしになったというあなたのお言葉を私たちに語っていました」と告げた。
み使いはこれに対し「彼の言う通りです」といわれた。
するとその男は「だれが天を創造されたのですか」と質問した。
み使いはこれに対し「アッラーです」とお答えになった。
その男は更に「だれが地上を創造されたのですか」と問うたが、み使いは「アッラーです」とお答えになった。
その男はまた「だれがこれらの山々を高くし、そこにある様々なものを造ったのですか」ともたずねたが、み使いはそれにも「アッラーです」と答えられた。
これに対しその男はいった「天と地を造り、そこに高い山々を置かれた御方に誓って申しますが、(その御方)アッラーがあなたをお遣わしになったのですか」み使いは「そうです」と答えられた。
その男は更にまたいった「あなたの使いの方々は、夜と昼の間に五度の礼拝を行うようにと私たちに教えました」。
み使いはこれにも「彼のいう通りです」と答えられた。
その男はいった「あなたを遣わされた御方に誓って申しますが、その礼拝を命じたのは、アッラーですか」み使いは「そうです」と答えられた。
その男は続けていった「あなたの使いの方々は、私たちの財産に対し、ザカートの義務が課せられると告げました」み使いはこれにも「彼の言葉通りです」とお答えになった。
その男はまたいった「あなたを預言者として遣わされた御方に誓っておたずねしますが、そのザカートについてあなたに命じたのは、アッラーですか」。
み使いは「そうです」とお答えになった。
その男は更にいった「あなたの使いは、毎年ラマダーン月に断食することが私たちの義務であると告げました」。
み使いはこれにも「彼の言葉は正しい」と答えられた。
その男はいった「あなたを預言者として遣わされた御方に誓ってお聞きしますが、それを命じられたのはアッラーですか」。
み使いは「そうです」と答えられた。
その男はいった「あなたの使いは(カーバの)館への巡礼(ハッジ)が、そこまで旅することが可能な者にとって義務であると私たちに説きました」。
み使いは「彼のいう通りです」とお答えになった。
その男は立ち去る時こう述べた「真理をあなたに授けられた御方アッラーに誓って申しますが、私はこれらのことを一切付加することも省略することもなく定めの通り遵守します」。
預言者はこれに対し「もしも彼がその言葉通り行ったとしたら、彼は天国に入れるであろう」といわれた。
サービトによると、アナスは次のように伝えている
「私たちがアッラーのみ使いにあれこれ質問することは、クルアーンによって禁じられていた」
このあとアナスは前記と同内容のハディースを語った。


5
最終更新日 : 2013-09-26 18:04:31


読者登録

日本ムスリム協会さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について