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気がつくと、いつもユーチューブを観ていた。

 

残り時間を示す赤いバーが伸びていく。

バーがどんどん進んで動画が終わりに近づくと、ぼくは決まって別の動画に飛ぶ。もはや習慣になっていた。

 

「いまの生活に不満はないさ。ないけどさ」


いつもここで言葉がつまる。単なるつぶやきなのに。だから結局、そこで送信してしまう。そして拡散。自分でも意味不明なつぶやきなのに誰かのお気に入りに登録されてしまう、この気持ちにはまだ名前が付けられていないらしい。検索しても見当たらないから。

 

衣食住が満たされれば人間は幸せなのか?

その問いは、真夏のアスファルトの上で溶けていく子供の落としたソフトクリームだ。土から這いでた蟻が群がる、踏みつぶされて泥にまじる、雨に濯がれる。あとに何も残らない。ただ甘味の記憶だけはしぶとく舌に残っていて、しばらくは忘れられない……何も的を得ていないことを言ってしまった。削除。

 

ぼくらは衣食住で満足。むしろ満足しなければならない、というべきか。この時代においては(とはいえ、〇〇時代という名前はまだ付けられてはいない。検索結果)。要するに恋愛はよくばりなのかもしれない。

 

丁寧にビニール袋に包んでおいたチケット。それを鞄から取りだして、ぼくは劇場の入り口に並んだ。

皆、「彼女たち」と会える今日を心待ちにしていた。顔に見覚えがある連中ばかりで、先週もこうして会いにきているのは間違いない。


ぼくらにとって一週間はあまりに長い。

ただ、それが「待つ日々」であるなら、どんな地獄であっても耐えられる。

 

ステージが暗転した。一瞬の静寂のあと、兵隊のような足音がきこえた。

照明、音楽が降ってくる。ぼくの知らないあの子たちと、ぼくの知っているこの子たちがいま、あきらかにそこにいた。

 

 

あの山をこえたい子、

このかなしみに加わりたい子、

あの川をわたっていく子、

この区から飛びだしたい子、

あの人にふさわしい子、

この歌にふさわしくない子、

あの日の子、

この頃休みがちな子、

あの嘘がないと保てなかった子、

この通りに仕上がった子、

「あのそばかすで負けてしまった」の子、

「このえくぼで勝てました」の子、

料理にはうるさい子、

お笑いにはうるさい子、、

うるさい子、

この母あってのこの子、

餌をやる係の子、

餌をやる係を決める子、

海にしずむ夕日を見て泣いた子、

そもそも海を知らない子、

「明日こそ」の子、

「どうせ明日も」の子、

早口ですべての想いを伝える子、

沈黙こそが真実の子、

好きなものと買いたいものの違いを知らない子、

大槻ケンヂの小説に出てくる子、

ビクトル・エリセの映画に出てくる子、

燃え朽ちる職場を眺める子、

黒焦げの子、

呪文づくりに夢中な子、

切り落としてしまった子、

ソフトビニール製の子、

四捨五入された子、

バナナをおやつに入れない子、

デスクトップの背景が決まらない子、

寝言がカタコトの子、

待ちくたびれた子、

リモコンが見つからない子、

ドブネズミみたいに美しくなりたい子、

死ぬまで「ぷよぷよ」しようと決めた子、

もう使えなくなった定期を捨てられない子、

ファブリーズに絶対の信頼を寄せる子、

「八ツ橋こそ世界一の食べ物」と豪語の子、

ブブカに載りがちな子、

時給七八〇円で納得する子、

おばあちゃん子、

正夢ばかり見る子、

真ん中で、ずっとぼくに笑いかけている子、

 

 


握手会のあと、念のためにポスターを買った。

一週間で耐えられなくなったときのために。彼女たちとぼくらは本当に、気持ちのいい雑種だろう。





この本の内容は以上です。


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