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ごあいさつ

映画レビュー集「映画に宛てたラブレター 2013•6月号」をお届けします。今月から、毎月1回、5日に発行を予定しております。当初は、パブーの連載機能を使ってみたのですが、当方の知識不足なのか、全くうまく使えませんでした。
本日2013年6月5日に一旦、本レビュー集の連載を始めたのですが、表紙が表示されない、クリックしても、本文に容易に辿り着けない、という不具合が発生致しました。
それでも、わざわざ、お読み頂いた方には、大変お手数と、ご迷惑をおかけ致しました。深く、感謝とお詫びを申し上げます。
そこで、内容をそのままに「読み切り本」として、6月号を急遽作ってみました。
ドタバタで始まった企画ではございますが、「ついさっき、観て来たばかり」のホットな作品レビューをお届けしたいと思っております。今後ともよろしくお願い申し上げます。
なお、私、天見谷行人は、Yahooブログにて「のぶりんブログ」というサイトも設けております。
http://blogs.yahoo.co.jp/mussesow
お気軽にご覧頂き、コメント等頂けると嬉しいです。

2013年6月5日 天見谷行人

天使の分け前

2013年5月16日鑑賞
*** 映画の香りを嗅ぎ分けてみよう***
ケン・ローチ監督の作品は一度でいいから、スクリーンで観たいと思っていた。
「エンジェル・シェア、天使の分け前」
きれいな言葉だ。
ウィスキーを樽で何年も熟成させると、毎年少しづつ蒸発してゆく。天使達が毎年少しずつ、神様へ酒の精、スピリッツを運んでゆく。(ウイスキーは、スピリッツ「魂」とも呼ばれる)
それはよいウィスキーを創るための神様への捧げ物。酒の神様への感謝の気持ちが「天使の分け前」という言葉を作ったのだろう。

本作は、そんな、ほんわかしたイメージとは程遠い現実の世界、それも人間世界の底辺で暮らす、世間からクズ扱いされている若者が主人公だ。
主人公ロビーは住所不定の無職の若者だ。
ちょいとした盗みや喧嘩は日常茶飯事。
そんな彼にもガールフレンドがいる。
その彼女に赤ちゃんができてしまった。
自分は犯罪を犯して、裁判所から社会奉仕、何百時間と言う判決まで受けている。
そんな彼をガールフレンドの父や親族が認めるはずもない。
どうすりゃいいんだ、と彼は悩む。
やっぱり自分の赤ちゃんはかわいい。
ロビーは社会奉仕活動に参加する。やり直してみようと思う。保護司ハリーの元で、建物のペンキ塗りなんかをやってみたりする。そこそこ、まじめに働く彼をみて、保護司ハリーは彼をウィスキー醸造所へ連れて行った。
ハリーはウィスキーの利き酒を趣味にしていたのだ。ためしにロビーはティスティングをやってみる。するとどうだろう、彼はとんでもなく敏感な嗅覚の持ち主である事がわかる。これには本人も保護司ハリーもビックリ。
やがて彼は、自分の優れた能力で、仕事がしてみたいと思う様になる。なにより愛する妻と子供のために、仕事をしなけりゃと思うのだ。

この作品、僕が見て感じたのは、酒というものは、やはりそれぞれの銘柄にそれぞれのドラマがあり、さらには酒はお国柄を表す象徴的な存在ということだ。まさに「スピリッツ」「魂」を感じる。
 この作品はイギリス映画と言う事になっているが、ご承知の通り、イギリスと言うのは、イングランドや、北アイルランド、ウェールズ、スコットランドという「ランド」同士が集まってできた連合王国である。昔、お互いが血で血を争う様な戦さをやってきた仲なのだ。
 スクリーンを見ていると、登場人物がしゃべる言葉が、イングランドで話される言葉でないことに気づく人も多いだろう。
その土地で話されるお里の言葉なのである。
その土地を愛し、その土地で取れた材料で酒を作る。
人々は祈りを捧げ、酒の神が降りてくれるよう願う。
僕は最近気になっている事がある。
人と、モノと、価値の関係である。
まさに神が舞い降りたと思われるウィスキーの樽。その珍しい貴重な逸品ウィスキーのオークションシーンがある。
みるみる値がつり上がってゆく。ただの酒に、どうして百万ポンドなどという、とんでもない値段、価値をつけるのか?
日 本の落語に「はてなの茶碗」というのがある。ある油売り屋が手に入れた茶碗。それは傷もヒビもないのに、なぜか水がポタリ、ポタリと漏れる。いわば欠陥商 品である。珍しいこの茶碗は、やがて日本一の茶道具屋の手に渡り、お公家さんの間で評判になり、そしてついに、時の天皇の手に染まり、それを豪商が千両と いう値段で買い取ろうとするお話だ。
元を正せば水の漏る「欠陥品」「不良品」なのだ。
それに千両の値打ちがつく。
いったい価値とはそもそも何なのだろう?
今も僕は手探りで自分なりの答えを探そうと、もがき続けている。
人間だって同じだ。
ゴミダメの中にいた本作の主人公。
その並み外れた嗅覚能力は、その才能が活かされるステージに出れば、立派に価値ある人材と認められる。
ところが、
「本物かニセモノかなんて、だれも分かりゃしないさ」
オークションの前日の夜、貴重な樽の所有者と、別の醸造所の経営者がこっそり密談する場面がある。
「うちの樽※※個と交換しないか? 悪い取り引きじゃないさ」
物の値打ちを弄ぼうとするのも人間だ。
価値の問題や善悪の基準というもの。
それに連合王国で有るイギリスと言う国の特殊性、お国柄など、本作はまさに、芳醇なウィスキーを感じさせるように、複雑で豊かな香りが漂う。
映画の解釈と言うティスティングは、我々観る側の映画の嗅覚を試されているかのようだ。あなたは本作にどんな香りを見つけるだろうか?
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ
監督   ケン•ローチ
主演   ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショウ
製作   2012年 イギリス、フランス、
                  ベルギー、イタリア
上映時間 101分
予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=ujwZkTSDCFc


ザ・マスター

2013年5月13日鑑賞
***彼こそ我が全て、でいいの?***
フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が見たくて映画館に足を運んだ。今回彼が演ずるのは、心理療法家であり、哲学者であり科学者でもあると言う、ちょっと怪しいカルト集団の中心人物。
なお本作の主人公は彼ではない。その心理療法家に心酔してしまう男フレディ(ホアキン・フェニックス)が主人公である。

フレディは第二次大戦に従軍した。そして心にキズを負った。そのキズが癒える事なく復員。やがて彼は写真技師として仕事を始める。高級デパートの一角で来場客相手に
「はい、撮りますよ、笑って〜」
パシャッとシャッターを切る。
愛想笑いも振りまく。そこまではいいのだ。
だがどうにも肌に合わない客がいた。客には何も落ち度がない。ただ彼の方が一方的に、客に敵意を持ったのだ。
フレディは客をいたぶり、いじめた挙げ句、大げんかとなる。デパート内は大混乱。当然、出入り禁止となり職を失う。
他に色んな仕事をやってもみても、うまく他人と関われない。そんな時、たまたま心理療法セミナーを開いていたマスターと呼ばれる男に彼は出会う。
マスターは被験者をソファに寝かせ、いわゆる前世療法を施す。マスターは本も書いている。
これは結構売れていて話題になった。新聞記者も取材にやってくる。
「これは科学的じゃないと思いませんか? カルトじゃないですか?」
との質問に笑顔でサラリ、とはぐらかしてみせるマスター。
彼の取り巻きはそんなに多くない。家族とごく少数の仲間達である。
決して大きな教団等ではない。
この作品は、主人公の眼からマスターを見る視点でつくられている。
マスターはあくまで紳士的だ。
決して強引に組織を大きくしようとはしない。
慈善事業のようにも見え、そのくせ富裕層との付き合いも大切にして、そのポケットから、さりげなく収入を得ているようだ。
このあたりの描き方がケレン味がなく、じつにうまい。
マスターの心の舞台裏、本音の部分を映画は敢えて見せようとはしない。
だからよけいミステリアスだ。
そこにこそ、マスターが人を惹き付ける魅力が隠されている。主人公はやがて「この人となら、どこまででもついて行く」ぐらいの気持ちになってくる。そしてマスターを独占したい様な衝動に駆られてゆく。

男が男に惚れるのは、本当にタチが悪い。
それはかつてオウム真理教の麻原の言葉に、多くの若者が心酔した図式に似ている。
オウムの若者達にとって、教祖麻原から声をかけてもらえた、ホーリーネームをもらった、教団内での位が上がった、なんて事になったら、それこそ羨望と嫉妬の的だ。
まるでオンライン・ネットゲームで、キャラクターの名前に変身し、どんどんレベルを上げてゆく、その感覚。
このゲームだけは他人に負けない、負けたくない、他人から認められたい、他人に自慢したい。
このゲームだけが自分の全てなのだ。
あまりにも世間知らずの、平凡で、いい子で、人を疑う事を知らない、素直な人ほど、こういうカルトにのめり込んでしまうのだろう。
主人公フレディの安らげる、唯一の心の置き所は、マスターの存在そのものだったのだろう。
もちろん僕は思想、信条、宗教の自由は大切だと思う。日本国憲法はそれを認めている。
大切なのは、他人の考え方や、信じる事、価値基準が、それぞれ違う事を認める「懐の広さ」を持つ事だと思う。
違う大義で生きている人達もいるという事だ。
違う大義が衝突すると悲劇が生まれる事を、我々は既に体験している。
そこから何を学ぶのかである。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
映像 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆
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作品データ
監督   ポール・トーマス•アンダーソン
主演   ホアキン•フェニックス、
     フィリップ•シーモア•ホフマン
製作   2012年 アメリカ
上映時間 138分 
 予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=HVOWSsgtz4k


図書館戦争

2013年5月13日鑑賞
***発令する、図書館を死守せよ!***
命がけで本を書く人は多くいる。命を削るようにして本を書く。
たとえ売れない、一般受けしない、とおもえても、書くべきだと判断すれば作品を書く。本当の作家とはそういう人たちだ、と僕は思う。
では命がけで本を守る人はいるだろうか?
僕は紙の本が好きだ。
今や電子書籍が当たり前になった。
もちろん僕も電子書籍は利用している。
読むだけではなく、自分で雑文を作り、電子書籍サイトで公開もしている。
「しかしなぁ」と思う。
やっぱり紙の本は特別なのだ。
一冊の本を手に取ってみる。
その表紙の手触り。ズシリとした重みは、まるで作者が込めた想いが伝わってくるようだ。
そして、ページをめくる時のかすかに感じる紙の香り。
正に紙の本は、それ自体が、人間の五感を刺激する、エキサイティングな芸術作品だと思う。
もちろん僕と同じように感じておられる方は多いと思う。

本作はそんな「紙の本」を愛して止まない人達のために、紙の本と図書館を守る人達を描く。
このお話は権力側が検閲を行い、読んではいけない本を決め付け、回収するという、いちおう架空の世界でのお話だ。
(もちろん歴史をひもとけば、日本だって検閲をバンバンやっていた。現在でも教科書検定は検閲ではないか?という議論はある)
検閲に引っかかった本を回収するためには、実力行使も辞さない。ドンパチだってやる。かなり過激な設定だ。
おもしろいのは、同じ国内でありながら、別の組織もあることだ。
図書と図書館を不当な弾圧から守る、図書館と読書の自由の番人。それが「図書隊」だ。
彼らは本を読む自由を守るために命を賭ける。「図書隊」も本を読む権利を守るためには武力行使も辞さない。
ただし条件がある。
「専守防衛」である。
敵が先に討って来ない限り反撃出来ないのだ。
フフフ……
まあ、明らかに自衛隊や、日本国憲法等をモチーフとしているのがわかる。
この作品、残念ながら脚本がイマイチだ。無駄でゆるいシチュエーションもあったりで、はっきり言って脇が甘いなぁ〜。


ヒロインの榮倉奈々が、やたらと上官に反抗したり、命令無視、越権行為をするのも言語道断でしょ?

このお話は有川浩さん原作。
この人はミリタリーオタクだと噂で聞く。ならば、この作品のよりどころとなる、自衛隊の行動規範等を守って、脚本作りをするべきだろう。
民間企業でもそうだが、自衛隊のような軍に準じる組織ならば(実質、自衛隊の規模、装備は明らかに軍隊である)上官の命令は神の声であり、絶対だ。
上官に意見具申したければ許可が必要である。
それを全く無視しているので、防衛組織としてのリアリティに欠け、ストーリーに締まりがないのだ。
仮に、あなたが「図書隊」の隊員だとしよう。
あなたは図書館を守りたい。
今、
まさに戦闘行動中だ。
しかし、上官の命令が気に食わない。そこであなたは自らの判断で、9m
m機関けん銃、通称「エムナイン」を手に、敵に華々しく突撃する。
その結果、無謀な突撃をしたあなたを守ろうと、他の同僚が死傷したらどうなるか?
誰が責任を取るのか?
実は「命令を下す」という行為は、部下の命を左右しかねない、極めて重い責務なのである。
だから命令した者はそれこそ「ハラキリ」覚悟で命令する。
全責任は「発令者」にあるのである。
映画も同じである。
「監督」は映画製作の全責任を負うのだ。その覚悟があるからこそ、自分より年齢も上で、大ベテランのキャメラマンや、照明、録音、美術、音楽等の熟練スタッフに「発令」し、無理難題が言えるのである。
さて、本作の見所は、やはり終盤、特務機関と図書隊との銃撃戦。そして、岡田准一氏のキレ味鋭いアクションシーンである。
ジャニーズ・タレントを舐めてはいけないのだ。実際、彼は数種の武術の免許をもっているそうで、このシーンは見逃せない。
この作品は、紙の本を命を賭けて守りたい。そんな本を愛する人達のために作られている。もちろん原作の有川浩氏も紙の本が大好きなのだろう。
未来ある子供たちに、素晴らしい紙の本を届けたい。そんな想いが一杯詰まったこの作品。その根っこに流れる「こころざし」の高さは、正当に評価されるべきだと僕は思う。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆
演出 ☆☆☆
映像 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
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作品データ
監督   佐藤信介
主演   岡田准一、榮倉奈々、石坂浩二
製作   2013年 
上映時間 128分 
 予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=UJpZfBH5M2k



くちづけ

2013年5月25日鑑賞
***マコは、うーやん、いっぽん、だいすきだよ***
悲劇であるのに、どこかユーモラス。重い内容なのに、どこか軽やか。
久々に味わいのある邦画を観たなぁ、と思える作品である。
物語りの舞台は、知的障害の人達が集まって住んでいるグループホーム。
ロケーションなし。
ほとんどのシーンが、ホームの中。
リビングでの会話で成り立っている、室内劇の形式だ。

邦画で室内劇の秀作といえば「今度は愛妻家」、アイドルの怪死をめぐるサスペンス喜劇「キサラギ」、それに三谷幸喜監督の「笑いの大学」などが思い浮かぶ。
本作の堤幸彦監督は「20世紀少年」をはじめとして、アクション映画がお得意と思われがちだが、渡辺謙主演の「明日の記憶」も手掛けた。ジックリとキャメラを据えて、人間ドラマを描ける監督さんでもある。
ヒロインのマコは貫地谷しほりが演じる。
僕は「スウィングガールズ」の時から彼女のファンである。朝の連ドラ「ちりとてちん」でその実力を見せつけた。
ぼくはかつて彼女の人物レビューに
「どんな過酷な環境でも確実にエンジンがかかる便利なスポーツカーである」と評した。
いつも感じるのだが、この人、周囲の期待を裏切らない。
どんな役でもこなして見せる。
脚本家や監督の狙った演技プランを、いともやすやすとやってのけてみせる。
だから、使いやすい「便利な女優」で片付けられてしまう恐れがあった。彼女の最大の長所が最大の弱点でもあった。
貫地谷しほりでしか演じられない、このキャスティングしかあり得ない、というところまで行き着くのか?
「ちりとてちん」はまさにそれだった。
 本作ではどうだろうか?
マコの父親は竹中直人が演じる。
「愛情いっぽん」というペンネームで、過去にヒット作も世に出した事のある漫画家である。だが今はマンガをやめてしまった。
妻とも死別し、知的障がいをもった娘マコを育てるために、自分の生活の大部分を費してしまっているのだ。今はチラシのイラストを描いて生活を支えている。
障害を抱えたマコを父親いっぽんは、色んな施設を渡り歩き、ようやく安住の地を見つける。そこがグループホーム「ひまわり荘」だった。
ある事情で、マコはいっぽん以外の男性を怖がる。
だが、このホームだけは違った。マコはこのホームに馴染んでゆく。それどころか、仲間の「うーやん」(宅間孝行)と結婚するとまで言い出すのだ。
映画の後半、いっぽん(竹中直人)とマコ(貫地谷しほり)が、二人でソファに座っているシーンが印象的でいいなぁ。
月明かりが二人を照らす。儚く淡いブルーの照明、まるでキタノブルーを思わせるシーンだ。
心の琴線に触れる、という言葉があるが、音楽もこの作品の重要な要素だ。
ハープのポロリ、ポロリと爪弾かれる音の粒は、とてもピュアで、作品が持っている彩りと雰囲気を、より高い次元に運んでくれる。

この作品を観ながら、僕はふと命の重さの事を想った。
それはぼくが五十代を超えたこと、数回も救急車のお世話になったこと、全身麻酔で二回手術台に横たわった事、そして亡き母の生存年齢を、すでに超えてしまったことによるのであろう。
考えてみよう。
蟻一匹と蚊一匹の命は、どちらが重いだろうか?
可愛いペットである猫一匹と、犬一匹の命はどちらが重いのか?
そして健常者と障害者の「いのち」は、どちらが「軽い」のか?
ぼくにはわからないのだ。
むしろ両者を天秤にかける行為、そのものが、神と呼ばれるこの世界の、原理原則に背いているとしか思えないのだ。
障害を持った人を看護すると言うお話では、ミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」がある。
正直ぼくは、あの重く悲しい作品を見るのが辛かった。あそこまで観客に、辛い思いを共有させる事は如何なものかと思った。
障害を持った年老いた妻を、これも年老いた夫が介護する、老老介護をケレン味なく描いた。淡々と描かれる悲劇は、重く苦しい。パルムドールに輝く作品であっても、僕は決していい映画作品とは思わない。
よほどこの「くちづけ」の方が、映画作品として洗練されている、と僕には思えるのだ。
この作品で知った事がある。刑務所に入っている服役者のうち、五人に一人が知的障害者だという事。
街中を大きなビニール袋を抱え、ヨロヨロ歩く薄汚れたホームレスの多くは、知的障がい者である事。
そして犯罪を犯したと見なされ、運悪く逮捕されてしまった知的障害者は、えん罪に陥れられる恐れが極めて高いことだ。
障害者を家族に抱えるということや、障害者の性、結婚、そして障害者の犯罪という極めてデリケートな内容を、作品として昇華させた宅間孝行の原作、脚本が光る。
哀しいけれど美しい、そして残酷であるのに軽やかさを感じさせるこの作品。
 初の主演でこのような難しい役どころを演じあげた貫地谷しほり、そして竹中直人にぼくは拍手を惜しまない。
なお 劇場でご覧になるときはハンカチをお忘れなく。
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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆
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作品データ
監督   堤幸彦
脚本   宅間孝行
主演   貫地谷しほり、竹中直人
製作   2013年
上映時間 123分
予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=LoBkAi0m4tI


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