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 高校二年生の鈴木君は、僕と同じクラスであり、僕の友達でもある。鈴木君は無表情で無口だ。女子生徒を惹きつけるような魅力はない。でも、悪いヤツではない。 良いヤツだ。
 そんな鈴木君は、実は学校で一番有名なのだ。鈴木君を知らない人はいない。 
 その理由は鈴木君の特殊な体質が原因である。 
 鈴木君はくしゃみをすると、増えるのだ。 
 アメーバなどの単細胞生物のように分裂し、そっくりそのままの鈴木君が誕生する。そのときに身に着けているものも、そのままの姿で生み出される。 
 鈴木君が言うには、彼は現在ニ十人くらいいるらしい。くしゃみがでそうになっても、できるだけ我慢するよう心がけていると言っていた。鈴木君の田舎はかなり大きな家らしく、そのニ十人ほどの鈴木君は仲良くその家で生活しているそうだ。 

 そして、事件は三月におきた。 
 世界を震撼させる大事件だ。 
 教室の中、僕たちはおとなしく授業を受けていた。 
 その静かな教室にくしゃみの音がした。鈴木君のくしゃみだ。我慢できなかったのか。みんなが注目する。鈴木君が二人。続けて、その二人の鈴木君が同時にくしゃみをする。鈴木君が四人。その四人の鈴木君がまた、同時にくしゃみをする。鈴木君が八人。まだまだ止まらない。鈴木君が十六人。鈴木君が三十二人。 
 鈴木君は花粉症になってしまったと、みんなが気づく頃には、教室の中は鈴木君でひしめきあっていた。通勤ラッシュの満員電車のようだ。 

 先生の一声で、僕たちはひとまず運動場へ避難することとなった。 
 移動の途中も鈴木君の増殖は止まらない。人でいっぱいの廊下は、前も後ろも見渡す限り鈴木君なのだ。 
 なんとか運動場にでて、鈴木くん以外のクラスメイトとも合流することができた。でも昇降口の方を振り返ると、大当たり中のパチンコ玉のように、たくさんの鈴木君が駆け出してくるのだ。こんなときでも彼は無表情だ。 
 運動場に避難すると言った先生の判断は、間違いだったかもしれない。今日は風がかなり強い。そして、運動場の風上では、杉とヒノキの木々たちが暴れている。あっという間に運動場は鈴木君で埋め尽くされてしまった。 

 もう、先生にも僕たちにもなすすべはなかった。くしゃみを繰り返す鈴木君は、どんどん学校の外まで溢れかえっている。どこもかしこも鈴木君でいっぱいだ。 
 無慈悲なクラスメイトたちが口々に言う。 
「鈴木の田舎でもこの人数は収容しきれないな」 
「地球の人口増加問題は大丈夫か?」 
「日本の少子化問題が解決するかもしれない」 
「大学受験の競争率が心配なんだが」 
「今はとにかく鈴木率が高すぎる」 
「鈴木警報発令だ」 

 あの時の、鈴木君の花粉症発症の日から三年が経ち、日本はすっかり変わってしまった。僕たちは二十歳になった。 
 今、日本の人口は十億人を超え、鈴木君がそのうちの約九割を占めているらしい。 
 国民投票も住民投票も、今年から鈴木君の意思一つだ。政治家は鈴木君好みの人にならざるを得ない。 
 鈴木君は広島東洋カープのファンであるため、カープは今や世界一の人気球団となった。 
 鈴木君の新たな趣味はSMクラブらしい。誰もが知っている。公表したくはないらしいが、鈴木君の嗜好は、世界中から注目を浴びるので仕方がない。

 今なお、鈴木君の爆発的な増加はとどまるところを知らない。今年も花粉が多いらしい。 
 僕はというと、今も鈴木君と友達である。 
 着信音が鳴った。鈴木君からメールが届いたようだ。 
 僕の携帯電話に何億もの電波が襲ってきた。


この本の内容は以上です。


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