閉じる


<<最初から読む

6 / 43ページ

試し読みできます

「失われた20年」で失ったものとは?

失われた20年の真実

「失われた20年」で失ったものとは?

 この「失われた20年」の間、日本が失った最大のものは何だろうか?私は、「志(Will)」と「知(Wisdom)」と考える。(本来、「知」は英語のKnowledgeがフィットするが、知性や知恵を包含して捉えると、Wisdomの方がピッタリする。)
 幕末の龍馬が生きた時代、日本は黒船の来襲を受け、今にも先進国の植民地にされそうな状況に置かれていた。しかし、龍馬をはじめ当時の若きリーダー達は日本を守るために、高い志をもって日本の将来のために命をかけた。西欧諸国との国力の差をまざまざと知らされた若者達は、積極果敢に海外に赴き、多くの優れた技術や社会システムを学び、日本にその知を持ち帰った。当時の日本はそれらをいち早く受け入れ、吸収し、それを創意工夫でさらに良くする基礎知識と知恵と実行力を備えていた。まさにその時代を担った先人達が熱い「Will」とそれを具現化する「Wisdom」を兼ね備えていたからこそ、瞬く間に急成長を成し遂げ西洋の列強と肩を並べることができたのである。

 この日本人の卓越したWillとWisdomは第二次大戦後における激動期にも日本人のDNAとしてまだしっかりと根付いていた。だからこそ、敗戦後の奇跡の復興を成し遂げることができたのだ。この時も、西欧、特に米国より民主主義をはじめ様々な仕組みや制度、技術を積極的に学びベンチャースピリットをもった企業家達は世界のトップを目指し、商社マン達は世界の各地へと率先して飛び回って行った。SONYやHONDAは国内よりむしろ先に海外で称賛を受け、その後日本に凱旋帰国した企業である。「SOGO-SHOSHA」という言葉はそのまま世界でも通じる日本株式会社のシンボル的な代名詞でもあった。
 戦争で全てを失った当時の日本に、WillとWisdomだけは日本人のDNAとして大事に受け継がれていたからこそ、日本はどん底からはい上がり、アメリカに次ぐ世界第2の経済大国へと昇り詰めることができたのだ。

6
最終更新日 : 2010-10-14 17:29:27

試し読みできます

「失われた20年」で失ったものとは?

 翻って、2010年の現代はどうだろうか。政治は言うに及ばず、経済界でもかつて世界から称賛され尊敬された革新的な企業は、大切なDNAのWillとWisdomを失い、どこにでもあるような平凡で保守的な大企業になり果て、世界経済での相対的地位をますます低下させている。また、世界から称賛と尊敬を得る存在になりえるベンチャー企業も、日本の保守的な風土に埋没してしまっている。
 今の日本を代表するアニメや漫画を否定するつもりはさらさらないが、我々日本人のWillとしてこれらの強みだけで現状満足していてよいのだろうか。TVのスイッチを入れれば、相も変わらずお笑いキャラとおバカキャラのオンパレードで、Wisdomのかけらも感じられない低俗な番組に牛耳られている。
 学界や識者のレベル低下も著しく、名門の名高い米国ハーバード大学への2009年の日本人新入生数がついにたったの一人という状況にまでなり果ててしまった。全ての分野において、日本人のDNAの根幹を成していたWill とWisdomが忘れ去られようとしている非常に重大な危機に瀕している。しかしそれは、この忘れ去られようとしているWillとWisdomを取り戻せれば、日本はまた必ずや復活できることを、逆説的に示唆しているのだ。


7
最終更新日 : 2010-10-14 17:29:27

試し読みできます

龍馬の時代は変化のレベルもスピードも現代の比ではなかった

 龍馬の時代は変化のレベルもスピードも現代の比ではなかった

 龍馬が生きた時代、あらゆるものがもの凄いスピードで大きく実質的にも変化していた。現代もまた、ITの進化により明治時代や第二次大戦直後とは比較にならないほど相当にスピードアップしたパラダイムシフトが劇的に起こっている。だが、この20年間における日本の政治や経済・社会・教育の実態を振り返ると、時計の針がピタッと止まったかのように大きな実質的なチェンジは全くなかった。
 車や家電製品は機能や品質が改良され、パソコンや携帯電話などが一般化してこの20年間で我々の生活に大きな革新をもたらした。しかし、これらはいずれも単なる道具の改良に過ぎない。政治や経済、社会、教育の仕組みは20年以上前に設立されたり制定されたりしたまま、全く進化していないものが数多いのが現実だ。
 激変する諸外国からすれば、この20年で微々たる変化しか日本は成し遂げていないことをまず龍馬をめざす皆には認識してほしい。幕末から明治初期に掛けての日本の社会変革は、この失われた20年とは比較にならないほど、「チェンジ」に溢れていたのだ。
 徳川時代は、幾多の天変地異、大火、疫病、飢饉、一揆等はあったものの、非常に平和であった。天下泰平の中で日本独特の文化が育まれ、寺小屋をはじめとした教育にも熱心であったため、江戸では俳諧、川柳、短歌を楽しむ庶民も多かったという。庶民も現代の新聞にあたる瓦版を通じて様々な情報を入手していた。これが明治になって西洋より新しい技術や制度が輸入されてきた時、理解力が早くそこに日本人の器用さが加味され、短期間にして日本風に応用して消化していく原動力となったのである。日本語化する際にもカタカナ、平仮名、漢字をうまく使い分けることで、西洋のものを効率的に取り入れることができた。
 おそらく明治初頭の文明開化のスピードは、諸外国では想像できないほどの猛スピードであっただろうし、それを当時の日本人はいとも簡単に実現してしまったのだ。それを可能ならしめたのは、根本に若きリーダー達の文明開化に向けた「志(Will)」と「知(Wisdom)」があったからである。


8
最終更新日 : 2010-10-14 17:29:27

試し読みできます

バブル期以降の日本を総括すると...

バブル期以降の日本を総括すると...

 今から20年前の1990年、日本はあらゆる面で絶頂期にあり、浮かれていた。日本の経済成長率、国連や世界銀行への資金拠出高、日本の不動産価格(カリフォルニア州にも満たない小国日本の国土が米国全土を2つ買えるだけの価値がある、とまで云われた)、企業の生産性、株価、ブランド価値等々、あらゆる分野で他国を圧倒し、イノベーション製品も日本の独壇場であった。
 しかし、それから20年、その勢いは完全に衰え、形や影も消え失せ、世界からも相手にされない存在感の薄い国になってしまった。
 今を総括すると、国としては衰退化・弱体化・後退化しており、企業は、総じて国際競争力が弱まり、組織は硬直化・形骸化して、機能不全に陥っている。かつて世界一勤勉で生産的と言われた従業員には疲労感・疲弊感・閉塞感・諦め・無気力が充満している。

9
最終更新日 : 2010-10-14 17:29:27

試し読みできます

政治の犯した罪は大きい

 政治の犯した罪は大きい

 政治は長期にわたりその役割を全く果たして来なかった。政治不在という罪は非常に大きい。ただこれを許した経済界、メディア、識者、一般国民も同罪かもしれない。政治の混迷、選挙活動最優先、国民目線不在、といった症状は、政党だけの問題ではない。
「特別にあなた方のためだけに、こういう政策を実現します!」、と甘言を弄すれば、所属政党に関わらず一定の支持は得られるが、国民である我々自身も「来るべき将来のために」命をかけて政治を行う真の政治家を発掘し、丹念に育成するという責任を果たしてこなかったことは真摯に反省すべきである。
 龍馬は、幕府や土佐藩のためではなく、また自分のためでもなく、「ニッポン」のために命を捨てて駆け回った。翻って現代では、世論の目ばかりを気にしてメディアの支持率調査に一喜一憂しながら、一貫性のないぶれる政治を繰り返している。このポピュリズムへの迎合は国民目線を意識し政治をしていると意味ではいい点もありそうだが、このように経済が100年に一度の危機にある時、政治のリーダーシップがないのでは話にならない。
 まず日本をどうするのか、国家ビジョンを明確に示し、世界から改めて称賛され尊敬される国家として、それぞれの分野で何をすべきか、率先して具体的な変革へのアクションを実行できるように法律や環境の整備を行っていくことこそが、本来の政治家の仕事だ

10
最終更新日 : 2010-10-14 17:29:27


読者登録

andnaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について