「宏ねえ・・・?」
ヒロクンが掠れた声で呼びかけ、周囲を見回す。
「まさか、な。そんなわけ・・・もしかして、おまえ?ピロチャン、喋れるようになったの?」
ヒロクンは急に振り向いて、あたしの部屋を覗き込んだ。
すごく驚いているみたいだけど、今は少なくとも、悲しんでも怒ってもいない。
「でも、メスのインコはあまり喋らないって・・・」
ヒロクンは混乱したように口元を拭った。その拍子に、少しお水がこぼれた。
あたしはお部屋から出て、お水入れを持ったヒロクンの手に飛び移った。
そのまま腕を登って頭のてっぺんに座り、頭を撫でる代わりに、髪をそっと齧った。
ヒロチャン、お話ししながら、よくヒロクンの頭を撫でていたよね。
ヒロクン、もう悲しくならないで。怒らないで。
あたしがついてるからね。一緒にいるからね。
一緒にいたら、淋しくないからね。
「宏ねえ?・・・ほんとに宏ねえなの?」
ヒロクンはあたしを落っことさないようにそーっと歩いて、ベッドを背もたれにしてゆっくり座った。
「・・・あー、もういいや。俺、信じるよ。宏ねえ、ここに居るんだよね?」
ヒロクンの声は、今にも泣き出しそうだ。
「ねえ、宏ねえ。俺、どうしても知りたかったんだ。宏ねえが、なんであんなことしたのか。絶対に、なにか理由があるって思った。
そしたらさ。あの茅島美津姫って女、酷いやつだったよ。
宏ねえは唯一の友達だなんて言ってたけど、昔ハブられてたのを助けてくれたなんて言ってたけど、そんなんじゃなかった。高校ん時はどうだったか知らないけど、あいつ、最低の人間だった。宏ねえ、あいつにずっと騙されてたんだよ」
ヒロクンは、グスンと洟をすすった。
段々と涙声になっている。
「俺、許せなくって。絶対に許せなくって。全部、バラしてやったんだ。
あいつ、あの小林ってヤツも結局騙されてた。馬鹿なヤツだよ。ほんとの事知って超ビビっててさ。ダッセーの。いい気味だったよ。
・・・宏ねえ、敵討ち出来たよね?少しは喜んでくれる?喜んでくれるよね?」
ポタポタと、膝の上にお水が落ちた。
あたしは肩の上に飛び降りて、うんと身体を伸ばして、ヒロクンのおめめから伝うしょっぱいお水を飲んであげた。
ヒロチャンはね、あたしがおめめのお水を飲んであげたら、「ダイジョブよ」「ありがとね」って言うの。子守唄を歌うみたいに。
そして嬉しそうに、ニコって笑うんだよ。
ヒロクンも、悲しくなくなるよね?嬉しくなって笑ってくれるよね?
ほら、こう言うんだよ。
「ありがとね」
「・・・やっぱり、宏ねえだ。その喋り方」
ヒロクンは目をゴシゴシ擦ったけど、おみずは全然止まらなかった。
それどころか、余計に泣きじゃくってしまったけど・・・なんか、ちょっと笑ってるみたい。
「宏ねえ、お礼を言うのは俺の方だよ。いつも話聞いてくれて、ありがとう。たくさん相談に乗ってくれて、ありがとう。俺、宏ねえが言ってくれた事、絶対に忘れないから」
手をギュッと握りしめて、ヒロクンはしゃくりあげながら、真剣に言葉を探している。
でも、ヒロクン。もう一方の手、あたしのお水入れを握ったままだよ。お水、いっぱいこぼれたよ。
「俺、友達にもちゃんと話そうと思う。自分の事、ちゃんと知ってもらおうと思う。
宏ねえが言った通り、わかってくれる人はちゃんと居る。佐伯さんも・・・あの、敵討ちを手伝ってくれた探偵さんなんだけど・・・
佐伯さんも、ちゃんと話を聞いてくれたんだ。宏ねえのこと、素敵な人だって。こんな形で亡くなったのは残念だ、って言ってくれたんだよ」
ヒロクンが、笑おうとしてる。
目は水浸して真っ赤だけど、心から笑おうとしてる。
ガンバレ、ヒロクン。もうちょっと。
「宏ねえの分も、ちゃんと生きなきゃね。ピロチャンのことも頼まれたし。俺、頑張るから」
あたしは必死に思い出す。
ヒロチャンの声。ヒロチャンの言葉。ヒロチャンの話し方。
「ダイジョブよ。ありがとね」
「うん、大丈夫。俺はもう、大丈夫。宏ねえ、ありがとう」
ヒロクンはしばらく服の袖で顔を隠してたけど、やがて顔をゴシゴシ擦った。
腕を離すと、目は真っ赤だったけど、もう濡れてはいなかった。
大きくひとつ深呼吸すると、あたしに向かって指を差しだした。
あたしはちょんと飛び乗った。
ヒロクンはにっこり笑って、あたしの頭を撫でてくれた。
「ピロチャン、宏ねえと話させてくれて、ありがとう。偉かったね」
ヒロクンが、笑ってくれた。
よかった。
あたしはとっても安心して、急に眠たくなってきてしまった。
目がしょぼしょぼする。
「あ。もう、こんな時間だ。夜更かしさせちゃったね。ピロチャン、もう寝ようね」
ヒロクンがあたしをベッドに運び、寝かせてくれた。
そーっとお水を取り替えて、カーテンを被せてくれる。
ベッドのお部屋が暗くなった時、ふわっとヒロチャンの匂いがした。
あたしの大好きな、優しくて柔らかな、素敵な匂い。
「ありがとね」
ヒロチャンの声が小さく聞こえた気がしたけど、あたしは眠たすぎて、目を開けることが出来なかった。
大好きなヒロチャンの香りに包まれて、あたしはとても安らいだ気持ちで眠りについた。
あした、ヒロチャンに会えるかな・・・・
ーーーーー 終わり ーーーーー
ヒロクンが掠れた声で呼びかけ、周囲を見回す。
「まさか、な。そんなわけ・・・もしかして、おまえ?ピロチャン、喋れるようになったの?」
ヒロクンは急に振り向いて、あたしの部屋を覗き込んだ。
すごく驚いているみたいだけど、今は少なくとも、悲しんでも怒ってもいない。
「でも、メスのインコはあまり喋らないって・・・」
ヒロクンは混乱したように口元を拭った。その拍子に、少しお水がこぼれた。
あたしはお部屋から出て、お水入れを持ったヒロクンの手に飛び移った。
そのまま腕を登って頭のてっぺんに座り、頭を撫でる代わりに、髪をそっと齧った。
ヒロチャン、お話ししながら、よくヒロクンの頭を撫でていたよね。
ヒロクン、もう悲しくならないで。怒らないで。
あたしがついてるからね。一緒にいるからね。
一緒にいたら、淋しくないからね。
「宏ねえ?・・・ほんとに宏ねえなの?」
ヒロクンはあたしを落っことさないようにそーっと歩いて、ベッドを背もたれにしてゆっくり座った。
「・・・あー、もういいや。俺、信じるよ。宏ねえ、ここに居るんだよね?」
ヒロクンの声は、今にも泣き出しそうだ。
「ねえ、宏ねえ。俺、どうしても知りたかったんだ。宏ねえが、なんであんなことしたのか。絶対に、なにか理由があるって思った。
そしたらさ。あの茅島美津姫って女、酷いやつだったよ。
宏ねえは唯一の友達だなんて言ってたけど、昔ハブられてたのを助けてくれたなんて言ってたけど、そんなんじゃなかった。高校ん時はどうだったか知らないけど、あいつ、最低の人間だった。宏ねえ、あいつにずっと騙されてたんだよ」
ヒロクンは、グスンと洟をすすった。
段々と涙声になっている。
「俺、許せなくって。絶対に許せなくって。全部、バラしてやったんだ。
あいつ、あの小林ってヤツも結局騙されてた。馬鹿なヤツだよ。ほんとの事知って超ビビっててさ。ダッセーの。いい気味だったよ。
・・・宏ねえ、敵討ち出来たよね?少しは喜んでくれる?喜んでくれるよね?」
ポタポタと、膝の上にお水が落ちた。
あたしは肩の上に飛び降りて、うんと身体を伸ばして、ヒロクンのおめめから伝うしょっぱいお水を飲んであげた。
ヒロチャンはね、あたしがおめめのお水を飲んであげたら、「ダイジョブよ」「ありがとね」って言うの。子守唄を歌うみたいに。
そして嬉しそうに、ニコって笑うんだよ。
ヒロクンも、悲しくなくなるよね?嬉しくなって笑ってくれるよね?
ほら、こう言うんだよ。
「ありがとね」
「・・・やっぱり、宏ねえだ。その喋り方」
ヒロクンは目をゴシゴシ擦ったけど、おみずは全然止まらなかった。
それどころか、余計に泣きじゃくってしまったけど・・・なんか、ちょっと笑ってるみたい。
「宏ねえ、お礼を言うのは俺の方だよ。いつも話聞いてくれて、ありがとう。たくさん相談に乗ってくれて、ありがとう。俺、宏ねえが言ってくれた事、絶対に忘れないから」
手をギュッと握りしめて、ヒロクンはしゃくりあげながら、真剣に言葉を探している。
でも、ヒロクン。もう一方の手、あたしのお水入れを握ったままだよ。お水、いっぱいこぼれたよ。
「俺、友達にもちゃんと話そうと思う。自分の事、ちゃんと知ってもらおうと思う。
宏ねえが言った通り、わかってくれる人はちゃんと居る。佐伯さんも・・・あの、敵討ちを手伝ってくれた探偵さんなんだけど・・・
佐伯さんも、ちゃんと話を聞いてくれたんだ。宏ねえのこと、素敵な人だって。こんな形で亡くなったのは残念だ、って言ってくれたんだよ」
ヒロクンが、笑おうとしてる。
目は水浸して真っ赤だけど、心から笑おうとしてる。
ガンバレ、ヒロクン。もうちょっと。
「宏ねえの分も、ちゃんと生きなきゃね。ピロチャンのことも頼まれたし。俺、頑張るから」
あたしは必死に思い出す。
ヒロチャンの声。ヒロチャンの言葉。ヒロチャンの話し方。
「ダイジョブよ。ありがとね」
「うん、大丈夫。俺はもう、大丈夫。宏ねえ、ありがとう」
ヒロクンはしばらく服の袖で顔を隠してたけど、やがて顔をゴシゴシ擦った。
腕を離すと、目は真っ赤だったけど、もう濡れてはいなかった。
大きくひとつ深呼吸すると、あたしに向かって指を差しだした。
あたしはちょんと飛び乗った。
ヒロクンはにっこり笑って、あたしの頭を撫でてくれた。
「ピロチャン、宏ねえと話させてくれて、ありがとう。偉かったね」
ヒロクンが、笑ってくれた。
よかった。
あたしはとっても安心して、急に眠たくなってきてしまった。
目がしょぼしょぼする。
「あ。もう、こんな時間だ。夜更かしさせちゃったね。ピロチャン、もう寝ようね」
ヒロクンがあたしをベッドに運び、寝かせてくれた。
そーっとお水を取り替えて、カーテンを被せてくれる。
ベッドのお部屋が暗くなった時、ふわっとヒロチャンの匂いがした。
あたしの大好きな、優しくて柔らかな、素敵な匂い。
「ありがとね」
ヒロチャンの声が小さく聞こえた気がしたけど、あたしは眠たすぎて、目を開けることが出来なかった。
大好きなヒロチャンの香りに包まれて、あたしはとても安らいだ気持ちで眠りについた。
あした、ヒロチャンに会えるかな・・・・
ーーーーー 終わり ーーーーー
この本の内容は以上です。